6年生のアンジェリーナは大人と付き合っている。しかし、友達の美人のヴィーカのほうが大人っぽくアンジェリーナには見える。ある時、ヴィーカは男に変なことをされたと言って学校を休む。

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露骨な描写は抑えています。


アンジェリーナ

 アンジェリーナは順吉の下宿を出て学校へ向かった。洗い忘れた指先を見ながら、結構疲れさせちゃったかなと思った。まばゆい朝の太陽と冷ややかな空気とが、新しい一日を感じさせた。アンジェリーナは友達のヴィーカが待っているピザ屋の前に駆け出した。

 ヴィーカは水色のティーシャツに濃い青の短いスカート、長い髪に黄色いリボンを二つ結んでいた。アンジェリーナを見るとぱっと笑顔に輝いた。黒い髪に黒っぽい瞳のヴィーカをアンジェリーナはきれいだといつも思う。水色のティーシャツに胸の先が浮いて見えている。アンジェリーナは大人の順吉と付き合っているのに、ヴィーカのほうがお姉さんみたいに見えて仕方がなかった。

 ヴィーカが急にきゃっと叫んでスカートを押さえた。男子が二人げらげら笑いながら後ろから走り抜けていった。陽一と秀哉との二人だった。ヴィーカは秀哉が好きなのだ。嬉しそうに怒るヴィーカがかわいいとアンジェリーナは思ったが、やはり自分と引き比べて、秀哉はまだなんにも出ないんだろうなと思った。

 アンジェリーナは色の薄い金髪を、耳こそ隠れていたが男子のように刈っていて、瞳は薄い青、そばかすが少し有り、胸はまだ服の上から全然わからなかった。今日は、順吉が買ったライム色の、ヴィーカより短いスカートをはいていた。

 アンジェリーナたちの教室は三階にあった。窓から初夏の海が霞んで見えた。

 その日の午後はプールだった。教室では女子が着替えてから男子が入れ替わって着替える。

 アンジェリーナとヴィーカとは、教室の戸にもたれかかって話しながら男子を待っていた。他の女子はもうプールに行っていた。ドアをノックする音が聞こえたので、アンジェリーナは背をどけて戸を開けた。ヴィーカが小さく声を上げ、アンジェリーナの後ろに隠れた。教室から男子の笑い声が上がった。

 秀哉が戸のところで腰のタオルを開いて、裸の下半身を見せていた。しかも腰を振っている。

 自分と同じ年の男子の体をアンジェリーナは初めて目にした。順吉のととても違って見えた。色白の顔がたちまち染まって、青い目が見開かれたまま立ち尽くしてしまった。ヴィーカはアンジェリーナの肩ごしに、それを射るような目でやはり見つめていた。

 秀哉は、動かずにまだ真っ赤な顔をしているアンジェリーナの手を素早く取って触れさせようとした。思わずアンジェリーナは触るまいと指を握ったが、却ってまるごと力一杯掴んでしまった。秀哉がぎゃっと声を上げ腰を引いたとき、皮の先だけ拳に挟まったまま随分と長く引っ張られた。

「女子は早く行きなさい。秀哉、何やってる。」

先生の声を聞くとヴィーカとアンジェリーナは走っていった。プールへ行く途中、ヴィーカは興奮してアンジェリーナにいろいろ質問した。そして、アンジェリーナの手を嗅いでみて、

「ちょっと臭くない?」

と、うるおったような声を弾ませた。

 放課後、アンジェリーナはヴィーカとピザ屋のところで別れると、まっすぐ順吉のアパートへ向かった。夏の日は長く、まだ夕方と言えない明るさだった。

 ふでばこから鍵を取り出し、アンジェリーナは当たり前のように順吉の部屋に入った。朝出てきた時と変わらず散らかっていた。何日も前のアンジェリーナの靴下や下着も、本と一緒に床に投げたままだった。

 順吉は昼寝をしていた。アンジェリーナは冷蔵庫からりんごのジュースを出してきて、寝ている順吉の横にしゃがみ、パックのまま一気に飲んだ。そして少し横になっていたが、むっくり起き上がると順吉のシャツをまくりあげ、パンツを膝まで引き下げた。

 髪・ひげ・のどぼとけ・脇の下・へそと、アンジェリーナは両手で男の体をゆっくりと確かめ、ときどき自分のものと比べてみた。今日のことを思い出しながら順吉のを握ってみたが、秀哉のと違って片手に溢れて収まらない。秀哉のには驚いたけれど、見慣れたこれは、自分の体より身近に思われて不思議だった。

 アンジェリーナはまたりんごジュースを片手で取ってごくごくと飲み、もう片方の手に持ったままの順吉を口いっぱいに頬張った。順吉はいつでも早かったから、りんご味が美味しく思われた。

 アンジェリーナはそのあと宿題をしてから順吉の部屋を出ていった。順吉は結局、終始眠ったままだった。

 翌々日の三時間目にようやくアンジェリーナは気がついた。消しゴムがない。爽やかに甘い匂いのする買ったばかりの消しゴムだった。虹色に透けた色をしていて、きれいなのでまだ使っていなかった。きのうは図工に体育が続き、なくしたのに気づかなかったのだろう。順吉も友人と用があって遅いというので、きのうは寄らずにアンジェリーナはヴィーカと少し遊んでから家に帰った。おととい順吉のところに忘れてきたのだとアンジェリーナは考えた。

 ヴィーカが珍しく休んでいた。先生は何も言っていなかった。

 学校が終わると、アンジェリーナは秀哉を連れてヴィーカの家に行くことにした。秀哉はクラス委員長でもあった。それで、義務だと言って無理に連れて行ったのであった。

 ベルを鳴らすとヴィーカが寝巻で出てきた。お母さんはピアノを習いに行っていると言い、アンジェリーナと秀哉とは中に入った。ヴィーカは病気でもないようだった。

 部屋に入るとヴィーカは涙をこぼし始めた。きのうの夕方、男にいやらしいことをされたと言う。大変なことをされたので不安だが、医者には行きたくないし、親にも恥ずかしくて話していないと言った。そして、ここのところだと下に手を当てた。

 いま秀哉に見てもらおうとアンジェリーナは提案した。友達のを見たい気はあったけれども、とても触る気にアンジェリーナはなれなかった。戸惑いながらヴィーカは、この前秀哉のを見たからそれでもいいと言い、秀哉は嫌だと言いつつ、本当は好きな相手を前に、困ってもじもじしていた。

 ヴィーカは意外と平気に下着を脱ぐと、椅子の上で膝を立て、脚を広げた。顔は横に向けていた。秀哉が顔を近づけたとき、ヴィーカは場所がわかるように開いてみせた。アンジェリーナは見て何か不潔に感じ、においが届かないよう息を止めた。唾みたいのが出てきてると秀哉がつぶやいたのにアンジェリーナは笑ってしまったが、ヴィーカの本心を当てているようにも思った。

 やがて秀哉は、ヴィーカの中からアンジェリーナの消しゴムを取り出した。

 このことがあってから、ヴィーカは秀哉と一緒にいることが多くなった。消しゴムは、気持ち悪いので秀哉にあげたら、秀哉が同じ新しいものをアンジェリーナに買ってくれた。消しゴムのことはもうどうでもいいようにも思われたが、やはり真犯人は誰なのかアンジェリーナには気になった。

 アンジェリーナはまず順吉を疑った。ヴィーカは美人でやさしい。胸も小さいがはっきりあるし、お尻も女の子らしい形になっている。男がヴィーカを選ぶのは当然であるように思われた。女らしい嫉妬でもあった。しかし、ヴィーカは順吉を知らないし、順吉がヴィーカと知り合う機会もなさそうだった。もしかしたらこれはヴィーカの自作自演かともアンジェリーナは考えたけれど、ヴィーカは正直な子であり、計略を思いついたりしない子だと、アンジェリーナはこの考えも取り下げた。

 アンジェリーナがヴィーカに、どんな男だったのかよく教えて欲しいと言うと、そんな話もうしないでと怒られた。

 アンジェリーナは困った挙句、陽一に全部を話してしまった。陽一は秀哉とつるんでいるが、とても頭の良い、メガネをかけたおとなしめの男子だった。そしてどうやらアンジェリーナが好きらしい。人の来ない体育器具室の裏に、夕方アンジェリーナは陽一を呼んだ。二人は並んで座り、裸の肩が触れていた。

 話をしているうちに陽一のズボンが膨らんでいることを見たアンジェリーナは思わず興奮した。そして、あんたもう大人なのと陽一の体操服のズボンに手を置いた。全く無抵抗なばかりか、何かを期待している陽一の目にアンジェリーナは下品な依存心を感じ、いじめたくなってきた。アンジェリーナは片手を陽一のズボンに入れると、気持ちいいことしてやろうかと言った。秀哉のより大人の形になっているけれど、まだなりきっていない先の部分を確かめて、アンジェリーナの心はかっと熱くなった。アンジェリーナは、痛がる陽一を無理に大人の形にさせ、順吉にしていることを始めた。少年らしい不潔さが気になったアンジェリーナは、ジュースがあったらよかったと思った。陽一は押し倒されて、アンジェリーナが上になった。うめく陽一に下着を下ろされたアンジェリーナはいよいよいじめている気分になって、陽一の顔に座り込んだ。陽一はそこが見たいらしく、手で抵抗していたが、アンジェリーナは構わず体の重みを加えていった。経験から、もう男が出てくるのをアンジェリーナの喉が心待ちにしたとき、陽一はアンジェリーナが驚く程の力で起き上がり、アンジェリーナの背中に覆いかぶさった。そして、目で分かる程ひらいていたアンジェリーナを突き刺した。しかし陽一はすぐ体重を全部アンジェリーナに預けてぐったりとなった。その乱暴さと悔しさとに、うつぶせで泣きながらアンジェリーナは陽一に聞いた。ヴィーカの話、どう思った。陽一は何かを為し遂げたあとのように男らしく上体を起こして言った。先生、ヴィーカが好きらしいけど。

 

 陽一は意外な面を持っていた。次の日の昼休み、給食が終わってからしばらくして、アンジェリーナは陽一に呼ばれた。また体育器具室の裏に来た。給食室から遠くないところなので、給食のおばさんたちが片付けをしている音や、給食の残りのにおいがすぐ近くでした。

「これ見ろよ。」

と陽一は携帯電話をアンジェリーナに見せた。そして中の画像を開いた。

「さっき先生の上着から取ってきた。やっぱあいつ、黒だな。」

カラオケボックスらしい場所で先生とヴィーカとの写った画像がたくさんあり、ヴィーカはだんだん裸になっているのだった。どうやら先生は酔っているらしい。顔が変だった。ヴィーカは、服を無理に脱がされているようには見えず、明るい表情でカメラを向いておどけてさえいる。画像を見ていくうちに、アンジェリーナは先生が自分の消しゴムを手にとっているのを見つけ、思わず、なんで先生が持ってるのと大きな声を出した。

「ああ、あれ、ほんとは俺がお前の筆箱から盗ったんだ。それをあいつに見つかっちゃって・・・」

「あんた馬鹿じゃないの? その携帯返しなさいよ、ヴィーカがかわいそうじゃない。」

「あいつに言いつけるなよ。俺、いつかこの話を大人に言ってやろうと思ってるんだ。」

「あんたが盗んだこともばらすわよ。」

「俺がいまこれ誰かに見せたらあいつも終わりだな。」

「あんたも終わりだって言ってるのよ。ヴィーカのことも考えなさいよ。秀哉に言ってもだめよ。」

「じゃあ、返してやってもいいけど、俺が盗ったこと言うなよ。それから、もう一回、じゃなくて二回させろよ。証拠のお礼。」

「ヘンタイ。」

アンジェリーナはそう言って陽一からカメラをひったくると、自分から後ろを向いて前かがみになった。それでも、陽一の口をそこに感じた時には、やはり自分の方が上である気がするのだった。

 アンジェリーナは午後の休み時間に先生のところへ行き、誰かの落し物ですと言って携帯電話を先生に渡した。先生は何か言おうとして口を開けたが、一度身を引いてから、僕のです、ありがとうとだけ言った。

 それからアンジェリーナは陽一に告白された。お前のためならなんでもすると言われたアンジェリーナは、少し惹かれて、どうせしたいだけなんでしょと言ったが、断らなかった。

 

 卒業式の日、ヴィーカは先生と親しそうに話していた。顔と顔とがくっつきそうなくらい近づいて、ヴィーカはにこにこしていた。

 アンジェリーナは二ヶ月前に初潮を迎えた。陽一と順吉と自分との関係は、もう妊娠してしまえば続かなくなるのだと、体から心に突きつけられた思いがした。陽一はこれから自分を愛してくれるかもしれないが、中学に行ったら別れるかもしれない。順吉は、ますます女の体になっていく自分を嫌うかもしれないが、すぐ結婚してくれるかもしれない。

 友情とか恋ってなんなのだろうとアンジェリーナは考える。ヴィーカと秀哉、先生、陽一、自分、順吉。

 きのうの帰り道、ピザ屋の前で、アンジェリーナはついにヴィーカに聞いてみた。ねえ、変なことした男って、もしかして先生? ヴィーカは、先生はお嫁さんがいなくて大変だし、それだと男の人はとても苦しいんだって、そんなときお酒もたくさん飲むんだって、だからあたしが何とかしてあげなきゃ、と言い、秀哉は子供っぽいし、学校変わっちゃうしねと笑って言った。頭も良いヴィーカは、全国でも名高い私立学校に進学する。

 答えになっていないとアンジェリーナは思ったが、順吉と自分との関係も同じようなものだと思った。

「先生だって、もう学校違うんだよ。」

「いやだなあ、だから自然にお付き合いできるんじゃない。」

「あたしたちは友達でいられるよね。」

「それはそうよ。」

 アンジェリーナには未来が見えなかった。うすももいろの桜並木が淋しかった。ヴィーカの家族と写真を撮ったとき、何かが終わったように思われた。

 筆箱の中の鍵が鳴った。アンジェリーナは、変わらぬ愛情を頼りに順吉の部屋へ走った。順吉は今日もこの時間、昼寝しているに決まっているのだ。



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