呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた   作:全てのイシを拾イシ者

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#23

 20.

 神奈川県のどこかの地下排水溝で、二匹の溝鼠が走る。鼠達はその小さな体で、自分よりも強大な存在を感じ取ったのだ。果たしてその予感は的中し、次いで布がコンクリートに擦れる音が不規則に響く。

 果たしてその音の持ち主とは、先のジョーカーとの戦いにて重傷を負わされた昊噓その人だった。彼のイメージカラーとも言える黒色はしかし今は身につけておらず、襤褸となり嫌な異臭を漂わせている、黒とも黄土色ともとれる色のシャツを身につけている。

 昊噓の決死の大脱出劇は、溝を這いずり回ってでも生き延びるという恥を捨てた意思の下、どうにか成功したようだ。

 

「…………っ、クルス、アキラぁ……!!」

 

 しかし身につけているのはそれだけだ。手袋はおろか布作面など落ちている可能性はゼロに近いだろう。幾何学的な頭部は、顔面に空いた大きな穴を隠すための何かしらの布すらもないため露出している。シャツは、角張った肩のラインが目立っている。

 

「……や。お互い、ボロボロだね」

 

 ちょっと臭うよ、と言いながら素足でびっこを引いてくるは、こちらも虎杖悠仁と吉野順平との接戦に苦しめられた真人であった。小脇に抱えるは、どこからか持って来た黒に統一された衣類。

 

「キミの服、実物じゃないとダメなのめんどいね」

「…………」

「あっ」

 

 衣類達は真人の追い風に誘われて、昊噓の方へと向かう。着ていた襤褸シャツを弾き飛ばして、風を巧みに操ることで、よく知る昊噓の外観へと元通りとなった。

 

「……感謝して欲しくてやってるわけじゃないけど、かといって何も言わないのもどうかと思うよー?」

「ならば、これを期に認識を改めよ。

 我は汝らを仲間と思った事も、思う事も無い。汝らも所詮、蟻の集いに過ぎぬ」

「キミの言うクルスナントカってヤツも?」

「そうだ」

「んじゃ、何でアレに拘るの?」

「…………我は、アレの全てを殺すための歯車に過ぎん」

 

 答えになってないんだよナ、と頭を掻きながら思ったが、口にするのはやめた。どうせまともな返答もないだろうと、昊噓を見て思ったのだ。

 

 真人は、雨宮蓮という男に感服した。

 真人からしてみれば、雨宮蓮とは『叛逆の魂』という〝心の代謝〟たる怒りの感情から生まれた力を使うだけの、五条悟のコネで特級に成っただけの、ただの成金野郎だと思っていた。

 しかしどうだ。自分の作戦は全て筒抜けで、終始掌の上で転がされ続けた。宿儺との対話もままならず、吉野順平を仲間に引き込む事もあるいは殺す事も出来なかった。継ぎ接ぎ頭の男が言っていた事は、話を盛りまくっただけの世迷言だと思っていたのだ。

 蓋を開けてみれば、まるで稀代の明智小五郎めいた推理ぶり。怪盗よりも探偵業に転職してはどうかと思うくらいだった。もはや策が破られていく事に、憤る所か清々しさまで感じるほどであった。

 まあ、だからといって殺人欲求が減るわけではないのだが。

 次は殺す。宿儺の器たる虎杖悠仁も、気紛れで用意した駒たる吉野順平も。そして最後に、彼らを率いた切り札たる雨宮蓮を。

 

 閑話休題、己の思惑は今は頭の中にあればいいと昊噓は悟り、真人を置いて歩み始める。

 昊噓はあの戦いで、多くのものを得た。それが昊噓の経験となり智慧となる。ジョーカーにはこのままでは勝てないことは勿論、自分が生まれた()()()()()も。

 そして何より──

 

「……『宇宙』へと至るには、これしきでは足りぬというのか」

 

 真人は、その言葉の意味をついぞ理解し得なかった。

 

 

 21.

 

「人に、心なんかない……」

「──ッ、順平、お前まだ──」

「無いんだよッ!! だってッ、それじゃあ──僕も母さんも、人の心に殺されたって言うのかよ……!!」

 

 もしも、あの時蓮がいなかったら。

 

「順平ってさあ、それなりに頭は良いんだろうけど……キミが馬鹿にしてる奴らの、その次くらいには馬鹿だから。

 だから、死ぬんだよ」

 

 もしも、母を喪っていたら。

 

「──宿儺アアアアアアアッ!!!」

「何だ」

「何でもする!! 俺の体は好きにして良い!!

 だからっ、あの時俺を治したように!!

 順平を治してくれ!!!」

「ケヒッ、断る」

 

 多分、きっと僕は……

 

 

ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

 

「──ぁああああああっ!!」

 

 知らない天井だ。

 嫌な夢を見ていた。あの作戦において最悪の状況である、母と僕の死のIFの夢を。おかげで汗びっしょりだ。どうやらベッドで寝ていたらしい。額の……顔の汗を手で拭い取った。

 最悪な夢だった。が、これが正夢でなくて本当に良かった。

 今がいつなのかを知りたいのもあって、僕……吉野順平は、力の入らない腕と寝起きで回らない頭を無理やり動かしてナースコールを探す。カレンダーを見れば、今日が8月24日だと云う事がわかった。

 

「おはよう」

「っ!?」

 

 しかしそれは、すぐ隣に座っていた長身の男の声に遮られる。

 白銀の髪をアイバンドで固定した、全身黒一色の衣服を纏う彼の、その声の方向に振り向く。出来るだけ距離を取ろうと下がりつつ、今は最後の希望たるナースコールを手探りで探す。

 

「大丈夫そうだね、吉野順平クン。お目当てはこれカナ?」

 

 そう言いながら不審者は、導線の伸び切ったナースコールで手遊びする。名前も意図もバレている……ならば、悟られる事なく呪力を練り上げるしか、事態脱出の方法はないか。

 

「安心して。僕は敵じゃないよ」

 

 怪しさ満点の見た目をしている人からそう言われて、はいそうですかと返せるほど、僕は馬鹿ではない。が、この光景があまりにも現実味が無さすぎて、逆に僕の頭が馬鹿になったのではないかと疑い始めた。

 判断するには、外見的な情報では足りない。せめて、相手の目的を知らねば。僕は勇気を振り絞って、目の前のバドミントンのシャトル頭に話しかけた。

 

「……あの、あなたは?」

「僕は悟、五条悟。さとるであってシャトルじゃないよ。蓮と悠仁の所属する、都立呪術高専一年の担任をしてる。

 早速だけど、今のキミの状況を教えておきたくてね」

 

 からからと笑いながら、五条悟という人は続ける。ちゃっかり心を読んでくるのは心臓に悪いのでやめてほしい。

 

「さて、吉野順平クン。キミには、呪術師になってもらう。それも将来的には、特級を除いて最高位である『一級』術師にね」

「拒否権は……無いですよね」

「ウン、無いね。

 順平クン、キミは──いや、キミ達は少しやり過ぎたんだよね」

 

 話を聞くに、この作戦の遂行に際し、敵側を欺くためとはいえ、呪術規定八条『秘匿』の項を破った雨宮蓮、吉野順平には、それ相応の罰が与えられる事になった。

 上層部は呪術規定の中で特にこれを厳戒しており、首謀者である雨宮蓮及び一般人に危害を加えた吉野順平を呪詛師と認定し、即刻の死刑判決を下した。まあ、半分──否、大半は蓮や悟に対する嫌がらせの意味合いがあったのだが。

 だがこれに異論を唱えた者がいた。五条悟は勿論のこと、京都校三年一級術師の東堂葵、そして何と判決を下された雨宮蓮自身も、蓮と順平に対しての減刑を要求したのだ。それが──

 

「──呪術高専在学期間の4年間。それがキミに与えられたタイムリミットだ。その間に、キミは一級術師にならなくっちゃあいけない。もしキミが4年間で自身の有用性を証明出来ない場合──」

「僕は、呪詛師ってヤツに認定されて、処刑されるってワケですよね」

「そーゆーこと」

 

 そしてこれは後から知った事なのだが、蓮自身は、年内に、日本三大怨霊であり特級仮想怨霊でもある《平将門公》《菅原道真公》《崇徳天皇陛下》の内、《平将門公》か《菅原道真公》のどちらか一体を無力化する事を条件に仮釈放されている。

 ここに崇徳天皇陛下が含まれないのは三つ理由がある。

 一つは、上層部として呪術界を率いる御三家──禪院家、加茂家、五条家は、天皇陛下を代々護衛する立場にあり、天皇を害する事が出来ないよう無意識的に縛られているのだ。

 それは他者に命令しての祓除も含まれており、実力主義的な家柄の禪院家ですらも手を出せない。

 故に御三家は、現代社会の義務教育にて『崇徳天皇陛下』の名を極力排除する事で、崇徳天皇陛下を存じない者達を増やすように努め、対策している。

 そして二つ目は、天皇陛下をゲームや小説のキャラクターとして登場させるのはあまりに畏れ多いという認識が、クリエイター達に強く残っているためだ。

 しばしばRPGなどで出現する三大怨霊の内でも、崇徳天皇陛下の名前が使われる事は片手の指で数えられるほどに少ない。天皇という称号は、一番扱いに困る存在でもあるのだ。サブカルチャー面での対策は、呪術界の介入がなくとも既に終わっているという訳だ。

 最後の三つ目。それは、崇徳天皇陛下に恐怖する者を減らし、崇敬する者を増やそうという対策が功を成しているためだ。

 事の始まりは、明治天皇陛下が白峯社──現・白峯神社を建てられ、崇徳天皇陛下を還御された時から始まる。

 その白峯神社では、鎮魂のために毎月二十一日に御廟祭を開いており、崇徳天皇陛下についての解説を行なっている。それにより、崇敬とは行かずとも同情する者が増えるようになったため、負の感情が溜まりにくいというのがある。

 以上の点から、崇徳天皇陛下の仮想怨霊化の可能性は極めて低いのだ。

 

 残る二柱の特級仮想怨霊も、過去に出現した事案を比較してみると分かるのだが、近年は『ゲームや漫画の元になったキャラ』というような認知に恐怖心が薄れている者が多いため、若干の弱体化を受けているようだ。

 とはいえ、頭の沸いた*1術師達を返り討ちどころか帰らぬ人にしてしまえるほどには脅威的なのだが。

 

 蓮としては、手を焼いている特級仮装怨霊の中でも最大級に強力な日本三大怨霊を祓ってやれば、それほどの逸材をみすみす手放す不利益と規律を天秤に掛けることになるジレンマを突いただけに過ぎない。

 また、上層部の中には『特級』よりも『一級』の方をこそ呪術界を率いていく存在であると認識する者が少なくなく、故に吉野順平が一級術師になれば、上層部は一級という是非とも懐柔したい存在を手放す事になる。

 特級術師たる雨宮蓮は勿論のこと、彼に推薦された吉野順平が一級に成った場合の利益を考えれば、条件を付けさせてでも生存させた(首輪を付けていた)方が理であり利であると、老人達は考えたのだ。

 尤も最初は片意地に処刑だと騒ぎ立てていたが、蓮の一言でその首輪を外した瞬間、自分達の首が文字通り飛ぶ事を直感したためなのだが。

 それもそうだ。特級の称号を冠されるのは、単体で国家を転覆できるほどの実力の持ち主だけだ。そんな奴から脅されて首肯しないなど、命知らずにも程がある。

 

「けどね、蓮は言ってたよ」

「?」

「キミなら、4年もいらない。1年以内に一級に成り得るだろう……ってね」

「えっ……?」

 

 五条悟曰く、呪術師がその級位を上げるためには、他の呪術師二名以上からの推薦を受ける必要がある。吉野順平が一級術師になりたいのであれば、最低でも一級以上の術師二名の推薦が必須だ。

 その後は、推薦した二人以外の術師同伴で一級相当の任務をこなし、適性ありと判断されたら、晴れて『準一級』術師だ。

 そして準一級術師が単独で一級任務をこなせれば、一級術師に昇級できる。

 しかしこの昇級に、雨宮蓮と五条悟は一切協力出来ない。

 高専に所属する一級以上の術師は、都立高専であればそこの生徒を、京都府立高専であればそこの生徒を推薦する事が出来ない。単に、身内贔屓は許さないという話だ。

 だからこそ僕は、稽古をつけてもらうならともかく、昇級審査に関しては、雨宮蓮と五条悟の力を借りずに、僕一人の力でどうにかしなければならないのだ。

 もちろん、正式な呪術師ではない僕には、この二人と七海建人以外の一級術師に縁などない。厳しい戦いになるのは確実だ。

 けれど、蓮はこんな僕に『一級になれる』と言ってくれたのだ。

 なら、その期待を裏切りたくない。その期待に応えたい。

 キミという星に、一歩でも近付きたい。

 

「吉野順平、キミには選択肢がある。

 今すぐ死ぬか、四年間死ぬほど頑張るか。好きな方を──」

「いえ、もう決めてます」

 

 蓮が僕を救ってくれたその理由が、何か打算的な意図があったのかは分からない。

 だが、救ってくれた恩人である事に変わりはないのだ。

 

「拾ったこの命は、拾わせてくれた人のために使います」

 

 死ぬ事は怖い。恐れは無くなることはないだろう。

 だが、蓮からの不屈の魂が、いつだって僕に勇気をくれる。

 なら、何を恐れる事があろうか。

 

「だ、そうですよ」

「え──」

 

 悟がそう問い掛けると、空いていた病室のドアの陰から、五体満足で無事である僕の実母・吉野凪が立っていた。

 

「やっほ」

「母さん!? 聞いてたの!?」

「まね。アンタが起きる前に、色々とね」

 

 なら、僕の今やりたい事も聞いていたのだろう。凪は悟の隣に椅子を置いて座って、更に紡ぐ。

 それは、親としてしてやれる最終確認。そして、子が巣を旅立つ表明を聞くための覚悟の形成であった。

 

「なりたいんでしょ? 呪術師に」

「うん」

「危ない仕事なんでしょ?」

「うん」

「腹は決まってんの?」

「──うん」

「なら良し」

 

 吉野凪は自身の事を、善い母親であるとは思っていない。養育費は貰ってはいるものの、夫と別れた後は息子に構ってやる事は少なくなってしまった。それは引き篭もってからも同じで、パートで家を空ける事も多かったのだ。

 寂しかっただろう。

 故に映画に縋ったのだろう。

 学校に居場所がなかったのだろう。

 故に映画の中に逃げ道を作ったのだろう。

 想像も出来ないほど、辛かったのだろう。

 

 母親として、何をしてやれただろう。

 

 順平は優しいから、我儘を言わない。我儘を言ったとて、聞いてやれるほどの余裕は無いから。それを言い訳にしたくはないけれど、自分がしっかりと順平を見てやれば、呪いとやらに唆される事も無かっただろう。鬱憤を見極めれただろう。

 ダメな母親だと自嘲する。母よりも息子を見極めた蓮に頭が上がらない。

 育ち切った息子に、母親としてしてやれる最後の仕事が一つ残っている。

 旅立つ息子を見送るために贈る言葉は一つ。

 親と子が、再び会うためのお(まじな)い。

 

行っておいで、順平。

行って来ます、母さん。

 

 そうして凪は、母親としての仕事を終えた。

 ……かに思えた。

 

「……って、ちょっと待ってくださいな五条さん」

「ん? どうしました?」

「ウチの子は4年間通うんですか? ()()()でなく?」

「いえ、()()()ですよ」

「えっ……いや、僕ちゃんと()()()()までは出席して──」

「うん。()()()()()()()だったんだよネ、キミ」

 

 一気に体調が悪くなった気がする順平。冷や汗が止まらない。震えて止まない。

 

「………………………………マジ?」

「大マジ。

 ま、チャンスが増えたと思えば、さ?」

 

 はっはっは、とカラカラ笑う悟をよそに、順平は溜息を一つ吐いた。

 ……まあともかく。斯くして吉野順平は、めでたく転校と留年が決まったのであった。

 

「じゅ〜ん〜ぺ〜い〜!?」

「ヒェッ……」

 

 無事に、とはいかなそうだったが。

 どうやら母親として、もう一仕事しなければならんらしい事を、凪は声を荒げつつ、内心で喜ぶのだった。

 

 


 

 

 この両の掌が

 この星を包んでしまえるくらい

 もっとずっと 大きければいいのに

 

 

 22.

 蛍光灯が、仄暗くも確かに部屋を照らしている。肉の腐った匂いが充満している。金属製の手すりを掴んで雨宮蓮が見下ろす先には、人一人は入れそうな袋が等間隔で置かれている。正しく、遺体収納袋であった。その中には、己が奪いかけた命もあった。

 ──いや、奪ってしまったという方が正確か。

 呪術高専の離れには、死体安置所がある。

 そこは、被害者を安置させるための場所だけでなく。

 呪術師が己の所業を再確認するための場所でもある。

 そう。雨宮蓮は、己が罪を背負うためにここに来たのだ。

 己の美学に反した行いを、忘れないために。

 

「ここに居ましたか」

「……七海さん」

 

 一つしかない入口から入って来たのは、サングラスとジャケットを脱いだ七海建人であった。鉈を背負うためのサスペンダーは、今日は非番なのか付けていない。

 革靴を鳴らし終えて、蓮の隣にて、建人もまた命だったもの達を見遣る。

 

「……怒らないのか」

「命の恩人を叱るほど私は恥知らずではありません。確かに、キミの行動が目に余るのは事実ですが……キミ一人の責任だと思っていませんか」

「……ああ」

 

 蓮は、順平とその母の救助作戦の概要を建人に伝えていなかった。蓮はあまり、呪術高専の大人達をあまり信用出来ていない。日々修行している悟はともかくとして、その他の大人とのコープの進みが遅いのは、蓮自身が、彼らに懐疑的だったためだ。

 蓮は、高専関係者の大人達が、自分に何かしらの情報を隠している事を察していた。それが一体何なのかはさすがに分からないが、蓮に疑心を持たせるには十分過ぎるほど、高専の人々は怪しかった。

 だから蓮は、自分と悠仁と順平による作戦を立てたのだ。それも、建人抜きによる作戦を。

 嬉しい誤算は、建人に作戦を勘付かれた事。大誤算は、相手が『真人とやらの思惑が破られるのを前提とした、呪霊二体による作戦だった』事と、『最低でも昊噓か真人のどちらかを祓い切れなかった』事だ。

 蓮は固く閉ざしていた口を開いた。出てきたのは、懺悔の言葉だった。

 

「悠仁に……人を殺めさせてしまった」

「キミのせいだと言うつもりですか」

「それ以外に何がある。呪いは祓えていないままで、助けられたのは数多の被害者から二人だけだ。逃げられてしまった以上、被害の拡大は確実。

 オレの詰めが、甘かったせいだ」

 

 いつもそうだ。詰めが甘いと、よく言われていた。最後の大詰めで勝利を確信し、その油断により窮地に立たされる。前世でも、そのせいで取り返しの付かない事態を引き起こしてしまったのだ。どうしてもこの性格が治らない。

 こんな事になるならを何度も何度も繰り返し、なのにずっと学ばない。魂レベルで慢心が刻まれているのかと蓮は自嘲する。だって、美学たる『星』のような高貴さを、蓮は守れていないのだから。

 

「言いたいことは分かっている。

 オレは正義の味方じゃない」

「……そうです。キミは呪術師だ」

「そして怪盗で……悪党だ」

 

 美学に反した己の罪は、己で雪がねばならない。

 いずれ、そういう事をさせなければならない事も、薄々分かっていた。

 悠仁が十字架を背負ってしまったのは、余裕をぶっこいていた己のせいだ。

 なら、悠仁に降りかかる罰という名の火の粉は、オレが払い祓うべきなのだ。

 だから、死に方は惨たらしくてもいい。

 ただ、誰かを守れればそれでいい。

 泥に塗れても前へと進めるように、前のめりに死ねるのならば、雨宮蓮に悔いは無い。

 その死に様が、最期まで美学に準じ生きた証になるのだから。

 かつて(前世)では、クルスアキラは、結局何も守り切れなかった。

 だが、別世界の今を生きている以上、それを悔いてもどうにもならないのだ。

 今、蓮がジョーカーとして出来る事はただ一つ。

 

「まだ、止まるわけにはいかない。最後、行き着く先に行き着いた時が……それが、オレの責任()の終わりだ」

 

 苦痛に溢れた未来なのか、はたまた苦節を乗り越えた未来なのか。

 どちらにせよ、もうジョーカーは止まれない。

 犠牲は増える。そしてジョーカーが救える命は、掌で掴める程度だけだ。

 

「オレはもう、誰にも負ける訳にはいかない……!!」

 

 亡くし、そして亡くすだろう命を背負って戦う。

 それが、ジョーカーに出来るただ一つの償いだ。

 建人にそう告げて、蓮は出口へと向かう。

 

「呪術師として言うのなら、その答えは零点です。

 キミはあまりにも、呪術師としては優しすぎる。それではいつか、壊れる時が来るでしょう。特級とはいえども、キミは人間で、子供だ。……その責は、キミにはまだ早すぎる。

 そして、完璧に物事が進むなど、馬鹿げた理想も良い所です。そんな理想では、結局に何もかもを取りこぼしてしまう。

 キミの手が掴める他の誰かの手は、やはり二人分だけです。それ以上を望んでいる今のキミの事を、思い上がりと云うのです」

「……」

 

 そう、オレは完璧などではない。完璧を目指すだけの、ただの一人の人間でしかないのだ。

 理想を抱くことの危うさは、クルスアキラ時代で散々分からせられている。そんな陳腐な理想を抱いたまま溺れて死ぬなど、滑稽極まりない。ひっくり返せない事態に陥ってしまえば、それまでの話でしかないのに。

 歯を食い縛って、悔しくて、しかしその言葉を必死に受け入れる。

 

「──ただ、一人の人として言うのならば、百点です」

 

 はっとなり、蓮は出口から建人へと視線を移す。

 サングラスを外した建人のその目は、慈愛に満ちていた。

 まるでそれは、子に諭す父親の眼差しのようだった。

 息子の門出を祝うような、そんな暖かい眼差しだった。

 

「これは私のエゴですが……その生き方を、どうか忘れないでいて欲しい」

「……忘れませんよ、オレは。

 忘れないために、戦います」

 

 決意を新たに、翳りを心の隅に。

 数えきれないほど味わった、雨宮蓮の挫折は終わった。

 

 建人からの微かな信頼を感じる……。

 

 


我は汝、汝は

汝、ここにたなる契りを得たり。

 

契りはち、

囚われをらんとする反逆の翼なり。

 

我、『法王』のペルソナの生誕に祝福の風をたり。

自由へと至る、更なると成らん……。

 

 

 23.

 かつて虎杖悠仁が辛酸を舐めた場所としては、英集少年院の他に都立高専地下視聴覚室がある。

 前者は言わずもがな、後者は拙い呪力操作技術の修行のために夜蛾正道学長作の《呪骸:ツカモト》にブン殴られ続けた苦い思い出が蘇るのだ。もう暫く二度とあの人形を視界に入れたく無いと思えるほど、悠仁はその場所を嫌いになりかけていた。

 尤も変装すれば、外食はおろか未成年が入ってはいけないような店まで入れるのだが。

 さて、部屋に入った悠仁が得た最初の情報は、鍋の湯を沸かす音であった。見ると、そこには蓋で覆った土鍋がコンロの上にて熱々に熱せられていた。そこから漂って来るのは、鶏ガラの出汁から来る柔らかい匂いだった。

 

「うっす」

「ん」

「今日のメシは?」

「肉団子鍋。もうすぐ出来るぞ」

「やっり」

 

 仄かに笑って喜び、先に座って仕込みをしていた蓮とは対面となるようにソファに座る。現在の時刻は午後七時半を少し過ぎた所で、外は暑かったのだろう、制服を脱いでパーカーの袖を捲った。

 

ナナミン(七海建人)*2に会って来た」

「そう、か」

 

 悠仁は頭を掻いて、蓮は言葉に詰まる。

 蓮の腹は既に決まっている。しかし、悠仁に対しては少なからず負い目があった。思わず、蓮は悠仁に問うた。

 

「……大丈夫か、悠仁」

「大丈夫……じゃ、ねえ……な……。

 手にさ……まだ、残ってんだわ。感触……」

「……すまない」

「でもさ」

 

 一言区切って、悠仁は続き綴る。

 

「こーゆー仕事なんだから、いずれあーゆー事もしなきゃなんねえと思ってたし。正直予想も覚悟もしてたけど……やっぱ、命を奪うのは嫌だった。

 でも、だからって目を背けちゃいけねえんだよ。それだけは分かる」

「悠仁……」

「情けねえよ……あそこで祓えなかったのは、俺の失敗で、実力不足で……敗北だ。俺のせいで、死人はこれからも増え続ける。俺の中の『正しい死』が、揺らいじまってんだ」

「っ、それは──」

「でも。それでも俺は、祓い続けるよ。ここで立ち止まったら、死んだヤツも殺しちまったヤツも報われねェし、ここで退いちまったら、俺は俺を許せねェ。

 生き方は決めてる。死に方はお前に任せる。

 俺は、俺の役目を果たすよ」

「……そうか」

 

 ──分かんねェよ! けど、分かんだよ!!

 ──カッコいいか? 誇らしいか? 今のお前は、小っせェころ夢見たお前かよ?

 ──カッコ悪ィなら、間違ってんだよ!!

 

 その目は、いつか見た真っ直ぐな少年のそれに似ていて。

 かつての親友と、悠仁を重ねてしまった。

 

「なら、オレから言う事は何も無い。

 ……成長したな、悠仁」

「こんな成長の仕方は嫌だったけどな」

「違いない」

 

 そう言いながら、互いに卑屈な笑いを浮かべ合う。と、

 

「やっほ」

「順平! 面談通ったんだな!」

「ま、ここを通さないと話になんないしね。でもめちゃくちゃ緊張したよ……あの学長怖すぎるって」

「話せば分かるが、良い人だぞ」

「えっ蓮話すの?」

「修行付けてもらってる時にな」

「勇気あるなぁ」

 

 来訪せしは吉野順平。おそらく、あの学長面談をパスして来たのだろう。制服はまだ届いていないため、シンプルな私服でやって来た。荷解きをやっていたようで、額に汗が滲んでいる。

 

「にしても良い匂いだね!」

「悠仁リクエストの鍋だ」

「夏なのに?」

「夏だからこそ乙なんだよ。蓮、〆は勿論おじやだよな!?」

「〆はうどんだ」

「ええ〜〜〜!?」

 

 そう言いながら、順平は悠仁の隣に座る。鍋の完成は間近で、一体何鍋なのだろうと興味が湧いたが、それよりも順平には、蓮に対して気になる事があった。

 

「あのさ、蓮。聞きたい事あるんだけど……」

「どうした?」

 

 一瞬順平は、蓮の知られたく無い秘密を暴いてしまうような気がして、それが原因で今の関係が崩れてしまうような気がして、躊躇してしまう。

 だが、その恐怖よりも、興味が勝ってしまった。

 

「……『クルスアキラ』って、誰?」

 

 聞いた瞬間、しまった、と思った。

 蓮にとって聞いて欲しくない事物だったのだろう。

 一瞬で、蓮の雰囲気が変わってしまった。

 それも、悪い意味で。

 

「やはり、話さなければいけないか」

 

 覚悟したかのように、あるいは諦めたかのように、蓮は固く閉じていた口を開く。

 聞きたい。けど、聞きたくない。それを知ってしまった瞬間、彼を見る目が変わってしまうような気がした。だが、順平にはそれを拒否する事は出来なかった。

 やがて、蓮のその口から全容が放たれて──

 

「クルスアキラとは──」

「っだああああ! ごめん、やっぱいい!」

 

 だが、順平にその名前の重さを背負う勇気は無かった。いずれは知らなければならないのに、順平は知らないままでいる事の幸せを選んでしまったのだ。自分から聞いておいて、自分が情けなかった。

 

「そうか」

「ごめん、ほんっとごめん!」

「いいさ」

 

 そして何より、蓮も順平がそう言ってくれてありがたかった。蓮は、己のオリジンを語る事に躊躇はない。だが語ってしまった後の反応を考えると、どうしても勇気という感情が欠落してしまうのだ。

 嫌われて、裏切られたらどうしよう、と、そう思わざるを得ないのだ。頭がその事で一杯になってしまうのだ。

 蓮も、蓮自身が情けなくて仕様がなかった。

 と、そのタイミングで誰かが視聴覚室の戸を開き、階段を下って来た。黒一色の教師用の制服に身を包む、五条悟であった。

 

「お疲れサマンサ〜! おっ、良い匂いだね!」

「ちーっす」

「来たか」

「皆食べてないの?」

「先生が来るまで待ってました」

「律儀だね〜。先に食べてても良かったのに」

「……よし、良い頃だな」

 

 そう言いつつ悟もソファに座ると、ちょうど蓮の鍋の仕込みが終わったようだ。受け皿、お箸。ポン酢、ゴマだれ。後は空かせた腹を用意すれば、食べる準備は万端だ。

 鍋蓋を取ってみると──

 

「ぉおお〜美味そぉ〜!」

 

 湯気という神秘のヴェールをたくし上げれば、まさにそれは極楽浄土の体現であった。

 肉団子をメインに、斜め切りにした白ネギと白菜、一口サイズにカットした木綿豆腐、花形の人参、エリンギを、鶏ガラの出汁で味を染ませている。悠仁の腹の虫は悲鳴を上げていた。

 

「では」

『いっただきまーす』

 

 合掌を合唱して、皆次々に具を取り合っていく。四人分の量が入っていたはずなのだが、もう既に三分の一が失われている。予備を作っておいて良かったと、蓮は思った。

 

「うんめェ〜!」

「クーラーガンガン効かせた部屋で食べる鍋……何とも贅沢だネ!」

「肉団子が特に美味しいよ」

「それは良かった」

「あっ、これ前にテレビでやってたやつ?」

「ああ。その日の夕飯にやってみたんだが、結構美味くてな」

「にしても、やっぱ一仕事終わった後のメシが一番美味ェな!」

「オレも食べるか」

「白菜ポン酢に合うなァ」

「おっ、じゃあ僕も。ポン酢取って悠仁」

「はいよー」

「ゴ〜マ〜だ〜れ〜」

「いや蓮、そんな棒読みで言われても……」

「あ〜でもゴマだれも捨て難いなぁ。よし、混ぜちゃお!」

「マジで言ってんの先生!?」

「味覚がバグってる……」

「まあこの人、コーヒーにバカみたいに砂糖入れるからな」

「どんくらい?」

「一カップに角砂糖十個」

「砂糖飲んでるレベルじゃん」

「マジでバグってた……」

「皆酷くない?」

 

 失った物は多い。だが確実に、得た物もあった。

 勝ち取った薄氷の上の平和を感受して、ポン酢につけた白菜と肉団子を含み、蓮は一つ呟く。

 

「格別な味だ」

 

 こうして、吉野順平の付物語は幕を下ろし。

 本来ならあり得ない、新たな物語が始まるのだった。

 

 星は未だ遠く。

 隷属の解放は未だ至らず。

 しかし、確実に。

 僕らは大切な一歩を踏み締めたのだ。

 

 遥か遠くに飛ばされた星々が集う日は近い。

 その再会が吉兆となるか、凶兆となるか。

 それは、まだ誰にも分からない。

 

 

PERSONA5 in Jujutsu Kaisen

Let us start the game.

#23 “What Then” and “What Now”

*1
主に禪院家の

*2
引っ叩きますよ




 コープ獲得:法王(七海建人)

 くぅ〜疲れましたwこれにて幼魚と逆罰篇終了です!
 次は姉妹校交流会です。霜天に坐しててね。
 ところで美学とか信念を持ったキャラがその全部をぶち壊されて絶望する姿って美しくない?
 俺は大好き。
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