ありふれない天龍姫と魔王の異世界無双 作:ゆきほたる
□noside
「ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」
「なんで知ってるんだ? 彼女にそんな話は……」
「してないぞー? あたしと香織は、だけど」
双葉の言葉にハジメが、シアに探るようで胡乱な眼差しを向けると。観念したのか、おずおずと両手をあげて。
「何だ、シア?」
「え~と、つい話が弾みまして……てへ?」
「後でお仕置きね♡」
「!? ユ、ユエさんもいました!」
「……シア、裏切り者」
「じゃあ、二人共お仕置きだよー?」
どうやら、原因はユエとシアのようだ。香織のお仕置き宣言に、二人共。平静を装いつつ冷や汗を流し、今日の夜は長くなりそうだと赤くなりつつ想像する。そんな様子を見て苦笑いしながら、イルワは言葉を続ける。
「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」
どこか、懇願するようなイルワの態度。単にギルドが引き受けた依頼という以上に伯爵と友人ということは、もしかするとその行方不明となったウィルとやらについても面識があるのかもしれない。
個人的にも、安否を憂いているのだろうと香織は分析し。双葉もその言葉に嘘がないと見抜き、藁にもすがる思いを受け取る。
「そう言われてもな、俺達も旅の目的地がある。ここは通り道だったから寄ってみただけなんだ。ここまで聞いておいて悪いが……そうだな、報酬次第では断らせてもらう」
ハジメとしては、そんな貴族の三男の生死など心底どうでもいいが。報酬というものというより、金や名声は必要なく。必要な条件を突きつけるべく並列に考える。
「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい」
「いや、金は最低限でいいし、ランクもどうでもいいから……」
「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」
「ほーん、随分と友人の息子相手にしては入れ込み過ぎじゃないか?」
「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね」
ハジメの言葉に、イルワが初めて表情を崩す。こんなはずでは、と言う後悔に満ちた悔しげな印象を彼は受けた。
「ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」
「イルワさんの考えは間違いじゃないけど、ちょっと配慮が足らなかったんだろうね」
双葉の言葉に自嘲の笑みも出せぬのか、焦燥した素顔をあらわにしてイルワは頭を下げる。
「ああ、こうも裏目に出るとは思っても見なかった。君たち以外に、本当に任せられる冒険者がいないんだ。だから、頼む……っ!」
ハジメはイルワの独白を聞きながら、僅かに思案する。ハジメが思っていた以上に、イルワとウィルの繋がりは濃いらしい。血は繋がらなくとも、甥っ子を想う叔父の気持ちなのだろうと双葉も感じていた。
これまで、すまし顔で話していたがイルワの内心は気が気ではないだろう。時間が経てば経つほど生存率はゼロに近くなり。無茶な報酬を提案したのも、イルワが相当焦っている証拠なのだろう。
ハジメとしても、町に寄り付く度に、ユエとシアの身分証明について言い訳するのは、いい加減うんざりしてきたところであるし、この先、お偉いさんに対する伝手があるのは、町の施設利用という点で便利だ。
「ハジメ、受けてもいいと思うよあたしは」
「私もこの話はアリだと思う。冒険者として名を挙げておけば色々と便宜も図ってもらえるだろうしね」
「はぁ、しょうがねーな。おい、支部長さん。話はわかった」
ハジメたちは聖教教会や王国に迎合する気がゼロである以上、異端のそしりを受ける可能性があり。その場合、町では極めて過ごしにくくなるだろう。個人的な繋がりで、その辺をクリア出来るなら嬉しいことだ。
なので、大都市のギルド支部長が後ろ盾になってくれるというなら、この際、自分達の事情を教えて口止めしつつ、不都合が生じたときに利用させてもらおうとハジメは考えた。
イルワの言い分からすればウィル某とは、随分懇意にしていたようだから、仮に生きて連れて帰れば、そうそう不義理な事もできないだろう。
「そこまで言うなら考えなくもないが……二つ条件がある」
「条件?」
「ああ、そんなに難しいことじゃない。ユエとシアにステータスプレートを作って欲しい。そして、そこに表記された内容について他言無用を確約すること、更に、ギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図ること。この二つだな」
「それはあまりに……」
「出来ないなら、この話はなしだ。もう行かせてもらう」
席を立とうとするハジメに、イルワもドットも焦りと苦悩に表情を歪めた。一つ目の条件は特に問題ないが、二つ目に関しては、実質、フューレンのギルド支部長が一人の冒険者の手足になるようなものだ。責任ある立場として、おいそれと許容することはできない。
「何を要求する気かな?」
「犯罪を犯した時に庇ってくれとかそんなのに使うつもりはない。俺だってそんな無茶な要求はしないぞ?」
「あたしたちはは少々特異な存在なんで、教会あたりに目をつけられると……いや、これから先、ほぼ確実に目をつけられると思うんだけど。その時、伝手があった方が便利だーなとハジメは打算を出したんでしょ?」
「色々と面倒事が起きた時に味方になって欲しいんです。ほら、私たちが指名手配とかされても施設の利用を拒まないとか……?」
頭の回るハジメの両脇に控えている少女たちが捕捉する。その考えはリーダーのハジメの意に沿ったものであり、彼が訂正するそぶりもないことからそう言うことなのだろうと。
「指名手配されるのが確実なのかい? ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったか」
「ま、そんな感じで詮索されるのも好きじゃないわけよ」
にっと双葉が笑えばイルワは黙りこくる。どこかそら恐ろしさを覚え、その笑顔から顔を逸らして本題に戻った。
「その辺りが君達の秘密か…そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと…大して隠していないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか……そうなれば確かにどの町でも動きにくい……故に便宜をと……」
流石、大都市のギルド支部長。頭の回転は早くイルワは、しばらく考え込んだあと意を決したようにハジメに視線を合わせた。
「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」
「まぁ、そんなところだろうな……それでいい。あと報酬は依頼が達成されてからでいい。お坊ちゃん自身か遺品あたりでも持って帰ればいいだろう?」
ハジメたちとしては、ユエとシアのステータスプレートを手に入れるのが一番の目的だ。この世界では何かと提示を求められるステータスプレートは持っていない方が不自然であり、この先、町による度に言い訳するのは面倒なことこの上ない。
問題は、最初にステータスプレートを作成した時の騒ぎに対してはどうすればいいかという事なのだが、ギルドの長であるイルワの存在がその問題を解決できる。それが条件として口約束をしても、やはり密告の疑いはあるが。その時はその時だとハジメも内心で覚悟はしていた。
遅かれ早かれハジメ達のぶっ飛び具合はバレるだろうが、積極的に手を回されるのは好ましくない。なのでステータスプレートの作成を依頼完了後にしたのである。どんな形であれ心を苛む出来事に答えをもたらしたハジメを、イルワも悪いようにはしないだろうという打算だ。
イルワもハジメの意図は察しているのだろう。苦笑いしながら、それでも捜索依頼の引き受け手が見つかったことに安堵しているようだ。
「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、宜しく頼む」
イルワは最後に真剣な眼差しでハジメ達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない。キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ている。
そんなイルワの様子を見て、ハジメ達は立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。
「組織のトップがそうそう頭を下げないでくれ。ああ、しっかりこなしてやるよ」
その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、ハジメ達は部屋を出て行くのだった。
■双葉side
名目上は街道として扱われているが、那由他の時を人々が行き来して人が、馬や馬車の車輪が、大地を踏みしめて硬くなった土の上には雑草も根を降ろせなくなるという話がある。アスファルトに根を下ろせる程に根性を持った彼らで根を降ろせない、ハゲ路と言うべきか。
まぁ、馬車にサスペンションが搭載なんてされてないこの世界だと。馬車の旅は腰を痛めるだろうなーなんて思いつつ、あたしはハンドルを握っていた。
「作った甲斐があったな。ここまで楽に走れると」
「シュタイフでかっ飛ばしてもいいけど、こっちのが快適だからねー」
「……ん、涼しくていい」
「何度もすっ転んでた香織にシュタイフの運転なんてさせれる訳ないでしょ?」
蒼白のシアがうんうんと頷いているのを見やり、相当怖かったんだろうなーと内心で同情。話が逸れたけど、ハジメが作ったアーティファクトの中でも一番の大物。それがこの某A国の軍用車であるハマーに似ている、白い魔力駆動車の〝ブリーゼ〟である。最高時速はシュタイフに劣らず、広い車内はグランピングだってできそうなくらい。荷台もあって恐らく10人は余裕で乗せて走れるだろう程の車なのである。
それがこの悪路を物ともせず走り抜けるのは私も胸を張れる。魔力回路の設計は私が行ってるから並の効率ではなく、一の魔力で一キロは走れるように設計してあるのだ。まぁ、一般人の魔力量で考えればタクシーのワンメーターくらいの距離しか走れないから何とも言い難いけれども。
「あと1日もかけずに湖畔の街〝ウル〟に着けるし、このままかっ飛ばすよ?」
「おう、任せるわ。シアは……寝てるなこりゃ」
鼻提灯に「すぴー」と寝息が聞こえ、それをユエが微笑ましいモノを見る慈愛の目で眺めている。もふもふなウサ耳をこっそりとハジメが撫でているのをニコニコと香織が眺める……これは色々ネタにされるんだろうなーとか考えながらあたしはアクセルを踏み込んで
「しかーし、やっぱ食にはこだわんないとねー……!」
「まぁ、双葉にとっちゃ、ウルにあるってアレが一番の楽しみってのはよくわかる」
「うんうん、私もあのチャーハンおいしかったけどやっぱ、タイ米モドキだったし……」
「……本場のコメはアレよりもおいしいの?」
「「「当然!」」」
ユエの言葉にハジメと香織、あたしがハモる。それにキョトンとかわいらしい反応をしてくれるしユエも心なしか期待を膨らませた様である。豊富な水源があるウルの名産は稲作らしく、つまりはライス。白米、日本人の心の象徴である米が作られているのである。
炊き立てのふっくらとしたご飯が恋しくて仕方なかったあたしはウルの資料を見てハジメ共々やる気を燃やしたのである。
「カレー、双葉作れるよな?」
「ふふふ、任せたまえ! 豆腐も作ったからカレーも、マーボーカレー、チキンカレーとか何でも作れるし!」
「いやそこはシンプルなしおおにぎりにしようよ」
「「あー、わかるわー」」
と、あたし達がどうして米だけでこんなに盛り上がってるのかわからないとユエも首をかしげる。仕方ないんだこればかりはね……数か月、お米抜きはあたし達には堪えるんだよホントに。日本で育った都合、和食文化に染まったヴァルキリーなんですけどね? おばあちゃんの作ってくれた親子丼があたしの好物であるくらいには、米は大事な食べ物なのである。
「……私も楽しみ♪」
「おう、たらふく食おうな」
「腕によりをかけて作ってやんよ!」
MTのギアを6に上げて、あたしはさらに速度を上げる。こうして、2時間後には……日が暮れる前にウルに到着。そして、ウルの街随一の高級レストランと名高い〝水妖精の宿〟にお邪魔させてもらったのだが、あんなことになるとは。あたし達は思いもしなかった。
□noside
水妖精の宿、そこは米料理を多く取り扱う店であった。オーナーのフォス・セルオは懸命にメモを走らせていた。厨房に立つべき人物がなぜ、と思われるかもしれないが。今の彼は臨時で指導を受ける立場だった。
「白いルーは確かにあたしたちの故郷でもあるわ。でも、邪道!」
「は、はい! では本場のカレーとは如何様な物なのでしょうか、先生!」
「ふ、よくぞ聞いてくれました! 私たちのカレーはこんな数種類のスパイスじゃ成り立ちません。あとこれは自作のカレー粉なんで好みに合わせるのがベストです。お客様のニーズに応えるのも料理人の腕を見せるところですから」
フォスが先生と呼ぶ人物が何処からか取り出した金属缶、その中には茶色い粉がぎっちりと詰まっていた。見た目の色が悪いなと彼は一瞬思うも、次にはそれに心奪われる。
「なんと言う複雑な香り!? これは一体……!」
「香りのために八つのスパイスを混ぜてますから」
「八つ!?」
「色が悪いのはターメリックの黄色のせいですね。辛みは三つのスパイスで付けるのです」
多くのスパイスを合わせた結果、黄褐色の粉になってしまう。そう、教わりながら勧められたままに指先に粉を付けて口に含むと。途端に数多の香り、そしてシンプルな辛みがフォスの口を突き抜けて彼の脳内にに火花が散る。情報過多、ソレでいて爽やかな辛みだった。
「これが、〝カレー粉〟です」
手のひらサイズの金属缶を彼に渡し、その名を反芻する。これは料理に革新を齎すぞとフォスは戦慄し、震えあがる。なお、そんな大仰なことを彼が考えてるとはつゆ知らず、双葉は話を進めた。バターを溶かした鍋の底で切った玉ねぎを飴色になるまで炒め、別の鍋で肉を煎るようにサッと焼くと先ほどの玉ねぎと合流させつつ、牛脂を溶かした油とニンジンとジャガイモを投入する。
軽く炒めてから、水を投入してローリエの葉を浮かしながら灰汁を取り除きつつ煮込んでゆき……小麦粉をバターで捏ねたものにカレー粉を練り込んでそれを溶かし込みながらじっくりと煮込む。すると、次第にとろみがついてゆくのが分かる。
「これが、カレーです。ニホンジンのソウルフードたるカレーライス!」
「なんと、色はアレですが。とても、鼻腔をくすぐるこの匂いは……空腹を刺激する……! ああ、はしたないですが涎が……」
フォスはその食べ物から目を離せなかった。肉の旨味や野菜たちが出した甘い匂いが凝縮されているであろうルーは数多のスパイスと言う香りのドレスを纏って。そのくせ辛みと言う棘を隠さずに佇んだそれはトータスには存在しない。
「ニルシッシルよりも強い香りですな……芳醇な……!」
「これをライスに載せて、完成です。お上がりよ!」
「い、いただきます!」
双葉の差し出した皿に盛られたカレー。愛子より教わった食に感謝する言葉、そして合掌と共に。黄金の油がギラつくそれを米と共にスプーンで口に運んだフォスは……トんだ。肉の旨味、スパイスたちの香りと辛み、玉ねぎとニンジンが出す野菜の甘味が口を突き抜け、優しく噛むだけで解ける様に崩れていく肉に。ホクホクとしていて、米と同じでんぷん質にもかかわらずゴロツク存在感を主張するジャガイモに何よりも全体的な辛みが米の甘さを引き立てている事に。
ニルシッシルも絶品であると自負があったフォスもこの食べ物には敵わない、と夢中でスプーンを運び目尻から歓喜の雫が頬を伝っていく。双葉はドン引きした。
「ああ……おいしかった」
「おかわりは如何ですか?」
「……頂きましょう」
フォスは悟ったように。無心で味を覚えようと食べるのではなく、純粋にカレーで腹を満たしたいと願ってしまった。双葉はドン引きした。
「スパイスの魔力ってやっぱヤバいなぁ……戦争が起きたのも納得だね」
人類は香辛料をめぐって戦争を起こした。そんな時代があったと言うことは、やはり。食文化に恵まれた地球にエヒトを入れてはいけないなと改めて真剣に考え始めていた。
「ごちそうさまでした。いやぁ……美味しかったです」
「喜んでもらえたなら何よりです。これがカレー粉の……この世界で代用できそうなスパイスの名簿とかまとめときましたんで活用してください」
「何から何まで……有難うございます、先生!」
「先生ってあたしの事だったんですね……」
苦笑する双葉。そこへ、厨房の方に駆けてくる誰かの足音。ばぁん! と開かれたドアから顔を出して一人の少女がフォスに喜色に染まった顔を向ける。
「オーナーさん! この匂い、カレーよね!? どうやって作ったの……?」
入ってきた闖入者。しかし、双葉はその声の主を知っている。少女もまた、双葉を見て停止していた。
「え……ゆ、優花……?」
「……その声……双葉……!?」
園部優花は、その名を呆然と呟くのだった。
──
to be continued .