顔真っ赤なネイチャさんに「お、お馴染み1着ぅ……」と言わせるまで   作:東京競馬場

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テイオー伝説ー激闘編1ー 両雄邂逅の若駒ステークス
ネイチャさんと始まり


 

 

 中央トレセン学園、練習場。

 

 風を切る音と共に、重い蹄鉄を踏みしめて駆ける少女の姿が突き抜けていく。

 

 だ、と目の前を駆け抜けたところでストップウォッチを押したのは、前髪がその風に靡いた一人のトレーナーであった。

 

「おーっしテイオー!! あと5本だ!!」

 

 クリップボードを片手に、数値を書き込みながら。

 

 棒キャンデーが口から零れ落ちないよう気を付けて、声を上げる。

 

「まっかせてー!!」

 

 その返事は走り抜けた先から聞こえてきた。

 元気よく手を振る少女の快活な笑顔からは、疲れは一切感じられない。

 

 今日も今日とて最高の才能を発揮する彼女の笑みに、沖野は小さく微笑んだ。

 

 ――このところ、あまりにも忙しい日々を送っていた。

 

 零細チームであったはずの、自らがそうしてしまったはずのチームは、以前以上の輝きを取り戻している。

 

 レースの勝利数も、あのチームリギルに追随するかの如く。

 綺羅星と謳うに足る、素晴らしいチームに仕上がっていた。

 

 その大きな理由は、そこでルービックキューブをいじっている謎のウマ娘。

 

 彼女とともに、多くのウマ娘を集めて。

 そうして出来た今のチームスピカは、沖野にとっての誇りだ。

 

 

 中でも今切磋琢磨している二人のウマ娘は、これからのレース業界を彩る最高の選手になってくれる。そんな自信が、彼にはあった。

 

「テイオーさん! 少しくらい息を入れなさいな。ただ走ったところで、身につかない練習は無意味ですわ」

「そのくらい分かってるよマックイーン! ボクだって、適当に走ってるわけじゃないやい!!」

 

 半ば呆れた表情の少女に対し、ムキになって言い返している少女。

 

 前者をメジロマックイーンといい、後者をトウカイテイオーといった。

 

「現にほら、ボクってばマックイーンより速いし」

「……聞き捨てなりませんわね。今のは本気のレースではありません。10本の中で、自らにとってより良い走り方、よりタイムの良い走り方を知り、身に着けるためのもの。たまたま今の調整が、わたくしに合わなかっただけのこと」

「言い訳じゃんそれ」

「………………………………トレーナー?」

 

 そこで俺に振るぅ? と沖野は渋い表情をして告げる。

 

「あー……マックイーンの言う通りだ。テイオーにも、走り方を色々と試してほしいと思ってるが……」

「色々試すって言ってもさー。ボクはボクの最高の走りが、もうあるからなー」

 

 頭の後ろで手を組んでみせるトウカイテイオーは、難しい顔だ。

 自信満々だとか、強者の驕りだとか、そういった心持ちが無いわけではない。

 ただ、自分以外の強者を知らないわけではない。

 

 それはやはり、自らが憧れと口にしてやまないシンボリルドルフだろう。

 

「カイチョーの走り方は、なんというかボクには合わないんだよね。……ん-、ちょっと違うかも。こう……ぐぐぐって」

「貴女自身の憧れの相手なのであれば、もう少ししっかりと言葉にしたらどうです?」

「うるさいなあ! カイチョーの凄さは、言葉にはできないの!!」

 

 ジト目を向けるメジロマックイーンに、トウカイテイオーは地団駄を踏んでみせて。すがるような瞳を向けられた沖野は、小さく自らの顎を引いた。

 

「確かにな」

 

 ぱっと明るくなるトウカイテイオーの可愛らしい表情はさておき。

 

 シンボリルドルフの走りは、皇帝の走りだ。言うなれば力強さ。絶対の覇者。

 中団から、たとえどんな状況に置かれようと周囲を押しのけ、突き抜けるその走りはおそらく他に無い。

 

 無理にたとえるならばテイエムオペラオーなどが該当するが、彼女の走りはもう少し落ち着いている。豪快に道を作るそれではなく、躍り出るような美しさ。

 

 翻ってトウカイテイオーはどうだろうかと考えれば、彼女の走りはその軽やかさに際立って見えると言える。

 

 周りの選手をものともせず、するりとすり抜けていくような。

 トウカイテイオー随一の魅力は、本人もまた自覚したものであった。

 

 ただ、と少し沖野は目を細める。

 

『テイオー様、走り方怖ぇな』

『……お前はそう思うか』

 

 ――昨日の練習のことだ。

 ふと一人でレース場に顔を出した神谷が、ぽつりと沖野にだけ告げたこと。

 

 決して、同じ時期を被る相手の妨害をしに来たわけではない。

 そんな間柄ではない。

 互いにそれを分かっているからこそ、沖野は心に言葉を残していた。

 

 素晴らしい走りだと思った。トレーナーたちは一様にそれに沸いた。

 沖野自身も、トレーナーとして彼女を預かることになった時、心の底から感動したものだ。

 

 唯一無二の、彼女の走り。

 それをユニークスキルと諸手を上げて感動したい気持ちが先行して、彼女のこれからを見ていたいという想いが先走りして――それから、その才能を潰すことになるかもしれないと思って、胸の奥に留めるのみにしていたこと。

 

 12月の中頃からだろうか。より一層タイムに磨きをかけたトウカイテイオーは、世代最強の名をほしいままにすると同時、さらに前のめりな走り方をするようになった。

 

 前例がないことは、輝かしいことであると沖野は信じている。

 だからこそ、ウオッカが本当に望むならいずれはダービーを走らせる。

 

 だが一方で、前例がないということには理由がある。

 素晴らし"すぎる"ステータスは時に、大きな爆弾を抱えている。

 

 現状まだ、兆しが見えることはない。

 考えすぎだと首を振ることも出来た。

 

 それに他のメンバーが現在、トゥインクルシリーズで佳境を迎えていることもある。少し、ジュニア級の彼女のトレーニングを、甘く見ていた。

 

 ジュニアに出来るトレーニングには、限界があるから。

 まだまだ身体が出来ていく過程だから。

 

 その固定観念が、邪魔をしていた。

 

 もしかしたら単なる杞憂かもしれない。ただ、杞憂で済むことの全てをケアしてこそのトレーナーだ。

 

 ――そう、あの後輩に教えたのは外ならぬ自分だ。

 

「トレーナー?」

「ああ、すまん。お前の走りは、お前にしか出来ないものだ。――実際、だからこそ俺はスズカを、見ていられなかったんだしな」

「……スズカさん、ですか」

 

 今はアメリカに居る彼女のことを想い、メジロマックイーンがそっと唇に指をあてた。

 思えばメジロマックイーンは、サイレンススズカとともに居た時期がメンバーで最も短いのだ。

 

「ああ。あいつにしか出来ない走りがあるのに、それを押さえつけるのが勿体ない。だから俺は、スズカに口出ししちまったんだ。あいつがチームに来てくれたのも、その責任を取った形だしな」

「なんかその言い方、すごくアレだね」

「アレってなんだよ」

「口出しした責任とって引き取った……男らしいじゃん? トレーナーのくせに」

「トレーナーのくせに、は余計だ全く」

 

 ゆるく首を振って、沖野は一人思う。

 

 それで怪我をさせてしまったのも、己であると。

 

 であればこそ。

 

「まだ時間はある。テイオーには、テイオーの一番走りやすい走り方を見つけて欲しいんだ。こう言っちゃなんだがな、テイオー」

「なに?」

「今のお前じゃあ、無敵には程遠いな」

「むっ!! それは聞き捨てならないなあ!! ボクに勝てるやつなんか、誰も居ないんだから!!」

「それは同じ世代に限った話だろ。ほら、カイチョーに今勝てるのか?」

「そ、それは……わ、分かんないよ!! 勝てるかもしれないし!」

「"かもしれない"なんて言葉は、無敵のウマ娘からは聞きたくねえなあ」

「むむむむむ……」

 

 唸るテイオーは、鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 

「ふんだ! いいよ、じゃあもう一本走ってくる!! 行くよマックイーン!!」

 

 ずんずんとスタート地点に向けて大股で歩いていく彼女を見送って、呼ばれたメジロマックイーンは小さくため息を吐いた。

 

「この練習に、意味はありますの?」

「ああ。大事な……大事な意味がな。俺はマックイーンにも、同じことを思ってる。どちらかといえば、お前の走りは力強くて頼もしいが」

「当然ですわ。メジロのウマ娘として、恥じない走りと自負しています」

 

 髪を払って彼女が背を向けると、向こうで大きく手を振っているトウカイテイオーの姿。やれやれと首を振ったメジロマックイーンは、ほんの少しだけ速足でスタート地点に向かっていった。

 

「それじゃ始めるぞー!!」

 

 手を上げて、叫ぶ。2000メートルの開幕を。

 

「……お」

 

 その最初ですぐ、沖野は声を上げた。

 いつもは最初から競り合う二人だが、テイオーが僅かに出遅れたのだ。

 出遅れた、というのは違うかもしれない。少しスローペースに、じっくりメジロマックイーンの後ろ数バ身の位置につけて見せた。

 

 そして。

 

 第四コーナーまで曲がってきたところで、ぐっとその力を解放する。

 

 一気に速度の増した彼女の走りに、沖野は目を細めた。

 

「……なるほどな」

 

 見覚えのある走りだった。

 シンボリルドルフでもなければ、チームスピカの誰でもない。

 

「――よっし、なかなかのタイムだ!」

 

 ゴール板を駆け抜けたのは、メジロマックイーンが先だった。

 半バ身ほど遅れたトウカイテイオーは、小さく息を吐いて。

 

「どうだったテイオー。今の走りは」

 

 そう問うと、先にメジロマックイーンが頷く。

 

「そうですわね。なかなか前を走っていると緊張感がありましたが……誰かを参考に?」

 

 トウカイテイオーはその問いに緩く首を振って、笑う。

 

「別に? 誰のまねとかじゃないよ」 

 

 でも、と見上げる彼女の瞳に灯った闘志に、沖野は僅かに息を飲んだ。

 

 

「うん、やっぱりこの走り、ボクの走り方に比べたら全然大したことないよ!」 

 

 

 沖野は、そう言い放つ彼女の強気な笑みに、ぽんと頭に手を載せることで応えて。

 それから、小さく目を閉じて考えた。

 

 ――タイムそのものは、トウカイテイオーの方が上だ。

 

 ただ。

 

「さらば、俺の睡眠時間」

 

 一見して意味の分からない呟きに、首を傾げる二人をおいて。

 

 スペシャルウィークの大事な時期とはいえ、トウカイテイオーにもっと力を注ぐ決意を固めたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空は快晴。雲一つない青空の与えてくれる爽快感と満ち足りた心地を、青年は一人かみしめていた。

 

 随分と晴れやかな気持ちで、少しの間ぼんやりしていると、芝を踏みしめる音がする。

 

「トレーナーさん?」

「お、来たな」

「そりゃ来ますとも」

 

 少し、その可愛らしい瞳を強気の吊り目にしてみせて。

 それから彼女は、ふふ、と笑みを零した。

 

「ごめんごめん、なんだろね今のやり取りは」

 

 ただ、言葉を交わしたい。それだけのようにさえ感じてしまった少女にとっては、少し照れくさかったのかもしれない。

 

 しかし、相手のトレーナーさんはといえば。

 片眉を上げて、それから愚痴るように言った。

 

「いや嬉しいぜ? 来るのが当然と思われているうちが、トレーナーの華ってもんよ」

「え?」

「そりゃそうだろ。担当が俺の作るメニューをやりたいと思ってくれなきゃ、来る理由もねえんだぜ? 世間的な大スターにとって、自分の練習に付き合うトレーナーなんざ選り取り見取り。翻って単なるいちトレーナーは、担当に対する強制力も無ければ、ウマ娘と契約を結んでるわけでもねえんだ」

「……」

「漫画家と編集者とかの関係に近ぇな。俺が務めてるのはあくまで中央トレセン学園であって、お前に雇われてるわけじゃねえ。スターが嫌だといえば、面倒な手続きなしで、中央トレセン学園がトレーナーの首を挿げ替えるだろうさ」

 

 それは、ひょっとしたらあるかもしれない未来の可能性――というようにそのトレーナーさんは語ってみせた。

 

 けれど、その瞳はむしろ過去をこそ語っているように見えた。

 

 少女は少し眉を下げて、言葉を選ぶように逡巡した。

 

 トレーナーに対する同情心もある。自分はそんなことをしないという自負もある。

 

 ただ一方で、ふと気づいた。

 

 そんな愚痴を言う自分のトレーナーがあまりにも珍しいと。

 

 そして気付いてしまえば、むしろ少し嬉しくて。

 

「……じゃあ、アタシと個人的に書類でも交わしますかね? 甲は乙のこれからを見守るものとする……なんて」

 

 そう言ってみせると、彼は一瞬驚いたように目を丸くした後、

 

「はっ。何言ってんだ未成年が」

 

 と笑った。その瞳に僅かな嬉しそうな感情が滲んでいることに気付くと、少女の胸の内に温かいものが灯る。

 

「アタシは、アタシを選んでくれたトレーナーさんと、これから頑張りたいからさ。その気持ちは変えたくないし、ずっと持ってたくて……」

 

 そう、目の前のトレーナーの愚痴に対して、自分のありったけで応えてあげようとして――はた、と止まる。

 

 なんか結構すごいこと口走ってないか???

 

「――ってぇ!! これはあれですかね!! この前の話で言ってくれたよーに、あえて愚痴を言ってくれることでアタシのやる気を出してくれる的確な台詞というやつですかね!! あはは!!」

 

 あーもー!!と内心で叫びながら、そもそも何に対してそう喚いているのかも分からない三頭身ねいちゃたち。

 先に口走ったことへのそれか、それともここで誤魔化してしまったことか。或いは――なぜ、誤魔化してしまったことを悔やんでいるのか、に掛かっているのか。

 

「さあな」

 

 肩をすくめて、神谷は優し気な笑みを見せながら。

 どうしてここまで取り乱している担当ウマ娘の前で、そんなに冷静なのかと言ってやりたそうなジト目を受けて、彼は視線を青空に投げる。

 

「ただ、それを知ったお前はせめて……たとえそうなったとしても俺に断りの一言くらいはくれるかなと思ってな」

「……別に、そんなことしませんから」

「そうか」

「ん。だからなんの意味もないよ」

「……そうか」

 

 柔らかな笑みに、頷く。

 彼女の、照れが残った少し赤い頬だけは、ごまかしようもないけれど。

 

「さて、じゃあ今日も始めるか。若駒ステークスに向けて――正直、大変なことになってるからな」

「大変?」

「ああ」

 

 そう言った彼が見せるスマートフォンには、大きな見出しと共に書かれた記事。

 

 月刊トゥインクルの12月は、有記念やホープフルSで埋め尽くされるのが本来だ。

 だがその中で異彩を放つ見出しが一つ。

 

 そしてそこには、12月にメイクデビューでの勝利を挙げた二人のウマ娘が取り上げられていた。

 

 

 

 12月初めに、来年度クラシックの大本命がついに発進。無敵のテイオー伝説、無敗の三冠王をこのトゥインクルシリーズに宣言した得意満面のトウカイテイオー。

 

 そして、もう一人は。

 

 12月中旬に、そのトウカイテイオーをも凌ぐタイムでの大差勝利を挙げクラシック路線に挑む無名の怪物。ただ一言、次も勝つと告げた鉄面皮のナイスネイチャ。

 

 ――硬い表情の正体を緊張と知る者の少なさが、吉と出たか凶と出たか。

 

 いずれにせよ、その対照的な雰囲気と来期激突必至の状況に、記事やそのコメント欄が熱を上げている。

 

 

 記事のタイトルは、『両雄邂逅の若駒ステークス』

 

 

「――テイオー様の隣に並ぶ気分はどうだ?」

「ぁ……」

 

 思わず呟く少女――ナイスネイチャの胸の内に、熱いなにかがこみ上げてくる。

 

 見出し画像を二つに割る少女二人。

 対になるのは、あのトウカイテイオーと、そして。

 

 

 

「……たい」

「ん?」

「……たい、ね」

 

 

 ぽつり、ぽつり。

 声にならない声を、絞りだすようにして、ナイスネイチャはゆっくりと顔を上げた。

 

 たったこれだけのこと。まだメイクデビューを終えたばかり。

 評価というものはきっと、これからの走りで決まっていくと分かっていて、自分がどれだけ頑張れるかという恐怖心も、じくじくと胸を刺しているのに。

 

 それでも。

 画面を見せてくれた、自分のものではない大きな手があって。

 そっと背中を押してくれる、今も隣に感じる熱があって。

 

 彼女は、ともすればその画面を見ただけでこれまでの万感の思いがこみ上げて泣きそうになるのを、ぐっと堪えて笑った。

 

 笑って、トレーナーさんを見上げて言った。

 

 

 ――隣に並んだ気分はどうだ?

 

 それはとても。

 

 

「――抜きたいね」

 

「はっ。それでこそだ」

 

 

 

 さあ。

 

 

 

 今日も練習を始めよう!

 

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