呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた 作:全てのイシを拾イシ者
疾く 疾く
流れゆく愛
溶く 溶く
濁り澱む赫
16.
都立高専別館の役割はもう終わっている。
元々呪術高専の歴史は古く、呪術全盛期の平安時代、貴族達がお抱えの呪術師の育成の場として建設したのが始まりだ。その時代には高専ではなく、呪術大学という名前が文献で残っている。
尤も、その大学があったのは京都にのみであった。
読者諸君らは、東京は元々クソが付くほど田舎だったというのはご存知だろうか。江戸と呼ばれるよりも前、東京は作物を育てる事すら向かない酷い土地だった。泥にまみれ、葦と荻が生え遊び、馬で見通そうとしても先が見えないとあった。東京が街として機能し始めたのは、徳川幕府が成立した江戸時代からだった。
そして政権と人が東京に移る事で、江戸の街にも呪いが発生し始め、ようやく都立高専の基盤となる建物が建設されたのだ。それこそが、伏黒恵と加茂憲紀が今戦っている都立高専別館なのである。
飄、という風を切る音が恵の両耳を過ぎ去っていく。一歩間違えば人の命を奪えるその鋭利な鏃を、しかし恵は難なく首を捻るだけで避ける……が、矢の勢いは止まらず、それどころか通常ではあり得ないほど旋回し、再び恵の頭部を狙って発射される。
物理法則を完全に無視した挙動を見せる二本の鏃に、しかし恵は後方から狙われているのにも関わらず、尻目に見るどころか意にすら介していない。──なぜなら、恵が召喚していた【不知井底】が、その舌で矢を巻き取ってしまうからだ。
さて、主人に害を成そうとする脅威は除かねばならぬと、【蝦蟇】はその舌で二本あった矢を一息に叩き折る。今度は恵はその鏃を一瞥し、見るとそこには血液が微量に付着しているのが分かる。しかしそれは恵のものではない。恵は憲紀に、かすり傷の一つもつけられていない。
答えは、憲紀の血液だった。
(加茂家相伝の《赤血操術》……相変わらず血筋大好きな加茂家にぴったりだな)
《赤血操術》。
文字通り、自身に流れる血液を操作する術式。操作できるのはベクトルだけでなく、血中の成分比すらも自由自在だ。憲紀が血と液体で思いつく事の全てを、《赤血操術》は叶えてくれる。血液を大量に消費しない限り、強力な術式だ。
「キミが同時に召喚出来る式神は二体だろう? 出し惜しみされるのは、あまり良い気はしないね」
「相手に良い気をさせないのが、戦いの基本ですよ」
「はは、手厳しいね──!」
そしてその操作性は、体外に放出されたとて、ある程度は失われない。先の血染めの鏃に術式を使用する事によって、憲紀はその手間暇を費やすのと引き換えに、通常の弓矢ではあり得ない爆発的な破壊力と、物理法則を完全に無視した追尾性を付与する事に成功している。
だが、その血染めの鏃も最後の一本を使い果たした。廊下の天井を狙ったその一本に身構える恵だったが、急激な旋回を見せる事なく、そのまま天井に突き刺さる──事すらもなく、なんと突き刺さるはずだった天井を貫通し、屋根裏の骨組みを破壊するに至る。
これにより、恵の頭上から木片が降りかかり視界が遮られる──所で、ブラフか、と思ったその瞬間であった。
凡そ五メートルはあったはずの己との距離を、憲紀は一瞬で詰め寄ってきたのだ。だが頸に感じた悪寒に従った咄嗟の防御により、恵は鳩尾をその両腕とトンファーのような呪具で守る事が出来た。
肝が冷えた恵の目には、憲紀のその俊敏性が奇妙に映った。
「気を抜くなよ」
だがその奇妙さの検証を待ってくれるほど憲紀は優しくはない。目の前から消えるように恵の側面に移動し、そのまま再び掌底を叩き込む。狙うはその右肋骨だ──
「ぐっ!?」
「へえ」
──が、これを恵、間一髪でまたもトンファーで防いだ。両腕から伝わる半端じゃない痛みと痺れに加え、先程までとは別人のような接近戦闘術とその立ち回り、そして憲紀の術式からして、恵はある一つの答えを導き出した。
「ドーピングか」
「俗な言い方はやめて欲しいね……【
憲紀の糸のような右目が皮膚ごと充血し見開かれる。それは正しく、憲紀が今までよりも格段にパワーアップした事の証左だった。
それに恵は、数少ない貴重な呪具の一つを失ってしまった。比較的安物であったとはいえ、真希さんに怒られる。報告するの嫌だなあ、と思っていると、突然に憲紀から問い掛けられた。
「時に、キミは虎杖悠仁をどう思う?」
「友達」
至極当然の回答を恵はしたつもりだったのだが、憲紀には好意的には映らなかったようだ。一種の諦観を含んだ溜め息を吐かれつつ、憲紀は続ける。
「さて……キミと私は同類だと思ったのだがね」
「寝言は寝てから言うもんですよ」
「それはキミにも当てはまるだろう? 虎杖はその身に呪いを宿している。規定違反だ。残酷な事だが、彼は存在すら許されないんだ。それを分かっていながら庇うのかい?」
「何が言いてェンだよ。あのジジイの言いなりにでも成り下がったンですか、加茂さん」
「まさか。私は私なりの律と節に従うまでさ。古いだけで意味の無い習慣は必要ないが、虎杖の死は必要だと思っているよ。
故に、これは加茂家次期当主としての私なりの判断だ」
虎杖悠仁の性根は、伝聞かつ嫌々ながら東堂葵から聞かされている。特級術師・雨宮蓮の親友を自称しているに過ぎない葵の言葉を信じるのもどうかとは思ったが。
だが残酷ながら、宿儺の指を全て取り込ませて仕舞う前に、虎杖悠仁は死ぬ可能性が高いと憲紀は考える。それは悠仁の実力不足からくるものではなく、より醜悪な、腐った上層部と癒着しているお抱えの術師による暗殺だ。
現に、楽巌寺嘉伸により命を受け、憲紀も虎杖暗殺に加担したのだから。
「虎杖は早くに死ぬだろう。……伏黒くん。彼に入れ込んでも永訣が辛いだけだ。引き返すなら──」
「俺は!!」
大声を出したのは久々だった。だが叫ばずにはいられなかった。
「……正直、以前の俺も加茂さんと同じ意見でした。ただ祓い、悠仁の命に手を掛けるだけ。そこに感情が介在する余地は無かったはずだった。それが呪術師だから。
──でもね、俺はもう知ってしまったんですよ」
己の信じるものを。
己の信じる人を。
俺の──友達を。
「光が影を生むと云うのなら、俺にとっての光は二人いる。ソイツらが居てくれたから、俺はまだ俺でいられる。もう俺は、光の暖かさを知ってしまった。光がすぐ隣にある事の安心を、俺の心は覚えてしまった。
光を浴びて色濃く翳るのが影の役目なら、俺のやるべき事はただ一つ。
俺の使命は、全力で光を護る事だったんだ」
俺の目の前で否定するのだけは、許せない。
「俺は俺の良心を……『強欲』を信じる。
それを否定されるんだったら──呪い合うしか無いでしょ」
だから、もう我慢はしない。
伏黒恵が一度に召喚できる式神は原則二体まで。【玉犬・黒】は狗巻棘のサポートに徹していたが、先刻強制的に影へと戻ってきたのが分かった。新たな式神を召喚する条件は満たしたが、今から召喚する式神だけは例外だ。
恵の総呪力量は一級術師程度に匹敵するが、雨宮蓮のような規格外の呪力量は有していない。総呪力量は謂わゆる臓器のようなもの。鍛える事は不可能だ。故に雨宮蓮から見て少ない呪力で、恵はやりくりする他は無い。
だから、今から召喚する式神の特性を発揮する時は気を使うのだ。何せ最近調伏したばかりで、まだ要領を掴めていないのだから。
「押し潰せ、【
左手は右手の甲を覆い、右中指と薬指を下に押しやる。人差し指と小指は牙を、中指と薬指は長い鼻を。──そうして『象』を模り、その全容は影より出る。
現れた桃色の象は、その頭や手足、鼻先に至るまで、煌びやかな装飾を施されており、まるでサーカスのために調教されたかのような印象を受けた。
だが【満象】がサーカスにお呼ばれする事は永遠にない。なぜならば、調教とはいっても、敵を屠るための調教を施してきたのだから。
大量の呪力を持っていかれる感覚に、しかし恵は一切眉をも顰める事はない。むしろ心地良さすらも感じている。目の前の敵を倒せる……そういう好ましい感覚が故に。
【満象】の口内が一息に膨張し、やがてそれは鼻の中間にて一度止まり──【満象】が持ち得る最高出力によって、その大量の水は放水される。巨躯から絞り出された激流水は、難なく憲紀を押し流していき、遂には壁そのものを破壊する!
そして、ようやくチャンスは訪れた!!
(水! 押し出された──拙い、
憲紀のその予想は大きく外れる事になる……!!
なぜなら、憲紀が次に召喚すると踏んだ【鵺】の掌印とは、全く異なるものだったからだ!!
左手は握り拳、右手は親指と人差し指をまるで鉤爪のように湾曲させ、掌印は完成した。
本来の世界線ならば、恵は調伏に至らなかった。だが雨宮蓮というバタフライ・エフェクトが、恵に焦りを生ませた。ぶっちゃけ言うと、これより召喚する式神の調伏に、恵は命に関わる大怪我をした。
無論蓮や野薔薇から心配という名の小言をいただいたのだが、死に掛けた苦労はあった。
「行けよ問題児──【
「なにぃっ!?」
呪力出力に特化したのが【満象】だとするならば、
この【貫牛】は単体での突撃力による状況の突破に秀でている。
【貫牛】には、他の式神が有するハッキリとした特性──例えば【鵺】の雷撃や【渾】の鋭利すぎる爪と牙など──を持たない。『突撃力』のただ一つだけを自らの得意とし、無理やりに突破口をこじ開けるのが、【貫牛】の唯一無二の役割。
ただ一直線にしか進めない暴れ牛……普通に考えれば使い勝手は悪いだろう。だが恵は己の式神を、誰一人として不要だと思った事は無い。
特性を理解し、活かす。それが担い手の役目なのだから──!
「ブモオオオッッ!!」
黒い闘牛は、例えそこが空中だろうと構う事なく突き進む。その突撃力を前に、吹っ飛ばされて宙を漂うだけの憲紀は、身を捩る事しかできなかった。
「知らない式神!!」
「別に俺は調伏したのが一体とは言ってねェよ……!」
──やられる。
そう直感した時、憲紀の手は袖の下に隠していた輸血パックを【貫牛】に向けて投擲し、術式を解放していた!!
「【
《赤血躁術》【赤縛】。
大量の血液を消費するが、相手の行動を封じ込める事の出来る唯一の妨害用拡張術式。空中にて、校舎別館と己の体とを繋ぐように縛られて、なお【貫牛】はその突撃を止めようとはしなかった。猪突猛進だけが生き甲斐にして取り柄の【貫牛】を見て、もしもあの突進が直撃してしまったら、骨折どころか肉体に穴すらも開きそうな予感がした。
尤も、赤縛と重力に負けて宙ぶらりんになっている様は、あまりにもシュールだったが。
だが、封じ込めた。どうにか体制を立て直しつつ中庭に着地し、再度【赤鱗躍動】を開始する。とく、とく、とくっとくっ、と早まっていく鼓動が、今はなんだか頼もしい。
加茂憲紀は、嫡男として加茂家から寵愛を受けていた。何せ相伝の術式を有した子供だ、次期当主としての器は充分に有していた。
しかし憲紀の母は違った。母親は側女で、正室の女ではなかったために、男だけでなく女中からも非難され、遂には加茂の家を出て行ってしまった。たかだか己らが相伝の術式持ちの男児を産めなかったというだけで、母親はその立場を追われてしまう事態になったのだ。
──幼い憲紀は許せなかった。古臭いだけの正室と側室という子孫を残すシステムも、側室の女故に母親を虐げられた事も……規律を重んじる家柄のはずなのに、不平等を見逃している加茂家の現状も。
だからこそ、憲紀は当主と成り──
「負けられんのだ、私は!!」
──母の居場所を作るのだ。もう二度と、不平等を看過しないために。
互いにボルテージは最高潮。二人の信念がぶつかり合う。
規律と利己の衝突は……しかし。
コープアビリティ:【貫牛】
本来の世界線では調伏に至らなかったが、蓮とのコープ活動の折、置いて行かれまいと必死になり、死に掛けながら無理やり調伏した。ここら辺は一気に書く予定。
相手に大威力の物理属性攻撃。また、中程度の確率でクリティカルヒットする。
魔術師のコープが6になると伏黒恵は使用できる。
ぶも〜