ありふれない天龍姫と魔王の異世界無双 作:ゆきほたる
■双葉side
姐さんからもらった、もはや地図というよりガイドブックと称すべきそれをあたし達は眺めて。数ある宿屋の中からはマサカの宿を選ぶことにした。
その紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂がある……それが一番の決め手だった。ただ、その分少し割高だけど、お金はあるし全く問題はないだろうと思う。
姐さんも言ってたしね、男のハジメがあたしたちを不自由させちゃいけないってさ。
そんな宿の中は一階が食堂になっているようで複数の人間が食事をとっていた。その場にハジメが先に入り、あたしたちが続くとお約束のように不愉快な視線を感じる羽目になる、けど。それらは無視することにして、カウンターに行くと……十五歳くらい女の子が歓迎の言葉と共に元気よく挨拶してくれた。
「いらっしゃいませー、ようこそマサカの宿へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」
「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」
ハジメが見せた姐さん特製の地図を見て合点がいったように頷く女の子。
「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」
女の子がテキパキと宿泊手続きを進めようとするが、ハジメと香織は何処か遠い目をしている。二人は姐さんの名前が「キャサリンなのか……」と超小声で呟いていた。
うん、わからんでもない……どことなくF○Oのドレイク船長っぼい強気な雰囲気だったしね。
「一泊でいい。食事付きで、あと風呂も頼む」
「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」
女の子が時間帯表を見せる。なるべくゆっくり入りたいので、男女で分けるとして二時間は確保したい。ハジメと相談して決めた時間だし問題ないだろうと思うし。
「じゃあ、二時間でお願いできる?」
「えっ、二時間も!?」
「うん? なんか不都合でもあるのか?」
「い、いえ! そんなことはありませんよ!」
驚かれたのでハジメが突っ込んだ。だけど、この感覚はまぁあたしたちだけなのだろうと思う。日本人たるあたし達だからこそ、お風呂は大事なのだ。
「たぶん、贅沢するんだなーって驚かれたんじゃない? 普通なら一五分とかなんだと思うよ」
「あ〜、なるほどな」
「は、はい。そ、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いてますが……」
ちょっと好奇心が含まれた目であたし達を見る女の子。そういうのが気になるお年頃なんだろうなぁ……だが、しかし。周囲の食堂にいる連中まで聞き耳を立てるのは勘弁してもらいたいからあたしはギロリと周りを一瞥した。
聞き耳を立てていた客達はびく付いた雰囲気になりながら聞き耳を立てるのをやめたようだ……が、しばらくしたらまた聞き耳を立てるようになったからもう諦めることにした。なんてたくましい連中なのかと感心すら覚える。
しかし、ユエもシアも美人とは思っていたが、想像以上に二人の容姿は目立つみたいだなぁ……方や残念ウサギもとい喋らなけりゃ別嬪なのは認めるけどね?
「ああ、三人部屋と二人部屋で頼む」
「ね、ねえ師匠? 何かド失礼なこと考えてません?」
「ん、なんのこと?」
ハジメが躊躇いなく答え、シアが無駄に鋭くなってきた勘であたしの内心を指摘するがとぼけてスルー。とまぁ、女の子はそれを聞くと内情を察して……少し頬を赤らめている。妄想はやめようね?
「……私と香織、ハジメで一部屋。シアは双葉と一部屋」
「ちょっ、何でですか! 私だけ仲間はずれとか嫌ですよぉ!?」
「おいこら待てや。あたしがいつ仲間外れだって?」
「ひっ、双葉サン? ……ってなんで師匠は抗議しないんですか!? ハジメさんと恋仲なんでしょう!?」
「……う、うるさいわね。あたしにはあたしの距離感とペースがあるのよ!」
ユエの言葉や思わずあたしが吐いた言葉と反応を見て。絶望の表情を浮かべた周囲の男連中が、次第にハジメに対して嫉妬の炎が宿った眼を向け始めた。そして、宿の女の子は既に顔を赤くしてチラチラとハジメとあたし達女性陣を交互に見ていた。
「だ、だったら、ユエさんこそ師匠と同室に行って下さい! ハジメさんと私と香織さんで一部屋です!」
「……ほぅ、それで?」
指先を突きつけてくるシアに、冷気を漂わせた眼光で睨みつけるユエ。あまりの迫力に、シアは訓練を思い出したのかプルプルと震えだすけども。「ええい、女は度胸!」と言わんばかりにキッと睨み返すと大声で宣言した。
「そ、それで、今夜はハジメさんに私の処女を貰ってもらいますぅ!」
静寂が舞い降りる。誰一人、言葉を発することなく、物音一つ立てない。今や、宿の全員がハジメ達に注目、もとい凝視していた。厨房の奥から、女の子の両親と思しき女性と男性まで出てきて「あらあら、まあまあ」「若いっていいね」と言った感じで注目している。そんな中で、ユエが瞳に絶対零度を宿してゆらりと動いた。
「……今日がお前の命日」
「うっ、ま、負けません! 今日こそユエさんを倒し、第二夫人の座を奪ってみせますぅ!」
「……師匠より強い弟子などいないことを教えてあげる」
「下克上ですぅ!」
ユエから尋常でないプレッシャーが迸り、震えながらもシアが手甲をガチリと鳴らしながら構える。まさに修羅場、一触即発の雰囲気に誰もがゴクリと生唾を飲み込み緊張に身を強ばらせる。
なお、香織はこの状況でも全く顔色を変えない豪胆っぷりを発揮して、ニコニコしている……まぁハーレム許容の宣言をしているし、内心はそういうことなのだろう。
「「いい加減にしろ(しなさい)っ!」」
ゴチンッ! ゴチンッ!
「ひぅ!?」
「はきゅ!?」
鉄拳が叩き込まれる音と二人が悲鳴を上げた。ユエもシアも、涙目になって蹲り両手で頭を抱えている。二人にゲンコツを叩き込んだのは、もちろんハジメとあたしだった。ユエにはハジメが、シアにはあたしがである。
「ったく、周りに迷惑だろうが。お前らかバトったらこの宿が吹き飛ぶぞ」
「醜い身内の争いはやるもんじゃないでしょ?」
「……うぅ、ハジメの愛が痛い……」
「も、もう少し、もう少しだけ手加減を……身体強化すら貫く痛みが……」
「自業自得だバカヤロー」
「二人とも熱くなりすぎちゃダメだからね?」
ハジメが冷ややかな視線を二人に向け、香織が「めっ!」と諭すような口調で二人を嗜める。あたしはクルリと女の子に向き直り、女の子はあたしの視線を受けてビシィと姿勢を正した。
「騒がせて悪かったわね。三人部屋と二人部屋で頼むわ」
「……こ、この状況で三人部屋……あの、お連れの方々は、つ、つまり三人で? す、すごい……はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういうこと!? お互いの体で洗い合ったりするんですか!? それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」
「……正解とも不正解とも言えない返答に困ることを口走るのはやめてね?」
あたしのフォロー()も虚しく女の子はトリップしていた。見かねた女将さんらしき人がズルズルと女の子を奥に引きずっていき、代わりに父親らしき男性が手早く宿泊手続きを行ってくれた。
彼はハジメに部屋の鍵を渡しながら「うちの娘がすみませんね」と口では謝罪するが、その眼には「男だもんね? わかってるよ?」という嬉しくない理解の色が宿っているように見えた。
絶対、翌朝になればハジメは「昨晩はお楽しみでしたね?」とか揶揄われるに違いないだろうなぁ。
この状況では何を言っても誤解が深まりそうなので、急な展開に呆然としている客達を尻目に、ハジメは、そのまま三階の部屋に逃げるように向かうので、香織がユエの手を引き、あたしがシアを担いでドナドナする。
「ちょっ師匠! 奴隷だからってドナドナ扱いは酷いですぅ!」
「少し反省しなさい、変な混乱生むなって言ったでしょ?」
「うぐぅ」
シアを叱りながらハジメから受け取った二人部屋の鍵を開けてあたしとシアは部屋に入る。
しばらくすると、止まった時が動き出したかのように階下で喧騒が広がっていたが、何だか異様に疲れたので気にしないようにしたあたしは。部屋に入るとシアをベッドにポイッと投げ捨てると、抗議するシアを無視しつつ、ベッドにダイブして意識をシャットダウンした。
「香織さん、眠れましたか?」
「うん、シアもちゃんと寝れた?」
「はい! 元気はつらつです! でも、なんで香織さんとユエさん。そんなにツヤツヤしてるんですか?」
「……貪っただけ」
「そーそー、気にしなくてもいいよー」
かましい雰囲気に目が覚めた頃、あれから数時間ほど経っており。夕食の時間になったようで部屋に入ってきていた香織に起こされたあたしは、ふらふらのハジメが惨状に合掌して彼を労いつつ。みんなで階下の食堂に向かったんだが……何故か、チェックインの時にいた客が全員まだ其処にいた。
ハジメが一瞬、頬が引き攣りそうにしていたけど、冷静を装って席に着く。すると、初っ端からめちゃくちゃ顔を赤くした宿の女の子が「先程は失礼しました」と謝罪しながら給仕にやって来た。
謝罪してはいるが瞳の奥の好奇心が隠せていない。注文した料理は確かに美味かったのだが、せっかく久しぶりに食べたまともな料理は、もう少し落ち着いて食べたかったと、ハジメは後に二人きりの時に愚痴っていた。
そして、風呂は風呂で、男女で時間を分けたのに結局ユエと香織、シアも乱入しに行ったのであたしは一人で悠々と入れたのだが、入る前にくらいに宿の女の子が女将さんに尻叩きされていたのは謎だった。興味に勝てず、覗いたのかと予測もしたけど、流石にそれはないだろう……と思っておこう。
夜は寝るとき、香織とユエがハジメのベッドに潜り込み、定位置というように香織が右手、ユエが左手に抱きついて眠っていたところ、シアが夜這いを仕掛けるようにして部屋に忍び込んでその惨状を目の当たりにしたのか。
引き下がってあたしに泣きついてきたりもあったが、まぁ取り敢えず撫でながらあやす様にしてシアを寝かせた。
そして午前。目が覚めたあたし達が朝食を食べた後、ハジメが香織、ユエとシアにお金を渡して旅に必要なものの買い出しを頼んでいた。チェックアウトは昼なのでまだ数時間は部屋を使える。なので、ユエ達に買出しに行ってもらっている間に、部屋で済ませておきたい用事があったのだ。
「用事ってなんですか?」
シアが疑問を素直に口にする。それに対してのハジメの返答が。
「ちょっと作っておきたいものがあるんだよ。構想は出来ているし、数時間もあれば出来るはずだ。ホントは昨夜やろうと思っていたんだが……双葉、手伝ってくれるな?」
「はいはい。部品とかの作成をフォローすればいいんだね?」
あたしはそれを快諾して、ハジメのサポートをすることにする。なんだかんだ、そういう雰囲気にならない女が居ると安心もできるらしい……奥手なあたしに感謝しろよ? ……なんて言えるはずもないだろう。
「……そ、そうだ。香織さん、ユエさん。私、服も見ておきたいんですけどいいですか?」
「たしかに、その服じゃ目立つねぇ」
香織が秒でシアの服装、ボロボロの衣服を指摘。手をわきわきさせていたが、シアも慣れたのか「セクハラはやめてくださいよぉ」と遠慮ながらも香織を牽制する胆力が身に付いてきた様である。
ただ、非難じみた視線ではなく。どことなく期待を孕んだ熱い視線で抗議しても香織が調子に乗るだけだからやめろってマジで。最悪、ついでで、あたしにまで被害が及ぶから!!
「……ん、問題ない。私は、露店も見てみたい」
「おいしそうなものも多かったし期待してもいいと思うね」
「あっ、いいですね! 昨日は見ているだけでしたし、買い物しながら何か食べましょう」
サッと視線を逸らし、きゃいきゃいと買い物の話をし始める女子組。自分達が原因だと分かってはいるが、香織とユエは心情的に非を認めたくないので、シアを巻き込みつつ阿吽の呼吸で話題も逸らす。
「……お前等、実は結構仲良いだろう」
そんなハジメの呟きも虚しくスルーされるのだった。
□Noside
現在、香織達は町に出ていた。昼ごろまで数時間といったところなので計画的に動き目標は、食料品関係とシアの衣服、それと薬関係だ。武器・防具類は錬成師のハジメがいるので不要である。
町は露店の店主が元気に呼び込みを、主婦や冒険者らしき人々と激しく交渉をしている。飲食関係の露店も始まっているようで、朝から濃すぎないか? と言いたくなるような肉の焼ける香ばしい匂いや、タレの焦げる濃厚な香りが漂っている。
道具類の店や食料品は時間帯的に混雑しているようなので、二人はまず、シアの衣服から揃えることにした。
姐さん改めキャサリンの地図には、きちんと普段着用の店、高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されている。やはり姐さんは出来る人だ。痒いところに手が届いている。
二人は、早速、とある冒険者向きの店に足を運んだ。ある程度の普段着もまとめて買えるという点が決め手だ。
その店は、流石はキャサリンがオススメするだけあって、品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。
ただ、そこには……
「あら~ん、いらっしゃい♥ 可愛い子達ねぇん。来てくれて、オネェさん嬉しいぃわぁ~、たぁ~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」
化け物がいた。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。
動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。くねくね動くたびに天然の鎧……筋肉が軋み、ギチギチと音を鳴らしていた。
服装は……いや、言うべきではないだろう。少なくとも、鍛え上げられたそれは巨木の如き腕と足、そしてシックスパックの腹筋が丸見えの服装とだけ言っておこう。
ユエとシアは硬直する。シアは既に意識が飛びかけていて、ユエが感じたその戦闘力は‘奈落の魔物’以上の化物の登場に泣きそうになりつつも覚悟を決める。
しかし、そんな化け物を目の前に。相手にしても香織は顔色を全く変えず。注文する度量を見せた……いや、普通は怯えるだろうが。
「こっちの子の服を探しているんですが、いいものはありませんか?」
「まかせてぇ〜ん♥ あらあらぁ~ん? どうしちゃったの、そっちの二人共はぁ〜ん? 可愛い子がそんな顔してちゃだめよぉ~ん。ほら、笑って笑って?」
「……人間なの……?」
その瞬間、化物が怒りの咆哮を上げた。しかし、何というか物凄い濃い笑顔で体をくねらせながら接近してくる筋肉の化物に、つい堪えきれずユエは呟いてしまったのだ。
どうかしているのはお前の方だ、笑えないのはお前のせいだ! と盛大にツッコミたいところだったが、シアは何とか堪える。人類最高レベルのポテンシャルを持つ二人だが、目の前の化物には勝てる気がしなかった。
「だぁ~れが、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴラァァアア!!」
「ご、ごめんなさい……」
「この世界にも
香織はその咆哮すら意に介さず、ユエがふるふると震え涙目になりながら後退るが彼女が咄嗟に謝罪すると化物は再び笑顔(?)を取り戻し接客に勤しむ。
なおシアは、腰を抜かしてへたり込み……少し下半身が冷たくなってしまった。
「いいのよ~ん。それでぇ? 今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」
「……この子の服を探しにきた……いいもの、ある?」
「できれば前衛だから、動きやすそうな服装でお願いしたいんですけど、お任せでお願いしてもいいですか?」
シアは未だへたり込んだままなので、ユエが決意を決めて。ふんわりとしたイメージを香織が伝えつつ、シアの衣服を探しに来た旨を伝える。
しかしシアは、もう帰りたいのか、ユエの服の裾を掴みふるふると首を振っているが、化物は「任せてぇ~ん」と言うやいなやシアを担いで店の奥へと入っていってしまった。その時の、ユエを見つめるシアの目は、まるで食肉用に売られていく豚さんのようだった。
結論から言うと、化物改め店長のクリスタベルの見立ては見事の一言だった。
シアの髪色に合わせ、彼女の要望に応えた青を基調にした服装はどこか双葉に通じるものがある。なお、双葉は露出は抑え気味な服装に白のコートと白銀の胸当てを身につけた戦乙女の姿であるが……露出はシアの方が上なのは気にすることではない。
なおクリスタベルがシアを店の奥へ連れて行ったのも、彼女が粗相をしたことに気がつき、着替える場所を提供するためという何とも有り難い気遣いだった。
香織達は、クリスタベル店長にお礼を言い店を出た。その頃には、店長の笑顔も愛嬌があると思えるようになっていたのは、あの
「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん」
「ん……人は見た目によらない」
「ビビりまくっていた二人のセリフじゃないと思うよ?」
「「香織(サン)がおかしいだけでしょ!?」」
あのユエがハッキリとツッコミに回る。そんな風に雑談しながら、次は道具屋に回ることにした三人。しかし、唯でさえ目立つユエとシアに加えて美女の香織だ。すんなりとは行かず、気がつけば数十人の男達に囲まれていた。冒険者風の男が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている男もいる。
その内の一人が前に進み出た。ユエは覚えていないが、この男、実はハジメ達がキャサリンと話しているとき冒険者ギルドにいた男だ。
「香織ちゃんに、ユエちゃんとシアちゃんで名前あってるよな?」
「? ……合ってる」
何のようだと鬱陶しそうに目を細めるユエ。シアは、亜人族であるにもかかわらず。「ちゃん」付けで呼ばれたことに驚いた表情をして、香織は困った様に、彼らのセリフを予期して苦笑する。
ユエの返答を聞くとその男は、後ろを振り返り他の男連中に頷くと覚悟を決めた目でユエを見つめた。他の男連中も前に進み出て、香織達の前に出る。
そして……
「「「「「「香織ちゃん、甘えさせてください!!」」」」」」
「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」
「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」
つまり、まぁ、そういうことである。各々への口説き文句が異なるのはシアが亜人だから。通常は奴隷の譲渡は主人の許可が必要だが、昨日の宿でのやり取りでシアとハジメ達の仲が非常に近しい事が周知されている様で。
まず、シアから落とせばハジメも説得しやすいだろう……とでも思ったのかもしれない。なお、宿でのことは色々インパクトが強かったせいか、奴隷が主人に逆らうという通常の奴隷契約では有り得ない事態についてはスルーされているようで。
でなければ、早々にシアが実は奴隷ではないとバレているはずである。契約によっては拘束力を弱くすることもできるが、そんな事をする者はいないからだ。
で、告白を受けた香織達はというと……
「……香織、シア。道具屋はこっち」
「んー、そうだね。色々あるから目移りしちゃう」
「あ、はい。一軒で全部揃うといいですね」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 返事は!? 返事を聞かせてく『『断る(ります)』』『ごめんなさい、ハジメを裏切る気はないの』……ぐぅ……」
三人のまさに眼中にないという態度に、男は呻き、何人かは膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。しかし、諦めが悪い奴はどこにでもいる。まして、香織とユエ、シアの美貌は他から隔絶したレベルだ。多少、暴走するのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。
「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」
暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿す。三人を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫っていく。
そして遂に、最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらユエに飛びかかった。香織は彼を見て。「あっ、ルパ○ダイブ!」と呟いたが。
直後、男は蹴り上げられ宙を舞い「グペッ!?」と情けない悲鳴を上げ、仰向けの状態で地面に転がるル○ンダイブの男。
そこには、見事な構えを見せているシアの姿があり、「ユエさんには指一本触れさせないですぅ〜っ!」と吼えていた。
周囲の男連中は、○パンダイブの男が蹴られた瞬間が見えず、戸惑っていたが、シアは手加減して顎を蹴り上げただけの話である。
ユエは、ツカツカと仰向けで倒れる男のもとへ歩み寄った。周囲には、シアの実力に驚愕の表情を見せながらも、我こそ第二の○パンなり! と言わんばかり身構えている男連中がいる。なので、ユエは、見せしめをすることにした。
「ユ、ユエちゃん。いきなりすまねぇ! だが、俺は本気で君のことが……」
ユエは手を翳す。そして、魔力を収束させ……男の股間に向けた。
「あ、あの、ユエちゃん? ……僕の股間に何か用ですか?」
嫌な予感が全身を襲い、男が冷や汗を浮かべながら「まさか、ウソだよね? そうだよね? ね?」という表情でユエを見つめる。そんな男に、ユエは僅かに口元を歪める。
「……狙い撃つ」
そして、風の礫が連続で男の股間に叩き込まれた。
──── アーーーッッッ♂!!
──── もうやめてぇー
──── おかぁちゃーん!
男の悲鳴が昼前の街路に響き渡る。こいーん、こいーん、こいーんと擬音が聞こえて来る様な様で、執拗に狙い撃ちされる男の股間。きっと中身は、デン○シーロールにより初見殺しされたボクサーのように延々と右左に翻弄されていることだろう。
その
やがて永遠に続くかと思われた集中砲火は、男の意識の喪失と同時に終わりを告げた。一撃で意識を失わせず、しかし、確実にダメージを蓄積させる風の魔法。まさに神業である。ユエは人差し指の先をフッと吹き払い、置き土産に言葉を残した。
「……
この日、一人の男が死に、第二のクリスタベル、後のマリアベルちゃんが生まれた。彼は、クリスタベル店長の下で修行を積み、二号店の店長を任され、その確かな見立てで名を上げるのだが……それはまた別のお話。
そして。ユエに、〝股間スマッシャー〟という二つ名が付き、後に冒険者ギルドを通して王都にまで名が轟き、男性冒険者を震え上がらせるのだが、それもまた別の話だ。
香織達は、畏怖の視線を向けてくる男達の視線をさらっと無視して買い物の続きに向かった。道中、女の子達が「ユエお姉様……」とか呟いて熱い視線を向けていた気がするがそれも無視して買い物に向かった。
それからしばらくして香織達が宿に戻ると、ハジメと双葉もちょうど作業を終えたところのようだった。
「お疲れさま〜。疲れてない、三人とも?」
「何か町中が騒がしそうだったが、何かあったか?」
出迎えた二人がそう聞くのは。どうやら、先の騒動を感知していたようである。
「……問題ない」
「あ~、うん、そうですね。問題ないですよ」
「一人の男が
服飾店の店長が化け物じみていたり、一人の男が天に召されたりしたが、概ね何もなかったと彼女らは流す。そんな様子に、ハジメは少し訝しそうな表情をするも。苦笑して状況を察した双葉を見て、まぁいいかと肩を竦めた。
「必要なものは全部揃ったか?」
「……ん、大丈夫」
「ですね。食料も沢山揃えましたから大丈夫です。にしても宝物庫ってホント便利ですよね~」
「双葉に作ってもらうか? 簡単なのなら作れるんだろ?」
「素材があればね。たぶん作れるよ」
「ほんとですか!?」
ハジメは、買い物にあたって。‘宝物庫の指輪’を預けていた。その指輪を羨ましそうに見やるシアに、ハジメは苦笑いする。今のハジメの技量で宝物庫を作成出来なかったが、双葉は亜空間魔術を使用してそれよりも規模の小さなものならば作成できる。それらが便利であることは確かなので、頼まれるなら双葉は作ると三人に言っていた。
「さて、シア。こいつはお前にだ」
「ステゴロで戦うにも手数の暴力を活かすよりも……一撃に重きを乗せることも大事だからね」
そう言ってハジメはシアに直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体を渡した。青銀色の円柱には側面に取っ手のようなものが取り付けられている。
ハジメが差し出すそれを反射的に受け取ったシアは、あまりの重さに思わずたたらを踏みそうになり慌てて身体強化の出力を上げた。
「な、なんですか、これ?」
「そりゃあな、お前用にこさえた大槌だからな。重いほうがいいだろう」
「へっ、これが……ですか?」
シアの疑問はもっともだ。円柱部分は、槌に見えなくもないが、それにしては取っ手が短すぎる。何ともアンバランスだ。
「ああ、その状態は待機状態だ。取り敢えず魔力流してみろ」
「えっと、こうですか? うわッ!?」
言われた通り、槌モドキに魔力を流すと、カシュン! カシュン! という機械音を響かせながら取っ手が伸長し、槌として振るうのに丁度いい長さになった。
この大槌型アーティファクト:ミョルニルは、幾つかのギミックを搭載したシア用の武器だ。魔力を特定の場所に流すことで変形したり内蔵の武器が作動したり……そして。
「シア、それに魔力を強めに流してみて。あっその前に……」
双葉が結界を張り、そして仮想敵なのかカカシを設置する。
「これでヨシ。魔力を強く流し込んで全力で振りかぶる、ほい、やってみなさい」
「は、はい! んぅぅぅ〜っ、やぁっっ!!」
多量の魔力が流し込まれ蓄積したミョルニルは金色の魔力を放出して、カカシに叩き付けられる。そして……バリバリバリバリッッッ!! と、雷があたりに放出された。
「はわっ!? なんですかこれぇ!?」
「成功。あたしの魔力操作で雷の魔力を収束、放出できるように改良した‘サンダークラップ鉱石’が機能してるのよ」
「これ、食らったらだいたいの生物死滅するんじゃねぇか?」
「反対側で殴ると回復魔法が使えるからね。逸話通りよ」
ニヤリと笑う双葉に苦笑する、ハジメの済ませておきたいこととは、この武器の作成だったのだ。午前中、ユエ達が買い物に行っている間に、改めてシア用の武器を作っていたのである。
「今の俺達にはこれくらいが限界だが、腕が上がれば随時改良していくつもりだ。これから何があるか分からないからな。双葉とユエのシゴキを受けたとは言え、たったの十日。まだまだ、危なっかしい。その武器はお前の力を最大限生かせるように考えて作ったんだ。使いこなしてくれよ? 仲間になった以上勝手に死んだらぶっ殺すからな?」
「ハジメさん……ふふ、言ってることめちゃくちゃですよぉ~。大丈夫です。まだまだ、強くなって、どこまでも付いて行きますからね!」
そう、はしゃぐシアを連れながら、宿のチェックアウトを済ませる。未だ、宿の女の子がハジメ達を見ると頬を染めるが無視だ。
外に出ると太陽は天頂近くに登り燦々と暖かな光を降らせている。それに手をかざしながらハジメは大きく息を吸った。振り返ると、ユエとシアが頬を緩めてハジメを見つめている。
ハジメは皆に頷きかけると、スっと前に歩みを進めた。双葉達もそれに追従するのだった。
──
to be continued .