呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた 作:全てのイシを拾イシ者
5.
「宿儺の器、虎杖悠仁は殺せ」
そう口にした嗄れた声の正体は、京都府立呪術高等専門学校学長・楽巌寺嘉伸であった。未だ残暑厳しい九月の山奥の一角、京都生控室に、何やら不穏な空気が漂い始めている。学生の面々は、一人を除き、嫌な顔をする者、どうでもいい者、任務と割り切る者の顔が並ぶ。
「アレは人間などでは無い。呪いと思って構わん。殺した後は、事故としてこちらが処理しよう。幸い、不穏分子たる特級術師・雨宮蓮は、団体戦には参加せん。縊るのは──」
バキィッ、と轟音を立てて襖が二枚、二つ折りになって10メートル吹っ飛んだ。その音を立てた者の正体は、雨宮蓮の親友であり京都校の切り札、東堂葵が、怒りに任せ襖を思い切り殴り飛ばした音であった。
「俺の目の前で……親友の知り人を殺そうなどとッ、よく言えたなクソジジイ……!!」
青筋が浮かぶ。自身の学長が呪術界の保守派である事は知っていた。宿儺の器である虎杖悠仁を忌んでいる事も知っていた。だが、親友たる雨宮蓮の竹馬の友に虎杖悠仁がいる事は、先ほど蓮に聞かされたばかりの出来事であった。
葵の怒りは有頂天、腑はとうに煮えたぎっている。形式上同業の仲間故、手を出していないだけだ。
だからこそ、この怒りの行き場はどこにもない。鼻を鳴らし、不愉快さを隠す事もなく、葵は廊下へと出ていく。
「戻れ東堂、学長がまだ話されている」
「知ったことか。十一時から高田ちゃんがゲスト出演する散歩番組が始まンだ、今から蓮と一緒に見んだよ」
「録画でもしてあとで見ればいいだろう、二度言わすな」
「リアタイと録画両方見んだよッッ!!」
ツッコミどころそこかよ。
バラバラな京都校生一同はそう思った。
「…………先輩、録画しといてくれる?」
「真依?」
「良いぞ」
「よし」
「真依ちゃん??」
隠れファン*1の禪院真依はひとしおにガッツポーズを決める。女子二人からの奇抜なものを見るような目も気にせずに。
さて、葵は不届者達への嫌悪感を滲ませながら口を開く。
「おい、
大体、女の趣味が悪い時点でお前らにはとうに失望してるってのに……それを承知の上で、俺に親友の友を殺せだァ?
──笑わせんなよ」
ピリ……と肌が粟立つのを、面々は感じ取っていた。
葵は、普段の発言こそアレだが、歴とした一級術師なのだ。なぜなら、彼の師は特級術師が一柱、九十九由基その人なのだから。実力は折り紙つきで、京都校で東堂葵を倒せる者は、長年のベテランである楽巌寺嘉伸を置いて他に無い。準一級では、足止め程度なら可能だろうが……それ以上を期待するのは残酷というものだ。
そして、それが分かっているからこそ。葵からの殺意に、面々は身じろぐ。だが空気の読めない加茂憲紀は、お構い無しに葵へと告げるのだ──呪術師として。
「分からんな。呪術師として半端者どころか、ほぼ呪霊である彼奴を、初対面のお前が何故庇う? 呪詛師に堕ちても構わんと言っているのと同義だぞ」
「
だからこそ、葵はお構い無しに憲紀へと告げるのだ──雨宮蓮の親友として。
「
「ほう。さてはお主──」
だが楽巌寺嘉伸は、葵の『甘え』を許さない。使命を忘れさせない。己が一体何のために存在しているのかの意義を、骨身に染ませるように告げるのだ。
「
七十余年。術師としてはおよそ六十年。五体満足に支障無し。嘉伸は術師として長寿の域にいる達人だ。その言葉一つで、腹の奥底に重みが乗る。だからこそ、葵は腹立たしいのだ。
「その言葉、そっくりそのまま返すぞジジイ。
確かに俺達は呪術師だ。だがそれ以前に学生でもある。
──学生の青春に勝る仕事などあるものか」
そう言って、葵は学生寮のリビングへと足を運ぶ。全ては身長と尻がデカい女のために、何より友のために。……まあこの時蓮は意気消沈しており、観客室で不貞寝しているのだが。
「呪術師にそんな事が許されると?
──それこそ下らん戯言だろうに」
「まあまあ加茂先輩……」
「東堂くんらしいというか、何というか」
「で? あの人は放っておくとして、どうするの?」
加茂憲紀が蔑み、三輪霞が宥め、西宮桃が呆れ、禪院真依が問い掛ける。
「無論、我々は虎杖を狙う」
(えー……嫌だなぁ)
「待って加茂くん。東堂くんいなくて大丈夫なの?」
「放っておけ。今回の作戦に際し、東堂の助力は無いものと考えたとしても、所詮虎杖は新米の術師だ。我々だけでも彼奴を屠るには充分……いや、むしろ過剰と言えよう。最後に、私の《赤血操術》でトドメを刺す」
(イヤ──本当に充分だろうカ)
だが、究極メカ丸は訝しんだ。
(聞いた事があル……虎杖悠仁と雨宮蓮は同郷の輩でありながラ、互いに切磋琢磨する関係であるト。虎杖はともかク、雨宮は
先程の反応──東京校の面々のサプライズでハ、雨宮と五条悟だけが驚くそぶりすらもしていなかった事ヲ、もっと俺達は危惧すべきなのではないカ……?)
嫌な予感とは、往々にして当たってしまうのが定石だ。メカ丸の準一級としての勘が、脳内に警鐘を響かせる。
「おイ──」
「ね、真希は私に殺らせて」
「その発言、東堂と同レベルだよ」
「……」
さて、憲紀のその発言に、同列に扱うなと真依はプリプリ怒る。
コミュ障のきらいがあるメカ丸は、主張を口にするタイミングを失ってしまうのだった。
6.
時刻は昼頃。五条悟がスタートを宣言してから四ヶ月くらいお待たせして申し訳ございませんでした。
閑話休題、両校の客舎一斉に──スタートを切りました。良いスタートですね。これは好レースが期待できそうです。晴れ渡る東京都立呪術高専境内は、
「ねーパンダ先輩。ボス呪霊ってどこにいんのかな?」
「んー、まあおそらく、おれ達と京都校の中間地点のどこかって所だろうが……じっとしている訳は無いわな」
「あー、まあ仮にも呪霊だもんなあ」
さて、赤いパーカーがトレードマークの虎杖悠仁がパンダ柄がトレードマークのパンダ先輩にそう問い掛けた裏で、少し遅れて並走する吉野順平は、この試合における作戦について軽く脳内でおさらいしていた。
──前提として、本大会の姉妹校交流会前半戦において求められる能力は、速攻と探索力、そしてチームワークが挙げられる。
先ずは速攻力。蓮が抜けたため、東京校の機動力と攻撃力のあるエースストライカー的存在は、呪言師の狗巻棘や十種影法術師の伏黒恵しか挙げられない反面、京都校は一級と準一級の宝庫だ。しかも一級の東堂葵は、登録されているとは言え特級呪霊にも勝利出来るほどの実力者でもある。準一級の加茂憲紀は加茂家の次期当主として最低限の素質である《赤血操術》の術式を持っているし、同じく究極メカ丸は単純な火力だけでは大人の術師に劣らないほどだ。モタモタしているとあっという間にゲームセットになる。
次に探索力。これは申し分ないと言える。恵の玉犬は鼻が効くし、パンダは突然変異呪骸が故、他者より呪霊探知能力がずば抜けている。対して京都校には、空から偵察できるだけの西宮桃のみ。制空権を得ていると言えば聞こえは良いが、森の中にいる呪霊を一々探すのは途方もない労力だろう。
そして最後にチームワーク。正直言って、京都校側のチームワークはボロカスだった。スタート時に東堂葵はメンバーから離れているし、真依と憲紀はいがみ合っている。『協力し合おう』という気概が微塵程度しかないのだ。
その反面、東京校の面々は、悠仁と順平を除き良好と言える。これはただ単に、悠仁は死んでいて二年生と過ごせなかったし、順平は出会って間が無さすぎるというのがある。──が、それを踏まえた上での信頼関係は、生半な出来事では崩せない。一年と二年の交流会は無駄ではなかったのだ。
よって、東京校が立てたプランは──『二手に分かれ探索』し、『棘の呪言による短期決戦』を狙うものとなった。
「蓮が抜けたのは痛えが、やる事は変わんねえな。
悠仁、東堂の足止めしくじんなよ!」
「押忍!」
そして、虎杖悠仁に課せられた使命は『リベロ』だった。悠仁は今回の前半団体戦に際し、呪霊を祓う必要が無い。
悠仁の役目はただ一つ、『一級術師である東堂葵の足止め』。ゴリマッチョにはゴリマッチョをぶつけるのが一番という安直な考えだが、葵の術式の特性上、悠仁が一番適しているのもまた事実なのだ。
「さっき話した通り、私らは索敵能力の高えパンダ班と恵班に別れるぞ!」
「しゃけ!」
──と、ここで【玉犬・黒】とパンダ先輩が何かを感じ取ったようだ。
前方100メートル地点に、微弱な呪力。伏黒恵が目を凝らして見ると、それは赤い蜘蛛の呪霊であった。
……ただし、いつぞやに釘崎野薔薇が蓮──もとい、ジョーカーと共にビルで見たものよりも遥かに小さい。真希以外なら素手であっても祓えるだろう程度のそれ。
「雑魚だな」
「ワウッ」
動物達がそう言いながら、薙刀を構えた禪院真希は土と雑草の入り混じった悪路以下の地を蹴る。全ては己が昇級のため、そして行く行くは己が野望のため。それを知っているからこそ、皆はしゃしゃり出る事なく顛末を見守る。
横一閃。たったそれだけで、それなりに硬いはずの外殻を命ごと刈り取った
「ワンッ!」
「真希さんストップ!」
真横から飛来する肉の塊が、木々を薙ぎ倒し、生態系を破壊しながら、突如として東京校の面々の目の前に踊り出なければ。
無論、蜘蛛の呪霊ごときに見る影は無い。先の衝撃波を耐える術を、三級程度の呪霊は持ち得なかった。弱肉強食の呪術界では、弱さこそ悪なのだ。恨むのならば己の実力不足を恨むが良い。
尤も今となっては、恨む事すらも出来ないが。
流石に相手が悪過ぎたのだ──一級術師・東堂葵が相手であれば。
「よォし──」
さて、突然の半裸の不審者である葵の襲来に、しかし東京校側は誰一人として……否、吉野順平は少し驚いているが、彼を除けば誰も驚いていない。むしろ想定内といえよう。蓮と戦えない事に不満はあれど、だからといってこの戦いそのものから降りる事は無いのだ。
だからこそ悠仁は、葵が台詞を言い終わる前に飛び膝蹴りを喰らわせられる……!
「どりゃっ!」
「ぶふっ!」
「散開しろ!」
『応!』
そして悠仁が囮を務めていてくれるからこそ、司令塔である真希は安心して悠仁を見殺しにする判断が出来る。なぜなら二名ほどは、悠仁を見殺しにしたとて簡単に死ぬようなタマではない事を、身を以って知っているのだ。
二手に別れる。パンダ先輩には野薔薇、棘を。恵には真希と順平を付けさせた。両班ともに獣道通り越した悪道を進む。目指すは勝利の栄光ただ一つ。
さて、膝蹴りからの空中一回転で地へ着陸し、悠仁はファイティングポーズを取る。見ると、眼前の変態の顔面はただ赤くなっているだけで、鼻血の一滴も出していない。げ、と悠仁が尻込むのも束の間、葵は嗤い顔で悠仁に問う。
「お前が虎杖悠仁か」
「(マジ? 鼻血すら出ねえのかよ。っつーか俺の名前を……)
……ああ、そうだけど? アンタ誰?」
「俺の名は東堂葵。お前の事はバディから良く聞いている」
「バディ??」
箱の中にいたせいで、ドッキリを仕掛けた五条悟以外の外界の声が聞き取りづらかったのだろう。その単語にクエスチョンマークが悠仁の頭に浮かぶ。
誰だろう。東京校の面々──特に恵や野薔薇は、やや京都側の生徒に嫌悪感を抱く顔をしていたような気がする。二年の先輩も、良い顔もしなければ悪い顔もしていなかった。初対面の順平を除き、東堂葵の友達に成り得そうなのは……と考えたところで、悠仁に一人の顔が浮かんだ。
「もしかして蓮のこと? アンタ、蓮の友達か?!」
「そうだ! もしや、お前も?」
「そう、俺も俺も!」
どうやら、京都校にも顔が知れているらしい。悠仁は友の交友関係の広さに、葵は蓮の特殊な旧友に感心しつつ、しかしながらどうしても譲れない所を、腕を組みながら互いに語り合う。
「「まあ一番の親友は俺だけどな!
あ゙ぁテメェ今何つった?!」」
嗚呼なんてこったパンナコッタ、メンチを切る羽目になってしまった。
コイツらの頭の中では、『自分こそが蓮の一番の親友だ』というのが、当然のように渦巻いているのだろう。何ともまあ、頭の中がハッピーで埋め尽くされている男達である。
「まあいい、後できっちり〝
それはそれとして、だ。虎杖、一つ聞きたい」
「あん?」
「お前、どんな女がタイプだ?」
「はい??」
頭がハッピーではなくクエスチョンマークで埋め尽くされる悠仁。
「いや、何でさ。俺とあなた今戦闘中よ?」
「気にするな、品定めというヤツさ。……何でオネェ言葉なんだ」
それはそれとして、だ。悠仁はとんと女に無頓着が故に、唸りながら身体を畝らせている。
「俺馬鹿だからよく分かんねえけどよォ〜ッ、馬鹿だからよく分かんねえわ……ゔぅーん、悩むわぁ……」
「……」
蓮から勉強を教えてもらっている身とはいえども、地頭はそこまで良くはなっていない。機転の速さは生来のもので、そこには蓮は一切関与していない。
だがふと見てみると、そこには何かを待ち侘びるような顔の葵。そんな期待する目で見られると、何か言わねばという気持ちになるではないか。捻り出した自身の答えを、自信無さげに悠仁は口にする。
「強いてだぞ? 強いて言うなら……ジェニファー・ローレンスみてーな、
「──────ぉ、おおおッッッ!!!」
瞬間、葵の脳内に溢れ出した──
「虎杖……いや、
──存在しない記憶。
「新連載のやつ結構おもれえぞ」
「ほほう、どんなだ」
「後で貸すってばさ」
入学して間もなく、桜は未だ枯れず。しかし邂逅を果たした頃から、まるで生まれる前からその名前と顔を知っていたかのように、俺達三人は馬が合った。昼休憩の最中、屋上に無断で侵入した悠仁と俺は、飯を食いながら今週のジャンプを読んでいた。
だが、そんな一際の休息も、予鈴のチャイムという邪魔が入った。授業開始五分前を告げる鐘の音と、それには似つかわしく無い重い鉄の音が聞こえる。ギギギ……と音を立てて、屋上の扉が開いたのだ。その音を立てた者の正体とは、やはり我らが主人公・雨宮蓮その人だった。
当たりをつけて二人を探していた蓮は、呆れるように微笑みながら口を開いた。
「やっぱり居た。葵、悠仁。もう授業始まるぞ」
「うわっ、やっべ!」
「ふむ、この状況正しく『5限目サボらねえ?』と言う場面だな?」
「授業サボるなよ、この青春バカ」
「見た目不良に言われたくはないな」
「んだとぉ!?」
「ほらほら、置いてくぞ」
「フッ、俺が一番乗りだッ!」
「うおっ、フライングずりーぞ!」
「走るな走るな」
そして、放課後になって、いつも通り三人で帰ろうと言うところだった。唐突に口を開いた俺に、二人は驚いたような顔をする。
「蓮、悠仁。俺、高田ちゃんに告ろうと思う」
「おお」
「は!? 止めとけよ、俺お前慰めんの嫌だぞ!」
「何でフラれる前提なんだよ……?」
「いやいや、何でまずオーケー貰えると思ってんだよ」
「彼のアンサリバンは、ヘレンケラーにこう説いた。『出る前に負けることを考えるバカがいるか』……とな」
「いやそれ言ったの猪木だろーが!
なあー、蓮も止めてくれよ」
「目的に向かい一途に走る者を止める権利はオレには無いよ。オレには、その勇気を応援する事しか出来ないさ」
「流石は蓮ッ! どこぞの脳筋とは違う回答をくれるな!」
「
「ははは」
そして──意を決し、高田ちゃんに愛を告げた……のだが。
「ごめんなさい、アタシ好きな人いるの」
と、無様にも無惨にも、ラブレターを破らレターのであった……。
いや、正直、ビビったよ。相思相愛とまでは行かないにしろ、そこいらの貧弱軟弱虚弱惰弱な男よりは魅力がある方だと自覚はしていた。そのはずだったのに、結果は惨敗。見るも無惨な敗戦を喫したのだ、俺は……。
「万に一つ……いや、億に一つの可能性として、好きな人が俺というパターンは……」
「ある訳ねえだろ、断り文句の常套句だぞ」
「残念だったな、葵」
不器用にも、二人は慰めてくれる。
「ったく、しゃーねーな……ホラ立てよ、葵」
傷心している今だけは。
「ラーメンくらい、奢ってやるよ」
この男友達が、とても頼もしかったのを覚えている。
「ゴチになります」
「オイ、蓮の分まで奢るとは言ってねーぞ!?」
「甲斐性が無いな」
「ぬぁにぃーっ!? ああ分かったよお前の分まで奢ってやろうじゃねえのよ!」
「はは、言質は取ったからな?」
二人が背中を叩いてくれている。
その存在に、その有り難みに、あの時も今も俺は涙したのだ……。
「地元じゃ負け知らず……か。
やはりどうやら俺達は『親友』のようだな……ッッ」
「んんんん??? さっき会ったばっかだぞ???」
頭がハッピーどころかラッキーでこんにちはベイベーな葵には、その声は届かない。困惑する悠仁をよそに、葵はただただ感涙に打ち震えているのだった。
だがそれよりも、悠仁にとっても葵にとっても、先ず解決せねばならない問題が一つあった。
「まあ何でも良いけどよ、とにかく、聞き捨てなんねえ言葉が聞こえたってのは変わんねーんだよな」
「ああ、そういえばそうだな……悠仁。親友同士とはいえ、雌雄を決せねばならん事が出来た……」
ゆらりゆらりと大勢を整え、ふしゅうううと獣の如き呼吸を整え、メラメラと燃える闘志を満々に──
『蓮の一番の親友は俺だッッ!!』
ゴングが鳴る。同時、クロスカウンターが決まる──!
さて、体格差は、悠仁が圧倒的に不利。葵の身長は190を超えているのに対し、悠仁は170より少し上程度。身長が高いということは、それだけ腕や足が長いということ。日本人は平均して足が短めな傾向にあるが、東堂葵においてそれは無い。悠仁がクロスカウンターでも葵を殴る事ができたのは、彼自身の初動の早さ及び俊敏性が起因していた。
威力もさして変わらない。両者から見て右側を狙った互いの拳の衝撃に同じ距離を吹っ飛ばされて、そのまま地べたへ倒れ込む──
『うぅんだるぁあっっ!!』
──ところを踏ん張り、更にもう一発クロスカウンター!!
今度は頬所の話ではない。互いに相手の鼻元を狙った左拳。リーチの長い葵が有利にも関わらず、悠仁は出鼻を挫くために飛び上がっての猛攻。出遅れた葵は、しかし意地だけを頼りに悠仁の鼻元を打ち砕く。
「んぶぇあっ!」
「んぶぉふっ!」
どちらがどのように喘いだかも分からぬまま、さしも頑丈さだけが取り柄と言える悠仁でさえも、流石にあまりの激痛に涙が浮かぶ。──が、互いにまだ倒れる訳にはいかない。思い切り鼻から酸素を吐き出して、溜まっていた鼻血を一気に噴出する。
こんな出血量も勢いもエヴァでしか見た事がないが、まさか体感する側になるとは悠仁は夢にも思わなかった。
しかし見ると、葵はさほどに痛がっている様子はなく、鼻を押さえて少量の血を噴き出すだけに終わっている。
何故だ。この差は何だ。握力に自信はあるし、何なら葵と同じく呪力で拳を固めている。だのにどうして、ここまで威力に差が出るのだろう。
戦闘の最中、考え込む悠仁。『蓮の親友』という大事なポジション争いに──しかし、無粋者が現れた。
「あ──ッ!?」
虎杖悠仁の野生的な勘。あるいは、射手の優柔不断。弾、という銃声に、悠仁は一瞬でその音の方向を向いた。初弾を外した禪院真依は、続きリボルバーの引き金を引く。どこでも良いから当たれ、と漠然に思いながら、逃げる悠仁を片手で狙う禪院真依。
更にそこに追い打ちをかけるのは、どこからともなく飛来してくる一本の矢。しかし、挙動がおかしい。あらぬ方向に飛んでいったと思えば、空中で屈折し、真っ直ぐに悠仁の脳天を狙ってくるではないか。
「うぉおお危ねェ白羽取りィィイイ!?」
だが、流石は悠仁の動体視力。ギリギリで頭への直撃を首で避けつつも、しっかりと矢を両手で押さえていた。更には悠仁の動体視力が、その鏃に見知らぬ人の血液の存在を訴えかけた。
──それがどうなるってんだよ!
銃弾を避けつつ、矢の勢いを殺せない事に文句を言いながら、どうにか真依の死角へと到着する──
「オイオイ、ちょっと待てってッ!?」
「シン・陰流《簡易領域》〝抜刀〟!!」
──が、そこにいるのは、刀を構えた三輪霞。
シン・陰流《簡易領域》〝抜刀〟。術式を持たない呪術師に残された、領域展開に対する技術。領域の必中効果を無効化する、たった一つの冴えたやり方。一門相伝の技術であり、門下生しかその秘匿を享受する事を許されない、弱者の領域。
それを応用し発展させたのが〝抜刀〟。半径2.21メートルの円の中に入った者や物をフルオートで迎撃する技。《簡易領域》において、この〝抜刀〟よりも速い技は存在しない。
──だが、虎杖悠仁の反応速度は〝抜刀〟を凌駕していた。
霞の〝円〟に入った感覚はない。そんなものを感じられるほど、まだ悠仁は呪力の機微に聡くない。だが人の気配がした。だから避けた。ただそれだけの事。三輪霞が誇る最速の横一閃を、悠仁は後方宙返りによって危なげなく回避する。
(嘘っ!? 躊躇ったとはいえ〝抜刀〟が掠りもしない!? 何て反射神経なのっ、ヘコむぅ!)
「あいでっ!?」
だが、悠仁の悪運もここまでだった。矢の勢いは留まるところを知らず、悠仁は大木に勢いよく背中を打ち付けられる羽目になってしまったのだ。それでも尚矢の勢いが止まらない。
やむを得ず、脳天を貫こうとしている鏃を首だけで避け、木に突き立てさせる。
──が。そのすぐ横で究極メカ丸が、掌にある大型呪力放出大砲式機構・《
悠仁に悪寒走る。
「(あっるぇー……これ、俺殺されそうになってる的な感じのパティーンのやつじゃね? って、いやじゃあえっちょやっべっ──)
ちょっ──ちょおっとタンマアアアッ!!」
──だが、大声を出して両手を広げる事で、悠仁は一旦降伏のサインを出す。その誠意が伝わったのか、ほんの少しだけ、ほんのちょっぴりだけ、京都校の生徒の戦意を削ぐ事に何とか成功したようだった。
危なかった。あのままビームを打たれ喰らっていれば、いくら頑丈な悠仁とはいえ、普通に死ぬ。それは嫌だ。蓮に何も返せていない以上、まだ己は死ぬわけにはいかない。恥知らずと思われても良いと、悠仁は命乞いに必死だった。
「いやいやちょっと待ってくれよ! 俺アンタらに何かした!? 確かに京都の学長に出すための、ちょっとお高いお菓子こっそり食べちゃったけども!」
「何、それは本当か!?」
「うっそぴょん☆」
「……………………」
ミルキーのペコちゃんのように舌を出して冗談めかしく悠仁は宣う。皆ちょっとイラっとした。怒りに声を震えさせながら、憲紀は悠仁へと問う。
「……余裕そうだな? 虎杖悠仁」
「そりゃまーね。割とこーゆー人数不利な死線は通って来てるよ(中坊の時のヤンキー相手だけど……)。でも流石に銃突きつけられたのは初めてだけどもな」
(……何、こいつ。自分が不利な状況だってのが分かってないの?)
冷や汗を垂らしながら、悠仁は無い頭をフル回転して考察を張り巡らせる。座学の成績こそあまり芳しく無いが、戦闘において機転を働かせる事は得意だ。
故にこそ、余裕の笑顔を絶やしてはならない。それは己の不利を予見させ、京都生側に逆に自信を持たせる事態を引き寄せるから。
そうして生まれたわずかな時間、悠仁の前頭葉は、動揺を引き出す一手を思い付くことに成功した。
「そこの平安時代の術式、血液操作でしょ?」
「──っ」
「おっ当たりぃ。鏃に血ぃ付いてたし、変な挙動するしで怪しさ満点だったんだよね〜」
そう言いながら、悠仁は指差し確認の後指を鳴らした。対照的に、憲紀は苦悶の表情を一瞬ちらつかせてしまった──それが命取り足り得ることを知っていながら。
呪術師にとって、『術式の開示』という縛りは、相手が『己の術式を完璧には理解していない事』を前提とする縛りだ。そしてそれは、よほど自身の腕に自信がある者、短期決戦を臨む者に有利に働く効果を持つ。
ただし、『術式の開示』を行った上で敵を取り逃してしまった場合や、あるいは己の術式が大きく広まってしまった場合、対策されてしまえば、縛りによるブーストがあった所でジリ貧になるのは確定事項。しかも、縛りとしてあまり効果を発揮出来なくなるという点も、デメリットとなってしまう。
この瞬間、加茂憲紀は虎杖悠仁に対するアドバンテージを失ってしまったのだ。
(くそ、しまった。反応が顔に出た……!)
「で、リボルバーの女の子が……銃弾に特殊な術式が付与されてるか、弾数をすり替え出来るのどっちかかな。まあ何にせよ、銃撃メインって感じ。
刀の長髪の人は、見た感じと先生からの授業とを照らし合わせると……《簡易領域》使いっぽいね。……まあ《簡易領域》が何なのかは知らんけど」
(見抜かれてる……見た目アホっぽいのに! これがギャップ萌え!?*2)
「箒の魔女っ子は、浮遊の術式で箒は仕込み刀のパターンか、箒自体に術式を付与してるかのどっちかで間違いなさそう。魔女宅好きなん?」
「嫌いじゃないけど、私ナウシカの方が好き」
「おっ奇遇。可愛いよな、テト。俺の方は、あー、強いて言うならカリオストロなんだけどさ。
んで、ロボットの人? は……見るからに手からビームとか出そうな見た目してるよな。アイアンマン意識した? かっけーよな」
「分かってくれるカ。まア、この体のモデルは別にいるがナ」
「男の子にロボット嫌いな奴はいねーからな、
東堂って奴は、まだちょっと分かんねーな……けどゴリゴリの近接タイプなのは間違いないのは分かるわ。近付かないことを意識してりゃ大丈夫なんだろうけど……(でも俺も近接タイプなんだよなぁ……)……ま、ゆーて気掛かりはそれくらいだろ。
……ってな感じなんだけど、どよ? 俺の推理は当たってるかな、平安時代くん」
「答える義理は無い」
「おーこわ」
そう言いながら、悠仁はニヒルに嗤って続ける。
「つまり、アンタらの敗因は三つ!
一つ、武器見せすぎ! 二つ、切り札的存在である東堂との意思疎通が出来てない!」
さて、その姿を見ていた後方彼氏ヅラの葵は、逆に──否、更に悠仁に入れ込んでいく。
己ほどでは無いにしろ、凄まじい頭の回転と機転の連続。先ずはちょっとした冗談により、場を和ませる事で戦闘意欲をほぐす。そこから徐々に不安を煽るような展開に持ち込み、最終的に全てをひっくり返して逆転する……『不確定要素』として満点の立ち回り方だった。
磨けば光る原石。
問題は、磨き方を知らない事だけ。
だからこそ、己という研磨剤で磨き上げたいと思うのだ。
「そして三つ、俺を嘗めすぎ。有象無象の蹴散らし方は、中学で履修済みなんだわ。
足りねえンだよ。あと百人は連れて来いや!!」
さて、この姉妹校交流会に先んじて、悠仁は理論的に書かれた空手道の参考書《KARATE〜弱いキミはもういない〜》を蓮から手渡されているのだが、総ページ数約二百五十ページの読了にはなんと五日も掛かった。悠仁にとってみれば、まず頭が弱い人にも優しくあれと言いたくなるほどのページ数であった。
だが五日も掛けた甲斐はあった。悠仁はこの本から、力の効率的な伝え方を、最適な技の形を、そして状況や場面における最適な戦いの型を知った。
だからこそ、悠仁が選んだのは、無形。
四方八方を障害物に囲まれ、ましてや同じ地に立つ者は三輪霞以外には居ない。今、空手の知識を活かすには場所が悪すぎる。
だからそれでいい。むしろ、それがいい。
悠仁は空手家としては初心者未満、技だけを知っているようなど素人だ。
だが身体能力においては、いかなる空手家をも上回っている。呪力なしで、13ポンドのボウリング玉ほどの重さがある鉄球を、ピッチャー投げで遠投30メートル*3に到達出来るほどの筋力と握力、何より腕を振るうスピード。そしてその外見からは想像できない八〇キロの体重(身長一七三センチかつ体脂肪率は一桁)が、悠仁の身体にはある。
それさえあれば、威勢の良い脅迫には事足りる。
なぜならば。
握力×体重×スピード=破壊力なのだから。
(お前らがどーせ誰かからの命令に従ってんのは想像付くよ。
けどさ、それでもさ。最終的にゃ、俺を殺そうとしてんだろ? そうするって、腹は括ったんだろ?)
──なら、殺し返されても文句は言えねェだろ?
なんて事はない、ただの拳。空手における、小指側で叩きつける技・鉄槌。それを呪力抜きで、丁度背後にあった半径1メートルはあろう大木にぶつけ──
『!!!』
轟。後、バギバギバギバギ!! という衝撃による空気振動。中腹からその大木を拳一つで薙ぎ倒す──
その瞳が、その笑顔が、まるで狂気に満ちたものに見え。
場数を踏んでいない、準一級よりも階級が下の術師達は、目の前の光景に恐怖心を抱く。メカ丸は、やはりあの時に意見を述べておけば良かったと若干後悔した。
「お前らさァ──俺がバケモンって認識で殺しに来たんだろうけど、予想が大当たりで良かったな?」
「っ……!」
だが虎杖悠仁は、己が『化物』と呼ばれることに、今や感謝すらしていた。
剥き出しの本性、鋭利に研がれゆくこの心が──『化物』が顕在化していく。
宿儺の器として覚醒してから借りている、返す予定の無い赫い呪力が。
豪炎のように、紅蓮のように。
悠仁の拳に覆い被さっていく──。
そこにいた者は皆 悠仁の背後に
双頭の羅刹を 垣間見た
「ほらどうしたよ、ケツ振りながら逃げ回れよウサギども。
でねェと──怖ぁい虎さんに喰われっぞォ?!」
京都校の面々が、獅子に対する脱兎と成るまで、一秒も要らなかった。脱兎を追うつもりのない悠仁は、静寂に包まれた森で一つ大きく溜息を吐く。そっちが最初に怖がらせて来たんだぞう、このやろう、と思いながら。
人を傷つけずに勝利する事が出来るというのが、『化物』という言葉の良い所だと分かってきた悠仁の一幕。しかも自分の中には宿儺がいるのだ。これほど奴の存在に感謝した事も、そして今後する事もない。
普段ならこうはいかないが、今はぐーすか寝ているので、蓋をほんの少し開けただけでは宿儺に体を乗っ取られるような事は無かった。
(ふー。意識して怖い人演じるって、なかなかむずいな。BLACK LAGOON読んでて良かったわ。……まあ、宿儺の気配をほんのちょびっと浴びせたってのもあるんだろーけど。つーかそれが一番の理由だろうけど。
でも……怖がられんのって、やっぱヘコむなぁ)
複雑な心境を抱えながら、しかし確かに聞こえた一人分の足音を聞き逃さなかった。
悠仁の取った脅しには、ただ一つ……己と同等以上の『化物』や『規格外』には通じないという難点があった。東堂葵も、漏れなくその一人であった。
「見事なブラフだった、マイフレンド悠仁」
「それ売れない芸人っぽいから止めて?」
一級術師は伊達ではない。東堂葵のメンタルは、悠仁の脅迫では揺るがせない。──乙骨憂太、五条悟……そして、雨宮蓮のそれで無ければ。拍手をしながら、葵は更に続ける。
「さあ、続けようマイフレンド」
「おうよ」
──中断されたラウンドの続きを。体はまだ、闘争と競争を求めている……!
互いに互いの構えを持ち、先手を取ったのは悠仁であった。幼少の頃、祖父からちょっとだけ習った空手に、本から得た知識が合わさる。左拳を前に、右拳は相手の正中線を狙えるように。踵を落とさず、足のバネは準備完了。だが、この構えに流派などない。腰を落としたやや前傾の姿勢は、空手の姿勢としては正しくないからだ。
だがそれでいい。術師として先輩である葵相手に、付け焼き刃の空手理論は通じない。実戦の年季が違うのだから当然だ。
だからこそ、喧嘩空手という、悠仁は新たに謂わゆる虎杖流を即席で作り上げた。若干古武術の技術も合わさっているが、細えことはいいんだよと割り切り──そして、懐に一気に踏み込む。
腰を入れる拳には時間が要る。軽くジャブをレバーに向けて三打。右左右の超速攻──だがこれを葵、半身と悠仁の拳を逸らし一番力が入る三打目だけを避け、その回転のまま後方回し蹴り。頭部を狙った踵はしかし、悠仁も、拳を押さえられた勢いを利用した即宙により難なく回避。
片手を地に突きそこからバク宙を二連でかます悠仁だが、葵がそれをただ見ているだけなはずもない。悠仁の着地と同時、丸太のような剛脚によるドロップキックを見舞う。成人男性ですらまともに喰らえば死の可能性すら有り得るそれを、悠仁はその足首を右脇に抱える事で凌ぐ。だがそれだけでは終わらない。
「ぬうっ」
「むんぬおりゃあ!!」
更にそこから不安定なジャイアントスイングをも成立させるのが悠仁の規格外な所だ。一回転、二回転の後手を離し、狙っていた付近の楠で頭をカチ割ってやろうと考えていたのだが、そうは問屋が卸さない。何と葵はその楠を天井に手を合わせ、そこから重力を無視して悠仁の腑を狙い槍と化す。
これはさすがに拙いと思ったか、悠仁は腕を交差させてその足槍を防ぎ──切れない!!
「は──ぐ、うううっ!?」
吹っ飛ばされた!! 意識が体から消えそうになるのを必死で堪えながら、分析をどうにか完了する──が、それを考えたところで、悠仁とて吹っ飛び続ける己の体をどうすることも出来ない。地へ足が突かないまま、悠仁は木々を薙ぎ倒す一本の釘に成り下がった。
楠を貫通する度に酸素が抜けていく。受け身という名の磔となったのは、楠を三本は環境破壊してからだっただろう。どうにか立て直そうと、横隔膜に無理やり命令を下したところで──悠仁は反射的にその場に蹲った。ベギャアッ!! という嫌な音を立てて、悠仁の頭頂部を今度は大鉈が通り過ぎる。
ずずぅん、という大木が倒れる際の地鳴りが高専に響き、そこから一秒も経たず退避しながら振り向くと、成程、先の鉈の正体は、東堂葵の剛脚であった。
フィジカルでもスピードでも、己は東堂葵には負けていない。そのはずなのに、なぜこうも機敏に、かつ豪快に、彼奴は動けるのだ……そう思った矢先の事であった。
「ちっがあああああああうッッッ!!!」
──地鳴りよりも大きな声で、葵は悠仁の実力へと怒るのだった。
7.
西宮桃の場合。
(何アレ……)
西宮桃は愛用の箒を繰りながら、虎杖悠仁の異常性に慄いていた。
ヤバい。
そうとしか言いようがなかった。
(聞いてた話と全然違うじゃん! 強いじゃん! 話が通じる
一目見て理解する、遠い存在。己がいくら研鑽を積もうが鍛錬をこなそうがいかなる修行に耐えようが、「まるで意味がない」という一言で一蹴してしまえる生き物。
同じ世界にいながら、まるで別次元からやってきたような。そんな怪物。
仮にもし、寿命を勘定に入れない事を条件に、西宮桃が必ずその〝域〟に達する事が出来たとしても。
その〝域〟に達するのに、己は何百年掛かるのだろう──そう思わせてしまえる者の、その一片を垣間見ただけ。それだけで、充分に諦める要因足り得ると思わせられた。
時間にして一分と経たない内に、相当な距離を稼げただろうか。
少なくとも、虎杖悠仁がこちらを追ってくる気配はないと安堵し、そう言えば今は姉妹校交流会中だった事を思い出して、本来の自分の役目である偵察行為を開始する。
「はぁ……でもなぁ」
だが、ふとした瞬間に思い出してしまう。
次、アレに会った時。果たして自分は、真っ直ぐに立って彼の目を見返す事が出来るだろうか、と。
怯え。全ての生命が持つ生存本能。西宮桃は、コンプレックスとする低身長が故に、『嘗められては終わりだ』という怯えがあった。だから、左耳にピアスを二個開けたし、チョーカーだって付けている。
一見ちびっ子だが、よく見ると一筋縄ではいかない女。まずはそれを目指したのだ。嘗められないように。怯えないように。
だが先の虎杖悠仁の反応で、己は一体どんな感情を抱いた?
虎杖悠仁は敵だ。宿儺の器という呪いだ。だから嘗めさせないように、皆のサポートをしたはずだった。殺せる──その一歩手前まで追い詰めたはずだった。それがいつの間にか懐柔されて、絆されて……ひっくり返された。
そして、彼奴の『肚の底』の一部と見えて……。
「……」
あの時、私は……。
『殺さないで』と、思ったのか?
「ッ…………ほんとに……可愛くない」
果たして、それは誰に向けて発した言葉か。
言の葉は紡がねば伝わらない。だが、伝える相手がいなければ元も子もない。もはや誰に告げたなど、言うのは無粋というもの。
長年付き添った箒の柄を握り締める。強く……硬く。でも、ただ掌が痛いだけで、苛立ちは増すばかり。
情けない。己が、全く情けない。二級術師は名ばかりか。ただでさえ、自分一人で精一杯なのに。こんな自分では、親友のしがらみは剥がせない。思い切り、一度鼻を啜る。
がんばれ、私。今日も可愛い。
そうやって、いつものように己を奮い立たせ──
「キェエエエエエッ!!」
「えっ──きゃああっ!?」
見事に空回りして、文字通り箒ごと空回ってしまった。
墜落──体の痺れ──衝撃。この現象が当てはまるのは、おそらく伏黒恵が有する《十種影法術》の【鵺】。【鵺】の呪力の特性である『雷』……それを伴う突撃に先程直撃してしまったのだろう。京都側の偵察力を潰しに来たのだ──そう思った頃にはもう遅い。華奢な桃の体は高度60メートル地点から落下し、地面へと不時着し、肉体が爆発四散した。辺りには西宮桃だったものが散りばめられる──
「いってて……もう、踏んだり蹴ったりっ!」
──なんてグロテスクな状況になるには
しかも体当たり自体は【鵺】の思考だ。桃が真下にあった檜の群れの一本に引っ掛かるように計算し尽くされている。さすが【鵺】、イケ式神。
──だが、後の事は恵も【鵺】も知った事ではない。
「「に〜し〜み〜や〜ちゃ〜〜〜ん♡」」
更に追い討ちを嗾けるように……悪魔が二匹。パンダ系悪魔、金槌系悪魔が召喚された。毎度お馴染みパンダ先輩と、女の子がしてはいけない笑顔をしている釘崎野薔薇である。
ターゲットだったはずの虎杖悠仁は確かに怖かった。
「「あ〜そ〜び〜ま〜しょぉおおおぉおおお!?」」
けれども、コイツらも別のベクトルで怖い。
箒を握る手がぷるぷる震える。ぼくわるいスライムじゃないよ、とでも言えば見逃してくれるだろうか。だが、そんなのはちょっぴりだけ残ったちっぽけな矜持が許さなかった。桃も野薔薇と同じく、友達思いの優しい少女なのだが……
(……もうヤダぁ……)
桃は涙目ながら、そう思ってしまう事を、今だけは許して欲しかった。
8.
加茂憲紀の場合。
(見誤ったのか、私が)
完璧ではないとは言え、順調ではあったはずだ。一度は死人として生を終えた、術師としても若く青い存在だったはずだ。生き延び、もはやその肉体が呪霊のそれと遜色ないほどに特異性を持ち合わせた、たかが人語を理解する『呪い』のはずだった。
なのに。
何故、今、自分は森を駆けているんだ。
何故。──何故!!
(今、任務を放棄して逃亡しているこの状況に!!
何故私は今、安堵しているんだ!!!)
心では納得したくない事実に、やがて憲紀は足を止めてしまった。
いつの間にか、弓を握るその手から、よりにもよって己の爪で、大切な己の血が流れているのにも気が付かずに。
加茂憲紀は、呪術界の御三家の内の一家《加茂家》の表向きは嫡男であり、次期当主を約束された人物である。秩序と血統を重んじる家系であり、その加茂家次期当主として最低条件の『相伝の術式を引き継いだ男児』である、唯一無二の存在なのだ。
そして虎杖悠仁の暗殺は、加茂家嫡男として、呪術界の秩序を代表する者として、遂行せねばならない使命。下された死刑判決を捻じ曲げたという前例があってはならない。それがいかに残酷な審判であれども。
加茂家は、常に中立でなくてはならないのだ。例えそれが身内でも。例えそれが、妾の母親でも。
戻ろう。葵が彼奴と戦っているだろう。暗殺は容易い。メカ丸にも連絡を入れれば、次は、次こそは殺せる。──そう思った矢先であった。
「ど──────もッ」
「……ガラが悪いね、伏黒くん」
黒い【玉犬】に先導されながら、ポケットに手を突っ込み、誠実な普段の彼からは想像も出来ないような声音で挨拶をする伏黒恵が茂みから現れた。その人相には闇が掛かっているように見える。不機嫌さを隠そうともせず、いつもより低い声で恵は憲紀に問う。
「加茂さん、アンタら──悠仁殺す気でしょ」
その恵の問いを聞いて、憲紀は嘲笑うように返答する。狐目の憲紀には似つかわしくない狸の真似事。
しかし狸は、誰にも己の肚の裡を明かさぬからこそ狸なのだ。憲紀はやはり人間でしかない。恵にはすぐに見破られてしまう。
「殺す理由が無いね」
「ありまくりでしょ。上層部も、上層部にズブズブの加茂家も」
「さてさて。もし私が『はいそうです』と言った所で、キミには一切関係は無いんじゃないかい?」
「それこそ、ありまくるんですよ、加茂さん」
それを聞いて、憲紀は思った。──ああ、今年の一年は豊作だ。それが喜ばしいかどうかは、さておいて……と。
恵が練る呪力が、憲紀の肌を貫く。まるで全身を縫い針で突き刺されたかのような。宿儺の器ほどの迫力は無い。だが、憲紀にとって充分に脅威足り得る。
いつの間にか、この後輩は己と並ぶ存在になっていた。追い抜かれるのも、もう時間の問題だ。ただ、今だけは、先輩としての矜持を示さねばなるまい。憲紀は左手の弓に右手で矢を番えた。
だが恵にとって、先輩だの後輩だの、術師だの呪いだの、もうどうでもよかった。
「アイツは俺の友達です──だから」
この交流会が始まってから、恵は終始不機嫌だった。もう既に呪術師としての価値観が薄まっている恵にとって、呪術の総本山にて活動する凝り固まった観念を持つ京都校の連中の横暴。恵の堪忍袋は、とっくに限界だった。
どいつもこいつも、悠仁を知ったような口で悪だ呪いだと言いやがる……。
「殺すぞテメェ」
ウンザリなんだよ、良い加減。
9.
三輪霞の場合。
「あのぅ、虎杖さんって凄く迫力ありますよね」
「あん? そうかぁ? はちゃめちゃ元気なヤツって印象しかねえよ、私は。今んとこ」
「えーっ、嘘でしょ!? 本当に怖かったんですから!」
さて、二人は雑談を交わしながら、浅瀬の川で対峙する。一人は呪具使いの禪院真希、一人は簡易領域使いの三輪霞であった。
真希の薙刀は、人を傷付ける事が無いよう、刃を布でぐるぐる巻きにしてあった。霞の刀はどうする事もできないので、寸止めでどうにかするしかない。
「ふーん、アイツがね」
「あのー、その件について、薄々勘付いていると思うんですけど……」
「悠仁の暗殺についてだろ?」
「はい……」
鼻を鳴らす真希には、申し訳が立たない。そう思いながらも、霞は己の心中を吐露する事にした。
「言い訳にしかならないですけど……私、最初から虎杖さんを殺したいとは思ってないです。私は皆みたいに、生まれた頃から呪術師だったりとかじゃないので、術師としての心構えだったりとかっていうのが、まだ未熟で……だから、虎杖さんにだって、宿儺の器になってしまった理由があるはずだって思うと──躊躇が前に出てました。
私が刀を握るのは、人を殺すためじゃない。呪いを祓って、他の人を活かすため……って、思い出したんです」
「ふーん……そう言うお前も、並々ならぬ事情があるみてーだな?」
「まあ、生々しい話ですけどね。
お金欲しいんですよ。ウチ貧乏なんで。弟も二人いますし」
「タフだなぁ、お前。お前みたいなヤツ、私好きだぜ。真依も見習えってえの」
「あはは……」
真希は笑いながら、霞の発言について思うところがあった……否、共感していた。
この姉妹校交流会は、ただの交流会ではない(楽巌寺嘉伸の陰謀はともかくとして)。
二級以上の術師が高専生徒を昇級させるに相応しいかを見定める、オーディションの場も兼ねているというのが、この交流会の裏の目的だ。尤も裏の目的とは言っても、隠すつもりは微塵もないのだが。
呪術界は基本的に縦社会で、横──つまり、同期との繋がりが限りなく薄い(そも、術師の母数が少ないのだから当然なのだが)。入学生が一学年に一人しかいない状況も少なくない。
だからこそ、上昇志向のある術師にとって、昇級審査は貴重なチャンスだ。学生術師は、まだ磨かれていない宝石の原石……交流会での立ち回りを機に、ベテラン達の目に留まらせる事が出来れば、それを縁に昇級に繋がる可能性がぐんと上がる。
真希も霞も、それによる昇級を狙っているのだ。
「なあアンタ、名前は?」
「三輪霞です、三級やってます!」
「どーも。私は禪院真希。真依の姉ちゃんだ。真依、元気してるか?」
「ええ! 私、迷惑かけてばっかりなのに、仲良くしていただいて……本当に有難いです!」
「……お前、良いヤツ過ぎないか?」
「ええ!? 照れるなあ〜……」
えへへ、と言いながら頬を赤らめる霞。
「でも、勝ちは譲りません!」
「そりゃ私もだ」
譲れない思いを刃に込めて、真希は薙刀を、霞は刀を正眼に構える──。
10.
そして、吉野順平の場合。
「さて、と──」
腰に手を当てて、一人ポツンと佇むのは、この高専において一番の新参者・吉野順平。格好を付けながら、順平は直面したくない現実から必死に意識を振り解こうとしていた。格好が付かない状況からは逃げられず、遂に順平は一つの事実に到達した。
「これ僕、完全に迷子だよね」
なんとも言えない状況に、しかし順平はそんなにパニックにはならず、頭の中は冴え切っている。冷静に客観視できる程には、順平の心は落ち着いていた。
事は、伏黒恵が虎杖悠仁暗殺の陰謀を文字通り嗅ぎつけた事に始まる。
おそらくパンダ先輩も、悠仁の周囲に京都校生が集まっている緊急事態に気が付いているであろう事を、同行していた禪院真希と順平に伝えつつ、しかし唐突に悠仁から離れていく五つの反応を追うために、【鵺】とやらを展開したのだった。
ここまでは良かったのだ。だがその先が問題であった。途中で別れ、恵から指示された場所に全速力で移動していたのだが、都会育ちには不慣れな地形かつ、行っても行っても同じような風景ばかりが続く事も相俟って、順平は完全に自分の位置が分からなくなってしまったのだ。
「参ったなぁ。誰か──出来れば呪霊狩ってる棘先輩に合流出来たら良いんだけど……電話出るかな。ああいやでも、コミュニケーションどうすれば……」
考えれば考えるほどドツボに嵌る。しどろもどろしている間にも、大事な試合時間はどんどん過ぎていく。
「僕のデビュー戦、前途多難だなぁ……はぁ」
悩むのを一旦やめて、取り敢えず自分も自分で呪霊を探す旅に出よう。そう思った矢先の事であった。
ドンっ、という衝撃を肩に受けて少し
「あっ、すみません」
「チッ、ちゃんと前見てなさいよ。危ないでしょ」
(えっコワッ、ガラ悪ぅ……)
反射的に謝った順平にもたらされたのは、舌打ちと罵声であった。
ひえっ、と怖気付く順平。それを気にせず気に病まず、美人さんは向こうへ振り返りそのまま歩き去っていくようだった。
何だろうなあ。呪術界に入門してから出会った女の子は、全員気が強い気がするなあと、順平が思った──
「「ん?」」
その刹那、何か違和感を覚える男女二人。ふと振り向き、見るとそこにいたのは、互いに見覚えの無い面持ちをした人だった。──そう、東京校高専生よりも、もっと見覚えが無い。
目と目が合う瞬間、二人は盛大なミスに気が付いた。
「「あっ」」
つまりこの状況は、端的に云うと──
──である。
「うっっっ…………げえっ」
(ええー、そんな溜める事ある? 傷付くなぁ……)
その眉目秀麗な顔立ちからは想像したくないほど、真依は顔を嫌悪感に染めて順平を見遣る。順平はその強過ぎる視線に当てられて、かつて高校でオタクだ何だと罵られた経験を思い出し、完全に萎縮してしまった。
「はぁ……ったく、ダルいんですけど。ねえ、アンタ降参してくれない? 私、あんまり戦いたくないのよね。痛いのヤだし」
「(降参『する』んじゃなくて『させる』なんだ……)
あー、えっと、それはできないです。僕、一級術師にならないといけないんで」
「……はぁ。アンタ
「? ええ、まあ」
真依には思う所があったようだが、順平には預かり知らぬ所。呪力を練りつつ、順平はいつでも式神を召喚できるように掌印を組み、ゴングが鳴る──
「じゃあ、お相手よろしくお願いします!」
「私は別にしたくないんですケド」
「いえっ、僕がしたいんです!」
「キモっ」
──その瞬間、真依のその一言にK.O.してしまった。
中学の頃、意中の相手にそう言われたトラウマが蘇り、横になってガチ泣きを始める順平。
誰が咎められようか。好きな人から嫌われていたという事実は、心にあまりにも深い傷を残す。そしてそれは未来永劫、消える事のない傷痕となりトラウマとなる。世を探せば、意中の君の罵声に興奮する変態もいるのだろうが、
順平は、男として完全に自信を失っていた弱者側の人間だったのだ。
そうとは知らないナチュラルボーン煽りストの真依からの罵声。女の人から話しかけられる機会もめっきり減ってからの久々の会話がこれだ。
もはや、勝敗は決したようなものだった。
「ううっ、グスッ、えぐっ、ううう……」
(えっ何コイツ、メンタルクッソ弱っ)
「ゔっ、おろろろろろ……」
「うわうっわッ、きぃっっったなっ?! 何してんのよアンタ……ッあーもう! 面倒くさいわね!」
まさか嘔吐までするとは思っても見なかった真依は、遂には搾りかす程度の罪悪感に駆られ、順平の背中をさすってあげている。
順平の顔を見ると、鼻水と吐瀉物と涙に塗れていて、もはや『酷い』というレベルでは言い表せないほどにぐっちゃぐちゃになっていた。流石の真依も、この顔面には自身の顔色も青くなったようだ。貰いゲロしないか、真依はそれだけが気掛かりだった。
「ず、ずびばぜん……ぢょっど、ドラウマ゙が……」
「あー……うん……私も、ちょっと言い過ぎたかも」
「いえ゙、メン゙タルよわ゙い僕がわるいので……うっぷ」
この時、二人は思った。
どうしてこうなった……と。
11.
「あ〜らら、な〜にしてんの順平、あっはっはっは!」
「止めなさいよ趣味悪いわね。……にしても、真依が誰かに優しくするなんて本当珍しい。しかも男の子に」
「あっはっは、いやあ青春だねえ。まあ、初陣でおもら──」
「それ以上言うと口を縫い合わすわよ」
「あはは、ムリムリ〜! 歌姫弱いもぉ〜ん♡」
(ブッ殺してえ……無理だけどさぁ!! こんのクソ五条!!)
都立高専視聴覚室にて。軽い面持ちで言の葉を紡いだのは、我らが最強・五条悟。ゴムバンドの目隠しで蒸れて汗疹とかになれば良いのにこの黙ってればイケメンめと、今日も庵歌姫は祈っている。返答したのも、歌姫本人であるのだが。
「おや、動きがあったみたいだね」
さて、そんな二人の声とは別の、落ち着いた雰囲気の女性の声が聞こえてきた。見ると、悟の後方座席に座っていた者の声のようだった。
第一印象として、『なんだコイツ』と、見た者は皆そう思うだろう。何せその美しい銀髪を、前髪と後髪で三つ編みにしているのだから。
三つ編みのお下げならまだ分かる。ツインテールの三つ編みも、学級委員長ぽくて最高だろう。だがなぜ、前髪だけをはちゃめちゃに伸ばして三つ編みを作っているのだと、見る者皆に思わせる。豊満な胸元まである銀髪で、彼女の顔は真横からしか窺えなかった。
まあそんな奇抜なヘアスタイルには決して似つかわしくない──というか似つかわしい人を見てみたい──美貌の持ち主であるのだが。
名を
可愛く言うと、お金に関して彼女はけちんぼなのだ。
もし結婚して子供が産まれても、彼女はデュエマのパックなんて絶対に買ってくれない系お母さんになるのだろう。
さて、視聴覚室の六つのモニターに映るのは、両高専の生徒達の姿。戦い、話し、そしてなぜか相手を慰めている姿が、リアルタイムで映っている。
この所業を成し遂げている者こそ、何を隠そう冥冥その人であるのだ。
そのモニターの一つに、禪院真希と三輪霞が戦っている場面が映っている。良く見ると、薙刀の柄を折り投擲する事で霞の初撃を封じ、合気道の要領で、なんと霞の愛刀を奪い取ったのだ。これには悟もおお、と感嘆した。
「フフ、中々面白い子じゃないか。さっさと二級にでも上げてやれば良いのに」
「僕もそう思ってるんだけどさ〜、上……特に禪院家が邪魔してるっぽくてねェ。
「金の関わらないしがらみは理解出来ないね」
「え〜?うっそだぁ〜」
「…………フフ、さてね」
ちなみに躯倶留隊とは、術式を持たない禪院の家系の者の事であり、実力至上主義の禪院家では嘲笑される立場にある不遇な人々の集団だ。真希は高専入学以前、この躯倶留隊で稽古をしていた経歴がある。尤も、稽古などと名ばかりの、虐待に近しいあまりにも惨いものであったが。
それはさておき、悟はその目隠しの裏から、ある違和感を覚えていた。
「そう言えばさ、さっきからちょいちょい悠仁の場面切れるね。《カメラ》バグってんじゃない?」
「まさか。動物は気紛れなんだよ。烏達との視界共有は、私自身目が疲れるしね」
「え〜本当かな〜? ぶっちゃけ冥さんってどっち側?」
「どちらでもないさ。私は常に金の味方だよ」
「相変わらずの守銭奴ねェ〜? いくら
あっはっは、と悟は主犯格である髭ジジイ・楽巌寺嘉伸の方を見て笑う。おっと、主犯格とは別の髭面強面教師・夜蛾正道学長がこちらを睨んでいる。この描写は一旦やめにしよう。
「それより、例の件についてだけれど──」
「いんや、金額は上げない」
「それは残念……フフ、冗談さ。特級とはいえ学生の身分では、百万は簡単に出せる金額ではないしね」
「ペルソナ使いだったら尚更ね。それにしても全く、ペルソナをお金で買うだなんて、どおゆー経済の回し方してんだか。お金で買える叛逆の魂って何?」
「さあ?」
これは雨宮蓮も明智吾郎も知らない。いや、知ろうとしないだけだ。その行き先は唯一ラヴェンツァだけが知っている。……いや、彼女が彼女『達』だった頃、蓮……アキラは一度だけ聞いた事があった。あったが──「知らない方が良い事もある」と返され、チキンハートだったあの頃のアキラはあの時心底震え上がったのを鮮明に覚えている。
「んん…………何の話だ」
「あれま、起こしちゃった?」
テノールボイスがガラガラになってしまっている、満足に寝られなかったのか、不機嫌さを隠そうともしない我らが主人公・雨宮蓮が起床したようだ。四ヶ月前から始まったお昼寝は、何故か三十分程度しか眠れていないような気がしてならない。
「いやね、この勝負どうなるかなあって、冥さんと話してたわけよ」
「知れた事だろ……
「……っふ、あっはっはっはっは! 確かにね!」
「ちょっと、それ
何を今更当然の事を、と言わんばかり。目脂を拭いながら、寝起きでピントの合わない視界をクリアリングしていく。
(なるほど、彼が……ねえ。……前は失敗したけれど、今回はどうにか誑し込められないかな。私が五条くんから止められているのは、《彼》についての情報だけだし。彼を高専から引き抜いて、光源氏というのも悪くない。憂憂には悪いけど、そうなった時は我慢してもらおう。
ああ……欲しいなぁ、ペルソナ使い。彼が居れば、一体どれだけの金が入ってくるんだろう──)
舌舐めずりしたい下心を抑えて、冥冥は気付かれぬよう熱い視線を蓮に向ける。
……が、蓮は(もはや形骸化しつつあるが)怪盗であるが故に、他人からの視線に敏感だ。うなじが粟立つのを感じて背後を見れば、頬杖を突きながらこちらを見てくる冥冥に、何だこの前衛的なヘアスタイルはと場違いな感想を抱えて、真正面のモニターにすぐ視線を返した。
そして蓮も、モニターの異変に気付く。悟が気付いた事に、蓮が気付かない理由はない。というか、悠仁と順平の活躍は一瞬でも見ておきたいなぁ、と思っていたが故に気付けたのが大きいが。
「──ああ、
「うん、
はあ、と蓮は一つ溜息を吐いた。
「虎杖悠仁はお前らには殺せない」
と、蓮は嘉伸に聞こえるようにわざと大きな声で言う。ニンマリと笑う悟、意味が分からない歌姫、意図を理解し顔を顰める夜蛾正道、妖艶な笑みを浮かべる冥冥、すっとぼける主犯の嘉伸。
「はてさて、どういう意味かの」
「そのふやけた禿頭でじっくり考えろ。……ふぁ、あ〜」
一瞬、ほんの一瞬だけ、嘉伸の矜持が蓮に牙を剥いた。
だがそんなちっぽけな矜持に靡くほど、蓮の心は弱くない。
その程度の悪意で、オレの悪意が崩せるものか。
オレが信じる虎杖悠仁が、お前如きに殺せるものか。
オレの親友が、そう簡単に死ぬものか。
「生い先短い人生、精々励め。
じゃ、オレはもう少し寝る。お休み……」
そう嘲笑しながら、欠伸と共に蓮は毛布を再び被る。
規則正しい寝息が恨めしくなるほど、観客室に緊張が張り巡らされてしまった事に、ただ一人、悟はくつくつと笑っているのだった。
はァ…困ったなァ。
ティアキン楽しくってェ…新生活に疲れちゃってェ…インフルとコロナに罹っちゃってェ…パチンコなんかもうやってられなくってェ…人生にモチベが上がらなくってェ…4ヶ月もエタっちゃってェ…アニメ2期も始まっちゃってェ…今でも青が棲んでいてェ…けど今更ハイキューにハマっちゃってェ…ヒカリアレェ…
それにしてもレンレン、四ヶ月も寝てたのにまだ寝る気で草。