顔真っ赤なネイチャさんに「お、お馴染み1着ぅ……」と言わせるまで   作:東京競馬場

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ネイチャさんと凄いらしいトレーナー

 

「様々な観点から検証した結果――」

 

 しゃがみ込んでいた青年が立ち上がり、振り返る。

 その先には棒キャンデーを咥えた長身の男が居て、至極真面目な視線を彼に送っていた。

 

「――沖野サンが破損ファイル送ってくんのが悪ぃわ」

「まだ引っ張るかその話」

 

 一気に真面目なツラが渋面に変わる、沖野と呼ばれた男。

 すらっとして清潔な身なりに、束ねた後ろ髪がチャームポイントの彼は、先ほどまでしゃがみ込んで芝をいじっていた青年に告げる。

 

「結局全部丸く収まったんだからいいじゃないか。だいたい、電話しても出ないしこっちだって心配したんだ。理事長もたづなさんも仕方がないってことで納めてくれたわけで、これ以上いじけられても……困る」

「ぐっ……」

 

 七時間迷った原因の大半が、ウマ娘についていくなどという無意味な閃きによるものにも拘わらず、この沖野という男は寛容だった。

 困惑の顔色は、押し黙った青年の様子を見て笑みへと変わる。

 

「はは、しかしそういう子供っぽいところは変わってないんだなあ」

「うっせぇっすよ。あんただって良いウマ娘の脚見たら我を忘れて飛びつく癖に」

「それはトレーナーとしての職業病だからな」

「誇ることではねーよ少なくとも……」

 

 ぽりぽりと、その濡れた烏のような黒髪を搔く青年は、目の前の沖野に対してどこかやりにくそうだった。半面、沖野の方はまるで弟を諭すような雰囲気を隠そうともしない。

 

「それより、話を戻そう神谷。改めて芝を見た感じはどうだ?」

「めちゃめちゃ良い芝だなーって感じ。まあ少なくともフランスのとは全然違ぇわ」

「だろうな。……それで?」

 

 問いを投げる表情は、先ほどとは打って変わって真面目なもの。もとい、最初の話題はこちらだった。

 神谷と呼ばれた青年も質問の意図は把握しているようで、その瞳を細めてターフを睨む。

 

「正直、チーム組むのは無理っすわ。芝1つとっても、シャンティイでやってきたノウハウそのままってわけにはいかないってハッキリ分かる」

「そうか。残念ではあるけど、理事長には断りを入れておこう。だがそう言うってことは、トレーナーとしては仕事が出来そうってことで良いんだな?」

「1対1なら、問題ねぇかな? 沖野サンの顔に泥塗らねえくらいには」

「俺の顔はそんなたいそうなものじゃないさ」

「けど、俺を紹介したせいで滅茶滅茶言われたんっすよね?」

「それは……」

 

 言葉を失う沖野。

 

 神谷は一度目を閉じる。

 昨日、自分が大遅刻をかました中央トレセン学園への転属手続きの際のこと。

 大半が遅刻そのものへの指摘ないし問題提議ではあったが、彼らの目はありありと、日本でのトレーナー経験がない人間が最初から中央でトレーナーを行うことへの不満を謳っていた。

 

 そして事実、沖野とともに夕食にありついたタイミングで色々と言われたものだ。

 

 最初からチームを組むなど言語同断であり、そもウマ娘1人を預かることが出来るかも怪しいものであると。

 

 神谷自身、それに対してとやかく反論したりはしなかった。

 彼らの言い分も分かる。そもそも国によって芝やダートの質も全く違う以上、練習内容どころか心構えからすべてに至るまで事情が異なる。

 フランスでやってきた流儀のまま日本で指導などしてみれば、待っているのは担当ウマ娘の破滅。

 

 彼らはそう思い、あくまでウマ娘の為を思って提言したのだろうし、この人事に対する不満も致し方がないこと。

 現状の神谷は、日本でのトレーナー免許こそあれどペーパー同然。

 

 むしろ最初からチームを持つよう言い放った理事長の方が異端なのだ。

 

 だが、それはそれ。

 神谷にだって事情はあった。

 なにせフランスで少々やらかした自分に対し、次の場所を用意してくれたかつての先輩が今目の前にいる。

 

 結果で応えるべきと考えるのは、至極当然。

 

「良いウマ娘見極めて、しっかり結果出す。だからまあ、沖野サンも気張れよ? 久々に会ったら元気ねーんだもんよ」

「……そう、だな」

 

 昨日軽く話した時に、聞いていた。

 沖野もまた、トレーナーとしてあまり上手くいっていないと。

 実際、そんな沖野が呼んだことで余計に批判に拍車がかかっているのかもしれないが――もしそうだとしたら、なおさら沖野の名誉のためにも戦わなくてはならない。

 

 もしかしたら自分を引っ張り込んだ背景には、沖野自身への発破も含まれているのかもしれないと、そんなことを思いつつ。

 

「自分の目で見て、探すさ。まずは1人、すげえウマ娘を見つけてスカウトして、すげえ成績を叩き出す。もちろん俺の生き残りにも大事だし、沖野サンの望みでもあるっしょ?」

「ああ。お互い頑張ろう」

「おいっすー」

 

 互いにウマ娘に魅せられ、導く存在になりたいと誓った学生時代のように拳を交わし――しかし夢だけで語れないのが現実というもので。

 

「まあ、大半のすげえウマ娘はもう、チームに所属してるだろうけどな」

「それを言うなよ沖野サン……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんでも新しいトレーナーは、フランス競バで数々の実績を叩き出していたとか。

 そんな噂が広まったのは今日のお昼のことだ。

 

 女子社会の例に漏れず、ここトレセン学園も噂の伝播は早いもの。

 トレーナーが新しく増えるという話は、その話題にしてはそこそこの盛り上がりを見せていた。

 

 いくら中央トレセン学園が国内最高峰の学園で、トレーナーもその名誉に恥じない人材が集められるといってもだ。

 最高峰の学園に通うウマ娘だけで2,000を超えるというのに、トレーナーが10だの20だので足りるはずもない。

 

 トレーナーが増えるというのは案外と日常的なものであったし、引退もまた日常茶飯事。

 

 だがそのトレーナーというのが海外から戻ってきた人材であることと、日本での経験がないにもかかわらずチームを組織するかもしれないという話はやはり題材として美味しい代物だった。

 

 まだ昨日着任したばかりで憶測ばかりが先行しているのも、話題性に一役買っていただろうか。

 

 ウマ娘たちがそれぞれ信頼するトレーナーたちからの評判はあまりよくなく、しかしフランスでの実績は本物。

 このトレーナーが理事長の抜擢に値するほどの腕利きか、あるいはトレーナーたちの言うように肩書ばかりの見掛け倒しか。

 

 お昼休みのカフェテリアは、その話題の色に染まりあがっていた。

 

「……わー。なんかすごいことになってるなー……」

 

 ナイスネイチャは肩を落とし、参ったとばかりの苦笑いを浮かべて円卓を囲む面々に目をやった。

 

 同じ中等部のマヤノトップガンとマーベラスサンデー。ヒシアケボノにカレンチャン、はてはトウカイテイオーまで混ざっての食卓は、ナイスネイチャの目を焼くに十分なキラキラを放っていた。

 

「フランス帰りのトレーナーかー」

「テイオーちゃんも興味あるのー?」

「ん-。まぁカイチョーが気にしてたからねー」

 

 その一言に、ナイスネイチャの耳がぴくりと動いた。

 そして、トウカイテイオーの放ったその発言が気になったのは、彼女だけではないらしい。同じ食卓を囲む彼女らはおろか、周囲のテーブルに着きこの話題を楽しんでいた生徒たちの耳さえ、明確にこちらを向いている。

 

 どこ吹く風なのはテイオーだけ。ウマ娘たちに囲まれても、全く気に留めずに己のスタミナ定食を進めているときた。

 

「あー、テイオー?」

「ん、どしたのネイチャ。なんかボクの顔についてる?」

「や、じゃなくて。カイチョーってシンボリルドルフ会長だよね? 気にしてたって、何か言ってたの?」

 

 そう問うと、こてんと小首を傾げるトウカイテイオー。

 

「そのトレーナーの話?」

「そうそう」

 

 どうやら彼女の中では、もうすでに片付いた話だったらしい。

 ネイチャの肯定に、まるで周囲のウマ娘全員が同じように頷き続きを促しているようだった。

 

「なんかねー。カイチョーはその人がチーム組むのに賛成らしいよ? でも、ボクがそのトレーナーを逆スカウトした方がいいかって聞いても答えてくれなかったんだー」

「まあ、そりゃね……良いとも悪いとも言えないよね……」

「無敵のテイオー様のトレーナーになれるんだったら、喜ぶと思うけどなー」

「……でも、なんでルドルフ会長はそのトレーナーさんに肯定的なんだろ。結構否定的な人も多いって聞くけど」

「あー、それはね」

 

 フォークをふりふり、同時に彼女のしっぽもふりふり。

 

「その方が、『ウマ娘の幸福に近づくだろうから』……だってよ」

 

 よくわかんないけどねー、と言葉を〆て、トウカイテイオーはニンジンをぱくついた。

 

「……なんか」

 

 ぽつりと、ナイスネイチャは呟いた。

 

 昨日のあの青年とはいまいち一致しない人物像。

 もしかしたら別人かもと考えて――うん、きっとそうだと頷く。

 

 聞くだに、その新しいトレーナーは凄い人のようだ。良くも悪くも、着任するだけでこれだけの話題を搔っ攫う人物で、なによりルドルフ会長が認めているときた。

 

 ひょっとしたら、これからしばらくの話題を占有する凄腕トレーナーとして名をはせたりしそうなものだ。

 

 そんな人は、これまたきっと自分のようなモブとは縁はなさそうだし。

 

 もしかしたら、こうして「いまいちよくわからないなー」というような顔をしながら目の前で周囲の視線も気にせずご飯を進めるトウカイテイオーとでもコンビを組んで、それこそ伝説を築いたりするのかもしれない。

 

 だから、昨日会った人とは別人だろう。

 

 別に昨日の青年に思いを馳せるわけではないが、それでも。

 そんな凄い人なら、最初に会う相手が自分というのは……やっぱり違う気がするし。

 あと変な人だったし。

 

「遠い世界の話ですなー」

 

 何かをごまかすように、そうしてナイスネイチャは小さく笑った。

 

 

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