呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた 作:全てのイシを拾イシ者
44.
〈2018年6月29日〉
〈放課後〉
本日は晴天なり。時刻は午後四時を過ぎた頃で、まだ外は明るい。呪術高専のグランドには、日差しが
そんな中、高専生一年生徒達は、午前の座学、午後の鍛錬を終え、
「はい、本日の授業終わり!」
『ありやとーござーしたー……』
皆が皆、制服のままで気怠そうにしている。
語勢も無いまま返事をして、虎杖悠仁は
悟以外全員の呼吸が荒く、汗が制服にへばりついており、不快感が一年生を襲っているのだった。
「はーっ、あっぢぃ〜……。今何℃なんだよ……」
「……気温30℃だと」
「どーりであちぃ訳だよ……なあ、起きろよ野薔薇。流石にだらしねえって」
「うっさい……ッあ゙ーも゙う死ぬ゙ー、私も゙う無理……ああ、パトラッシュ、疲れたろ……?」
「その犬はヤバいって、戻ってきて野薔薇ーっ!」
「はは、お疲れ様」
永い眠りにつこうとしている野薔薇をさて置いて、蓮は石階段に置いてあるクーラーボックスに入れていた、各自持ち込んでいたお茶やスポーツドリンクと、塩分補給用タブレットを取り出し、皆々に渡していく。
「おっ、蓮。さんきゅ」
「はあ゙ーっ。悪いけど蓮、そこ置いといて。後で飲むから……」
「今の野薔薇めっちゃお爺ちゃんみたい」
「…………そこは何でお婆ちゃんじゃないのよっ、うりゃ」
「あだだだだっ! 悪かったって、謝るから脇腹
「うるせえよ虎杖。気温が上がる」
「叫んだだけで!? 俺松岡修造じゃねーし!」
「本人それ言われるの嫌だって知ってたか?」
「えっ……あっ、ゴメン。
……いやこれ言い出したの恵が原因じゃね?」
「……ふう、水が沁みる……」
「いや聞けし!」
雑談を聞きながらやがて渡し終わった蓮は、自分用の、予め炭酸を抜いておいたコーラを飲んでいた。
「オイオイオイ、運動の後にそんなモン飲んで大丈夫かよ蓮」
「死ぬわよ流石に」
「へえ、炭酸抜きコーラかあ。大したものだね」
「知ってるんですか先生?」
「炭酸を抜いたコーラはエネルギーの効率が極めて高いらしく、レース直前に愛飲するマラソンランナーもいるみたいだよ。それに塩分タブレットは、発汗で体内から失われた塩分を回復するのにちょうどいいし、何より熱中症対策にもなるんだ」
「へえ。……どっちにしろ運動前にする事じゃないですか」
「まあね。
さあ〜ッて蓮、今日の放課後時間あるかい? ってかあるでしょ?」
「……よし──ああ、特に予定は無い」
「んじゃ、ちょっと残っといてねー。今日はこのまま、青空教室なんてどうかな?」
「分かった」
「あっ、皆はもう解散して良いよー」
「はーい」
「蓮、麦茶冷やしてくれてありがと。助かったわ」
「ああ」
「………………」
悠仁が無い気力を振り絞って空元気で返事し、野薔薇は蓮に感謝を伝えつつ砂を払い、恵は残れと言われた蓮の方を無言で見ていた。その顔の裏に何を思ったのだろうか。それは知る由は誰も持ち合わせていなかった。
寮へと戻るため歩く三人だが、悠仁が石階段を登り終えた後、蓮と悟の方へと向いて、残りの二人へと唐突に問う。
「なあ恵、蓮っていつも先生と何してんの?」
「青空教室っつってたし、課外授業とかするんだろ。何するかは知らん」
「へー。そんなに仲良いのね、あの二人。ちょっと意外」
「あーいや、仲良いと言うか何と言うか……」
「あん? 何よ?」
「あの……非常に言いづらい事なのですが……」
「
「そうそう、俺、死刑決まっててさ……って、えええええ!? 野薔薇知ってたの!?」
もし悠仁が犬であれば耳や尾が垂れ下がっているであろうテンションから、猫であればキュウリを見て飛び上がる時のようなテンションに、一瞬で上がり下がりする。
「うるっさ、耳元で叫ぶなよ。
いや、まあ、ね。呪物取り込むのって規定違反だし。それが特級で、受肉したとなったら尚更。んで蓮は、大方アンタの死刑を取り下げるために頑張ってるって感じでしょ?」
「す、凄え洞察力……」
「あたぼうよ。釘崎野薔薇舐めんじゃねーわよ。んっ……ぷはー! 冷えた麦茶うま!」
「ま、それはともかくとしてだ。アイツが強くなろうとしてるのは、俺達も見習う部分があるかもな」
「結構アイツ、熱血な所あるのね。ちょっと意外。モテるとは思ってたけど、まさかギャップ萌えとはねー」
「そうそう、モテるって言や蓮……あっ、蓮と俺って幼馴染なんだけどさ、バレンタインデーの時女子からめっちゃチョコ貰ってたわ。クラス違う奴とか、名前も知らねえ後輩とかからも貰ってて……確か、20個とか30個とか、そこら辺だった気がする。勿論本命アリ。まあ本命貰った子、お友達から〜っつってフってたけど、ちゃっかり連絡先交換しててさ。今も連絡取ってるみたい」
「早く付き合えよ」
「俺も思うんだけどな……」
「でも一見地味っぽいから、クラスのマドンナ的な奴からしか貰えないと思ってた。精々十股くらいかと」
「……地味なのに十股? 何で十股ってピンポイントで分かんだよ、クラスのマドンナ多すぎだろ」
「女の勘よ」
「アテにならねえ勘だな」
「けど、そこで終わんねーのが蓮クオリティなんだよね。更に凄いのがさ、毎年クラスメイトの分
「そんなに!?」
「マジか……」
「マジマジ。中二、中三の頃は、『蓮に貰えれば勝ち』みたいな風潮あった。男女問わずで。ついたあだ名が《慈母神》。男だけど」
「ヤバいな、
そう恵が言った瞬間──バッ、と音を立てて悠仁が振り向いた。
「恵…………!」
「な、何だよ虎杖。俺何かおかしい事言ったかよ?」
「今、蓮の事『雨宮』じゃなくて『蓮』って呼んだよな!?」
「あ? ……あっ」
「ああ、そう言えばそうね」
「──っかぁ〜そっかそっか! 恵もようやく打ち解けてきた感あるな!」
「まあ、名前で呼んだから何だって話だけどね。私はもう慣れちゃったから下の名前で呼んでるけど」
「……ったく、呼ばねえようにしてたのに」
「えー、何で何で?」
「……拘りがあんだよ」
「どーゆー拘りよ。何かの縛り?」
「縛り? 何ソレ?」
「……いや、そういう訳じゃない」
「んじゃー何でよ?」
「何でもいいだろ。それよりシャワー浴びてえ。帰るぞ」
と吐き捨てて、一層不機嫌そうにして恵は先に行ってしまうのだった。縛りの存在を知らない悠仁を他所に、野薔薇はほんのり鼻でため息を吐いた。
「なーんでアイツ、名前で呼ばねーのかな」
「繊細なのよ、きっと。というか悠仁は無神経すぎ」
「えっ、そうかなぁ?」
「自覚ないのが一番タチ悪いわよ……そこまで仲も良くないのに、初っ端から名前呼びは、馴れ馴れしいって思われて逆に印象を悪くするモンなの。特に、恵みたいな捻くれた奴はね。
あと、いきなり女子を名前呼びすると、『何コイツ、いきなり彼氏面? キモっ』って思われるわよ。実際私思ったし」
「酷っ!? いやーマジか……今まで気にした事なかったわ。だからモテなかったのかな……。いやでも、そう言う野薔薇だって恵って呼んでんじゃん」
目を細めながら悠仁は野薔薇に問うた。対して野薔薇はあっけらかんと答える。
「アンタの口調が
「そおゆー理由で……? 一文字少ないだけじゃね?
……蓮ってさ、小っちゃい頃から、仲良い奴の事名前で呼ぶんだよね。多分それかなぁ、気付けば俺も名前で呼ぶのが当たり前になってたわ」
「あー、まあアンタ、初対面でもめちゃくちゃフレンドリーにして来るし、そうなっちゃうのも分かる……いや分かんないわ」
「分かんねーのかよ!? ちょっと、俺の期待返せよー!」
「しかしあの蓮がねぇ……」
グランドの石段を登った所にある城郭の影の下で、そう言いながら振り返る野薔薇だったが……しかし次の瞬間、目に映る光景に野薔薇は言葉を詰まらせてしまう。二人の背後では、恵の予想通り、蓮と──ジョーカーと悟による組手が行われていた。
……しかし、そのクオリティは全員の想像を凌駕していた。
ジョーカーの技量は全盛期には未だ遠い。右手の木刀を順手と逆手とを器用に持ち替えたり、刺突、斬撃、徒手、足蹴を織り交ぜたりと翻弄しようとするも、悟には直前で受け流されるか避けられ、刀身がその身体に到達する事は無かった。
だが明らかに十日ほど前よりも上達しているのが分かる。
殴打を受けてもギリギリで踏ん張り耐え、こちらも反撃のチャンスを、全神経を動員して窺っている。初めて稽古した時よりは、蓮は格段に、確実にレベルアップしていた。『最強』を前にして不遜にも足掻こうとするその様は、さながら雀蜂に一矢報いようとする愚蒙なる蜜蜂であった。
──悠仁がそう思った矢先の事だった。
ジョーカーの右から繰り出される刺突を、手首を掴む事によって防いだ悟。そのまま自身も空いた右手を見舞おうと画策するも、お返しと言わんばかりに、繰り出される前に手首を掴まれた。術式を使用していないとはいえ、その瞬発力に悟はほんの一瞬感嘆した。
拮抗は、意外に早く終了した。
──その瞬間は、悟にとっては一瞬で灼け死ぬ流星のように刹那的でいて、ジョーカーにとっては白夜のように永劫的であった。
ジョーカーの左手が悟の右手を抑えようとしていた間、彼は反対の手首のスナップだけを利用して木刀を振り投げていたのだ。そして狙い通り、ジョーカーの口元へと到達、キャッチ。《超魔術》級の器用さを誇るが故に出来る芸当だった。
その直後、悟が足を出す前に木刀を口で振るう。その首を刎ね飛ばすとまでは行かなくても、喉笛を掻き切るつもりで──
「あっぶな。真剣で術式無かったら死んでたね。一本を認めるしかないかな?」
──しかしその斬撃は、
進まない。刃は喉元に至る寸前で、ゆっくりと静止
「しかしまさか口を使ってくるとはね。執念深いと言うか何と言うか。そう言う泥臭いのは嫌いじゃないよ」
「……チートめ」
「褒め言葉さ。さあ、もう一本やるよー! そろそろ僕も、術式使わないとネ!」
「ペルソナ使ってやる」
「良いよー。さあ、打っておいで〜」
第二ラウンドが始まったのを、二人は影で見ていた。数秒経って、先に口を開いたのは野薔薇だった。
「……ねえ、蓮の術式の事、アンタ何か知らないの? 怪盗服とか、ペルソナとか。幼馴染なんでしょ?」
「いやあ、マジで知らねーんだよね。ペルソナって言葉自体、蓮が術式に目覚めるまで聞いたこと無かったし。けど、何で今更?」
「いや……。……どう考えてもあの動き、頭おかしいでしょ。術式を使ってないとはいえ、呪術学んで十日の蓮が、
……はあ。私、蓮の事何にも知らないや」
「ま、まあまあ。野薔薇は知り合ってからそんなに時間経ってねーんだし、仕方ないって。これから分かっていけばいいじゃん?」
「……悠仁のクセに良い事言うのムカつく」
「あ゙ーっ! だから横腹抓むの止めてーっ!!」
腹いせに悠仁の横腹を抓む野薔薇。行動では反抗的だが、野薔薇はほんの少しだけ悠仁に感謝していた。悠仁の一言に、野薔薇はどこか救われたような気がしたのだ。表に出す事は無いが、野薔薇は友人想いなのであった。
そんな中、その城郭の裏で一人、伏黒恵は雨宮蓮という男の本質を疑っていた。
蓮は奇妙だ。呪術界を知って十二日、呪術を学んで十日間で、術式無しとはいえ五条悟の足元に到達した。恐らく縛りを組んだ事により
問題は、強さを求める理由だった。
恵は、実の所、蓮の事をあまり良く思っていない。だが、肝心の本人でさえ『どこを良く思っていないのか分からない』。
確かなのは、『どこか気に入らない』という事だけ。悠仁と同じく善人である事に変わりはない。散々うにと揶揄してはいるが、蓮も根は善人だという事は分かっている。……だが、
恵には、蓮の善性の出自が分からない。人の善性には、何かしら理由がある。だが蓮にはそれが無い。あるのかもしれないが、恵には思いつかない。何故人を──悠仁を助けたいと思うのか、皆目見当もつかなかった。
先程野薔薇が代弁した通り、恵には蓮の事が分からないのだ。蓮から感じる原因不明の『気味の悪さ』を、恵は究明したい。その意味不明な善性の正体を暴きたいのだ。恵は分からない事を分からないままにしておく事が嫌いだった。
しかし依然として分からないままで、苛々は増すばかりなのだった。
全員に悟られぬよう、姿を見られぬよう、その眉根をどこか忌々しそうに険しくして、陽の落ち始めた高専を進む。
肚の内の知れない同期に孕んだ、この釈然としない感情をどうすればいいかを、今日日ずっと錯誤したまま。
45.
〈放課後→夜〉
恵は決心した。怪盗の如く正体不明の同期と語り合い、自身の感情を解析する事にした。軽く拳を握り、一瞬だけ躊躇うように深呼吸して、蓮の部屋の扉をノックする。
「はい」
「俺だ」
「詐欺か?」
「声で分かんだろ、伏黒だよ! ……ったく、夜なんだから大声出させんな」
「これオレが悪いのか?」
蓮が扉を開く前に軽く駄弁った。
部屋の中には本棚が新たに設置されており、様々な本が収められていた。仙台から持ってきていた本が更に増えている。そして蓮本人はというと、その内のどれかを読んでいる訳ではなかったようだ。指先に若干の
「何してたんだ?」
「トカレフの整備。と言っても、マガジンに弾を込めたり、部品を磨いたりするだけだけど。恵は何しに来たんだ?」
「……虎杖には聞かれたくねえ。ついて来い」
恵に促されるまま、蓮は茶色のスリッパから靴に履き替え、外に出る。靴下を履いていないと寝られない性格だったのが、蓮にとって功を成したようだった。除菌シートで手を拭きながら部屋を出る。
今にも落ちてきそうな満点の星空の下、本宮の左脇、高専寮玄関前に二人は到着した。寝間着姿の恵と蓮を、月明かりが照らしている。
「なあ、雨宮」
数瞬の沈黙の後、恵は口を開く。いつにも増したその仏頂面が、特段機嫌が悪い訳でもあるまいに、その表象をより陰鬱なものに感ぜさせる。
「お前、何で呪術師になろうと思ったんだ」
「ん? 五条先生から聞いてないか?」
「聞いてねえし、お前の口から聞くべきだと思ったんだよ」
律儀な男だ、と思いながら蓮は口を開いた。
「悠仁を救いたいからだ。悠仁が死刑なんて納得いかないし、させたくない。そのために、早く強くなりたい。出来るだけ早く、誰よりも」
「──
「無論だ」
「……お前、本気で言ってんのか?」
「こんな時、オレは冗談を言わない」
愚直なほどに真っ直ぐなその目に、恵は自身の心を貫かれたような気がした。
恵だって、悠仁のような善人には死んで欲しくはないと思う。悠仁を生かして欲しいと悟に乞うたのもそのためだ。
だが五条悟や両面宿儺を超える実力、果ては頭の硬い上層部に対抗できるようになれるほどの成長性があるかと問われれば……恵が蓮の立場であっても、厳しいと答えるだろう。更に言えば、両面宿儺の死=虎杖悠仁の死だ。常套な手段では、宿儺を祓えたとて虎杖悠仁を生かす事は出来ない。
──だがそれをこの少年は、あっけらかんと、可能だと言ってみせた。
「……何だよ、それ。じゃあお前、その結果自分が死んでも良いってのかよ」
「オレは死なない。死んだとしても、そのうちひょっこり顔を出すさ」
「その根拠は?」
「不可能を可能にするのは怪盗の十八番だからな」
「意味分かんねーよ……」
……その言い方は、言い分は、まるで
(──ああ、そういう事かよ)
この瞬間、恵は分かった。
蓮に抱いていた気味の悪さ、違和感の正体は──人間らしさの欠如だった。
雨宮蓮は普通ではない。呪術を使えるという、呪術師にとって一般的な意味ではなく、人間の抱く感情や思考が、常人のそれとはかけ離れている。こと『友人を救う』事に関して、蓮ほど熱意を注ぐ者は、恵が知る限りいない。それこそ創作の中でしか。
結局のところ、人間は『自分が一番可愛い』のだ。我が身可愛さ無くして、人は人足り得ない。この界隈に居ればそれが良く分かる。それを恵は、罪を犯さない限りは咎めるつもりは無い(というかはっきり言ってどうでもいい)。
だが蓮に限っては、人ならば誰しもが持ち得る我が身可愛さを、彼の母親の腹に置いてきたようだ。
蓮が人を助けたいと思うのは──『人を助けたいから』だ。誰かに認めてもらうためではなく、誰かからチヤホヤされたいでもない。助けたいと思ったから、助けるのだ。おそらく、自分の幸せなどこれっぽっちも考えていないのだろう。そこが、恵は気に入らなかったのだ。
そもそも五条悟や両面宿儺に挑むのは、地獄に向かって素っ裸でBダッシュ&デレッデ デデッデ デンしに行くのと何ら変わりない。実力が伴っていなければ尚更、逃避や忌避は必定。埋まらない差、立ちはだかる巨壁に、しかし蓮は、それでも前へと進みたいと言うのだ。
正体不明の怪盗に関して、恵が理解出来た事はただ一つ──雨宮蓮は、自身の生命や尊厳を、誰かのために軽んじる傾向にあるという事。
齢十五歳。思春期真っ只中。雨宮蓮のその精神は、武士道の教えと酷似していた。仕える……というより、支える人物が虎杖悠仁であるだけだ。
恵は武士道を否定するつもりはない。どうぞご自由にしてくれと思う。だが蓮の行いは無謀だ。武士道ではない。無謀者を──それも同期を見捨てられるほど、恵は薄情者ではなかった。
……だが恵には、どう言ってやれば良いのか分からなかった。
恵が物心ついた時には両親と呼べるものがいなかった。
呪術師として本格的に活動を始めた時、恵は、対人関係において、常に一線を置くよう意識するようになった。呪術師とは常々死と隣り合わせな職業なのだ。自分にしろ、同僚にしろ、いつ死ぬかは分からない。そんな中、一々死を悼んでいては、自分の心が持たないと考えた。
故に彼は、いつしか姉以外を下の名前で呼ばなくなっていった。態度や思考では煩わしくしていたものの、心の奥底では、義姉の幸せを願っていた。……だが、その義姉を呼ぶ機会も失われてしまった。
死去した訳ではない。だが、謂わゆる植物状態にある。呪詛の類が原因だと推測されるが、その詳細は一切不明。義姉は昏睡したまま、一年以上経っても目を覚ます事はなかった。
義姉がそうなってしまった時、恵は己の弱さを呪った。世の不平等さを歯噛んだ。善人であるはずの義姉が苦しんでいる事を恨んだ。成立しない因果応報を嫌った。──そして誓った。もう二度と、自身の目の前で善人が不幸にならないように救うと。
恵も、悠仁を救うという志は蓮と同じだ。だが、わざわざ仲を深めるつもりはなかった。
深めた所で、会話出来なくなってしまえば意味がない。──ならば、最初から誰とも仲良くならなければ良い。
大切な物は喪わなければ分からない。恵にはそれが良く分かっている。だからこそ、これ以上進むのは危険だと、恵の中の警鐘が理性と本能に訴えていた。──喪ってしまえば、今度こそ心が折れてしまうかもしれないから。
だから、下の名前で誰かを呼ぶ事は無い。──親しい人がいればいるほど、心が脆く崩れそうになるから。
だから、何も言えない。何も言わない。
だから、何を言えば良いのか分からない。
だから、何も言ってやれない。
「何か言いたそうだな」
「──────っ」
「けど、口下手なお前の事だ。何を言いたいのか、自分でも分からない……って所だろう?」
「……無口にゃ言われたくねえ」
「冗談吐けるくらいには余裕があるらしいな」
人心掌握術でも持ち合わせているのだろうか、と恵は思った。一つため息を吐いて、いつものように無愛想に口を開いた。
「なあ、雨宮」
「何だ」
前々から思っていた事だ。圧倒的強さや成長性に対するジェラシーではなく、はたまた恵にそっちのケがあるというLGBTに敏感で危険な話題でもない。それよりももっと吐き気がするくらい純粋で、清々しいほどに鬱陶しい感情だ。
「──俺は、お前が嫌いだ」
「いや、さらっと酷い事を言うな」
「普段の行いを
「悪かったよ。……で、何が言いたい?」
「…………お前の事は嫌いだが、死んでほしくはない。虎杖と同じに、お前は根はきっと善人だしな」
「失礼な。正真正銘、根っからの善人だぞオレは」
「嘘吐きは泥棒の始まりって諺、知ってるか?」
「めっちゃワルです」
「それはそれでどうなんだよ」
全く調子が崩される。心を無理やりこじ開けられていくような気分だ。だがそれを悪くないと思ってしまう自分がいる事に、恵は否めなかった。
「喋り慣れて来たか?」
「余計なお世話だ。元々
「オレと駄々被りだな」
「俺の方が先だっつーの」
「盗られる方が悪い」
「さっすが、怪盗が言うと重みがちげえな」
「……フッ」
「……く、ははは」
このやりとりが、どこか可笑しくて笑ってしまう二人。恵は蓮の、蓮は恵の笑う所を、初めて真っ向から見た気がした。
恵は、ほんの少しだけ理解出来た。
──彼は、かなりの偏屈者だ。一度決めた事は、成し遂げるまで諦めない。それが雨宮蓮という男だ。例えそれが神に挑む事だとしても、蓮はきっと、這ってでも進む。多分、誰が言っても止めないし、止めてしまったのなら、それはきっと雨宮蓮ではない。
恵は分かった。蓮の性根が。
──彼は、諦めを知らない男だ。勝てぬ戦いと知ってなお屈する事なく、牙を剥く狼がジョーカーだ。だからこそ、ほんの一瞬だけ五条悟の足元に喰らい付けた。不屈こそが、ジョーカーがジョーカー足り得る要素。
伏黒恵は、雨宮蓮が嫌いだ。けれど……雨宮蓮の在り方を、どうにも否定したくはなかった。だからと言って、認めるつもりもなかった。
ただ一つだけ、二人は一致している所がある。笑い終わって、先に口を開いたのは恵だった。
「はー、いつになく笑ったよ。お前って、結構喋るんだな」
「そっちこそ。寡黙って言ったくせして、
「はっ、違いない。俺もこんなに誰かと喋ったのは久しぶりだ」
「ぼっちなのか?」
「うるせえ」
「……誰かと腹を割って話すってのも、中々悪くないだろ?」
「ああ……確かに、悪くねえな。けどお前一人にだけ喋らせるのは割に合わないし、俺も喋るよ。
……なあ、雨宮。俺は……
「…………」
「だが、
──やってやるよ、
「それは何とも、心強いな」
「……だが勘違いすんなよ。俺は俺のために、時にはお前を踏み台にする」
「利害の一致って言ったが、悠仁を助ける以外にも何かあるのか?」
「……そうだな。
俺はただ──五条先生の余裕ぶっこいた顔をぶん殴りたいだけだ」
「はは、ソイツは良いな。
──良いだろう。お前みたいなクセの強い奴からは、学べる事もきっと多い」
「せいぜい盗んでみろよ、怪盗」
「
恵が掲げた手に合わせるように、蓮も手を掲げた。
不敵に笑い合う、恵と蓮。
いつしか始めていた、悠仁とのコミュニケーションツールであるハイタッチは。
二人の歪な関係の下、ここに為された。
微かな絆を感じる……。
「は────下らねえ事で悩んじまったよ」
「気は済んだか?」
「まあな……寝るぞ」
「ああ」
この関係に、多く言葉はいらない。
そう言わんばかりに、寮を目指す二人の男。
その背中を、月明かりだけが見守っていた。
46.
〈2018年7月2日〉
〈放課後〉
「はい、今日の授業終わりっ!」
『ありやとーござーしたー……』
本日も晴天なり。時刻は午後四時を過ぎた頃で、まだ外は明るい。呪術高専のグランドには、日差しが
定例の如く、悟が蓮を呼ぼうと口を開いた。
「蓮、今日は──」
「先生、蓮借ります」
──が、それは一人の男によって遮られる。呪術高専が誇るうに頭、伏黒恵その人であった。
「オレは物じゃないぞ、恵」
「るっせえ、ほら準備しろ」
「せっかちだな。コーラ飲むから待ってくれ」
「また炭酸抜きコーラか。効果あんのか、それ」
「炭酸苦手なだけ。短時間の運動に効果があるって聞いた」
「……お前、ペプシ派か」
「ああ。恵は?」
「
「まさかここで袂を分つ時が来るとはな……」
「一度その気味悪りィ笑顔を歪めてみたかった……!」
「醜い争いは止めろ野郎ども」
「そう言う
「おフランス産のミネラルウォーター」
「ジュースの話じゃないの?」
「ってか恵、ちゃっかり名前呼びになってるわね」
「……ああ。拘りとか、もうどうでも良くなったからな」
うぉっほん、と咳払いをして悟が口を開く。
「今日は、放課後から明日の夜に掛けて時間取れなかったから、お稽古は明後日にしようって言おうとしたんだけど……ふゥ〜ん、ナルホドねぇ〜?」
「何ですか先生気持ち悪いですよ」
「きっとオレ達をダシに変な噂を流そうとしてるんだ」
「最低な先生だな」
「間違いない」
「担任が変態教師とはね」
「ごめん先生、流石に擁護出来ねえや」
「皆酷くない?
ま、まあともかくとして! 蓮、明後日は空けといてね!」
「分かった」
「あっ、皆もう解散して良いよー」
そう言って、悟はそそくさと高専本堂に戻っていく。悠仁と野薔薇は跡を追うようにして歩いている。石段を登ろうかという所で、ふと悠仁が残った二人の方を見ると、蓮が恵の術式の仕組みについて聞いている所を目撃した。
「そう言えば、恵の【玉犬】は二匹同時に出せるんだったな」
「ああ。お前のペルソナは出来ねえのか?」
「試した事もない」
「ふーん。ま、やるだけ損って事はねえだろ。出来るなら出来る、出来ねえなら出来ねえ。それが分かれば十分だ」
「まあな。……やってみるか」
そう言いつつ(悠仁と二人との距離では何を言っているのか分からなかったが)、蓮はジョーカーへと変貌する。何とかしてペルソナの二体同時召喚……果ては、複数体同時召喚を目指す事に決めたようだった。二人を見て呆然としている悠仁へと振り返った野薔薇が、彼へ問うた。
「どしたの悠仁」
「なあ野薔薇……俺、ちょっと出掛けてくるわ。夕飯になったら帰る」
「んー、行ってら」
そう言って先に城郭を出て行く悠仁。出掛けると言っておきながら、財布も持たずに走って行く彼を、その影が見えなくなるまで見送る野薔薇。一瞬だけ残った二人を見遣り、一つ大きな伸びをした。
「んん゙〜……ふう。ピラティスでもやろうかしら」
と、野薔薇は独り言ちた。
少年少女の青春を、懐かしむように、本堂の屋根にて悟が微笑む。たった二人の親友に想いを馳せて、沈み行く日を、膝に頬杖を突いて眺める。遅刻癖と言い訳すれば何とかなるだろうと、適当にこの後の事を考えていた。
しかし……暗雲は水を差すように、すぐそこまで迫っていた。
コープ獲得:魔術師(伏黒恵)
クオリティが低くて申し訳ないです
日間ランキング9位ありがとうございます
投稿が遅れて本当に申し訳ない(土下寝)
章ごとに情報が解放されていく形式の雨宮蓮の設定欲しい?
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オ…オタカラァ…!
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どうでもいい…