顔真っ赤なネイチャさんに「お、お馴染み1着ぅ……」と言わせるまで 作:東京競馬場
史実だとアニメ1期(98年クラシック)よりアニメ2期(91年クラシック)の方が後だったりするし、作中で何年経過してるんだみたいな話もあるのですが、そのあたりはふわっと。
分かりやすく言うと、ここから組んでトレーニング開始してから、どのくらい時間経ってメイクデビューするのかみたいなのは触れない方向でやります、という話です。アプリみたいに12ターンきっちりみたいなことはしないっす。
ネイチャさんと初めてのトレーニング
彼女の自室には、素敵な目覚ましがある。
「マーベラス★」
と、このように跳ね起きるウマ娘だ。
おかげで学園に遅刻したことはないし、なんだかんだ重宝してしまっている気がしなくもないが、それを認めるのは少々納得がいかないのも事実だった。
「ネイチャ、おはよー! ……ネイチャ?」
ベッドをばんばん叩かれては二度寝どころではない。
普段のナイスネイチャならば、なんとか彼女をなだめすかし、そのうち何となく睡魔がどこかへ逃げていって、仕方ないからベッドから重い腰を上げるのが常。
休息はバッチリ! とはいかない原因はこんなところにあったのである。
とはいえ、その日に限っては様子が違った。
「ああ、うん。おはよ」
そっと目元を拭い、晴れやかなまでの笑顔は実にマーベラス。
だが、次の瞬間。
陽光差し込む窓の外へと視線を投げたナイスネイチャは、穏やかにぽつりと呟いた。
「良い……夢だったなぁ」
「ネイチャ!? ネイチャ!?」
「――――」
無言の棒立ち。
ジャージに着替え、練習場に顔を出したナイスネイチャは茫洋と虚空を見つめていた。
彼女の前には、ストップウォッチとクリップボードを握った青年が首を傾げている。
「どうした?」
「…………あれ? えっと。テイオーはあっちですよ?」
「俺この期に及んでフラれんの????」
その"フラれる"というワードに彼女の脳裏がスパークした。
駆け巡る現実味の無い記憶。夢と断定してしまうほどの想い出。
大事にしまって、今日から頑張ろうなどと考えていた朝食時の自分。
あのマーベラスサンデーが真顔で「あのさぁ」と呆れていたこと。
「夢じゃ、ない……?」
「は?」
「夢じゃない……!!」
「おっかしいな。こいつゴルシと同じ類だったか?」
ぽりぽりと頭を掻く神谷に、なんだかはっとした様子のナイスネイチャが、はっきりと目線を合わせて、迫真の表情で
「――トレーナーさん!!」
「おう」
「~~~!」
何かをかみしめるように身体を震わせる彼女。
「……そっか。……そっか」
何故だか嬉しそうに拳を握りしめる姿に、神谷は考えるのをやめた。
まあ担当ウマ娘の気持ちが上向いているなら別になんでも良かろうと。
「んじゃ1つ1つやってくぞ。今日はめちゃめちゃ地味だが、挨拶代わりとでも思って欲しい。これからメイクデビューに向けて、どんな相手にも負けない力を付けていく――まあ、最初の記録作成だ」
「記録作成……」
アルバムのようなものだろうか。
首を傾げるナイスネイチャに、神谷は軽く口角を上げて笑う。
「数字ってのは絶対の指標だ。どれだけ成長できたかをはっきり目で見えるってのは思ってる以上に楽しいぜ?」
なるほど、とナイスネイチャも納得した。
特に自分のように、根拠のない自信が持てないウマ娘にとっては、はっきりと数字で見える実績というのは勇気の支えだ。
けれどそれは諸刃の剣だとも、ナイスネイチャは思う。
耳が少しだけ垂れて、愛想笑いと一緒に頬を掻く。
「そっか。……あーでも、数字伸びなかった時凹みそうだなー……」
「はっはっは、バカにすんな」
「えっ?」
ぽんぽんと、クリップボードで自分の肩を叩きながら。
神谷は言う。それこそ、何でもないことのように。
「お前の仕事は頑張ること。お前が頑張れば、その分だけ俺が伸ばすさ」
「……トレーナーさん」
「じゃなきゃトレーナーの存在価値って何なんだって話だぜ」
「……」
「物事にはなんにでも理由がある。トレセン学園が俺らトレーナーに高ぇ給料払ってるのは、それだけ俺たちに価値があるからだ。自分を信じられねえなら俺を信じろ。俺を信じられなきゃ、トレセン学園の実績を信じろ」
ちょっとアレな話だが、と神谷は言葉を切って。
「お前は、お前の身体に責任取る必要はねえ」
「それって、どういう」
「お前の身体は俺のもんだ」
「言い方ぁ!!」
思わず赤面して叫ぶナイスネイチャに、神谷は呵々大笑。
まったく恥じらう様子のない彼を恨みがましく睨む視線に、しかし神谷は動揺することもなく。
「ま、とりあえず二週間だ。二週間俺に身体預けたと――そう睨むな。じゃあ俺の操り人形になったとでも思って、やろうっつったことやってくれよ。どうだ?」
「そりゃ……」
まあ、とその少しもふっとしたツインテールに触れて。
目を逸らすのは照れくささからか。
ただ、ああしてずっとストレートを撃ち込まれれば、口が滑るのも無理のないことで。
「今更、疑ってませんけども……。そもそも」
「ん?」
「……」
そうだ。そもそもの話。
「こう、したかったわけですし……?」
全部を口に出すのは、幾ら何でも恥ずかしかった。
こうしたかった。
トウカイテイオー相手にあんな無様な走りを見せるほど。
届かなかったと勝手に思い込んで勝手に飛び出すほど。
しまいには、あまりの悔しさに惨めと分かっていて泣き出すほど。
こうして今、芝の上で。
トレセン学園の生徒たちがじろじろと見てくる中で、二人で練習することを心待ちにして――
……じろじろ見てくる中????
「あ、あの、と、トレーナーさん!」
「ん? どした?」
「なんかめっちゃ見られてませんかね!? アタシこんな注目されんの初めてなんだけど!」
「何言ってんだ、1番人気が指定席」
「根も葉もないあだ名!!!」
他のトレーニング中の、同じような1対1のトレーニング中の生徒とトレーナー。
チームで動いているウマ娘たちや、それを束ねるトレーナー。
そこかしこから感じる視線が、凄まじい。
「ばっ、場所もよくないとネイチャさんは思うんですよ! なんでこんなど真ん中に!?」
「お前がふらふらっとここ来たからだが。メンタルトレーニングでもすんのかなー、ストイックだなーって思ってたが?」
「そ、それはそのトレーナーさんが――」
当たり前のように自分のトレーナーのような振る舞いを見せていたことに呆けていただけで。なんてことはもちろん言えず。
「――にゃああああ!!」
頭を抱えて叫ぶナイスネイチャである。
「てーか、
「……あ」
言われて思い出すのは、彼のおかれている状況。
住む世界が違いすぎると、そんな風にぼんやり考えていただけだったけれど。
目の前に居るのは、理事長や生徒会長の期待を一身に背負ったトレーナーであった。
そして、専属で1人だけウマ娘を担当するという話も当然広まっているはずで。
――それが、自分であるということにようやく気付く。
「え、うわ。あれ、……これアタシ、なんだこれ。知らない間に社交界デビューみたいになってない??」
「早くも舞台袖からセンターに躍り出たな。こりゃウイニングライブの練習も徹底的に仕込まなきゃならねえぜ。今日はセンターのダンス練習にしておくか?」
「あの惨敗の翌日にセンター踊る練習できるほど胆は据わってないんですよネイチャさんは!」
「そうか。まあ、最初はちょっぴり慣れてないのも叩き上げ感あっていいよな。社交界デビューか、うまいこと言ったな。ナイスネイチャの進化の軌跡、ちゃんと録画してドキュメンタリー作ってかねえとな……」
「やめてってば!! というか、えぇ……アタシなんて、下女がせいぜいじゃないですか……」
「そういえばシンデレラも三女だったな。完璧じゃん」
「なんでもかんでも3絡めて持ち上げればいいってもんじゃないんですよ!?」
あーもう、と真っ赤な顔を扇ぎながら。
きっ、と神谷を睨むナイスネイチャ。
「……ていうか! それならトレーナーさんは王子様ってことになるんだけど!?」
そこはどうなんだ、とばかりに朱に染まった頬と共に見据えれば。
難しそうに腕を組み、唸る。
「実はフランス人ってことにしちまって、給料はたいて爵位買えばワンチャンあるか? ナイスネイチャ姫に見合った王子になれるよう、俺もメジロ家辺りに礼儀作法叩き込んでもらって」
「本気にすんな!!!!!!!」
「騎士の礼に関しちゃなぜか向こうで叩き込まれたんだ。まずこうやって姫の前に跪いてだな」
「だからみんな見てるんだってば!! も、もう、トレーニングでも計測でも良いから始めよ!? ね!?」
泣きそうな顔で手を合わせ、お願いだからという彼女に、流石に神谷も頷いた。
「承った、マイプリンセス」
「そろそろネイチャさんキレちゃおっかな」
満面の笑みに、額の青筋。
気づけば、視線を受けるプレッシャーは消えていた。
初めての練習は慌ただしくて、そしてずいぶんと多くの記録を取る大変さもあって。
疲れ果てた充足感と共に、ナイスネイチャは眠りにつくことになる。
流石に二日も続けばはっきり分かる。
――これは、夢じゃないんだって。