呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた 作:全てのイシを拾イシ者
燦々 狂ったように踊ろうや
淡々 手を叩いて遊ぼうや
14.
違う。
高専の敷地内全体に響くような大声で否定された虎杖悠仁は、困惑と怒りを抱きながら、諸悪の根源たる東堂葵へと殴りかかっていた。
「違うって何が違えんだよッ!」
「違うとも、大いに!!」
徒手空拳は互いに得意とする所。先手を取ったのは、二回りほど悠仁よりも体格が良い葵であった。ファイティングポーズから繰り出される目にも止まらぬようなジャブは、しかし悠仁の動体視力があれば躱すのは容易い。
懐に潜り込みながら、鉄板のような腹筋へと正拳を叩き込む──が。
(硬っって!?)
鉄どころか鋼でも殴りつけたかと言わんばかりの痛みと痺れが、悠仁の拳を覆う。よもや除夜の鐘を鳴らす撞木であるはずの己の拳を伝わって、己自身が鐘のように震える事になろうとは。ごい〜〜〜んという擬音がよく似合っている様になっていた。
だがこれで悠仁には隙が生じた。葵の丸太のような腕から繰り出される
「ぬうっ!?」
悠仁の得意とする体術を大いに活かした正拳突きは、常人の速度を大きく上回るそれで繰り出される上に、呪力操作がまちまちな悠仁の拳は『二度』突き刺さる。
遅れてやってきた呪力に後退りさせられて、葵の肘鉄は空を切る。──だが、悠仁はこれで終わらない。
悠仁が読んだ参考書には、豆知識程度のトピックではあったが、テコンドーと空手の違いとテコンドーの最強技についてアバウトに書かれていた。その名も1080 degree spin kick。
空中三回転蹴りによる三〜四連撃技は──何と悠仁は勢い余って、一回余分に回転してしまった。
(空手とテコンドーの合わせ技か!)
さらっと人間離れした1440度の六連撃技は、しかし葵は肘鉄をそのまま面前に持っていくことで、その全てを前腕でギリギリ防ぐ。脚力は腕力の三〜四倍だ。もしもこれを全て頭部に受けてしまっていたらと思うと、葵は冷や汗が垂れそうになった。
だが葵は現実に防いでいる。今度はこちらのターンだと意気込んだのも束の間、以前に読んだ柔道の本に書いてあった《大外刈り》を咄嗟に思い出した悠仁は、掴むための服が無い事態に、瞬きの刹那だけ思考した。
体格差がある以上、普通の大外刈りでは葵は崩せない。
ならば、普通の大外刈りを少しだけいじってやればいい。
右手は葵の左手首を、左手は葵の側頭部を。軸足はちゃんと地に足つけて、残る左足で葵の腰を思い切り引き付けた。
呪力無しの単純な体術だけならば五条悟に勝るとも劣らないセンスを持つ悠仁は、体格差という不利を埋められるほどの膂力こそが己の武器であった。
手首を握る右手と、腰に引っ掛けた足を引っ張り、側頭部を掴む左手を押し込んでやれば、まるで舞を踊る天女のように、綺麗に地へと沈んでいく。
悠仁にとってこの瞬間こそが勝負どころだ。咄嗟に右手で拳を握り、もう一度、今度は脳天に向けて拳を振り上げる。
(顔面ガラ空き、行くぜ久々!)
「(何て綺麗に崩してくれるんだ──だが!!)
ぬぅん!!」
だが、葵も葵で柔軟なゴリラだ。倒れゆく体を無理やり起こして、悠仁の拳が加速する寸前に
「な──!?」
「お前に食って欲しいところは〝そこ〟じゃない!」
そう言いながら、脳天をぶち抜いてやろうと振りかぶった悠仁の拳を、何ともないように、遂には押し返し立ち上がってしまう。
後方一メートルへと退避し距離を置く悠仁だったが、先手を取り得た葵が出したのは、手ではなく口であった。
「悠仁よ。我々人間は『目より先に手が肥える事は無い』。どの分野・系統を問わず、玄人や達人は皆『目を肥やさない限り、良い作品を作る手は生まれない』と説く」
「だから、さっきから何が──」
「お前のその『遅れてくる打撃』」
「《逕庭拳》っつーんだ」
「なるほど。では、その《逕庭拳》は確かにトリッキーだ。並の術師ならば、何が起こったか分かるまい。威力も申し分無いと言える。二級程度なら難なく祓えるだろう。
だがな悠仁。それは、並の術師や二級程度『になら』だ。五条悟や雨宮蓮、俺の師、あるいはその他特級呪霊には通用しないだろう」
「……!」
そう言われた瞬間、悠仁の脳裏に里桜高校での戦いがフラッシュバックした。
真人と呼ばれる継ぎ接ぎ柄の呪霊。昊噓と呼ばれる雨宮蓮を苦しめたまっくろくろすけの呪霊。肚の底から声が聞こえてくるような──愉悦に歪む嗜虐的な笑み。
改めて、悠仁は葵の方を向いた。ただし、今これからは、ただただ無意識に『見る』のではなく『観る』、あるいは『視る』ように。
そうして観えたのは──葵の全身から溢れている発勁。常に纏わせている呪力のオーラ。
(そうか、これが──こいつの言っている『違い』か)
「そうだ、悠仁。見えたか? 気付いたか? 感じたか? これが、本来あるべき呪術師の戦い方だ。
丹田を起点に、腹、心臓を回って、腕から拳や脚から爪先へ──そうして全身に至り、呪力を余すところ無く澄み渡らせるのが、体術戦のセオリー。お前は呪力を『部分的に流している』ために、《逕庭拳》が発生するのさ」
「部分的に、流す……」
「俺達は忘れていたのさ。当たり前すぎるが故に、その当たり前を見つめ直さねば見えて来ないものを。
いいか悠仁──俺達は、全身全霊でこの世界に存在しているんだ。」
「──!!」
悠仁は何となくだが、理解出来たような気がした。
元々悠仁は頭が良いほうではない。小難しく一から十まで解説されたところで、悠仁の頭は拒否反応を起こしてしまう。容量の限界だ。それ故に転校前の化学基礎の中間テストにて、molの計算で躓き、蓮の教えがあっても赤点ギリギリだった事もある。
これは単に蓮が「悠仁ならこれくらい余裕だろう」という考えが裏目に出ているのもあるが。
少年院での敗北は、論理的に呪力操作について聞いただけで、体の感覚として呪力に慣れていなかったため。
悠仁に限らず、誰しも手本が必要なのだ。その手本からヒントやコツを見出せるかは、その人の観察力次第。見様見真似を己のスタイルに組み込み昇華することで、人々は学習という名の進化を目指す。
「ありがとう、葵」
悠仁は論理的な事は苦手だ。だから体で覚え、何事も感覚で会得する。生来からそうして生き抜いてきた。悠仁は基礎を会得した『後』が強く、敵にとっては怖い。
都立高専一年生を『成長性に秀でた者』と『応用力に秀でた者』とに二分化する中で、手札をより多くする事が出来る前者を、雨宮蓮と吉野順平と伏黒恵とするならば。
既存の数少ない手札を駆使して抗う力では、虎杖悠仁と釘崎野薔薇が秀でている。
術式や呪具や式神を持たずに、体術のみで成り上がっていく悠仁ならではの工夫の凝らし方を前に、特級呪霊でさえも一筋縄ではいかなくなる。なまじ知恵があるからこそ、配られた手札がいかに悪かろうとも、卓越した精神と度胸を以て、その悪辣な手札を用いて活路を見出す。
虎杖悠仁はそういう男であり──
「俺、もっと強くなれるよ」
人々はそれを『天才』と呼ぶ。
「──その意気や良しッ、ブラザーッ!!」
青い海、暗い底。
暗雲立ち込める山、その頂点である雲の上。
風が凪ぎ、水面にて蝶が羽ばたき波紋を生む。
そういう世界に、我々は立っているのだ。
それを理解出来た悠仁には──
『腕にだけ』ではなく、『全身に』力が迸っていた!!
(そうだ、それで良い!!
俺がお前を、全力で導く!!)
桜が舞い散り、青葉が茂り、夕暮れの土手を三人で歩む帰り道。
青春の日々を追いながら、一級品の稽古が始まろうとする──その悠仁の脳裏で。
(でも俺は、本当に《逕庭拳》を捨てなくちゃいけないのか……?)
偶然の産物とはいえ、悠仁自身で編み出した唯一無二のこの技を。
ろくすっぽ活かせずに、輝かせないままにしておくのは勿体無いと思ってしまったのだ。
逕庭拳の最期は、果たして今か、それとも──。
一ヶ月間実験で週一以内投稿できるようやってみようと思います
今までは時間をかけて納得のいくものを納品してたけど、今後は3000〜5000文字くらいを意識して話を書いていきます
で、姉妹校交流会が終わりそうなくらいになってアンケートを取るので、こういうスタイルに変えた方がいいかどうかを書いていってね
クライマックスは万文字超えると思うけど
こまめに納得していけるようにがんばるよ
逕庭拳全然活躍しないの勿体無いよね?(伏線)