顔真っ赤なネイチャさんに「お、お馴染み1着ぅ……」と言わせるまで   作:東京競馬場

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副会長さんと貴様

 エアグルーヴは最近、バファリンとEVEの味の違いが分かるようになった。

 

 

「で、そん時東条サンが言ったんだよ。不敵で怜悧な表情で、『違うか、神谷トレーナー』って」

「ふむ、それで?」

「ああ、だから俺は頷いてこう言ったんだ。『それーなー』ってな!」

「ふはははははは!!」

 

 今日の天気は雨。

 頭痛はきっと気圧のせいだ。そうに違いない。

 

 断じて、敬愛する生徒会長に妙なものを吹き込み続ける宮廷道化が増えたからではない。

 

「しかし恐れ入るよ神谷くん。なるほど確かに、1人で完結するジョークというのは限界がある。会話の中で自然に受け答えの中に馴染ませる。それはきっと、さぞ和やかな歓談を生み出してくれるに違いない」

「結局ジョークだってコミュニケーションの1つだもんな。笑う側と笑わせる側にきっちり分かれる必要なんてねえんだ。それすら与えるばかりじゃあ、与えられる方も自立出来ねえしなー」

 

 正直、エアグルーヴはこの男を扱いあぐねていた。

 決してただのバカではない。会長に馴れ馴れしいのは腹立たしいが、知性の低い会話をするわけではない。

 会長自身が客として認めていることもあり、強く出られないのが実情だった。

 

「さて。楽しい話も良いが、こうして生徒会室にやってきたのは何か用事あってのことだろう? 今日はどうしたんだ?」

「俺としちゃお前とずっとこうして話してても楽しいからそれでも良いんだが」

 

 

 やめろォ! と内なるエアグルーヴが叫んだ。

 

 

「まあ、お前ほどじゃねえけど俺もやることあるし。つまりお前はアホほど忙しいし。邪魔しに来たわけじゃねえよ。雨でやること減ったからちょうどいいと思って、改めて報告にな」

 

 雨がばらばらと窓を打つ音が、少しばかり耳に心地良い。

 向き直った神谷の表情は柔和で、穏やかで。相対するシンボリルドルフもまた、長年の友を前にしたような笑みを浮かべていて。

 

 これだ、とエアグルーヴは思った。

 この静謐な空気感に、割り込むことが出来ない。この時にだけ、きっとこの二人は同じ視座でものを語っている。

 

「――おかげで、出会うことが出来た。同僚にも恵まれた。チームを組むのは無理だとしても、俺は俺の為に全力を尽くす」

「そうか。残念だという想いは払拭されると信じていいのかな」

「ああ。たとえ1人しか育てることが出来ないとしても、トレーナーの仕事はそれで終わりじゃない。あいつと一緒に駆け抜ける、同じレースを共にする全てが、きっとかけがえのない想い出を抱くことが出来るよう尽力する。あいつとなら、一緒にすげえことが出来る」

「必要なもの、場所。あれば何でも言ってほしい。私に出来ることは、なんだってしようじゃないか」

「それは……マジに心強いな」

 

 ふ、と互いに口元が緩んだ。

 片や己の抱く夢の為。片や全てのウマ娘の為。

 スケールの違いに、一見手を取り合うことはないように見えるその二つは、決して道を違えてはいない。

 

「――あのレースの日。キミが見定めた彼女のことを、私も信じてみよう」

「ああ。きっとあいつは、誰よりも……そう。キラキラ出来る」

「ほう」

 

 敢えて彼女なりの言い回しをしたのは、彼女の夢を己の夢と定めているが故か。

 

「まだ夢の途中で、あいつ自身自分がはっきり何がしてえのかはまだ見定められてねえ感じだけど。でも、あいつの走る姿は……そうだな。誰よりも多くのウマ娘に希望を与えることが出来る。そんな気がするんだ」

「誰よりも、とは大きく出たな。私も、負けていられないな」

「ああ。……そうだな、いずれお前とあいつが走るレースが、その夢の体現になるんじゃないかと思ってるぜ」

 

 ――きっと彼女が本当に輝くことが出来れば。

 

 それはきっと、『自分なんて』と膝を折った全てのウマ娘への希望になり得る。

 才能に圧し潰された過去。それでも足掻くことをやめられない心。

 

 それが――はっきりと目に見えたあの時の走り。

 

 神谷は自分なりに、あの日彼女を選んだ理由を分析し終えている。

 

 本当の敵は、諦めだ。

 

 "皇帝"に抱く素直な憧憬とはまた別の、誰しもが自らを重ねることが出来る希望。

 

 それがきっと、彼女にはある。

 

「ナイスネイチャ。彼女とレースで競う日を、心から楽しみにしている。そう伝えておいてくれ」

「ああ。…………いやうん、いずれな。今は無理。流石に潰れる」

「その今を、潰れない未来に変えることが出来るキミを、私は信じて待っていよう」

「そうしてくれ」

 

 満足げに頷いたシンボリルドルフに、神谷も笑う。

 

 もしも今のナイスネイチャにこの話をしようものなら、あまりのプレッシャーに圧し潰されるだろうことは目に見えている。

 けれど。

 

 きっと未来はそうではない。

 自信がつき、実績を手にした彼女はきっと、照れくさそうに『勝てるといいなあ』などとぼやきながら、皇帝の進撃のその先を、求め焦がれ走ってくれるはずだ。

 

 

 実際のURAファイナルズで彼女が吐く台詞は、

『そこで見ててね。……アタシの、トレーナーさん』

 だったりするのだが、今の彼らにそれを知る由はない。

 

 

 

「待て、神谷」

「んぁ?」

 

 シンボリルドルフとの話を終え、湿気を帯びた廊下へと足を踏み入れた神谷の背に、生徒会室の前まで出てきたエアグルーヴの声が響いた。

 

 振り向けば、少し悩むような表情ながら、一歩一歩と神谷の前に歩み出て。

 

「会長のお考えは大変立派なものだ。これまで大言壮語を吐く輩は幾らでも居たが、その全てを会長は笑ってお許しになられてきた」

「そりゃまあ、そうだろうな」

「だが貴様はなんだ」

「……フランスから縁故採用で出戻ってきた癖に生徒会長と理事長の手厚いサポートを受けているいけ好かない新人トレーナー、か?」

「自己分析が完璧なようで何よりだ…………」

 

 思わず額を抑えるエアグルーヴ。バファリン飽きたから次はEVEにしようかななどと痛む頭の片隅で考えつつ、彼女は首を振った。

 彼の言うことは間違いないが、だからこそ意味が分からないし――それだけではないことは、ほかならぬ彼女自身が理解している。

 

「会長が、あんな風に話をする相手を――少なくともウマ娘以外では私は知らない」

「んー……」

 

 顔を上げれば、まじまじとエアグルーヴを見つめる視線がそこにあった。

 

「何がしたいのお前」

「どういう意味だ」

「答え知って納得がしたいみてえな言い回しだけど、なんかそれが全部ってわけでもなさそ」

「……それを、貴様に言う理由は」

「ねえけど。言わない理由がないなら、言ってもいいんじゃね? 良い感じの距離感だと思うよ、俺ら」

「……」

 

 良い感じの距離感。

 近すぎず、遠すぎず。言われてみれば確かに、エアグルーヴにとってもあまり無い立ち位置の知人であることは間違いなかった。

 

「俺はお前との話を誰かにベラベラ喋るタイプじゃねえしな。なんだったら誓約書を書いたっていい。お前と今日ここで話した内容誰かに言ったら自害しますって」

「……そこまでは」

「でもそのくらいしときゃ、お前も溜まったもん吐き出せるんじゃねーの? それなら別になんだっていい。そもそも誰にも言わねえんだ、死ぬこともねえ」

「はぁ……」

 

 少し躊躇って。生徒会室の看板を見上げて、一度目を閉じたエアグルーヴは言った。

 

「……来い」

 

 背を向け、向かう先は分からないが。

 ぽっけに手を突っ込んで、えっちらおっちらと神谷は付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かった先が給湯室であったことは神谷にとって少なからず意外なシチュエーションであった。

 この後の仕事に備えてカフェインを摂取しようとするエアグルーヴの動作は慣れたものであり、彼女はそのまま神谷の手元に紙コップのお茶を差し出した。

 

 温かく湯気の立ち上るそれには、きちんとやけど防止にスリーブが巻かれている。

 

「2つしか残っていなかった。間の良い男だな貴様は」

 

 気遣いに感謝し、神谷は素直に礼を告げた。

 

「エアグルーヴのレアスリーブ……」

「死にたいらしいな」

「間違えた。ありがとう」

 

 シンクに背を預け、座る椅子もなく二人で熱いお茶を傾ける。

 

 しばらくの沈黙を切り裂いたのは、エアグルーヴのぼやきにも似た呟きだった。

 

「会長は」

 

 ちらりと視線を向ければ、ぼうと白い壁を見つめて目を細める彼女。

 

「いつかに比べれば、我々にも頼ってくれるようになった。私自身、誰よりも会長の支えになれているという自負はある」

「あの会長相手にそんだけのこと思えるんだから、すげえことだと思うけどな」

「……だが、そこ止まりだ」

 

 その一言がずいぶんと重く感じて、神谷は熱茶を一気にあおった。

 喉を焼く感覚が心地良い。

 

「要はアレだ。俺はそうじゃねえと思ったってことか?」

 

 その問いは半ば答え合わせのようなものであり。

 エアグルーヴは頷く代わりに、熱茶で誤魔化した胸の内の燻りを吐き出すように呟く。

 

「……トレーナーという生き物には、私に見えていないものでも見えているというのか?」

 

 本音を言えば、誰よりも会長の力になりたいのだろう。

 支えにはなれている自負はある。だが、きっと今の"信頼"では物足りないし、シンボリルドルフに頼られるには至らない自分に自覚もある。

 もどかしい想いが、ひしと感じられる。

 

「見えてなきゃトレーナー失格だな」

「それは……私の疑問に対する肯定だと思って良いんだろうな」

「あいつと俺が分かり合ってるっていう、お前の表現はちょいと正確じゃない」

「……」

 

 不愉快そうに、鋭い眼光を向けるエアグルーヴ。

 もちろんそれに動揺するようならそれこそトレーナー失格で。

 

「要は単なる協力関係だ。俺はあいつほどすげえ大望を抱えてるわけじゃねえしな。あいつは全部を見てて、俺は今のとこ1人しか見てねえ」

「……それはどういう」

「でも結局やってることは一緒なんだよな。俺はトレーナーで、あいつはウマ娘だから」

 

 渋い顔のエアグルーヴを一瞥して、神谷は空気を変えるように笑った。

 

「別に、『この先はお前自身が気付くべきだ』なんて、ひと昔前のクソみてえな攻略本めいた言い回しをするつもりはねえんだ。先に答えを知ってから過程を知ることにだって十分意味はある」

「……その答えというのは、なんだ」

「あいつは全てのウマ娘の幸福を望んでる。俺は別にその手伝いをしてるわけじゃない。ただ……俺の担当ウマ娘ならそれを成し遂げられるって知ってるだけだ」

「私とて、会長の大望を知らぬわけでは」

「あいつに言わせるなら、"同じ視座"に立ってるかどうかだろ」

 

 エアグルーヴがシンボリルドルフの望みを知らないはずはない。

 ただそのうえで彼女がシンボリルドルフの隣に並び立てていない理由は、つまりそういうことなのだろう。

 

 一緒に目指す必要はない。手を取り合う必要もない。

 

 ただ。

 

「なんだろ。エアグルーヴは"ソレ"なんだと思う?」

「なに?」

 

 要は多分、そこなのだ。

 

「お前は多分そのシンボリルドルフの夢を素晴らしいとは思ってんだろーけど……お前がお前の望むお前になりたいなら、もう一歩踏み込むべきなんじゃねえかなあ」

 

 俺はお前のトレーナーじゃないから、迷わせるようなことはしたくねえけど。

 そう前置きして続けた神谷の言葉は不思議と、エアグルーヴの心にすとんと落ちた。

 

 感銘を受けたわけではない。

 敬意を抱いたかと言えば、それも正確ではない。

 

 そこにすとんと収まるような、納得があった。

 

「――多分、シンボリルドルフにはもう道筋は見えてて、答えも持ってる。全てのウマ娘の幸福は、どうすれば成し遂げられるのか。まあそれはきっとあいつだけじゃなく、あいつのトレーナーと一緒に見つけたもんなんだろうが」

「っ……なぜ、そう言い切れる?」

「でなきゃ(トレーナー)をあそこまで信じちゃくれねえよ。自分で全部出来てたならトレーナーなんざ要らねえからな」

 

 きっとそれこそが。

 エアグルーヴが、トレーナーを不要と切って捨てた理由そのもので。

 シンボリルドルフが、そう在る彼女にトレーナーが必要だと言った理由でもあるのだろう。

 

「……私は」

「シンボリルドルフが持つ道筋に必要なものを、あいつが教えてくれりゃ"支え"られる。お前の悩みってそういうことだろ。難しいよな。他人の夢なんざ、どれだけ言葉を尽くしたところで完全に理解することは出来ねえ」

「なら貴様はどうして会長とあんな話が――」

 

 そこまで言ってエアグルーヴは、目の前でいそいそと熱茶のお代わりを入れ始めた男を見て気づいた。

 

「協力関係、か」

「気づいた?」

「ああ。気付けないことに気付いたさ」

 

 道理で、分からないはずだと。

 

 バカらしくもなった。

 他人の夢は、どんなに言葉を尽くしても理解することなどできない。

 けれどそれが、自分の夢の話なら。

 結局この男と、自身が心より敬愛する会長は最初から、お互いに自分の話しかしていないのだ。

 

「――お前は、なんだ?」

 

 その問いは奇しくも、最初と同じ。

 だが。

 

「俺は、担当ウマ娘と一緒にすげえことがしたいだけのトレーナーだよ」

 

 答えは先ほどとは違うもの。

 時と場合――この感じはきっと、エアグルーヴの理解に合わせて返答を変えたのだと彼女は察して、無性に腹が立った。

 

 自分の夢は、なんだろうか。

 見つければもしかしたら、本当に理解が出来るだろうか。

 その思考がそもそも間違っているのか――そうか。だから"自分で気付く"が大切なのか。

 ぐるぐると巡る、これまでのこと。

 

「担当ウマ娘――ナイスネイチャ、か」

 

 彼女と一緒なら出来る凄いこと。それがきっと、全てのウマ娘の幸福に繋がると目の前の男は確信している。

 これまで、少なくない数のウマ娘を幸福に導いてきたという男が言うのだ。説得力もある。

 

 そこまで考えて思わず、笑みが零れた。

 

「私は貴様が嫌いだ」

「俺はお前のこと好きだぜ。オークス最高だったし」

 

 ふ、と。彼女は珍しく柔らかい表情で。

 

「黙れ、トレーナー」

 

 ナイスネイチャ。彼女がもし、魅せてくれるというのなら。

 それを楽しみにしていよう。その時はきっと、特等席――同じ芝で。




育成備品「会長と副会長がお前と一緒に走りたいって」
ねいちゃ「!??!???!??!?!??!?!??!?」
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