呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた 作:全てのイシを拾イシ者
13.
くしゃみをした。鼻をすすって息を整える。再度眠りに落ちようとするも、異様な寒さがそれを邪魔する。
肌寒い。凍えそうだ。初夏の暑さはどこへ行ったのやら。
このままでは風邪を引いてしまう──あるいは引いたからこそ肌寒く感じているのかもしれないが──と思い、嫌々ながら目を開いた。
まず、目に入って来たのは『鎖』だった。天井からぶら下がる鎖。次にレザーのような材質で出来た青い壁、ぽちゃりぽちゃりと連続して鳴り響く水音。そしてこの時に気付いたのだが、自分は先程までシーツすらないベッド──というよりもはやベンチにて眠っていたらしい。蓮はその光景に見覚えがあった。
起き上がり、目を擦って目を覚まそうとする──が、何故か妙に腕が重い。見ると手首に嵌められていたのは、無骨な漆黒の
「な────」
見ると、服装も肌着から
「お目覚めになりましたか?」
聞いた声だ。反射的に声の方向へ顔を向けた。鉄格子の奥、本来ならば長鼻の老人がいるはずの机の横。そこに立っていたのは──雨宮蓮が、まだ雨宮蓮ではなかった頃から良く知っている少女だった。
身長は一三〇センチ程度で、青と黒を基調としたワンピース、白いハイソックスと、黒い革靴を着用している。プラチナブロンドのロングヘアには、蝶を模したカチューシャが。左手には図鑑のように大きな本を抱えている。健康的な桜色の唇は、しかし悲しみを浮かべている。そして彼女の最大の特徴とも言える、まるで人形のようにクリンとした麗しい黄金の双眼があった。蓮は思わず、彼女の名を呟いた。
「──ラヴェンツァ……」
「……この再会を、素直に喜べない私がいます。ですが……あえて申し上げさせていただきます。
かつて記憶を失い、自身の形すら失っていた少女。そして何より、蓮が前世で幾度となく助けられた恩人でもあるラヴェンツァが、丁寧にお辞儀をした。
「──ようこそ、『ベルベットルーム』へ。
……出来る事なら、もう二度と会いたくはなかった。だって、貴方は──」
「ラヴェンツァ……もう、過ぎた事だ。それよりも教えてくれ。何故キミがここにいる? 何故オレはまた『運命の囚われ』になっているんだ?」
ラヴェンツァの憂いを遮り、無理やり本題に入る事にした蓮。
蓮がまだ雨宮蓮ではなかった頃、彼は『運命を奪われた者』として、知らず知らずのうちに『駒』として戦わされていた。元凶によって蓮は不遇の扱いを受け、冤罪が前科として成立し、誰も彼もが蓮を忌避するようになった。その後、左遷先の東京の四軒茶屋を拠点に、度重なる偶然が相まって、怪盗と学生の二足の
──かつて蓮が元居た世界には《心の怪盗団》という組織がいた。
正体不明、手口不明、神出鬼没の怪盗集団。ただし、盗むのは『悪人の心』だけ。そして『決して人を殺さない』。歪んだ欲望・悪心を盗む事を『改心』と称し、事前に『予告状』をばら撒いては華麗に盗み消えてゆく。心を盗まれた者はほぼ全員、自身の罪を懺悔し自首に追いやられている。故に、『心の』怪盗団。
そのリーダーを務めていたのが、かつての███であり、今の雨宮蓮だった。
彼らが怪盗として活動する上で、彼ら(特に蓮)が一番欠かせなかった要素が『ペルソナ』だ。『立ちはだかる異形の敵を倒し、悪人の心を改心させる戦力のため』『ペルソナ使いの戦闘能力は、ペルソナに大きく依存するため』などの理由から、彼らにとってペルソナは必須事項なのだ。
ペルソナは原則一人につき一体までとなっているのだが、蓮にはペルソナを複数体所持して操る事が出来る、【ワイルド】という力がある。この【ワイルド】の力をサポートするために、ここベルベットルームはあるのだと彼女は言う。
ベルベットルームは、ラヴェンツァ曰く『夢と現実、精神と物質の狭間の場所』らしい。蓮はそこの所が未だによく分かっていないし、気にも留めていないので、蓮がベルベットルームを完全に理解する事は無いのだろう。
「……まず、第一の質問に答えましょう。貴方がペルソナの覚醒を果たした事で、かつて貴方がいた世界とこちらの世界の間に縁が生まれました。これで再び、貴方の助けになれましょう。
そして第二の質問への返答です。──貴方は、正確には囚われとなったのではなく、『運命の囚われ』に
「巻き込まれた?」
「……詳しくは申し上げられません。私からは、近いうちに
──脳にフラッシュバックする、彼に飲み込まれる屍蝋の指。浮かび上がる刺青。新たに現れた二つの目。決して彼のものではない、汚らしい嗤い声。浮かんだ一つの可能性を否定したくて、蓮は鉄格子を思い切り掴んだ。
「まさか、囚われたのは
「──思い出して下さい。新月の昨夜、貴方と彼の身に、何が起こったのかを」
12.
「……オマエ、何故動ける?」
「は? いや、俺の体だし」
一つの身体で二人が喋っている。しかし
(押さえ込まれる、だと──?)
そして遂に、紋様も爪も、第三・第四の目も、何もかもが元の虎杖悠仁に戻った。その様子を見て蓮は安堵し、恵は──臨戦態勢を取った。
「動くな」
「えっ?」
恵が両拳を握り、働かない頭をフル回転しながら
「っちょ、なになに!? どーしたの恵!?」
「……お前はもう、人間じゃない。
呪術規定に則り、
「──────え?」
「なに、を…………言ってるんだ、貴様……!」
「…………。」
友への殺害予告を聞かされて、黙っていられる蓮ではない。恵を睨みながら、無理やり体を起こし立ちあがろうとする。悠仁も両手を上げ、敵意が無い事を恵に示した。
「いやいや、俺ホントになんともねーってば! つーか俺らボロボロなんだし、早く病院行こうぜ。恵も頭から血ィ出てっし、危ねーよ。心配してくれんのは嬉しいけど、蓮もあんま無理すんなって」
(今喋ってる『お前』が虎杖なのか呪いなのか、こっちは解んねーんだよッ……)
「
「ああもう、何でこんな時に頑固なんだよお前は!」
舌打ちをしながらも、恵は術式を解く様子は無いようだ。蓮は歯を食いしばり、どうにかして止めようとするも、しかし、限界を迎えた身体は言う事を聞いてくれない。膝立ちにはなれたが、それまでだった。
どうしようもないのか──。そう思った時だった。
「今コレどーゆー状況?」
「
突如恵の後ろに現れた、目隠しをした不審者によって、険悪な空気は破られた。緊張が解けたのか、恵も術式を解いた。
蓮がまず抱いたのは、デカいという率直な感想だった。日本人離れした身長……およそ一九〇センチはある。声質からして若い男性らしいのだが、頭皮から生えている(目隠しによりパイナップルのような髪型になっているが)それは白銀色をしていた。黒一色のハイネックの服装はまるで喪服のように思えた。上着のポケットに手を突っ込みながら紙袋を持っている。本名を
「どうしてここに……」
「いや〜、来るつもりは無かったんだよ? でもさ、特級呪物をほっぽってると、流石に上がうるさくてねぇ。観光がてら馳せ参じたってワケ。
それにしても恵めっちゃボロボロじゃん。ウケる〜、二年の皆に送ろ〜っと」
そう言いながら、スマホで恵を連写する悟。恵に更なるストレスがかかる。コイツに人の心は無いのかと、この場にいる悟以外の全員は思った。
「んで、呪物は? 見つかった?」
「……………………」
「え? あれ? 呪物は?」
目を逸らして苦虫を噛み潰したような顔をしながら、三人の顔面のあらゆる所から冷や汗が流れる。
「あの〜…………」
「ん?」
「ゴメン。それ、俺食べちった。……て、てへ」
この場にいる全員が硬直した。今度ばかりは悟も含まれた。
「…………………………え、マジ?」
『マジ』
全員ハモった。
さて、その真相を確かめるべく、悟はアマゾンの奥地に──もとい、悠仁の側に寄って、顔を寄せた。目隠しをしているのにも関わらず迷いなく悠仁の所へと辿り着けるのは、何かトリックでもあるのだろうか。例えば虹彩の所に小さな穴が空いているとか……と、蓮自身も仮面を被っているので少し親近感が湧いた。
「うーん……?」
「見えてんの、
「ちゃんと
……うはっ、ウケる。
「うわおもんねー」
「ギャグセンス皆無ですね先生」
「悠仁のモノマネの方がまだ面白い」
「皆酷くない?」
「ちょ待てよ(低音イケボ)、蓮それどーゆー意味!?」
「黙秘権を行使する」
(
わちゃわちゃする男四人衆。その内の成人男性が蓮を見た。
「んで、そこの癖毛クンは何者なのかな? ツーブロクンのお友達?」
「あっ、悠仁の友達の雨宮蓮です」
「ご丁寧にどうも。それで、蓮クンは──ちょっと待ってね」
何か思い当たる節でもあるのか、悟は静止を求めた。そして目隠しを少し上げ、彼のその双眸が明らかになる。その瞳が、まるで
五条悟には、生まれ持った
六眼とは、端的に言ってしまえば『呪力の流れや相手の術式が鮮明に良く分かる特別な眼』だ。無下限呪術には緻密な呪力操作を強いられるため、この眼無くして無下限呪術は無いと言っても過言ではない。
ただ、この眼は使用者の意思に関わらず常時発動しており、使用者の負担が大きい。そのため普段は目隠しをする事で負担を抑えているのだ。それでも六眼は能力を発揮し、呪力の流れを探知して高解像度サーモグラフィーのように外界が視えるため、目隠しをしていても動きに迷いがないのだ。
つまりこの時、五条悟が目隠しを外したという事は、蓮の持つ術式──もとい、ペルソナの正体を見破ろうとしているという事だ。しかしそれを蓮が知っている訳も無い。
「キミは………………、──っはは、成る程ね。面白い」
何かを納得した悟だが、蓮からしてみれば、一人漫才をしているようにしか見えない。蓮の術式を看破した悟は、目隠しを元の位置に戻しながら続ける。
「──ウン、決めた。キミ、呪術師やってみない?」
「呪術師?」
「は!? コイツがですか!?」
「スカウトだよスカウト。それに今蓮を視たらね、皆と比べて呪力が極端に少なくなってるんだよね。多分呪力切れか、その一歩手前。確かに呪術師じゃないけど、呪詛師でもない。謂わゆる『呪術初心者』って所かな。だから警戒しなくても大丈夫だよ。この残存呪力量じゃ何も出来っこないだろうし。
それに、これは完全に僕の勘なんだけどさ……蓮が呪術師になって経験を積めば、憂太や僕の代わりに成り得る実力を持てると思うんだ。あくまで勘だけどね」
「そりゃ、先生が言うならそうなんでしょうけど……」
「逆に、恵は蓮の何が嫌なの?」
「………………うにって言われました。俺を見て」
「ブフぉっ」
「ぶはっはははははは! うにかあ! 確かにそりゃムカつくだろうね〜!」
「〜〜〜ッ、笑わないでくださいよ先生! 虎杖も吹き出してんじゃねえ!」
「いや、ごめん。あの時はお前を不審者だと思ってたんだよ」
「それでも納得できねーよ! それだったら五条先生にも何か言えよ!」
「パイナップル?」
「恵、後でお話しようね〜」
「何で俺なんですか!?」
(オレじゃなくてよかった)
「蓮は明日ね」
(やっぱりダメだった……)
どうやら恵は根に持つタイプらしい。悟がひとしきり笑ったところで、ようやく本題に入るようで、一つ咳払いをした。
「悠仁クン……だっけ。体に異常は? 宿儺と変われるかい?」
「え? いや、特に変な所は無いけど。スクナって何?」
「キミが取り込んだ呪いの名さ」
「ああ、そゆこと。多分行けるよ」
「よし──」
そう言うと、
「じゃ、十秒経ったら戻っといで」
「え、でも──」
「大丈夫! 僕、最強だから。……恵、これ持ってて」
そう言われ、紙袋を渡される。蓮も疲れを忘れ、紙袋の中身を探索する事にしたらしい。身を乗り出して恵に近づく。
「……何すか、これ」
「喜久水庵の『
(人が死にかけてる時にお土産買って来やがった……!!)
後で絶対殴ると誓った。
「食べて良いか?」
「ダメだよ! それは僕が帰りの新幹線で食べるんだからね! お土産じゃ──」
「──先生、後ろ!!」
恵が叫んだ。だがもう遅い。悠仁と入れ替わった宿儺が、悟の頭上からその鋭爪を振り抜き、衝撃で砂煙が舞う──。やがて砂煙が霧となり、霧散して晴れていく。そこに居たのは、地に手と膝を突く両面宿儺と、眼前で宿儺を直視する伏黒恵と雨宮蓮。そして宿儺の腰を椅子の代わりに座る、宿儺の爪により切り裂かれたはずの五条悟本人だった。
「生徒の前なんでね──カッコつけさせてもらうよ」
「──────ッ、ウア゛ッ!!」
獣のような声を上げながら、自身を椅子にする不届き者を今度こそ引き裂こうとする。しかし、直前に両手を握り合う事で掌印を結び、悟は自身の術式を発動し再び消えるように避ける。
引き裂こうとする。消える。引き裂こうとする。消える。腕を掴まれた。背に回られ、腕を引っ張られ、気付けば宿儺は顔面に痛みを感じた。拳で殴られた事に気付くも、体勢を整えるのに時間がかかってしまう。地に足をつけようとするも、間髪入れず
「(恐ろしく疾い……? いや、違うな)全く、いつの時代も厄介な物だなァ、呪術師は──!!」
右手に漆黒の呪力を滾らせ、先のイグアナの呪霊を引き裂いた時よりも更に強化された腕で、悟に振るった。──刹那、杉沢第三高校の三階から上が半壊する。ガラスは割れ、コンクリートは粉々に、鉄骨さえも断ち斬られる。
「だからどう、という話でも──!?」
──しかし。
「7……8……9。そろそろかな?」
目の前の
斬撃も、瓦礫も、何もかもが五条悟に届いていない。
見ると先程の男子二人に、新たに気絶した男子と女子が加わっている。悠仁と蓮の先輩である、佐々木節子と井口武志だった。大方、校舎の半壊に巻き込まれるのを危惧して、回避がてら保護したという所だろう。
──
(くそ、まただ! 押さえ込まれる…………! この虎杖とかいう小僧……一体……何、もの……だ…………)
そうして再び目が閉ざされ、刺青が消えていく。表層意識から宿儺が引き剥がされる。その表層には、蓮の旧友である虎杖悠仁が現れた。
「んおっ、大丈夫だった?」
「悠仁こそ、大丈夫なのか?」
「うん。ちょっと
そう言って耳に入った水を抜こうとするように、頭を傾けながら叩く悠仁。大事無さそうにしている姿を見て、蓮は安心した。
「──驚いた。凄いね、本当に制御出来てるよ……!」
そう言いながら悟は悠仁に近付く。人差し指と中指を立て、額にそれらを当てた瞬間──悠仁は膝から崩れ落ちる。意識を失ったようだ。完全に倒れる前に悟が抱えた。八十キロの重みが悟の全身を襲う。
「うわっ、重たっ」
「何を…………!」
「そんな怖い顔しないでよ。ただ気絶させただけだって」
『ただ気絶させただけ』と、言葉の軽さと事の重さが比例していない。そのギャップに蓮は内心戸惑った。
「これで次に目覚めた時、宿儺に体の主導権を奪われていなかったら、彼は『器』の可能性がある。
さて恵、問題だ。彼をどうするべきかな?」
「……仮に『器』だとしても、呪術規定に則れば虎杖は即処刑対象です。上層部もきっとその判決を出すでしょう。
──でも、死なせたくありません」
恵ははっきりと言い切った。
「恵……」
「言っとくが雨宮、お前のためじゃない。俺が嫌だから言ってるんだ」
悠仁が呪物を取り込まざるを得なかった状況を作ったのは、他でもない恵自身だ。恵に力が無かったためだ。故に恵は、悠仁に対し責任を感じていた。……否、それも理由の一つなのかもしれない。しかし本命ではなかった。
善人が死んでいくのを見たくなかったのだ。虎杖悠仁との付き合いはあまりにも短い。だがこの短時間で、悠仁が根明の善人である事を恵は解っていた。だからこそ、恵は悠仁に生きていてほしいと思った。
「私情かい? 恵」
「私情です。何とかしてください」
「オレからも……よろしく頼む」
「ウンウン、可愛い生徒とその候補の頼みだからね! ンまっかせなすぁ〜い!」
そう言ってサムズアップする悟。横で恵は「本当に入れるつもりなのか……」とゲンナリしていた。失礼な、とムッとしたのを最後に……悟に額を触れられて、蓮は意識を失った。
記憶はここで途絶えている。
14.
「悠仁が……『処刑対象』…………」
「………………」
昨夜を完全に思い出した蓮。事態の重大さに腹の底が煮えたぐった。
死刑だ。まだ年端も行かぬ十五の、善良で心優しい青年が死刑だ。あまりにも……あまりにも、背負っている運命が重過ぎる。鉄格子を握る手に力が入り、怒りに震える。自然と眉間に皺が寄る。奥歯が割れそうなくらいに歯を噛み締める。
「…………
彼が前世でどれほど辛い思いを経たのかを、ラヴェンツァは嫌と言うほど知っている。前世でどれほど苦しい痛みに耐えたのかを、目を逸らしたくなるほど分かっている。故に、前のように破滅に抗う意思の確認を、彼女はいつしかしなくなった。
もう戦いたくないと言って欲しい。もう休みたいと言って欲しい。傷付いていく彼を止めたい。ラヴェンツァはペルソナの補佐しか出来ない自身の立場を呪った。彼を襲う悲痛なる運命を嫌った。……だが、この
誰が何と言った所で、どのような運命が待ち受けていたとして、ジョーカーという男が止まる事は決して無いのだから。
「例え友達のものだとしても、破滅は御免被る。
──戦うよ。」
壊れているかのように。呪われているかのように。
愚直にも、真っ直ぐな目で。
蓮は前世と、全く同じ言葉を放つのだった。
「……そう言うと思いました、マイ・トリックスター。であれば、私も協力を惜しみません」
嬉しそうな声で、悲しそうな表情で、ラヴェンツァはその意思を尊重した。
──ジリリリリとチャイムが鳴り響く。現実世界の雨宮蓮が目覚めようとしているのだ。ラヴェンツァとの会話は、今回はどうやらここまでらしい。
「時間ですね。マイ・トリックスター、これを……」
鉄格子の隙間から、古風な鍵を手渡される。奇妙な鍵だ。持ち手に人の顔面が描かれており、左半分は黒く、右半分は白くなっている。
……段々と景色が
「これは……ベルベットルームの鍵か?」
「はい。これでいつでも、貴方はこちらへと来る事が出来るようになりました。お好きな時にお越しください。
──破滅の未来の、その先にある幸福を祈っています」
15.
窓から入る日差しが鬱陶しい。自室のベッドのようだ。シーツで覆い二度寝を決め込もうと思ったが、生憎蓮は寝相が悪く、シーツは足元付近へ。内心で悪態を吐いて、嫌々ながら起き上がる。大きく欠伸をした。
掛け時計を見ると、時刻は午前十一時を過ぎた所…………真昼間だ。
「ヤバいヤバいどうしよう学校は!?」
そう思いながらスマホを見ると……今日は土曜日だった。バリバリの休みである。舌打ちして不貞寝しようとするも、先の動揺で目が覚めてしまったので、苛立ちは増すばかり。
蓮は朝が弱い。休日は平気で午前十時くらいまで寝ているし、学校のある平日でも、毎朝悠仁や家族が起こしてくれないと起きれない。しかし彼の生活リズムが悪いだけなので、自業自得としか言いようがないのだが。
(寝た気がしない……)
更にベルベットルームが追い討ちをかける。前世でもこれに散々悩まされた。警告無しに夢に現れ、そして起きた時に寝不足の気分を味わわせていくので、出来るだけ現れてほしくないと思っている。
気分が優れないまま、洗面所ではなくダイニングキッチンを目指し、部屋を出て階段を降りていく。蓮の家は二階建ての3LDKの賃貸だ。そこに両親と父方の祖父母と共に住んでいる。両働家庭のため、両親は夜にしか顔を合わせないが、蓮の料理を食べるために毎晩必ず帰ってくる。むしろ帰らない日はほとんどない。蓮はそれが何よりも嬉しかった。
蓮は料理が好きだ。否、好きになったと言えば語弊がないだろう。と言うのも、前世から台所に立つ習慣があったのだが、それは東京に来てからの話なのだ。東京に来る前までは、食事はカップ麺で済ませていた。和洋中何でもござれ……積み上げてきたキャリアもあって、蓮の料理は家族から好評だった。
特に得意な料理は、カレーとコーヒーだ。カレーは前世の義父から教わった家庭の味だ。珈琲も、義父から手取り足取り教わった。カレーと珈琲に関しては、義父の右に出る者はいないと思っている。
男の電話番号は登録しないタチだ、などと言っておきながら、なんだかんだで世話を焼いてくれた男だった。血の繋がっていない娘にどう接すれば良いのかも分からないほどの、不器用な男だった。蓮を息子と認め愛してくれた、優しさが伝わりにくい男だった。ハードボイルドとは、正に彼の事を言うのだろうと思い、蓮は憧れた。そのカレーとコーヒーの味は、今なおも蓮の心に生きていた。
朝起きた時、蓮は気付けのために珈琲を淹れる。顔を洗うのはその後だ。昨日大変な事があったとはいえ、毎朝のコーヒーを欠かす事はない。サイフォンとドリップを巧みに操り、豆の味を最大限に引き出していく──。
説明しよう!
蓮が使っている豆は、ジャマイカ産ブルーマウンテンという銘柄のものだ!
ジャマイカは、豊富な雨量と厳しい寒暖差、水
ブルーマウンテンとは栽培地の山の名前であり、厳しい基準をクリアした高品質豆にのみ、その名が与えられるぞ! 豊かな
「うん、良い匂いだ」
出来上がったコーヒーを、お湯で温めておいたカップに注いでいく。芳醇な豆の薫りが鼻腔を
そして次に舌で楽しむ。仄かな苦味と、胃袋を刺激する薫りを、口内で少し遊ばせ、味わい、飲み込む。喉を通って、胃を通じて、全身へと温かさが渡っていく──。自然と口に笑みが浮かぶ。美味く作れたらしい。確かな手応えを感じる。魅力はこれ以上上がらない。
ここまでしておいて意外に思うかもしれないだろうが、蓮はかつてブラックコーヒーが苦手だった。義父の経営する純喫茶にて、初めてコーヒーを飲んだ時も、苦さに舌を痺らせながら砂糖を流し込みまくった。義父に苦笑いされたのをよく覚えている。
「美味しそうに飲むねえ」
「実際、美味いからな。何なら、残っているのを飲むと良い」
「僕甘党だからムリ。砂糖あるなら別だけど」
「角砂糖あるから、好きなだけ使え」
「やった」
そう言いながら、一旦テーブルにカップを置き、新たにカップを用意する。サイフォンに残ったコーヒーを注ぎ、取っ手のついたシュガーケースと一緒に持っていき、蓮はスマホを取り出して──
「もしもし
「いやいやいやいやちょっと待って! 僕だよ僕! 昨日会ったじゃん!」
目の前の
「いやー、危ない危ない。おっそろしい事するね、キミ」
「しれっと家に入り込んで来てるアンタの方がよっぽど怖い。いつから居たんだ」
「さっき。玄関から入って来たよ。鍵かかってたけど、僕にかかればチョチョイのちょいさ!」
そう言いながらドボドボとコーヒーに砂糖を入れていく
「で、何の用だ? コーヒーと砂糖の代金は高くつくぞ」
「呪術師にスカウトだってばさ。昨日も言ったけど。
……うおっ、コーヒー美味っ!」
「砂糖何個入れたんだ?」
「十個」
「掛ける十万金払え」
「えー、良いじゃん減るモンだけど」
「米ドル換算で」
「角砂糖ビジネスでもやってるの? 払えるけど」
「(払えるのか……)話が逸れたな。──で、呪術師とは何だ?」
ずぞぞぞぞじゅるるるるずぞべらびっちょんと音を立てて悟がコーヒーを啜っている。もう少し静かに飲めと声を荒げそうになるのを必死に堪える。
「ふう、美味しかった。で、何だっけ……あっ、そうそう呪術師の話ね。
──日本の年間怪死者や行方不明者は、一万人を超えている。それは『呪い』……キミが祓ったビジュアルが『キモい』に振り切れてる奴等の仕業。僕らの仕事は、ソイツらをぶっ飛ばして、人々の生活を裏から守る事だよ」
「
「その単語を出したら別作品になっちゃうけど、まあ概ねそんな感じ。祓う対象が違うってのと、彼らみたいに呪術師が表立つ事が無いってのが、呪術師と悪魔祓師の差だね。
でも術師……というか、そもそも『呪い』が見えるって人がマイノリティでね、めちゃくちゃ人手不足なんだよね。だから、少しでも戦える人材が欲しいんだ」
「だからオレを?」
「うんうん。悠仁もスカウトしたしね。結果待ちだけど」
──『悠仁』という単語が出て、蓮はテーブルを叩き悟に問いただす。
「悠仁はどうなったんだ?!」
「うーん…………まあ、聞かせても良いか。
執行猶予があるけど、死刑判決になった」
「──っ、そうか……」
蓮は素直に生きていた事を喜んだ。
しかしその直後に、怒りが再び湧いてくる。何故悠仁が死ななければならないのか。悠仁が一体何をしたのか。何も知らない奴が、何故悠仁の命運を決めるのか。蓮は憤怒に
「悠仁はね、特級呪物……呪いを孕んだ
「……勝手な事を」
「そうだね。だからこそ、僕は上を説得して執行猶予を付けさせた。宿儺の器なんて、今後生まれる可能性を保障できないからね。『どうせ殺すなら、宿儺の指を全て取り込ませてから殺せば良い』……上は了承したよ。
あっ、《宿儺》ってのは、悠仁が取り込んだ呪いの名前ね。ゲームとかに出てくるような鬼神じゃなくて、千年前に実在した人間だけど」
ケタケタと笑みを浮かべながら悟が言う。
「──んで、キミはどうする?」
「…………呪術師は今のバイトより給料良いのか?」
蓮のペルソナや【ワイルド】の能力を活かすには、多くの金が必要だ。二ヶ月分のバイト代の貯蓄はあれど、ペルソナの召喚や強化に充ててしまえば、一気にすっからかんになる。仲間の装備、補給品、日常用、そしてペルソナの強化……金の使い所が多々ある前世では、この仕様には頭を悩まされた。そしておそらく、今世でも頭を悩ませるのだろう。
「めちゃくちゃ良いよお給料! もーそこらのバイトとか目じゃ無いね! 何ならふつーに就職するより給料良いし。
「……分からないな。どうして矢鱈とオレを推すんだ?」
「勘だよ。昨日も言ったけど。理論とか根拠とか、そう言うモンじゃない……けど、何となくそう思ったんだ。キミには才能と力がある。いずれ『最強』の僕に並ぶ可能性を秘めてるってね」
「買い被りすぎだ。まだオレにそんな力は……」
「
悟が『最強』という言葉をやたら連呼してくる。
蓮には不可解だった。なぜこんなにも悟がグイグイ来るのかも、こんなに過大評価してくれているのかも。──だが蓮は、これをチャンスだと思った。
──虎杖悠仁の秘匿死刑。その一事が、それだけが悉く気に入らない。
虎杖悠仁は善人だ。陽気で、社交的で、他者を差別しない。友人も蓮より多い。蓮は、虎杖悠仁こそ幸せになるべき人間の筆頭だと思っている。だからこそ、悠仁の死刑には反対だった。
故に、蓮は決意する。腐った規則も、呪霊も、大人も、世界も、何もかもに。
──
「──『
「──もちろん、キミならきっと出来るさ。
……あっ、キミもしかして上の人嫌いなタイプ? そういう理不尽な事許せない系男子?」
「冷めたコーヒーと警察と、腐った大人が大嫌いなんだ」
「──っはは、良いねぇ! 僕もそう思ってるよ! やっぱキミ、面白いね!
……ねえ、僕ら気が合うと思わない? 実は僕も上の
──取引しようよ。僕が直々に、キミを『最強』に少しでも早く近付けるように鍛えたげる。その代わり、キミは僕の『革命』に協力する……どうかな?」
やる事は、前と変わらない。
覚悟など、とっくに出来ている。
「悪くない。取引だ」
「──決まりだね。よろしく、蓮」
手を差し出される。蓮もまた手を差し出し、硬く握手をした。
これで蓮は、再びこの世界で戦いに身を投じる事となった。
悟からの信頼を感じる……。
「──よし、じゃあ身支度して。行くよ」
「え、どこに?」
「え? ああ、言ってなかったっけ。蓮には転校してもらうから。行き先は東京ね」
「ゑ?」
どうやら自分は、何かと東京に縁があるらしい。そして次に家庭内事情を連想した。前世とは違い、両親や祖父母と仲は良い。加えて
「き、聞いてないぞ、そんな事! ああもう、皆と相談しないと! 高校の学費はどうしよう……皆のご飯は……というか呪術師の事、どう説明すれば……!?」
「大丈夫。僕『最強』だから!」
「答えになってない……!!」
ぶん殴りたい。そう思った。
コープ獲得:皇帝(五条悟)
章ごとに情報が解放されていく形式の雨宮蓮の設定欲しい?
-
オ…オタカラァ…!
-
どうでもいい…