【R‐typeFinalⅡ】シャインスター~桜乃そらの不幸な前日譚~   作:一条和馬

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第二話【初刃‐ウイジン‐】

「こちら軍事要塞グリトニル。“お嬢様”の体調はどうか?」

 

『こちらニヴルヘイム級壱番艦“ファンタムレディ”。この子は素晴らしくご機嫌だ。ちょっと大食いな所はあるが、旗艦としては大満足の出来栄えだろう』

 

「しかし、強力すぎて全力でテストする為にこんな所までくるなんて、アンタ等も大変だな」

 

『全くだ。ま、そのおかげで遭遇したバイドの群れを掃除できたんだ。有難く思ってくれ』

 

「本当か!? それは助かる!」

 

『気ニするな。我々も、早く ち キュウに、かえリ たい カ らな』

 

「……ん? すまないファンタムレディ。通信が途切れ始めた様だ。カタコトに聞こえるぞ?」

 

「き、緊急連絡! ファタムレディ内部にバイド反応多数! “浸食”されています!!」

 

「なんだと!? まさか連中……気が付いていないのか!? おい、ファタムレディ聞こえるか! 応答しろ!!」

 

『かえ ル……』

 

「ファタムレディ前方に空間歪曲の反応を確認!」

 

「地球へワープするつもりか! グリトニル内の部隊を出せるだけ出せ! ファタムレディもそうだが、彼女をキズモノにしたバイドも近くにいる筈だ! 一匹たりとも地球には向かわせるんじゃないぞ!!」

 

 

   ●

 

 

 私は桜乃そら。

 創造主に“失敗作”と切り捨てられたボイスロイドである。しかしそのまま素直に破棄される事を受け入れられなかった私は、気絶していた所を保護してくれたシャインスター大隊の大隊長である“少佐”の上官である東北ずん子艦長に軍人として雇ってくれないかという交渉をした。その結果試験を受ける事になったのだが……。

 

 

「はぁ……」

 

 

 個人的な評価は、散々だった。

 

 仮想訓練(イメージファイト)で使用したのはR-9K“サンデーストライク”という量産機。

 

流石に元となったR-9C“ウォー・ヘッド”には劣るものの、低コストで整備性に優れるこのR戦闘機は主力機として連合軍内部で広く使われている機体だ。これを乗りこなせれば立派なパイロットとしてどこでも通用する訳だが……残念ながら試験で提示されたエネミーの全撃破を前にこちらが撃墜判定を受けてしまったのだ。機体の方も、なんというか「全力を出し切った!」という風には感じられなかった。極めつけに試験結果をまとめた資料や映像を持った大隊長さんが部屋を出てから一時間ほど待たされている。これはきっとR戦闘機に乗せるより弾頭にでも突っ込むべきだという話をしているに違いない。

いやしかし、ボイスロイドは全て機械部品であるロボットとは違い、強度で言えば『ちょっと硬い人間』程度のもの。つまり鉛弾の代わりにもなれないという事だ。そのせいで今後の処理に困っているのだろう。ボイスロイドとしての役割である性処理能力という観点から見ても、少佐に比べて貧相な身体である私では肥えた目を持つシャインスター大隊の人達には相手にされないだろう。

 

これは困った。炊事や洗濯等のスキルは今からでもラーニング出来ないものかと本気で検討を始めた頃、実に一時間と12分ぶりに大隊長さんが部屋へと戻ってきた。

 

 

「待たせたな……どうした、桜乃?」

「いえ……弾頭にもなれない我が身をどうやって売り込もうか思案しておりました」

「……? “ウォー・ヘッドになる”の意味は分からんが……もしかして、待たせ過ぎて拗ねたか?」

「大隊長さんが言葉を選んでくれているのは重々承知。私の事など気にせず、是非単刀直入に結果を教えてほしい下さいです」

「おい、言葉が変な事になってるぞ……まぁ、そう言うなら試験の結果を伝えよう。はっきりと言わせてもらうが……驚愕した」

「やはり……そんなに酷かったのですか! 補習ステージなどご用意してくだされば、次こそは期待に応えて見せます!」

「酷い? まさかお前自分が落第だと思ってたのか? 逆だ逆。結果が予想外の斜め上過ぎて部下達にも聞いて回ってたんだ」

「予想の斜め上……?」

 

 

 そうだ、と頷いた大隊長さんは私の隣まで歩み寄り、備え付けの椅子に大股を開いたまま腰を下ろした。

 

 

「はしたないですよ」

「中身はバツイチのオッサンだぞ、無理だ」

 

 

 とてもそうは見えない小柄な少女は資料を挟んだバインダーで顔の前を仰ぎながら続ける。

 

 

「戦闘技能ラーニング済みのボイスロイド用のテスト項目ってのがあるんだがな? 最初の奴だ。それは難なくクリアしたんだが……その時他の連中と明確に違う“何か”を感じたもんだから、桜乃には悪いが途中から部下達のデータを使用した仮想敵を用意したんだ。その中にこっそり俺や居合わせた部下もNPCのフリをして参加してな。その結果……お前は俺達のほとんどを撃墜した」

「訓練とは言え、私は就職希望先の先輩方をボコボコにしてしまったという事ですか。それは心証を悪くしてしまったに違いありません」

「いや、どうせ負けたのはデータだ。……そこはいいんだよ。問題はお前の“動き”だ」

「動き」

「あぁ。ボイスロイドってのはどうしても教本通りのパターンを完璧に行動する傾向にあるんだ。そいつらが現場に出れば出る程洗礼化されていき、あっという間にエースパイロットが誕生する……というのは俺の“戦友”にも何人かいるから知っているが……最初から教本通りに動かないお前みたいなのは非常に珍しい。“ボイスロイドらしい”動きというよりどちらかというと“技術はまだまだだが抜群のセンスで動かしてる人間の新人パイロット”の動きだ」

「それってボイスロイドとしても落第という事では……?」

「団体行動を目的とするなら確かに青いが、R戦闘機というのは本来“一機だけでも敵を殲滅できる”をコンセプトとした兵器だ。その観点から見れば桜乃、お前くらい我が強いのは寧ろ重宝する」

「つまり……!」

 

 

 意気消沈していた私にも、ようやく大隊長さん……いや、大隊長の言葉の意味を理解し始めていた。

 

 

「合格だよ。百点満点中二百点くらいのな!」

「……ありがとうございます」

「それで桜乃。合格通知と一緒に渡すのも変な話だが……既に任務が入っている」

「バイド……にしては冷静ですね。差し詰め試作機のテストパイロットの様なものでしょうか?」

「こういう時察しの良い奴は助かる。実はな、次期主力R戦闘機のコンペティションが迫っているのだが……お前にはウチの代表をやってもらいたい」

 

 

   ●

 

 

 TX‐T“エクリプス”。

 

 本来はザイオング慣性制御システムによる急加速・急減速を調べる為の可変機構テスト機なのだが「この性能なら主力量産機としても充分通用する筈だ!」と主張する火星の連合軍によって基礎から見直され、生産性向上が図られたR戦闘機だ。

既に次期主力機は完成していてテストを残すのみだったのだが、地球の連合軍からすれば「このまま一人勝ちしても面白くない」から火星の挑戦を受け取ったとか。

 

 試験は八つある防衛艦隊、そして火星軌道艦隊、軍事要塞ゲイルロズ、グリトニルの計十一か所でそれぞれ評価試験を行い、そこから総評するとの事。「思ったより大規模にやる事になったが……つまりそれほど連合軍上層部は暇してるのだろう」というのは大隊長の言葉だ。そして私が所属する事になった第三地球防衛艦隊がボイスロイドを一番多く兵力として使用している艦隊として『ボイスロイドをテストパイロットとした試験』を言い渡されたという。

 

 

「私の様な新参者が受けていい任務なのでしょうか?」

「他のボイスロイドに任せると俺の部下達は難色を示すが……総出で挑んで返り討ちにしてきた桜乃が代表になるなら文句は言わんだろう」

「それで皆さん声を掛けてくれる機会が増えたのですね。先程七番隊小隊長のケーンさんに格納庫に来てくれないかとお願いされました。きっと『調子乗んなよ新参者が。ペッ』と喧嘩を振られるに違いありません」

「あの馬鹿は本物の女よりボイスロイドに入れ込んでるからそういう意味ではないと思うが……これから大事な試験に備えて特訓してもらう桜乃に万が一があっては困る。そこには俺が出向いておこう」

「助かります」

「試験は一週間後だ。それまでにエクリプスの特性を身体に叩き込んでもらう」

「基本性能は前身機体であるRX‐10“アルバトロス”と同じなのですよね? そちらに関してはお話を頂いてから既に何度かシミュレーションしています」

「なら基本は押さえてると考えて良いな。では早速実機に触れて微調整していこう」

 

 

   ●

 

 

 一週間はあっという間に過ぎた。

 簡潔に申すと、とても大変な一週間だった。どうせ模擬戦をするならと訓練相手を募ったのだが、シャインスター大隊の皆様は血気盛んなのか隊長を除く全員が対戦相手として立候補。結果的に毎日ほぼ全員の相手をさせられたのだ。その後もしきりに食事に誘われたり、ベッドへのお誘いがあったりと、とにかく一人でいる時間の方が少なかった。その結果、特訓の副産物として平時戦闘時関わらず部隊員全員の癖をほぼ完璧に覚えてしまった。大隊長に戦闘記録のついでにこのデータも渡すと「俺より理解してそうだ」と称賛してくれたのは、怪我の功名というものだろうか。

 

 

「これだけ部下を把握しているなら、部隊の副長に任命して俺の補佐をしてもらうってのもアリかもしれないな」

「まだ実戦経験もないのですよ? 流石にそれは他の隊員に申し訳ないです」

「今のアイツら、俺よりお前の言う事聞きそうだからむしろ絶賛すると思うぞ」

「大隊長、それはおそらく言動に対して容姿が可愛すぎるのが原因だと思います」

「オッサンに可愛いとか言うな」

 

 

 大隊長含め友好的な関係も築き上げられてきた実感に包まれながら移動していた私達が向かうのは、エクリプスが待つ格納庫だ。ここは東北ずん子艦長の輸送艦内部だが、“対抗馬”とそのチームも乗り合わせているらしい。先程到着したばかりなので、本格的に顔を合わせるのはこれが初めてとなる。

 

 

「搬入作業は終わっているな。……これがワイズマンか」

 

 

 格納庫に入るや否や視界に入った真っ黒な機体を見て呟いた大隊長の横で、私も足を止めた。

 

 R‐9W“ワイズマン”。

 

 基本的にはR‐9“アローヘッド”と踏襲した堅実な性能。フォースも“スタンダートフォースH”という純粋な強化版をしようしているという。ここまで聞くと悪くない機体なのだが、噂ではこのR戦闘機用に開発された波動砲“ナノマシン波動砲”というものが曲者らしい。

 

 

「……大隊長。大変です」

「どうした」

「エクリプスの前に見知らぬ人物がいます。相手チームの工作員かもしれません」

「まさかそんな卑怯な……む、あれはきりたん大尉ではないか」

 

 

 大隊長の後を追い不審人物へと歩み寄る。全身黒ずくめなのはいかにも怪しい。近付いてみると連合士官の制服をカスタムしたものを着用しているのが分かった。

 

 

「久しいなきりたん大尉!」

「もしや……少佐殿!? 噂には聞いていましたが、その……随分と雰囲気が柔らかくなりましたね」

「言葉を選びやがったな! おっと、紹介しよう。桜乃、コイツは東北きりたん大尉。以前の戦い……第三次バイドミッションでは何度か一緒に飛んだ事がある」

 

 

 傍から見れば十代女子二人が似つかわしくない軍人トークをしているというシュールな光景なのだが、違和感を覚えなくなってきた私は随分とこの艦隊に毒されてきた気がする。それはさておき紹介された黒ずくめの少女……きりたん大尉の苗字がずん子艦長と同じである事に気が付いた私はこの質問をせずにはいられなかった。

 

 

「大尉殿。答えにくいのであれば別にいいのですが、東北……という事はずん子艦長の?」

「あぁ。“設定的には”妹になっている、ボイスロイドだ」

 

 

 折角私がプライバシーの侵害を回避する為に前置きを置いたうえで質問したのに、大隊長の方が代わりに答えてしまった。ちょっとドヤ顔になっているのは外見に釣られて始める様になった癖だ、というのは既にシャインスター大隊の面々からの取材で把握済みである。

 

 

「君の話は姉さんから聞いているよ。桜乃そら君」

「前大戦の英雄に名前を覚えて頂いて光栄であります」

「そんな大層なものじゃないさ。現に私はあの時の負傷でパイロットを引退して、今は少佐殿の提案で指揮官になるべく再勉強中の学生だ」

「戦場を熟知しているボイスロイドというのは、意外にも少ない。大尉には是非これからのボイスロイド達の為にも立派な艦長になってほしいものだ」

「なるほど……という事はつまり、エクリプスに張り付いていたのも勉強の一環と」

「いや……これはその……複雑な可変機能を持つこのR戦闘機は、さぞかし“塗り甲斐”があるなと」

「「は?」」

「……いや、忘れてほしい。それより私のチームのテストパイロットを紹介したいのですが、その前にお二方には把握していてほしい事があります」

「どうした大尉」

「テストパイロットの名は“東北イタコ”。……名前からお察しの通りボイスロイドなのですが、彼女は試験的に“自分を人間だと思わせて”運用する様にとドクターYから言い渡されているのです」

「苗字が同じきりたん大尉がボイスロイドという事を知っていれば、答えには辿りつけそうなものですが?」

「いや、彼女にはそもそもボイスロイドという存在自体を伏せている。念を入れて私の苗字もな。……少佐殿、ドクターYの思惑はさっぱりですが、どうかご内密にお願いします」

「了解だ。桜乃も気を付けてくれ」

「分かりました」

「では後程。……例えお世話になった少佐殿の秘蔵っ子とは言え、こちらも手加減するつもりはありませんので」

「小便臭いガキがいっちょ前にナマ言う様になったわけか! そこまで言うなら期待させてもらうぞ!」

「大隊長。その言葉使いは子どもの教育に悪いですよ」

「桜乃君、きみもサラッと私の事をバカにしていないかね?」

 

 

 

   ●

 

 

 試験内容はフォースを使用しない、純粋な機体性能テストだった。指定エリア内に設置された仮想敵をどれだけ迅速に、かつ的確に撃破できるかを競うという。

 

 

「シャインスター大隊所属桜乃そら。これよりTX‐Tの評価試験を開始します」

 

 

 エクリプスの調子は、上々だった。訓練の合間に整備班とも積極的にコミュニケーションを取っていた結果、私の癖にも配慮された細かい調整が施されていた証拠だった。

試験は仮想敵の配置場所は流石に伏せられていたが、種類だけは事前に連絡されていた通りだ。

 

レーザー砲台“フォトンドーニ”。

 

“鬼戦闘機”の名で知られる無人兵器“バット”。

 

A級バイドと仮定したマッキャロン級巡航艦。

 

そして友軍という体の撃墜してはいけないターゲットだ。

試験中にいやらしいと思ったのは“バイド汚染された友軍”という仮定のターゲットの存在。最初は友軍信号でありながら途中でこちらに攻撃を開始し、エネミー判定が出るまで時間が掛かる厄介な奴だ。

因みに私は何発か回避した後に仕組に気が付いて反撃したが、エネミー判定に変わる前に叩き落したので評価ではマイナスを受けてしまった。戦場で悠長に上の判断を待てと言うのかと文句の一つも出てくるものである。

 

 

『なかなかやりますわね』

 

 

 目標ターゲットを全て撃破し戻ってくると、ワイズマンに搭乗していた東北イタコからの通信があった。ワイズマンの大きな外見特徴の一つに“試験管型キャノピー”というものがある。これは文字通りキャノピーのデザインが試験管に見える事が由来されている。目盛りまで刻まれているのは何かの冗談だと思いたいが、それはさておき、内部もエクリプス……というより通常のR戦闘機とはかけ離れたものだった。主に背面のサイバーコネクタを設置している部分が従来のものより大きく場所を取っている印象がある。

 

 

「試験前にプレッシャーを掛けられたのなら幸いです」

『純粋に労ってあげたのにグーパンで返されるとは思いませんでしたわ!?』

「それとこれとは話は別ですよ。それでは、検討を祈ります」

『ぐぎぎ……見てなさい! わたくしの完璧パーフェクトな戦いを見せて差し上げますわ!』

 

 

 どうして完璧とパーフェクトで二回同じ事を言ったのか、と聞きたかったのだが通信はそこで切れ、私の操縦するエクリプスがハンガーに戻ると同時に東北イタコを乗せたワイズマンが発進していった。

 

 

「お手並み拝見、ですね」

 

 

 これも結果だけ申すが、彼女は機体の性能をスペック以上に叩き出していた。この一週間の訓練漬け期間で他のボイスロイドの動きは仮想敵としてデータで何度も戦ったが、それらとは比較にならない動きだった。私が苦手とした“味方だった敵”への対処もほぼ完璧。最終ターゲットであるマッキャロン級巡航艦も波動砲によって綺麗に撃墜して〆てみせた。

 

 

「……ん? 今、波動砲曲がりませんでした?」

 

 

 戦闘を見ていた私は、ふとワイズマンから発射された波動砲が不自然な軌道を描いて敵を攻撃したことに気が付いた。

 

 

「おぉ、そこに気が付くとは……。アンタも結構優秀なボイスロイドやねんな!」

 

 

 モニター越しに一度見ただけなので勘違いかも知れない……と思ったのだが、突如現れた少女によって見間違いではない事が証明されてしまった。背丈は大隊長とさほど変わらないが、まるでドリルのように渦巻いたツインテールがとにかく印象的な少女だった。

 

 

「貴女は?」

「ウチは最新型のⅡ型ボイスロイド“ついなちゃん”や。本来あのワイズマンにはウチが乗る筈やったんやけどな……模擬戦で油断してもうた」

「ならばあのワイズマンは本領を発揮していないと言いたいのですか?」

「その通りや! ナノマシン波動砲かて、ウチの方がもっと格好良く振り回せるに決まってる!」

「そのナノマシン波動砲についてお伺いしたいのですが、よろしいですか?」

「なんや自分、知らんのか? ナノマシン波動砲は文字通り波動砲にナノマシンを混ぜて、発射後に軌道をコントロールする事が出来る兵器や。サイバーコネクタを強化したワイズマンやからこそ積める波動砲やな!」

「発射後に軌道を変更ですか……それは便利ですね」

「せやろ。なんかその関係で使ったらごっつい疲れるって聞いたんやけど……ウチらボイスロイドは人間より頑丈やし、問題あらへんやろ」

「試した事はないのですか?」

「試すも何も、ワイズマンを見たのは今日が初めてやからなぁ。ウチらはこれまで前身機体であるR‐9AX2“ディナー・ベル”で練習してたし」

 

 

 つまり、あの東北イタコというボイスロイドは、初見でワイズマンをあれだけ乗りこなしていたというのだろうか? そう考えるだけでも寒気がする。

 

 

『はぁ……はぁ……こ、こちら東北イタコ。最終ターゲット撃墜を確認……これより帰還しますわ……』

「ついなさんのお話通り、ごっつい疲れていますね」

「一発ちょいと角度変えただけやのにオーバーやなぁ。やっぱりスペック的に優秀なウチが乗り込むべきやった……」

 

 

 モニターを見ながら呟いていたついなさんの言葉は、途中で遮られた。

 

 

 敵襲を知らせる警報が鳴り響いたからだ。

 

 

『艦長のずん子です! バイド汚染された連合軍の戦艦がワープアウトしたとの情報があり、一番近い我々に迎撃命令が出されました! あかり少佐、そらさんはR戦闘機で出撃して下さい!』

『こ、こちら東北イタコ! わたくしもまだ戦えますわ!』

『お姉ちゃ……いえ、イタコさん、大丈夫なのですか!?』

『実戦データはあるに越した事はありませんし、何より二機よりも三機ですわ!』

『……分かりました! では以降はシャインスター01の指示に従ってください!』

『了解ですわ!』

「実戦か……クソ、R戦闘機は余ってないんか!?」

「残念ですが、この艦には三機しか積んでいません……安心してください、ついなさん。この艦は私達が守りますよ」

 

 

 振り返る事もなくエクリプスのコックピットに飛び乗る。キャノピーごしに見えたついなさんの表情には、何故か善望の色が見て取れた。

 

 

   ●

 

 

 バイド汚染された戦艦と言うのは、ニヴルヘイム級という最新鋭の戦艦だった。連合軍の新しい旗艦として開発していたが、その性能テストの最中にバイドに襲撃されたという。

 

 

『あれだけデカいと狙う手間が省ける筈なんだが……!』

「えぇ。なんですかあの弾幕は。狙う所の話じゃありませんよ……!」

 

 

 旗艦となるべく現在の地球の化学力の粋を集めた戦艦は、バイド化により急速な自己回復力を身に着けてしまった。その回復力は内部の兵器にも影響を及ぼしているようで、先程から無尽蔵にミサイルをばら撒いている。こういう時に範囲の広い衝撃波動砲は役に立つのだが、いかんせん一機では相手の弾幕の方が上だった。

 

 

『あわわわ……これじゃキリがありませんわ!』

 

 

 器用に避けながらレールガンを連射してバイドミサイルを迎撃していたイタコさんだが、決定打には欠けているというのが現状だ。

 

 

『コイツのフルチャージした波動砲を当てられたら、可能性はあるんだがな!』

 

 大隊長の乗るR‐9DH3“コンサートマスター”は長射程を誇る“持続式圧縮波動砲Ⅲ”を搭載した大型R戦闘機だ。確かにあの兵器で一撃粉砕が現在最も成功率が高いだろう。しかしその為には、あの弾幕の中波動砲をチャージしなくてはならない。更に後ろには家である輸送艦が控えているのだ。下手にコンサートマスターを下げればそちらにも被害が及びかねない。

 

 

『……コンサートマスターの波動砲がチャージするまで弾幕を抑えれば良いんですわよね!?』

「そうですけど……何か打開策が!?」

『ワイズマンのナノマシン波動砲の操作に全集中することが出来れば、ミサイル程度は裁けますわ!』

『本当か!?』

「ならば私はその間に一つでも多く砲台を破壊します!」

 

 

 ミサイル射出口は再生スピードが凄まじく、完全に黙らせる事が難しかった。が、他の砲台はその限りではない。現に主砲は三門撃破したが、再生したのは一門だけど、他に比べてかなり遅い。

 

 

『フルチャージまでは45秒掛かる! 東北はその間ミサイルを、桜乃は砲台の破壊に集中しろ!』

「了解!」

『了解ですわ! それでは……ナノマシン波動砲! いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

 

 

 ワイズマンから放たれた波動砲が、曲がる。曲がる。曲がる。

 

 まるでイタコさんの意思が乗り移ったかの様に動き回るナノマシン波動砲が、ミサイルを破壊して進む。主力機として推薦されるのも納得の戦闘力だ。だが、今の私には関心している余裕はない。エクリプスの推進装置を可変させ、最高速で突撃。ミサイルの弾幕をかいくぐり、衝撃波動砲で艦橋ごと主砲を叩き潰す。旋回し、もう一撃。ナノマシン波動砲が消えた一瞬の隙に合わせて衝撃波動砲でミサイル発射口を破壊。即再生してミサイルが迫るが、それらは再び放たれたナノマシン波動砲が蹂躙する。

 

 

「まだなのですか……!?」

『残り20秒だ!』

 

 

 こちらの企みに気が付いたのか、ニヴルヘイム級に動きがあった。

 

 

『こちらずん子! 空間歪曲を確認したわ! ワープして逃げる気よ!』

「そんな事……!」

『ゲホッ……させませんわ!!』

 

 

 再生しかけていた艦橋を再び吹き飛ばす。機体の横をナノマシン波動砲が並走し、更に加速。ニヴルヘイム級後部のバーニアを粉々にした。

 

 

『チャージ完了! 下がれお前達!!』

「了解!」

『……ッ!』

『持続式圧縮波動砲Ⅲ照射!!』

 

 

   ●

 

 

 この日の事を、ウチは今でも覚えてる。

 

 ワイズマンのナノマシン波動砲は、パイロットの脳波によってコントロールする事が可能な武装。当然、使えば使う程パイロットには負荷が掛かる。

 

 戦闘を終え帰還したイタコはんは、自力で動けない程に衰弱しきっていた。試験管キャノピーというのは。まるで“この事”を想定していたかのようにキャノピーだけの取り外しが可能であった為、イタコはんの救助はスムーズに行われた。

 

 医療班は手を尽くしたという。が、“この”イタコはんは助からんかった。

 

 実戦で勝利し、そこで燃え尽きる。

 

 戦士としてこれ以上ない名誉ある“死”やと思う。

 

 数多のエースパイロットの“経験”を記憶に刻んで生まれたウチは、未だ実戦に出た事が無い事を悔やんでいた。

 

 その中で起きたから余計に、イタコはんが“羨ましくて”仕方がなかった。

 

 例え記憶が引き継がれて新しい身体に入ったとしても、その経験は“生”を実感することが出来るやろう。

 

 戦士として生まれながら、戦場に立った経験のないウチにとって、それは憧れに他ならんかった。

 

 人間は、ボイスロイドを実験道具程度にか見てないから、ウチの言葉なんて聞き入れてくれなかった。戦争をしようにも、敵がいない。激戦区である火星への転属を願えば「お前は備品であって兵士ではない」と突っ返された。

 

行き場のない感情が爆発し、上官を半殺しにしてしまったウチは今、TEAM R‐TYPEの研究所に送られている。

 

 これからウチはどうなるんやろうか。

 

 トラックを運転する軍人が、次期主力機にワイズマンが決定したという話をしていた。イタコはんの死は“備品の故障”扱いで済まされたという。人間のパイロットがナノマシン波動砲を使用しても、多少の疲労で済んだ為にマイナスの評価には至らなかったという。が、今はそんな事どうでも良かった。

 

 とにかくウチは、戦いたかった。

 

 それも派手に、格好良く。

 


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