男は悩んでいた。
悩みの種は間桐邸からキャスターが攫って来た女の子、間桐桜である。
何が琴線に触れたのか、モルガンは女の子の事をいたく気に入っている様だ。
それが子供としてなのか、将来有望な魔術師の卵としてなのかは分からないが、今のところは結構甘やかしている。
今まではシャワーだけだった浴場モドキもいつの間にか湯船を増設して一緒に入ったりしていた。
とはいえ、考えなければならない事もある。
例えば学校。
聖杯戦争中だろうが、それを知らない一般人は最近やけに物騒な事に警戒するだけで日常生活は続いていく。
故に桜にも学校がある。
だが、学校に持っていく道具やらは全てあの地下から穴の空いた間桐邸にある。
それは男とモルガンが取って来たが、まだ人払いの魔術もできない子供に下水道から登下校されては色々とマズい。
なので、間桐の当主だという飲んだくれの男と話をつけた。
間桐邸の穴は地下室にガスが溜まって爆発して出来たものであり、その時に桜は怪我をしてしまった。
幸い大きな外傷は無いが、頭に瓦礫を受けてしまった上に、最近は物騒なので街の外の大きな病院に入院させている、というカバーストーリーだ。
飲んだくれの男もどうすべきなのか分からなかった様なので一も二もなくその話に乗った。
これで一般人からの余計な横槍が入る事は無くなった。
こうして1つ問題を片付けた。
とはいえだ、もしまた誰かに拠点を襲われた場合、足手纏いにしかならない子供を守らなければならないというハンデが出来た。
未だに残るサーヴァントも半分を切っていなければ、その内4騎は真名からして最上位のサーヴァント。
唯一真名の分からないバーサーカーもセイバーとキャスターを同時に相手取って、大きな傷もつけられぬまま2回も逃げられた。
この事からその実力は決して侮れないと分かる。
さて、ここからどう動くべきなのか。
一方その頃、冬木教会
言峰綺礼によって間桐邸から連れ去られた雁夜は教会の一室にて綺礼の手によって治療を受けていた。
「なあ、何だって俺を助けた?」
「ここが神の家で、私が聖職者だからだ。
聖杯戦争中だろうと助けを求めて教会に来た者には助けは施される。」
「そうじゃない!
それだとアンタが間桐の庭から俺を連れ去った理由にはならないだろ!」
間桐邸で切嗣に襲われた雁夜はその先日に受けた傷に苦しみながらも応戦していた。
間桐邸を直接襲われた事もあって臓硯も重い腰を上げて応戦に参加し、侵入者である切嗣を庭で蟲に完全に囲ませる事に成功した。
だが、そのタイミングで臓硯は死に、主を失った蟲達はその統率を完全に無くして、切嗣の包囲を解いてしまう。
その間に切嗣は態勢を立て直す為に間桐邸の中へと飛び込んだ。
それを追わせる為に自身の蟲を送り込んだところで綺礼が現れた。
「詳しい事は後だ。
死にたくなければ私の手を取れ。」
このままでは死ぬだろうという自覚があった雁夜は半ば無意識のうちにその手を取った。
すると雁夜は綺礼に担がれ、猛スピードで間桐邸から離脱、教会へと運び込まれたのだ。
「君と取り引きがしたい。
私はアサシンのマスターだった。
しかし、アサシンは敗れ私は敗退した。
だが、それで聖杯を諦める訳にもいかない。
そこでだ。
私にバーサーカーのマスター権を譲る、もしくは私が君の支援者となって君に聖杯を取って来て貰いたい。
了承してくれたのなら君の要求を条件次第になるが、飲もう。」
「それは…………」
その交渉は雁夜を悩ませる。
臓硯という妖怪は死んだ。
つまり、桜ちゃんはあの妖怪に怯える事はもう無い。
家は襲われたが、流石に無関係の子供までは手を出さないだろう。
つまり桜ちゃんは無事。
この時点で目的の半分は達成されたとも言える。
聖杯を狙う必要はない……無いが。
「教会って事は聖杯戦争では中立の監督役だよな。」
「そうだ。」
「ならその条件のどちらかは必ず飲むと約束するから、時臣と話せる場を用意してくれないか?
それ次第でどちらを選ぶかを決めたい。
後は桜ちゃん……間桐桜の保護を頼みたい。」
「……時臣氏との会談の件は了承しよう。
だが、間桐桜の保護は難しいと言わざるを得ない。」
「な、なんでだ!?」
「間桐桜は行方不明だ。
既に間桐邸での戦闘の隠蔽の為に教会の人間を向かわせたが間桐邸には間桐桜の姿は無かったそうだ。
間桐邸にいた間桐鶴野に話を聞けばキャスターが連れ去った、と。」
それを聞いた雁夜は苛立ちを隠しきれない。
キャスターとは即ち魔術師のクラス。
魔術師なんて須らくロクでも無い奴らばかりだ。
そんなサーヴァントに桜ちゃんが攫われた?
蟲の地獄から漸く解放されて、幸せになれる筈だった桜ちゃんはまた魔術師によってその幸せを失うのか!?
「悪い、バーサーカーのマスター権を譲るって話は後にしてくれ。
桜ちゃんは俺が救い出す……!」
「良いだろう。
では君がバーサーカーのマスターであるという事実の下、動いて貰うとしよう。
だが、今日は体を休めたまえ。
よもやそんなボロボロの体で助け出せるとは思っていまい?
時臣氏との会談は準備が整い次第伝えよう。」
綺礼はそれだけ伝えると部屋から出て行った。
英雄王の言う、雁夜の行動を見ていれば自ずと自らにとっての愉悦が理解できるという言葉の真意を考えながら。
「やはり、言峰綺礼か。」
「はい。
カメラにしっかり映っていました。
しかし、なぜ言峰綺礼はこのタイミングで?」
舞弥が借りたホテルの一室。
そこで切嗣は昨晩に間桐邸の庭から雁夜が消えた理由を確認した。
予想通り、雁夜を連れて行ったのは言峰綺礼。
突然、間桐邸に現れたかと思えば成人男性1人を抱えながら猛スピードで去って行った。
「恐らくだが、駒が欲しかったのだろう。
いくら代行者とは言え正面きって残った最高クラスのサーヴァントと戦っても勝てはしない。
だからこそ、バーサーカーとそのマスターという駒が必要だった。
仮説でしか無いが、こんな所だろう。」
「しかし、それならバーサーカーだけで充分では?」
「……間桐雁夜と戦った時、奴はバーサーカーへの魔力供給だけで死にそうだった。
にも関わらず奴は蟲を展開して僕とも戦った。
何かしら命を懸けても構わない目的があるんだろう。
そういう奴は強い、だが扱いやすいんだ。
そこを利用する気だろう。」
そうだ。
あの目は戦場において死ぬまで戦う奴等の目に似ている。
自分が死んでも目的さえ果たせればそれで良い。
命を懸けて守るものがあり、命を懸けて手に入れたいものがある。
例え銃を額に突き付けられようと、命が尽きるその瞬間まで諦めを見せない不屈の兵士。
切嗣が平和のためにと殺して来たそんな奴らに似ていた。
「効果は無いだろうが教会には抗議しておこう。」
その考えを振り払って切嗣は行動を定めた。
「綺礼、間桐のマスターの件だが……」
「ええ分かっています。
表向き公平であるという教会の方針と合わない、という事ですね。
ですが、アーチャーの指示でして、無視する訳にもいかず。」
「うむ、それは分かっている。
だがな……」
言葉を選ぶ様に言い渋るその様子に綺礼は先んじて答える。
雁夜を助けて自身の駒としようという事を打ち明けはしなかった。
「今回は彼が教会に傷を負って来たので、聖職者として最低限の治療のみを施した。
それだけで宜しいかと。」
「それしかあるまい。
アーチャーの気紛れにも困ったものだ。」
頭に手を当てながら、そう心底困った様に言う父親に綺礼は薄く笑っていた。
その夜は戦闘は起こらなかった。
だが、その夜闇の裏では各陣営の思惑が交錯していた。
今後どんな風に話を展開させるか悩み中
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