第一話 「邂逅あるいは驚愕」
目が覚めた瞬間、ありえないことが起こった。
むしろ、こうして「目が覚める」という事態こそがあり得ないことだった。
意識を失う直前、視界には目いっぱいの赤いアラート文字が表示されていた。その中には動力炉に異常があることを示す文字もあった。おそらくあのまま行けば遠からず爆発するか、もしくは高高度から月面に叩き付けられてつぶれたトマトのようになるかの二択だっただろう。
だが、私は生きている。
こうして暖かいベッドで横になって…………ベッド?
そこでようやく私は今の自分の状態に気付く。私はベッドに寝かされている。服は体感的にはおそらくMSの下に着るアンダースーツだけ。
そしてベッドで寝ているということは重力もある。つまりここはどこかのコロニーの中(地球は距離的にありえない)なのだろう。
ということはつまり、私はあの後アスランか、はたまた別の誰かに助けられたのだろう。
自分の悪運の強さにうんざりする。
(また死に損ねた………)
とにかく現状を把握しよう……と起き上がろうとすると不意にガラガラとやけに古めかしい音を立ててドアが横に開いた。
「あぁ…起きていたのね。気分はどう?」
そこには白衣を着た女性が立っていた。
看護婦……ではないか。もしそうならナース服か何かを着るだろうし(勝手な想像だが間違ってはいないはず)。
ということは医者だろう。
「あ……はい」
と気の抜けた返事をする私に向かって医者(おそらく)がやさしく語り掛ける。
「あまり無理しちゃだめよ? あなたがここに担ぎ込まれたときはずいぶんボロボロだったんだから」
言われて遅れて気づく。
体のあちこちが痛い。
無理もないだろう。
ここ半年弱ほぼ休みなしで私たちミネルバ隊は戦闘に参加してきたんだから。
「さぁ、リラックスして……目を閉じて……」
言われたとおりにするとすぐに眠気が体中を支配する。
どうやら私の体はまだまだ眠り足りないようだ。
(起きたら……ここがどこか……確認して……それか……ら…………)
そして私の意識は再び闇に落ちていった。
真っ暗な道を歩く。
歩いて
歩いて
歩き続けて
ただただ歩く。
右の腰のほうに銃を下げて、見えない何かを警戒して、ただ歩く。
当ても無くさ迷い歩いて、突然先ほどまで誰もいなかったところに人影が現れる。
とっさに銃を向け……ようとしてギリギリとどまった。
「………マユ! …ステラ!」
もう二度と会えないかと思っていた大切な人たち。
その二人が目の前にいる。
「マユー! ステラー!」
二人に駆け寄ろうとして、二人が何かを呟いているのに気が付いた。
「? ……なんて言ってるのー? 聞こえないよー!」
叫びながら二人の元へ走る。
すると唐突に二人が私を……正確には私の後ろを指さした。
「? なにかあるのー? ……ッ?!」
振り返って絶句する。
そこには夥しい量の死体が転がっていたからだ。
「なに……これ……!?」
いや、そんなことはわかりきっている。
死体だ
何の?
人の死体だ
どうして?
殺したからだ
誰が?
「…………ッぁ!」
声にならない悲鳴が漏れる。
転がる死体が一斉に私のほうを振り向いた。
私のすぐ近くにいる奴はこちらに手を伸ばしている。
気が狂いそうになって………そこに暖かい光が差し込んだ。
それが何なのか考える暇もなく、私はそれに手を伸ばした。
額に当たる暖かい感触で目が覚めた。
(気持ちいい……………)
少しでも長くこの気持ちよさに浸っていたくて、こんなに気持ちいいものの正体を知りたくなって、私が目を開けるとそこには…………
見ず知らずの男の顔が視界いっぱいに広がっていた。
「……………き……………」
男が焦った顔になってベッドから飛び降りる。
「待て! これには深いわけが!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!」
男が何かをしゃべった瞬間、私はこれまでの人生で一番大きな悲鳴を上げて………痛みで悲鳴を上げる体を無視してコンマ3秒の速さで飛び起き………目の前の男の首筋に渾身のハイキックを決めていた。
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今日は俺こと
首に綺麗に入ったハイキックを受けながら、俺は朝からの一連の出来事を振り返っていた。
まず今日の朝は食堂のおばちゃんがみんな揃いも揃って寝坊したとかで、俺のみならず寮生のほとんどが大した飯にありつけなかった。
そしてこんな日に限って箒や鈴たちいつも一緒にいるメンバーの機嫌が軒並み悪く、そんなときに以前弾(今となっては数少ない男友達)から聞いた「女の子の機嫌が悪い日は女の子の日っていうんだぞ!」という言葉を思い出し、それを口に出してしまったのが運のつき。
楽しいお弁当の時間のはずが女子全員からの総特訓(というなの総攻撃)をくらい、結局ろくに飯を食えずに昼休み終了。
さらに午後の授業で力尽きて眠っているところを千冬姉………もとい、織斑先生(こう言わなきゃ殺される)に見つかり、地獄の体罰…………ではなく織斑先生の熱心で献身的な指導のおかげで、授業中の居眠りがいかに危険…………いけないことなのかを再認識させられつつ久しぶりに一人で帰路に着くと、
なんと今度はISを装備した女の子が上から降ってきて俺を押し潰してきやがった!
朝から散々な目にあってきた俺はさすがに切れ気味に気を失っているらしい少女を、さんざん悪態をつきながらどかそうとその体に触れ……
触れた手が血で染まっているのを認識した直後、俺の頭の中は「この子を助ける」という考えしかなかった。
「先生! 急患です!」
どこかの医療ドラマで頻繁に使われているだろう言葉を発しながら、俺は保健室のドアを勢いよく開けた。
「織斑くん? 保健室に来てくれるのはうれしいけど、先生としてはもう少し静かにドアを開けてくれるとうれしいわ」
「そんなこと言ってる場合じゃないんですよ! 急患なんです! いきなりISをつけた状態で俺の上に落ちてきて、ひどい怪我で!」
俺が担いでいる(あとで聞いたらお姫様抱っこっていうらしい)少女を見ると、先生は困ったような笑顔を引っ込めてすぐに真剣な表情になった。
「落ち着いて? 織斑君。包帯の場所はわかる? …………わかるならありったけ取ってきて。あとお湯とタオルも」
「この子は……?」
「そこのベッドに寝かせておいて。なるべく急いで」
俺に指示を下すと先生は薬品棚の方へ小走りで向っていった。
俺も言われたとおりにする。
「ひどい怪我ね。それも昨日今日ついたものだけじゃないわ」
「治るんですか?」
「できる限りのことはするわ。それにしても織斑君の話じゃこの子ISをつけてたんでしょ? それなのにどうしてこんな大怪我を……? 《絶対防御》が働かなかったとでも言うの?」
《絶対防御》
それはIS搭乗者を保護する最後の砦。
これが発動する限り、IS搭乗者は命に係わる傷を負うことはない。
具体的には胴体や頭への命に関わる攻撃を完璧に防御することなどがそうだ。
だがこの少女はどうだろう?
腕や足、《絶対防御》が発動するはずの胴体や頭に至るまで、傷のないところを探す方が難しいといわれても納得できるほど傷だらけだ。
「はい! とりあえず織斑君は保健室から出て行って」
「え!? 何でですか?」
突然の先生からの命令に困惑する。
「包帯よ」
「………?」
意味が分からずに困惑する俺に対して先生が答えを教えてくれた。
「包帯を巻くためにこの子のスーツを脱がすから保健室から出ていってって言ってるの! それとも覗きの犯罪者になりたいの!?」
「失礼しましたぁ!!!」
急いで保健室から出る俺。
保健室から出ると先生の声が聞こえてきた。
『織斑君? 先生この後用事があるから1時間後くらいにもう一度ここへ来てくれない? この子の看病をお願いしたいの!』
「わかりましたぁ!」
勢いよく返事をしつつ廊下を走る………のは危険(千冬姉的な意味で)なため俺は速足で保健室から離れた。
一時間後
時間通りに来ると先生がちょうど保健室から出てきたところだった。
「織斑君! ちょうどよかったわ。あの子のことお願いね?」
「わかりました」
短く会話を交わした後先生は忙しそうにどこかへ行ってしまった。
そして意識のない少女と二人きりになる。
と言っても何もすることもないので椅子に腰かけて少女を観察する。
年は俺と同い年くらいか一つ下くらいか。
整った顔立ちと長い黒髪はどこか剣道一直線な幼馴染を思い出す。
(と言っても特徴なんてそれぐらいでほかに目立つところは……!)
少女が笑っていた。幸せそうに、笑っていた。
俺はその笑顔に…………見惚れていた。
そしてだからこそ気付いた。
少女の顔がだんだん苦しそうな顔になっていることに。
熱が出てきたのかと思い体温計をとってくる。
(って壊れてんじゃねーか!)
体温計は何も答えてくれない……!
仕方なく熱を図ろうと額に手を当てる。
(…………全然わからん!)
他に熱を測る方法は…………!
(額をくっつければ正確に測れる!)
そうと決まればさっそく実行。
少女の額に自分の額をくっつける。
すると少女が気持ちよさそうに目を細めた。
(…………可愛い)
素直にそう思った直後、少女と目が合う。
そこからは早かった。
少女が目を見開き、
俺がベッドから飛び降り、
少女が叫びながらものすごい速さで立ち上がり
俺の意識は刈り取られた。