麻帆良に降る雪   作:茅橋

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麻帆良学園本校女子中等学校2年 長谷川千雨

 

 

 4月、学年が上がり、しかしてクラス替えもなければ教室も変わらず、なんのイベントもなく教室に入った私は自分の後ろの席に座る氷村小雪を見て言ってしまった。

 

「いや、進級してんじゃん」

「私でも進級できているので、小雪さんが留年することはまずないのでは。というか中学での留年はよほどのことがないと無いと聞きますが」

 

 隣の席の綾瀬が冷静に指摘をしてくるが、違うんだ。

 いや、そもそも進級するのは当然のことだ。進級せずずっと中学1年を続けてるなんてことはありえない。一年早く訪れた厨二病患者の妄言を信じた自分が恥ずかしい。

 

「私にもついに成長期がやって来るんだよ」

「小雪さんの身長は同年代の中だと平均的の範疇だと思いますが」

 

 氷村のボケた応えに、綾瀬がボケたツッコミをしている。違う、違うだろ。

 ギリギリに教室に入ってきただけあって言葉が出てこないうちにチャイムが鳴って高畑が入ってくる気配がする。

 

「千雨ちゃん今日のお昼は一緒に食べようよ」

 

 前を向いた私に後ろから耳元でささやきやがった。

 いいだろう、私も一言文句を言わなきゃ収まらない。

 

 

 

 

 

「氷村、やっぱり兄弟いるだろ」

「いないよ。前は言ってなかったけど、中学1年生やってたのは20年くらいだから」

 

 成長しないわけじゃなくってね、としれっと言う氷村に顔がひきつる。

 食堂棟の隅の方の4人がけのテーブルに私のラーメンと氷村のサンドイッチを並べて、隅の方と言っても隣のテーブルには人のいる状況で、こんなとこで言う話じゃない。おちょくってるのかと言いたくなる。

 

「ほら、私に姉がいたら報道部が黙ってないでしょ」

「お前みたいなのが1年にずっといたらそれこそ黙ってないだろ」

「それはまあ、そう。でもほら一昨年まではほとんど不登校だったしね」

 

 氷村は容姿がいい。きれいどころの多いうちのクラスの中でも頭一つ抜ける。顔立ちのきれいさに加えてどうしようもない雰囲気がある他にない美人だ。

 報道部が黙っていないほどに。一度会話すれば忘れられないほどに。

 けれど氷村はその辺りをごまかすのが妙にうまい。こいつは同じクラスに朝倉がいるにも関わらず去年の一学期を報道部に見つからずにすごした。

 夏休み明けにはなぜか堰を切ったように中等部1年にミスコンダークホースになる美人がいるという話題が全校を駆け巡ることになったが。

 

「というか、近右衛門に確認してくれていいって言ってるのに」

 

 した。こいつの保護者はなぜかこの学園の学園長になっており、去年私はいろんなことを調べた最後に結局聞いた。こいつには兄弟も親戚もいない。

 だから私が6年前に会っていた麻帆良女子中の制服を着た女はこいつだ。

 

「したよ」

 

 氷村がめずらしく少し驚いた顔をして、少しいい気分になる。

 

「氷村、やっぱり兄弟いるだろ」

「あれ、千雨ちゃんは私との思い出じゃ嫌ってこと?」

 

 そうではない、が、言わない。今朝一番恥ずかしかったのは、3月の終業式の日に柄にもなく湿っぽい気分で「氷室、じゃあな」と声をかけた自分と、今日氷室が教室にいた時に悪くない気分だった自分だ。そしてその原因であるなぜか進級しているこいつへの仕返しは今のやり取りとラーメン一杯で済んだ。

 

「その方が私の平穏にとっていいんでね」

 

 あの時会っていたお姉さんは氷村の姉だったのだと、訂正してほしいと今でも思ってるのもまた本心だ。

 

「……ねえ千雨ちゃん、千雨ちゃんはもっと知ってみない?」

 

 私が去年氷村から聞いたのは、世界には思ったよりファンタジーがあること。現代社会の中にもファンタジーの住人の居場所があり、そして氷村がそのファンタジーの住人であることだけだ。

 

「千雨ちゃんはすごくよく見えてるから、向いてると思うんだよね」

「……氷村は来年も進級するのか」

「……? する予定だけど」

「じゃあ遠慮するよ」

 

 厨二心をくすぐられても、理由がないならばよくわからない物には乗らない。その方がいい。

 

「残念、衣装作りとかだいぶ楽になったりするんだけどな」

「……なあ氷村、もう少しだけその話聞いていいか」

 

 主になぜ氷村が私の秘密を知ってるのかと、氷村以外にも私の秘密を知るものがいるのかどうか確認するために。そして氷村を沈めるために。

 

 

 


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