Fate/Asian Fighters   作:菊田菊之丞

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一日目、夜1

そして現在、私は鬱蒼と生い茂る林の間を疲れた体を引きずるように歩いていた。

そびえ立つ木々自体は実際体をねじ込む余裕もないほど蔦や草が密集してる訳ではなかったけど、都会暮らしに慣れた私にはこの行軍はキツいものだった。

デコボコした獣道はまっすぐ歩くことすら許してはくれないし腐葉土の地面は歩くだけで体力がもりもり吸い取られていく。

 

日はとっくに落ちていた。

月の光が思いの他頼りになって周りをはっきりと照らしてくれてはいたけれど、ここにきて私は林に入ってしまったことを後悔していた。あのまま海岸で夜明けを待った方が得策な気がしてきたのだった。

けれど、一箇所に留まることはそれはそれで不安に囚われてしまうもので、とにかく体を動かさないと私は心身共にどうにかなってしまいそうだった。

こうしてあの切り立った丘を目指しているのも林に足を踏み入れてから

要するに成り行きだった。

 

 

 

 

疲労が溜まりすぎて両足が言うことを聞かなくなってきたので近くの木に背中を預けて腰を落ち着かせる。土の冷たさなんて気にならなかった。

 

「…………」

 

自分で自分を抱きしめるみたいに私は膝を抱えた。

駅前とかにいたら相当人生終わってる人の体勢に思えたけど、すぐに思い直す。私も似たようなものだった。

けれどこんな訳が分からない事に巻き込まれて野たれ死ぬ私よりも彼らの方がよっぽど幸福だ。それに望めば彼らは誰かに助けてもらうことだってできる。恥と外聞を気にしなければ現代社会で死ぬことはまずない。

それに対して、私は文明から隔絶された見知らぬ土地にいる。助けてくれる人は……居ない。

 

そう思うと猛烈な寂しさに胸が押しつぶされそうになる。

両親が他界したあの災害の後だって、親戚の人とかが絶えず私の周りに居た。

一人暮らしで急に人肌が恋しくなった時も友達に電話すれば話を聞いてくれたし、彼なんかは遅くに家の前まで来てくれたりした。

そう、彼なんかは……

 

「……………………ぅう」

 

まただ。

どうしてこんなに弱いんだ、私は。

誰にも見られていないけれど、何か許せなかった。何かこう、負けた気がして。

 

「あァーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

試しに叫んでみたらまず自分がびっくりした。

完全に頭がおかしい人の声で、それが自分の口から出ていると思うと不意に声帯掻き出して腐葉土に埋めてやりたい衝動にかられたけど、そんな度胸あるならとっくに自殺していた。

残ったのはなんとも言えない虚しさだけ

は。

相当終わってんなー、私。

 

二月七日

 

腕の間に顔をうずめて、どれだけ経ったろう。突然デジタル加工なクラシック音が林に鳴り響いた。

「ラデッキー行進曲」。こんな人口音の発信元はただ一つ、カ-ディガンのポケットに仕舞ってある例の黒いスマフォ。

 

グラサンの誘導で記憶を立ち上げた後、私はすぐにあいつとの通信を断ち切ってその場を立ち去ってしまった訳だけれど、このスマフォは捨てることなく身に付けておいたんだった。

最初は憤りのままに地面に叩きつけて壊してやりたい気分にもなったけど、それはなんか外の世界とをつなぐ縁を失ってしまう気がしたのだった。全く、無機物にここまで複雑な感情を抱いたことなんて今までにはなかった。

 

それで携帯電話に着信が来て、それはほぼ確実にグラサンだと分かっていて。

私は出る気なんてさらさらなかったけれど、でもこの音が鳴りやんでまた無音の世界に放り込まれるのが怖くて

結局電話を取ってしまった。

かじかんだ指で応答ボタンを押し、耳に当てる。

 

「やあ、落ち着いたかい?日和ちゃん」

 

受話器の向こうにいたのは、やっぱりグラサンだった。そしてそう言うコイツの方も、前

むしろ気遣わしげな印象すら受ける

表面上は。

 

しかし、落ち着いているか……冷静に考えると微妙だ。一応、さっき叫んだことでせめぎ合うようなものすごいモヤモヤは消えたようだったけれど、けどこれは回復したんじゃなくて麻痺しただけだと思う。単なる飽和状態という感じ。

今はこんな他人事みたいに自己分析できるけど、些細なことでプッツンっといってしまうかもしれない。

もしかして、そんな私の精神状態を見越してコイツはすぐには通話をしなかった?

だとしたらどこまでも私はコイツの手のひらの上だ。

 

 

「ボスじゃなくて残念だった?」

 

と、いきずりで沈黙を守っていた私にあらぬ方向からの話題の転換がきた。

なので

 

「は…………?」

 

と私は非常に素直な返しをしてしまった。

 

「いや、日和ちゃんボスに喝入れられた時、ちょっとキュンときてたでしょ?あんななっがい話も真面目に聞いてたしさ~」

 

「…………アホか。なんで私があんな筋肉ジジイ……」

 

ダメだ。

これじゃあまるっきりコイツのペースだ。流されちゃいけない……

でも、コイツのペース?

何を考えてるのだろう私は。会話の主導権を握って、必要な情報を引き出して、ゆくゆくはこの島からの脱出でも図ろうとでも思っているのか?活劇のヒロイン気取りか?

馬鹿じゃねーの?漫画の読みすぎだろ。

 

「…………ダメだ」

 

こんな考えはいけないのは判っている。でも、止まらない、止められない。

だって、しょうがない。この状況はあまりにどうしようもなさすぎるんだ。

これまで、私はなんとかなると思っていた。何だかんだで最後には自由になって元の日常に戻れるんだと思っていた。

けどこの島に来て、絶対的なリアルを見て、それはありもしない妄想だと思い知らされた。

助けは来ないし、自分に運命を切り開く力なんてない。ただ、状況に流されるだけ。

寒いし、疲れたし、お腹もすいたし喉も乾いた。これから病気にかかる可能性だって充分にあるし、餓死って言葉も目の前をちらつく。それにこいつらに捕まった時点で即座に逃げれなかった時点でもう命運は尽きていたんだ。

なんであの時、あんな虚勢を張ってしまったのだろう。もっとみっともなく媚びていれば、ここまでのことにはならなかったんじゃないか?

あの時、あんなチンケなプライドにこだわらず、無意味な反発心に流されていなければ……

 

ああもう、反発心!なんて軽薄で無責任で余計な機能だろう。どうせ思ってることなんてすぐに変わるのに。なんだってうまく立ち回らせてくれないんだ。なんだって、いらない勇気を与えたりするんだよ…………

 

 

「あの……さ。妙な自己矛盾に陥ってるとこ悪いけど、いいかな。今、結構危ないとこなんだ」

 

珍しく割合切迫した感じで、私の返答を待つのもそこそこにまくし立てる。

 

「まず一つ、食料、アメニティ、衣服などは夜明け過ぎに空輸する。だから今夜は我慢。いいね?」

 

「…………え?」

 

いいも悪いも……、こちらこそいいのか聞きたかった。心配の半分は片づいたようなものだ。

でも、嘘だったら?

しかしそんな疑いを挟む余裕もなく、グラサンは続けた。

 

「そして二つ目、すぐそこから離れるんだ」

 

その時

急に林の中の空気が変わった。けたたましい声を上げて、これまで気配さえ感じさせなかった野鳥達がいっせいに飛び立った。

何?この粘りつくような、生暖かい空気は……

グラサンの声がおかしいぐらいに頭に響く。

 

 

「デーモンが、そこに来る」

 

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