「……私の願いは故国の救済だ。
万能の願望機を以ってして我が故郷、ブリテンの滅びの運命を変える。」
セイバーの口から語られるその願い。
それが聞こえた瞬間に何処となくあった楽しげな雰囲気が消え去る。
痛いほどの沈黙を破ったのはこれまたイスカンダルであった。
「なぁセイバー、否、キャスターの真似事では無いが余も貴様の真名に当たりがついたのでこう呼ばせて貰おうか、騎士王よ。
貴様、運命を変えると言ったか?
それはつまり、歴史を覆すと?」
宝具すら見せていないのに自身の真名が割れた事に動揺するセイバー。
だが、当然と言えば当然である。
セイバーの剣は不可視である。
セイバー自身は高潔な武人である為、ただ間合いを測らせない為だけに剣を不可視にするとは考えにくい。
そのため考えられるのは2つの理由。
1つ目は剣そのものに『透明』という逸話がある事。
もう1つは剣そのものがセイバーの真名に繋がるほどに有名である事。
そして、セイバーが口にしたブリテンという国の名前。
ブリテンを治めた王の中で、その者が持つ剣がずば抜けて知名度が高いとなれば思い当たる英雄は1人のみに限られる。
それ即ち円卓の騎士王、アーサー・ペンドラゴン。
元よりライダー、イスカンダルは能天気な所はあれど王であり、数々の国を征服した覇者である彼の頭の回転が遅い筈がない。
アーサー王が女性であったなどというミスリードはあれど、イスカンダルは元々破天荒で常識に囚われない男。
真実に辿り着くのは必定であった。
それにより自ずと自身の真名も明らかになったキャスターは妹であるセイバーの巻き添えをくった事に溜め息を吐きつつ、場を静観する。
「その通り。
本来ならば奇跡が起こっても成し遂げられぬだろう。
だが、聖杯が真に万能の願望機であるのなら可能なはずだ。」
その言葉に対する反応は様々だ。
イスカンダルはどこか困った様に頬を掻き、ギルガメッシュは如何にも面白いものを聞いたと言わんばかりに笑い出し、モルガンは半ば睨みつけるかの様に目を細めた。
「あーー、つまり何だ。
騎士王、貴様はよりにもよって自らが歴史に名を刻んだ行いを否定すると?」
「そうだ、何故それを訝しみ、笑う!?
剣を預かり身命を捧げた故国が滅んだのだ。
それを悼むのがどうしておかしい!?」
「おいおい聞いたかライダー。
この騎士王と名乗る小娘はよりにもよって故国に身命を捧げたのだとさ!!」
「笑われる筋合いがどこにある!?」
イスカンダルが確認のためにもう一度聞き、それに対するアルトリアの答えにアーチャーは堪え切れずに大声をあげて笑い出す。
「王たる者ならば、身を呈して治める国の繁栄を願い、破滅から国を守る筈だ!」
「いいや違う。
王が捧げるのではない。
国が、民草がその身命を王に捧げるのだ!
断じてその逆ではない!」
「何を……!?
それは暴君の治世ではないか!!」
「然り。
我らは暴君であるが故に英雄だ。
だがなセイバー。
自らの治世を、その結末を悔やむ王がいるとしたら、それはただの暗君だ!
暴君より尚始末が悪い。」
「イスカンダル。
貴様とて、世継ぎを葬られ、築き上げた帝国は三つに引き裂かれて終わったはずだ。
その結末に貴様はなんの悔いもないというのか?」
「断じてない!
余の決断、余に付き従った臣下達の生き様の果てに辿り着いた結末であるならば、その滅びは必定だ。
悼みもしよう。
涙も流そう。
だが決して悔やみはしない。」
これまでは仲裁側に回ってきたイスカンダルが珍しくヒートアップしてアルトリアの言う事を真っ向から否定していく。
「ましてそれを覆すなど!
そんな愚行は余と共に時代を築いた全ての人間に対する侮辱である!!」
「滅びの華を誉れとするのは武人だけだ!
力無き者を守らずしてどうする!?
正しき統制、正しき治世。
それこそが王の本懐だろう!」
「で、王たるお前は正しさの奴隷か?」
「それでいい。
理想に殉じてこそ王だ。
征服王。
我が身の為だけに聖杯を求める貴様には分かるまい。」
「無欲な王など飾り物にも劣るわい!!」
アルトリアの言葉が癇に障ったのかイスカンダルが怒鳴る。
「セイバーよ。
理想に殉じると貴様は言ったな。
なるほど、往年の貴様は清廉にして潔白な聖者であった事だろう。
さぞや高貴で侵し難い姿であった事だろう。
だがな、殉教などという荊の道に一体誰が憧れる?
焦がれるほどの夢を見る?」
征服王が語り出すその言葉にアルトリアの眼に迷いが生まれる。
それもそのはず、思い当たるフシなど幾らでもあった。
「王とはな、誰よりも強欲に、誰よりも傲笑し、誰よりも激怒する。
清濁を含めて人の臨界を極めたる者。
そうあるからこそ臣下は王を羨望し、王に魅せられる。
一人一人の民草の心に我もまた王たらんと憧憬の火が灯る。
騎士道の誉たる王よ、確かに貴様が掲げた正義と理想は一度国を救い臣民を救済したやもしれん。
だがな、ただ救われただけの連中がどういう末路を辿ったか、それを知らぬ貴様ではあるまい。」
ブリテンの最後。
カムランの丘の戦い。
国は滅び、民は兵と化し屍の山を築き、その頂点に1人生き残ったアルトリアが見るのは地平線まで血と亡骸で埋め尽くされた光景。
その光景そのものがイスカンダルの言う事を肯定する。
「貴様は臣下を救うばかりで導く事をしなかった。
王の欲の形を示すこともなく、その正しさの為に臣下を犠牲にし
道を見失った臣下を捨て置き
ただ一人で澄まし顔のまま、小綺麗な理想とやらを想い焦がれていただけよ。
故に貴様は生粋の王などではない。
己の為ではなく、人の為の『王』という偶像に縛られていただけの小娘にすぎん。」
正しくその通りだった。
理解も納得も出来るはずのその言葉を、しかしアルトリアは認める事が出来ない。
認めてしまえば全てが無駄になる。
民や臣下の信頼も尊敬も献身も、見捨ててしまった者たちの犠牲もそれに対する後悔も、自らが成してきた栄光も繁栄も、その裏にある誤ちも何もかも。
全て、全てをブリテンを救う為だけに捧げてきた。
その全てが無駄になってしまう。
だからこそだろう、相容れない仇敵の筈の姉に、この場にいる唯一の同郷の者に助けを求める様な目を向けてしまった。
「……征服王、確かに貴様が言う事は正しい。
この愚妹は正しさという鎖に囚われた阿呆だ。
だが、それなら貴様は夢という海に溺れた大馬鹿だろう。
馬鹿が阿呆を叱る道理などあるまい。
そも前提条件からして違うのだ。
治めた国も時代も環境も価値観も民も立場も何もかもが違う。
浅い理解で文句をつけるのは愚図のやる事だろう。」
「大馬鹿か。
確かにそうかもしれん。
貴様の言う事も分かる。
だが、セイバーの言う事だけは間違いだ。」
「だから正しいと言っているだろうが。
私が言いたいのは言葉に説得力が無いと言う事だ。
貴様とて貴様を何も知らん外野が貴様がやった事は間違っている、などと言っても聞く耳貸さんだろう?
この愚妹は真面目も真面目だから貴様の言う事を聞いてるがな。
そして私も愚妹の言う事には否定を返そう。
とはいえ、その理由は私は王では無い故に全く違うがな。
ブリテンという国の滅びは決して覆らぬ運命の上に成り立っている。」
その言葉はイスカンダルとは別の意味でのショックをアルトリアに与える。
どうやり直しても滅びという運命は定まっている。
それもまた、アルトリアにとっては決して受け入れる事の出来ない言葉だった。
「愚妹、貴様も覚えがあるだろう。
ヴォーティガーンと私というブリテンを滅ぼそうとするブリテン島の意思。
聖都キャメロット以外の荒廃。
サクソン共による侵略。
どう抗おうが滅びの運命だけは覆せん。」
「そん……な……」
仇敵らしからぬ諭す様な言葉、嘘だとは思えない身に覚えのある事実。
嘘だ、と言いたかった。
相手は国の滅びを呼び寄せた魔女だ、聞く耳を貸す理由などない筈だ、と。
「……なんだその情けない顔は。
まさか滅ぼした側の私に慰めて貰えるとでも思ってたのか?
もしそうならば貴様は王でも騎士ですらも無い。
知らぬ土地に放り出され迷っただけのただの小娘だ。」
「フ、フフハハハハハ!!
ハッハッハッハッハハハハハハ!!
ハァ、いや中々の見世物であった。
騎士王とやら、貴様が臣下であれば道化として迷わず褒賞を与えるところであったぞ。
貴様のその身に余る王道を背負い込み、苦しみに足掻くその苦悩、その葛藤。
慰みものとしてはなかなかに上等だ。
これからも励むが良い。」
ギルガメッシュが突然笑い出したかと思えば、完全にアルトリアを馬鹿にしていた。
それどころか王としてではなく、道化と言われる。
イスカンダルには願いを否定され、モルガンには願いのその先を閉じられ、ギルガメッシュには最早王どころか英雄としても見られていない。
頭の中でぐるぐると思考が回る。
どうすれば良いか分からない。
何が間違いで何が正解なのか見当もつかない。
「……ところで、だ。
征服王、アレを招いたのは貴様か?」
唐突に話を変えたのはモルガンだ。
その目はアインツベルン城の屋根の上に向いている。
誰の事を言っているのかと思ったマスター達とアルトリア、イスカンダルが目を向ければ屋根の上に黒い人影が立っている。
髑髏の仮面をつけたその人物は
「ウソ!?
アサシン!?」
アイリスフィールが叫ぶ様にそう言う。
既に敗退した筈のアサシンが、全く結界にも反応せずいつの間にか自身の拠点にまで入り込んでいたのだ。
その驚きと動揺は尤もである。
そしてそのアイリスフィールの台詞と同時に、アサシンと思われる人物がその隣にまた現れる。
それを皮切りに中庭を囲む様に何十人もの髑髏仮面の黒衣の人物が次々とその姿を現す。
「いんや?
だが、我らの酒の席に交じりたいと言うのであれば歓迎せねばなるまい。
アサシン!
もし我らと語り合いたいと言うのであればここに来て座るが良い。
そして極上の美酒と言葉を交わそうではないか!」
アサシンの答えはイスカンダルの目の前に投擲されたナイフだ。
「ふむ、それが答えかアサシン。
では、これより貴様らは酒宴を荒らしに来た愚か者、敵である。
セイバー、キャスター、そしてアーチャーよ。
何だかんだ語ったが、言葉だけでは伝えられぬものもあろう。
故に、今ここに我が宝具を以って余の王道を見せてやろう。」
ライダーを中心として魔力が吹き荒れる。
その内には砂が混じっており、視界が潰される。
「これは……固有結界の展開か。」
最初に反応したのは生粋の魔術師であるキャスター。
即座に宝具の正体を見極めた。
「如何にも!
無論、魔術師でも何でも無い余1人ではこんな事は出来ぬ。」
世界は塗り替わる。
真夜中のアインツベルンの中庭から見渡す限り何も無い昼の砂漠へと。
「この地はかつて余とその軍勢が駆け、等しく心に刻み込んだ風景。
これを展開、維持できるのは我ら全員の心象風景であるからよ!」
その地平に次々と兵士が召喚されていく。
その全てがサーヴァントであり、その数は最早数えきれぬほどにまで増えていく。
「見よ、我が無双の軍勢を!
肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち。
時空を越えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち。
彼らとの絆こそ我が至宝!
我が王道!
イスカンダルたる余が誇る最強宝具『
その宣言と共に、兵士達が雄叫びを上げる。
声だけで大気が震え、グラスに入っている酒の水面が揺らぐ。
イスカンダルは寄ってきた黒馬、自身の相棒たるブケファラスに跨る。
「王とは!!
誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!」
『然り! 然り! 然り!』
「すべての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが、王!
故に王は孤高にあらず!
その意思は、すべての臣民の志の総算たるが故に!」
『然り! 然り! 然り!』
イスカンダルが己の王道を語れば、臣下である兵士達は声を揃えてそれを肯定する。
それは正しくイスカンダルの言う通り、彼と彼の臣下達の絆が本物である事を示している。
「さて、では始めるかアサシンよ。
見ての通り、我らが具象化した戦場は平野。
生憎だが、数で勝る此方に地の利はあるぞ?」
その様子にアサシン達は狼狽え、怖気を見せる。
イスカンダルが剣を抜き、掲げる。
「蹂躙せよォォォォ!!!」
ブケファラスに乗ったライダーが剣をアサシンに向け、駆け出す。
それに続く様に兵士達も雄叫びと共にアサシンへと走り出す。
それを見たアサシン達の反応はまちまちだ。
絶望して抵抗を諦める者、怖気づいて逃げ出す者、せめてとばかりに最後の抵抗をする者。
だが、生粋の兵士達に正面きっての戦いで敵うはずもなく、次々に討ち取られていく。
そして僅か数分。
アサシン達は1人残らず殺された。
それを確認したイスカンダルは軍勢の中心で声を上げる。
「勝鬨を上げよォ!!」
軍勢が勝利の雄叫びを上げる。
それと同時に、固有結界は解けていき、元のアインツベルン城の中庭へと戻った。
「……さて、今宵はここまでか。
なぁ小娘よ。
いい加減にその痛ましい夢から醒めろ。
さもなくば貴様は、いずれ英雄としての最低限の誇りさえも見失う羽目になる。
貴様の語る『王』という夢は、いわばそういう類いの呪いだ。」
アインツベルン城に戻った後、イスカンダルは聖杯問答の終わりを告げる。
憐れむ様な目でアルトリアに忠告し、チャリオットを召喚して自身の持って来た樽を積み込む。
自身のマスターの首根っこを捕まえて放り込み、自身もチャリオットに乗り込んだ。
「ではさらば!
次は戦場で相見えよう!」
そう言ってイスカンダルはチャリオットで空を駆け去って行った。
「まあ、暇潰しには良い見世物であった。
ではなセイバー。
貴様のその道化っぷり、次に我の目の前に立つまでに更に磨いておくが良い。」
続いてギルガメッシュがそう言い放って霊体化し、去って行った。
モルガンはアルトリアの顔を一瞥するとチッと1つ舌打ちしただけで何も言わずに立ち去った。
アルトリアは1人、どうすれば良いか、どうするのが正解なのか分からずにその場に佇んでいるばかりだった。
「私は…………一体……どうすれば……」
ふぅ、書き終えたぜ
zeroではまだ願いは故国の救済だから最早過去に何の未練もないモルガン様は「別に願い自体はどうでも良いけど無理だ」と現実を突き付けるだけです(願いが選定のやり直しならガチギレする)
内心、余りにも情けないアルトリアに苛々してたりする
この作品のモルガン様はアルトリアの厄介オタク(本人否定)です
後、イスカンダルがアルトリアの真名当てた件については原作でもイスカンダルはほぼヒント無しのこの時点でギルガメッシュの正体を何となく察していたので普通に可能だと判断しました
ぶっちゃけ剣を隠している事自体がヒントになるからね、仕方ない