なんて楽しそうな響きだろう。実際、百々ちゃが家に泊まると決まって…いや、なんなら泊まると決まる前からやりたいなぁと思っていて、楽しみにしていたくらい最高のイベントだと思う。だが…
『…………』
『…………』
今は何とも気まずい、お互いが間合いをはかり合っている…そんな空気が満ちている。どうしてこんなことになってしまったのか…話はすっっごく美味しかったママの夕飯を食べ終わった直後まで遡る。ほわんほわん…。
◇
「……ええ…?」
「返事来た?」
百々ちゃ…りーちゃが少し心配そうな顔で言う。食後、温かいココアを飲みながらゆっくりしていたところ、傍に置いていた仕事用のスマホが震えた。マネージャーさん…
「どうだって?」
「オンライブ側としては別に他の箱の人とコラボするの禁止してたりはしないから大丈夫だって…あと、なんか向こうから公式にコラボしませんかって話が来たって…」
「なるほ…」
「しかも今日。この後…」
「ええ…?」
一瞬まぁそうか、みたいな顔したりーちゃもその言葉を聞いて、おそらくはオレがさっき浮かべたのと同じような表情になった。
「こういうのはこう、お互い後日しっかりスケジュールを確認して、とか…」
「オンライブだから…」
「オンライブだから…オンライブだからかな…?」
提案してきたのは向こうからだし、あっとドリーマーだからという説もあるかもしれない。そんなこんなで、それなりに夜遅くから箱を越えたコラボが実施されることになったのだった…。
◇
…はい、回想終わり! 久々に充実した現実逃避タイムだった。いや今でも正直納得してはいないけど! とはいえ、そう! オレの方には百々ちゃがいるのだ。オレは一人じゃない。…時間が時間だからか若干深夜テンションが入ってしまっている気もするが、百々ちゃにかっこいいところを見せるためにも、ここはオレから仕掛けるべきだ。いくぞ!
『あの…!』
『あ、あのね…!』
ど、同タイミング…!?!?
..
¥2,525
..
鍔迫り合い来たな
..
..
¥500
..
やっと間合いはかるの終わったと思ったらこれで草
..
..
..お互いできる…!みたいな雰囲気出すのやめろ.
..
..二人とも自分から切り出せてえらい.
..
..
¥10,000
..
箱越えたコラボの姿か、これが…
..
思い出す、
『あ、えと…ゆ、夢咲さんからどうぞ…』
『ぜ、全然全然!! 私の話なんてほんっっとどうでもいいから! あかりちゃん…よ、
しかしやはり相手が相手というべきか、思惑通りにはそういかず、お互いに譲り合いが続く。その両者一歩も譲らない場を壊したのは、この場においてコミュ力最強の存在である第三者…百々ちゃだった。
『まずは自己紹介をするべきだと思うので、私から。オンライブ所属の
『あっ、あっ、ぞ、存じております…う、歌ってみた動画もよく拝見させて頂いて…! あっ、敬語じゃなくて全然大丈夫です…!!』
『ありがとう、そっちも敬語じゃなくて大丈夫。私も夢咲さんの歌は何度か聴かせてもらったことがある。あかりも自己紹介して』
『あっ、えと…お、オンライブ所属TS美少女Vtuberの宵あかりです…』
『……だぞ』
『えっ??』
『オンライブ所属、TS美少女Vtuberの宵あかりだぞー、みんなこんよ…これいる?? まで是非お願いできると…!!』
『ええ…?』
..
..は??.
..
..か細い声に対して要求がしっかりしすぎだろ.
..
..
¥1,000
..
さては意外と余裕あるなこいつ?
..
..
¥5,000
..
夢咲カナンはこういうやつだ
..
..
¥12,000
..
うちの夢咲がすみません…
..
..
..負けるな宵あかり.
..
..これいる??まで要求していくのか….
..
..そんなもん欲しがるな.
この時ばかりはコメントと同意見だった。この人案外図太いな?? なんだか少し楽になったのを感じつつ、リクエストにはしっかり答えて挨拶をすることに決める。だってスパチャしてくれたんだもん! それくらいは礼儀というものだと思う!
『オンライブ所属、TS美少女Vtuberの宵あかりだぞー、みんなこんよ…これいる?? まぁいいや、始めるぞー』
『あっ、あっ…あ、ありがとうございます…まぁいいやまで貰えてもう悔いはない…この人生の終着点がここでよかった…』
『し、死なないで‥?』
『推しに生きろって言われたのでこの寿命尽きるその日まで何を犠牲にしようとも生き抜く!! 家族、同期、会社の偉い人にマネージャー!! 今後生きる為に犠牲にするかもだけど許してくれ!! うわぁあぁあん…!!』
『よ、よしよし…』
なぜか唐突に、そしてだいぶ本格的に泣きじゃくってしまった夢咲さんを優しく慰める。
『推しに…推しに慰められてしまった…なんならバブらせてもらってしまった…! すみません秋風
『あの…オレも夢咲さんの挨拶が聞きたくって…「いざ、約束の地へ! 夢咲カナンだよー!」ってやってもらえたりとか…』
『君が強く想うならっ! どんな夢だって必ず現実になる! いざ、約束の地へ! あっとドリーマー一期生、夢咲カナンだよっ!』
『おお…』
ほ、本物だ!
..
..急に声の質変わって草.
..
..お前ライブでもこんな全力の挨拶してなかっただろ!.
..
..このおもしれー女声いいな….
..
..宵もカナンのファンな感じか.
..
..宵はだいぶ色んなVtuber見てるからなぁ.
..
..ヤベーやつ同士惹かれあってそう.
『よ、よろしければ獣王百々さんの「がおー」も頂けると…!』
『…オンライブ三期生、獣王百々。今日はよろしく。がおー』
『ありがとうございますっ…!』
『ありがと百々ちゃ…!』
『うーん?』
困惑する百々ちゃを他所に話は進む。
『百々ちゃの「がおー」すっっごく可愛いし、推したくなる気持ち分かるな…』
『宵あかり単推しです』
『えっ??』
次はオレが困惑する番だった。
『私は宵あかり単推しです。推し、という言葉が示すのは宵あかりただ一人です。なんなら辞書に刻みたいです。それで、私、ずっと懺悔したいことがあって。私が宵あかりを推し始めたのはオンライブ歌祭りの時で。私、初めから推してた最古参じゃないんです。途中であなたの魅力にようやく気付けた愚か者で…許してくれとは言いません。そんな私でも、片隅からあなたを推させてほしいって…それなのに私、いつも使ってるアカウントと違うアカウントであなた様にスパチャを…』
『えっ?? あっ、そ、そうだったんですね…?』
しっかり初耳なんだけど?? てか、それ言っちゃって大丈夫なやつなの?? しかし彼女の怒涛の連撃はまだ続く。
『ちなみに普段のアカウントは──』
『わ、わーわー!!!』
とっさに大ボリュームで声を出して漏れてはいけなさそうな情報をかき消した。コメントから鼓膜がどうのこうのと言われたが安いものだと思う。なんならむしろオレの判断は褒め称えられるべきだろう。
『す、スミマセンスミマセン…! 認知されなくたっていいって思ってたのに、つい私の中の邪な心が…! クソ、私の心! 言うこと聞けっ! この身体は私のだぞっ!!』
『……普段からよく、配信中に自分のマネージャーさんからこう…注意のメッセージみたいなのが届いたりとかしますか…?』
『めっちゃ届きます』
一緒ですね! と付け加えつつはっきりと言い切った彼女を見てオレは思う。ああ…この人、オレと同族なんだ、と。歌枠や歌ってみた動画ばかり追っていて、文字通り歌姫そのものだと思っていた他の箱の大先輩さんの本当の姿を知って…オレは今日の夜は長くなりそうだな、と百々ちゃと二人、顔を見合わせながら悟ったのだった。