呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた   作:全てのイシを拾イシ者

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 電車の座席にて眠る、目元に傷のある少年。
 その身体に奇妙な模様の刺青が浮かんだかと思えば、刹那の内にそれは消えていた。
 その隣には、右目を前髪で隠した少年もいた。
 傷の少年が目を覚ました。座席の膝丈まで浸水している事に気が付いた。
 外の風景を見る。青い東京の空に、ぽつんと小さな雲が点在する。
 その対角線には癖毛の少年がいた。嬉しそうな、悲しそうな顔で少年達を見ていた。
 彼がいるのなら安心だと思い、一度にへらと笑って、少年は再び夢の世界へと身を投じた。


#19

 唐突だが皆さんは、『人を殺せるボタン』が目の前にあったら、それを押したいと思うだろうか。

 例えば、口煩い教師だとか、テロリスト、嫌いな友達、戦争犯罪者、パワハラ上司、あるいは関係の冷めきった親……それらの人々を、ボタンを押すだけで殺せるとしたら?

 僕は……『僕が嫌いと思う人』のためには多分押せないと思う。

 でも『僕の事を嫌いな人』のためならば、何の躊躇いもなく、そのボタンを押す。

 死んで仕舞えば良い人(僕の事を嫌いな人)なんてのは、人々によってその数が変わるけれど、やはり一定数いるものだ。

 

 けれど、僕には自信も度胸も無いから、

 死んで欲しいとは思っても、

 殺したいとは思えなかったのだ。

 

 あの(呪い)に、あの人達(友達)に、出会うまでは。

 

 ──この物語は、吉野順平という、人以下で、猿並みですらない、呪いにすら成り切れない、そんな中途半端な僕が生まれ変わる物語だ。

 

 惰性のまま生きてきた意味の無い人生に、これから意味を見出すような。

 

 誰かの願いに感化され、受け売りだらけの人生から脱却を目指すような。

 

 奪い取られた青春を奪い返し、誰かを傷つける躊躇を失くしていくような。

 

 そんな賎しい僕でも、誰かのために生きて良いと、僕自身を好きになれるような。

 

 バッドエンドを赤く塗り潰す、原作至上主義者からは非難を喰らうような。

 

 ハッピーエンドを黒く塗りたくる、二次創作ならではの歪さを表面化するような。

 

 生きる(しかばね)だった僕が、三人と出会って、良くも悪くも生まれ直すような。

 

 そんな『もしも』を書き記した、僕の尽物語(つきものがたり)だ。

 

 

 1.

〈2018年8月20日〉

 ──最悪の日だ。こんなに居心地の悪い映画は初めてだ。

 僕、吉野(よしの)順平(じゅんぺい)は、今流れている映像以外の騒音に目を顰めた。

 本日は月曜日だ。昨今、ようよう短くなりゆく夏休みの終わりの日……即ち、始業式の日だ。そんな日に限って、僕は学校を休んで映画を見に行っていた。タイトルは『ミミズ人間3』という、スプラッタでドギツい描写がてんこ盛りな映画だ。

 『ミミズ人間』とは、読んで字の如く人間をミミズのように手術したものだ。『3』においては、囚人の再犯率や職員の離職率が高い刑務所での、囚人への教育──というか調教のため、B級映画を真似て『ミミズ人間』を作る……という自虐も含めた、マニアから人気のある作品だ。

 だが『ミミズ人間3』は、『ミミズ人間シリーズ』で最新作とはいえ三年前に上映を終了しているため、今上映されているのはリバイバル映画だ。

 そんな映画を朝っぱらから観る暴挙に出ることが出来たのは、僕が世間一般的に云う、引きこもりに値する人間であるからだ。

 その原因は、なんて事はない。どこの学校にもあるであろう『いじめ』によるものだった。

 暴力は当たり前。虫を無理やり食わされそうになり、無様に吐き出し嘲笑されたりもした。右顔に受けた消えない傷は、この忌まわしい過去を思い出す度に疼いてしまう。

 引っ込み思案で、オタクで、陰キャ。

 性格の終わってる不良達(クソ野郎)からしたら、僕は格好の的だった。

 そんな学校生活が嫌で、二年に上がれるほど出席日数が足りた頃に、僕は学校に行かなくなった。

 

「ダメだわーあのブス。全然ヤらせてくんねーんだもん」

「クソじゃん、はは」

(学校サボって映画来るなよ……僕もだけど)

 

 その原因を作った不良達が、前の席で駄弁っている。三人の男子学生だ。二人は喋り、一人は携帯で誰かと話している。どいつもこいつも、『つばさ』という自分が可愛いと勘違いしているブスとヤる事しか頭にないようだ。

 あまりにも大声で話すものだから、映画の内容が頭に入らない。……まあ、内容なんてこの映画においてはほとんど意味を為さないものではあるが。

 内容が、無いよう。

 

(くっだらない)

 

 何にせよ、お金が無駄になった。居心地の悪い場所に長居する理由も無い。もう帰ろう──と思った矢先。

 

「キミ達」

 

 高身長でロングヘアの、ポンチョのような黒服を着た誰かが、その三人の背後にいつの間にか立っていた。

 その手が、一番右の男に触れて。

 

「マナーは守ろうね」

「あ゙、え゙っっ??」

 

 まるで断末魔のような声がして、三人は黙りこくった。

 それも、映画の本編全てが終わるまで。

 否──終わってからも、永遠に。

 

(おかしいな)

 

 やがて映画が終わっても、三人は席を立とうとしない……というより、身動き一つ取らないので、僕は気になって、恐る恐るその方向へと向かって見て──

 

「うっ…………!?」

 

 ──あまりの凄惨さに、僕は吐き気を催してしまった。

 

(何だ、これ……)

 

 僕は、その三人の体に……否、遺体に絶句するしか無かった。

 三人は、まるで粘土細工のように、頭部が異形となって死んでいた。目の付近がありえないほどに飛び出ていたり、顔の一部をもぎ取られたかのように凹ませていたりと、どう見ても普通の死に方をしていなかった。鉄とアンモニアが混ざった嫌な匂いがする。

 気味が悪い。こんなの、人の所業ではない。こんな事を、人が出来て良いはずがない。

 けれどそれ以上に。自分でも、人としてどうかと思うほどに。

 

 ざまあ見ろ、と思ってしまった。

 

(……あの人は)

 

 気付けば僕は走り出していた。映画館を出て、あの人を探していた。

 走った。今までにないくらい、体育の授業や運動会の日以上に。それほどまでに、あの人に会いたかった。

 どれくらい走っただろうか。知らない街の、知らない道の、知らない路地裏に入って──

 やがて、その人を見つけて、僕は言った。

 

「あの! アレをやったのって、あなたですか!?」

 

 息切れしながらそう問う。

 雨の匂いがする。もうすぐ降ってきそうな雲色だ。

 水色の長い髪を揺らせて、皮膚の繋ぎ目が気になる彼は言う。

 

「やったのが俺なら、どうする? 責めるかい?

 それほど、彼らはキミにとって特別だった?」

 

 特別。

 特別とは、僕が大切に思う人に云うべき言葉で、僕を大切にしてくれる人に語るべき愛の事だ。

 

(あの三人が、特別、だと)

 

 ──ふざけるな。

 あの汚辱の日々を、あの屈辱の毎日を。

 あんな奴らを、特別扱いにしてたまるものか!

 

「……僕にも、同じ事が出来ますか」

 

 雨、逃げ出した後。

 暗雲は、誰の空にも立ち込んでいく。

 

 

 2.

〈2018年8月21日〉

〈昼〉

 昨日の雨が嘘だったかのように、本日の空は真っ青な晴天。残暑厳しい気怠い暑さが、僕の額に汗を滲ませる。シャツは汗に暗めの斑点を作らせ、気持ち悪く肌にへばりつく。その襟を利き手にて仰ぎながら、どうにか暑さを誤魔化し続ける。

 ある人──便宜上『人』と呼ぶ事にする──と会って話した帰り道を、僕、吉野順平は歩いていた。

 話とは言っても、彼の秘密基地に誘われて、特技を披露してもらったり、僕に誰かを復讐するだけの力をくれたりと、それだけだった。

 

「暑い……」

 

 蝉の声が五月蝿い。行きは良い良い帰りは怖い、茹だる帰り道は誰も居ない。子供の影すらない。

 それはそうだろう。なぜなら今日は、全国的に始業式の日だ。そうでない所もある──現に僕の高校は前日が始業式だった──が、どうせこの暑さでは、外出しようという気すら蒸発してしまう。

 あゝ、エアコンの効いた部屋が恋しい。さっさと帰ろう。この暑さでは溶けてしまう。

 ただでさえ引きこもりの身でやる事も無いのに、ずっと外にいる意味も無い。

 あゝ、体、溶ける……。

 

「よう、吉野」

「──っ、……外村先生」

 

 ……そんな事を考えて、現実逃避していたのに。

 

「フ──学校サボってどこに行ってたんだぁ?」

 

 目の前の脂肪の塊は外村。髭の剃り残しの目立つ、ガリ勉刈り上げの髪型をした男性で、僕の担任の先生だ。ハンカチで汗を拭っているが、短い手足が届かないところからも滲んでいて、ニヤケ面も相俟って穢らわしい印象を受ける。

 ()()()でも教職に就けているのが、僕には不思議でならなかった。僕にとって正直、二番目くらいに会いたくない人間だ。

 教職のくせに、礼節も知らぬかのように、僕の家の段差に居座っている。およそ人に道を教える立場の人間に外村は相応しくない。

 

「フ──、聞いたか? 佐山と西村と本田、亡くなったんだ。

 お前、アイツらと仲良かっただろ?」

「……は?」

 

 だのに──どこまでも、この男は……!

 

「友達いないお前に良く構ってやってたろう」

 

 フラッシュバックする、痛みと辱めの記憶。あの三人から受けた傷。

 

「フ──、今から一緒に、線香だけでも上げに行こう」

 

 仲良し? 僕と、あんなゴミ共が?

 ──ふざけるな。あんな奴ら、死んで当然の人間の屑どもだった。

 ──ふざけるな。担任の癖に。何も知らないのか。何で僕が学校に行かなくなったのかも。何で僕が行きたくないのかも。ふざけるな。ふざけるな……!

 

「教師って学校卒業して学校勤めるから、およそ社会ってモンを経験しないですよね……。

 ──だから、アンタみたいなでっかい糞ガキが出来上がるんでしょうね……!」

「あ? 何ぶつぶつ言ってるんだ? 引きこもって頭おかしくなったかぁ?」

 

 ──おかしいのは、アンタの頭だ……!!

 

 もう、我慢の限界だった。歯茎が折れそうなほどに噛み締めた。前髪で外界を隔てる右目と、目の前を歩くため仕方なく開いている左目で、目の前のブタを直視する。右手で掌印を組み、あの人に教えてもらったこの力を、己の恨みの念を込めて──

 

「そこまでにしておけ」

 

 ──バッ、と振り向いた。

 霧散して行く力の奔流。僕の後ろの少し先には、夏なのに真っ黒い服に身を包んだ、一人の青少年が、ポケットに手を突っ込みながら立っていた。

 ハイネックの、見た事のない制服に身を包んでいる。身長は一七〇センチよりも少し高めで裾が燕尾服のように長い、黒髪癖毛の好青年だ。脚が長い。鉄面皮なのが勿体ないほどに整っている顔立ちには、どことなく……怒りの感情を浮かべていた。

 一言発したかと思えば、やがてこちらへとやって来る。だがそれを、仮にも教師である外村が見逃すわけはなかった。首に手を回しながら、僕は静観する。

 

「吉野順平、キミに話がある」

「なっ、何だお前は!? 今俺とこいつが話しているだろうが! だいたい一体どこの──」

「貴殿にはお引取り願おう。やれ、悠仁」

「あいよ!」

 

 パチン、と指を鳴らすと、いつの間にか外村の背後に回っていた、彼と似た制服──パーカー付いてるけど──を纏う悠仁と呼ばれる青少年が──

 

「いやっ、ちょ、何すん──おうっ!?

 まっ、待って! ズボン持ってかないでえええ!!」

 

 外村のズボンを一息にずり下ろし、法定速度ギリギリの車並みのスピードで持ち逃げしていった。羅生門の下人もびっくりだろう。

 辱めに顔を紅潮させ、たゆんたゆんと腹から嬉しいはずなのに嬉しくない擬音をさせながら、悠仁の後を追いかけて行くのを心の中でほくそ笑んだ。

 どうせなら美人がその(メロン)からその擬音を発してほしかったと、下卑た戯事を考えてみる。

 やがて外村のその姿が見えなくなると、

 

「お帰り」

「うぃ、ただいま」

「えっ早!? もう一周して来たの!?」

「えっ、何で二周しないといかんの?」

「語弊が生じてる!?」

 

 なぜか好青年の方向から、悠仁は一瞬で戻って来た。外村に隠れてあまり見えてなかったのだが、悠仁はツーブロックの髪型である他に、両の目元に傷が付いているのが分かる。お人好しそうな雰囲気に見合わず、先のズボン剥奪もさることながら、身体性は活発らしい。というよりはやんちゃなのだろう。

 というか──

 

「えっ誰!?」

「オレだ」

「お前だったのか」

「ツッコむ気にもなれないよ……」

 

 片方にいた癖毛の好青年が、何やらおかしな服装に身を包んでいる。

 まず目に入ったのは、目元を覆う白いドミノマスクだ。そして下を見て行くと、少ししゃがんで仕舞えば地面に着いてしまうほどに裾の長い黒コート、赤い手袋、黒ズボン、ヒールのある黒ブーツ。まるで稀代の怪盗紳士アルセーヌ・ルパンを彷彿とさせるかのような服装であった。

 

「もう、一体何!? というか誰!? 誰なの!? 怖いよ!」

「やっぱ視えてるな」

「ああ」

 

 悠仁からの問いに答えた好青年が蒼炎に包まれたかと思えば、先ほどの真っ黒い制服姿へと戻った。

 何だ? 理解出来ない。何者なんだ? 意味不明だ。

 というかそもそも誰この人達!?

 

「吉野順平、キミに話がある」

「ひっ……!」

「ぷぷー、怖がられてやんの〜」

「……ぷすー」

「可愛さでイメージアップするにはもう遅いと思うぞ〜。

 まあでも、話があるってのは本当なんだよ。取り敢えずちょっと付き合ってくんね?」

「あの、あなた方は一体……というか、何であの人のズボンを? 僕と話がしたいなら、僕を引っ張って行けば良かったんじゃあ……」

「だって、なあ?」

「キミ、あの人の事嫌いだろ?」

「……っ、何で……?」

「何となく。……あ、違った?」

「いや……違わない」

 

 その言葉を聞いて、僕は無性に嬉しくなった。僕の事を分かってくれているのだと。単純に思われてしまうかもしれないけれど、それがどうしても嬉しかった。

 

「あっち行こうや。色々と聞きたい事あるし」

「う……うん」

 

 だから、何となく、悠仁と呼ばれる青少年に、僕はほいほいとついて行った。

 それが、僕の運命を決定付ける瞬間だったとは、露も知らずに。

 

 

 3.

 夕焼けの空が、都会とも田舎とも言いがたい僕の街を照らしている。だが何やら、ゆら……と地面が揺れた気がした。川の土手の石段に、僕ら三人は屯っていた。

 

「──揺れたな。」

「うん。多分震度2くらいかな?」

 

 癖毛の好青年……雨宮蓮が顰めっ面でそう言って、僕は同調した。一方、虎杖悠仁はというと、電話で誰かにコールしているのだが、一向に繋がらないようだ。ついには痺れを切らして、電話するのを諦めた。

 

「どうだった?」

「ダメだわ。伊地知さん全然繋がんねー。まだ蠅頭追ってんのか……?

 ってか、こーゆーことって俺達だけで馬鹿正直に聞いていいもんなんかな?」

「現場の判断だ。仕方ないと思うぞ」

「……ん、だな。仕方ない仕方ない」

「どういう仕事をしてるのかを言っても仕方ないな」

「何で順平を追いかけ回してたのかを言っても仕方ねーよな」

『はっはっはっはっは』

「あ、あの、聞きたい事って……?」

 

 若干尻込みと警戒をしながら、僕は二人に問う。

 何せどこからどう見ても怪しいのだ。急に現れては事情聴取のために引き連れられているのだし。それも少年に。

 お巡りさんだったらまだ分かる。僕は警察は好きでも嫌いでもないし、出会したいとも思わないが、わざわざ反発してまでトラブルを引き起こそうとも思わない。仕方なく事情聴取に協力するだろう。

 けれど相手は同い年かそれくらいの少年だ。それも、あの人から聞いた特徴を兼ね備えている。警戒しない方がおかしい。

 

(うずまきを模したボタン……まさか、こんな僕と同い年くらいの人が呪術師なのか? あの人は、仲良くなった方が良いと言っていたけれど……というか呪術師は、あの人達にとって敵だよな……?)

「なあ」

「んっ? 何?」

「お前が行った映画館で人死にが出てんだよ。何か知らねえ?」

「えと、何か……って何?」

「あー、やっべ、やっぱ蠅頭(ようとう)持って来りゃ良かったな……」

「蠅頭とは──」

 

 よく分からない単語で悠仁が言い淀んでいると、蓮が隣でメモ帳に何かをすらすらと描いている。十秒もしない内に、それを僕に見せてくれた。

 

「こういった形状の気味の悪いモノだ」

「ぶふぅっ!」

「蓮ってマジ絵心ねーな! っははは!」

 

 十秒で描けるのかと期待した僕が浅はかだった。思わず吹き出してしまったではないか。

 何だこれ。スーパーマリオのクリボーみたいなバランスの悪い頭には、これまたぐるぐる巻きに描かれた目ん玉二つ。上顎と下顎の区別のつかない歯並び。まるでキノコの柄のような胴体。そこから生える手と足のような何か。

 僕も絵は上手い方ではないが、蓮の絵はもっと酷いと思った。爛々と絵を見せる蓮の真顔が、あまりにもシュールだったのが印象深い。

 後に聞いたのだが、蠅頭とは、人を呪えるほどの力すらない最低級の呪いの総称なのだそうだ。

 自分の首に手を回しながら、僕は蓮の質問に答える。

 

「で、映画館で視なかったか?」

「い、いや……()()()()よ。そういうのがはっきり視えるようになったの、最近なんだ」

「──そうか、分かった。」

「おーん、じゃあもう聞く事ねーや!」

「え? もう終わり?」

「終わり終わり。一応俺らの上司……? みたいな人が来るまで、待っといてくんない?」

 

 ここは大人しく頷いていた方が良さそうだ。

 あの人の言葉の通り、蓮と悠仁と仲良くなるため、僕なりに会話を試みる事にした。

 

「二人は、映画館に調査に行ったの?」

「そうだ。詳しいことは話せないが……」

「ああ、やっぱりそうだよね。ごめ──」

「──映画館で通報があった後、オレ達は現場に直行した。引率の人と共に……」

「いや言うんかいっ!?」

 

 どっ、と僕らの空気が笑いに包まれる。

 

「あれはそう、雨の降る日の出来事だった……」

「……」

「雨の降る日の出来事だった……」

「あっ、回想に入るんだね?」

 

 では、僕の一人称視点は一旦お預けだ。

 

 

 4.

〈2018年8月20日〉

〈放課後〉

 神奈川県川崎市は雨模様。じめじめとした湿気と夏の猛暑で鬱陶しい。土砂降りという程でもない雨の中のとある映画館では、人集りが発生していた。その大半は、物見遊山に携帯で写真や動画を撮るばかりの人間であった。

 雨音に掻き消されてよく聞こえないが、救急車のサイレンも聞こえてくる。雨合羽を着た警官達は、本部へと報告したり、人集りに離れるように注意したりと、職務を全うしているようだ。

 その雨の中、目立つ三人の男がその映画館の前に居た。キープアウトと書かれた危険表示バリケードテープが、映画館入り口に蜘蛛の巣のように張り巡らされている。

 男三人の内、二人は何者かを我々は知っている。一人は我らが雨宮蓮、もう一人はここ最近出番の無かった虎杖悠仁である。そしてその二人の前に佇むのは、金髪を七三分けに掻き上げている、七海(ななみ)建人(けんと)であった。

 建人の出立ちは、テンプルの無いサングラスさえ無ければ、どこにでもいるような(やつ)れかけのサラリーマンそのものであった。色素の薄い肌も相俟って、何某かの病に罹っているのではないかとの印象を受ける。

 しかしそのサングラスを支えられるほどに鼻が高いのは、彼がデンマークの祖父を持つクォーターであるが故。

 明るいグレーのスーツを着こなす彼は、青いシャツがスーツに映えている。斑模様のネクタイは、どこにそのデザインの物が売っていたのかと問い詰めたいほどに似合っている。

 

「行きますよ」

「応!」

「はい」

 

 鼻にかかった良い声を二人に掛ける。

 建人との出会いは、数刻前に遡る。ちょうど本日の昼前の出来事であった。雨宮蓮と虎杖悠仁は、師・五条悟の出張により、本日受けるはずだった任務の引率を肩代わりしてくれる後輩を紹介された。

 

 

「回想の回想!? 聞いた事ないよ!?」

「今オレが作ったからな」

「構成の練り方が下手くそ過ぎない……?」

 

 

 以下、回想之回想。

 

「という訳で、脱サラ呪術師の七海建人くんデ〜ス!」

「その言い方止めてください」

 

 悟の方は仲良さげに建人の肩を組むのだが、建人の方は、顔には出さずに、しかし嫌そうにして腕を組み棘を吐いた。悟が難なく肩を組めるという事は、それだけ建人の身長が悟に近いという事でもあった。

 

「呪術師って変な奴多いんだけど、七海(コイツ)は元サラリーマンなだけあってしっかりしてんだよね〜」

「その変な奴筆頭のあなたには言われたくないでしょうね」

(グラサン……? 呪術師って、目元隠してる人多いなあ。何か理由でもあんのかな?)

「目元を隠す事とは、視線を隠す事だ。呪霊相手に視線を悟らせないように、ああいったサングラスを掛けている術師は多いようだ」

「ナチュラルに心読むなよ蓮」

「オレの場合は仮面にペルソナを仕舞っているからなんだが」

「初めて聞いたけど別に聞いてないんだけど」

「というか、まずは挨拶からでしょう。初めまして、虎杖悠仁くん、雨宮蓮くん」

「アッはい。初め、まして……」

「よろしくお願いします」

 

 蓮は早くも順応しているようだが、悠仁はイマイチ、建人との距離を測れずにいた。

 

「七海さんは、なぜ最初から呪術師ではなくサラリーマンを?」

「……いいでしょう、質問にお答えします。

 私が高専で学び気付いた事は、呪術師はクソという事です!

「はい?」

 

 割とマジと書いて本気の形相で建人は言う。悠仁は素っ頓狂な声を上げた。

 

「そして社会に出て気付いた事は、労働はクソという事です!

そーなの!?

「分かる」

「蓮分かるんだ……」

 

 コンビニでアルバイトをしていた蓮は、時折現れる迷惑極まりない客の対応にも苦難した。目の笑っていない能面の笑顔を貼り付けながら、心の中でゴー・○○○○・ユアセルフ(おととい来やがれ)と中指を立てながら叫んだのは言うまでもない。

 

「同じクソならより適性のあるクソを。出戻った理由なんてそんなモンです」

「暗いねぇ」

「ねー」

「虎杖くんも雨宮くんも、私と五条さんが同じ考えとは思わないでください。私はこの人を信用しているし信頼しています」

「ふふん♪」

 

 上機嫌にキメ顔をする五条悟。ああブン殴りてえと無条件で思わせるその態度は、一体どこの誰が植え付けたのだろうかと蓮はふと疑問に思った。

 

ですが尊敬はしてません!!

あ゙ぁん゙!?

「上のやり口は嫌いですが、私はあくまで規定側。

 要するに私は、あなた方二人を、まだ術師とは認めていない」

「「……!」」

「両面宿儺という爆弾(呪物)、常に危険に晒されている特級という爆弾(称号)……それを抱えていても尚、己は有用であるという事の証明に尽力してください。それが、爆弾(責任)を背負うという事です」

 

 ──そうだ。我々二人は子供であれど、社会を知らない訳ではない。むしろ、呪術師という公にならないだけの社会人だ。責任を金と引き換えに背負う人間だ。

 ならば、責任を果たせる事を、目の前の社会人に見せつけるしかないのだ。

 

「……自分の役に立たなさ加減は、最近身に染みてる。どれだけ役立たずなのか、自分でもよく分かってる。

 言われなくても、認めさせてやっから。もーちょい待っててよ」

 

 そう言って悠仁は、ムカつくくらい清々しくキメ顔でそう言った。

 

 

「ムカつくってどーゆー意味だよ!」

「黙秘権を行使する」

「ムッキー!!」

「あはは」

 

 

 対する七海建人の答えは──

 

「いえ、私ではなく上に言ってください」

「あっハイ……」

ぶっちゃけ私はどうでもいい!!

「ハイハイ分かったってば!」

 

 清々しいまでの責任逃れを感じた。

 此レニテ回想之回想終ワリ。

 

 さて、場面は映画館内に移り変わる。

 冷房の付いていない、そもそも隅々まで掃除の行き届いていないタイル張りの道を進みながら、蓮はジョーカーへと変身する。

 悠仁は蒼炎に包まれる蓮を見て、カーペットに引火しないか心配だなあ、と結構呑気していた。その隣で、建人のサングラスに隠れた目を尖らせたのを知らぬまま。

 

「シゴトの時間だ」

「うし、ちゃっちゃとやっちまおうぜ、ジョーカー」

「……ジョーカー?」

「オレのこの姿での名だ」

「歳上には敬語を使いなさい、ジョーカーくん」

「問題点そこ!?」

 

 なんならちゃっかり建人もジョーカー呼びしている。おそらく本能で、この姿のまま「雨宮くん」と呼んでしまったら「オレはジョーカーだ」と口酸っぱく訂正される事に気付いたのだろう。面倒臭い事は先に済ませるのが、建人の社会人としての掟であった。

 そして三人は、現場であるシアター席へと辿り着いた。

 赤い座席が、血液によって更に赤黒く染まっているのが分かる。ヘモグロビンが酸素を失っていることで血液が固まり、赤褐色に変色している。この様子だと、事件発生からは数刻程度しか時間が経っていないだろう。つまり、事件発生からそう遅くはない。

 

「さて二人とも、視えますか?」

「ああ」

「え? 何が?」

「呪力の残穢です」

「ちょっと待って……っすぅー、いやあ全然視え──」

「それは『視ようとしない』からです」

「あの、台詞言わせ──」

「どうやら相当強力な呪霊のようだ。ここまではっきりと濃い残穢は見た事が無い」

「いやちょ──」

「ふむ、どうやらジョーカーくんは目が良いのですね」

「五条先生には劣るさ」

「その目は大事にしなさい。職業柄、失明する術師は少なくないのだから」

「久々の出番なのにこの扱いはないでしょ!?」

「何してるんです、早く目を凝らして視てみなさい」

「理不尽っ!」

 

 哀れなり悠仁。

 さて、早速悠仁は、両目に呪力を込めるようにして目を凝らす。呪力で眼球を強化すれば、術師は普段以上の視覚を得、普段は見えない呪力の残穢も見破る事が出来るようになる。数秒ののち、悠仁は何やら靴跡のようなものを発見する事に成功した。

 残穢とは、術式を行使した後にその辺りに漂う呪力の残り香。その残り香が少なければ少ないほど、敵は相当な手練れであるという意味を表す。

 だがジョーカーは、この残穢が何やら不自然に思えてならなかった。

 

「おー、視える視える!」

「当然です。視る前に気配で見破ってこそ一人前なのですから」

「ぐにに……」

「その点で言えば、ジョーカーくんの年齢で、彼ほど気配に聡い同い年の術師はほぼ類を見ないと言っていいでしょう」

「褒められた」

「いーなー」

「だからこそ、過信してつけ上がり油断しないように」

「下げられた……」

「ありゃま……」

 

 そうアドバイスを残して、建人はすたこらさっさと我先に残穢を追う。ジョーカーに続き悠仁も後を追う。その途中、悠仁は建人に問い質した。

 

「あのー、ちょっと厳し過ぎない? もっとこう、褒めて伸ばすとかさぁ?」

「褒めも貶しもしません。事実に即し己を律する……それが私です。

 社会も同様であると勘違いしていた時期もありましたが……いえ、この話はいいでしょう」

(ほっ、あぶね。長話になるとこだった……)

「……何やら聞きたそうな顔ですね虎杖くん。よろしい、では話を──」

「いえっ、結構っス! それよりほら、呪霊祓いに行こーよ!」

「……では、追いましょう」

「気張ってこーぜ!」

「いえ、そこそこで済むならそこそこで」

「あひゃっ……」

 

 気合十分と己に喝を入れる悠仁は肩透かしを食らった。

 どうやら何か、己とは根本的に敵に対する姿勢が違うらしいことを悠仁は悟る。

 さて、建人の背中を追う二人は、最上階の非常口へと辿り着く。蝶番さえ錆び立て付けの悪くなったドアをゆっくりと開け、三人は屋上へ出る。

 

「監視カメラには、何も映ってなかったのか?」

「ええ。呪霊が一般人には視認できないように、カメラも呪霊を映さない。おそらく、呪霊の仕業でしょう。それも術式持ちの。

 被害者以外には、少年が一人居ただけでした。その少年の身元特定は警察──」

 

 ──不意に話を中断し、建人とジョーカーは気配のする左側を見ず、警戒態勢を取る。

 実の所、ジョーカーは気配を悟れるほどの実力は無い。しかしこの雨音という雑音の中、ジョーカーの地獄耳は確かに捉えたのだ。ペタペタと、およそ素手や素足で地を徘徊する音を……!

 見ると、そこには四足歩行の……

 

(何だ、コレは)

 

 ……分からない。犬のような四足歩行で、その実、犬と呼べるほどの特徴は無い。

 いや実際、尾骶骨の部分からは一定量の毛が束で生えているが、それだけだ。体付きを見ても、到底犬やら猫やらの筋肉とは一致しない。左腕に何かを付けているが、サードアイを行使する暇もなく、ジョーカーは新たな気配に気が付いた。

 頭部からは髪の毛が生えており、剥き出しの歯は人間のそれに酷似している。目は羊のように、ほぼ360度見渡せる構造位置に存在しているが、ギョロギョロと焦点が合っていないようにも見えた。

 

「お゙、お゙っ、お゙べんどっ」

(──呪い!)

「悠仁、後ろだ」

「あん?」

 

 ジョーカーに止められて、悠仁は振り向く。

 

「い、い゙、せんざ、い」

「お゙、お゙ね゙えぢゃ」

 

 今度は四足歩行ではなく、二本足で立つそれが二人。

 一人は先程悠仁達が登ってきた階段のすぐ横にて、大理石のように白い肌で、人間の手を合わせながら何かを宣う。目と口と呼ぶべき部分は、人間のそれとは90度回転して点在している。まるで漫画『不安の種』に出てくるオチョナンさんを連想させた。

 片やもう一人は、紫苑色の躯体を反らし、髪を後頭部と呼ぶべき部分で結っており、目の部分が耳に、耳の部分が目に存在していた。歯軋りを五月蝿く繰り返している。

 

「あなた達はそちらの二体を。勝てないと思ったら──」

「──いいや、勝つよ!」

「こちらの心配は無用だ」

 

 そう言って、拳を鳴らして構える悠仁、ポーチを(まさぐ)り高専の倉庫から拝借した刀を正眼にて構えるジョーカー。二人の表情には、敗北の恐れも、勝利への懸念も無い。

 だが建人は、それを黙って見ていられるほど、無責任な大人ではなかった。背中に仕込んでいた、布に覆われる肉切り包丁型の呪具を抜き、建人は臨戦態勢となる。

 

「私は大人です。大人は、子供を守る義務がある。キミ達はいくつか死線を超えてきたが、それで大人になった訳ではない。

 枕元の抜け毛が増えていたり、お気に入りの惣菜パンがコンビニから姿を消したり……。

 ──そう云う小さな絶望の積み重ねが、人を大人にするのです。

 

 軀の中で鳴り響くバト=レ・カンタービレ。雨の中だろうが関係ない。それに身を委ねるように、三人は一斉に標的へと向かう。

 手始めに、建人は語り始める。

 

「私の術式は、対象に強制的に弱点を作り出すもの。対象を長さで線分した時、七対三の比率の点で攻撃を与える事が出来ればクリティカルヒットです。名を《十劃呪法(とおかくじゅほう)》と言います。

 ……聞いていますか二人とも?」

「はっ? っく!」

「えっ、俺達に言ってたのぉおっ、うおおおお!?」

 

 大理石の敵とスクラム勝負は悠仁の負け。野球コートに吹き飛ばされて、悠仁という球は見事ホームランを達成した。

 片やジョーカーも、説明を聞きながらの戦闘はやはり厳しいものがあるようで、紫苑色の敵の攻撃を往なす事に精一杯だった。

 

「いっでえ……そーゆーのってバラしても良いモンなの?」

「バレても問題のない術式、問題のない相手、あるいは相手にミスリードを──」

(いや呪いに集中してえんだけど!? 話聞いてる余裕無えんだけど!?)

「──メリットはあります。『手の内を晒す』という縛りが、術式効果を向上させるのです」

 

 そう言って建人は──見るからに先程以上の呪力を纏う。ジョーカーもそれを、尻目ながらに観察していた。

 四足歩行の敵がやってくる。馬鹿正直に突撃してくる。常人であればそのタックルに内臓を破裂させてしまうそれを──

 

「こんな風に」

 

 ──瞬間、建人の世界は静止する。『そこそこ』高めた集中力が、建人自身の体内時間を遅らせていく。

 その程度の瞬間さえあれば、建人にとって、その手足を七対三で撫でるのはいとも容易い──!

 

「フンっ」

 

 斬、という音が一息に聞こえ。

 瞬、という音が後からやって来て。

 いつの間にか、敵はその手足を七対三に分たれていて。

 鈍と罵った布巻きの肉切り包丁の()には、血が数滴垂れており、煩わしく振り払った。

 一級術師としての、ベテランの風格がそこにあった。

 

(凄え……)

「私からは以上です。

 ああそれと、虎杖くん後ろ」

「はいっ? ってうおっ!?」

 

 感心しているのも束の間、敵の唐突な攻撃に対処出来ず、悠仁は体勢を崩し、ずぶ濡れの人工芝生に体を突っ込んでしまった。

 

「余所見は感心しませんね」

「話し掛けたのだぁーれ!?」

 

 ああもうばっちいなと愚痴を吐きながら、渋々悠仁は立ち上がる。

 その向こうでは、大理石色の敵が、あまりにも無視されているのに耐えられなかったのか、大声で怒り始める。

 だがそれは、今の悠仁にとっては威嚇足り得ない。

 

「フゥ……」

 

 戦い方は、この地獄の一ヶ月間で身に染みている。呪力操作も、矯正された喧嘩道も、全て悠仁の体が覚えている。

 師に教わった事を思い出せ。蓮との組み手を思い出せ。

 ──あの刑務所での苦渋を思い出せ。

 

「──!!」

 

 二つの青い負のエネルギーが、悠仁の拳に集まっていく。

 

 ──悠仁の呪力は、遅れてやって来るね。

 

 そう言ったのは、師である五条悟本人だった。稽古をつけて貰ってはいたものの、一本も取れずに苛立ちを覚え始めた頃の事だった。

 何でも自分の呪力は、己の体の瞬発力に追い付いていないらしい。その上、呪力を一点に留める技術も未熟故に、拳の軌跡に残りがちになるのだが、逆にそれが、変則的な呪力の流れを作っているとの事だ。

 例えば、拳に100%の呪力を込めたとしよう。ジョーカー含む他の術師は、それを敵に100%ぶつける。至極当然の事実だ。

 だが悠仁が拳を振り抜き相手に叩きつける時、それは拳全体の10%以下(防御のために捻出している分)でしかない。本命は二度目。『拳が当たった』と認識した直後に、100%の呪力(攻撃のため捻出した)分がやって来るのだ。

 だが一打目の攻撃も、それはそれで有効打。これでも十分、呪霊にとっての攻撃足り得る。

 一度の打撃に際し、悠仁は二度の衝撃を強制的に与える事が出来る技を、悠仁は一ヶ月で編み出した。

 其の技の名は──

 

「──《逕庭拳(けいていけん)》!」

 

 果たしてその拳は、敵の左胸、ちょうど心臓部分へと突き刺さり──その刹那、二度目の呪力によって、その胸と背中を貫通する。

 これこそが、一ヶ月の修行の成果。ジョーカーでさえ真似出来ない、虎杖悠仁だけの武器。戦略が命中し、悠仁は微笑む。

 

(素の力が人間離れしている……初撃は少ない呪力によるものだが、それでも並の術師の120%の威力が成立している。そして二撃目に、それ以上の呪力の衝撃。やられる側は想像以上に嫌でしょうね。

 100%の体術と、100%の呪力が合わされば……やはりあの人が連れて来ただけはある。

 さて……)

 

 ジョーカーとて、悠仁の血の滲むような修行期間中に何もしていなかった訳ではない。コープやら修行やらを進め、以前のジョーカーからは考えられないような、新たな武器を手に入れている。

 

(真希との稽古の成果だ)

 

 手に握る、銘の無いただの日本刀に赤黒い呪力を込めていく。以前の恵との組み手では、ただやたらめったらに叩きつけるだけしか出来なかったが、此度はそうは問屋が卸さない。

 霞の構えのまま、刀全体を呪力で覆っていくその刹那──建人はジョーカーの背中に、赤黒い悪魔を幻視した。

 その覇気に気圧されて、紫苑色の敵は後退り、退避を決意して──

 

「甘いな」

 

 ──その逃避の隙をジョーカーは逃がさない。呪力でより鋭利になった刀を振り下ろし、左腕を斬り飛ばした。だがまだジョーカーの攻撃は終わらない。後方バック宙返りの後に、トカレフをその左脚に一発見舞う──!

 

(見事な身体性と成長性だ。刀を握ったのは少し前とあの人は言っていたようですが、それでよくここまで立ち回れる。そして極め付けにトドメの銃撃。こちら側に一切の隙を与えないその戦法が、まるで──)

 

HOLD UP!

 

 その建人の思惑も知らぬまま、二人はもう二人の敵を囲む。アイコンタクトを取るまでもなく、二人は同時に猛攻を──

 

 

 5.

 

「という事があった」

「……」

 

 呪術師とは、斯くも厳しい世界なのか。

 それに比べ、僕は何と自堕落な生活を送っているのか。

 羨ましい。妬ましい。

 誰かのためにそこまで出来る、そこまで怒れるその人間性は、今の僕では発露出来ない。

 それほどの力を誰かに使いたいと思う気持ちが、僕には足りない。

 そんな、正義の味方のような仕事が出来たなら。

 少しばかりでも、そんな勇気が持てたなら。

 僕は、居場所を奪われずに済んだだろうか。

 

「な、順平、あの映画館で何観てたの?」

「……いや、昔の映画のリバイバル上映だから、言っても分かんないと思うよ?」

「いーからいーから」

「……『ミミズ人間3』」

「うわでた」

「アレ超詰まんねーよな! そのせいで何度殴られた事かっ!」

「殴られたの!?」

「オレは目ん玉をひん剥かれ、睡眠も瞬きも許されないまま二十四時間……」

「ルドウィコ療法!? ってか別の映画じゃん!」

「でもさ、2はちょっと面白かったんだよな!」

「ああ、それはオレも観れたな」

「そっ──そうなんだよ!」

 

 ははは、と笑いながら語り合う。

 いつ以来だろうか。居場所を奪われてから、誰かと楽しい会話をした事なんて。

 あの人の言う通り、やっぱり呪術師(この人)とは気が合うのかもしれない。

 

「でも最初、何で面白いのか分かんなかったからわざわざ3回観たよ。グロ描写も一番キツかったなあ……」

「そこまでする熱意やべーな」

「……ねえ、虎杖くんも雨宮くんも、映画好きなの?」

「オレは大体、一ヶ月に一、二回くらいの頻度で観に行くな」

「俺もこの間、蓮と一緒に観に行ったわ。漫画の実写映画でな、俺その漫画好きだったんだけどさ……」

「ああ、アレね……」

「漂白だな」

「和訳した!?」

 

 僕もあの映画は観に行った。アクションやCGは凄いと思ったが、いかんせん演技が微妙だった事を覚えている。正直五百円くらい返して欲しいと思った。

 

「やっぱ実写映画はアレしか勝たん!」

「ヴァガボンドソードハートか」

「今度は英訳!?」

 

 あの映画はカッコよかった。原作を上手くかつ無理なく現実に落とし込んでいたし、何より殺陣の完成度も高かった。正直もう五百円プラスして払いたいと思った。

 

「やっぱ映画観るなら映画館だな。最近はお家映画だったから、余計にそう思うわー」

「オンデマンドも便利だけど、やっぱり直接映画館に行って観る方が良いよね」

「オススメの映画あったら連れてってよ。連絡先交換しよーぜ」

「えっ!?」

「オレも、そこまで映画に詳しいわけじゃないから頼む」

「ええっ!?」

「えーっと、友達追加ってどうやんの?」

「悠仁は本当に携帯機器に疎いな」

 

 まさかまさかだ。

 先ほど会ったばかりの、それこそ映画の話しかしていないのに……一気に二人も友人が出来てしまった。尻込んでしまうような勢いで、あっという間にSNSの友達追加が終わった。

 現実味を帯びないまま、僕の携帯の画面に、新規連絡先追加を表すNEW!の文字があった。母親とシネマ公式の二つしか無かったSNSに、二人も。

 正直、困惑した。僕程度の人間に、友達が出来るとは思っていなかったのだ。高校でも狭いコミュニティで交友していたけれど……それすらも奪われてから、僕はずっと独りだった。

 だからこそ、困惑以上にずっと、嬉しかったのだ。

 

「あれー、順平?」

 

 と、感情に浸るのも束の間、後ろから僕に声を掛ける女性の声があった。僕を呼ぶ女性なんてただ一人だけだ。

 

「母さん!?」

「こんなトコで何してんのー? その子達、友達?」

「さっき会ったばかりだよ」

「さっき会ったばっかの友達でーす!」

 

 僕の母にして唯一の肉親、吉野(なぎ)

 母親に対しこう語るのもなんだが、僕の母親は結構な美人だと思う。垂れ目の二重瞼は、額を魅せるかのように前髪を凪いだショートボブで、より鮮明に見える。V字型の長いTシャツとジーパンというファッションだが、人っ子一人を産み落としたにしてはスリムなスタイルが良く映える。

 左手には、買い物帰りだろうか、ネギの覗くビニル袋。そしてその右手には……

 

「母さんっ!」

「ん? ……ああ、ごめんごめん。アンタの前では吸わない約束だった」

 

 ……嫌な記憶を蘇らせる、煙草が握られていた。

 迷惑を掛けているのは分かっている。母も自由に吸いたいだろうけれど、どうしても……右額の傷が疼くのだ。

 

「友達は何て子?」

「俺、虎杖悠仁っス!」

「雨宮蓮です」

「お母さん、ネギ似合わないっスね!」

「おっ、分かるぅ? ネギ似合わないオンナ目指してんのよ」

「どういう事……?」

「どうだ悠仁、オレ、ネギ似合うか?」

「似合わねー!」

「めっちゃ似合ってねー!」

「そのネギはどっから出て来たの!?」

 

 悠仁と母の謎理論と、いつの間にかネギを持っていた蓮の唐突な真顔のボケに、僕はツッコまざるを得なかった。でないと収集がつかない。何だこのカオスな空間。

 ……蓮はネギを持ったままセーラームーンのポーズを決めるな。母さんも真似しないでくれ。

 

「悠仁くんも蓮くんも、晩飯食べてかない?」

「ちょ、ちょっと、迷惑だろ!」

「あ゙ん? アタシのメシがメーワクぅ?」

 

 そんなやりとりをしていると、ズギューンと、平穏な日常に似つかわしくない銃声が聞こえた。

 出所はどこだろうと周囲を見回す……までもなく。

 その直後にぐごごごご……と唸る様な音が聞こえた。

 正しく、悠仁の腹の虫の音だった。

 

「……嫌いなモンある? アレルギーは?」

「無いっス!」

「オレ、手伝いますよ」

「いーのいーの! お客人なんだから!」

 

 

 6.

 母に促されるまま、僕らは帰路を辿り始めた。

 夕焼けが一層濃くなり、蟋蟀(こおろぎ)の鳴く夜が近づいてくる。住宅街まで着いたら、もう少しで僕の家だ。

 一方通行の道路を、会話を弾ませながら歩いていると、目の前から一人のセーラー服の女子中学生が歩いて来た。

 おそらく部活帰りの子だろう。地元の中学生……それもソフトテニス部か。スポーツウェアを着て、白を基調としたヨネックスのラケットバッグを背負っている。170センチほどか、自身の身長の半分程度はあろうかという大きなバッグを、通学鞄諸共よく背負えるものだと感心していると──

 

「ああああ!」

 

 その子が、僕らを指差して、ドラクエで適当に名前を決める時のように驚いている。何事ぞ、と思っていると、その子がずんずん近づいてくるではないか。

 遠くだったのであまりはっきりと分からなかったのだが、その子は別嬪であった。長い睫毛と二重瞼は、彼女の魅力を引き立てる。艶のある黒髪はセミロングで、左顳顬部分をピンで留めており、歩みを進める度にきめ細やかに揺れる。

 今日は知らない人によく会う日だなあ。と考えていると、その子は蓮の目の前にて落ち着いた。

 

雨宮(あめみや)先輩じゃないですか!?」

「概ねその通りであって非常に惜しい気がしてならないのだが、しかし人を常日頃『冷やし中華始めました』と歌っている有名なピン芸人のような名前で呼ぶな。オレの名前は雨宮(あまみや)だ」

「失敬、噛みました」

「人の名前を噛むな」

「噛みまみた!」

「だめだこりゃ」

 

 そうは言いつつも、蓮はこのやり取りを楽しそうにしている。周りが困惑するのも気にせずに、二人は二人だけの空間で笑い合っている。まるで、知己の間柄というより──

 

「──久しぶりですね、蓮先輩!」

「ああ。久しぶり、瞳」

「お知り合いの子?」

「はい。中学の時の後輩です」

「初めまして、松岡(まつおか)(ひとみ)です」

 

 そう言って瞳さんは一礼した。とても礼儀正しい子だと認識した。

 松岡瞳という名を、僕は聞いた事は無い。ただ、悠仁には聞き覚えがあったようだ。

 

「あれ、瞳!?」

「あっ、虎杖先輩。ちーっす」

「俺だけ挨拶が雑っ!?

 あーっ、そう言やぁ瞳、神奈川に引っ越すって言ってたな!」

「はい。あの、その節は先輩方にどうもご迷惑を……」

「良いんだ。ただ、困ってる人を見過ごす事は出来なかっただけだ」

「俺達が好きでやった事だしさ。あんま気に止む必要ねーって」

「俺達が(私の事を)好きでやった……!?」

「途轍もない誤解を生んでる気がするんだけど」

「はっはっは、元気があって非常によろしい」

 

 僕と母が一言言うと、松岡さんは僕らを見つめて蓮達に問うた。

 

「あの、そちらの方々は? 先輩方のご友人ですか?」

「あっ、えっと、僕は吉野順平って言います」

「さっき会ったダチ公な!」

「さっき会った人を友達と呼べるとは、流石は虎杖先輩……コミュ力お化けですね」

「んで、その母の吉野凪でーす!」

「母!? お、お若いですね……!」

「やだもうっ、おばさん感激っ!」

 

 褒め言葉に頬に手を当て、体をくねくねっと畝らせて喜ぶ母。それを静観する僕。母さんってこんな性格だったっけ……いや、こんな性格だったような気がする。むしろ今までは、僕に遠慮して、己の内を晒せなかったのかもしれない。

 

「んー、ご飯食べさせてあげたい所なんだけど、具材足りるかなぁ」

「会う人会う人にご飯食べさせるね母さん……」

「なら、オレの方からも出しますよ」

「えーっ! 悪いよ!」

「良いんです。腐らせてしまうよりかは」

 

 そう言いながら、後ろに右手を回し──

 

「よほど良い」

「いやだからその食材はどっから出て来たの!?」

 

 ──沢山の食材をエコバッグに入れてあるまま取り出した。パンパンに詰まっているのが見て分かるが、器用な事に、食材の何某かがはみ出すような事はなかった。

 だが思わずツッコんでしまった僕は悪くない。

 

「四次元ポケットだ」

「何でもそう言えば解決すると思ってない!?」

「半分冗談だ」

「半分!? 何それ!? 二十二世紀でも無いのにドラえもんの秘密道具が作られてるってコト!? オーバーテクノロジーなんだけど!?」

「良いツッコミですね順平さん。私の次に上手です」

「キミはどっちかを議論するまでもなくボケ担当だよね!?」

「さー、上がって上がって!」

「あの、本当に良いんですか? 私ほぼ部外者なのに」

「いーのいーの! さーっ、今日はぱぱーっとやっちゃおっか!」

 

 母にそう言われて客人の三人は、連れられて僕の家に向かう。

 瞳さんはスマホを取り出し、どこかへとSNSで連絡を取っている。おそらく親御さんに断りを入れるのだろう。……なぜか蓮と悠仁とでセルフィーを撮っている。証明写真のつもりなのだろうが、あれは証明写真として成り立って良いのだろうか。

 ……あれ、何か蓮に関して見落としていないだろうか?

 よく思い出そう。蓮の持つエコバッグは整頓されていて、ぎゅうぎゅう詰めなのに中身が潰れないようになっている。硬いものを底に、柔らかいものを上に置くのであれば──

 

「──って、さっきのネギどこ行ったの!?」

 

 ツッコんだ僕を、蓮はただ楽しそうに妖しく笑うだけ。

 けれどその目は、何か思い詰めているかのように、全く笑っていなかった。

 その直後、SNSから何かメッセージが飛ばされてきたけれど、それを見る暇も無く、僕はあの四人の後をついて行った。

 

 

 7.

 スパイスの香りだ。食欲を唆らせる、芳醇な香り。何だかいつになく、激しくお腹が空いている。

 腹が減るのは生きている証。嬉しかろうが寂しかろうが、楽しかろうが悔しかろうが、生命あるものは腹が減る。

 僕は食が細く、一般的に見て僕の体型は、健康的と呼ばれる基準を満たしていない。引きこもりになってから、少食はより顕著になった。

 だのに。

 さっきからお腹が空いて堪らない。腹の虫が鳴いている。飢餓状態一歩手前だ。何かものを口に入れないと死にそうだ。

 特にこのスパイス漂う先にある、美味なるものが食べたい。

 テーブル席に座る僕を含めた四人、全く同じ考えだった。

 

「やっぱ蓮の料理っつったらカレーだよな〜」

「良い匂いですね……」

「主婦として負けている気がする……結局台所も占拠されちゃったし……」

「ねえ、蓮って前世が主夫だったりとかしない?」

「よく分かったな」

「えっ、本当に主夫だったの?」

「冗談だ」

「分かりづらいよ!」

「本当は喫茶店の店主だ」

「割と近いね!?」

 

 悠仁が蓮の料理を語り、瞳さんが香りに恍惚な表情を浮かべ、母が落ち込み、僕が問い、キッチンに立つ蓮がボケる。

 

「……うん、思った通りの味が出た」

 

 蓮はそんな家庭的な事を口にして、小皿に移したルウを嗜む。それだけで、もう僕の涎は溢れ出る。汚らしいと熟知しているが、飲み込んでも飲み込んでも唾液が止まらない。

 

「さあ、出来たよ」

『おお〜!』

 

 僕の心情を語っていたら、いつの間にか出来上がっていたようだ。

 レヱドルでルウを掛けて。

 ゴロゴロと野菜のダンス。

 コロコロとお肉も混ざる。

 隠し味は何でしょう。

 ライスと手を合わせていただきます。

 

「あむ」

 

 一口目を口にした瞬間、僕の脳に雷が走った。

 そう、一口。たった一口。

 それどけで僕は、艶やかな米と香ばしいスパイスによる最高の調和を思い知らされた。

 

「おっ──」

 

 美味しい──その一言を言うくらいなら、更に口に掻き込みたい。

 いや、失礼だとは分かっている。ご飯を作ってもらっている分際で、「美味しい」の一言も言えないのかと。

 だがそれでも、醜態を晒してでも、恥を捨ててでも、この料理を口にしたい。

 目の前のこれはただのカレーではない。カレーの形をした奇跡だ。カレーという名の神だ。

 だからこそ、僕はこの奇跡に感謝しなければならない。

 言うべきなのだ。たった一言を。たった一口我慢するだけで良い。

 この出逢いと、このカレーを形作る全てと、これを形作ってくれた蓮に。

 

「美味しい!!」

「それは良かった」

 

 ああ、阿呆らしい。

 一体僕は、何に悩んでいたんだろう。

 カレーの辛味が、虐められていた過去だとか、右目上に出来た傷だとか、奪われた居場所に馳せる思いだとか、そんなものを全て僕の頭から吹き飛ばした。

 

「やっぱ蓮のカレーが一番だわ!」

「おいひいれふ!」

「ん〜まっ!? えっこのレシピ、蓮くんが編み出したの!?」

「いえ、()()()()から教わったんです」

「へー、お前の()()()()料理上手いのな! 初めて知ったわ」

 

 いつ以来だろう、大人数と囲んで食事するのは。

 小学、中学と進んでいく内に狭まって行って、高校で誰一人としていなくなってしまったのだ。

 やがて蓮も席に着き、五人での食事が始まる……。

 

 

 8.

 

「──でね!? たかしくんが自信満々にさぁ、『これは外来種の幼虫だー! 毒があるかもしれない!』って言うからさ、俺箸で摘んでみたらさ、なんと糸こんにゃくだったんスよ!」

「たはーははははっ!」

「糸こんっ、糸こんだってっ!」

「母さん、呑み過ぎだよ」

「虎杖先輩、モノボケおねしゃー!」

「松岡さん場酔いしてない?」

「ウィルソーンっ! 許してくれウィルソーンっ!」

「ぶふっ! 悠仁それ、キャストアウェイだろ!」

「せいかーい」

「えーそれ映画ネタ? 分かんな〜い」

「蓮何かやってみる?」

「手品でもしようか」

「おーやれやれー!」

 

 そんなこんなで夜も更けて、皆ハイテンションになっていた。母は既に缶ビールの三本目を開けて、顔を真っ赤にしている。松岡さんも空気に当てられてか、少しおかしなテンションになっている。悠仁がボケて、僕がツッコみ、蓮が芸を披露する。

 この数刻の間に分かったのだが、蓮は手先がとても器用なようだ。カレーを作る時も、その包丁捌きに見蕩れてしまったのを覚えている。

 悠仁が「やはり見事な包丁捌きだな」と言っていた気がしたのだが、悠仁自身は頬を押さえて、「いやー全然前世何も言ってないよー?」とめちゃくちゃに誤魔化していたのが記憶に新しい。

 さて、蓮の手品は一体何なのだろう、と興味深く観察していると、急に蓮が苦しみ出した。

 

「ゔっ、うっ、ぐぐぐぐ……」

「おっ」

「れ、蓮先輩?」

「むぐぐぐぐ……!」

 

 そして右手首を左手で押さえて突き出し、松岡さんの目の前で片膝立ちになった。

 硬く握り締められた拳の中身から飛び出してきたのは──

 

「っぽん」

 

 ──一輪の花、であった。

 

「わあ!」

「今はこれが精一杯……」

 

 そして、その一輪を松岡さんの手に渡してやると。

 

「わ、わ、わぁ……!」

 

 あらゆる国の旗を、花の茎に結んでいた糸で紡いで繋ぎ、掲げていく。

 まるで世界は自分のもので、その気になれば、いつだってどこにだって神出鬼没の大泥棒になれる……そう言っているかのように、彼はロマンチックであった。

 

「カリオストロ来たー!」

「あらま〜!」

 

 蓮の器用さと魅力は、あっという間に僕ら四人を魅了してしまった。

 その後も、細かすぎて伝わらない悠仁のモノマネや、蓮の器用な手品を楽しんだ。

 

 だが得てして、楽しい時間とは早く過ぎ去るものだ。

 

 楽しかった食事は終わり、現在は午後八時を過ぎた頃。ソファには先に、蓮と松岡さんが座っている。お互いの近況を話し合っているようだ。机上では、母・凪がぐっすりと眠っている。僕は母の背中に、毛布を掛けてやった。

 

「順平の母ちゃん、良い人だな」

「……うん。本当に」

 

 二年に上がる前。僕は母に、学校に行きたくないことを相談した。前髪が、右目を完全に覆ってしまえるほどに伸ばした頃のことだった。

 

「──良いんじゃない? 行かなくても」

「……えっ?」

 

 母は、僕を否定しなかった。

 父と離婚し、シングルマザーとなった母に、迷惑は掛けたくなかった。だからこそ、僕は母に、いじめられていることを相談しなかった。……けれど、もう色々と限界だったのだ。

 何のために学校に行って、何のために殴られて、何のために生きているのか。

 それを考える事が、とうに億劫になっていて。

 吉野順平の心に罅が入って、血は止まらなくなっていた。

 

「アンタくらいの年頃の子は、何でも重く考え過ぎるからね。学校なんて、小さな水槽に過ぎないよ。

 水槽なんていくらでもある。何なら海だってあるんだ。どの水に棲むかは、アンタで好きに選びな。

 ……今アタシ良い事言った? ふふっ、さっすが凪さんだわ♪」

 

 母は、こんな息子を受け入れてくれた。

 駄々なんか、いくら捏ねたかなんて覚えていない。そんな僕でも、それでも良いと母は言った。

 砕けそうだった心を、母は救ってくれたのだ。母には頭が上がらない。大人になった時、精一杯母に楽させてやりたいとアバウトに思っているくらい、僕は母に恩義を感じていた。

 

「悠仁のお母さんは、どんな人?」

「う〜ん、俺会ったことねーからさ。正直覚えてねーんだよな。父ちゃんの方は薄っすら記憶あんだけど……俺には、爺ちゃんが親みたいなもんだったし」

「そっか……」

 

 ブブッ、ブブッ、と悠仁の携帯が連続してバイブレーションする。おそらく昼に言っていた伊地知とやらから電話が来たのだろう。悠仁は断りを入れて電話に出た。

 そして僕も、どんな映画を見ようかと、検索のために携帯を弄ろうとして──

 

(あれ、蓮からメッセージが来てる)

 

 ここでようやく、僕は蓮からのSNS通知に気が付いた。

 蓮からのメッセージは、ただ一言、シンプルに。

 

『嘘吐き』と。

 

「──っ!? ちょっと蓮、これ!?」

 

 血の気が引く思いがした。何に関してかの嘘かは言わずとも分かった。

 何故嘘がバレたんだ。いつ綻びを出した。

 いや。

 いつから蓮は、見抜いていたんだ。

 

「どうしたんですか順平さん?」

「い、いや、ごめん。珍しい映画を見つけたものだから、ちょっと蓮に相談しようと思って」

「え、なんでですか?」

「その、ちょっとエグいからさ!」

「ああ〜……」

 

 そう言って、何とか松岡さんを誤魔化している間に、蓮はさらに僕にメッセージを飛ばす。

 

『このままでは少なくとも凪さんは死ぬ』

『メッセージで良い、正直に話してくれ』

『オレはキミ達を守りたいんだ』

 

 しぬ。シヌ。死ぬ。

 ……死ぬ? 何故?

 そんな言葉と疑問詞が、頭の中を埋め尽くした。冷や汗まで出てきてしまっている。動悸が急激に早まる。荒ぶる呼吸を抑えられない。

 蓮の質問には答えられなかった。

 恐ろしかった。鉄面皮の下で、蓮はずっとこちらの出方を伺っていたのだ。

 

『何で』

『いつから』

 

 もはや言葉になっていない文字を送る。キーボードを打つ指が震えている。

 

『生命あるものには癖がある』

『人においては、嘘を吐く時こそ、癖は十全に

 発揮される』

『順平にも、嘘を吐く時に癖があった』

『オレはそれを見破っただけだ』

『だからオレは、順平が正直に話してくれるの

 をずっと待っていた』

 

 怖い。

 怖い。怖い。怖い。

 気持ち悪い、気持ち悪い!

 何だ。何なんだ。

 僕は 何て生き物と 出会ってしまったんだ

 

()()()()()

 

 動悸が治らない。吐き気がする。あの三人の穢らわしい遺体を見た時以上に、この雨宮蓮という好青年が『気持ち悪い』。

 その返信が来た瞬間、吐き気を抑え切れず、僕はトイレに駆け込んだ。鍵を閉めるのも億劫で、堪らず僕は、胃の中にあった、美味しかったはずの蓮のカレーを全て便器に戻してしまう。

 恐ろしかった。何もかもを見透かされているかのようだった。怖くて怖くて堪らなかった。

 

「げほっ、けほっ、……っゔ、はっ」

 

 無理に吐き出した胃液に器官が軋む。胃酸で喉が焼ける。

 あの人達よりも、不良グループの奴らよりも。

 蓮の方がよっほど怖い。

 本当に、得体が知れない。

 

「大丈夫か」

「……!!」

 

 後ろからテノールの声が聞こえた。

 振り向けなかった。振り向くだけの勇気がなかった。彼の顔を見るだけの希望は持ち合わせていなかった。

 

「それで、話す気にはなったのか」

「……何なんだよ、キミは。

 人の心を見透かして、何でもかんでも分かったような気でっ! 正義の味方気取って!

 何さ、探偵にでもなったつもりかよ!?」

 

 癇癪を起こして喚く。みっともないのは分かっている。

 だが蓮の言葉は、ひどく無感情に聞こえた。

 

「オレは悪党だ。美学のためならどんな罪も犯すような……そんな奴が探偵にも正義の味方にも成れる訳が無い。

 ──お前の知っている事を教えてくれ。オレはただ、目の前の友達を助けたいだけなんだ」

 

 僕がどれだけ拒否しても、蓮は僕の手を取る。

 どれだけ嫌がっても、蓮は僕と同じ目線で聞く。

 それがまるで、劣等感を刺激されているようで、とても嫌だった。

 

 吉野順平から見た雨宮蓮の第一印象は、完璧超人だった。

 学校に一人はいる、勉強もスポーツもルックスも性格も何もかもが最優。非の打ち所がない羨望の対象。雨宮蓮は正しくそれだった。

 だからこそ、僕は完璧が恐ろしい。

 完璧とは、そこにあるだけで議論の余地が失くなる、畏怖の対象だからだ。完璧が一度『黒』だと言えば、それは間違いなく『黒』であり、それは揺るぎないものとなってしまう。

 僕にとっては、不良グループの筆頭がその『完璧』であり、そして蓮はそれ以上の『完璧』だった。

 

「……一つ聞かせて。

 蓮の云う美学って、何?」

 

 僕は初めてこの日、蓮を真正面に見て問うた。

 蓮は、直ぐに答えた。

 

「『星』だ」

「……星?」

「そうだ。

 フレデリック・ラングブリッジの『不滅の詩』は知ってるか?」

 

 知っている……というよりは、読んだ事がある。この『不滅の詩』は、週間少年ジャンプを嗜む者に、聞き覚えはあるかもしれない。

 

 二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。

 一人は泥を見た。一人は星を見た。

 

 この二文からなる、あまりにも短く、そして力強い希望の詩。

 

「オレは──譬え泥に塗れても、『星』を見ていたい」

 

 蓮は、譬え囚人となったとて、星を見る囚人でいたいのだと云う。

 その時、蓮の目が、まるで夜空に浮かぶ星のように一瞬煌めいたような気がした。それが目を覆う涙によるものなのか、はたまた別の要因なのかは、今の僕の預かり知る所ではなかった。

 二人の囚人、という所から、蓮とは真逆の志を持つ者がいたのだろう。一瞬悠仁の事かと思ったが、根明の悠仁が泥を見る人間とは思えず、疑念を払拭した。

 この時、僕の蓮に対する印象がガラッと変わった。

 蓮は僕が会ってきた人間の中で『完璧』に近い。けれど完全な『完璧』ではないのだ。『完璧』という名の『星』を目指す、一人の人間であったのだ。

 

「ごめん。今は話せない。松岡さんがいるから。

 でも、必ず話す」

 

 立ち上がって、やはり僕は蓮を見て宣う。

 

「正直に言おう。今さっきまでのお前のように、腐った現状を甘んじて受け入れている奴がオレは嫌いだ。

 だからこそ、現状を打破しようと一歩を踏み出したお前を、オレは心から尊敬する。

 この騒動が終わったら、高専に招待するよ。今のお前なら、入学するに相応しい。

 ……さ、行こう。皆心配してるからな」

「……うん!」

 

 何を観ようか。今となっては、とても悩ましい。

 久しぶりに、名作の映画を観るのも悪くない。

 けれど、やはり。

 どうせなら、ハッピーエンドの映画がいいな。

 そんな事を思いながら、新たに紡いだ絆に誘われて、僕は一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 僕の母は、下半身が無くなった状態で(母のようなモノとなって)死んでいた。

 

 

PERSONA5 in Jujutsu Kaisen

Let us start the game.

#19 Juvenile fish and Retribution




 コープ獲得:隠者(吉野順平)

 という訳で第二のオリキャラ登場。
 何でこーゆーキャラになったんだろう。
 時系列をいじいじしました。正味順平のエピソードは八月後半でも良かったんじゃね?と思ってるんデス。なぜなら現実の夏休みが8/20をちょっと過ぎたくらいで終わるからデス。
 まあ見たら分かる通り、化物語にはまりました。
 コープ編はキャラごとにまとめて一気に出そうと思います。コープアビリティがストーリーに関わるものに限り、所々さんを本編に抽出する感じデェス。
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