顔真っ赤なネイチャさんに「お、お馴染み1着ぅ……」と言わせるまで   作:東京競馬場

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ネイチャさんと日々の頑張り

「……あのさ、トレーナーさん」

「ん?」

 

 夢ではなかった。

 

 ――専属トレーナーと担当ウマ娘。

 

 そうした間柄になって早数日。

 以前と見違えるような充実した日々を送っていることは、もはや疑いようもない。

 

 今日も今日とて、ホワイトボードを前に気合の入ったスーツに身を包んだ神谷が教鞭をとっている。本人曰く、形から入るタイプだとか何とか。

 

 レジュメと称して手渡される本日のメニューには、必ず練習内容とその練習で得られる経験と狙いが仔細に記入されており。

 こうした座学の時間には、神谷お手製の『天才ナイスネイチャ育成理論』などとデフォルメされた彼女が描かれた冊子まで配られる始末だ。

 

 器用なことだと思わず緩む頬はさておき、内容は極めて真剣な代物。

 この座学の狙いは『レース中絶対に焦らないようにする』という長期的目標を見据えつつ、今回は『バ群内での立ち回り(初級編)』を学んでいる最中だ。

 

 学園の授業と異なるのは、それが完全にナイスネイチャに最適化されていること。

 分かりやすい段階ステップ式の講座は、何を理解すれば次に進めるのかが事細かに記されている。

 読み終えた時には確かな手応えがあり、しばらくしたら小テストまであるというから徹底している。

 

 だんだんと彼のやり方はナイスネイチャにも理解が出来てきた。

 とにもかくにも"達成感"というものを突き詰めて与えてくる。

 

 座学も実践もそうだ。

 

 この冊子1つ1つが薄いのもきっとわざとだろう。いちいち表紙のデフォルメネイチャの動きが毎回違うのが、妙に楽しみになってしまうのもきっとわざとだ。そうに違いない。

 

「どうした。何か疑問点があったら聞くが。今回の狙いはそこに書いてある通り、後方で囲まれた際に自然にステップでブロックを回避できるよう、まずは頭で学ぶことを目的としている。頭で分からんことを身体でやれってのは、お前の天才性を引き出すには効率がよくねえ」

「ああうん……天才性はおいといてですね。なんというか、アタシって今の走り方変える必要とかないのかなって思って」

「どうして……もったいない……」

「凹むとこ!?」

 

 いちいち調子が狂わされ、頭を押さえるナイスネイチャ。

 

 ただ、彼女の疑問は尤もだった。

 

 これまでぼんやりと、差しっぽい動きに慣れていたからそうしてきた。

 ただそれはあくまで自分の中でやりやすいと思っていたからに過ぎず、たとえばウマ娘の中にはトレーナー付きになってから走り方を変える者も少なくない。

 

 むしろ多いと言えた。

 

 その理由として、やはり多くのウマ娘を見てきたトレーナーの目で見た時に、向き不向きが判断できるということがある。

 

 或いはいくつもの走りを試させることで、その脚質の得意苦手を本人の身体に叩き込ませる、なんていうパターンもある。これはつまり、格闘ゲームなんかと同じ理由だ。対戦相手が使う技を自ら使ってみることで、その特性を肌で理解する、というケースである。

 

 また、癖になっている走り方を矯正するというパターンもあった。これは野球の投手などが近いだろう。きちんとしたストレートをもう一度学ばせる、というような要領で、フォームを矯正し――その結果として走りやすい作戦が変わるケースがあるという話だ。

 

 あとはその方がトレーナーが育てたという実績になる、なんて利己的な理由もあったりするが、トレーナーとて人間であり生活が懸かっているのだから、そう責めることは出来ない。

 

 いずれにせよ、彼女のこれまでの走り方そのままに成長方針を固めている神谷に対して、疑問があったという話である。

 

「結論から言うと、要らねえ」

 

 がっくりとうなだれていた神谷はその状態から復帰すると、ネクタイをきゅっと弄って咳払いした。完全に教師になりきっている彼に、小首を傾げるナイスネイチャ。

 

「っていうと?」

「俺があの走りに惚れたから」

「……」

「そんな可愛い目で睨むんじゃねえよ。実際アレは天性のもんだ。なんでだろうな、3着で負けそうになったからみたいなのもあるのかねえ……要はあの時のお前の走りってのは他の奴には真似出来ねえ代物だった」

「なる、ほど……?」

「追込試してみても良いが、俺だったら逃げや先行にするのは勿体ねえと思うわ」

 

 もっとも、と内心で神谷は考える。

 たとえば逃げが5人、先行5人なんて状況が仕上がってきたら話は別だ。黙って後ろに付けるより、先行集団に紛れていた方が良い場合もある。

 

 模擬レースを見つめ、『最初は先行だから前の方、差しだから押さえる、それでいい』と考えていたことにも繋がる話だ。

 

 先行寄りの差し、差し寄りの先行、追込寄りの差し――逃げ集団の後ろに付ける先行。

 

 ただ、それこそまだ学ぶには早い。それはレース展開というものをちゃんとレース中に理解、把握出来うる賢さを得てからでいい。

 

「そうだな、理由を付けるとしたら……」

 

 顎に手を当て、思案するようにして。

 

「お前があのすげえ走りをした時、後ろのこと全く考えられてなかっただろ」

「え、あ、うん……まあ」

 

 あの模擬レースで4着と8バ身差をつけていたことは、言われるまで知らなかった。

 トウカイテイオーしか見えていなかった。

 或いは、その先のキラキラ――とそこまで考えてトレーナーと目が合って、ナイスネイチャはふいっと目を逸らした。

 

「特に逃げってのは逆に常に後ろを意識して走るもんだ。それは、ナイスネイチャの良さを最大限に活かせねえ」

「アタシが逃げ向いてないって言えばいいんじゃ……」

「んなもんお前に合わない逃げが悪い」

「めちゃくちゃだこの人……!」

 

 でも、とナイスネイチャは思った。

 ただ褒めちぎってくるだけではないのだな、と。

 

 頬杖を突き、ホワイトボードにあれこれ書き直す彼の横顔をぼんやり眺める。

 

 トレーナーとして優秀。

 別にそこを疑っていたわけではない。

 

 ただ、こうしてはっきりと向かないものは向かないと否定してくれたことがむしろ、普段が普段だけに"ちゃんと見てくれているんだ"という気持ちにさせたというべきか。

 

「ってわけで追込は今度試すかもしれねえが……うーん」

「トレーナーさん?」

「俺の経験上、多分向かねえとは思う。まあこれは感覚的なもんだから、お前が作戦変えたいってんなら付き合うが……」

「……んーん。いい、遠慮しとくよ」

「そうか?」

「トレーナーさんを信じましょう!」

 

 ほんの少し言葉尻が強まってしまったのは照れ隠し。

 けれど、本心だった。

 

 この数日でどれだけの信頼を積む時間があったかと言えば、無いけれど。

 フランスでの彼の実績を調べたのかと言われれば、そういうわけでもないけれど。

 それでもやっぱり、と目線を落とす。

 

 この冊子の三頭身ネイチャを見れば、分かることもある。

 どれだけちゃんと考えてくれているのか、とか。

 

 そういう感情が大事だったりする時もあるのだ。

 

「ったく、調子の良い奴め。いつも俺のことなんざ信じてねえ癖によ」

「えっ。割と心外なんですけど」

「ナイスネイチャは至高の資質」

「あ、全然心内でしたわ、ちーっすお疲れ様でーっす」

「やっぱメイクデビューで分からせるしかねえな……!」

 

 これさえなければなあ、とも思うけれど。かといって、これがなかったらどうなっていたか。もどかしさで、知れずにやける口元を手近なところにあった自分の髪で隠した。

 

「とりあえず、座学はこのくらいにして実践と行こうか。頭で理解する。身体に馴染ませる。無意識に出来るようになる。これがトレーニングだ」

「はーい。……鍛えるだけじゃないんだね、やっぱり」

 

 これまでの自分のしてきたことが、どれだけ非効率だったかを思い出す。

 けれど、神谷は首を振る。

 

「鍛えるってのは、下地をどれだけ作れるかって話だぜ。ひょろがりもやしが初手からベンチプレスなんざ出来るわけねーだろ。1つずつ1つずつバーベルの重さを変えるように、トレーニングのレベルも上げていく。そうすりゃどんどん伸びていく。それは、どこの世界でも不変の理屈だ」

「……じゃあ、担当が居ない間の自主トレは」

「教科書に載ってる練習ってのは、それをやってることがレースで決してマイナスにならないってものだけだ。たとえばそうだな、それこそトレーナー無しでのベンチプレスがなんで禁じられてるか分かるか?」

「なんかその流れだと、危ないからってだけじゃなさそ……」

「スピードが落ちるからだ」

「……へぇ。あー、まって分かってきたかも」

 

 とんとん、と自分の頭を小突きながら考える。

 つまり、中等部で生徒が自由に使えるトレーニング用具の性能が低いのは。

 それにみんなが不平不満をこぼしても、一向に改善されないのは。

 改善ではなく、改悪につながるから。

 

「物事には何にでも理由がある。これは例えばの話だが、多少スピード落としてもパワーが必要だと判断したらベンチプレスもするだろう。それはトレーナーの判断だ」

「なるほどねぇ……」

「ま、何が言いたいかってーと。お前のやってきたことは全然無駄じゃねえよ」

 

 笑って、ナイスネイチャを見る彼の顔には一切のクマや疲れはない。

 

「こうやって俺がメニュー1つ組むのが楽なのも、お前のこれまでの頑張りあってこそだ。フランスん時に比べても、ここまで最初から優秀だった奴なんてほとんど――」

「あーあー!! もういい! もういいですから!! む、無意識にステップできるまで頑張っていきましょー!」

「さて、どのくらい掛かるものやら。普通1月は要するんだが」

「うっ……さ、三週間くらいで出来るようになれたらいいなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 三日後。

 

 

 

 

 

「やはり……天才か?」

「1月って方が噓なんだ!!! そうに違いない!! トレーナーさんめぇ!!」

 

 授業での練習で完璧な(本人曰く『期待に応えられないのは嫌だから1月以内に覚えられるようすごく頑張って習得した』)足捌きを披露したにも拘わらず、感慨も何もなくトレーナーの方へ駆け寄って喚く少女の姿が目撃された。

 




本作での固有スキルやトレーニングレベルの解釈と、しれっとイナズマステップ習得回。
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