Fate/Asian Fighters   作:菊田菊之丞

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二日目、夜1

***

 

そうしてきららさんは訥々と語りだした。と言っても彼女が一方的に話すのではなく話を進めるうえで前提となる知識を先に説明した上での話で、私が分からないところや疑問に思ったところはその都度話を中断させ、不鮮明なところを解消しながら進めていった。

 

 そしてその前フリで私がまずわかった事はここは日本で、列島からはるか南の太平洋に浮かぶ島だということだ。

 まあきららさんとも普通に会話が成り立ったしそれは何となくはわかっていたが、その島というのは少々特殊だった。

 

 この島…………神宮島は本土との親交は日に三回の定期便しかなく、総人口も三千人足らずの小さな島だった。

その気候は南国そのもので、それだから真冬だというのに草は青々としていてこんなに寒くないんだと納得した。だというのに、産業はほとんどが公務員か漁業や肥沃な風土を活かしたパッションフルーツなどの栽培による第一次産業だという。

こういうところを「ホットスポット」と言うらしい。

そんな、気候的にも海流的にも恵まれ、本土とは違う独自の生態をもった動植物までいる南国の楽園は、普通観光資源として活用されるものなんじゃないか、と私は思ったが、それについてきららさんは顔を伏せて行った。

 

 

「ここはね、昔流刑地だったの」

 

 流刑なんて言葉、歴史の教科書でしか聞いたことがない。だが確か江戸時代などでは死刑の次に厳しい罰だったはずだ。そんな気風が今の今まで影を落とし、この島の封権的な気風に結びついている。

実際に誘致の話をしに本土の人間が何度もこの島を訪れているのを見ているそうだが、島を指揮っているきららさんの親世代は頑としてその話を断り続けているらしい。

まあ、所詮はカビの生えたおとぎ話のようなもので、携帯を持ってテレビも見れる今のご時世きららさん達若い世代は特に気にしなかったらしいが……でもどうやら島の外に出たとき多少何かしらはあった素振りを彼女は見せているが。

 そんな豊かでありながらもどこか影のあるこの島だったが、ことが起きたのは昨日。きららさんも介護の仕事を終え、家に帰り一日の疲れを癒そうとしていた時だった。

詳しいことは流石にきららさんも動転していて、まだ整理しきれてない部分があり不鮮明なことが多かったがけれど話を聞くにその時村は怪物に襲われたそうだ。

 

 

「怪物って……どんな姿をしていましたか?数は?大きさは? 」

 

 私はたまらず聞いた。どうしても確かめておきたかったからだ。

 きららさんの住む集落を襲った怪物というのは、昨日私が襲われバーサーカーが倒した怪物と同一のものなのか。また、違うものなのか。

 同一ならば多少安心ができる。なぜならやつはもういないからだ。

 蓮田が言うには、やつは昨日バーサーカーに滅ぼされた時点で「聖杯」とやらの中に取り込まれてそれを蓮田達も確認したらしい。

 しかしここに来て私が思ったのは昨日の時点ですでに「二体目」が排出されているのではないかという可能性である。昨日のやつのような驚異がもう身の周りに潜んでいるのだと思うとたまったものではない。蓮田は奴らは日中は活動できないと言っていたが、もう数時間もすれば日没だ。

 そうなってからどう動けばいいのか、考えなくてはいけない。

 

 きららさんは少し逡巡したような素振りを見せて……しかし私が真剣に見ているのを感じたのか気丈そうに頭をふって言った。

 

「どんな姿をしていたか……そうだね、暗くてよく見えなかったのは確かだけど。でもかなり大きかったと思う。人よりは全然。家の軒に頭がつくくらい。それとたくさん居た。群れになってどこからともなく現れたの」

 

私は息をするのも忘れて聞いていた。闇の中から這い寄ってくるあいつらの怖さはその場にいなくても手に取るようにわかった。パニックに陥った人々の悲鳴と絶叫。阿鼻叫喚

の地獄と化した集落を我が物顔で闊歩する怪物たち。

 空気があからさまに悪くなるのを感じながらも私は質問を続けた。

 

「体の色は、どんなのでした?」

 

「それこそ暗くてわからなかったけど……でも多分、白っぽかったと思う。白くて、透明」

 

「白……」

 

 私が見た怪物は体中腸詰みたいな赤と桃色で、内臓を裏返したようなグロテスクな姿だったけど。

 やっぱり、違うデーモンなのだろうか。

 

「他に、何か特徴はなかったですか?分裂して増えるとか、合体して降ってくるとか」

 

「うん……そういうことはなかったけど、でも今思うと、姿はタコっていうか……ダイオウイカかな 」

 

 ダイオウイカ?

 上野でやたら推されてたよな……いやまあ旬を大分過ぎてる気がするけど。やっぱりこういう僻地には本土の文化が遅れて来るんだろうか?

 じゃなくて、新たなデーモンの姿がそういうものだということなのか。けど屋根までってちょっと小柄だな。あれ実際10メートル超えるし。そういや知り合いに食べたことあるって人がいたけど理科室の味がしたって言ってたっけ……それってどうなんよ?

 

「日和ちゃん、ちゃんと聞いてる? 」

 

「聞いてます聞いてます」

 

 見透かされていた。きららさん意外と鋭い。

 

「分かりました。辛かったと思いますけど、ありがとうございます」

 

「ううん。それは大丈夫、気にしないで。……それで、今度は日和ちゃんのことを話して欲しいな。その……どうしてこの島に来たのか。日和ちゃんは日和ちゃんで、これまで何があったのか」

 

 私は包帯でぐるぐる巻きにしたまだ熱の引かない右手を握り締め、話し始めた。

 

 私の話はきららさんのそれ以上に支離滅裂で要領を得ないものだったけど、特に隠す必要もないと思い全てを思ったままに口にした。近所の喫茶店に居たら謎の黒服男達に誘拐されたこと、船の中で訳のわからない化物たちと殺し合いのゲームをしろと強要されたこと、化物に襲われ、バーサーカーを召喚できたこと、全て話した。

 話の度にきららさんは驚いたような顔を何度もしたけど、それも私が思う限りの正しい認識を共有して理解してもらえたと思う。

そして長い時間をかけてことの顛末を語り終え、空が赤らみ始めたころ、きららさんは脱力した様子で頭を下げてなるほどねえと呟いた。

少しの沈黙のあと、前髪をかきながらきららさんは切り出した。

 

「まず、例の黒服のひとたちっていうのだけど、私何度か見たことあるよ。こそこそ村の役所に来たりして、村長とかと何か話してるみたいだった」

 

「本当ですか?」

 

 やはり、奴らはこのためにこの島に来て、色々と工作をしていたんだ。そうでなければこんなに用意周到に事を運べるわけがない。こっちの動きをわかっているふうなのは、きっとその時に何かやったからというのもあるだろう。

 

「日和ちゃんの言う通りだと、今島がこんなことになっているのはその人たちが仕組んだことなんだよね? なんでなの? なんでこんなことするの?」

 

「それは……」

 

 わからない。こっちが聞きたいくらいだった。

 

「あ、ごめんなさい。日和ちゃんを責めてるわけじゃなくて……。でも、考えてみればあの日はどことなく村の雰囲気が変だった気もする。お父さん達も、組の集まりがあるとは言ってたけど本当のところどうなのかわからないし…………。本当、何が今起きてるの?」

 

「きららさん。やっぱり私、一回村に戻ってみたほうがいいと思うんです」

 

 私はきららさんの表情が曇るのを見ながら続けた。

 

「ご両親のこともいろいろ辛いとは思いますけど、まず行って確かめてみなくちゃ。どこかに逃げ込んで無事に隠れてるかもしれないですし……」

 

「……わかってる。ひよりちゃんの言うことはもっともだよ。でも……今あそこに近づくのは危険だよ。まだあいつらがいるかもしれないし。もう少し、時間が経ってからでいいんじゃないかな……」

 

 歯切れ悪く目を逸らすきららさんに私はなんと声をかけたものかと迷う。

 彼女は多分確信しているんだろう。ご両親や……村の人たちが無事ではないことを。さっきも彼女自身逃げてきたのは奇跡のようなものだと語っていた。ご両親が心配な気持ちは十分にあるのだろうが、それでも昨日肌で感じた恐怖と危険が彼女の決断を鈍らせている。

 彼女だけここに置いて私だけで様子を見てくるにしても、彼女を一人きりにするのは危険だ。本当ならば一刻も早く彼女を伴って村に行きたいところだ。

 

 私はできるだけ明るい調子で言った。

 

「大丈夫ですよ。だってこっちにはこいつがいますもん」

 

 私は少し離れて静観していたバーサーカーを指さした。

 

「昨日の夜、私もアレに襲われましたけど、でもこいつがすごかったんです。すごい力でばったっばったと蹴散らして……こいつが入れば奴らも怖くないですよ!」

 

 しかし彼女の顔は晴れなかった。

 

「そういう問題じゃないの……ひよりちゃん。……もう少しだけ時間をくれない?せめて今夜くらいは、ここで過ごそう? だめ?」

 

 絞り出すようにして口にしたその言葉を聞いて、私は何も言えなかった。

 純粋に彼女には時間が必要なのだ。いろいろなことがありすぎた。今はそれを整理する必要があるんだ。

 

「わかりました……今夜はここで休みましょう。行くか行かないかは、とりあえず保留ということで」

 

 そう言うと彼女は力なく微笑んでくれた。

 私も地べたに腰を落とす。私自身あの高台から集落を見つけてから無理して歩き詰めた疲れをごまかしきれなくなっているのだ。

今夜は休もう。きららさんが言ってくれて助かった。今までは動かなきゃ不安に腹を突き破られそうな気持ちだったけど、その義務感から少し解放されたような気がした。

 

 

***

 

 それから数時間ほど、二人ともブランケットに包まりできるだけ体を休めながら話をして過ごした。

 周りはすっかり暗くなっていてお互いの姿すら見失うほどだった。だから多少躊躇はしたけど荷物の中にあった照明をつけ、それを足元に私たちは身を寄せ合っていた。予備のブランケットがあって寝るときは一人一つづつ使うつもりだが今はこの方がいいように思えた。

 近くで見て、話をするときららさんはちょっと雰囲気のあるただの可愛らしいお姉さんだった。話の内容は本当に当たり障りのないこと、今流行っているものとか私が住んでいる都会のこととか恋ばなとか、そんな話を連想ゲームみたいに繋げていった。暗闇の中でお互いの手触りを感じ合うようなたどたどしい会話ではあったけど、私は大切な時間だと感じた。

特にきららさんは都会の話には興味津々だった。彼女はゆくゆくはこの島から出て本土の方に行く夢があったそうだ。

 

「何をしたいってわけじゃないんだけどね。でもこのまま島で一生終わるのはなんかリアルじゃなかった。これでも結構仕事でお金ためてたんだよ?……でも、今となっちゃ、ね……」

 

 

 意図的に避けていた方向に会話が傾きかけ、私も黙るしかなくなった。

 静かにきららさんは私から体を離し立ち上がった。

 

「今日はもう遅いしね、そろそろ寝よっか」

 

 闇の中からまた奴らが来るかもしれない……そんな不安から交代で見張りをする案もあったが、バーサーカーが寝ずの番をしてくれているようなのでと私が言うときららさんは渋々了承してくれた。

 昨日の夜も私が気絶したところをこいつが番をしていた。私を生かそうとしている意思はずっと感じられるのでとりあえずは任せていいだろう。

 そういえば、こいつがなんで落ち葉を私にかけていたのか結局分からずじまいだった。まあ、口もきけないから聞き出すことは無理なんだけど。

 

 私もきららさんに習い、立ち上がった。

 後ろでがさりという音がした。バーサーカーが突然立ち上がった音だ。

 

 何事かと私はきららさんと顔を突き合わせた。まさか私達につられて立ったのか、よしんば私たちの寝床に来るつもりか、

 そんなバカバカしい想像は森の雰囲気の変化にどこかへ行ってしまった。

 

 私は何回か周囲を見回したあともう一度きららさんの顔と出会った。きららさんは何とも言えない不安と戸惑いの顔をしていた。多分、私も同じ顔をしているだろう。

 

 この感じは知っている、ちょうど昨日の夜体験したあの感じだ。暗闇に視線を彷徨わすが動くものは視認できない。

 何秒、何分間かわからない時間、バーサーカーを含め私たちは立ち尽くし、周囲に気をやっていた。

 

 胸ポケットで着信音が鳴った。私は反射的にしまってあったスマホを取り出し、落としそうになりながら画面を操作し、耳にあてた。

 

『日和ちゃん、半日ぶりだねーーーー』

 

「蓮田…………」

 

 私は頭を整理できないままもはや聞き知った相手の名を言う。きららさんに目をやると無言で話を続けるように合図をくれた。

 

「あんた、今度はどんな様――――」

 

『まずいことになった。予定外だよ』

 

 私の悪い予感は一気に膨れ上がった。ますます昨日の再現のような会話だ。私は次に来る言葉にじっと構える。

 

『ランサーのマスターがデーモンに殺害された。君の、今いるところのすぐ近くでだ』

 

ガサガサガサッ、凄まじい物音がした。その時私が見ていたのは

 暗がりから伸びるグロテスクな触手と

 絶望的な顔でそれに足を引き摺られるきららさんの姿。

 

 彼女の悲鳴が、真っ暗な森の闇にこだました。

 

 

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