顔真っ赤なネイチャさんに「お、お馴染み1着ぅ……」と言わせるまで   作:東京競馬場

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ふっと自分のネイチャ見たら育成回数33回だったので記念。


ちょっぴり卑屈なネイチャさんがトレーナー契約を結ぶまで
ネイチャさんと謎の迷い人


「うげ、マズったぜこりゃ……」

 

 その呻き声をナイスネイチャが耳にしたのは、ちょうど商店街での晩御飯の買い物中のことだった。

 

 たまの自炊がマーベラス、だのとやけに語呂のいい同居人の駄々が祟って外出を余儀なくされた夕暮れ時。

 

 ぴくりと動くクリスマスカラーのイヤーカバー。

 右耳についたリボンが少し動いて髪を撫でる感触とともに、彼女はその声の方向を振り向いた。

 

 おせっかいというのならそうだろう。

 けれどここは馴染みの商店街。

 自分にとっては庭のような、実家のような温もりを持つ場所で。

 そこに彼女の気質が合わされば、無視するという方が難しい話であった。

 

 視線の先、商店街のストリートのど真ん中で、1人の青年がスマホを片手に頭を掻いていた。

 ずいぶんとアンティークで、一抱えほどの大きさがあるキャリーケースを脇に置いているところを見ると、どうやらご近所の人というわけでもなさそうだ。

 

 購入物を詰めてもらっていた魚屋の店主に一言だけ断りを入れ、彼女は買い物バッグを提げたままふらりと青年の正面へ。

 

「そこな人。何かお困りです?」

「んぁ?」

 

 顔を上げた青年と目が合う。身長はそこそこ高く、ナイスネイチャを見下ろす形。

 彼は少し驚いたように視線を彼女の頭部へと持って行き、それから小さくため息をついた。

 

 なんとも失礼な初エンカウントである。

 

「あの」

「あー……悪ぃな嬢ちゃん。こんな道のど真ん中で」

「え、あ、いえ。別にそーゆークレームではなくてですね?」

「ただ俺も色々と神経すり減らしちまってな、それこそ水切りにちょうどいい石くらいには摩耗しちまって、人の視線を気にするような気力さえ残ってねえっつーかな?」

「はあ……さいで……」

 

 なんだか妙なやつだぞぅ、と内心で三頭身ネイチャさんたちが腕組み足組み会議中。

 とはいえ、話しかけてしまったのは自分の方だ。

 どれだけ疲れているのかは知らないが、困っているのは確かなようだし、と彼女は少し思案して。

 

「何かお困りなら、話くらいは聞きますヨ?」

 

 腰に手を当て、いつもの気さくさでそう尋ねれば。

 やけに疲れた表情の彼は、たった今詰めて貰ってる鯖よりも死んだ目でナイスネイチャを見据えて、ぼやくように「そうか」と呟いた。

 

「話聞いてくれんのか。んじゃまあ、語るも涙聞くも涙の一席でも」

「あ、長くなるならそこで買ったもの回収してからでいいですかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……要はただの迷子じゃないですか」

 

 その御大層な話とやらを聞いた結論はそれだった。それでしかなかった。

 

「送られてきた地図ファイルが破損してた。いやまあそこまでは分かりますけども。ウキウキで回した商店街の福引の抽選結果がティッシュだったくらいのテンションダウンはありますけども。で、どうしたって言いました?」

「仕方ないから駅を出て、ウマ娘の多い方に向かった」

「はいそれがもうおかしい」

「???」

 

 初対面だということも忘れてツッコミを入れるナイスネイチャ。

 首をかしげたいのはこっちの方だと、小さくため息。

 

「初めて来る旅行先なら、他に色々あるでしょ……。地図アプリを開くとか、駅員さんに目的地聞いてみるとか」

「駅からは、そう迷う場所でもないって聞いてたんだよ。あとはまあ、その、なんだ」

「なんですか」

 

 胡乱げな視線を送る彼女に対し、青年はどこかばつが悪そうに頬を掻いた。

 

「その時、ふとひらめいた! って感じで……ウマ娘の学校行くんだから、駅の周りに居たウマ娘たちの多い方行けばいいじゃんって……」

「えぇ……」

 

 典型的な、自分の発想に自信を持ってしまったが故の失敗例であった。

 

「あの、もしかしてアタシの耳見てため息ついたのって」

「それひょっとして最初か? ……そりゃ気ぃ悪くさせちまったな。ウマ娘は視線に敏感、ったあよく言ったもんだが、おおよそ想像通りだ。ウマ娘見つけてついてって、を繰り返してたら夕方になっちまってたからな……」

 

 おばかさんなんですかねこの人は、と内心ぽつり。

 

 果たしてナイスネイチャの人生で、ここまで手のかかる大の男が居ただろうか。

 いや、いない。

 

 頭を掻くと、彼女のふんわりとしたツインテールが軽く揺れる。

 

「えーと? じゃあトレセン学園に行きたいってことでいいんです?」

「ああ。正確には、行きたかった、だがな……目標未達成、か……」

「既に諦めてらした??」

「朝十時の約束なんだ」

「七時間遅刻はちょっと聞いたことないですね……」

 

 ナイスネイチャの心の中で、"なんだこいつ"判定がどんどん膨れ上がっていく。

 

「あの、電話とかしません? 普通」

「ふっ」

 

 哀愁漂う表情で見せたスマホの液晶は真っ暗だった。充電切れということだろう。

 

「ホテルの場所も判らねえからな。今日の枕は硬ぇや……」

「キャリーケース撫でながら悲しいこと言わないで貰えません??」

 

 今日何度目になるかわからない溜め息とともに、ナイスネイチャは首を振った。

 どうせこれから寮に戻るのだ。

 少し時間を食ってしまったが、今日は同居人に夕飯をふるまう約束がある。知らないうちに他の部屋からアイコピーして突っ込んでくるノンストップガールが居ないとも限らないし、早いとこ人数を把握して調理に入りたい。

 

 トレセン学園を経由するのは多少の寄り道にはなるが……。

 

「仕方ない……。よかったらトレセン学園まで案内しますけど、どーします? 約束があったなら、まぁ充電器くらいは貸してくれると思いますヨ?」

「い、いいのか?」

「帰り道ほぼ一緒みたいなもんですし」

「そうか……それは有難い……」

 

 かみしめるようなつぶやき。

 しかし次の瞬間、はっとしたように彼は顔を上げて言った。

 

「だが年頃の女の子が知らねえ奴についてくのは危ねぇから気をつけろよ」

「あの」

「ん? なんだ?」

「今、あなたに常識を諭されるのはちょっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マーベラスな出会いなのー?」

「やー、どーかなー。どっちかっていうとコンフューズかなー」

 

 その日の夜のこと。

 食器の洗い物を済ませて人心地ついたナイスネイチャは、ベッドに転がるマーベラスな同居人もといマーベラスサンデーとともにのんびりと歓談に興じていた。

 

 毎日顔を合わせていれば、話題というものは消耗品だ。

 取り立てて話したいことでもなかったが、変わったことであったのは確か。

 ある程度の話題が尽きたころ、軽い気持ちで今日の出来事を繰り出してみれば。

 その大きな黒の二房とともにマーベラスサンデーの頭が揺れて小首を傾げた。

 

「でもでも、それが新しい出会いから、深いつながりになればとってもマーベラス!」

「えぇ……また会いたいなんて話でした……?」

「んー」

 

 と、そこで。

 当たり前のようにナイスネイチャのベッドに転がっていたもう1人の小柄なお友達が、マヤ分かっちゃった、と呟いて。

 

「それ新しいトレーナーの人じゃない? マヤのトレーナーちゃんが言ってたよ」

「ならネイチャのトレーナーさんとの出会いなのー★」

「マテマテ。マヤの言ってることがほんとだったとしてだ」

 

 ノリノリの二人を慌ててその手で制して。

 ナイスネイチャは思い返す。

 

 シンプルにただの迷子だった若い男。

 ウマ娘についてくついてく……からの伝説の七時間遅刻。

 控え目に言ってただの不審者である。

 

 逆に言えば、そんな男をトレセン学園まで案内した辺りに彼女の優しさがあり、彼に対して殊更バカにした台詞が思いつかない辺りも彼女の人の良さがうかがえるのだがそこはそれ。

 

 トレーナーになって欲しい欲しくない以前の問題であると、彼女は考える。

 トレーナーとしての才覚も、あの程度の話ではくみ取れるはずもなし。そもそも出会いと呼べるほどたいそうなものでもなし。

 

 それに、だ。

 たとえ今回のこの一件とも呼べないような小さな出来事が、マーベラスサンデーの言うような劇的で衝撃的で"マーベラス"なものであったとしてもだ。

 

「いくら最初に会ったからと言って、アタシのトレーナーなんかにはなりたがらないっしょ。同期にテイオーが居るんだもん、猶更ね」

 

 脳裏をよぎるのは無敗のテイオー伝説序章。ついぞ背中に追いつくことが出来なかった幾たびもの模擬レース。

 まざまざと見せつけられた、主人公とそうでない者の差。

 

 もしもたとえば、自分が物語の主人公なら――二人の言うように小さな出会いからストーリーが始まったりするのかもしれない。

 

 けれど既にナイスネイチャは達観したあとだった。このトレセン学園に入学して気づいてしまった、才能の壁。己はしょせん善戦がせいぜいのモブなのだと突きつけられて。

 

 だから。

 

 てへへと笑う彼女の卑屈な表情を見て、顔を合わせた目の前の二人が何を考えていたかなんて、彼女には分からなかった。

 

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