顔真っ赤なネイチャさんに「お、お馴染み1着ぅ……」と言わせるまで   作:東京競馬場

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ネイチャさんとトレーナーたち

 ――サイレンススズカ。

 その名前は、流石のナイスネイチャも聞き覚えがあった。

 

 ターフを駆けるその姿は最速。美しいまでに洗練された動きに見惚れるファンも多かったという彼女。

 

 だが確か、彼女はトゥインクルシリーズ始まってしばらく、ひどく調子を落としているという噂もあった。

 

「サイレンススズカさん、だっけ。殆ど話したことはないけど……その人を、沖野トレーナーが?」

「ああ、少しな」

「なるほど……あれ?」

 

 首を傾げるナイスネイチャの横で、口角をひきつらせた神谷が言った。

 

「ってーかリギルじゃねえか。何やってんだアンタは」

「……ま、その辺オハナさんには自分でけじめ付けるさ」

 

 良い笑顔でサムズアップするものだから、ナイスネイチャとしても何も言えなかった。

 明確な越権行為、それもレースで試させると来た。

 ヘタをすれば、今後のローテにも響くことになる選択を、外部のトレーナーが行う。

 

 これがどんなに重たいことなのかを、もちろん沖野本人が知らないはずもない。

 

 腰の引けるナイスネイチャの横で、しかし神谷は笑った。

 

「相変わらずやりやがるな。さっきのことと言い……見てられねえと思ったらどんな道理もぶち抜くんだもんな」

「自慢じゃないが、理事長からクレーム付けられたことはない!」

「だろーな。あの人もアンタも、ウマ娘の為になるなら何しても良いって人種だ。ウマ娘にとっては良いトレーナーだし俺も尊敬してるけど、同業者にとっては寄生虫だよな」

「寄生虫!?」

「聞いたぜ? この前も他のチームの入団テストに偵察乗り込んだんだって?」

「そりゃ、育ててやれる奴が居たら育ててやりたいからな。ダスカとウオッカもその時スカウトした」

 

 胸を張って堂々と言い放つ沖野。

 決して褒められた行為ではないが、かといって結果を出し続けているのだから賛否両論で済んでいる。

 

「あれ、ひょっとして俺の評判が悪いのって九割は沖野サンの紹介だからなんじゃね?」

「何言ってんだ。お前は俺と同じ寄生虫フレンズだろうが」

「それもそうだわ」

 

 凄いトレーナーというのはやはりどこかおかしいのだろうか。

 どうしてあの流れでお互いに笑い合うのかが、ナイスネイチャには理解できなかった。

 

 気のせいでなければ先ほど、自分のことで少し雰囲気が悪くなっていたようにも感じたが――それも消し飛んでいるようであるし。

 

「男の子って分かりませんなぁ」

 

 こめくいてー、くらいのテンションでぼやくナイスネイチャである。

 

 

 

「まだレースまで少し時間がある。ちょっと話したいことがあるんだが、いいか?」

 

 と、少しばかり表情を真剣なものに戻した沖野がそう告げたのは、それからしばらく談笑が続いたあとのことだった。

 

「あー、ひょっとしてアタシは居ない方がいいですかね」

 

 思えば、今日は沖野と神谷だけの約束であったはず。勝手についてきたのは自分であるからして、そう遠慮しようとするナイスネイチャ。

 ただ、沖野はちらっと神谷を見るばかり。判断は任せるということだろうと見当をつけた神谷は、緩く首を振って告げた。

 

「別に俺はナイスネイチャに隠すことなんて何もねえからな」

 

 あっけらかんと告げる神谷を一瞥した沖野は、少しばかりもの言いたげではあったものの。

 それでも、今のところこれ以上神谷の教育方針に首を突っ込む気はないらしく、笑ってナイスネイチャに頷く。

 

「許可が出たなら、助かる。俺も男二人より、これからが楽しみなウマ娘に居て貰えた方が嬉しいしな」

「言いやがる。……で、まあだいたい要件は分かってるが」

「ああ、テイオーのことだ」

 

 ぴん、とナイスネイチャの耳が立った。

 

 ぼんやりとレース場の方を眺めながら、沖野は告げる。

 

「――暫定的に、今はスピカの練習に混ざって貰ってる」

「へえ。まあ、沖野サンとこに居るのがあいつにとっても一番良いだろ」

「そう思うか?」

「俺はアンタより良いトレーナーを知らねえからな」

「よせよ。そう簡単な話じゃねえんだ」

 

 ひらひらと手を振る沖野。

 大人の会話だ、とぼけっとしても居られなかった。話題はあのトウカイテイオー、誰よりも彼女が意識している相手である。

 

「テイオーに言ったらしいな。『俺じゃお前を活かしきれない』だったか」

「ああ。テイオー様の素質は俺よりもアンタの方が伸ばせる」

「はぁ……いやまあ、言うよなぁお前はなぁ……」

 

 乱雑に頭を掻くと、そのウマ娘の尻尾のようなポニーテールがぴょこぴょこ揺れた。 

 苛立ちと諦めと、それからほんの少しの嬉しさもあるだろうか。

 やるせなさそうに沖野は言う。

 

「テイオーはそれを、単にナイスネイチャを担当するための口実だと思ってる。割と渋い顔してるぜ? 本当にナイスネイチャの担当としてお前が動いてるの、何度か見てるみたいでな」

「ああ知ってる。普通に手ぇ振ってたし」

 

 そーなの!? と衝撃の事実を知るナイスネイチャであった。

 

「え、練習中にテイオー居たの? うっそアタシ気づかなかったんだけど」

「それだけ練習に対する集中力が高いってことだろ。誇るべき長所だぜそれは」

「あー……いや、えーっと」

 

 昔はそんなことなかった、と言ったところで。成長がどうこうと言われてしまうのは目に見えている。

 それに何となく今自覚してしまった。あまりに練習が楽しいから、確かに最近は周囲の視線も気にならないのだ。ちょっぴり、照れくさい。

 

 ――理由はどうあれ。彼女が現在、かなりの集中力を持って練習に臨んでいることだけは単なる事実ではあるのだが。

 

「まあ、要は何が言いたいかってーと。あいつにとってお前は、初めて自分と他のウマ娘を比べて他のウマ娘を選んだトレーナーってことでな」

 

 沖野が唸ったように、彼女の認識はある意味で不正解だ。

 確かに比べたか比べないかで言えば前者なのは間違いないが、それは単にトレーナーとしてどちらをより高みへ育て上げられるかという一点だ。

 彼女の思うような実力の優劣など、ここに居るような本物のトレーナーたちにとっては些事なのだが――如何せんそれを理解してもらえるほどの環境に、今のウマ娘たちは居ない。

 

 テイオーをスカウトしようとしたトレーナーの数を考えれば、それは自明だろう。

 

 ただ、その勘違いに対しての神谷の反応は、それを正そうとするものではなかった。

 

「ほーん……それで、どうなん?」

 

 なんだその問いは、と疑問符を浮かべるナイスネイチャの横で、しかし分かり切ったことのように沖野も頷く。

 

「ああ。そのままでいいか?」

「ええっ!?」

 

 思わず声を上げるナイスネイチャに2人の視線が突き刺さり、思わず耳がへたれねいちゃ。

 

「え、あーいや、その。どんな話ですかこれは」

「んな難しく考えんな。単純に、そう思ってた方が沖野サン……っつか、テイオーにとって都合が良いって話だろ」

「良し悪しで言えば微妙なとこだ。だからこうしてお前に相談持ちかけてるわけだしな。じゃなきゃお前の許可なんて要らん」

「ほんとこのウマ娘キチはよぉ……俺のことなんだと思ってやがる」

育成備品(トレーナー)

育成備品(沖野)サンさぁ……」

 

 似たり寄ったりの二人であった。

 

「それで……どうだ、神谷」

「……」

 

 この振りでいったい何が分かるんだ、と困惑するナイスネイチャをよそに、真剣に考えている様子の神谷。

 彼はしばしの沈黙のあと、ちらりとナイスネイチャを見やった。

 首を傾げてみれば、小さく笑う。その笑みがずいぶんと勝ち気で――あの日の夜と重なるようで。うっかり見とれてしまった自分の首を慌てて振っていると。

 

「良いと思うぜ」

「良いんだな? テイオーの熱を冷まさないでくれるってことで」

「ああ」

 

 つまりは、そういうことであった。

 比べられて、自分を選ばなかったという現状は、それなりにトウカイテイオーのモチベーションを上げてくれている。

 だから勘違いを正さない。

 

 しかしそれは諸刃の剣だ。

 

 その、トウカイテイオーよりも選んだ方のウマ娘が。

 

『なんだ、大したことないじゃん』

 

 でトウカイテイオーの心の決着が済んでしまえば、彼女のモチベーションは逆に大きく下がるだろう。絶不調も良いところだ。

 

 だから沖野は問うたのだ。

 お前の選んだそのウマ娘は、トウカイテイオーとやり合って、トウカイテイオー(俺の担当ウマ娘)に熱を用意してくれるような強いウマ娘になってくれるのか、と。

 

 そして神谷の答えは当然のYESだった。

 

 ここで交わされたのは、それだけの話だ。

 

「えっと、トレーナーさん……?」

「おう、どうした未来のウマ娘界の至宝」

「なんだそりゃ……。えっ、二人してその目は何? せめて冗談で言ってる空気出してよ、えっ、あれ!?」

「――お前がそこまで言うのか、神谷」

「沖野トレーナー、しんみりしないで貰えます? どんなに持ち上げられたってネイチャさんはしょせんネイチャさんなんですが?」

「ああ分かってるぜ。天はナイスネイチャの上にウマ娘を作らず、だろ?」

「なにが????」

 

 もげんばかりに首を傾げたナイスネイチャを置いて、沖野は口角を吊り上げ神谷を見やった。

 

「なら、俺も改めてテイオーをスピカに招待する。お前らに負けないようにな」

「おう」

「話は付いたみたいな空気のところ申し訳ないんだけど!! これ当事者はアタシだよね!? 知らない間にテイオー相手にライバル宣言みたいなことになってない!?」

 

 慌てたのはナイスネイチャである。

 先ほどまでの話を総合すれば、とても自分に無関係だとは思えない。

 わたわたする彼女を前に、しかし神谷は余裕を崩さない。

 

「そんなに驚くことかよ。どのみちトゥインクルシリーズではぶつかるんだ。俺の予定ではその時には、ナイスネイチャはテイオー様に勝てる準備が出来上がってた」

「…………っ」

 

 信じない、とはもう言えなかった。

 そうなれるならどれだけ良いかとも思った。

 

「ただまあ、沖野サンがトレーナーか。あの人マジ化けもんだからな。チームスピカはもうすぐ、リギルに並ぶチームになる」

「……じゃ、じゃあやっぱり」

「だから、俺が付くナイスネイチャと沖野サン付きのトウカイテイオーだと――マジでどっちに転ぶか分からねえ勝負になりそうだ。……わくわくしてきたな」

 

 その強気な笑みに、ナイスネイチャは思わず口を噤む。

 

 『勝てる』と断言しないところが、妙にリアリティに溢れていた。

 

 そうすると逆説的に、彼の言う全てにリアリティが生まれる。

 それは先の、『テイオー様に勝てる準備が出来上がってた』というところもだ。

 

 もしかしたら本当に、トゥインクルシリーズ出走時にはそのくらいになっていたかもしれない。なれていたかもしれない。

 

 それなら――沖野とトウカイテイオーを相手に勝つか負けるかは、自分次第ではないか。

 

「……ふぅ。荷が重いなあ」

「軽々しく捉える奴より何十倍も良いじゃねえか。めいっぱい緊張して、悔いのねえように練習する。今の俺たちに出来るのはどのみちそれだけだ」

 

 思えば神谷は、今日は決起集会だと言っていた。

 今日出走するウマ娘にこれといってナイスネイチャの縁ある子が出ているわけでもないのにだ。

 だとすると、ひょっとしたらこの話については最初から聞かせるつもりだったのかもしれない。

 

 強気な笑みを崩そうともしないこのトレーナーが、どこまで考えているのかは分からないけれど。

 それでも、頼もしいと思えることだけは変わらなかった。

 

「沖野トレーナー、凄い人なんだね」

「ん? そうでもねえぞ?」

「えっ」

 

 だからこそしんみりと呟いたセリフに降りかかる否定。

 顔を上げれば、神谷は「あれあれ」と指を差す。

 

 

「えぇ……?」

 

 示された先に、彼女が視線を向ければ。

 上京したてのような雰囲気の、リュックを背負った少女を相手に。

 

「うーん……トモの作りも良~いじゃないかぁ~」

 

 嘗め回すようにその脚をべたべた触る沖野の姿があった。

 

「しかしそうか、トウカイテイオーを沖野サンが……。――負けられねえな、俺も」

「あ、あの状態の人相手にそんな雰囲気出されても……」

 

 

 視線の先で、後ろ蹴りを食らった男が大の字に伸びていた。

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