Fate/Asian Fighters   作:菊田菊之丞

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一日目、夜3

暗い、暑い、臭い。

ヌメヌメする空間を私は緩慢に滑っていた。イメージとしてはチューブから押し出されるところてんという感じ。同じ所をぐるぐると循環していた。

 

コレに飲み込まれて何分経ったのか……時間の感覚なんてとっくに無くなっていたし、そんなデリケートな感性はとっくに私の中で焼き切れているのかもしれないけど、私は生きていた。

まだ生きていた。

 

流石にあの大きな口を見て視界が真っ暗になった時は今回こそ死んだと思ったけど、意外に私はしぶとい生き物みたいだった。

 

でも、もう駄目かも。さっきから妙に目にしみる液体が注水されてきていた。私を運ぶ筋肉の運動も徐々に滑らかになってきている。

器官が「できて」きているんだ。直感的にそう思った。

 

猶予はあったけどそれも限界。もうすぐ私は消化されてしまう。

 

 

急に肉の運動が止まった。僅かに周囲の圧迫感が消え、肉が引いていくのが判る。私の周囲には、自由に手足を動かせる空間ができていた。

 

どうしたんだろう。まさか、私を消化するのは不可能だと思って吐き出すつもりな?

 

私は身を起こそうとした、その時。

突然右手と左足首に何かが絡まってきた。縄のような太さで、ぎょっとした私がじたばたしても全然ほどけない、万力みたいな力。

 

 

「ーーーーーーあ゛あ゛ぁあああぁ!」

 

刺された。そう思考してあまりの痛みに私は絶叫した。

痛い痛い…………本当に痛い!絡めとられた手足から異常な痛みが伝わってくる。

けれど、その痛みと熱もあるところまでいくとフッと消失した。それも手足の感覚を道連れにして。

 

毒だ!私はまたしても直感でそう思った。コレは……間違いない、吸収しやすいようにしてから、私を消化する気だ!

 

私はパニックに陥った。顎が病的に痙攣して舌を噛みそこねる。

 

その口の中にすら、遂に例の縄状のモノは侵入してきた。

 

喉の奥までねじ込まれた異物で息ができない。激しく咳き込んだけれど異物はむしろ嬉しそうに身をくねらせた。なんともいえない味の分泌液が滴り口内を満たす。それが私の唾液と混ざり合って潤滑油になって縄状……もう疑う必要もない、触手だ。やつの触手のピストン運動を助けていた。

 

気持ち悪い……驚天動地の嫌悪感。羞恥とかそんなのぬるま湯だ。もう何度も私は人としてやってく自信を失っていた。

全身を剥かれて肥溜めの中に放り出されるよりなおひどい。それどころか、私はこのままいけばゆっくり溶かされて肥溜めと同じものになるんだ。

それもこのよくわからない低俗な生き物にいいように体を弄ばれて。髪も手も太股も全て汚物みたいな臭いのする粘液に浸されて。

 

口内の触手が興奮したように私の舌に絡まってくる。求愛行動よろしく愛撫を繰り返し一つになろうというような勢いだった。私はされるがままだった。触手は力強くて私はうんざりするほど無力だ。

頭はとっくにパンクしていたけど妙に熱っぽい。けれど動物的な意味で意識が冴え渡ってきた。

 

『あらら~、フェラチオのメタファで濡れて来ちゃった?最低だね、日和ちゃんは。それでも人間のつもり?』

 

死ね。お願いだから死んでください。

もちろんこれは幻聴。あれ、でもスマフォも一緒に飲み込まれたんなら聞こえても不思議じゃない?

知らない、どうだっていい。

そんなことより…………ここからどうやって抜け出すかで私の意識はいっぱいだった。

 

 

そうなんだ。ここにきて私は生存本能に支配されていた。

生きたい。生きたい。中途半端な苦痛が更に別の自分に火を点ける。

反発心。なんとも無軌道でとても褒められたものじゃないけど、あらゆるものへの敵愾心が私の体の奥に充填されていた。私の内側で色々な感情が総結集して、反撃の機運が高まってきていた。

その時、喉の奥が燃えあがった。

 

「~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」

 

意識が飛んだ。確実に数秒間意識に空白が生まれていた。

そう思ったら更なる痛みが押し寄せてきた。そう思ったたら更なる痛みが更なる痛みが塗りたくられて無理無理耐えられない意識が飛ぶ飛べない痛い痛い………………!!

毒が注入されていた。柔らかい粘膜に鋭くて太い針が一度ならず何回も何回も突き刺される。その度新鮮な痛みが私の理性を削ってくる。

やめてくださいお願いします痛いんです耐えられないんですすみません変な気を起こしてごめんなさいこの通りです…………。

 

一瞬で私の心は屈服した。サアーと熱が引いていくのを感じる。心の防壁を解いたとたん血が大量に噴出して立ち上がれなくなっていた。

感覚が残っている股に熱を感じる。余りのショックで糞尿が飛び出ているみたいだった。ショーツに押しとどめられて盛り上がっている。喉からはヒューヒューと狂ったように呼気が漏れていた。私は人間として再起不能になった。

 

 

…………どれくらい経ったか、痛みは例の麻痺に向かって移行していた。

もう、安堵しか無かった。自立心を徹底的に破壊しつくされて残ったものは純粋に苦痛からの開放感だった。

死んだと何度も思った。思うたびに痛みに揺り起こされて再び悲鳴を上げていた。地獄だった。

生きることが苦痛だった。そんなの、最初からそうだったけれど。

誇れるような家族とか、情熱を注げる将来の目標とか縁がなかったし。

普通の人が悠々歩けるところに何故か針が突き出されているような人生だったし。

私なりに頑張るんだけどなんでか知らないけど結果に繋がらないし、割に合わないし。

それでふざかんなあーってもっと頑張るんだけど結局ダメだし。

もういいや。やめにしよう。

 

私はまぶたを閉じた。

 

 

***

 

…………あー。

ヤバい、まだ生きてる、私。

体内時計ではもうとっくにジュースみたいになって蛋白源としてあいつに吸収されてるころと思ったけど、心臓はまだ脈を打って意識は連綿と続いている。

キレイに諦めたつもりだったけど、こんなところでも私は自分の運命をコントロールできないようだった。状況は、私なんか居ないもののように進み続けている。

世界とか……そんな大きな舞台の上にひとは立っているとして、私は完全に蚊帳の外だった。何かこう……諦観でしか対処できないもの、大きな力に圧迫され続けていた。

だからこそ、瞳を閉じたのに。

このロスタイムはなんなんだろう?

唯一の救いは、あの地獄のような痛みがもうないことだ。陵辱の屈辱も、感覚が無ければ耐えられた。代わりにとてつもない倦怠感にうんざりするけど……

 

陵辱……

思えばコイツは、この化け物は私を辱めることに興奮を覚えてるふうだった。わざとすぐにはことを終わらせないで、相手が苦しんだり、希望を持ったり、絶望したりするのを鑑賞して悦に浸ってる節があった。感情表現の仕方は違えど、その行動パターンは異常者と似ていて……でも異常者と言ったって、十分理解できる程度

常識の範囲内の

つまりこいつは、私を苦しめるために苦しめた……?

 

なんだろうこの感じ。

妙に気持ちが軽い。霧が開けたように思考が晴れてくる。

とうとうおかしくなった?

ははは、今更混ぜっ返すこともないか。

 

世界とか運命とか、そんな墓石みたいにどうしようもないものに直面して絶望してたつもりだったけど、相対してるものは一個の意思。こんな無力な私とさえ計りにかけたらあっさり釣り合ってしまうくらいの。

それなら、抵抗しちゃっても問題はないよね。

無茶苦茶にしてやってもいいよね。

 

私は微かな光明を掴んだ気がした。

 

***

 

ハッ、と私は我に帰る。

麻酔にかけられたような浮遊感がいつの間にかどこかに消えていた。変わりに焼き鏝を当てられたみたいな鋭い痛みが左手の平から伝わってきた。

驚いて目を向ける。薄暗い空間で輪郭までしか確認できないでいたのに今はハッキリと見えた。何故か、光っていたからだ。手のひらがというかそこに刻まれた、何かの紋章のような図形が。

 

そしてそこから伝う熱が、体の痺れを打ち消していっていたようだった。

 

次第に鮮明になっていく感覚に、私は戸惑いを感じていた。 徐々に心と体を隔てていた薄膜が取り払われていく。

深く突き込むのに比例して、絶叫と周囲の痙攣の度合いは大きくなっていく。

 

空気が僅かに振動した。焦りを露わにして、四方八方から触手が絡まってきた。

手を足をついでに口を、さっきとは比べものにならない拘束が私の体を軋ませる。

 

けれどもう私は躊躇わなかった。

 

口に侵入して来た触手、それが根元まで入った直後、私は全力で口を閉めた。口には何とも言えない味が広がる……食感はプリップリなエビに似ていた。

 

 

感覚を奪ったと思いこんでいた相手からの反撃は完全に予想外のようだった。

思った通り、相当敏感な神経をやられたらしい。最早コイツの攻撃の意志は束の間完全に中断された。

一際高い悲鳴と共に再度拘束は緩む。

 

今しかない…………!

少なからず飲み込んでしまった奴の血肉を吐き出し、私は満身の力を込めて左手の紋章を押し切った。

 

固いものに触れる感触。地面だ。

 

そして左手の熱が一気に高まったと思うと、視界が爆光に包まれていた。

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