ありふれない天龍姫と魔王の異世界無双   作:ゆきほたる

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霧深き大樹の縁で

 □noside

 

「という訳で、あなた達には訓練を受けてもらうわ」

 

 フェアベルゲンを出たハジメ達+ウサミミ一族が、一先ず大樹の近くに仮拠点を作って一息ついた時。双葉が言ったのがこれだった。

 彼らの所在には双葉の張った‘魔物払いの結界’とハウリア族以外の亜人族を寄せ付けない‘人払いの結界’の内である。

 そして、双葉がアルフレリックに去り際に彼女が自分用に密かに作っていた(結果としてハジメ達にせしめられるのは確定)‘赤味噌’を謝罪金として贈って見たところ。彼は‘味噌きゅうり’的な感じで食べてみれば、その魅力に取り憑かれて……呆気なく完食していた。

 その見返りに‘フェアドレン水晶’を貰っていたのをハジメが‘生成魔法’で強化した‘ブルライト・クリスタル’を起点にして双葉がありったけの魔力を込めて張った‘多重結界’の中に、この仮拠点は作成されている。

 

「え、えっと……訓練というのは……?」

 

 困惑する一族を代表してシアが尋ねると、ハジメが答える。

 

「そのままの意味だ。どうせ、これから十日間は大樹へはたどり着けないんだろ? ならその間の時間を有効活用して、軟弱で脆弱で負け犬根性が染み付いたお前等にはある程度の自衛手段である戦闘技能を得てもらおうと思ってな。そして、双葉と相談した結果。訓練を施すことにした」

「な、なぜ、そのようなことを……」

 

 戦いに駆り出されることを恐れ、ぷるぷると震えるウサミミ達。そのあまりに唐突なハジメの宣言に当然の如く、シアが疑問を投げかけたが、ハジメはギラリと鋭い視線をよこし、彼女は「ひぃっ!?」と身をこわばらせていた。

 

「なぜ? なぜと聞いたか? 残念ウサギ」

「あぅ、まだ名前で呼んでもらえない……」

 

 落ち込むシアを尻目に双葉が理由を語る。

 

「まぁ、理由としては、この結界の維持は魔石を捧げれば維持できるように魔法陣が組んだから。必然的に魔物を狩る必要が出てくるわけよ……あたしの魔力だって無限じゃあないからね」

「お前等、どんだけ双葉に甘えるつもりなんだよ。普通、こいつがここまでする義理はない(・・)はずなのにな」

 

 ハジメが割り込み、言い放つ。その言葉にウサミミ達はハッとした表情を見せた。

 

「いいか、そもそもだ。俺達がお前等と交わした約束は、‘案内が終わるまで守る’。じゃあ、案内が終わった後はどうするのか、それをお前等は考えていたか?」

 

 ハウリア族達は互いに顔を見合わせ、ハジメの方へ視線を向けると。ふるふると首を振り、族長のカムも難しい表情である。漠然と不安は感じていたが、激動に次ぐ激動で頭の隅に追いやられていたようだ。あるいは、考えないようにしていたのか。

 

「まぁ、考えていないだろうよ。楽天的な奴らが、考えても答えなどない。お前達は弱く、悪意や害意に対しては逃げるか隠れることしかできないだろ?」

「そんなあなた達は遂にフェアベルゲンを正式に追い出された。つまり、ハジメの庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るというわけよね。それでいいの?」

「「「「「「……」」」」」」

 

 全くその通りなので、ハウリア族達は皆一様に暗い表情になるが、それを良しとしない双葉は「話してる最中に下を向くなっ!」と一喝。彼らはびくりと震え、顔を上げる。そんな彼等にハジメは言葉を紡いだ。

 

「お前等に逃げ場はない……わけでもないが、この仮拠点は魔石を捧げなくても、何もしなくても半年は保つだろう。だが、魔物も人も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ……それでいいのか?」

「あたし達が拾ったその命はあなた達の自由。それを投げ出すのは少々勿体無いと思わないの?」

 

 恩人である二人の言葉に対して、誰も言葉を発さず重苦しい空気が辺りを満たす。そして、ポツリと誰かが零した。

 

「そんなのいいわけがない」

 

 その言葉に触発されたようにハウリア族たちは徐々に表情を引き締めていく。その中でも、シアは既に決然とした表情だ。

 

「そうだ。いいわけがない。ならば、どうするか。答えは簡単……強くなればいいだけだろ? 襲い来るあらゆる障碍を打ち破り、この結界という棲家をお前等家族で守りゃいいんだよ」

「……ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」

「そこを補うために訓練をするわけだしね? 今すぐにできなくても、地道に鍛えればなんとかなるわけよ」

 

 カムの言い訳じみた言葉。兎人族は弱いという常識がハジメの、双葉の言葉に対して否定的な、劣等感に押しつぶされるために‘奮起’を心が認められない。

 彼らは自分達は弱い、戦うことなどできない。どんなに足掻いてもハジメの言う様に強くなど成れるものか、と。

 ハジメはそんなハウリア族を鼻で笑う。それを見て、彼の思惑を見抜いた双葉は言わずともいいのに、と苦笑した。

 

「俺はかつての仲間から‘無能’だの‘最弱’だのと呼ばれていたんだがな?」

「え?」

「その頃はステータスも技能も平凡極まりない一般人。仲間内の‘最弱’。戦闘では双葉に守ってもらわないとダメな「足でまとい」以外の何者でもない。故に、かつての仲間達は俺を無能と呼んでいたんだよ。実際、その通りだった」

 

 ハジメの言葉にハウリア族は例外なく驚愕を顕にする。ライセン大峡谷の凶悪な魔物を一蹴したハジメの過去を聞き、あくまでも信じられないという顔をすると……

 

「信じられないかもしれないけど、ハジメは本当に弱かったよ。‘あの頃’は、ね?」

「そうだ。そして、奈落の底に落ちて俺は、双葉に守られるだけじゃダメだと、香織と一緒に強くなるために行動した。守られるだけじゃなく、こいつとも守り合うために……気がつけばこの有様さ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん。そんなこと思ってたんだ〜?」

「うっせえよ……」

 

 双葉に揶揄いの笑みを向けられて、ハジメは気恥ずかしさを誤魔化すためにそっぽを向く。そんな彼らをよそに、ハウリア族たちはその衝撃の事実に困惑を隠せずに。否、困惑するなという方が無理だろう。

 元々、一般人並のステータスということは、兎人族よりも低スペックだったということだ。その状態で、自分達が手も足も出なかったライセン大峡谷の魔物より遥かに強力な化物達を相手にして来たというのだ。

 実力云々よりも、そんな最弱でありながら、強くなるためにそんな化け物共に挑もうとした彼の、その精神の異様さにハウリア族は戦慄した。自分達なら絶望に押しつぶされ、諦観と共に死を受け入れるだろう。長老会議の決定を受け入れたように。

 

「お前達の状況は、かつての俺と似ている。約束の内にある今なら、絶望を打ち砕く手助けくらいはしよう。自分達には無理だと言うのなら、それでも構わない。その時は今度こそ全滅するだけだ──約束が果たされた後は助けるつもりはマジでないからな? それを加味した上で、残り僅かな生をどうこうしようとお前等の勝手だ」

 

 それでどうする? と目で問うハジメ。

 

 ハウリア族達は直ぐには答えられない。自分達が強くなる以外に生存の道がないことは分かる。

 ハジメ達が、正義感からハウリア族を守ってきたわけではないし、彼らは旅の途中なのだ。故に、容赦なく見捨てられるとわかっていた。

 だが、そうは分かっていても、温厚で平和的、心根が優しく争いが何より苦手な兎人族にとって、ハジメの提案は、まさに未知の領域に踏み込むに等しい決断だった。

 ハジメ達の経験した様な特殊な状況にでも陥らない限り、心のあり方を変えるのは至難なのだ。

 

 黙り込み顔を見合わせるハウリア族……どうしても尻込みしてしまうのだ。しかし、そんな彼等を尻目に、先程からずっと決然とした表情を浮かべていたシアが立ち上がった。

 

「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」

 

 それは魂の奥底からの叫び。樹海一杯一杯にその大声は木霊する。これ以上ない程思いを込めた宣言。シアとて争いは嫌いだ。怖いし痛いし、何より傷つくのも傷つけるのも悲しい。

 

 ──そう、このまま何も出来ずに滅ぶなど絶対に許容できないのだ。

 

 そして、とあるもう一つの目的のためにも、シアは兎人族としての本質に逆らってでも強くなりたかった。

 

 真っ直ぐハジメを見つめるシア。その様子を唖然として見ていたカム達ハウリア族は、次第にその表情を決然としたものに変えて、一人、また一人と立ち上がっていく。そして、男だけでなく、女子供も含めて全てのハウリア族が立ち上がったのを確認するとカムが代表して一歩前へ進み出た。

 

「ハジメ殿、双葉さま……宜しく頼みます」

 

 言葉は少ない。だが、その短い言葉には確かに意志が宿っていた。襲い来る理不尽と戦う意志が。

 

「わかった。覚悟しろよ? あくまでお前等自身の意志で強くなるんだ。俺は唯の手伝い。途中で投げ出したやつを優しく諭してやるなんてことしないからな」

「そういう人はいないさ。その決意、捻じ曲げる様な腐った性根ならとっくの昔に死んでるはずよ。今、あなた達が生き残ってきた事をあたしは評価する。シアの、自分の家族の危機に立ち上がれる根性。危険を顧みずあのライセン大峡谷を彷徨ける度胸は特に、ね?」

「ふん。期間は僅か十日だ……死に物狂いになれ。待っているのは生か死の二択なんだからな」

 

 ハジメの言葉に、双葉の激励にハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で頷いた。

 

 ■双葉side

 

 という訳で、あたしが教導しつつ、ハジメが扱くという地獄の十日間のデスマーチはぁじまぁるよぉ〜。と、某饅頭音声が如く。ハウリア族の皆さんの強化訓練が始まることと相なった。

 

 まずハジメがハウリア族を訓練するにあたって、まず、彼が前々から作り続けていた……錬成の練習に作りまくって余ってた……捨てるにももったいなくて、処分に苦しんでいた在k……ゲフンゲフン。手頃な装備を彼等に渡した。

 小太刀やハンドアックス、ショートパイクにショートソードなどなど。カテゴリに縛りなく、多種多様な武器を‘宝物庫’から雑に放り出す。

 これらの刃物は、ハジメが‘精密錬成’を鍛えるために、その刃を極薄にする練習の過程で作り出されたものばかり。

 切れ味は抜群で、タウル鉱石製なので衝撃にも強いからその細身に反してかなりの強度を誇っている。

 そして何より軽い。ハウリア族の非力な力でも軽く振り回せる訳なのである。

 

 そして、その武器を持たせた上で基本的な動きをあたしが教える。全ての武器に精通したこの双葉さんの知識が確かな力を彼らに与えて。

 それが武力となって如何なく、発揮される訳でありやがりますよ? ただ、昨日まで武器を取ったことのない。ど素人である彼らに対しては、まず‘合理的な構え’を抑える必要があり、とっとと習熟してもらうために……ハジメが適当に魔物をけしかけて実戦経験を積ませる。

 若干荒療治感は否めないけど、これがやっぱり手っ取り早いと実行に移した。

 ハウリア族の強みは、その索敵能力と隠密能力。いずれは、奇襲と連携に特化した集団戦法を覚えて実行してもらうつもりだ。

 

 ちなみに、シアに関しては香織とユエが専属で魔法の訓練をしている。亜人でありながら魔力があり、その直接操作も可能なシアは、知識さえあれば魔法陣を構築して無詠唱の魔法が使えるはずなんだけど……無理かもなぁ……

 まぁ、時折、霧の向こうからシアの悲鳴が聞こえるので特訓は順調のようだと思う。そう思おう。

 

 しかし、訓練開始から二日目。ハジメは額に青筋を浮かべながらイライラした様にハウリア族の訓練風景を見ていた。

 まぁ初日は、こう。うん、彼らの気質上の問題をどうにかして。昨日からハウリア族の皆さんは、自分達の性質に逆らいながら。

 あたしに言われた通り武器の素振りとか、筋トレとかの基礎をしっかりやって真面目に訓練に励んでいる。魔物だって、幾つもの傷を負いながらも何とか倒している。

 

 ただ、あたしの目の前で起こっている惨状を見たら、まぁ……ハジメのイラつきも仕方ないと、あたしも引き攣った微笑みをうかべるしかない。というのも──

 

 グサッ! 

 

 ハジメが追い込んで、けしかけた魔物に、小太刀が突き刺さり絶命する。

 

「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~」

 

 それをなしたハウリア族の男が魔物に縋り付く。まるで互いに譲れぬ信念の果て親友を殺した男のよう……いや、親友な訳ないだろ。魔物だぞ、魔物。

 

 ブシュ! 

 

 ハジメから死に物狂いで逃げてきた魔物が首を切り裂かれて倒れ伏す。

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」

 

 魔物を裂いた小太刀を両手で握り、わなわな震えるハウリア族の女。まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のように見える……いや〜、演技派だなぁ(白目)

 

 バキッ! 

 

 瀕死の魔物が、最後の力で己を殺した相手に一矢報いる。体当たりによって吹き飛ばされたカムが、倒れながら自嘲気味に呟く。

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」

 

 その言葉に周囲のハウリア族が瞳に涙を浮かべ、悲痛な表情でカムへと叫ぶ。

 

「族長! そんなこと言わないで下さい! 罪深いのは皆一緒です!」

「そうです! いつか裁かれるときが来るとしても、それは今じゃない! 立って下さい! 族長!」

「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行けるところまで一緒に逝きましょうよ」

「お、お前達……そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼(小さなネズミっぽい魔物)のためにも、この死を乗り越えて私達は進もう!」

「「「「「「「「族長!」」」」」」」」

 

 いい雰囲気のカムさん達。そして、それにもう我慢できずにツッコミを入れるハジメ。まぁ、あたしもツッコミたかったけど、ハジメに丸投げしよう。

 

「だぁぁぁああっ! やかましいわ、ボケッ! 魔物一体殺すたびに、いちいち大げさなんだよ! なんなの? ホント何なんですか? その三文芝居! 何でドラマチックな感じになってんの? 黙って殺れよ! 即殺しろよ! 魔物に向かって‘彼’とか言うな! キモイわ!」

 

 うん、ハウリア族達が頑張っているのは分かる。その生来の気質故に、魔物を殺すたびに訳のわからない演劇を見せられている。

 この二日、何度も見られた光景であり、ハジメが何度も、何度も何度も何度も。何度も指摘しているのだが、一向に直らない。

 ハジメは怒るのを我慢しているみたいなんだけど、このツッコミの中にも怒りが滲み出ていて、そろそろ本気でキレかねない状態だった。

 

 そんな彼の怒りを多分に含んだ声にビクッと体を震わせながらも、「そうは言っても……」とか「だっていくら魔物でも可哀想で……」とかブツブツと呟くハウリア族達。

 

 更にハジメの額に青筋が量産される……うーん、あと何か一つきっかけがあるとキレそうな気がする。

 そんな様子を見かねたハウリア族の幼女が、ハジメを宥めようと近づく。あの子は、ライセン大峡谷でハイベリアに喰われそうになっていたところを間一髪ハジメに助けられ、特に懐いている子だ。

 しかし、進み出た彼女はハジメに何か言おうとして。突如、その場を飛び退いた。

 それを見て訝しそうに、ハジメが彼女に尋ねる。

 

「? どうした?」

 

 そっと足元のそれに手を這わせながらあの子はハジメに答えた。

 

「あ、うん。このお花さんを踏みそうになって……よかった。気がつかなかったら、潰しちゃうところだったの。こんなに綺麗なのに、踏んじゃったら可愛そうだもんね」

 

 ハジメの頬が引き攣る……あっ(察し

 

「お、お花さん?」

「うん! ハジメお兄ちゃん! わたし、お花さんが大好きなの! この辺は、綺麗なお花さんが多いから訓練中も潰さないようにするのが大変だよね」

 

 ニコニコと微笑むウサミミ幼女。周囲のハウリア族達も微笑ましそうに彼女を見つめている。まぁ、確かに可憐で綺麗な花だ。だが……少なくとも命のやりとりを仮定している中で、それを気遣う余裕などないのに。

 そして、ついにハジメがゆっくり顔を俯かせた。白髪が垂れ下がり彼の表情を隠す。そして、ポツリと囁くような声で質問をする……あたしはすすすっと射線上(・・・)から逃げる──ゴム弾の跳弾に巻き込まれるのはごめんだからね? 

 

「……時々、お前等が妙なタイミングで跳ねたり移動したりするのは……その‘お花さん’とやらが原因か?」

 

 ハジメの言う通り、確かに訓練中。ハウリア族は妙なタイミングで歩幅を変えたり、移動したりするのが見受けられた。非効率な動きを指摘しようかどうか、あたしも気にはなっていたのだが……いや、まさかそんな……その予想は間違っていたのか。

 

「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」

「はは、そうだよな?」

 

 苦笑いしながらそう言うカムさんの言葉に少し頬が緩むハジメ。しかし……というか、‘残念ウサギ’の彼ららしい返答をカムさんは口にした。そして、それはあたしの予想通りだった。

 

「ええ、花だけでなく、虫達にも気を遣いますな。突然出てきたときは焦りますよ。何とか踏まないように避けますがね」

 

 カムのその言葉に、ハジメからブチっと聞こえた。ブチって。

 そして彼はだらりと、糸の切れたパペットの如く、ゆらりゆらりと……何か悪いことを言ったかとハウリア族達がオロオロと顔を見合わせた。ハジメは、そのままゆっくりと。幼女のもとに歩み寄り……一転してにっこりと笑顔を見せる。幼女もにっこりと微笑む。

 そしてハジメは……笑顔のまま眼前の花を踏み潰した。ご丁寧に、踏んだ後、グリグリと踏みにじってトドメを刺す……これは……うん、ブチギレたね。

 あの子は呆然とした表情で足元を見る。ようやくハジメの足が退けられた後には、無残にも原型すら留めていない‘お花さん’の残骸が横たわっていた。

 

「お、お花さぁーん!」

 

 悲痛な声が樹海に木霊する。「一体何を!」と驚愕の表情でハジメを見やるハウリア族達に、ハジメは額に青筋を浮かべたままにっこりと微笑みを向ける。

 

「ああ、よくわかった。よ~くわかりましたともさ。俺が甘かった。俺の責任だ。お前等という種族を見誤った俺の落ち度だ。ハハ、まさか生死がかかった瀬戸際でお花さんだの虫達だのに気を遣うとは……てめぇらは戦闘技術とか実戦経験とかそれ以前の問題だ。もっと早くに気がつくべきだったよ。自分の未熟に腹が立つ……フフフ」

「双葉さま……ハ、ハジメ殿はどうなさったんですか……?」

「南無三。こうなったらあたしでも止められないかなぁ……そうよね?」

 

 不気味に笑い始めたハジメに、ドン引きしながら恐る恐ると言わんばかりに戦慄したカムさんがあたしにどういう状況なのかを尋ね、あたしは返事をハジメに促す。その返答は……

 

ドパンッ! 

 

 ゴム弾を用いたドンナーによる銃撃だった。カムさんが仰け反るように後ろに吹き飛び、少し宙を舞った後ドサッと地面に落ちる。次いで、彼の額を撃ち抜いた非致死性のゴム弾がポテッと地面に落ちた。

 辺りにはヒューと風が吹き、静寂が支配する。ハジメは、気絶したのか白目を向いて倒れるカムさんに近寄り、今度はその腹を目掛けてゴム弾を撃ち込んだ。

 

「はうぅ!」

 

 悲鳴を上げ咳き込みながら目を覚ました彼は、涙目でハジメを見る。ウサミミ生やしたおじさまが女座りで涙目という何ともシュールな光景にあたしの脳裏には、‘おカマさん’なんて単語が過ってしまい。腹筋崩壊太郎になりかけたので目を逸らし、口元を隠して声を押し殺して笑うのを必死に我慢した。

 そんなあたしをよそに、ハジメは声高々に、ハウリア族達に布告する。

 

「貴様らは薄汚い自主規制(ピーッ!!)共だ。この先、自主規制(ピーッ!!)されたくなかったら死に物狂いで魔物を殺せ! 今後、花だの虫だのに僅かでも気を逸らしてみろ! 貴様ら全員自主規制(ピーッ!!)してやる! わかったら、さっさと魔物を狩りに行け! この自主規制(ピーッ!!)共が!」

 

 ハジメのあまりに汚い暴言に硬直するハウリア族。そんな彼等にハジメは容赦なく発砲し、何発もの銃声が樹海に鳴り響く。

 わっーと蜘蛛の子を散らすように樹海へと散っていくハウリア族。足元で震える幼女がハジメに必死で縋り付く。

 

「ハジメお兄ちゃん! 一体どうしたの!? 何でこんなことするの!?」

 

 ハジメはギラリッと眼を光らせて幼女を睨むと、周囲を見渡し、あちこちに咲いている花を確認する。そして無言で花に銃口を向けて発砲し──次々と散っていく花々。あの子が悲痛な声を上げる。

 

「何で、どうしてなの!? やめてよぉ~、お花さんがかわいそうだからやめて! ハジメお兄ちゃん!」

「黙れ、クソガキ。いいか? お前が無駄口を叩く度に周囲の花を散らしていく。花に気を遣っても、花を愛でても散らしてく。何もしなくても散らしていく。嫌なら、一体でも多くの魔物を殺してこい!」

 

 そう言いつつ、再び花を撃ち抜いてくハジメ。幼女はうわ~んと泣きながら樹海へと消えていった。

 それ以降、樹海の中に自主規制(ピー)を入れないといけない用語とハウリア達の悲鳴と怒号が飛び交い続け……る事はなかった。

 ハウリア族の皆さんが逃げ散った後。あたしは肩を怒らせて荒い息を吐いているハジメに近寄った。

 

「ハー○マン式でもやるつもり?」

「あん? ……まぁ、アレ以外にスマートな訓練方法が思い浮かばん……」

「下手打つと、「二子玉川の悲劇」。都立陣代高校がラグビー部みたいになるわよ?」

「……フルメタネタかよ。だがまぁ、殺戮マシーンにするつもりはないからほどほどにしとくよ」

「種族の性質的にどうしても戦闘が苦手な兎人族達を変えるためには効果的かもしれないけど、流石に原型も残らない洗脳は些か……ね?」

「……悪い、あとは任せる……」

「仰せのままに、マイダーリン♪」

「だぁぁああっ! ダーリンはやめろぉ!?」

 

 こうして、まぁ。かわいそうなのは山々だけど。ある程度精神改造しなくてはいけないとあたしは結論付けて。カムさん達に指導をすることと相なったのです、まる。

 

 □noside

 

 樹海の中、凄まじい破壊音が響く。野太い樹が幾本も半ばから折られ、地面には隕石でも落下したかのようなクレーターがあちこちに出来上がっており、更には、燃えて炭化した樹やら樹氷まであった。

 

 この多大な自然破壊はたった二人の少女達によって齎されていた。そして、その破壊活動は現在進行形で続いている。

 

「せりゃっ!」

「……‘緋槍’」

 

 ユエの懐へ飛び込まんと踏み込むシアに緋槍による魔法攻撃が襲いかかる。しかし、シアはぼんやりと輝く薄い魔力の膜に覆われ。そして、きらきらとオーラ(・・・)の粒子を纏いながら。

 

「無駄ですぅ! せい、やっ!」

「ちっ……‘風壁’!」

 

 シアは緋槍を振りかぶった拳に、オーラを、魔力を集中させると。正拳突きで殴り壊し(・・・・)、その勢いのまま、頭と脚の位置を入れ替える様に回転させての‘胴廻し回転蹴り’を放つ。

 それに対してユエは風壁でシアの蹴りを弾きながら距離を取り。次の魔法を放つ。

 

「これなら、どう……‘凍雨’っ」

「無駄、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄……無駄ですぅぅっ!!」

 

 辺りの樹を貫くほどの威力で飛来する鋭い氷の礫を、シアはオーラを纏わせた拳を高速で突き出す事で強引に突破し。着実にユエとの距離を詰め出した。

 じわじわと追い詰められるのは面白くない。しかし、油断ならない相手となったとユエは内心で感心していた。

 

「……これは囮……! ‘緋槍・龍騎’六輪っ!」

 

 ‘緋槍・龍騎’──それは‘緋槍’が龍の魔力を得て変貌したもので、意思持つ龍騎士のごとく。自動追尾(ホーミング)能力を保有するモノでユエが新たに作り出した魔法である。それを六発同時に投射して見せた。

 

 ユエはオーラと言うものが全く感知できない……己の魔法をシアが拳、蹴りで一蹴するその破天荒さに驚きを隠せなかった。

 そして、なお。あの残念ウサギがここまで一気に強くなった事に嫉妬を覚え──双葉の教えは前衛職ならば黄金以上の価値があると香織が言っていた事を思い出す。

 強いと認めよう。殺してしまわない様、セーブはしている。すんでのところで弾道を逸らして負けを認めさせるつもりだったが故に、彼女は決めにかかった。しかし……シアはそれに食らいついた。

 

「はわわわぁ!? でも……負けないぃ、ですぅ! 真空砲爆けぇぇん!」

 

 それに対しては空で身を捩り。飛来する炎槍をかわしてからシアはそれ等を殴り蹴り壊すと、オーラと魔力を拳に纏わせて力を溜めて。そのまま拳を突き出してからオーラと魔力を放射し、爆発的にエネルギーを拡散させる事で残りの龍騎士たちを撃ち落とす。

 

 ‘真空砲爆拳’──高密度のオーラ、そして高密度の魔力を放射した上で。その密度制御を放棄。一気に解放する事で暴発する‘オーラ・魔力エネルギー’が真空刃をばら撒きながら爆風であらゆる物を吹き飛ばす‘魔力拳’。

 シアが双葉のアドバイスと、超精緻な魔力制御を行える香織に師事する事で作り上げた自分だけの‘魔力拳’で、必殺級の大技である。放ったあとは硬直してしまうので、状況を見て使用する事が必要なのだが……

 

 その余波は、ユエの横を通り過ぎて行く……先述の大技を放った事で硬直したシアの隙を見逃さず、彼女に向けて止めと言わんばかりに。

 

「……‘凍柩’」

「しまっ…… づ、づめたいぃ~、早く解いてくださいよぉ~、ユエさ~ん」

「……私の勝ち」

 

 一瞬で発動した氷系魔法がシアの足元から一気に駆け上がり……彼女は頭だけ残して全身を氷漬けにされてしまう。それを見て、勝ち誇った顔のユエ。しかし……そこに苦笑しながら審判役の香織が手鏡を手に、彼女に話しかける。

 

「ユエ、ここ。ここ見て?」

「……香織? 鏡なんて……あっ」

 

 手鏡を見ると、ユエの頬には、シアの放った真空砲爆拳の余波が与えたであろうかすり傷が。血が出ていたのだ。

 

「「……」」

「一撃、擦りでもしたら何だっけ? ユエ」

「……傷なんてない」

 

 ユエは‘自動再生’により傷が直ぐに消えたのをいい事にしらばっくれた。拗ねたようにプイっとそっぽを向く。

 

「んなっ!? 卑怯ですよ! 確かに傷が……いや、今はないですけどぉ! 確かにあったでしょう! 誤魔化すなんて酷いですよぉ!」

「ユエ、流石に大人気ないよ? それに、審判は私でしょ?」

「……むぅ〜っ!」

 

 ほっぺを膨らませ、大いに遺憾である! と言わんばかりのユエはシアを戒めていた魔法を解く。そして、自由の身になったシアはというと……

 

「やったぁぁぁ!! 香織さん、私の勝ちでいいんですよね!?」

「ん、シアの勝ち。よく頑張りました」

「うわぁぁぁいっ!! ──ぴくちっ! ぴくちぃ! あうぅ、寒かったですぅ。危うく帰らぬウサギになるところでした」

 

 香織の言葉に喜びながら興奮のあまり忘れていた寒さからか、シアが可愛らしいくしゃみをし、近くの葉っぱでチーン! と鼻をかむと、シアは、その瞳に真剣さを宿してユエを見つめた。ユエは、その視線を受けて物凄く嫌そうな表情をする。無表情が崩れるほど嫌そうな表情。

 それを香織は頬を突きながらニコニコとユエを追い詰める。

 

「ゆーえー?」

「………………ん」

「ユエさん……約束しましたよね?」

「……………………ん」

「もし、十日以内に一度でも勝てたら、皆さんと一緒に旅に連れて行ってくれるって。そうですよね?」

「…………………………ん」

「少なくとも、ハジメさんに頼むとき味方してくれるんですよね?」

「流石に、シアの頑張りを見てると。私もシアの味方するよ?」

 

 香織がシアの頭を抱き寄せて撫でると、シアもここ数日で彼女に大分慣れたのか嬉しそうに彼女の手に頬を擦り付けた。そして仲良しこよしの二人を見てさらに不機嫌オーラの増したユエは。

 

「………………………………今日のごはん何だっけ?」

 

 盛大に惚けて見せたので、香織とシアはそのままズッコけて。シアはガバッと起き上がるとユエに猛烈な抗議をして見せた。

 

「ちょっとぉ! 何いきなり誤魔化してるんですかぁ! しかも、誤魔化し方が微妙ですよ! ユエさん、双葉さんかハジメさんの血さえあればいいじゃないですか! 何、ごはん気にしているんですか!? ちゃんと味方して下さいよぉ! ユエさんが味方なら、五割方OK貰えるんですからぁ!」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぐシアに、ユエは心底鬱陶しそうな表情を見せる。

 

 ここまでシアが必死になる理由。それは、十日以内に模擬戦にてほんの僅かでも構わないからユエに一撃を加えること。それが出来た場合、シアが自分たちの、‘神殺しの旅’に同行することをユエが認めること。そして、ハジメに同行を願い出た場合に、ユエは香織と双葉と共に、シアの味方をして彼女の同行を一緒に説得することである。

 

 シアは、本気で彼らの旅に同行したいと願っている。それは、これ以上家族に負担を掛けたくないという想いが半分、もう半分は単純にハジメ達の傍にいたい、もっと、今以上に彼らと仲良くなりたいという想いから出た彼女の答えだ。

 

 弱いままで同行を願い出てもハジメにすげなく断られるのが目に見えている。今までのハジメやユエの態度からそれは明らか。ただ、香織と双葉は彼女の頑張りを見ていたので同行を認めてもいいと思っているのは見抜けていなかった。

 ただ、人の思いがわからないが故にと、シアが考えたのが。先の‘約束’という名の賭けである。

 

「……分かった、負けは負け。潔く認める」

 

 そして、ユエはシアの頑張りを見続けていた。この八日前にシアは香織から魔法陣についてを根気よく指導されたが、全くもってその適正がなかった。

 それはそれは、残念な事に。やはり亜人としての生まれと、魔法に携わることがなかった彼女のイメージ能力の欠如が致命的だった。それゆえに、香織も匙を投げたほどである。が、香織の提案でまずは魔力による‘身体強化’を伸ばしてみる事にしたのだ。そして、その身体強化は最良の答えであり、シアはそれだけで大きく実力の伸び代を伸ばして見せた。

 そして。香織が最後の自衛手段として双葉から少しだけ習っていた体術をレクチャーしてもらい、シアの才覚は一気に花開いたのである。まさに臥龍昇天と言うべきか。

 使い方がわからなかったものを的確に使えるようになったシアは格闘術に興味を持ったのである。

 そのため武に精通した双葉の手を借りたのだ。だいたいの格闘術を修めた双葉相手にスパーリングを何度もしてもらい、打ち負かされながら、張っ倒されて転がされながら。意地で食いついた。

 その結果、シアはさらに副産物として「オーラ」に目覚めの兆候を見せたので。双葉は彼女にその教えを説いた。

 それを教わってから、シアはわずか三日でオーラをものにして見せたのだ。拙いながらも‘生命力の発露’をコントロールして。

 元々才能があったのだろう、と双葉は褒めてくれたのが嬉しくて。シアはオーラの練度を高める事と精密な放出と定着、強固に纏う事などの精緻な制御を。それ等の習熟を一気に高めたのだ。

 

 それを見ていたユエにも思うところはあった。自分達をダシにして家族の元を去ろうとしているシアの考えはあまり認めたくないものだが、わからなくもない……自分達と同じ‘同類’としてのシンパシーをユエも認めている。

 だからこそ、シアが意地になれば自身も意地になってしまうのかもしれないと、ユエは自嘲の笑みを内心で零す。

 

「……香織と双葉。そして……私がハジメの奥さん。シアの場所はない……それでもいいの?」

「それは、今は関係ありませんよ!? 私は皆さんと一緒に居たいんです!」

「……ハジメを奪う気じゃなかったの?」

「……ええ!? そう見られちゃいました……? いえ、下心が無いとは言い切れないんですけど、私はただ……皆さんと仲良くなりたかったから……ですぅ……」

 

 珍しくも無いシアのしどろもどろな返答にユエは何と勘違いをしていたのか、と焦った。シアは単純にハジメを含め、自分達と仲良くしたいと言っており、それは建前でも無い、嘘偽りのない本音であるとユエは判断した。

 

「……喧しいウザうさぎが増えると思った……けど、わかった……今のシアは強い。……その、同行は認める」

「ホントですか!? やっぱり、や~めたぁとかなしですよぉ! ちゃんと援護して下さいよ!」

「……ハジメの説得は任せて……尻に敷いてるから問題ない」

「うんうん。これで万事OKだね。双葉も同行OKってハジメに先制パンチしてたからどのみち時間の問題だった気がするけど、まぁシアちゃんが強くなったしオールOKだよね!」

 

 その言葉に、ユエがピクリと反応する。香織はその様子を見て、言い訳を考えた。

 

「……香織。何で先に言わないの?」

「……あれ? ユエ、何で右手を突き出してるの?」

「……こんな、遠回りする必要はなかった……よね?」

「……あっ……」

 

 震える香織に、囁ようなユエの声がやけに明瞭に響いた。

 

 ──── ……お祈りは済ませた? 

 ──── ……謝ったら許してくれたり? 

 ──── ………… 

 ──── やめて、落ち着いて、ユエ!! 

 

「……‘嵐帝’」

 

 ──── アッ────!! 

 

 発生した竜巻に巻き上げられ錐揉みしながら天に打ち上げられる香織。彼女の悲鳴が樹海に木霊し、シアに慌てて抱き止められた彼女は目を回して気絶していたのだった。しかし、シアはユエを責める事など……報連相の大事さを知っていたからできるはずもなかったのであった。

 

 ──

 

 to be continued

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