Fate/Asian Fighters   作:菊田菊之丞

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二日目、昼2

歩いては休み、歩いては休む。それを四、五回は繰り返した頃私は目指していた丘の頂上まで到着していた。膝をついて軽く呼吸を整え、背後を見ると斜面の裾からいかつい兜が顔を出してきた。肩には空輸されてきたサバイバルグッズが満載されたナップザックがかかっている。のそりと現れた武者は私の数歩前で止まりどさりとナップザックを地面に落とした。

 

私は男の兜に隠れた顔を睨みつけながら近づき、荷物を持ち上げ元の位置に戻った。

 何回目かの休憩をしてる時か……足乳酸溜まりまくってもう嫌だーってなってる時地面に引っ掛けていた筈のこれがいつの間にかなくなっていてコイツの肩にかかっていた。私は面食らったがコイツも何も言わないし、まあいいだろうと思いそのまま登ってきた訳だが……何なんだろう、ここに来てもコイツの行動がいまいち読めない。

 何となく気遣っている素振りも薄々感じるんだけど……そもそもこいつにそういう情緒があるのか謎だ。化物をくびり殺した様子と蓮田の話を合わせると戦闘マシーンみたいな姿しか浮かんでこないけど、どうもそれとはズレてる感じがする。なんというか、全てがチグハグと言うか。人としてみるか、それとも別の何かとして見るべきかも分からない以上、そもそも理解のしようもない。

 

 しばらくして、バッキバキの関節に気を遣いながら立ち上がり岩の間から顔を出してみると、そこからは絶景が広がっていた。

 見渡す限りの水平線の先で雲が海と同化していた。視線を下ろすとそれまた青々とした新緑の箕をかぶった大地が見えた。

 少し驚いた。もう十二月だというのにこの植物の繁殖ぶりはなんだろう。確かに夜は寒かったけど今はそうでもない。途中若干南国っぽい木だかつただか分からない植物も見つけたからここは結構南の方なのかもしれない。いや、南半球だったら北の方か。でも、あっちは今、夏だっけか。そこまで暑い感じはしないけど……何となく乾燥した感じがするから北半球?

 わかんね。

 小中学生の時の知識を総動員して必死に考えていたら、視界の端に引っかかるものがあった。今まで歩いてきた方角からして左手に見える島のちょっと出っ張った方に、細かい四角い物体が見える。よく目を凝らしてみても小さすぎてよくわからないが、あれは間違いなく人工物で、多分民家だ。

 途端に、胸の奥が熱くなった。民家があるってことは、人もいる。人がいるってことは助けを呼べるということだ。助けを呼べるということは外に出れる。家に帰れる。

 私は歓声を上げるのをこらえながら立ち上がった。行ける。ここからでも多分そんなに遠くない。小さな山は何個か超えないといけないけど今まで登ってきたものほどじゃない。贔屓目に見ても半日あれば絶対につける。

 でも待てよ。とも思う。そんなにうまくいくものだろうか?この島に民家があることは蓮田たちが知らないはずもない。ヘリコプターで島の上を巡回しているしそこまで把握が行き届いてないことがあるだろうか?

 けど行くしかない。民家に行けば少なくとも雨風を凌ぐ天井や壁がある。足りなかった衣食住の「住」もこれで揃うのだ。行かない手はない。

 また動けなくなる前に私は山をかけ降り始めた。

 

 

***

 

 なんとなく、さっきよりも足取りは軽く、視界もトーン二つ分くらい明るくなった気がした。風景に気を使う余裕も出てきて、冬だというのにやたらカラフルな森を振り仰ぎながら平地を黙々と制覇していく。考えてみれば、他の人たちも探さなくちゃいけないんだから周りに注意するのは当然だ。やっぱり切羽詰っていたら視野も狭くなる。そうすると大切なものも見落としてしまう。

 まさにそんなことを考えていた時だった。

 

 ふっと何かの予感がして脇道に目を配った時、私は体が硬直しその場に立ち尽くしてしまった。いろんなことが頭を過ぎってほんの一瞬足が止まる。しかし次の瞬間には私は無意識のうちに走り出し、そこに駆け寄っていった。

 

 足元に倒れているものを見て、立ち止まる。

 間違いない……人だ。うつ伏せに倒れてるから分からないけど、体つきからして女の人だ。彼女は異様な格好をしていた。丈の長い、ゆったりとした布みたいな服は明らかに寝巻きで、靴もかろうじて引っ掛けたって感じで着の身着のままという印象を受ける。そして全身には、かすかに血のようなものが付いていた。明らかに何かあったという格好だった。もしくは何かから逃げてきたような……。何かって何だ?というかーーーー

 

「――――――――――死んでる?」

 

私は何か恐ろしいものがこみ上げてくる気がして、その人の上に覆いかぶさり、夢中で揺すった。

 

「大丈夫ですか!?私の事分かりますか!?」

 

 するとピクリという手応えと共にうめき声が上がった。ハッとして顔を覗き込むと煤で汚れた小作りな顔と出会う。彼女はまゆを不愉快そうに歪めてから、目を開いた。その視線が虚空をさまよっている間に、声が出る。

 

「お腹…………」

 

「え?」

 

「お腹…………空いた」

 

スーっと体から熱が引いていくのを感じながら、私は無言でその場から数歩後ずさった。

 

***

 

 

黙っていれば美人っていうのはこういう人なんだろうな……と思いながら、私は目の前で見ず知らずの女の人の胃に大切な携帯食料と水が消えていくのを眺めていた。その野獣のような食いっぷりは普通に下品だったけど、どこか突き抜けるような爽快感があっていつまでも見ていられそうだった。

 四袋目を空けたところで、ペットボトルを縦にしてミネラルウォーターでそれを流し込み、一息ついた彼女はこちらに顔を向ける。その時になって私を始めて見たような目で頭からつま先までを視線でなぞり、私の目をジッと見てくる。

 私は思わず緊張してしまい顔をこわばらせた。何か言うべき話を探すけどそんなものでてくるはずがないので、しばらく無言の間に目を泳がせていた。そして彼女の目が私の頭のあたりを通り過ぎた時、ひとつ重大なことを思い出した。

鏡がないので確認はできなかったが、それでもなんとなくはわかる。私の髪は今汚い白髪になっていて、しかも台風が来たあとの畑みたいにところどころ禿げ散らかしていて、もうどうしようもないほどみっともない有様だったのだ。それが頭をよぎった瞬間、ここに居るのが、彼女に見られていることが耐え難いものに感じてきた。恥ずかしさのあまり自分を消してやりたい。私は反射的に頭を隠して、この場から立ち去ろうとした。

 

「あっ!」

 

 突然女の人が声を上げた。びっくりして固まる私を余所に、自分の体をまさぐり始める。すると、服の下から黄色いニット帽が出てきた。女の人はそれを差し出して照れくさそうに言う。

 

「いやー逃げてくるとき?ほんとバタバタしてたから家にあるもん手当たり次第に持ってきてさー。全然使わないやつとか持ってきちゃうんだよね。だからさ、使ってよ」

 

それはそこだけ木漏れ日がさしたような、とても素敵な笑顔だった。

私は……震える指でそれを受け取った。何だろう……何だろう

黄色いニットは私の地肌に触れても何の痛みは無かった。ただするすると肌を滑るように包んで、温もりだけを伝えていた。温かい……それは本当の、人肌の暖かさだった。

 

「………………ぅうう」

 

 目頭が熱い。今まで我慢していたものがそこから全部漏れ出してくるようで、私は堪らないものにぐちゃぐちゃになりながらも嗚咽を我慢して、でもできなくて、せめて帽子を目深にかぶって蓋をしようとした。

 

「……………………ううぅうああぁああああ…………!」

 

 おーどうしたどうしたと女の人は自分の胸で私の顔を包み込んでくれて濡れるのも構わず頭をさすってくれた。知らない女の人の乳房の感触を感じてこんなことやってていいかなと思ったけど私はひたすら声を出し続けた。その瞬間、すべてが満ち足りていてすべてが許されたような気がした。少なくとも、この島に来て本当の意味で私は救われていたのだ。

 

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