Fate/Asian Fighters   作:菊田菊之丞

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二日目、夜2

 

 必死に抵抗し地面に爪痕を残しながらも茂みの中に消えてしまったきららさんを、私は信じられない思いで見ていた。

その瞬間森の中のすべてが一気に動き出す。私は完全に出遅れていた。何がなんだかわからなくてただただ面食らって起きていることを見ていた。

二番目に早く動いたのはバーサーカーだった。

私の隣を抜け、きららさんが消えた暗闇に向け黒い巨体が一足飛びに駆け抜けてゆく。

 

舞い上がった髪が頬をくすぐり、私は我に帰った。追わなきゃ、そう思って一歩踏み出そうとするも、動けない。石膏のように足は固まっていた。

半日の行軍が気づかないところで足に負荷をかけていたのか、昨日落ちた時の怪我がここに来て息を吹き返したのか……

違う。心の問題だ。

昨日脳裏に植えつけられたあの感情が、時間が経って冷静になった今だからこそ実感を持って浮き彫りになってきたんだ。

 

「…………きららさん……!」

 

 声に出して、私は強く膝をひっぱたいた。鈍い痛みと一緒に、膝の軋む刺激が蘇ってくる。ようやく足は私のものであったのを思い出すように、動き出した。

 よし……。私は地面のライトを拾い上げ、跡ができて凹んだ地面を見つけそれが指し示す方角に向け足を交互に動かしていく。

 ライト……そういえばこれをつけてたから位置が気取られたのか?それを考慮してのバーサーカーの見張りだったのに……あいつはなんで気づけなかったんだ。サーヴァントは遠くにいる相手の位置でも解るんじゃなかったのかよ。それよりも、きららさんが……

 

 最悪の結果がいくつも頭の中に浮かんでは消えていく。バーサーカーに対し苛立ちを覚えながら私はもはや遥か遠くにあるその背を必死で追いかけた。走りながら、携帯の存在を思い出しまだ繋がってるかを確認する。

 

「蓮田っ!」

『日和ちゃん? 無事?』

「どういうこと、これは!?」

『落ち着いて、今すごく危険な状況なんだ。とにかく今はバーサーカーを追うんだ』

 

 私は黙って、きららさんとバーサーカーが残したであろう痕跡を見失うまいと周囲に気を配る。

 私の無言の肯定を感じたのか蓮田は噛み砕くように話し始める。

 

『デーモンは高速で、あの足だけを伸ばしてあの地元民の女の子を連れ去っていったんだ。気配が遠すぎてバーサーカー程度の探知力じゃ反応できなかった。ランサーのマスターもこれでやられたんだ』

 

 蓮田は身震いするほど淡々と聞き難い事実を口にする。やられた……再び悪い記憶がフラッシュバックする。まだ会ってもいないランサーのマスターは一体どんな苦痛と辱めの中で死んでいったのだろうか。きららさんのあの顔が目に浮かび胸が絞られるように痛い。

 

『ランサーもすぐに追いかけたけどその近くには複数の別の個体がいて行く手を阻まれた。その一瞬の間にその子は殺されてしまった。ランサーの方は何体かを葬って暴れたあとは気配をくらましてしまった。』

「待って……複数体って、デーモンは一匹じゃないの?」

『生殖して増えるタイプみたいだ。最も若い個体が本体のようで、それを倒さなければ無限に増えていく。』

「生殖?増えるって……どうやって……」

『人の体に卵を産み付けて、だよ。この島の住人は昨晩中にヤツの仮宿にされて殺された』

 

 私は激しい吐き気に襲われて足を滑らせそうになった。

 なんてひどい。無理矢理体に子供を産み付けられて内側から食われて死んでしまうなんて。…………そういえば、きららさんが逃げ出した時にはすでに相当数のデーモンが居たと言っていた。つまり……その頃にはそれだけの数の村の人たちが……

 

『これくらいのことでショックを受けていたらまた毛が薄くなっちゃうよ。気を強く持って。日和ちゃん』

「…………っ」

 

 自分は安全な場所で高みの見物してるからって……。今私たちが置かれている状況なんて酒の摘みとでもしか思ってないのか。

 

『怒らないで。いつも言ってるけどこっちも必死なんだ。デーモンに一人勝ちされるのはこっちもまずい。ランサーのマスターを失ったのはかなりの失策だった。ここで日和ちゃんまで失うわけにはいかないんだよ。そのためには全力でサポートする』

「………………」

 

 一見気遣っているようにも聞こえるけど、違う。こいつは私たちを頭数でしか見ていない。

 そんな人間の言葉を信じていいのか……?いや、信じるしかない。それが最善策であるのは変わりないはずだから。

 

 私は息を切らし、もう一度周囲を照らす。

 茂みの中に轍と足跡が消えていた。私は意を決し、その中を掻き分けていく。

 すると、足に浮遊感がかかり、私は尻餅をついて坂になっている土の上を滑り降りていってしまう。

変な体勢になることを避け、なんとか体勢を立て直し上を見る。

 

 比較的平らな地面で、木々の間には先程より感覚が空き月明かりが差していた。

 ライトは手元から離れどこかに落としてしまったようだ。携帯だけは耳に押し付けたまま、手に収まっていたけど。夜目になれるまでまだ数十秒はかかるが、その月明かりのお陰で私は見知った輪郭を見つけることができた。

 バーサーカーだ。かがみ込むようにして何かを見つめている。それがきららさんだとわかり私は足を速めた。

 

「きららさん!」

 

 私はバーサーカーときららさんとの間に割って入るように駆け寄り、彼女を抱き起こした。彼女はぐったりしていて苦しげに吐息を漏らすも息はある。頭を打ったのか昏倒しているようだ。 

 ここは下手に動かさないほうがいいかもしれない。と、ふと例の謎の蝕腕に掴まれていた彼女の足元に目が行く。スマホの明かりで確認すると吸盤のようなものに吸い付かれたような円型の痣があり、地面には気味の悪い青い液体が滴っていた。そしてその先には、細い穴が続いていた。

 

 私は嫌な予感が大きく膨らむのを感じた。バーサーカーを見ると明らかに平時と様子が違う。警戒心を顕にした獣のように前傾で穴の先を見つめている。それが確信になった。

 

 あの暗闇の中に……いる。それもかなり近い。耳をすませばヤツの生暖かい息遣いが聞こえてきそうだ。

 動物的な感覚で、私たちのことを珍しい獲物を観察するようにじっと見ているのだろう。同様に、バーサーカーも不動だった。

 

 耐えかねた私はそっとスマホを耳に当て、小声で囁く。

 

「……蓮田。今、バーサーカーに追いついた。きららさんも無事みたい」

『そっか、よかったね。じゃあバーサーカーの後ろを離れちゃダメだ。常に、彼に守られるように立ち回るんだよ』

 

 そうは言っても今はきららさんが居るからそんなに素早く動けるとは思えない。昨日のように、バーサーカーがやつを倒してくれるのを祈るしかない。

 

「わかった。他に、私ができることは?」

『ほとんどないけど、強いて言うなら周囲をよく見ることだ』

 

 てっきりそんなものはないと皮肉の一つも覚悟していたが、意外な答えに驚く。

 

「見る?」

『そう。もちろん昼に言ったとおり直視するのは危険だ。昨日みたいに波長があっちゃうとまた頭が薄くなっちゃくからね。風景を全体として捉えるように見るんだ。バーサーカーと君の視界は共有されてるから、それが彼のナビゲーションになる』

 

 サーヴァントとマスターの意識は深いところで繋がっている、というのは既に聞いていて、それは何かのぞき見されているみたいで複雑な気持ちになるけど……

 でも、多少は役にたっていると思うと救われる。多少は勇気を持って、これから始まる地獄に立ち向かえるだろう。

 

私は静かに息を潜め、待つ。暗がりの中から、あの恐ろしい怪物が現れるのを。

焦らすような静寂。ネットリとした悪意を感じる。どこかこの電話の向こうの声の主みたいだと思った。最悪だ。今私の周りそんなやつばかりか。

 

その時、暗がりの中から何か動く気配を感じる。

ヒュッという音とともに何かが飛び出してきた。

天高く舞い上がり、ちょうど私たちがいる地点に向けて急降下してくる。

私は息を飲み身構える。

 

 

バーサーカーが動く。その着地点に移動し拳を固め弾き返そうと迎撃態勢をとる。しかし何かに気付いたのか、腕を振り切るのをやめ、バーサーカーはその飛来物を受け止めた。

 

バーサーカーの腕に収まったそれは力を感じず、骨抜きの魚のようなだらし無く見えた。彼は少し何かを考えるような素振りを見せたあと、それを足元に横たえた。

 

それは人の形をしていたけど、体のそこかしこが子供の書いたいい加減な人間みたいに細かったり太かったりしていた。頭、胴、手足は揃っているが腕は中身が吸い取られたように細く、対して腹などは水を孕んだようにぷっくりと大きい。頭と呼べる部分も半分陥没していて、ほとんど原型が無かったが、突き刺さるようにしてかかっている眼鏡越しの目は飛び出んばかりに剥き出しにされ、苦痛の視線を送っていた。

 

 

「…………ぁあ……」

 

 

嗚咽にもならない、喉の奥が詰まった排水口になったような気持ち悪さから私は口を塞ぐしかなかった。

もはや間違いようがなかった。目の前で死んでいるのは話に聞いたランサーのマスターだった。多分体のどこかに霊呪があるのだろうが、それも確認がしようもない。恐らく制服を着た小柄な女子学生だったであろう彼女はいいように弄ばれた挙句物言わぬ死体になっていた。

 

 

不意に暗闇の中から大きなものが動く気配がする。

大きく口を空けた空洞の中から巨体が這い出てきた。

私は頭の中をなんの整理もできないまま、反射的に顔を上げ、それを見ることになってしまった。

 

枝を折りながらのそりと体を乗り出してきたその姿は確かにイカに似た姿をしていたが吐き気がするほど異常な姿をしていた。二メートルはいくのではないかというエラのついた頭部は確かにイカのそれだったが、それを支える足が十本ではなかった。水道管のような太い蝕腕の他に明らかに人間の下半身がついていた。それはその巨体を支えられるはずもない細く可憐な女性のもので、目を凝らせば股の間の茂みすら見えるかもしれないほどあられもない姿を晒していた。一目見たら巨大なイカに女性が頭から食われたような姿だけど、その足は内股でぷるぷると震えながらも歩行をしていた。

 

 

悪夢に出てくる怪物のような姿のそれを私はまともに見てしまったが、危惧していたような体の異常は得には起こらなかった。

初めてではなかったから、耐性のようなものがついているのかもしれない。しかしそれでも恐ろしいはずの怪物から目を離し、私は地面に横たわる死体を再び見た。

 

怪物に体をしゃぶられるまでもなく華奢な体。三つ編みにした髪と野暮ったいメガネ。半分裂かれた長めの丈のスカート。私はそれらの要素からしか彼女のことを想像できない。もう二度と話すことはできない。

はじめて会えた同じ境遇の女の子は人間としての尊厳を完全に無視した姿にされ死んでしまっていた。

その姿から、そして自分の経験を思い出すに、彼女が何をされたかは想像に難くない。

なにもここまでされる必要はなかったはずだ。

無理矢理島に連れてこられて、訳のわからない怪物との戦いに巻き込まれて、戦わされて。この子は、私はそんなことのために生きてきたのだろうか?

 

頬を熱いものが伝う。

それがどんな感情からなのかはわからなかったけど、私は涙を流すのを止められなかった。

 

苦痛に歪んだ彼女の顔。

それに触れるものがあった。漆黒の手甲に包まれたバーサーカーの指が彼女のまぶたをそっと閉じさせた。

私は一瞬こいつが何をしたのかがわからなかった。けれど彼女の顔は先程よりはほんの少しだけ安らいだように見えた。

 

バーサーカーは立ち上がり、怪物にむかって歩き出した。

その姿はもう昼までのような曖昧な雰囲気ではなく、煮えたぎる気迫が陽炎のように立ち上っていた。

 ゆっくりと、しかし確実にバーサーカーの気配が膨張していく。

 

「―――――――――――――抜山蓋世(ba shan gai shi)」

 

しっかりと聞いたはじめてのバーサーカー声は、淡々としているようでその影にある感情をなぜか私は聞いたような気がした。その感情は、私の中に反響し増大していく。

 

 

『これではっきりするね』

 

 知らず握り締めていた携帯電話から声が聞こえる

 

『生体になったデーモンとただの人間の霊体であるサーヴァントがどこまで戦えるのか。この一瞬で、この試行の命運が分かれる』

 

 

 鮮血色の闘気を纏ったバーサーカーが疾走する。

昨夜のように、簡単にあの怪物を屠ったときのように、大きく大地を踏みしめあくまで正面から突っ込んでいく。

腕を振り上げ大砲を打とうと拳を固める。

しかし次の瞬間、私の視界からバーサーカーは消失した。

 

空気を切り裂くような一閃だった。バーサーカーがデーモンを間合いに入れる直前、とてつもない風切り音を上げてデーモンの蝕腕が振るわれ、バーサーカーの体をさらっていった。

まるで虫でも払うかのようでぞんざいな動作だというのに、巨漢のバーサーカーは錐揉み状態で木々をなぎ倒し吹き飛ばされてしまった。

森は更なる静寂に包まれた。

 

 

『…………期待はずれだったようだね』

 

 蓮田の重い声に反応したかのように、デーモンは私ときららさんに向けてゆっくりと近づいてくる。

 元から鈍重なのか、それとも獲物に対する余裕からか、嫌味なほどにその歩行は遅い。

 

けれど私は不思議と恐怖や不安は感じることはなかった。それよりもより強い感情が私の胸の中で脈打っていた。

 私以外の誰かの感情が、奴を許さないと叫んでいた。

 

 

 大きく、黒い影がデーモンのそばに降り立った。

 僅かに反応したかに見えたデーモンの眉間に手甲に包まれた裏拳が叩き込まれる。眼球を飛び出させて巨大なイカの怪物は今度は自分が吹き飛ばされることになった。

 その時、デーモンの体からするりと紐状のものが巻き取られる。

 それを、鎧の腰に巻かれた飾り布を器用に結び、バーサーカーは強く構えをとり残心をとった。

 

『全く期待はずれだよ』

 

 スマホから蓮田の苦笑いが聞こえる。

 

『人間霊とはいえ、あれだけの規格外に対して子ヤギ程度じゃあまるで歯が立たないか』

 

 

 巨木に叩きつけられたデーモンは苦しげに呻きながら立ち上がろうとする。

 それに対しバーサーカーはいかにも優雅に近づいていく。纏う闘気は実に静かに周囲で揺らめいている。

 

 あのオーラのようなものについて、私は昼に蓮田に言われたことを思い出す。

 この島の空気は元より魔力に満ち満ちていて、サーヴァントは私のような魔力のない普通の人間から供給されずとも肌呼吸のようなもので外気(オド)?を摂取でき魔力切れで消滅することはないという。

 しかしその魔力吸収も即座に力に変換することはできない。どれだけスタミナ料理を食べようと消化するのに時間が必要なのと老廃物となるロスが生じるのと同じ。

 

しかしバーサーカーは、彼は違う。

 中華の武人である彼は祝詞により自身の体内の、もしくは周囲の気の流れを操り、加速し収束させ、すぐに力へと添加させることができる。

 

 今バーサーカーの中では血流のように高密度の魔力が高速で循環している。それが体外にでたものが、あのオーラだ。

 

 突然地面が爆ぜたように轟音が響く。

 デーモンの女性の腰より太い蝕腕が地面に突き刺さっていた。当たれば一瞬で潰されそうな威力。しかしそれはバーサーカーのすぐ横で炸裂した。

 怒りに任せたようにデーモンは蝕腕を振り回す。

 縦横無尽に地面がえぐられ木々が叩きおられる。

 しかしそれは、どれもバーサーカーには届かない。

 

 捉えきれていないんだ。ふっと沸いたら消える、バーサーカーの気の流れに全くついていけていない。

蓮田が言った

 

『全く、どこの世界に気配遮断まで使えるバーサーカーが居るんだ』

 

 

 いつしかバーサーカーとデーモンの距離は二十メートル程まで詰まっていた。

 しびれを切らしたデーモンは傷ついた体を震わせ全ての蝕腕を振り上げる。あの俊敏で強力な蝕腕の絨毯爆撃だ。どんなに頑張っても、逃げ場など皆無。

 

 恐るべき瀑布のような攻撃の前、バーサーカーは動いていた。

 静から動への急激なスイッチ。瞬間的に真紅の闘気が輝きを増す。

 その残滓を置き去りにバーサーカーは大股で地面を滑空する。

 それは実に、三歩のみの疾走だった。最後の踏み込みは綺麗にデーモンの足元につけられる。

 

 轟音がこだました。デーモン攻撃によりの土埃が大量に舞う中、安全圏の超至近距離につけたバーサーカーは体内に竜巻を作っていた。

 踏み込んだ足、膝、腰、肩、肘にかけて急激なひねりが加えられ精密機械というには荒々しすぎる連動運動にて発勁が完成する。

 体内を駆け抜けた真紅の気は全て右拳に収斂され、スマッシュとなって炸裂。

 デーモンの半身を吹き飛ばした。

 

 

 青い血の雨を被り拳を突き上げ屹立する。

 その姿に私は畏敬と戦慄と、そしてどうしようもない頼もしさを感じずにはいられなかった。

 

「これが…………バーサーカー……」

 

 

『――――そう、これが覇王。類稀な軍略と武術の才にて騒乱渦巻く中華を平らげようとした暴虐の王、項羽。君の、サーヴァントだ』

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