呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた 作:全てのイシを拾イシ者
37.
〈2018年6月25日〉
「TokarevTT-33 and “Pact”」
東京都立呪術高等専門学校には、弓道場の地下に
その射撃場には二人の男がいる。一人は我らが雨宮蓮、もう一人は安心安全の五条悟だ。そして蓮は、眼前に広がる光景に興奮して、一歩も動けずにいた。
「こ、これ……全部本物なのか?」
「イグザクトリー」
──それは、絶景だった。S&W M19コンバットマグナム、コルトガバメント、H&K P9S等の拳銃や、蓮でさえも名を知らぬような散弾銃、サブマシンガン、アサルトライフル、スナイパーライフルがその部屋には山ほどある。マニアには堪らない光景だろう。特段銃が好きという訳ではない蓮も、今回ばかりは心を躍らせていた。いつの時代も、何歳になっても、銃は男の浪漫なのである。
あまりの衝撃に声が上擦ってしまう蓮。前世でもこのような光景は見た事がない。ペルソナの覚醒時以上にテンションが爆上がりし、もはや天元突破している。日頃落ち着いている彼からは想像も出来ないほど年相応に目を輝かせている様子を、同伴者の五条悟は微笑ましく見守っていた。とはいっても、蓮の精神は本人の年齢を大幅に上回っているのだが。
──端緒は、蓮がトカレフという自動拳銃を欲しているのを悟に相談した事にある。かつての蓮は──というよりジョーカーは、ナイフと自動拳銃(どちらもレプリカ)とを状況によって使い分ける戦法を使っていた。今やジョーカーの戦闘において、ナイフと自動拳銃は欠かせないものとなった。
要するにジョーカーは、拳銃が無くてしっくり来ていなかったのだ。
それを相談した折、悟から「じゃあ持ってみる? 拳銃」と問われ、蓮はいつになく豪勢に承諾したのだった。
そして、現在に至る。
「凄いな……! 射撃場があるのも、これほど装備が充実しているのも、想像以上だ……!」
「ふっふーん、まあね。呪術高専舐めちゃダメよ〜ダメダメ」
「久しぶりに聞いたぞソレ」
「一応約束のトカレフは持って来てるけど、自分に合うのを試しなよ。腐るほど沢山あるんだし。あっ、間違っても公衆の面前で振り翳すような事はしないでね。まあキミならしないと思うけど」
「分かった」
蓮はあくまでも拳銃使いだが、悟の言葉に甘える事にした。戦闘で使う事は無いが、アサルトライフルやスナイパーライフルの実銃など、今後出会う機会はほぼ無くなるだろうと考えたためだ。
「何から試す? MINIMI? AKM?」
「じゃあ、AKMから」
「おっけ。弾詰める所から教えるね。えーっとこれはね……」
「……先生は使った事あるのか?」
「えっ、無いけど?」
「じゃあ何でそんなに自信満々なんだ」
「こーゆーのはノリと勢いが肝要なのさ」
「……やっぱり拳銃だけにしておく」
「えー、勿体ないなぁ」
「本当だ全く」
──前言撤回。蓮の危機管理能力が本能に危険を訴えたため、蓮は拳銃以外取り扱わない事となった。最後の台詞がやや強調されていたのは、悟の訳の分からぬ自信(蓮からしたら疑心)から来る不安がこのやり取りで溜まったためか。ジト目で目を顰めながら、視線を陳列した拳銃達へと向けた。
さて、机上を見ると様々な拳銃が整列されているのが分かる。蓮がまず手に取ったのは、コルト・シングルアクション・アーミー。正式名称をM1873といい、西部劇のガンマンがよく
M1873はサイズによって愛称が異なっており、蓮が選んだのは──というか置いてあったのは、民間向けの.45口径モデルの『ピースメーカー』と呼ばれるものだ。楕円形の弧を描く独特のグリップには、コルト社のロゴである
蓮は一度もリボルバーで撃った事は無い(そもそも実銃を持った事すら無い)が、かつての仲間が使っていたのを思い出し、ふと手に取ってみたのだが──重い。レプリカのそれとは比べ物にならない。約一キログラムの重圧が、頼もしさと恐ろしさを両立させる。この一発で人の命を軽々しく奪えると思うと、自然と手に籠る力が強まった。
「シングルアクションアーミーだね。それだったら……えーっと……分かんないや! hey蓮、『シングルアクションアーミー 使用弾』」
「誰がSiriだ。…….45ロングコルト弾だな。使うのを拳銃だけにしておいて良かったよ」
「えへへ、てへぺろ♪」
「笑い事じゃないし可愛くない」
蓮がウィキペディアで調べたままに罵倒とともに答えた。
M1873《コルト・シングルアクション・アーミー》は、正式名称にある通り、生産されたのは1873年からだ。使用銃弾は.45ロングコルト弾。リムレス化された.45ACP弾の全長は1.260インチなのに対し、コルト弾は1.600インチと長めだが、今でも生産はされている。蓮はてっきり銃弾も置いてあると思っていたが、御目当ての銃弾は影も形も無かった。
「弾は?」
「ロッカーの中。はい、鍵」
「ありがとう」
弓道場へと繋がる上り階段の近くにある、南京錠付きのロッカーの中にあると悟は言う。錠前を外して丁寧に探っていくと、開けた形跡も埃もない新品同様のそれのパッケージを見つけ取り出した。
ゲートと呼ばれる
「撃つぞ」
「おっけい」
「……下がってほしいんだが」
「大丈夫大丈夫」
一声かけて悟を下がらせ……ようとしたが、余裕ぶっているのか、直立不動のまま悟は蓮を見守っている。狙いを定め、人差し指の腹にトリガーを掛け、円形の的へ──当たる事は無かった。
手首へと伝わる反動に歯を食い縛り、危うくピースメーカーを落としそうになる。もしも手放していたら蓮の顔面が危なかった。緊張に少しだけ肩が強張っていたのが逆に幸いしたようだ。じんわりと痛む手首に少し顔を顰めながら、一つ大きく溜息を吐いた。
「ふぅ──っ、想像よりも
「へいへいどんまい腰引けてるよー!」
「野球の応援みたく言われても……」
口にガムテープでも貼ってやろうかと本気で思いながら、再びハンマーをコックして狙う。
……心を鋼に、精神を冷徹に。
より巧く、より正しく、弾を導くために、蓮は一つの機械へと変貌し──パドォン、という決して小さくない二回目の銃声を響かせて、銃弾は的の三点ラインのやや左上方向に直撃した。
「ヒューッ、初めてにしてはやるね」
「……リロードに手間がかかるな。やはりマガジンの方が楽か……」
「コンバットマグナムとかもいいんじゃない? それよりは手間は掛からないし、威力も高い」
「ああ。だが、
「ま、そう言うと思って色々出しといたから、好きなだけ試しなよ」
「そうさせてもらう。だが今は──十二発だ」
「……キミ、ソレが言いたかっただけ──」
以下、ダイジェストでお送りする。
S&W M19《コンバットマグナム》の場合。
「オレに言わせれば、浪漫に欠けるな……」
「だから言いたいだ──」
S&W M49《ボディガード》の場合。
「
「さっきから──」
M1911A1《コルトガバメント》の場合。
「なあ先生。チャカと
「僕の──」
以下、中略。
さて、残る一丁は、かつて前世で愛用し、親友がくれた思い出の拳銃(アレはレプリカだったが)、TT-33《トカレフ》のみだ。蓮が要望していた通りにシルバーメタリック塗装がされているが、それ以外に目立ったカスタムは見られない。指紋一つ無い、完全新品のトカレフだ。部屋の隅で限りなく小さく縮こまりながら体育座りをしている悟を無視し、蓮はそれを手に取った。
トカレフは安全装置の無い拳銃で名高い。……いや、全く存在しない訳ではないが。
自動拳銃の多くには、暴発を防ぐために手動の安全装置操作レバーを備えるが、このトカレフにおいてはそれは存在しない。生産性の向上や、極寒による凍結を防ぐため、部品の交換を簡易にするためと理由は多々あるが、なんとも危なっかしい銃である。だがかつてのソ連軍はこれを普通に使っていたのだ。作る方も使う方も、流石はおそロシアといった所か。
(──ああ、酷くしっくり来る)
他の拳銃ではFN Five-seveNが最も手に馴染んだが、このトカレフだけはどこか格別だ。蓮は頼もしさの奥底に、少しだけ寂しさを孕んだ。マガジンへの装填もリロードも既に済ませた。スライドストッパーを落とし、射撃準備は整えられた。蓮は今度は人型の的を狙っている。
TT-33《トカレフ》は──というより、使用銃弾の7.62x25mmトカレフ弾の貫徹力は、他の自動拳銃の一歩先を行っている。前世でトカレフのレプリカを貰った折に蓮が興味本位で調べた所、とある実験が行われたらしい事を目撃した。厚さ一ミリの鉄板を複数枚並べ、同じ距離から発砲して貫徹力を測るというものだ。
ベレッタM92、グロック17、トカレフが使用され、結果はベレッタとグロックが四枚に対し、トカレフは六枚だったとの事だ。その威力に、度胸が《なくもない》レベルだった当時の蓮は身震いしたものだ。
閑話休題、蓮が狙うは頭部一点。左手で支え、右手で引き金を引こうとして──止めた。
「……違うな」
──そう言い放った瞬間、蒼炎が湧き上がると共に、蓮の姿がジョーカーへと変貌する。
(そろそろ、実銃の反動にも慣れて来た頃だ)
先程まで両手で支えていたトカレフを、ジョーカーは右手だけに持ち替えた。そしてそのまま照準を合わせる。仮想の敵──先日の廃ビルで、釘崎野薔薇が敵対したマネキンの頭を貫通させたように……!
片手撃ち。文字通り片方のみの手を使って行う。ブレを抑えきれず命中精度は落ちるし、反動を抑えきれず銃が吹っ飛び怪我をするケースもあるため危険だ。初心者が絶対にしてはいけない、これと言ってメリットの無い射法だ。強いてメリットを挙げるとするならば、浪漫がある事くらいか。
──そう、浪漫がある。怪盗において『浪漫』と『美学』は欠かせないセオリーだ。命中精度が低かろうが、危なっかしかろうが、『浪漫がある』という一言で全て覆る。それを追い求めずして何が怪盗だろうか。
どこか妖艶さを感じさせる妖しい笑顔で、ジョーカーはトリガーを引き──その銃口から弾丸がマッハを超える速度で放たれ──パシュンという音を立て、脳天を貫くに至った。
陽炎のような硝煙が、辺りを包んだ。
「やるね」
「うおびっくりした」
「そんな驚く?」
薬莢が地を転がる音を響かせている裏でいつの間にか立ち直っていた悟に、ジョーカーはわざとらしく驚いてみせた。
「んー、こんなに攻撃手段も多くなってくると、『縛り』を組むのも楽になるだろうね」
「『縛り』……何だそれ?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
……こういう所があるため、ジョーカーは今一悟を尊敬出来ない。主に人間的な意味で。実力面では不足は無いのだが……どうしてこのような性格になってしまったのだろうかと蓮は思った。
「『縛り』ってのは、自身の行動をあえて制限するもので、術式の能力を向上させる事が出来るよ。逆に『縛り』を破っちゃえば、術式のパワーは下がる事になるけどね。身近なものだと、H○NTER×HU○TERの『制約』と『誓約』が分かりやすいかな」
「いつになったら連載再開されるんだ」
「ホントにねぇ」
ともあれ、これ以上なく理解しやすい解説だった。
「先生にも『縛り』があるのか?」
「うん、あるよ。どんな『縛り』なのかは、言えるヤツと言えないヤツがあるけどね」
「言えるものの例は?」
「一番手っ取り早いのは、『術式の開示』だね。相手に手の内を晒すから、対策を練らせる可能性を上げることに繋がっちゃうけど、その対価として、自身は更に身体能力が向上する……って具合かな。まあ『縛り』の特性を利用して、ブラフの可能性を考えさせる事も出来るけどね」
「なるほど……」
ジョーカーは思案しながら、再び的を狙う。
率直に思い浮かんだ事項──もとい『縛り』を、ジョーカーは口に出してみた。
「なら──」
「ん?」
「第一に、
「……っははは。やっぱ君、とことんイカれてるよ」
悟がケラケラと笑う。
放たれた銃弾は、今度は心臓部分を貫いた。
38.
〈2018年6月26日〉
「All out Attack」
「──はい! という訳で今日は任務で〜す!」
「……いや、早朝からどういう訳ですか」
「場所は仙台ね」
「今から行くの!?」
「新幹線予約してるらしいから、いってらっしゃ〜い」
「アンタがした訳じゃないんかい!」
「経費はこっちで落としとくから大丈夫さ!」
「にしたって連絡が遅過ぎるだろう……」
という
「今回は人命救助と呪霊
だが問題は、女性陣がこぞって行方不明って事態だ。幸いと言うべきか、通報から時間はそれほど経ってない。今日の深夜──丑三つ時に行ったんだとよ」
「頭底辺◯ouTuberかよ」
「特定の人々を敵に回すのは止めてくれ野薔薇」
「恵、どんな奴らなのか俺にも見せて」
そう言いつつ、恵と対面して座る悠仁が、スマホを片手にタブレットを覗き込む。
「うーん、コイツらどっかで……あっ、そうだ思い出した! コイツら、ちょっとした炎上系の動画で有名な奴らだよ。こないだニュースでやってた。一応チャンネル登録者が十万人を超えてるんだって」
「……ちなみにソイツらの持っていたカメラから、今回の事件の一部始終が撮影されてる。現在は消去済みだが、大方アレを編集して載っけるつもりだったんだろうな」
「うーわ、初めて見たけどサムネイルも悪い意味で凝ってんなー。見てよ野薔薇、これとか心霊スポットですんげー罰当たりな事してる」
「マジモンの方かよ! 底辺You◯uberじゃんかよ!」
「だから止めてくれ野薔薇」
「続けるぞ。……まあ、後伝えるべき事は呪霊の階級だけだがな。《窓》──非術師の偵察によると、事情聴取による外見的特徴から、階級は高く見積もっても二級だと。後は、気配で
「つまり、術式持ちは居ないってワケね」
「えっ、何で術式が有るか無いか分かんの?」
悠仁の問いに対し、野薔薇の表情が「コイツめんどくせえ〜〜〜」という思いを物語っていた。蓮もそこの区別がよく分かっていないので、耳を傾ける事にした。野薔薇の雰囲気を察してか、口を開いたのは恵の方だった。
「……呪霊や呪物、そして呪術師には階級があるのは知ってるよな」
「おん」
「呪霊の場合は準一級と二級を区別するのに『術式の有無』で決めるんだよ。んで、基本的には階級に見合った術師が任務に割り当てられる。
俺は二級だから、今回はお前らを引率する形で任務を進める事になったんだ。五条先生曰く、『三人を鍛えたいから、よろぴく』だとさ」
「へー、なるへそ。……恵がよろぴくって言ってんの、何かウケるな」
「はっ倒すぞ」
満足したようで、悠仁は背凭れに寄りかかり、じゃがりこサラダ味を啄むようにして食べ始める。恵は一つ小さく欠伸をして頬杖をつき景色を楽しみ、野薔薇はスマホで最近の流行やニュースを確認している。そして蓮はというと、魔法瓶とカップを四人分取り出し、それぞれにコーヒーを注いでいるのだった。
「おっ、サンキュー蓮。今日の豆は?」
「キリマンジャロだ」
説明しよう!
蓮が今回使用したコーヒー豆は、アフリカはタンザニア産のキリマンジャロという銘柄のものだ! アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ山の、標高一五〇〇メートルから二五〇〇メートル付近で栽培される豆だぞ!
キリマンジャロは強い酸味と甘酸っぱい香り、マイルドなコクが楽しめるぞ! 焙煎度合いで味が変化するのも、愛される特徴の一つだ!
「いつの間に淹れたんだ……」
「今朝の朝食前に。いるか?」
「……まあ、貰っとく。眠気覚ましに丁度良いしな」
「蓮、ガムシロップある?」
「買っておいた。はい、野薔薇」
「気が利くぅ。ありがと」
そう言いながら、皆々にコーヒーを渡していく。最初に感想を呟いたのは恵だった。
「……美味いな」
「はぁ〜やっば。この味知っちゃったら私、自販機の缶コーヒー飲めなくなるわぁ……」
恵と野薔薇が蓮のコーヒーを口にしたのは二回目だが、初回と変わらず蓮のバリスタとしての腕前に驚嘆するばかりだった。普段は好んでコーヒーを飲む訳ではないが、蓮のそれなら毎日飲んでも良いと思えた。コーヒーで心が安らぐというのは、生来初めての事だったのだ。
「ゔええ、にぎゃい……」
「何でガムシロップ入れなかったんだよ」
「いや、らってうらっくコーヒーってかっこいいらろ」
「何言ってんのか分かんねーよ」
「吹き出さなくなったあたり、成長したな悠仁」
「何で雨宮は分かんだよ。ってか、もし吹き出してたら俺危なかったじゃねーか!」
「うぅ……ぼりぼりザクザクむしゃむしゃ……」
「じゃがりこで口直ししてる奴私初めて見た」
「野薔薇もじゃがりこ食う?」
「食べる」
「……ったく。オイ、そろそろ着くぞ」
「えっ、もう?」
「駅前で車待たせてるから、途中まではそれに乗るぞ。良いな」
「うーい」
「こーゆー風に指示出してるのを見るとさ、恵って何かお母さんみたいよね」
「あー、分かる。ちょっと厳しめのな」
「誰がお母さんだよ。せめてお父さんにしろよ」
「いや、何かちびまる子ちゃんのお母さんみたいだなーって」
「
「それは遠回しに俺を『うに』って言ってんのか?」
「さ、行きましょアンタ達!」
「おうよ」
「了解だ」
「オイ待てコラ座れお前ら」
「さっさとしろよ。遅れるわよ」
「解せねえ……」
39.
雲行きの怪しい山の中、四人の少年少女がトンネルの前で佇んでいる。赤いパーカーを制服の中に着込む虎杖悠仁、一番制服のデザインがオーソドックスな伏黒恵、金槌を握りつつも眉を顰め面倒臭そうにしている釘崎野薔薇、リロードの終わったトカレフを、新たに着用した右脇のホルスターに収めている
「ジョーカー、それ銃持ってんの!? すっげー! 良いな〜! めっちゃ怪盗っぽい!」
「だろ?
五条先生に言えば試し撃ちくらいはさせて貰えると思うぞ。だが実戦で使うのはお勧めしないな。やはり費用がな……」
「でも外国だったら結構安値で売ってるって聞いた事あるよ?」
「呪具として使えるように銃弾一発一発に呪いを込めてて、その分手数料が
「……試し撃ちで止めとくわ」
「それがいい」
「ほら、ぱぱっと済まして牛タンよ! ボサッとしてんなよ!」
「へいへーい、仰せのままにっと。……あー、まだ腹痛えや」
「食べ過ぎだと言ったろうに……」
雑談も終わり、改めて全員がトンネルへと向き合う。
──
怖気付く事はおろか、冷や汗一つとして存在しない。四人は一斉に歩みを進める。
カツコツ──カツコツ──と、四人分の靴音がトンネル内に響いている。各々はすでに臨戦体勢だ。右手で《
長いトンネルを抜けると樹海であった。本日の仙台は曇り空で、日中だというのに樹海はかなり暗い。雨の一つでも降って来そうな雰囲気だ。そうなってしまえば、救助は難しいものになるだろう。うかうかしてはいられないが、ここで焦ってしまえば、
森の奥深くへと更に歩みを進める。耳を澄ませ、草木の擦れる音を聞き分ける。もはや『道』と呼べるものさえも存在しなくなっている。蝉の声はまだ聞こえない。
──何分歩いた頃か、恵が携えていた【
それを見て、ジョーカーの目も異常を感知した。
「──呪霊がいる」
「こちらでも視認した。……近いな」
「うぇっ、どこ?」
「シッ」
素っ頓狂な声を上げる悠仁をジョーカーが引き寄せたのは正解だった。口元を手で塞いだのは杞憂となったが、悠仁の声に呪霊達が反応していたのだ。振り向く時の速度が常人のそれでは無かったが、どうにか各々が木を影にして隠れられたようだった。
(わ、ワリ、ヘマした……)
(問題無い。それよりも、音を立てるなよ)
手を離し、カバーアクションの体勢から、ジョーカーは機を伺っていた。彼奴等の視線が全くこちら側を向かない、向いていない瞬間を──。
彼奴等との距離は、先程の悠仁の声に反応したため更に近付いている。目視のため曖昧だが、凡そ10〜15メートルと言ったところか。ジョーカーは剛巌をコート内側のナイフ用のホルスターを兼ねたポーチに仕舞った。
胸部と脛を横切るような傷痕のある、能面をホチキスで被せられた、痩せぎすの褐色……否、
(流石、仙台でも有名な幽霊スポットなだけはある……)
太白トンネルには、かつては電気鉄道が走っていた。故にトンネル内には、人身事故や自殺によって死亡した者の怨霊が浮世を彷徨っていると噂されるほど、心霊スポットとして知名度が高い。やけに人、もしくは人だったもののビジュアルの呪霊が多く見られるのは、それ故だろうか。
(こっからどうすんだ?)
(──決まっている)
……静寂。聞こえるのは木々の囀りと、小鳥の騒めきのみ。枝はおろか、枯葉さえ踏み砕く音は無い。何も聞かせない。何も感じさせない。そこに誰かが居るという、その考えの全てを否定させる……そこには誰もいない。ここには誰もいない。何も、居ないのだと……。
「アツイヨオぉォイタイヨオオオぉ」
「あめチャン イっぱいたべル」
「いらない カラ スてちゃおウ」
そう判断した呪霊達が背を向ける。微かに感じた呪力の行き先を、真反対の所にいる物と勘違いした。三人にアイコンタクトを送りつつ、振り返ったその
「
グローブが闇夜に紅蓮の軌跡を描き、人型の肩へと飛び移った。呪霊一同は驚愕に目を見開き、ジョーカーを迎撃しようと構えるが、もう遅い──『縛り』で更に強化された筋力を以って、その能面をホチキスごと引き剥がす──!
「──その本性、暴いてやる……!」
ぶちぶちブチブチベリャッ、と不快な音を立てさせながら仮面を剥がし捨て、呪霊が顔面を押さえ苦しみ悶えている。引き剥がした能面を追うように天を舞いながら引き金を引く。果たして放たれた一発は、見事に脳天を貫くに至るのだった。
だが着地地点は針の山。ジョーカーは呪霊達が着地後に生じる隙を狙っているのを分かっている。着地イゴール……もとい、イコール『死』と考えても何ら間違いはない。──だが呪霊達は大きな勘違いをしている。根本的な大間違いを犯しているのだ。
「ウ──だりゃあっ!」
「【玉犬】……!」
「
──ジョーカーには、頼りになる仲間がいる。
小さな肉塊は出刃包丁で断斬され、大きな肉塊は二匹の犬に噛み裂かれ、西洋人形は頭部を貫かれ破壊され……そうして、祓除は遂行された。
「うっし、楽勝楽勝!」
「んまっ、当然の結果ね」
「ほら、次行くぞ。【玉犬】、引き続き人の匂いを辿れ」
『ゥバウッ』
40.
草木生い茂る森の中を、当てもなく走る。走り続ける。走らねばならない。いかに脚が重かろうが肺が千切れようが、例え怪我を負った友人を背負っていようが、自分は決して追いつかれてはならないのだ。パーカーを羽織ったショートパンツの女性は、Tシャツにジーンズの彼女の肩を組みつつも、昼だのに夜のように暗い森を必死に走っていた。
事の発端は、仲間内である男の一人からの提言だった。『仙台一の心霊スポットに手を出してみよう』という、何とも安直で、後先も考えないような提案だ。前者の女性は霊感が強く臆病な性格だったため、提案を取り下げようとするも、後者の友人の女性に激しく推されてしまい、結局賛同せざるを得なかった。友人の彼女は好奇心旺盛だったのだ。……否、見境が無いと言うべきか。現に今、命の危機に晒されているのだから。
そして当日である今日午前三時前……草木も眠る丑三つ時と呼ばれる時間帯に、わざわざ危ない場所へと足を運んでしまった。そして男性陣は、怖気も知らずにカメラを回し、ずかずかと領域に踏み込んだのだ。トンネル内は嫌に冷たい風が吹いていただけだったが、何も起こらなかった。……起こったのは、トンネルを抜けて数分歩いた直後だった。
『何だよ、何も来ねーじゃん。ツマンネー』
『ねみぃ……ふあ〜』
『なあ、呼びかけたら何か出てくっかね?』
『おっ、言い出しっぺ』
『えええ〜マジかよ! 言わなきゃよかったぁ……』
『……ねえ、もう帰ろ? 何か寒いしさ……』
『ビビってんのかよ? 大丈夫だって、どうせ何も出やしねーよ』
先頭を男三人、女二人という陣形で固めて歩きながらの会話だった。
嫌な予感がする。
引き返せと本能が叫ぶ。
『ねー、誰かいませんかー!!』
『はーあーい。なーんつってな! はははは!』
『もー、怖い冗談やめてよー!』
『いやー悪い悪い。出来心でつい』
『ね、ねえっ。ほんと、帰ろうよ……』
『何だよ、空気読めよ。連れねえなあ……いたっ』
先陣を切っていた男が急に止まったので、後の四人も止まらざるを得なくなってしまった。
木にでもぶつかったのだろうか、と思ったのだろう。前を向き──手に持っていたライトを向け──落とし──立ち止まる──アンモニアの臭い──恐怖を──大きな女性──右腕しか存在しない──無造作に伸びた黒髪──赤く充血した目が──二つ以上ある──顔面を覆う──巨大な────目眼目目眼眼目メめ目眼眼眼目メめめめめめ目────────が、いっせいに、こっちを、むいて、わらって、いった。
……その後、どうやって逃げて来たのかは憶えていない。
逃げようとする寸前、友人は二の腕を掴まれて、じゅうううううという音と共に、苦痛の叫びを上げて失神した。見捨てる訳にもいかず、無理やりに引き剥がして担ぎ、当てもなく走り始めた。どうやら『奴』は足は遅いようで、逃げるのにそう苦労は無かった。もしかしたら遊ばれているのかもしれないが、出来るだけ遠くへと逃げたかった。
男性陣はどこへ行ったのか分からない。『奴』に遭遇した時、女二人を見捨てて逃げ出して、深い憎悪と怨念を抱いたのが最後だ。
膨れ上がった顔面。否、無数に、無限に、まるでイクラのように存在していた巨大な眼球を思い出して、女性は一度立ち止まって嘔吐した。鼻を貫く酸の臭気が辺り一面に漂っていく。そして崩れるように倒れ伏して、身を
もう限界だった。女性はマラソン選手でもなければ、特段身体能力が高いという訳でもない。にも関わらず、人を一人抱えたままこれまで走って来れたのは、アドレナリンの分泌によるものか。はたまた絶対に生き延びてやるという執念故か。大きく呼吸を繰り返す。
今が何時で、ここが何処なのかすら分からない。何時間走ったのかは数えたくない。ただ、生き延びたかった。自分を助けたかった。友人なんて見捨ててもよかった。
彼女が起きた所で、もう以前同様の関係には戻れないだろう。ギスギスして……最悪、絶交を持ち掛けてしまうかもしれない。そして月日が過ぎて、今更になって後悔するか、これで良かったと思えるか。それは、月日が過ぎなければどうしようもない。だが、縁は切りたくないなあと、漠然とそんな事を考えていた。
どうにかして木に寄りかかり、仰向けの体勢になる。靴も、お気に入りのパーカーもボロボロだ。何と最悪な日なのだろう。横の彼女を見ると、掴まれた部分と血液とシャツが溶け合っており、見るも無惨な光景だった。治るのだろうか。仮に治ったとしても、痕が残ってしまうのではないだろうか。ふと、そんなことを考えていた。……否、現実逃避をしていた。
「み い つ け た」
……死神が、すぐそこまで迫っている。
その現実を否定したかった。逃げたかった。だが不可能だった。
女性は、自身の運命を悟り、呪った。
(……ああ………死ぬんだ)
淡々とその事実を理解した。
何をする訳でもない。抵抗するための気力など、既に微塵も残っていない。
『奴』に襲われて、死ぬ。ただそれだけだ。友人を巻き添えにしてしまう事は、申し訳ないとは思う。けれど、自分なりに頑張ったのだ。必死に引き連れて、どこかも分からない場所を走って逃げていた。しかし『奴』の執念深さは底知れない。どうしようもないのだ。仕方ないだろう。
もう走れない。
もう歩けない。
もう疲れた。
眠ってしまいたい。
死ぬのなら痛くない方がいいな。
……ああ、死にたくないなあ。
せめて、せめて。
颯爽と現れるような、そんなヒーローがいてくれたなら……。
「……誰か、助けてよぉ…………っ」
誰が聞いている訳でもない、蚊の鳴くような声で呟いた。
当然の如く、返事はない。諦めて目を瞑る。瞼の裏に溜まっていた雫が落ちる。『奴』のその毒手が、自分の頭部を鷲掴み、激痛と共に蝕んでいくのだろう事を、女性は想像して──────
──。
……。
…………一向に何も起こらない事に気付く。
何秒、何十秒目を瞑っていただろうか。激痛が頭部を襲わない事を不思議に思った女性は、片目を少しだけ開き──そして驚愕に両目を見開いた。
そこに立っていたのは、
別の怪物である事には間違いはない。だが不思議と恐怖は無かった。あの赤い怪物とは違い、この騎兵の怪物を──そして隣で翻る、黒いコートの男を──
「……………………ぁ、ああ……っ」
奇妙なほどに、頼もしいと思えたのだ。
「切り拓け、べリス」
「ウオオオオ──ッッ!!」
41.
ソロモン七十二柱の一柱、赤躯の巨馬に跨る堕天使《べリス》。ジョーカーのペルソナの一体だ。巨馬を差し引いても、隻腕の無限赤眼の呪霊、ジョーカー、女性二人よりも背が高い。故に体格的なアドバンテージはべリスの方が上だ。……だのに。
「オオオオオッ」
「あ そぼ」
……そのべリスが、逆に押されている。
現在べリスは、右手に持つ黄金色の
槍を見ると、中央の穂先が融解しているのが分かる。そしてあの呪霊を見ると、たった片手で白刃取りを為したその穂先が、液体となってボトボトと地に落ちて行っている。何故にか、べリスの槍はあの呪霊によって
「──────ッ、《ガル》!」
スキル使用の判断を下したのは正解だった。無限赤眼は、驚異的な跳躍力と速度を以って、べリスと巨馬を鷲掴もうとしていたのだ。
ベリスは本来、《ガル》のスキルを習得しない。だが、ペルソナ合体によって作成されたならば話は別だ。合体によって生み出されたペルソナは、合体元のペルソナのスキルを一部受け継ぐ事が出来るのだ。
果たして、小規模の
(この呪霊、
「無事か、ジョーカー!」
遅ばせながら参上する、悠仁と恵と野薔薇。
二分ほど前、四人が四体の呪霊を屠ってから三分後の事だった。【玉犬】は、比較的新しい人の匂いを二人分感知した。そして、嗅ぎ慣れた呪いの臭いも、その鼻腔を刺激したのだ。玉犬の後を追いつつ、ジョーカーもまた目を凝らしていた。
ジョーカーの目は、謂わゆる『鷹の目』という物に近い。前世で怪盗業を営んでいたジョーカーは、ラヴェンツァの主人であるイゴールという長鼻の老人から鷹の目──《サードアイ》を貰った。これがまた便利な代物で、怪しい部分をピックアップしたり、敵の強弱を判別したり、足跡を視認出来るようになったりと、何度世話になった事か。
そうして走っている内に、ジョーカーのサードアイが異変を探知した。もはや布切れと言った方が良い死装束を纏っている呪霊、つまり無限赤眼の呪霊に──赤い炎が
サードアイは、五条悟の
それを察知したジョーカーは、ある一体のペルソナを呼び出した。先程のべリスである。犬である玉犬よりも、同等レベルのウサイン・ボルトよりも速く疾走できる生物に跨っているべリスこそが適任だと思ったのだ。
そして現在に至る。
「オレは大丈夫だ! 気絶してるが、行方不明だった二人も見つけた! だが一人軽症を負ってる。治療がしたい、皆一分くれ!」
「悪いが四十秒で頼む!」
「無茶を言う……!」
追加でジョーカーは情報を提供する。
「その呪霊には術式がある! 触れた物を溶かす能力のようだ!」
「えーっ!? 恵、術式無いって言ってたじゃん! あるんじゃん、アレ!?」
「報告には二級と書いてあった。《窓》の報告ミスか……? 意図的なものでない事を願いたいが……いや、そうだとしても何のメリットが」
「何でもいいっつーか、ベラベラ喋ってっとやられるわよ! 時間稼ぐんでしょ!?」
先陣を切ったのは恵だった。兎にも角にも、まずはジョーカーや行方不明者二人と距離を置かせなければ危険だと判断した恵は、新たな式神を召喚するため掌印を結んだ。【
「【
アナコンダのような巨大な蛇が体当たりし、木々を薙ぎ倒しながら呪霊を大きく吹き飛ばした。その距離凡そ6メートルという所だが、死装束を更に
どうにかジョーカーとは距離を置けたが、恵が大蛇の三角形の頭部を見ると、鼻の上にほんのりと煙が立っているのが分かった。おそらく体当たりの際に、ほんの少しだけ掌に触れられてしまったらしい。もしくは、体全体が術式発動のキーなのだろうか。警戒すべきは『決して呪霊に触れない事』と、恵は改めて認識した。
「……良くやった」
礼を言いながら影に戻させて、改めて吹き飛ばした方向へと走る。
追撃は悠仁だった。その圧倒的脚力で大きく跳躍し、《屠坐魔》を逆手に持ち替えて刺突──という寸前で体に捻りを加え、振り翳された掌を危うく回避する。
しかし、ただ回避するだけでは終わらない。悠仁には持って恵まれた膂力に加え、筋肉の柔軟性すらも持ち合わせている。着地からコンマ三秒、バネの如く飛び出して更なる刺突を試みる──そしてその裏(呪霊からしたら面前)では、野薔薇が釘を三発ほど刻撃していた。
釘は、顔面を狙った一本は呪霊の右手にて奪われ融解してしまったが、一本を呪霊の唯一の頼みである右腕の肩に、一本を背後の木に突き刺した。短剣は肋骨で守られていない横腹を突き刺し、文字通り断腸させ、横薙ぎにする事で掌に触れられるリスクを回避した。
「避けろよ悠仁──芻霊呪法【簪】!」
そして野薔薇が指を鳴らす。融解した物は呪いを込める事は出来なかったが、右肩の物と木に突き刺さった物には可能だ。瞬間的に爆発した呪力の奔流が右肩と腕とを離れ離れにし、木は空いた穴を埋めるように呪霊の方向へと倒れる。果たして重力に導かれるままに、木は呪霊の頭部を、体を、全てを押し潰した──。
「……野薔薇サン、危ねえっス」
「避けろっつったろ」
「まあ避けたけどさあ……こんな派手とは思わねーじゃん?」
「ま、オシゴト完了っ。さ、帰って牛タンよ。ジョーカーも治療終わってるだろうし。終わってなかったら一発入れるけど」
「いや流石に死ぬよ!? ジョーカーでも耐えられないよ!?」
「『パーで』に決まってんでしょうが! 何よアンタ私を鬼か何かと思ってんの!?」
「いや、野薔薇は鬼じゃなくてもう『野薔薇』だから……」
「どーゆー意味よ!」
「そーゆー意味だよ!」
『ぐににににぃ〜!』
「喧嘩すんな。ったく……」
間に割って入って恵が止める。フン、と言って同時にジョーカーの元へと歩みを進める虎と薔薇。そんな中、最終確認のため、恵は倒された木と潰れたであろう呪霊の痕跡を
呪霊は原則、祓除される時、紫煙となって霧散する。霧散する事こそが、祓除されたという証左なのだ。つまり、ここに腕が在るという事は──
「周囲を見張れ!!」
恵が声を荒げて二人に喚起するが、もう遅い。音も無く二人の背後にて、挟み撃ちの形だというのに、余裕そうに呪霊は立っていた。
「ぼお る」
瞬間、呪霊の肥大化した眼球の一つが弾き飛び、釘崎野薔薇の頭部へと──
「伏せろ野薔薇!!」
「うおわっ」
──着弾する事はなく、悠仁の本能が生命の危機を訴え、直感となって野薔薇を庇った。幸いにも掠めたのは悠仁のフードだけだったが、当たり所が悪く、頂点に穴が開いてしまっている状態だった。実際に着弾した樹幹は、その部分から融けている。どうやらあの呪霊の術式は、融解出来る物質を選ばないらしい。あのまま頭部に直撃していたのなら……想像したくもない。
「っぶねー! アイツまだ生きてたのかよ! 大丈夫、野薔薇?」
「──っ、問題無いからどけ! 次来んぞ!」
「もっと あ そ ぼ」
立ち上がる野薔薇。怪我は無いらしい事を確認しながら、悠仁は無限赤眼の呪霊の分析を行なっていた。
(ジョーカーはアイツの術式が『物を溶かす』術式って言ってたけど、その範囲は無制限って訳じゃねえ。だったら、アイツ素足だから地べたがボロボロになってないとおかしいし、アイツを斬りつけた時点で、俺の屠坐魔は溶かされてるだろ。……借りモンだから別の意味でホント危なかったけど。
多分物を溶かせられる範囲は『掌』、もしくは『腕全体』と、あの飛び出して来る目玉。腕はもう無いっつーか、野薔薇が落としたから警戒しなくても良いか。踏んづけないようにすれば良いだけだし。……もっとあそぼって言ってたし、多分もっと沢山出て来るんだろーな)
「悠仁」
「ん?」
野薔薇が、自身の制服のフロントを開けながら悠仁に声掛ける。その時点で、悠仁は自身の役割が口に出ずとも心で分かり、悠仁はニヤッとした。
「──ウシ、バッチ来い野薔薇!」
「野球じゃねーんだよアホ悠仁!」
背を向ける男を見て、何をする気なんだろうかと呪霊は率直に思った。呪霊は野薔薇に術式がある事は理解していても、その全容を理解した訳ではない。知性があれば、五寸釘に藁人形を用いる呪術である事は連想出来るだろう。だがこの呪霊にそれは無かった。腕を落とされてなお『遊ぶ』事しか頭に無い無限赤眼に、それを考えるほどの能は無い。目玉を再度、今度はマシンガンのように大量に放出しようとして──
「【
首を、胴体を、右足首を、ねばねばとした液体を伴う気色悪い物が巻き付き、目玉があらぬ方向へと飛んで行く。見ると、それは舌である事が分かった。恵の式神の一種──【蝦蟇】という三匹の蛙の舌が巻き付いて、射出線を大幅に撹乱させているのだ。無い歯を呪霊は噛み締めた。更に、呪霊にとっては不幸な事だが──
「ダメ押しだ。エンジェル、《マカジャマ》」
──ジョーカーによる治療が終了し、片方の女性にあった傷は、既に跡形も無く消え去っていたのだった。
さて、肌と衣類の対比が8:2という魅惑的なボンテージを着る女性の下級天使エンジェルが、呪霊が『先程まで何をしたかったのか』を忘れさせる。
《マカジャマ》は、一定時間、一定期間の『記憶を奪う』事で、敵のスキルもとい術式の発動を阻害するスキルだ。果たしてスキルには効き目があったようで、発射されるはずだった大量の目玉の膨張が収まっていく。そしてそれだけの時間があれば、野薔薇の攻撃は容易く通り得る。
「ナイス恵、ジョーカー! せ──えのッ」
「芻霊呪法──」
悠仁の協力もあり、野薔薇は普段では考えられないような高度の跳躍を可能にした。簡単な理屈だ。バレーボールのアンダートスの要領で、悠仁が野薔薇の跳躍力に更なる加速を掛けただけ。しかしそれで充分だった。──切り落とした右腕に、野薔薇はついに到着したのだ。そして左手に持っていた藁人形を腕に重ね、芻霊呪法の真髄を発揮する──!
「【共鳴り】!!」
刹那、呪霊の心臓と肉を突き破って出る巨大な五寸釘。絶命には至らなかったが、これには堪らず、呪霊も奇声を上げて苦しみ悶える。これまで一度たりとも突かれなかったその膝を突かせる事に成功したようだ。
ジョーカーはトカレフを構えながら、悠仁は屠坐魔を順手に持ち替えながら、恵はいつでも式神を召喚出来るように掌印を結びながら、野薔薇は中腰になり機を窺いながら、全員が呪霊の周囲へと到着した。
「うう う ぁあ たすけ て」
「……命乞いってワケ?」
呪霊から一番近い野薔薇に向かって首を垂れ、野薔薇の問いに首肯する。先程の驚異的な雰囲気からは信じられないほどに弱気になっていた。
「けど残念。私ら、
……ったく、白けたわ。ジョーカー。
「いや、ごめん。今は無理だ」
「はあ? 何でよ」
「……縛りで今、ペルソナを使えないんだ。決定打を与えられない。だから──」
悠仁が『縛り』という単語に対し疑問を抱くが、二人は無視した。一方で恵は目を細めてこちらを睨んで……否、あろう事かこの状況で寝ようとしていた。それに気付いた悠仁が「えーっ!? 何してんの恵!?」と大声で叫んだ事で薄らと目を覚ましたが、欠伸を隠そうともしなかった。当人である呪霊は、何やら困惑しているように見えた。
ジョーカーは昨日の25日、縛りを合計で
縛り①:以下の縛りを一つでも破った場合、雨宮蓮は死ぬ。
縛り②:術式もしくは縛りの開示を行う場合、偽りなく情報を伝えなければならない。
縛り③:ペルソナのスキルを使用した場合、それが以前に召喚したものであるかどうかに関わらず、雨宮蓮は一分間ペルソナを召喚出来ない。
縛り④:自身のレベルよりペルソナのレベル数が1つでも高いペルソナのスキルを発動した場合、以降七十二時間経過するまで、ペルソナを召喚できない。
縛り⑤:ペルソナの耐性において、属性攻撃無効、吸収、反射は一切適用されない。この場合、以上3つの属性に対する恩恵は、全て『耐性』へと降格する。
縛り⑥:過失であれ故意であれ、雨宮蓮及びペルソナが『呪霊を視認・知覚できない者』を殺害してはならない。
縛り⑦:回復系のスキルを使用する際、雨宮蓮は《魔術の素養》等のコスト軽減の効果の恩恵を受けなくなる。また、雨宮蓮はペルソナの回復スキルを介さずに反転術式による治癒ができない。
今回の場合、縛り③が適用され、ジョーカーは現在ペルソナを使えずにいた。故に──
「──皆で殴る」
「おっけ!」
「つまり、総攻撃って事だろ」
「目ン玉ブチ抜く!」
ジョーカーが縦横無尽に切り裂き、悠仁が膂力を以って引き裂き、恵が【玉犬】らに抹殺を指示し、野薔薇が五寸釘を刻撃する──!
金槌を背負い、左手の指を鳴らす──瞬間、紫苑の血飛沫が舞う。
まさに、今度こそ完全に呪霊が祓除された事の証明だった。
42.
〈昼→放課後→夜→深夜〉
「生温いですね」
「はい……?」
ベルベットルームに召喚された蓮は、ラヴェンツァの発言に首を傾げるばかりだった。
「ええ、ええ。トリックスターの活躍を見るのはとても気分が良いです。生き生きとしている貴方を見るのは実に。ですが少々、『甘い』のではないでしょうか? ペルソナ全書に頼りきりになっていないでしょうか?」
「……まあ、確かにそうではあるけど」
「要するに──『縛り』と共に、あなたに試練を課します。トリックスター、こちらを」
そう言ってラヴェンツァは鉄格子の近くに寄り、左脇に抱えていた黒い表紙の辞書──ペルソナ全書とは別の、白い表紙のそれを蓮に見せる。鉄格子越しに手渡された蓮は、とりあえずページを
「……ら、ラヴェンツァ。これは?」
「はい。新たな全書──いわゆる、
「すまないラヴェンツァ七時半に空手の稽古があるんだオレは帰る」
「今日は休んでください。それに、貴方にとっても悪い話ではありませんから。だからそこの仮設ベッドに寝転がっても現実世界の貴方が起きる事はありませんよ」
死んだ魚のような顔をして蓮が渋々起き上がる。
ペルソナ全書とは、蓮が契約したペルソナの能力を予め記しておいた事典の事だ。勿論蓮が使うには、ペルソナを集めるか、ペルソナを合体して取得するなりして、蓮自身で登録せねばならないが。
【ワイルド】の素養を持つ者のサポーター兼、力を司る者──ラヴェンツァ談──である彼女は、(金に物を言わせれば)全書からペルソナを呼び出し、蓮のいわゆる『手持ちペルソナ』に加えさせる事が出来るのだ。
だが、ペルソナ全書のコンプリートには多大な労力と時間、そして金を要する。しかも蓮は、最後の一項目を残したまま──つまり、このペルソナ全書は未完のままなのだ。
前世では、蓮自身の技量がまだ低かった事やペルソナのポテンシャルを過小評価して結果的に見誤っていた事もあり、当時蓮が想定していたよりもそれらが掛かったため、蓮は(完全に自業自得かつ逆恨みだが)あまり全書の登録に良い思いを抱いていない。嫌悪感を抱いていると言っても良い。二度とあんな作業という名の苦行を繰り返したくないと思っていたのだ。
──そう思っていたのだが。全て白紙のもう一冊という現実を見せつけられて、蓮のテンションはどん底に落ちていた。
「こちらが、
勿論、以前の世界で紡がれたこの
「……つまり?」
「──私と貴方との間に『縛り』を設けましょう。今後、貴方は『ペルソナ合体を行う時以外で、ペルソナが破壊・消滅した場合、そのペルソナは、二度と全書による再召喚を実行出来ない。また、破壊されたペルソナを、合体により新たに作成する事も出来ない』。その代わりに、私は『ペルソナの再召喚にかかる費用を下げる』……いかがでしょうか?」
「悪くないが……二度と召喚出来ないのは痛いな」
今は蓮の技量が至らないために使用を禁止されているものの、全書を捲れば、現在の手持ちの者とは比較にならないほどの強力なペルソナも、確かに存在する。しかし、宿儺の実力を知ってしまっている以上、これ以上行動に制限が掛かるのは……と思った所で、ラヴェンツァが口を開いた。
「──トリックスター。私は貴方が強くなろうとする事に関して、一切の怠慢を享受致しません。これも全ては、貴方が『
「……そうか」
ラヴェンツァは、蓮が戦う事を良しとしていない。だがそれはそれとして、蓮の『戦いたい』という意思は尊重……というより、一種の諦めの境地にある。
誰が何を言った所で、雨宮蓮が己を曲げる事はない。親友である虎杖悠仁でも、盟友であるラヴェンツァでも、蓮を止める事は出来ない。ならばせめて、蓮が苦しまぬようにしたいのだ。そしてそんなラヴェンツァの思いを、蓮自身も分かっている。
「分かった。『縛り』を組もう」
「──ありがとうございます、マイ・トリックスター。
……ふふ。取引成立、ですね」
43.
〈2018年6月27日〉
〈丑三つ時〉
「虚偽申告された
「担当の《窓》に問い合わせましたが、何も知らないとの一点張りで……申し訳ありません」
「いや、いいよ伊地知。どうせ上の仕業だろうしね。
けれどそれはどうでもいいんだ。最も重要なのは、準一級呪霊と遭遇しているにも関わらず、行方不明の二人を救出しつつ、誰も目立った怪我無く生還した事だ。いやあ、良かった良かった」
「……上層部は、彼……雨宮蓮君の存在を、懸念すべき人物として扱っているのですか?」
「そうっぽい。……まあ、そうだろうね。かく言う僕も、ちょーっと警戒してる。地味っぽい雰囲気を醸し出して周囲に同化しつつ、
察するに、素性、能力、そして過去……何もかもを隠してる。僕の親友と同じだ」
「親友……夏油傑の事ですか?」
「
「ご友人は
「そう。傑じゃない方さ。
日本に
──明智吾郎だよ」
コープ獲得:愚者(ラヴェンツァ)
章ごとに情報が解放されていく形式の雨宮蓮の設定欲しい?
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オ…オタカラァ…!
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どうでもいい…