呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた 作:全てのイシを拾イシ者
嘘吐き
あんたなんか 大っ嫌い
そうやって 私も
嘘を吐く
12.
ある日森の中敵さんに出会った禪院真依は、しかし敵さんの吉野順平が有するトラウマスイッチを意図せずに押してしまい、介抱に明け暮れていた。
初めての介抱に戸惑う真依、吐いてスッキリつやつやするも心中は苦いままの順平。
だが、感情とはやがて薄まり移ろうもの。数分も同じ事をしていれば、飽きと呆れとに塗れた溜息も、吐きたくなるだろうて。まして真依ならば尚更に。
「(あーあ。何かもうやる気なくなった……元々やる気無かったけど。もういいや。適当に済ませて切り抜けましょ)
ねえ、もう泣き止んだ?」
「はい……落ち着いてきました」
ずびびびび、と鼻を啜りながら答える順平。唯一目視できる左眼は涙でふやけてしまい、拭っても拭っても違和感は晴れない。だがそれでも、恩に対しては礼を言うのが常道というもの。どうにか立ち上がり、順平は深々と頭を下げた。
「お見苦しいところをどうもすみません……」
「はぁ。もういい? 私行くから」
「あのっ、色々迷惑
「良いってば、そういうの……え?」
去ろうとした真依だったが、更に声を掛けられる。
ああもう、面倒だなぁ──そう思った瞬間の事であった。
ヒュウ、と風を切る音が聞こえた。
同時、秘めていたはずの愛銃が無くなっていた。
見間違いにしたかった。だが出来なかった。──順平の隣にいつの間にか展開されていた海月の式神が、その触手を以ってして、順平の掌に真依の愛銃たるコルトパイソン357マグナムを手渡していたのだから。
「恩を仇で返すのは嫌なんですけど……すみません、これも勝負なので」
「ッ……やってくれたわね」
真依しかその場所を知り得ないシリンダーを
だが誰が咎められようか。慟哭を通り越して嘔吐までしている者の姿を見て、一般常識を持ち合わせる人が取る行動は二つしかない。──即ち、『無視』か『介抱』だ。
そして真依は、吉野順平が『特級呪霊を退けた』事を知らない。その豪運と、退けるに至った道筋を知らない。だから真依は油断してしまったのだ──なぜなら順平の今の立場は『入学したての新米術師』なのだから。それ故に、真依の中にほんのりだが存在する、母性的なものが働いたのだろう。
……まあ、実際のところ順平の嗚咽と嘔吐は演技ではないのだが。
「すっごいや、本物の銃って初めて見た。空想と実物とじゃ重さが違うなぁ……!
あっこれ、もしかしてCITY HUNTERの冴羽獠が使ってるヤツじゃ無いですか!?」
だが、
現に真依の攻撃手段を封じ、王手一歩手前まで流れを持って行く事ができた。それどころか、拳銃の物色に時間を割けていられる余裕も生まれている。……いや、その行為事態は減点対象なのだが──
「かっこいい……!」
だって仕方ないよね。
銃は男のロマンだもん。
(ジロジロ見てんじゃないわよこのピーーーッ!!
あーもう、こんな事に使いたくは無かったけど……!)
目を輝かせる順平とは裏腹に、順平の不意打ちにより真依は唯一の攻撃手段を失ってしまった事になるのだ。
真依は《構築術式》により、文字通り呪力を用いて物体を構築する事ができる。基本骨子と構成材質を解明し再現する事で、空想を現実に昇華させる、浪漫溢れる術式だ。
だが現代の衰退した呪術界において、《構築術式》は『ハズレ』の部類に入る。その大きな理由は、消費呪力量の燃費があまりにも悪過ぎる事に由来するからだ。これが蓮ほどの呪力の持ち主であれば何ともなかったが、特に鍛えていない真依のあまりにも少ない呪力総量では、日に一度だけ、銃弾程度の小さな物体しか構築出来ない。
だからこそ真依の戦闘スタイルは、呪具に依存せざるを得ない形になってしまうのだ。
切り札は、姉である禪院真希のために取っておきたかった。いや、仮に切り札を用いて銃を取り返したとて、此奴に勝てる可能性は──勝機は限りなく薄い。
だが、そもそも姉との対戦のためには、今使うしか道は無い……!
頭の中に浮かべるのは、散々家庭科の授業で掴み、手にし、時に刺さって痛い思いをした一本の針──ぱたっ、という音にすらならない音と共に鼻血が噴き出る。
術式の回転にかかる負荷は、真依にとって大き過ぎる代償。耐えられないワケでは無いが、目を顰めるほどには頭を痛める。文句の一つでも言ってやりたいが、そうすると集中が切れるので真依は我慢した。
やっとの事で、3センチもない細い縫い針を、右手の人差し指と中指の間に『構築』出来た。狙うはもちろん顔面、それも右目だ。
「っつ!」
だが順平は、蓮と悠仁と共に切磋琢磨し合う仲だ。微々たるものではあるが確かに培った勘──即ち真依が近付く気配に、順平はそこまで鈍感ではない。目を庇い、手首の長掌筋腱に突き刺さった縫い針……そこから感じる細い痛みに、順平は顔を顰める。
その瞬間を、真依は決して見逃さなかった。
術師として活動する気の無い真依とて、基礎的な体力や、己よりも体格の良い者への対策は練ってあるのだ。何とか順平へと近づき、更に針を深く突き立てんと両手で抑える。流石にこれは順平も弱音を吐いてしまい、右手の力は更に緩んでしまった。
これを機と見た真依は順平の右手首を思い切り捻る事で、完全に右手の握力を失わせる。呻き声を無視しCQCを決め切り、遂に己の手に頼もしい重みが戻ってくる。この間わずか五秒の出来事であった。
だが順平とて、されるがままでは終わらない。
「い゙ったたた【澱月】!」
真依がその手の中にある重みに頼もしさを感じるのも束の間、さて置き順平は【澱月】の触手を、何本か真依に蔓延らせる。本格的な拘束を目的とするそれら──が、真依の呪弾六発に撃ち抜かれた。
埒が開かない──そう思い立った順平は、針を引き抜きながら真依の死角を駆け始める。幸いにもこの森林は深く、茂みも広範囲に点在している。【澱月】に何かしらを仕込ませるには十分過ぎる立地だ。
だがそれは真依とて同じ事。スピードローダーでリロードを済ませば、順平へと銃口を向ける。……が、そこには──否、どこにも順平と海月の式神の姿は見えなかった。
(式神使いが一瞬で消え去るなんて、そんなの出来っこない)
だからまだ近くにいるはず。そう思いながら、真依は体勢を低くして警戒しながら、なるべく音を立てず近くにあった──というかすぐそこの吉野順平の吐瀉物に塗れているクヌギの木に寄りかかる。その姿はまさしく、敵組織に潜入した女スパイのそれであった。
真依は、己が不利な状況に陥っている事を察していた。それは、真依のリロードに掛かった数秒間の隙に由来するものだった。
(物音を立てるな、呼吸と鼓動を最小限に……よし。
さっき見えた海月の式神……アレの触手には『爪』があった。なら、ソイツを使っての戦い方は二通り。一つは、あの触手でこっちの行動を牽制して、本体の術式で一気に叩き込むタイプ。もう一つは、式神の『爪』が術式を持っていて、ソイツの攻撃を主体とするタイプ。
どっちでもいい。重要なのは、アイツは私が近づいた途端に式神を展開した事。という事は、アイツも海月も、接近しなければ使えない術式なんじゃない?
なら私が今すべきは索敵と、近寄らせない事ね……)
一息吐きたくなるのを堪え、鼻血を拭い、真依は目と耳を凝らし始める──。
13.
「順平の術式、《毒》なのには違いないけど、それだけじゃないね」
2018年8月30日、放課後。軽くそう言うのは、普段から着ている黒一色のブカブカなジャージの上着を脱いで長袖のシャツだけとなり、薄らと己の筋肉をアピールする五条悟その人。本日はサングラスを着用している。呪術高専本堂にて、三人は稽古、外野一人が回復及び解毒等のサポートできるよう待機していた。
「そっ、そっれ、って、……うっぷ」
「れーーーん!! エチケットー!!!」
その言葉の真意を測りかね、問おうとして嘔吐しそうになる順平に、組手の相手をしていた悠仁が叫び、すぐ横で観戦していた我らが主人公・雨宮蓮が、どこからともなくエチケット袋を取り出し順平の口元で開く。この間わずか二秒の出来事であった。
順平の慢性的な運動不足を解消するために、順平自ら蓮を誘って稽古をつけてもらおうという尊ぶべき思いは、全てビニール袋に吐き出されてしまった。
「あー大丈夫、順平?」
「だいじょばない……」
「ま、続けるね」
順平の嘔吐を無視して、悟は続ける。
曰く、順平の術式は、《毒の生成》というには少し異なるらしい。正確には《生成した毒に式神として生物の形を与える》術式。式神である【澱月】とは、順平の《毒》を共有し、抽出するための『原点の媒体』という事になる。
現在順平は、やたらめったらに毒性成分を生成して【澱月】に溜め込ませている。それらを【澱月】が体内で整頓し、必要に応じて触手の爪で抽出する、というプロセスを踏んでいる。【澱月】とは器用貧乏の式神……謂わゆる『毒の武器庫』
それ故に、武器庫としての役割の域を出ない、微量の毒しか一度に抽出出来ない【澱月】には、一点突破の破壊力を持たない。それに気付かなかった
吉野順平が、もしきちんと術師として鍛錬を積んでいたのだとしたら、斯様な結末にはならなかった。冷静に考えれば、武器庫でしかない【澱月】を攻撃に転じさせるはずもなかった。
「順平。正直言って、キミの【澱月】じゃ悠仁の耐毒性を突破出来ない──」
この稽古でハッキリと判明した、【澱月】の弱点。
残酷にも、これだけは変わらない事実なのだ。
そして、時は戻り交流会。順平は、真依が辿り着いたクヌギの細く別れた枝に捕まり、様子を伺っていた。真依との間には凡そ十メートルはあるだろう。高所という有利を、みすみす手放す愚行はしない。
だが、順平はここに来て、真依に襲撃するのをためらっていた。
真依がリロードに掛かった数秒。それだけあれば、ある程度の静音状態のままの移動は【澱月】がいれば簡単だ。物音どころか呼吸音さえも殺している現状は、作戦を考えるには充分な時間を与えていた。
(これからの行動は3パターン。①攻撃。②監視を兼ねながら待機。③逃げる。……うん、3は無しで。ただそうなると、①の実行には作戦が要るな。
風が吹いてるから、体育館みたいに睡眠ガスで眠らせるのは難しい。【澱月】で直接刺せればいいけど、多分無理だな。今、この人は索敵に全神経を集中させているはずだ。さっきは弾のリロードに目を向けていたから何とかなったけど、【澱月】は完全に無音で動けるワケじゃないし、多分バレる。
……じゃあ、突撃しかないじゃん)
ただ、今足りないのは作戦実行に際する『決意』。己の力による『もしかしたら』に、順平は頭を悩ませていた。
(……やるしかないんだ。誰を……殺すことになってでも)
今順平は、非術師の時に妄想した、『人を殺せるボタン』を思い出していた。
そしてあの時は、己を嫌う人間には躊躇い無く押すが、己が嫌う人間には押せないと思っていたのだ。この考えは今も変わっていない。己が嫌いでも好きでもない人になど押せるはずもない。
順平は、目の前の禪院真依を、嫌いにはなれなかった。嫌いになりたくなかった。むしろ、自分を介抱してくれた恩人を傷付けたいなんて誰が思うだろう。
傷付けたくない。
でも、勝たなければこちらの命に関わる。
倒さなければ勝てない。
でも、この善人を襲いたくない。
でも、の羅列がループして、ようやく一つの結論に辿り着く。
……でも、そんな世迷言を自由に吐けるほど、僕は強くない。
(この人にも何か事情があるのかもしれない。
吉野順平という男は生粋の呪術師ではない。順平のこの考え方は、一般人から見れば心優しい青年に見えても、呪術師から見れば軟弱者でしかない。
故に、一瞬だけ強く目を瞑る。思い出せ。弱気になった時、不安でどうしようもない時、それだけで心を奮い立たせるたった一言を。
(いや、嫌だ! 諦めたくない!!
──信頼を裏切るくらいなら、いっそここで死んじまえ!!)
目を見開き、歯を食い縛り、掌印を組み、腹を括り、丹田から力の奔流を全身に受け流していく。
軟弱者の吉野順平はもういない──五条悟に、雨宮蓮に、何より過去の己に、今の己を見せつけろ。
──瞬間、真依の視線は上を向いた。呪力の反応に気付かれた。目と目が合った。──刹那、開けた空間の方へと大きく跳躍した順平も、真依の方を向く。【澱月】を伴って、順平は、己の瞬間最大出力を有する現時点で最高の攻撃手段を思い出す。
「(よく狙え吉野順平!!
今目の前にいるのは〝僕らの敵〟だ!!)
ッあああああ──!!!」
銃を向けられる。世界がゆっくりになる。気付の絶叫の声が遠のく。頭の中で、先日の稽古から貰った五条悟の声が木霊した……。
「順平。正直言って、キミの【澱月】じゃ悠仁の耐毒性を突破出来ない。
──それなら、【澱月】以外に式神を使えるようになればいいんだよ!」
「え? そんなこと出来るんですか?」
「普通は無理。でも、キミなら出来る。キミの術式が特殊なせいかな。キミの【澱月】は、『貯蔵庫』とキミの術式の『原点』を担っている。キミのは、(恵の術式とは似て非なる)『進化する式神』なんだよ」
「進化するって言ったって、何もイメージ湧きませんよ……」
弱気な己を追い出して、イメージするのは最強と肩を並べる己。
それに呼応するように、ボコボコと【澱月】の体が沸騰水のように膨張と収縮を繰り返し──質量保存の法則を無視して、どんどん縮こまっていく。
沸騰は収まりつつある。【澱月】だった小さな塊に触れると、海月の触感とは異なる、鱗のようなザラザラとした手触り。その感触に、順平はニヒルな笑みを浮かべる。
「自信持ちなよ。キミは、
ならば、やってみせよう。トリックスターには成れずともいい。ただ、蓮の期待には応えたい。蓮の審美眼が腐っているとは絶対に言わせたくない。
吉野順平を信じる、雨宮蓮という男がいるのだから。
さて、新たに得た力は、掌に収まる程度の大きさしかない、小さな魚の形を成した。
けれど、それでいい。むしろそれがいい。
何も考えず揺蕩うだけの海月が、自らの力で『生きる事』を覚えた証なのだから──!
「
澱を溜め込んだ黒い月は、濾過を経て、
雨宮蓮、虎杖悠仁、五条悟……その三人との稽古で会得した新たな力の一つ。呪術師・吉野順平一つの到達点にして通過点でもある、式神【
まるで鱵のように小さく、手で簡単に折れてしまいそうな雰囲気を醸している。全長は十センチ程度で、銃を模る掌印の指先で待機している。口先とも言える部位は非常に鋭利で、全体の三センチをこの針のような口先が占める。その風貌はまさしく、ダーツのそれによく似ている。
目的はただ一つ──目の前の敵を穿つため。
目標はただ一つ──目の前の敵に勝つため。
毒の抽出に向いた、現時点での順平の最高火力である。
「チッ──!」
「行け──!」
交錯する視線と射線。爆発させるのは火薬か呪力かの違いだけだ。
マグナムと【朔夜】の速度に大した差は無い。
例えば、ジョーカーの有するトカレフの弾の初速は約400m/sなのに対し、真依のマグナムは約550m/s。仮にジョーカーと真依が同時に撃ち合った時、最初に斃れるのは僅差でジョーカーだと言えば、その脅威は分かりやすいだろうか。銃の性能ではマグナムはトカレフに勝る。
だがそれは【朔夜】にも言える事。
【朔夜】は、式神としての自由自在で縦横無尽な操作性を犠牲にし、更には途中での屈折も出来ず、攻撃に失敗した場合は【澱月】へと退化して、順平の重心から半径一メートル付近にまで戻らないと、再度の進化も不可能とする《縛り》を組んだ。
これにより、順平が指先で指定した一直線にだけ超高速で進み続けられる、爆発的な超推進力を生む事に成功した。
その速度は──初見の悠仁の反応を
全くの同時、二つの呪弾は放たれた。鳴り響くはずの銃声は、しかしまだ、どちらの鼓膜にも到達していない。
順平と真依との間は最短で十メートル。脳天を貫くには〇.〇一秒あれば充分だ。
ギャリリリィッ!!という不快な金属音が〇.〇〇五秒の空間に突き刺さる。二つの呪弾がぶつかり合って、互いに身体の正中線を大きく外れる軌道に変更させられてしまった──が、呪弾同士の衝突を視認したところで、二人の反応速度は脳に回避命令を下せない。
──順平と真依の互いは、まるで相似するかのように、左頬に熱を感じた。
「い゙っ……たああっ!?」
地に落ち、尻餅を突く順平。人は痛みに慣れるようには出来ていない。ましてや、呪術師という非日常へと入門して間も無い順平ならば尚更。涙さえ浮かべて、両手で熱源を押さえてしまう。
だが真依は違う。さして真面目に鍛錬を積んでいるとは言えないが、それでも一年間の経験は、決して真依を裏切っていない。二人の傷は擦過傷……擦り傷に等しいものだ。互いに血液こそ一筋垂れているが、この程度で悲鳴を上げるほど真依は弱くない。
「っつ……!」
勝った。
真依は、そう直感した。
誰がどう見ても、勝敗の白星は、撃ち合って尚立っている真依のもの。最後に立っている者こそが勝者だ。集中力を極限まで高めたため疲労が半端無いが、勝てば官軍。呪術師としてのやる気は微塵も無いが、どうせやるなら勝ちたいのが禪院真依という人間のサガだった。
怯み、尻餅を突く順平を気絶させようと、今一度右手の拳銃を握り締め──
(……あ、れ)
──ぐにゃり、と傾いた。
世界が揺れている。あまりの振動に視界が歪み、真依は立っていられなくなる。やがて膝を突き、左掌を突き、そして愛銃を握る右掌も突いてしまう。地震が収まらない。脂汗が宙を舞う。遂には頭痛までしてきたような気がして──
(……
これは、己の周囲が震えているのではなく。
「【朔夜】は、口先に毒を溜め込んでおき、発射のタイミングで毒を抽出し始める習性がある。軌道が逸れた所で変わらない。僕の勝利条件は、貴女への『擦り傷』で充分だった」
震えているのは、己の視界か……!
「一手だけ、僕が〝上〟です」
血液が流れる左頬を、右手親指で拭い取り、順平は立ち上がる。
慣れない痛みを堪えながら、彼は不敵に笑って見せた。
「ッ……!」
この瞬間、勝敗は入れ替わり、禪院真依の主導権は順平に移った。
右手で掌印を組み直すのを見せられて、真依はマグナムを、今度は両手で持ち上げようと目論む……だが悲しいかな、今の真依は《目眩》を引き起こす成分を含んだ《毒》を盛られている。
先程から感じていた頭痛はより痛みを増していき、未だ安定しない視界は真依の平衡感覚を中途半端に低下させ、吐き気さえも催させる。加えて握力や膂力は死にかけており、マグナムを持ち上げる事は出来ても、射撃の反動を受け止める力は無い。
もはや真依に為す術は無く。
『詰み』と言わせるに語弊が無いほどに、自分の運命は閉ざされていた。
トドメを刺される。だがせめて、目は閉じたくはなかった。息も絶え絶えになりながらも、しかし睨み付けてくる真依を見て、順平は思わず苦笑いしてしまう。
そんなになっても、やっぱり気は強いんだなあ……と。
だがそう思ったのも束の間、真依の視線が下を向いてしまう。本格的に毒が彼女を蝕み始めたのだ。
順平は、己の毒が簡単に人を殺せてしまう力である事を知っている。
知っているからこそ、より早く仕留められるように、そして不用意に人を呪わないために、解放と制御の力を得たのだ。
「──看てあげて、【
宵闇は、光を束ね、弓を張る。
まるで灯火に寄る蛾の触覚のように。
あるいは灯火に垣間見える傾国の眉のように。
その躯体は、完璧な曲線を完成させる。
……ただし、美しいのはそこまでだが。
手繰り寄せた【朔夜】が、またも質量保存を無視して沸騰し、今度は肥大化した。コーティングされた鉄球のように滑らかな真球のようでいて、しかし出っ張りな眼球と、鰓と口に値する部分以外は、満遍なく『何某かの液体が入っている事が見受けられる透明な棘』が張り巡らされている。順平の掌に感じた触感はまるでゴムボールであり、それはどこからどう見ても目ん玉ひん剥いている針千本だった。
──ただし、この地球上の全人類は、全長一メートル弱もある針千本など見た事も聞いた事も無いだろうが。
さすがの真依も、コイツには正直ちょっとビビった。ビジュアルとその大きさ故に。
だってひん剥いてる眼球、五センチくらいあるんだもん。
さて、ビビる真依の横で、順平は【蛾眉】が突き立てる一際大きな針を、千切るようにかつ中身が溢れないように器用に手折った。中身はやはり得体の知れない液体だった。液体自体の色はコーラのように黒いのだが……いかんせん匂いがキツい。
なんだこれ? 洗剤……イソジン? ヨウ素液を仰いで嗅いだ時のような……こいつはくせぇだとか、そんなチャチなモンじゃあ断じて形容できない臭さが、二人の鼻腔いっぱいに充満する。
「今回は〝これ〟なんだね。はい、じゃあ飲ませますね」
「え゙、飲む……!?
いやっちょ、ちょっとま──んむっ!?」
──順平は、何の躊躇もなくソレを突き出した。ギョッとして一瞬拒否反応が出る真依だったが、無理やり口内に流し込まれ……ごっくんと飲み込んでしまった。
瞬間、口内を石鹸特有の塩素の匂いが充満してしまい、えずいてしまうのを堪えるので精一杯になった。元々の吐き気に拍車がかかったような気がした。
【蛾眉】とは、順平が新たに得たもう一つの式神だ。隠していた手札は、【朔夜】だけではなかった。
五条悟は【澱月】を『武器庫』と例えたが、【蛾眉】は言うなれば『医師を兼ねた薬局』だ。
【蛾眉】は、対象が受けている毒の種類や構造を、外見での症状による情報だけで瞬時に理解し、それに適合する自身の毒から編み出した『中和剤』を選出し、対象の毒素を吸収・分解し死滅させる事が出来る。これは『【蛾眉】による攻撃を一切行わない』という縛りの下に成り立っている。
さて、我々人類はこの行為を『解毒』と呼ぶのだが、呪術師にとって解毒は難解極まるものという認識がある。それこそ、反転術式による『治癒』よりもだ。
それは毒物の特定と除去という、ただ治癒するだけよりも高度な技術が求められているためだ。
反転術式のアウトプットにおいて右に出る者がいない家入硝子や、五条悟に次ぐ異能を有する乙骨憂太でも、反転術式による『解毒』という行為は困難を極めるといえば、その難しさが分かるだろうか。
だからこそ硝子は、医師としての試験を(年齢をちょろまかして)パスして必死に勉強して克服した。
だが驚くべきことに、これを苦としない人物が、この世には二人存在しているのだ。
その内の一人こそが、我らが主人公・雨宮蓮である。
蓮のペルソナには《
他にも《メシアライザー》とかいう、味方の体力を全回復しておきながら状態異常も回復するとんでもないスキルがあるのだが、それはまた別のお話。
閑話休題、そしてもう一人こそが──この吉野順平である。
順平は反転術式を修得していない。故に順平のこの行為は、『解毒』というよりは『中和』の方が正しい。毒を以て毒を制するスタイルの【蛾眉】は、アナフィラキシーショックを起こしてしまう可能性も少なからずある。順平の『中和』は、中和対象を死に至らしめる危険性を含んでいる。
だが順平には、真依を追撃する意思は微塵も無かった。それに気が付いた真依は、はっとなって、ふと頭痛も吐き気も眩暈も無く──真依の毒は、完全に抜け切っているのを感じた。
この毒だった呪力は、様々な手段でやがて体外へと排泄される。よってこの後、真依は厠で悲鳴を上げる事態にまで発展するのだが……彼女のプライバシーのためこれ以上は語るまい。
さて、順平は傷付けてしまった責任を負うために、安否の確認をする。
「えっと、何かまだ異常があれば言ってください。解毒させるの初めてなので……大丈夫ですか?」
「ッ」
何気なく口にした言葉が、真依のプライドを引き裂いている事を知らぬままに。
「……良いわよね、男って」
「え、何ですか急に。LGBTの話題ですか?」
「違うわよ。どっちかというと、フェミニズムのやつ」
(……変わらなくない?)
順平の安直な思考など意に介さず、真依は続ける。
「知ってる? 呪術界の『女』は、生まれた時から不利なのよ。それが、歴史のある家系なら尚更ね。男尊女卑は当たり前、成り上がろうと考える事すら許されない。嘲られ、罵られ、嬲られる立場にある……ずっと昔から」
卑下と、己の惨めさが顕になって、それがみっともなくて自嘲する。行き場の無い怒りの行き先を見つけてしまった真依は、心の裡から溢れてくるものを止められない。
だがそれを、順平は黙って聞いていた。
「アンタらには分かんないでしょうね。虐げられるやつの気持ちなんか……私が、どんな気持ちで今まで生きてきたか! でも、私にはそういう生き方しかないのよッ……死ぬまで、ずっと!!」
吐き出した恨み言は、いつまでも幼子の頃のまま。
思い出してしまうのは母の言葉。姉に対する憎悪の言葉。仮にも娘に対する罵声は、今でも根強く、真依の心に残っている。
姉を言い表すのなら、破天荒が良く似合った。時代遅れと言える、禪院家での『女』を毛嫌いし、男に混ざって術師としての鍛錬を積み続けた。
どんなに打ちのめされようと、どんなに虐げられようと。
幾度でも立ち上がって、妹の真依に心配を掛けぬようにと不敵に笑った。
その姉が、たった一度だけ泣いているのを遠目で見た事がある。
「アンタなんか産まなきゃよかった……だってさ」
「…………」
実の母親にそう言われて、真希は泣いた。
だだっ広いだけが取り柄の家の片隅で、一晩中泣き続けた。
常に強く気張っていたはずの姉の涙を見て、真依も泣いた。
ああ、この家に味方は一人もいないのだと──
私達は、生まれた時から独りなのだと、そう思ったのだ。
普通に生きたいと思う事も許されない、そういう家に生まれた。そういう星の下生まれた。そういう生涯を辿る可しと、神が斯く在る可しと望まれたかのような運命の渦に巻き込まれた。
だから、恵まれている人々が妬ましい。
毒を吐いて気を紛らわせても、過去の涙を紛らわせる事は出来ない。
だから、諦める事にした。
立ち上がる行為を無駄と嗤い、抗う事すらも止め、ただただ権力に従僕して──そうやって、真依は叛逆の意思を捨てた。
確かに心に芽吹きかけていた、叛逆の精神を放棄した。
そうする事が、
「アンタみたいなヤツ、大嫌い……」
絞り出すように発した呪詛は、どこにも力なんて無く。
禪院真希と禪院真依は、生まれながらに呪われている。
「僕も、貴女と同じですよ」
「え……、……ッ!?」
だが順平もまた、斯様な運命を辿ってきた者の一人だった。
真依よりも虐げられた年月は圧倒的に短いが、ともあれ、受けた傷は同じもの。決して消えない傷跡を、心と体に遺している。
だが順平は、あえて隠している古傷を曝け出す。己の恥と悔恨が詰まった、過去の遺物を。
真依は目を見張った。己の心と女の部分に有る傷は、これから先決して癒える事は無い。けれど、だからこそ気になった。吉野順平のその傷は、
その深い傷を受けて、尚立ち上がれる順平の気概に、初恋にも似た疑問を抱いたから──。
「確かに僕は女じゃないけど……居場所が無くて虐げられる人の気持ちは、人一倍分かるつもりです。痛いのも、みじめなのも。
他人と自分の境遇を比べて、何で誰も助けてくれないんだって、何でアイツらだけが良い思いをしてるんだって思って。そうやって誰かを恨むしかなくて……それが情けなくて、でも自分の力じゃどうしようもなくて、何もかも嫌になって……死にたくなるのも。
──けど、虫ケラ同然の僕を、或る怪盗が救ってくれたんです」
「かい、とう……?」
「……いや、
順平はそう紡ぎながら、真依の手を取って更に告げる。
「その人がいなかったら、僕は多分、呪詛師として誰彼構わず殺しまくってたかもしれません。……いや、何もかも中途半端なあの頃なら、僕を処分するのは容易いから……捕縛されて、処刑されてたかも。
だから僕は、とてもラッキーだったんだと思います。あの人は、僕の心にあったはずの劣等感を、全て奪い去って行った」
まるでそれは、ヒーローに助けられた事を誇る稚児のようでいて。
それでいてどこか好戦的な、負けたくないという感情を含んだ目。
真依は、その瞳に釘付けだった。
「あなたも、怪盗を頼ってください」
「怪盗……?」
「怪盗ってのは、星のように煌めく物に目が無いんです。それを見て、知ってしまった瞬間、絶対に盗み出したいと思ってしまい、そして本当に盗んでしまう。──なぜなら、『狙った獲物は必ず奪う』が、彼の美学だから。
僕は、あの人の美学に憧れてるんです」
さて、初恋は実らないと宣ったのは、一体誰だったか。
「僕では残念だけど、貴女に力添えは出来ません……はっきり言って僕はまだまだで、自分の身を守るので精一杯だから。
でも、絶対に諦めないでください。
貴女を救ってくれる人が、必ずいるから……!」
嗚呼、認めたくはないけれど。
全く以って、その通りだと思う。
早まる鼓動にケチをつけるには、それくらいしか思い浮かばない。
「ねえ、何でそこまでしてくれるの? アンタ一体、何が目当て?」
「何がって……僕がそうしたいからですけど」
「えっ?」
「えっ?」
「普通そこは体とかを求めるモンじゃないの?」
「僕を頭真っピンクのお猿さんか何かと思ってます?」
「違うの?」
「違いますよ!? 偏見エグいな!?」
若干の呆れを含みながら、順平は立ち上がって語るのだ。
「はぁ……僕はっ、と。都立高専一年の吉野順平で──」
あの日、命を拾わせてくれた日に決めた、これからの己の生き様を。
「──あなたの味方のつもりです。」
星のように気高い美学とその精神の下に、
吉野順平は手を差し伸べる手助けをする。
「……何でアンタが照れてんのよ」
「いやっ、僕の友達はこれ以上にキザな事言うんで……うわぁ恥ずかしいっ……! 何でこんな事すらすら言えるんだよ蓮は……!
……あっでも味方ってのは本当ですから! じゃあ僕はこれでっ!!」
……さて、小っ恥ずかしいセリフを吐いて、しかも真依の手を握っていたというとんでもないハプニングに、今度は逆に順平が顔を赤く染めてしまう。あまりにも恥ずかし過ぎて、瞬く間にぴゅーっとどこかへと走り去ってしまった。
ちょうどあそこの方角へ進み続けると、いずれ都立呪術高専の別館に出るだろう。今はまだ頼りないその背中を見届けて、真依はただ独り言ちる。
「……変なヤツ」
だが、悪いヤツではなさそうだ……と。
膝を抱えて、物思いに耽てみる。
木漏れ日が暖かい。風を受け、その枝を揺らして光を浴びようともがいている。土を触ると、さざれ石が混ざっているというのにも関わらず、ふんわりとした柔らかな触感が手を包む。木々達の多重奏に耳を傾けて、ほんの僅かな数秒だけ目を閉じる。
……ああ、なんだ。
世界は割と、悪くない物でできていたのね。
「いるんでしょ」
「うげっ」
真依の世界を語るには、この人物は欠かせない。近付いて来ていたのは、姉・禪院真希であった。ガサツで乱暴なのに、どことなく気高さを感じる足音は、かつて聞いていたそれと変わっていなかった。
「何で分かったんだよ」
「……何となく」
「はっ、似たり寄ったりだな」
吐き捨てるように言って、先刻合気で奪っておいた三輪霞の刀を置いて、真依の隣で胡座をかく。ただ真希は距離を測りかねているようで、二人の間には不可侵の空間が存在していた──まるで亀裂した心のように。
だがこの地球には、元に戻ろうとする力がある。真希が座り込んでから数分後、先に痺れを切らしたのは真依の方だった。
「アンタさ」
「あん?」
「好きな人いる?」
「ブッフォ!?」
色恋に疎い真希は思い切り吹き出す。見るからに焦りを見せて真依に問い詰める真希だったが、先の順平の焦りように似通っていて、真依の笑みを誘うだけだった。
「なん、な、なんっ、いきなり何を!?」
「やっぱいるのね」
「いやっ、別にっ!? 別にそういう奴は別にぃ!?
ってか、お前はどうなんだよお前は!」
そう言って荒ぶる真希に、真依は。
「……さぁ?」
「に、濁すなよ! ずりーぞ、私には聞いといてさぁ!」
「ふふ」
そうやって、笑って返した。
姉と会話したのはいつぶりだろうか。遠い過去のような気がする。けれど奇妙な事に、まるでいつものように──それこそ昨日も一昨日もこんな会話をしたような気がしてならない。
屈託の無い笑みが浮かんでいるのに、真依も真希も気付いていなかった。家を出てから、喧嘩していた事など忘れたかのように……。
「冴えない男に縁があるのかもね、私達」
「ゆ、憂太は今関係ねえだろ!」
「べッつにぃ? 誰も乙骨くんの事話してないんですけどォ?」
「こっ、この……生意気な妹めえ〜〜〜っ!!」
ああ、やっぱり。
口には絶対出さないけれど。
絆されているのを重々承知して、独白しよう。
約束を破られて、
もう一緒にはいられなくなって、
やりたくない術師をずっと続けて、
腐った世界で生きていかなきゃいけなくて、
結局、家と姉に振り回される人生を送って、
それでもまだ、私は姉を嫌いにはなりきれないのかもしれない。
亀裂していた心は、少なからず塑性を含み。
──それでも確かに、二人の心は重なっていた。
コープアビリティ:【
【澱月】から進化した、攻撃と毒の抽出に特化した式神。ダツみたいな風貌をしているが、貫通力はそこまでない。しかし、操作性を犠牲にする縛りを設けたことで、初速は拳銃のそれを超え、射線を見極められなければ、初見での回避は難しい。
敵一体に物理属性の中威力攻撃。高確率で毒状態を付与する。中確率かつランダムで、麻痺・目眩・睡眠・混乱状態のいずれかを付与する。また、低確率で、『毒』と『後者のいずれか一つ』の両方の状態異常を付与する。
『隠者』のコープランクが2だと使用できる。
コープアビリティ:【
【澱月】から進化した、解毒剤の注入に特化した式神。反転術式を用いる解毒ではなく、対象の元々の毒を中和する成分を有した毒を注入するもの。
ハリセンボンみたいな風貌をしているが、攻撃力や防御力、呪力出力の全てにおいて【澱月】以下のザコ。力士じゃないから仕方ないよね。
【蛾眉】は対象が受けている毒の種類や構造を見ただけで瞬時に理解し、それに適合する自身の毒で元の毒素を吸収・分解する。【蛾眉】から抽出される毒は呪力から成るものなので、体に優しく、最終的には体外へ汗や尿などの排泄物と一緒に放出される。
しかも、非術師に対して使用しても【蛾眉】の解毒のために溜め込ませてしまった呪力による呪霊化が起こらない。これは【蛾眉】の呪力=順平の呪力=術師の呪力であるため、非術師でも溜め込んでしまった分の呪力を排泄できるのだ。
刃牙の毒手をイメージすると分かりやすいかも。裏返ったァァッッてやつ。
味方一体の炎上・凍結・麻痺以外の状態異常を解除する。ただし、解毒液は凄く不味いので、空腹状態の治癒は中確率となる。コラテラルコラテラル。
コープランクが4だと使用できる。
ゆたまきがある以上じゅんまいがあってもおかしくはないよね。
まじで初期の憂太と順平って似てるんだよなぁ。もやし感が。
もしかしたらこれは順平がもやしから強いもやしになるまでの物語だったかもしれない。
蓮の出番の無さ加減から見てもその可能性は微レ存…?
まーそれっはそれっとして(ワカルマン)、これでジョーカーと真依の間に縁が出来そうですよね(にっこり)ほらほら何でもどんな形でも良いから幸せになって…(聖母の慈愛)でも幸せが崩れる時って良い音が鳴るんですよね(ゲラゲラのポーズ)