Fate/Asian Fighters   作:菊田菊之丞

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一日目

……

「おええぇぇえええええええぇ!」

 

何回目かの嘔吐が始まる。胃の中身は完全に吐き出した後なので酸っぱい胃液しか出てこない。

もういい加減許して欲しい。

意識が戻ってからこっち、私はずっとこの調子だった。物というものが一つもない狭い部屋としか言いようのない場所、打ちっぱなしのコンクリートの上で私は目を覚ました。

意識が鮮明になるにつれ、私は誘拐されたという事実を痛感することになる。そして部屋全体の揺れから船で護送中という現状を認識し、私はおおいにうろたえた。

人身売買とか臓器摘出とか不吉な単語が頭の中をぐるぐるまわった。当然脱出も試みたけど、頑丈な鉄扉は平凡な女子高生程度の力にびくりともしてくれなかった。

精根突き果てて床に座り込んだ私を次に襲ったのは、猛烈な嘔吐感だった。

 

「おうっう、うぇえ、おえええええぇぇえええ!」

 

もうほとんど何も考えられない。制服に掛からないように配慮するだけでせいいっぱいだった。どうでもいいけどゲロって焼く前のお好み焼きに似てるよね。

 

 

 

「うっぷ…………………!」

 

マズい、今具体的なイメージと繋がった。これまでお好み焼きを食べていた記憶がゲロ焼きを食べていた記憶に変換されていって特大の嘔吐感になって私に向かって来た。

自分の想像力を殺したい。これじゃしばらくお好み焼きは食べれそうにない!

 

そうして、私がこの嘔吐感という内なる怪物と戦争を繰り広げている間。

いつの間にか鉄扉は開かれていて、数人の屈強そうな男で脇を固めたスーツ姿のあの男が立っていた。

 

 

「臭いね、汚いね」

 

身も蓋も無いことを平然と言ってグラサンは男たちに合図を送った。男たちは乱暴に私の両腕を掴むと腕が抜けそうな力で無理やり立たせた。

抗議も悪態もつけず、なされるままに引きずられるように私はその部屋を後にした。

 

***

 

「キミってさ、ホント似合わないよね、セーラー服。イメクラみたい」

 

…………殺してやろうかコイツ。

 

そんなことを思い始めて早30分が経過しようとしていた。といっても実際の数字は全然違うだろう。手足が椅子に固定されてて時計が見れない状況だし、ここに連れてこられてうんざりするほどこういう呟きを聞かされた事を考えると、ホントはそれより短い時間な気がする。

 

今私が居る場所はさっきの個室よりちょっと広いくらいの四角い部屋だった。印象としては尋問室と言う感じ。不潔さは私のゲロをぶちまける前の個室とどっこいどっこい。つまりあまり清潔じゃない。

そんな場所にこのグラサン男と二人っきり

二人っきりだった。

それ自体が拷問のような状況である。

 

船酔いが収まったと思ったら次は悪罵の如き皮肉の応酬である。

最早私の体でネタにされなかったところは無い。首のあたりで切りそろえた、手前味噌だが艶のある黒髪もこうくるかという変化球でばっちり貶められた。

全く、髪にかけられるとなかなか落ちないんだぞ。

 

「今下品なこと考えてるね。やめてくれない?そういう生々しい話題、流石に男でも引くよ」

 

…………しかもコイツ、黙ってても自然と心を読みやがるのである。

誘拐犯相手に、しかも人の頭を鈍器で殴った相手である。素直に言い返したりしてやるとでも思ってるのか。

いや……そもそも言い返すとかそんな問題ではない気がする。

大体今ってどんな状況なんだ?私は今、命を相手に握られているんじゃないのか?違うのか?

私は混乱の極みにあった。

 

そんなとき、背後にあった扉が開く音が聞こえ、誰か人が入ってくる気配がした。

何か、大きなものが背後で立ち止まった。

 

「お疲れ様でした、ボス。他の子達はいかがでしたか?」

 

さっきまでの声に多少の敬意と慎みを込めて、グラサンは労うようにその人間に声を掛けた。

 

「うむ、問題ない。五人全員、みな良い具合に振り切れておる。貴様にもせいぜい期待しているぞ」

 

獣の唸り声、とか落雷のような声というのを始めて聞いた気がした。それは太鼓のように下っ腹に響き、私は思わずすくんでしまった。

そして直後にさらなる衝撃に私は身をすくませることになる。

 

向かって左手からのっそりと現れた人物は、一見ホッキョクグマがスーツを着ているようにしか見えなかった。

全体的にスケールが違う大柄な体系、ボサボサの白髪と髭で顔のほとんどが覆われていた。その隙間から見える皺にまみれた顔はどう見ても定年を超えた老人のそれだったが、下手な若者くらい片手でくびき殺せそうだった。

て言うか絶対何人か殺している目をしていた。

その目が、今私を見つめている。

品定めをするように、観察するように。

ややあって、ボスと呼ばれていた巨漢は私から視線を切り、グラサンに目を向けた。

 

「貴様……ふざけているのか」

 

何はともあれ、事情はどうあれ取り敢えず平謝りに平謝りを重ね、全力で命乞いをし許しを斯わなければいけない。そんな迫力を持った声だった。それが自分に向けられていたら私はそれだけで心臓が止まっていたかもしれない。

一方実際に言葉を向けられたグラサンは毅然として言った。

 

「聖杯が、彼女を選びました。それだけで、資格は充分かと」

 

「そういう話ではない、それ以前の問題だ。そもそも私がこいつを気に食わない」

 

身も蓋もないもの言いだった。巨漢の老人は心底嫌そうに言う。

 

「初対面で光るモノが無い奴はその時点で駄目なんだ。それにコイツの態度を見ろ。腹に一物を抱えている風を見せている、気に入らん。所詮大したモノも持ってないクセに出し渋って結局何も出来ず場を白けさせて終わる人間の典型だ。はばかり無く自分を出せるのが子供の美点だというのに、これでは指図が無ければ動けない大人にも劣るわ!」

 

あまりにも横暴で断定的な口調だった。自分の尺度で人を図る、

私の一番嫌いな物言いだった。

だから

 

 

「うるさいっ!」

 

気がついたら私は怒鳴っていた。

 

尋問室が水を打ったように静まり返る。 明らかに場の空気が重くなった。

老人は白い毛に隠れた眼光を流し、私の方向に固定した。

 

「聞き違いか?今………儂に向かって『うるさい』と言ったか?」

 

「……ああ言ったよ!言ってやったよシロクマじじい!」

 

死んだな、と私は頭の裏で他人ごとのように考えていた。

でもいかんせん、これは昔からの悪癖なのだ。

こういう上から押さえつける様な横暴な圧力、理不尽な強要に見舞われた時、私の中で突発的な激情が発生する。例えば親に存在を規定される子供を見た時、政治的な力に住かを奪われた人を見た時、そして一番あるのはこうやって人のコトを勝手に値踏みされた時である。

私はこの感情を反発心だと解釈していた。

それは兎も角、だ。

 

「勝手に人のコトを判った風に……、何様だあんた!大体人攫いが偉そうに価値感語ってんじゃねぇよ!寒いんだよ!お前らアレだろ?真っ当に働くことができないからこんなことやってんだろ?人様に迷惑かけて、寄生して生きていくしかねぇのかよ!え?どうなんだよコラ言い返してみろよ!」

 

私が暴れるからガッタンガッタン椅子が揺れ、そのまま横に倒れた。

私自身、こうなった自分は制御できない。打算という考えを丸ごと排除したこの感情は昔から私の手に余るものだったし、困ったことに相手が大きければ大きい程燃えてしまうのだ。それに今は別れた彼のこととか、いきなり誘拐されたショックとかで頭がグチャグチャになっておかしくなっていたんだと思う。

でもこんな時だからこそ、自分に素直になるべきなのだろう。

 

「ふぁっきゅー!ふぁっきゅージジィ!!」「気色悪い言葉を吐くな」

 

ジジィは汚物を見る目で私を見ていた。

 

「それに大人が誰でも働いていると思うな。そんな奴らは訳も解らず資本家の手足になっている無能共だ。儂らは違う、儂らは…」

 

「革命家だよ」

 

そうグラサンが言葉の穂を継いだ。

ジジィは頷く。

 

「そう、革命家だ。この腐った世界を粛正する、革命家なのだ」

 

「くっだらなーい!逆襲のシャアか!」

 

私は抱腹絶倒し足をバタバタさせた。

本当に下らない、素で爆笑した。こいつら中学生で脳みそ止まってんじゃないの?

てゆーか私が最悪。

カレシと破局してキチガイに誘拐されて反吐を吐いて只今絶賛尋問中。

 

「どういうこっちゃーい!」

 

私は叫んでいた。

泣きながら叫んでいた。

くそ、泣かずになんていられるか。

目頭が急に熱くなって下唇が小刻みに震えてくる。

 

思えば私の人生大体こんな感じだった。両親が死んで、弟とは離れ離れになって。精神分裂とかなんとかで薬品臭い部屋で過ごした二年間。

ようやく社会復帰して、普通に高校に通ってかっこいい彼氏に出会って青春を謳歌していたその矢先にこの仕打ち…………っ。

 

「………………っく、うっく………」

 

いつの間にか私の口からは嗚咽しか出てこないくなっている。さっきまでの勢いがみるみるしぼんでいって、我慢していたものがどっと溢れ出てくる。

 

ああもう、ホントみじめだ。

 

こんなになって、せめて涙だけは見られるもんかと思っていたのに、体は正直だった。視界がじんわり滲んで錆色の天井が霞んでいた。

 

あたまが変になりそうだ。

もういっそ、ひと思いに殺して欲しかった。ミシリと床を踏みしめる音が聞こえて、それは私の方にどんどん近づいてきた。

だからといって私は何の反応も示さなかったし、示すつもりも無かった。

 

足音は私のすぐそばで立ち止まる。私の角度からだと足元しか見えない。けれど山のように大きな影が覆い被さってくるのを感じ、私は身を固くした。

 

次の瞬間、ぬっと伸ばされた大きな手が椅子のへりを掴み、物凄い力で立て直した。手錠で椅子に固定されてる私も強制的に起き上がらされて、一回反動で横に揺れたあと元の直立姿勢に戻った。

びっくりして見開かれた私の目の前には、白い髭に覆われた老人の顔があった。

 

「泣くな。みっともない」

 

妙に落ち着いた、色んなものを震わせるような声だった。私は、白髪の老人の声を始めて聞いた気がする。

白毛の奥にある深い色の瞳はとても綺麗な漆黒だった。

 

「泣くのは諦めだ。諦めるくらいなら最期まで反発しろ。一度噛みついたのなら、死ぬまで離すんじゃない」

 

どこか呟いているような、主張というよりもっと内省的な…………よくわからないけど奇妙な感じの印象を受けた。

けれど物凄く力がある言葉だった。

それはもう、萎えていた私の心を震わされるくらいの。

 

呆然とする私の中では色んな感情がせめぎ合っていた。

素直にジーンときてる自分も確かにいた。けどどの口が言うんだと猛烈に激怒する反発心が大半を占めていた。

けどそれを全て表に出さなかったのは……少なくとも、さっきの言葉には多少の本心めいたものを感じたからだ。

 

何故だろう、そう考えるとこの老人がそこまで悪い人間では無いような気さえしてきた。

吊り橋効果?

そうかもね。

てゆーか絶対そうだけど。ファック。

 

「ボス、時間が押してますよ」

 

軽薄な声が私を現実に引き戻した。

 

「ふむ…………そうだな」

 

グラサンに催促された老人は一歩下がり私を見据える。

 

「本題に入る。お前にはある島で殺し合いをしてもらう」

 

「ーーーーーーえ?」

 

その言葉は私のセンチメンタルな感情を容赦なく蹴散らしていった。怒りとか悔しさとか、そういったものは一旦リセットされた。

 

島、殺し合い。

言葉自体はよく聞く取り合わせだった。

けどそれは銀幕の向こうか漫画の中だけの話の筈だ。

 

「お前の他に5人、この船に乗っている。島に着き次第サーヴァントを召喚し……」

 

「ちょっ、ちょっと…………」私は必死に老人の説明に割って入った。「ちょっと待って……」

 

着いていけない…… 。

サーヴァント……従者?

話をまとめるとそれを召喚して殺し合いをしないといけないらしい。

多分、他の五人と。

それでもまだ、全然疑問だらけだ……てゆーか召喚って何だよ。あれか?『デーモンの召喚』的なあれか?

どうでもいいけど『デーモンの召喚』って言い方おかしいよね、あれ明らかに『デーモン』だよね?

 

……とりあえず、判らないところから先につぶしていこう。

 

「あの……サーヴァントって、何?」

 

老人は眉一つ動かさず、豊かな髭を僅かに揺らして答える

 

「サーヴァントとは過去未来現在、時空を超越した英霊、その写し身を『座』から呼び出し使役する使い魔のことだ」

 

再び怒りの種が私の中でくすぶり始めてきたが頑張って抑えこ込んでおく。

その様子を、グラサンは面白そうな顔をしながら眺めていた。

 

「サーヴァントは今回は7つのクラスに分けられる。

セイバー

アーチャー

バーサーカー

ランサー

キャスター

アサシン

そしてーーーデーモンだ」どこからどう聞いても……子供の脳内妄想以上の何かには聞こえなかったけど

私はあくまで真面目に、暴れ出したくなる気持ちを抑えて一言一句聞き漏らすまいと話に聞き入った。その一つ一つに隠された裏の意味があるのではという疑りを念頭に置きつつ頭に彫り込んでいく。

そして、疑問は即座に解消する。

 

「……はい」

 

「何だ」

 

「あの~、まず確認ってか、前提をしっかりさせときたいんだけ……ですけど」

 

この場で取り繕ったように敬語にするのに意味があったかは疑問だけど、取り敢えず殊勝な感じで白髪の老人に向かって

 

「まずあの、これってマジですか?」

 

「……まともな日本語を使え。貴様、何年生きているんだ」

 

「いや……だからその、話を聞いてると妙に、なんて言うか現実離れしてるってか、別の意味で現代っ子には身近だったりするんですけど、その…………これって魔法とかそっち系の話ですか?」

 

「ふむ……魔法ではない」

 

簡潔かつ確然としたその答えに安堵すれのもつかの間

 

「それはまだ魔術の範疇の話だ」

 

ときっぱり言われて私は絶句した。それからは授業の時間だった。

シロクマ先生の魔術教室。

例えば、魔術と魔法の違い。この世界を覆う外気とヒトの中の内気。人類、または世界を存続させようとするガイア、アラヤ両面の愛すべき仇敵、抑止力。

印象としては多分に主観が混じり、けれど包括的な客観性に裏打ちされた……要はこの世の裏の真実。隠された世界観。

そんなコトを滔々と語られ、私もそれなりに真剣に聴き入っていた。

それを何とか飲み込んて頭の中で整理をつけた、結論。

 

 

 

 

 

「知ったことかぁーーーーーーい!」

 

私は再度の絶叫した。

だってそうでしょ?

こんな話そうそう受け入れることなんてできない。

アニメや漫画の中の登場人物みたいな異常な順応性なんて私は発揮できない。

寧ろそんな奴は社会的に見てヤバいやつのことだ。

そしてそんな話を長きに渡って喋り続ける奴はもっとやばい奴。

 

「訳わかんない訳わかんない!きっしょ!何その話?知らねーよ!」

 

もうだめだこいつら、一瞬マトモな奴らだと思ったけど違ったいかれてる。

色んな感情が混ざって訳わかんなくなっていた。

 

「死ねよお前ら!!死ね!!もうほんと気持ち悪い!お前らの妄想につきあわせないでよ!てゆーか家かえせよ!」

 

天井をぶっ壊す勢いで私は叫んでいた。

グラサンとシロクマは顔を見合わせていた。グラサンがおもむろに懐から取り出したのは手の平サイズの何かのスイッチのようだった。

どうしてか妙な不安が喉を詰まらせて、私は叫ぶのを止めていた。

 

あんまりな程突然だったけど

本音を言えば、遂に来たか、という感じだった。

私だって深作欣二の傑作サバイバル映画は見てるわけだから、この先何が起こるかは大分前から可能性の一つとして予想はできていた。

 

これから行われることがどれだけ暴力的で絶望的なのかは判っていて、本当はそれが物凄く怖かったし絶叫したい気持ちだった。でもそんなことはお構いなし。

 

 

カチリという音が遠くで聞こえたかと思うと、白くて乾いた感覚が私の全身を襲った。爪先から頭のてっぺんまでピンッと串刺しにされたような感覚で、びっくりしたみたいに体が跳ねた。

多分それは電気ショックだったんだと思う。

ミンチみたいなのを想像していたけど、断然スマートな方法だった。

というか案外意識って保つもんだね。

絶対心臓は蒸発してるだけど。

 

 

そして白かった感覚が急に暗転して、闇の中に私の意識は吸い込まれていった。「ふむ、一つ忘れていた。まだ起きていろ」

 

視界がガクンと揺れる。どうやらどこかを蹴られたみたいだ。

意識が完全に消失するまで、覚める一歩手前の夢を見ている感覚で私はその声を聞いた。

 

「英霊は六人、お前達の使い魔になるのはデーモン以外の人間霊のみ。それ以外、デーモンはその名の通り悪霊の類だ。存在しているだけで、災厄を撒き散らすマスターの居ない怪物達だ」

 

…………またその話か。

確かに、クラス7つに対してマスターが6人というのは気になっていたところだった。

でも今となっては詮索する気力も湧かない。

 

「島には同時に7体以上のサーヴァントは存在できない。そしてデーモンのみ、消滅した後別個体が再び召喚され、そのストックは6体までだ。転じて、聖杯は7体の霊魂を取り込む事で完成する。意味が判るか?」

 

知ったことか。

私は瞼を固く閉じ、再び黒い螺旋の中に意識をとけ込ませていった。

もう何も聞く気はない。おやすみ、グンナイ。

 

最後に意識の端に引っかかるようにして、耳障りな軽い声が聞こえた。

 

「難しいことは言わないよ~。要はムカつく奴を7人ぶっ殺しちゃえばいいのさ。簡単でしょ?

日和ちゃんはすぐに人を嫌いになれるからさ」

 

…………その時は

その時は最後にお前を地獄に送ってやる。

 

そんな事を私は言ったのか思っただけなのか

果たして、完全に私の意識は消失した。

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