「よもやこんな鬱陶しい場所を『王の宴』に選ぶとは。
それだけでも底が知れるというものだ。
王たる我に、わざわざ足を運ばせた非礼をどう詫びる?」
港で見せた傲岸不遜ぶりはそのままに、吐き捨てる様にそう言うアーチャーに、自分の拠点を馬鹿にされたセイバーは一瞬眉を顰める。
「まあ、そう固いことを言うでない。
ほれ、貴様も駆けつけ一杯。」
そんなアーチャーの言い草を気にすることなく気さくにイスカンダルは柄杓を差し出す。
それを受け取ったアーチャーはこれまでの3人同様に中身を飲み干す。
だが、その反応は違う。
「何だ、この安酒は。
こんな物で本当に英雄の格が量れるとでも思ったか?」
一杯飲み干したところでアーチャーは顔を顰めながらそう言い、柄杓をライダーに向けて放り投げる。
「そうかぁ?
この街の市場で仕入れた中じゃ中々の逸品なんだがなぁ。」
自らも味をみて買った酒をアーチャーにその様に言われたイスカンダルは頭を掻きながらそう言う。
「そう思うのは、お前が本当の酒というものを知らぬからだ。
雑種めが。
見るが良い。
そして思い知れ。
これが王の酒というものよ。」
そう言ってアーチャーは小さな波紋を手の上に作り出し、地面に向ける。
その中からは酒が入っていると思われる黄金の酒器が出て来る。
「ではグラス程度は私がやらねばな。」
それを見たキャスターは人差し指を立てるとふい、と軽く振る。
すると虚空から細かな彫刻の入った透明なグラスが4つ現れる。
「ほう、こりゃあ重畳。」
「空気中の水分を集めて作った溶けない氷のグラスだ。
素手で触れても、冷たくて持つ手が不快になるなどという事もない。」
空中に浮くグラスをライダーが4つ纏めて手に取り、その中にアーチャーの出した酒を注いで行く。
注いだそれを全員に手渡す。
「ふん、急拵えである事を考えればこの程度が関の山か。」
アーチャーの文句は最早そう言う物であると理解しているので受け流し、酒に口をつける。
そして全員がその味に目を見開く。
「っほぉ!
美味い!」
感嘆の声を上げたのはイスカンダルだ。
生前では多くの土地を征服して来たその征服王、むろん、その土地毎に振る舞われる食事や酒も例外なく平らげて来たその経験をもってしても、アーチャーの酒に匹敵する様な物は無かった。
それは最後の神代とも言えるブリテンにいたセイバーとキャスターも同じであり、声こそ上げぬものの、イスカンダルと同様に舌鼓を打っている。
「当然であろう。
酒も剣も、我が宝物庫には至高の財しか有り得ない。
これで王としての格も決まった様なものであろう。」
その様子に気を良くしたのかアーチャーは上機嫌に話し出す。
だが、最後に放ったその言葉は王である他2人は到底看過できる物では無かった。
「ふざけるなアーチャー。
酒蔵自慢で語る王道なぞ聞いて呆れる。
戯言は王では無く、道化の役割だ。」
「フッ、さもしいな。
宴席に酒も興せぬような輩こそ、王には程遠いではないか。」
セイバーの言葉を鼻で笑い、アーチャーは挑発する。
王族であるだけのモルガンは口を挟まずにその様子を肴に酒を飲んでいる。
「こらこら、双方とも言い分がつまらんぞ。」
それを仲裁したのはイスカンダルだ。
「アーチャーよ、貴様の極上の酒はまさしく至高の杯に注ぐに相応しい。
だが、生憎と聖杯は酒器とは違う。
これは聖杯を掴む正当性を問うべき聖杯問答。
まずは貴様がどれほどの大望を聖杯に託すのか、それを聞かせてもらわなければ始まらん。
さて、アーチャー。
貴様はひとかどの王として、ここにいる我ら3人をもろともに魅せるほどの大言が吐けるのか?」
「仕切るな雑種。
第一、聖杯を『奪い合う』という前提からして理を外しているのだぞ。」
「うん?
そりゃ一体どう言う意味だ?」
イスカンダルに問われたアーチャーは己の考えを語り始める。
「そもそもにおいて、アレは我の所有物だ。
世界の宝はひとつ残らず、その起源を我が蔵に遡る。
いささか時が経ちすぎて散逸したきらいはあるが、それら全ての所有権は今もなお我にあるのだ。」
「ほう、では貴様は昔聖杯を持っていた事があるのか?
アレがどんなものなのか正体を知っていると?」
「昔では無い、今も我が宝物庫に収まっておるわ。
聖杯と呼ばれる願望機、その起源たるウルクの大杯。
そして、そこから派生した物が数個。
この地にあるという聖杯もまた『宝』であるのなら、その所有権は起源を持つ我にこそある。
それを勝手に持ち去ろうなど、盗っ人猛々しいにも程がある。」
「……成る程、気になる点は幾つかあるが強ち暴論とも言い難い。
そして今ので漸く貴様の真名に予測がついた。」
最初に口を開いたのはキャスターだ。
アーチャーの言うことに一定の理解を見せた上で更にはその真名に言及する。
「ほう?
ならば申してみるが良い。
だが、外したその時はその不敬の罰に貴様の首を刎ねるぞ。」
「では、お望み通り聞かせてやろう。
全ての財は貴様の蔵に起源を遡ると言ったな。
神話に語られる財宝というのはより古い神話に出て来る財宝を元にして形作られる。
それら全ての起源となると言うのなら貴様が語られる英雄譚は世界最古のものであると考えられる。
古代メソポタミアにおいて紡がれた『エヌマ・エリシュ』がそれにあたる。
それにおいて王として語られる者と言えば1人のみ。
そうだろう?
世界最古の英雄王、ギルガメッシュ。」
アーチャーから放たれた殺気をものともせずにキャスターは己の推理を話した。
それに対するアーチャーは
「如何にも。
我こそがウルクを治めた王、ギルガメッシュである。
初めて貴様らの前に立った時は、我の名を知りもせぬ英雄とは到底呼べぬ様な愚劣どもしかおらんのかと失望したものだが……どうやらそうでは無かった様で安心したぞ?」
肯定した。
そのリアクションにイスカンダルはやはりな、と納得を示し、セイバーは目を見開く。
完全に蚊帳の外だったマスター3人の内の2人、アイリスフィールとウェイバーはその真名に驚きと動揺を示し、残る1人、カイは弱点らしい弱点が無いその英雄をどうやって攻略すべきかを考え始める。
「ふむ、では話を戻すが英雄王よ。
聖杯が欲しければ貴様の承諾を得られれば良いと、そういうことか?」
「然り。
だがお前らの如き雑種に、我が報償を賜わす理由はどこにもない。」
「貴様、もしかしてケチか?」
「たわけ。
我が恩情を与えるべきは我の臣下と民だけだ。
故にライダーよ。
お前が我が元に下るというのなら、杯の1つや2つ、下賜してやっても良い。」
真名の割れたアーチャー、ギルガメッシュはその事を一切気にする事なくイスカンダルの問いに答える。
だが、その答えは今までの暴論とも言えるものとは違い、その場にいる全員が納得できるものであった。
「……そりゃあ、出来ん相談だわなぁ。」
答え自体は納得できるものだっただけあり、イスカンダルも少し返答を溜めてから言った。
「でもなぁ英雄王。
貴様、べつだん聖杯が惜しいってわけでもないんだろう?
何ぞ叶えたい望みがあって聖杯戦争に出てきたわけじゃない、と。」
「無論だ。
だが我の財を狙う賊には然るべき裁きを下されなければならぬ。
要は筋道の問題だ。」
「そりゃ、つまり……」
イスカンダルはそこで一旦言葉を切り、酒で喉を潤してから再度問いかける。
「つまり、何だアーチャー。
そこにどんな義があり、道理があると?」
「法だ。
我が王として敷いた、我の法だ。」
ギルガメッシュの答えは実にシンプルなものであった。
それ故に完全に納得でき、尚且つ共感できるものであった。
「完璧だな。
自らの法を貫いてこそ、王。
だがな~、余は聖杯が欲しくて仕方がないんだよ。
で、欲した以上は略奪するのが余の流儀だ。
なんせこのイスカンダルは征服王であるが故に。」
「是非もあるまい。
お前が犯し、我が裁く。
問答の余地などどこにもない。」
「応ともよ。
であれば後は剣を交える他あるまいて。
……とはいえそんな事は後でも出来る。
酒の席で剣を振り回すほど無粋な真似はあるまい。」
イスカンダルがニヤリと笑いながらそう言えばギルガメッシュも薄く笑って言外に同意する。
2人は同時に酒を呷った。
空になった2つの杯に酒を注ぐイスカンダルに今度はセイバーが問いかけた。
「征服王。
貴様がそうまでして聖杯に望むものとは何だ?」
それは当然の問いであったし、そもそもそれを話し合う為にイスカンダルが開いた聖杯問答だと言うのに、イスカンダルは照れ臭そうに笑った後、注いだ酒を一口飲んで語った。
「……受肉だ。」
その予想外の答えに2人を除いてその場にいた全員が一瞬首を傾げた。
「お、おお、お前!
望みは世界征服だったんじゃっ」
その例外であるウェイバーはイスカンダルに詰め寄ろうとして、デコピンで弾かれた。
その扱いは憐れと言う他ない。
「馬鹿者。
たかが杯なんぞに世界を獲らせてどうする?
征服は己自身に託す夢。
聖杯に託すのは、あくまでそのための第一歩だ。」
「雑種、よもや貴様、そのような些事のために我に挑むのか?」
呆れと苛立ち混じりにギルガメッシュが問いかければ、イスカンダルはあくまでも真面目に答える。
「あのなぁ、いくら魔力で現界しているとはいえ、所詮我らはサーヴァント。
この世界においては奇跡に等しい、言うなれば……そう、冗談みたいなものだろう?
貴様らはそれで満足か?
余は不足だ。
余は転生したこの世界に1個の生命として根を下ろしたい。
何故ならそれが、征服の基点だからだ。
身体1つの我を張って、天と地に向かい合う。
それが征服という行いの総て。
そのように開始し、押し進め、成し遂げてこその我が覇道。
そのためにはまず、誰に憚ることもなく、このイスカンダル只1人だけの肉体を手に入れる。
それが余の聖杯に託す願いの全てよ。」
最初に答えた時とは裏腹に堂々と胸を張ってそう語るイスカンダル。
その堂々たる姿にその場にいる殆どは何かしら胸を打たれるものがあった。
「決めたぞ、ライダー。
貴様はこの我が手ずから殺すこととしよう。」
「フフン、今さら念を押すことでもなかろうて。
余もな、聖杯のみならず、貴様の宝物庫とやらを奪い尽くす気でおるから覚悟しておけ。」
口を開いたギルガメッシュが宣戦布告、否、処刑宣言とも聞こえるその台詞を吐けば、イスカンダルは不敵な笑みを以って答えた。
「……では次は私が語らせて貰おう。
とはいえ、願いは被ってしまったがな。」
ここまでギルガメッシュの真名を当てた時以外では静かに酒を飲んでいるだけだったキャスター、モルガンが名乗りを上げた。
「ほう、つまりは貴様も余と同じ。」
「然り、私は受肉を求める。」
その答えに驚きを示したのはセイバーだ。
「待てキャスター!
お前の願いは私達への復讐やブリテンの支配では無いのか!?」
「おいおいセイバー。
貴様らの因縁は知らんが少し落ち着かんか。」
怒鳴る様にセイバーはキャスターに問いかける。
その様子にイスカンダルはセイバーを宥めようとし、セイバーも少し落ち着いたところでキャスターが答えた。
「酒の席でみだりに騒ぐな。
だがセイバー、その問いに答えよう。
そんなものは最早どうでも良い。」
「どっ!?
ふざけるな、キャスター!
貴様は自分が行った悪虐を無かった事にしようとでも言うのか!?」
完全に想定外の答えに一瞬落ち着きかけたセイバーは更にヒートアップする。
「認識が違うな愚妹。
無かった事にするのではない、既に終わった事なのだ。」
その答えに今度こそセイバーの頭は真っ白になった。
これまでの聖杯問答でセイバーは王として自らの法を守りに来たギルガメッシュ、王として未来に新たな夢を築きに来たというイスカンダル。
2人の答えを聞いて自身の願いは間違っていないだろうか、と僅かに、ほんの僅かにだけではあったが揺らいでしまった。
すぐに間違っているわけが無いと持ち直したものの、その理由の内には無意識のうちにモルガンが円卓への復讐、もしくはブリテンの支配という過去への願いを持っているだろう、という希望的観測があった。
仇敵ではあるものの、今は同盟を組み共に戦う間柄。
聖杯に求める願いが同じ様なものであると勝手に共感していたセイバーは梯子を外された様に感じ、更には自身の願いの否定とも取れるその言葉も相まって完全に思考が一時停止してしまった。
それを何とかしたのはイスカンダルだ。
セイバーの目の前でパァンと手を叩き、一瞬ビクッとして思考停止から戻ってきたセイバーと目を合わせる。
「何をそんなに驚いているかは知らんがな、呆然として話を聞かんのはいただけんぞ。
貴様にも主張があるんだろうが、今はキャスターが語る番よ、しっかりと聞いておけ。」
自身が恥を晒した自覚はあるのだろう。
セイバーは縮こまる様にその場に座った。
「まあ、愚妹の驚きは分からんでも無い。
私とて初めはブリテンの支配を願いにしようと考えていた。
だが、我がマスターと話して、案外そこまで執着していない事に気が付いた。
だから先ずは己が願いを見定めようとした。
そして私の願いはマスターと共にある事、たったそれだけである事に気が付いたのさ。
だからこその受肉だ。」
「ほほう?
そりゃあ、つまり貴様は己のマスターを愛していると、そういう事か?」
「その通りだ。」
「ブッハハハハハハハ!!!
おい、キャスターのマスターよ!
貴様、随分と良い女を捕まえよったな!?
その手練手管は余も気になるぞ!」
堂々と言うキャスターの言葉に問いを投げたイスカンダルは呵々大笑する。
セイバーは最早驚きすぎて口をパクパクさせており、ギルガメッシュは不機嫌そうに酒を呷り、間抜け面を晒すセイバーに笑う。
イスカンダルに話しかけられたカイは肩をすくめ、アイリスフィールは突然降って湧いた恋バナに興味を示すが、セイバーの驚き様も気になって何とも言えない表情をしている。
初心なウェイバーは関係無いはずなのに顔を赤くしていた。
「いやはや、しかしそうなると気をつけねばな。
追い込まれた手負いの獣と愛に殉じると決めた女ほど油断ならないものはあるまい。
とはいえ、余が貴様らを倒してしまっても恨んでくれるなよ?」
「やれるものならな?」
「フフン、貴様との対決も中々に楽しめそうよ。
さて、と。
セイバー、貴様が最後だ。
我らに負けず劣らずな願いを期待するぞ。」
何とか驚きから戻って来ていたセイバーにイスカンダルが話を振った。
次回、聖杯問答の本番(セイバーさんフルボッコ)