トレセン学園はトレーナーも魔境(荒木荘風味) 作:銀能神
トレセン学園の隅の方、そこにある一つのプレハブ小屋が私の所属しているチーム『SBR』の部室だ。
他のチームを巡って来てから見るとかなり小さいものだと思う。まぁ、そこは所属しているウマ娘の数が少ないので仕方ないものだと分かっているし何ならトレーナーとの会話が増える要因なのでむしろこれが良い。
所属しているウマ娘が少ないと言ったが実際このチームに所属しているウマ娘は私と後もう一人しかいない正直チームと呼んでもいいのか分からない状態だ。
いや、チームとして存続しているのは今のところ特例で許されているだけだと聞いたことがある、その内他のウマ娘もチーム入りさせないといけないのだろう。
思わずため息を吐いてしまう。
そうは言っても差し迫った問題ではないだろうし今考えても仕方ないと気持ちを切り替え目の前のプレハブ小屋の扉を開ける。
プレハブ小屋の中はクーラーが効いていたのか心地よい冷気が肌を撫でる。
その冷気が逃げてしまわない様に急いで部屋に入り扉を閉める。
「お帰り。遅かったんじゃないか?」
キィ、と車イスの音を響かせながら一人の男性が出迎えてくれる。
何年も前、新人トレーナーであった上で下半身不随というハンデを負いながらもギリギリで試験を通っただけのただのモブウマ娘だった私を見出してくれ、私をクラシック三冠バにまで育て上げた紛れもない天才。
ジョニィ、それが私のトレーナー。
「
手元の資料をめくりながらこちらの様子を窺うトレーナー。
私はそんな彼にただ色々絡まれただけだと答える。
「……? まぁ、いいや。スローダンサー、渡してあった資料の内容は見た?」
大事そうな資料を見る訳がないと私は呆れながら答える。
するとトレーナーは苦笑いしながら手元の資料を一度デスクの上に置いた。
「別に見てくれても良かったんだけど……あれについては近々わかる事になるだろうし問題は無いか」
というか他のチームに届ける封筒に入れられた書類の中身を確認する事を期待しているトレーナーはどうなのかと思う。
「いや、君と出会った時の精神状態ならやりかねないかなって」
…………。
「無言で目を逸らすってことは心当たりがあるってことだ……あの時は僕も死にかける位の気性難だったからな。……とさて、そろそろ次の
トレーナーが次のレースの作戦やこれからのトレーニング指針について話しだす。
私はそれを聞きながらあの日の事を、あの出会いの日の事を思い出す。
あの日、もう走る事さえできれば良いと思っていたあの時の事を。
▲▼▲▼▲▼▲
その日は選抜レースの日だった。
私は地方でも
だけどそれも今日までの話、私は圧倒的なまでに敗北した。
別に相手が特別強かったという訳じゃない、言い方は悪くなるがあの時一緒に走ったウマ娘の中にその時代のトップを張れるようなそんな特別なウマ娘は居なかった。
ただ普通に優秀で、普通に走った結果……その普通にすら届かなかった私が負けた。ただそれだけの話だった。
あの時の私は何というか、荒れていたといって間違いないだろう。
声を掛けてくれた他のウマ娘や面倒を見てくれると言ったチームを組んでいる中堅トレーナーのかけてくれた声を無視して不貞腐れて、腐っていった。
そんな中だ、校舎裏でさぼっている私を見つけて私に彼が声を掛けたのが。
「君がスローダンサーか」
車イスに乗った彼だった。
初めはなんだこいつ? と思った。自分の
当然だろう。普通のトレーナーなら自分の業務に追われてこんな所に来るわけがない。
だとすればサボっている私を連れ戻しに来た教官……では無さそうだった。まず教官は入学式初めの挨拶で紹介されるし連れ戻しに来た、という風には見えなかった。
あれでもないだろう、これでもないだろうとあれこれ頭を悩ましている私に彼は車イスで私に近づき、何か懐かしいものを見るような目をしながら口を開く。
「君を探していた。君をスカウトをしに来た今年からこのトレセン学園に入ったトレーナーだ」
私はまたか、と思い大声を上げて怒りそうになった。
他のトレーナーと同じく同情や、妥協で私を選んだとそう思ったからだ。
だがその怒りの感情は彼の強い意志を感じる瞳で封殺された。
その目は他のウマ娘の代理品や妥協品といった風ではなく、私を……私だけを見ていた。
「君は何故僕がスカウトに来たのか、不思議に思っているだろう」
私が話を聞く姿勢になったと分かったのか彼はゆっくりと話し出す。
「初めはデジャウだった、僕の良く知る……ここでは
当然そんな偶然だけで担当ウマ娘を決めようなんて思いもしなかったけどね、と彼は注釈する。
「そしてピンと来た、けどそれだけで直ぐにスカウトに向かう……なんてことはありえない。君を良く調べてからにしようと思った」
そう言って彼は車イスを叩きながら「これもあるし、争奪戦には混ざれないって初めから分かってたというのもある」と真顔で言う。
「君の出場した地方のレース。その全てを見た……それで確信した」
何を、とかすれるような声で返せたのは奇跡的だと思う。それほど彼の威圧感というかなんというか分からないが、生物スペック的にほぼ全てを上回っている筈の私の方が気圧されていた。
「僕は君が良い、君しかいない」
お世辞で言っている訳じゃないのは分かった。だが私にはどうしてもあと少し、納得できる要素が欲しかった。ほんの少しでもいい、私は彼について行ってもいいのだという納得が。
この時には既に私の中の怒りは消え去り、代わりにこの人物に対する希望を感じていた。
「君の走り早くない……だが上手いんだ。コース取り、ポジションセンス、他のウマ娘の仕掛けた駆け引きも無視していたところを見るに地頭も良い、知識と適切な駆け引き……それを詰めさえすれば君は勝てる」
その言葉を信じ、私は彼の差し出した手を取った。
▲▼▲▼▲▼▲
その後最初の方は何度も激突した。喧嘩もしたし取っ組み合いにも発展した。
身体能力的には勝っている筈なのに回転とかいうよくわからないモノのせいで勝率はかなり悪かった。当然のようにレースの勝率も悪かった。
トレーナーは体が完成するまでの我慢だと言っていたがそれをあまり理解できなかった私はトレーナーに当たり散らしていたがその時気付くべきだったのだろう。地方で出来る方だったというだけの私が、この中央で勝率と言えるものがあると言うほどに勝負が成立していたことに。
あの時の私は今思い出しても恥ずかしく今では黒歴史扱いだ。幸いあの時の私を良く知っているのは今残っているトレーナの中ではジョセフトレーナー等のベテランしか居ないので言いふらされっる事は無いだろうと思う。
「スローダンサー? どうした、疲れているのなら一度保健室に居るジャイロの所に行って診てもらうか?」
上の空だった私の事を不審に思ったのかトレーナーは保健室に特例勤務しているこのチームのもう一人のトレーナーの元に行くかと提案をする。
大丈夫だと断りを入れようと思い、ふと思い出したお願いをごとを頼もうと思った。
「ジャイロ特性イタリアンコーヒーを淹れて欲しい? そりゃ構わないけどそれならなおさらジャイロに頼んだ方が良くないか? ……まぁ、いいか。へたくそでも文句言うなよ」
当然文句など言う筈もない。
「私はトレーナが淹れたものが飲みたい」
トレーナはため息を一つ吐くと棚から材料を取り出してコーヒーを淹れていく、それを二つ分。
トレーナーは熱々を、私はぬるめで淹れて砂糖をドバドバと流し込む。
「飲もうか」
「いただきます」
二人でゆったりとしたこの時間を、ジャイロ特性イタリアン・コーヒーを楽しむ。
後で食事制限や減量が忙しくなるだろうがこの一杯に比べればどうでもいい事だと思ってしまう。
……あとどれくらいこの二人の時間を楽しめるだろうか。少なくとも直ぐではないはずだ、トレーナーにそういう動きは見えない……だがそろそろ覚悟を決める時だろう。
「そう言えば」
「……?」
「今年から新しい子を一人取ろうと思ってる」
覚悟の時は意外と早かったようだ……
豆知識『保健室』
保健室にはどんな体調不良も直してくれる凄腕の医師がいる。
その治療法は奇抜でありえないと思うかもしれないが効果は抜群。
ただしその医師のキャラクターに気圧されない様にしよう。
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