ありふれない天龍姫と魔王の異世界無双 作:ゆきほたる
□noside
サソリモドキとの激戦を制し、双葉はノロノロと着地すると。そのまま膝を突き、パタリと倒れ込むのをユエが受け止めて支える。なお、ユエもぷるぷると小刻みに震えており……立っているのがやっとだったが、支え切った。
「大丈夫……?」
「双葉ぁ!! 大丈夫!? すぐに直すから!」
「香織、ちょっと待てって。神水を」
「大丈夫……だからぁ……静かにしてぇ」
仲間たちの声がガンガンと頭に響く。双葉は初めて起動した
まず、身体能力の著しい低下に加えて魔力枯渇。
二天統一の龍帝皇は双葉の基本ステータスを常に限界まで増幅させ続けることができる擬似的な
ステータスが常に16倍と化する代わりに。効果の終了時点で戦闘不能に陥るので、切り札になるだろう、と双葉は痛む頭で覚えることにした。
なにより……ドライグとアルビオンが長い休眠を要するため、一定期間
そして、筋繊維断裂などのダメージにより、立つ事がやっとに陥り。
ぐぅぅぅるるるりゅ……ぐぐ、ぐるるるるるるるぅぅぅぅぅぅ……と、双葉の腹から盛大に音が鳴る──飢餓による気絶状態になってしまうのもリスクの一つである。
「お腹、すいたぁ……(がくっ)」
「……双葉、かわいい」
「おう……なんつーか。燃費が悪いってのはよくわかった」
「そりゃ、あんだけ規格外の動きしたら……そうもなるよねぇ」
仕方ない、とハジメはサソリモドキから肉を切り出し、香織と共に部屋から運び出す……ここで休んでもいいが、流石にユエが閉じ込められ続けていた部屋だ。彼女のことを考えると、この階層の拠点にて休む方がいいだろう、とハジメの提案だった。
拠点に着いた一行。双葉はユエに任せて、忙しくハジメたちが動き回る中で。こっそりと拠点の中でユエは舌なめずりをして……双葉の首元に噛み付いた。
興味があった……ハジメの血の味は‘熟成された濃厚なスープ’だった。
その仲間である双葉の血は、香織の血はどんな味がするのだろうか? 小腹を満たしたい欲求もあり、我慢できず……だ。そして、その味は。
「……!?!?!?」
理解できなかった。まさに、味覚の全てが吹き飛んだ感覚に陥る。
「……極わまった辛味の中に芳醇な、爽やかな甘味……神が飲むお酒に似てる」
カプッ……とまた双葉に噛み付き。血を貰った……しかし、今度はナニカが違う。
「……あっつ……いっ!?」
ドクンッ、とユエの肉体が脈動する。肉体が内面より破壊されかけるが、‘自動再生’の固有魔法がそれを無理矢理修復する。
「うひゃあ……かおり、ひゃめてー……そんな、ところ……だめ……むにゃ」
「うっぐ……なに、これ……」
間抜けな反応をする双葉、どんな夢を見ているのだろうか?
それをよそに、急速に肉体が成長する痛みを覚えるユエ。まるで、今までの止まった時が強制的に進まされる感覚だった……長い髪が更に伸びて。年相応だった貧相な胸は大きく張り出し、身長は伸びてその体躯に相応しい、しなやかなくびれと、美しく丸みを帯びる臀部。今のユエはおよそ齢にして18歳に見える。
「……大人になっちゃった……?」
「ユエ、そろそろ双葉は起きたか……?」
そこへ、焼いた魔物肉と赤い実のような物を持ってハジメがやってきた。
ユエは、もう一度自身を見下ろす。先程のロリ吸血鬼の姿から一変して、ユエは大人の体である。
コートを折り、羽織っていた彼女の脚はすらりと伸びて歪みのない長い美脚になっていた。
……そそと、ユエは折っていたコートを伸ばして普通に羽織る。
「まだ、寝てる……? どうしたの……ハジメ?」
「どなたさんですかぁぁぁ!? いや、ユエっぽい雰囲気があるんだが──もしかしてユエのお母様!?」
ハジメは目の前の人物が分からず混乱し、斜め上の発想で納得しようとした。
「ちがう……ユエは、ユエ」
「え……? ええええ!?!?」
「どうしたの、ハジメ? ……ユエちゃん、どうしたの!?」
混乱するハジメの元に香織もやってきたが、香織は一発でユエと見抜く。そのリアクションに不満なのか、むっとした顔をするユエを見て。
「かわいい……(じゅるり)」
「ひっ!?」
香織からユエはどこか悪寒を感じ、コートをキツく握って後ずさった。
「はっ、ごめんね? まだ手は出さないから安心して?」
「なにを……安心しろと……!?」
思わずユエがツッコむ。その喧騒を聞きながらも眠ろうとする双葉はもぞりと起き上がり寝ぼけ眼であたりを見回す。混乱から帰ってこないハジメ、なぜかロリ吸血姫から大人になっちゃったユエを、そして、にへらと
「ぎぇぇぇ!? 寝起きでもヤられたの、あたし!? まじで!?」
「……双葉ちゃん、何言ってるの? ……ああ、なるほど。悪い夢でも見たんだね、可哀想に……」
「ひぃ!? こないで……ぎっ!?」
どこか喜悦を滲ませた声音で香織がゆらり、と立ち上がると。双葉を抱きしめ、頭をぽんぽん、と軽く触れながら安心させる様に。
抱きしめられた双葉はまるで‘蛇に睨まれたカエル’、あるいは‘借りてきた猫’の如く、微動だもしなくなってしまう。
「大丈夫だよ、双葉ちゃん……ほんとに
「あぅ……ご、ごめんなさい……」
そのやり取りを見ていたユエは、小声で「どんな夢を……」と聞きかけるが、双葉の怯えっぷりを思い出してそっと言葉を飲み込んだ。
世の中には知らなくていいことは沢山あるのだ、とノータッチを貫くことにするユエであった。
■双葉side
気がつくと、拠点に帰ってきていた。ナニカ忘れた気もするけど、思い出せないならいいや。そう思う事にしよう、そうしよう。
いや、そうじゃない。……これはあたしの自業自得なのだろう。油断がきっかけで右腕を失ったあの日……いや、こっちの世界に来て以降、香織のスキンシップが酷くなっていたのを甘んじていたあたしが悪いのかもしれない。
あの晩、ハジメに対して性的にからかおうとしてしまったのを見てスイッチが入った香織に襲われて以降。あの子があたしにこう、
香織があたしに対して、ハジメに向ける執着心と同等の「想い」と言うか、なんというか……「好き」と言う。‘独占欲’を拗らしているのは知ってても見て見ぬ振りをしてきてしまった。
だってそうだろう? 普通あたしの歳くらいになると、彼氏の一人や二人は作る。しかし、だ。それをできない理由があった。
いや、香織のせいにするつもりはないんだけど……男子との接点と言うものが無さすぎたのだ。
あたしの周りには幼馴染の光輝や龍太郎しか異性はいなかった。常に、そこに雫と香織、を加えたあたしたち五人で過ごしていたから、その‘違和感’に気がついたのは中学に上がってからだった。‘あたしたち’と言うグループ。俗世とは隔絶した美貌を持つ香織と雫を「護る」立ち位置にいたあたしは当然だと、二人を守っているあたしは男なんていらない。と考えるようになっていた。
普通なら、そう考えるのはおかしいのかもしれない。だけど、あたしにとっては‘当然’の事……だったのかもしれない。ハジメと香織が付き合う様に仕向けたのも、あたしは怖かったからだ。
昔の香織は、強い人が好きと。遠慮なくあたしにアプローチしてたんだよね……何度もプロポーズまがいの事をされたかなぁ……まぁ、断り続けてたけど。香織は不屈の精神の持ち主だから、諦めないからほんとに……すごいわ。
不良一行に頭を下げ続けておばあさんとその孫を。赤の他人であるハジメが助けていたのを知っている。なんせ、その場面を香織と共に目撃したんだよね。
それがキッカケ。香織はハジメに興味と恋心を認識していた。あたしは彼に感心と興味を抱いた……そして、その不良御一行をぶっ飛ばしておばあさんの財布を取り戻したのはあたしの仕業だった訳だが。
──そして、時は流れ。偶然に、香織達と一緒に進学した学校でハジメと再会したのだ。だから、あたしはハジメに惚れた香織の後押しをぐいぐい行なった。
あの子の想いが。香織があたしを手に入れようと蠢くのをもう見たか無かったから。あたしにかまけてハジメを逃して欲しくなかったから……と言うのは詭弁だろうか……?
ハジメと香織が付き合う様になってから、あの子の、あたしに対しての執着はマシになっていた。まぁ、戯れ程度のスキンシップは稀にあったけどね? 例えば、香織があたしの唇に触れるとか、後ろから抱きついて来るとかくらいだ。
でも、トータスに。‘この世界’に召喚されてしまったあの日以来。香織はハジメだけに向けていた執着心を再び、あたしにも向け出したんだ。
「どこに行くの、何しに行くの? 一緒に行こう、私も行くから!」
そして、着いてきてくれることをあたしは甘んじた。ソロで動くことの方が少なくなった。なんでかって?
──あたしも香織に依存しているからだ。共依存……つまりは、この世界に来て不安だった。召喚されて、送還できないと聞いた時。あたしの中で何かが崩れ落ちそうになったけど、泣きそうな顔の香織を見たら……あたしはこんなところで折れてる場合じゃないと認識して、なんとか持ち直せたのだ。
それでも不安を押し殺すために傷つき、そしてその傷を舐め合い、癒し合う関係。香織も、あたしも。‘戦争に加担する’と言う重圧に耐えれなかった。だけど、皆を。前に立つ決意をした光輝や龍太郎達を無視なんてできやしない。
だから、戦争には参加しない、だけど手伝う──光輝たち‘だけ’に手を汚して貰う。
それを認識したあの晩、あたしは自分が大っ嫌いになった──口では覚悟だのなんだの宣ったくせに。‘逃げたんだ’と。非力な香織も守ってもらうしかないと思った。だって、あの子を巻き込みたくないから。戦争に参加しないとあの子が言った時は、本当に胸を撫で下ろした。
だって、これだけは言える。あたしは香織が大好きだから。幼少の頃から、あの子だけはあたしの異質さを知っても尚、友達でいてくれたから。親友でいてくれたから。「愛してます」と、言ってくれた初めてのヒトだったから。
魔人族との戦争であの子を喪えば……支えを喪えばきっと、あたしは魔人族を根絶するために、‘覇龍’を使うだろう。命の危険を顧みず、赤子だろうと、無辜の民だろうと、この世界の
それからだ。香織の願いを聞き入れて、香織の好きにさせて、身体を許してただ、勘違いはしていない。香織が求めるのはあくまでも、スキンシップだし……まぁ、こう……キスしたりもしたけどさ……軽い接吻程度だけど。
ファーストキス? んなもん、香織に一番最初に奪われてるよ。ロマンスのかけらもないけどね! まぁ、褥で流石に。‘純潔’に手を掛けたら絶交だ、と脅したからそっちは守り抜いた……うん。
龍種に覚醒してしまったけど、あたしはヴァルキリーなんだ。純潔は自分が見込んだ勇者に捧げるのが仕来り。ここだけは絶対に譲れない。いや、まぁ
……誰に独白してんだよあたしは。
だだ、最近の板挟みはいただけない。なんせ、何を思ったのかあたしは……ハジメに感心と興味を抱いていたのが、‘好意’に変わり出しているから。よく考えてみてほしい。あたしもなんだかんだ彼とは数ヶ月の付き合いだ。
なにかと優れた面、そして変わろうと努力する姿勢を見せつけられて好感度が上がらないギャルゲーのヒロインはいないだろう? あたしだって人間だ。オタクでもあるし、ハジメと意気投合したのも悪くないと思っている。
だけど、ハジメは香織の恋人なんだと知ってるから一線引いて付き合いしてるつもりだった。けど……ハジメ、かっこよくなりすぎなんだよなぁぁぁぁぁ!!
恋する乙女の気持ちがようやくわかった気分である。でもこれは叶わぬ恋だと自覚してるから、寝取る訳にも行かんだろう? ましてや重婚なんて……ねぇ? でも、もしもそれが叶うなら。香織と一緒にハジメを愛してもいいなら……いや、妄言は止そう。流石に都合良すぎるわ、そんなのな!
□noside
双葉がサソリモドキの肉を全て平らげ、それをみてドン引きしたユエにハジメと香織が微笑んだりとのんびり過ごしていた一行こと、現在ハジメ達は、消耗品を補充しながらお互いのことを話し合っていた。
「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」
「……マナー違反」
「ハジメ、女の子にその話題はアウトだよ?」
「うん、流石にデリカシーにかかると思うよ」
女性陣が非難轟々。ユエもジト目でハジメを見る。彼は言うんじゃなかった、と反省の色を見せつつ、思い耽る。
座学での記憶では、三百年前の大規模な戦争のおり吸血鬼族は滅んだとされていたはずだ。実際、ユエも長年、物音一つしない暗闇に居たため時間の感覚はほとんどない。それくらい経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時、封印されたというからやっぱり三百歳ちょいということだろう。
「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」
「……私が特別。‘再生’で歳もとらない……」
「老化もしないっていいなぁ……でも、何でいきなり大人になったんだろうね?」
香織が羨ましそうにユエを見ると、ふと。その急成長に疑問符を浮かべてユエに尋ねると、代わりに双葉が答えた。
「あたしの血を勝手に飲んだからだと思うよ」
「……ごめんなさい」
「いや、別に怒ってないからね? まぁ、こう。一言、起こして欲しかったけど」
双葉は血を吸われても何ら問題はない。寧ろユエの身体が心配だと言い、ユエは逆に罪悪感を増す。
「あたしの血は龍種の魔力を含んでるからね。龍種の魔力は彼らの源であり、力強さの象徴なのよ」
双葉は語る。龍種の魔力を取り込むと、その身体が大きい力の塊である魔力に耐えきれず崩壊すると。しかし、ユエの身体は‘自動再生’の固有魔法を有しており、双葉の血を摂取し続けて魔力を常にフルで保てたおかげで以上はそこまでダメージはなく……なのだと言う。
「龍種の魔力に身体が順応、そして魔力に耐えれる体にするべく。成長しちゃったんじゃないかなーって思うのよ」
「……だから、大人」
胸を触り、感触を確かめるユエを直視できないハジメは背を向けて何やら作業をしていた。
そして、ユエの話に戻し、彼女に聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や自動再生の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい──その歳はついさっき少し加速したのに違いはないが。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしい。
それでも、二百年が限度の様ではあるが。補足すると、人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年も生きている者がいるとか。
ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。
サソリモドキの外殻を融解させた魔法を、ほぼノータイムで撃てるのだ。しかも、ほぼ不死身の肉体。行き着く先は〝神〟か〝化け物〟か、ということだろう。ユエは後者だったということだ。
欲に目が眩んだ叔父が、ユエを化け物として周囲に浸透させ、大義名分のもと殺そうとしたが自動再生により殺しきれず、やむを得ずあの地下に封印したのだという。なお、ユエは突然の裏切りにショックを受けて、碌に反撃もせず混乱したままなんらかの封印術を掛けられ、気がつけば、あの封印部屋にいたらしい。
その為、あのサソリモドキや封印の方法、どうやって奈落に連れられたのか分からないそうだ。もしかしたら帰る方法が! などと過剰な期待はしていなかったので軽いため息くらいは許されるだろうか?
そしてユエの力についても話を聞いた。それによると、ユエは全属性に適性があるらしい。本当に「なんだ、そのチートは……」と呆れるハジメだったが、すぐ隣にそのチートの権化がいるのを思い出す。視線を向けると、メスゴリラに睨まれたので大人しく目線を逸らした。
なお、ユエ曰く。接近戦は苦手で一人だと身体強化で逃げ回りながら魔法を連射するくらいが関の山なのだと言う。もっとも、その魔法が強力無比なのだから大したハンデになっていないのだが。
ちなみに、無詠唱で魔法を発動できる筈なのだが、癖で魔法名だけは呟いてしまうらしい。魔法を補完するイメージを明確にするためになんらかの言動を加える者は少なくないので、この辺はユエも例に漏れないようだ。
‘自動再生’については、一種の固有魔法に分類できるらしく、魔力が残存している間は、一瞬で塵にでもされない限り死なないそうだ。逆に言えば、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らないということ。
つまり、あの時、長年の封印で魔力が枯渇していたユエは、サソリモドキの攻撃を受けていればあっさり死んでいたということだ。
「それで……ユエはここがどの辺りか分かる?」
「他に地上への脱出の道とかは?」
「……わからない。でも……」
ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。
「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」
「反逆者?」
「圧政に叛逆したのかな」
「それは違う叛逆者だよ、香織!?」
ボケる香織に突っ込む双葉。それをスルーしつつ、聞き慣れない上に、なんとも不穏な響きに思わず錬成作業を中断してユエに視線を投じるハジメ。彼の作業をジッと見ていたユエはハジメと目を合わせると、コクリと頷き続きを話し出した。
「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」
ユエは言葉の少ない無表情娘なので、説明には時間がかかる。ハジメとしては、まだまだ消耗品の補充に時間がかかるし、サソリモドキとの戦いで攻撃力不足を痛感したことから新兵器の開発に乗り出しているため、作業しながらじっくり聞く構えだ。
ユエ曰く、神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。
その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。
「……そこなら、地上への道があるかも……」
「なるほど。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない」
「神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことね。実際、あたしたちを転移させることができる召喚魔法もあるわけだし」
「ってことは結局攻略はしないとダメってことだね!」
見えてきた可能性に、頬が緩むハジメ。ふんふんと納得して頷く双葉。俄然やる気が漲る香織に双葉が苦笑いした。
ユエも気が逸れたのか今度は三人に質問し出した。
「……ハジメ達、どうしてここにいる?」
当然の疑問だろう。ここは奈落の底。正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいていい場所ではない。
ユエには他にも沢山聞きたいことがあった。なぜ、魔力を直接操れるのか。なぜ、固有魔法らしき魔法を複数扱えるのか。なぜ、魔物の肉を食って平気なのか。双葉は右腕をどうしたのか。そもそも三人は人間なのか。ハジメと香織が使っている武器は一体なんなのか。
その質問に対して、ハジメはポツポツと今までの境遇を話し、ユエに聞かせた。
「いやー、やっぱ波瀾万丈だね」
「……すごい」
「……ユエちゃん?」
「香織、すごい……それに付き合う双葉は、頭おかしい?」
「よし、ぶん殴らせろ、ユエさん?」
「……ひっ、御免なさい!」
弄ろうとしたら二秒で反射的に謝ってしまう。それほどの迫力が双葉にはあったとのちにユエは語った。
そして、色々とハジメの話を聞いていたユエが泣き出したのである。目尻からはハラハラと涙をこぼしていたのだ。
流石にギョッとして、ハジメは思わず手を伸ばし、流れ落ちるユエの涙を拭きながら尋ねた。
「いきなりどうした?」
「……ぐす……ハジメ……つらい……私もつらい……」
どうやら、ハジメのために泣いているらしい。ハジメは少し驚くと、表情を苦笑いに変えてユエの頭を撫でる。
「気にするなよ。裏切られたことに関しては、そんな些事にこだわっても仕方無いしな。ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」
スンスンと鼻を鳴らしながら、撫でられるのが気持ちいいのか猫のように目を細めていたユエが、故郷に帰るというハジメの言葉にピクリと反応する。
「……帰るの?」
「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……二人もそうだろ?」
「そりゃぁね? 隻腕になって帰ったら母さんにしばかれそうだけどな!」
「もちろん、帰りたいよね。やっぱ、地元で式を上げたいし」
双葉は遠い目をしつつ、やはり香織はマイペースだった。
「……そう」
ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。
「……私にはもう、帰る場所……ない……」
「「「……」」」
そんなユエの様子に彼女の頭を撫でていた手を引っ込めると、ハジメは、カリカリと自分の頭を掻いた。
別に、ハジメは鈍感というわけではない。なので、ユエが自分に新たな居場所を見ているということも薄々察していた。新しい名前を求めたのもそういうことだろう。だからこそ、ハジメが元の世界に戻るということは、再び居場所を失うということだとユエは悲しんでいるのだろう。
ハジメはある決心をしつつ再度、ユエの頭を撫でようとする前に、無言で香織がユエを抱きしめた
「ユエちゃん、私たちと一緒に行こうよ!」
「え?」
「くっくく……あっははは! まぁ、そうだな。香織ならそう言うと思ってたよ!」
「香織らしいと言えば、そうだね」
「……え?」
大笑いするハジメ、苦笑する双葉。そして、驚愕をあらわにして目を見開くユエも嬉しくて、でも理解できなくてと言わんばかりに。涙で潤んだ紅い瞳をみて、なんとなく落ち着かない気持ちになったハジメは、若干、早口になりながら告げる。
「いや、俺の故郷にだよ。まぁ、普通の人間しかいない世界だし、戸籍やらなんやら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど……今や俺も似たようなもんだしな。どうとでもなると思うし……あくまでユエが望むなら、だけど?」
「ハジメ、プロポーズまがいの事をしてるのに気がついてるの?」
「……うっせえわ」
双葉がニヤニヤしながら言い、そのまま流し目で香織を見ると、彼女は仕方ないでしょう? と言わんばかりの表情だった。
しばらく呆然としていたユエだが、理解が追いついたのか、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。しかし、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。
キラキラと輝くユエの瞳に、苦笑いしながらハジメは頷く。すると、今までの無表情が嘘のように、ユエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。思わず、見蕩れてしまうハジメ。呆けた自分に気がついて慌てて首を振った。
なんとなくユエを見ていられなくて、ハジメは作業に没頭することにした。ユエも興味津々で覗き込んでいる。但し、先程より近い距離で、ほとんど密着しながら……と思ったら。香織に引き剥がされるユエ。
「ユエちゃん……いえ、ユエ。ハジメの正妻は私で双葉ちゃんが第二夫人だから、流石にそこは譲らないから!」
「……は? 香織さん!? なんかめちゃくちゃなこと口走ってない!? あたしが第二夫人じゃないでしょ!? ユエちゃんが第二夫人でしょ!?」
「……上等。ハジメの奥さんは香織なのは納得。でも、負けない」
「ふふふ、なら、落ち着いた時にハジメに決めてもらいましょう。私とユエのどちらが正妻になるのかを!」
ハジメは気にしてはいけないと自分に言い聞かせ、作業に没頭……できなかった。
「現実逃避しないで、収めようとして、旦那様!?」
「うっせえよ、双葉!? 旦那様だと!?」
「いや、嫁の仲裁するのは旦那様の仕事でしょう!?」
双葉の言葉は正論だった。というより、なぜか重婚前提で話が進んでいる気がしてそこを止めなくては、と思った時に。ふと、双葉の目を見る。
明らかに動揺しており、まるで、期待と葛藤の狭間で心が揺れている様な……
「……」
「な、なに?」
「なぁ、双葉。ひょっとしてなんだけどさ……俺のこと……好きだったりする?」
「はぁ!? なんで!? いや、まぁ、えっと、たしかに好きだけど!!」
「落ち着け。支離滅れ──おう!?」
もう、墓穴掘ってる双葉の想いがバレバレだった。その言葉を聞き逃す香織ではなく、今は心の奥底に押し込めておこうと。そして、ここで切るべきではないと。得た切り札を心の内底に忍ばせるのであった。
──
to be continued