顔真っ赤なネイチャさんに「お、お馴染み1着ぅ……」と言わせるまで   作:東京競馬場

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ネイチャさんとこの二週間

「おい!! おいナイスネイチャ!! 見ろ!!」

「ちょ、ちょちょ何ですか急に!!」

 

 ゴール板を駆け抜ける度、心地よさが増す。

 練習を繰り返す度、楽しさが心を弾ませる。

 疲れ切った身体が翌朝になってまた練習する気力を取り戻していると、それだけで少し嬉しくなる。

 

 充実した日々の中で、今日もまた芝を疾駆した彼女を待っていたのは、やけに興奮した様子のトレーナーだった。

 

 慌てて思わず半歩下がってしまうのは、自らの汗が匂わないかと気にしてしまうからで。しかしそんなことはお構いなしに、トレーナーは自らの持っていたクリップボードを彼女にも見えるように傾けた。

 

「えーっと、これはいつもの……」

「そうだ、お前の記録だ! っしゃあ!!」

「そんなガッツポーズ決められてもですね、ネイチャさんには何が何だか……」

 

 いつもの調子に、もはや周囲で練習している他の面々も慣れたもの。

 また始まった、と呆れる一団があれば――真剣な眼差しを送るトレーナーやウマ娘もちらほらと。

 

 こうして専属となったトレーナーと練習を繰り返すうち、彼女も気づいたことがある。

 それは彼が喜ぶ時は、ナイスネイチャ自身が何かを成した時であるということ。

 

 たった数㎝でも記録を更新すればこうして報告してくれるから、それは確かに彼女としても嬉しかった。たったこれだけのことで、と己を叱咤する内なる自分もいるけれど――目の前のトレーナーがこれだけ喜びを露わにしていると、そんなネガティブな感情も萎んでしまう。

 

 最初の日に、疲れ果てるほどに幾つも取られた記録。それを1つずつでも更新すればこうして喜んでくれるとあって、ナイスネイチャとしてもやりがいを強く実感していた。

 

 だからつまり、今日も。

 

「えぇと……何か、ちょぴっとはアタシも成長出来ましたかね……?」

 

 頬を掻いてそう問えば。

 待ってましたとばかりに、そのずっと見ていたい満面の笑みがさらに深くなって。

 

 

 全ての始まりから、今日でちょうど二週間。

 

 

「――ついに、初日のすべての記録を一度塗り替えたぜ」

「まじ!?」

 

 思わず、彼女の尻尾までピンと張った。

 

 だって、それは幾ら何でも。

 小さなことでも喜んでくれる神谷でなくとも。

 誰がどう見たって、明確な成長だから。

 

「俺はお前のことで嘘は吐かねえ。いつも言ってんだろ?」

「うん……うんっ……」

「――よく俺を信じてここまで頑張ってくれたな。ありがとよ」

「ちょ、やめてよそんな、しんみりしちゃってさぁ……」

 

 どれだけ、目に見える成長を望んだだろう。

 結果が出なくて、必死にもがいて、もがいて、もがき続けて。

 

 どんなに負け続けても、己に賭け続けるしかなかった人生で。

 ごまんと居るウマ娘の中で、頂点に立てないと絶望して、己に強く失望して。

 

 目に見えないゴールを求めてさまよい続けた先に見えた一縷の希望。

 

 それは決して間違いではなかったと、たった今証明されたのだ。

 

「……っし!」

 

 ぐ、と拳を喜びに握りしめるナイスネイチャをよそに。

 

「ちょっとそこのお前ら聞いてくれ!! うちの担当が――」

「う、うわあああああ何してくれてんだあああ!」

 

 ストレッチ中のウマ娘たちにだる絡みを開始した自分のトレーナーを、必死に連れ戻す彼女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もぅさー。ほんとさー……」

 

 昼食時の食堂で、ぶちぶちと文句を垂れるウマ娘が1人。

 しかしその耳はピンと張って、尻尾は実に後ろの通行の邪魔である。

 

 テーブルを共にする二人の少女は顔を見合わせ、愚痴る彼女をよそに議題を立てた。

 果たしてこれは、文句と言えるのかどうか、と。

 

「や、まあね? アタシが自分のこと全然信じてないのは認めるよ、認めますよ? そういう意味じゃトレーナーさんはホントにアタシのこと良く分かってるというか、こうやって今日まで頑張ってこられたのはトレーナーさんのおかげではありますけども? でもちょっとオーバーというか、やりすぎな感じがするといいますか」

 

 頬を掻く彼女の目じりは完全に下がっており、てれてれとした表情にはどう見ても苦情の色は無いのだが。それでも当人はこれを愚痴と言い張っているからして、ただの友人たるトウカイテイオーはぐでっと上体をテーブルに乗せるのみであった。

 

「マヤノー……いつまで続くのこれー……」

「ダメだよテイオーちゃん。オトナのオンナはこうやってオトコの話をするものなんだから!」

「うぇえ!? そ、そういう話なのこれ!?」

「マヤもデートの話とかしたかったんだー。トレーナーちゃんがこの前、海に連れてってくれたこととかねー」

 

 それが目的であると言って憚らないもう1人の少女――マヤノトップガンは楽し気だ。

 

「ネイチャちゃん!!」

「ん? 分かってくれる?」

「うん、すっごく分かるよ! やっぱりネイチャちゃんはあの人とくっついて大正解だったんだね!」

「く、くっついたっていう言い方は少しこうアレなんだけども」

「んぅ? でもそーしそーあいでしょ? マヤと一緒!」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 愚痴のつもりがあらぬ方向へ話題がかっ飛び、慌てて顔を上げるナイスネイチャ。

 その朱に染まった頬を見て、トウカイテイオーの目がきらりと光る。

 

 ここまでさんざん惚気に付き合わされたのだ。せめて一矢報いねば気が済まない。

 

「確かにボク、神谷トレーナーにフラれたしなー。最強のボクの誘いを断ってネイチャに行くんだもん、そーゆーことだよねー」

「テイオーちゃんダントツだったはずなのにねー。トレーナーちゃんはネイチャちゃんに一目惚れだったってことだね!」

「あれ、レースの日マヤノいたっけ」

「その日はトレーナーちゃんと海デート!」

「?????」

 

 何を言ってるんだ、とばかりに首を傾げるトウカイテイオー。

 ニコニコと楽しそうなマヤノトップガンは、彼女の疑問を全く意に介している様子はなく。

 

「ねーねー、ネイチャちゃんは初デートどこ行ったの?」

「ふーん。専属で楽しそうにしてるんだー」

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 慌てて制止するナイスネイチャの顔は赤いまま。ただ、その眉を少しだけ垂れさがっていて、照れの中にほんの少しの寂しさのようなものが垣間見えた。

 

「た、確かにトレーナーさんは、アタシと一緒に頑張ってくれるって……その。言ってくれた。でも、マヤノが言ってるようなのじゃなくて、ほんとにトレーナーさんはアタシが頑張れると思ってくれてて……」

 

 だから、その。

 そう口ごもる彼女の抱く感情は複雑だ。

 嬉しいというのが、一番強い。それはそうだ。でも、一切それ以外の感情が無いかと言えばまた別で。

 

「テイオーよりアタシを選んでくれたのは……そーゆーのじゃなくて。アタシの脚を信じてくれたからで」

 

 あの日の熱を、不純なものにしたくないという想いがある。でもそれとは別に、一切無いと本人から否定されるのは、それはそれで少し傷つきそうだという想いもある。

 

 あの人は、レースに本当に真剣で――。

 

「ってこれじゃあアタシが真剣じゃないみたいじゃん。違う違う。そういう意味でアタシを選ぶなんてこと、ないないあり得ないから。あはは」

 

 だから自分から言ってしまおう。それが、いつもの自分だから。

 

「むー、それ余計に腹立つなー! トレーナーにネイチャと勝負の予定組んで貰おーっと!」

「ええ!?」

 

 かといってそれが周囲の納得に繋がるかと言えば答えは否だ。

 

「だってそーじゃん、ボクの方が強いんだぞ!」

「あ、はは……こいつめ、相変わらずキラキラしてんなー……」

「ボクよりネイチャを選んだことが間違ってたって教えてやるー!」

 

 宣言は強気も強気。けれど表情は勝ち気で笑顔。

 先ほどまでのぐでっぷりはどこへやら、そのまま立ち上がってトレーを片付けに駆けていくテイオーを、ナイスネイチャは見送った。

 

 その時、どんな顔をしていただろう。

 

 トレーナーが間違っていたと思われるのが嫌?

 違う。そんなことはない。

 自分でも間違っていると思っている。今でも、トウカイテイオーより自分を選んだことに対しては疑問が募る。

 それを人から突き付けられたから嫌だったのか。それもまた少し違う。

 少なくとも、当事者であるトウカイテイオーに言われる分には、仕方がないと納得も出来る。

 

「ネイチャちゃん!」

「うおびっくりした、どうしたマヤノ」

 

 ぐい、とテーブルの上に上体を乗せて、ナイスネイチャの眼前にまで顔を寄せるマヤノトップガンは、とても楽しそうに笑っていた。

 

「マヤ、わくわくしてきちゃった! ネイチャちゃんのその顔好きだよ!」

「え……どれ?」

「もう無くなっちゃった」

「なんだそりゃ……」

 

 肩を落とす。

 相変わらずというべきか、マヤノトップガンの感性にものを言わせた言動には振り回されっぱなしだ。

 そのキラキラした瞳はいつも眩しくて、見ている分には本当に眼福だけれど。

 

 不思議と最近、マヤノトップガンやマーベラスサンデーが、自分たちでキラキラするよりもこっちを見ていることの方が多くて困惑する。

 

「ちょっと前まで、ネイチャちゃんあんまりわくわくしなかったけど。ネイチャちゃんのトレーナーちゃんが出来てから、マヤもすっごく楽しいよ! 今度Wデートしようね!」

「だからデートするような間柄では――」

 

 

『ああいや全然迷惑ってことはないけど。お邪魔じゃなければ? トレーナーさんを迷子にすることはないんじゃないかなー』

『おいおい、俺は迷子にならねえから、それはただのデートだぜ?』

 

 なんか思い出したナイスネイチャ。

 

「――ぅあ」

「デートだね!!」

「……練習に、差し支えない範囲で……はい……」

 

 縮こまる彼女が小さく頷くと、マヤノトップガンは嬉しそうに両手を振り上げるのだった。

 

 

 

 

 テイオーの発言に、つかえた胸のしこり。

 それを自覚した時が彼女のメイクデビューとなることを、今の彼女はまだ知らない。

 

 

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