アインツベルン城。
今後の動きに関して話をする為に男はそこを訪れていた。
窓から日差しの入る廊下を歩いていれば前方からセイバーが歩いて来た。
「……どうも。」
天敵たるキャスターのマスターだから警戒しているのだろうか、会釈をしただけで通り過ぎようとしたセイバーを男は呼び止めた。
「セイバー。」
「何ですか?」
振り向いたセイバーに男は手に持っていたビニール袋を放り投げた。
それを受け取ったセイバーは困惑気味に男に問いただす。
「これは?」
「差し入れ、まあ陣中食とでも思ってくれ。
キャスターが迷惑かけてる詫びだ。」
中身はここに来る前に買って来た唐揚げとおにぎりである。
「……そう、ですか。
ありがたく頂きます。」
ペコリと1つお辞儀をして今度こそセイバーは去って行った。
余談ではあるが、この後アイリスフィールは何とも言えない表情だが何処となく嬉しそうな気配を醸し出すセイバーの姿を見る事になった。
いつもの会議室に入れば、既に切嗣はそこにいた。
「昨晩の間桐雁夜が消えた件、やはり言峰綺礼だった。
すぐに聖堂教会に抗議文を送ったが返答は『間桐雁夜は昨晩、聖堂教会前にて倒れていたため聖職者として手当てと一晩のみベッドを貸しました。
本日中には聖堂教会から退去していただきます。
また、言峰綺礼が間桐雁夜を連れて来たという事に関しては此方では確認できておりません。』だ。
見事なまでにシラを切るつもりらしい。」
「そりゃそうだろうな。
全く監督役と名乗っておいて公平性は皆無と来た。
まあ、世の中そんなもんだよな。」
言峰綺礼を除いて、聖堂教会は直接的には敵対しないだけマシか、と考える。
「で、だ。
どうする?
このままバーサーカー狙いを続行か、令呪2画削ったのを一応の戦果として止めるか。」
「……そっちはどう思う?」
「潰せる時に潰しておくべき。
基本中の基本だが真理だ。
だが、問題はここからバーサーカーのマスターがどういう風に動くか、だな。
普通に考えたら一旦回復に努めるんだが……最初の港の戦闘での消耗を残したまま俺達を攻めようとした。」
「同感だ。
あれはある意味吹っ切れている。
舐めてかかれば痛い目に遭うだろう。」
追い詰められた手負いの獣、その表現が合うのだろう。
「問題は目的が何かだ。」
そう言って切嗣は雁夜に関しての資料を机の上に広げた。
「事前調査では間桐雁夜は間桐から出奔したフリーのルポライターだったと判明。
だが、聖杯戦争1年前に出奔した筈の間桐に戻って来た。
その事実からルポライターというのはフェイク。
本当はこの聖杯戦争に対して用意された魔術師だと予想していた。
だが、海岸と間桐邸での戦いぶりを見るに、サーヴァントへの魔力供給でほとんど手一杯だった。
つまり、間桐から出奔していたのは事実で魔術師とは到底呼べない様な奴だと分かった。
だが、それなら態々間桐に戻って来たのは何故だ?」
「妻子や恋人、親しい人物は?」
「妻子や恋人はいない事が分かっている。
親しい人物を人質に取られたかは、此方では確認出来ていない。
可能性は低いがある程度だ。」
「じゃあ…………って予測じゃどうやっても可能性の域を出ないか。
知ってそうな奴に心当たりがある。
確認したら連絡する。」
男の脳裏に浮かんだのは間桐邸にいた当主だと言う飲んだくれの男。
自称なのかお飾りなのかは知らないが当主ならある程度の事は知っている筈だ。
こうして3度目の間桐邸。
何かの間違いで雁夜と出くわして戦闘になっても困るので昼間の内に行った。
そこで聞くことには雁夜の目的は間桐桜、旧名遠坂桜。
どうやら遠坂から間桐へ養子に出たらしい。
それを聞いた雁夜は、碌でもない魔術師の代表格と言える間桐から桜を助ける為に、交換条件として聖杯を取ってくる事を提案したらしい。
それを聞いた男は顔を手で覆った。
これ絶対話拗れる奴だ、と。
「ほう?
バーサーカーのマスターがこの子を?」
拠点に戻った男はモルガンだけを呼び出し、盗み聞かれない様にさせた後、間桐邸で知った事実を話した。
「つまりは奴は必ず私たちを狙うという事でしょう?
何をそんなに悩む必要があるのですか?」
「あの子をダシにして交渉しないのか?」
「放っておいても死ぬ様な輩と交渉したところで何の得が?
良いですか、死とは敗北であり逃避でもあります。
下手に交渉して私達に有利になる様な条件を呑ませる事が出来ても、相手が死亡しては無効。
ただ私達が損するだけです。
それならあの子を餌にして食い付かせて確実に殺すのが1番でしょう。」
思わずうわぁ、と言ってしまう。
権謀術数ばかりの王侯貴族にいたとは言えやり口がエゲツない。
「例えセイバー陣営とは別に味方にできたとしましょう。
今にも死にそうな輩は戦力ではなく戦闘中いつ脱落するかも分からない爆弾でしかありません。
味方にするだけ邪魔です。」
確かにその通りだ。
男はモルガンの策略に畏怖と共に納得をみせた。
キャスターが味方で良かった、としみじみと思った。
男はそれをすぐに切嗣へと伝えた。
切嗣もモルガンの案に賛成、ただいつ来るかは不明なのでバーサーカーが拠点に現れたら即座に連絡。
セイバーが急行し、その間は時間稼ぎに徹するという方針に決まった。
なお、切嗣にモルガンが桜を連れて来たという事を話した時は流石に一瞬困惑した様だった。
一方その頃冬木教会。
ベッドから起きた雁夜は綺礼が確保しておき、魔術防御の施されたマンションの一室を仮の拠点として与えられた。
場所を教えられ、鍵と通信用の魔術具だと言うレコードの再生機の様な物が入ったリュックを渡され、冬木教会から放り出された。
言われた通りの場所へと向かい、与えられた部屋へと入った。
中には家具はベッドと机、そして冷蔵庫しか置いてないガランとした印象の部屋だった。
早速机の上に渡された魔術具を置いた。
リュックの中に入れられていた説明書を読んで起動させる。
「ええっと、聞こえてるか神父さん。」
『…………私はまだ神父では無いのだがね。
無事に着いた様でなによりだ。』
戸惑い気味に雁夜が声を発すれば、少し遅れて返答が返って来た。
『では今後の予定について説明しよう。
まず早速だが今夜、君にはこの魔術具を用いて時臣氏との会談をして貰う。
そしてその後、君の体調次第にはなるがバーサーカーの力を借りたい事がある。
詳しい事はその時になったら説明しよう。
それが終われば後は好きにしてくれて構わない。
君が間桐桜を助け出した後の彼女の安全は保証しよう。
なお、その部屋には何かあった時の為に使い魔をすぐ外のベランダに付けておく。』
「分かった。
じゃあ、また今夜か。」
『その通りだ。
再度になるが今は雌伏の時、体を休めたまえ。』
それで通信は終了した。
やる事の無くなった雁夜はベッドに横たわる。
常にジクジクと感じる痛みにも慣れてしまった。
痛みを常に感じる疲れはあるが、目は覚めきっている。
聖杯戦争が終わった後の事を考える。
恐らく自分はもう長くは生きられないだろう。
だけど、桜ちゃんを助けて、また桜ちゃんと凛ちゃん、そして葵さんの3人が幸せな家族として笑い合える。
そんな光景を見られれば満足だ。
そして、時臣。
奴とは話し合わなければならない。
その答えによっては俺は奴に桜ちゃんをあんな目に遭わせた報いを受けさせなければならない。
その命で。
雁夜は気付かない。
己の正義と勘違いした欲望と嫉妬、怒りに飲み込まれた彼は気付けない。
その2つの願いは成り立つ様で決して成り立たない事に。
父親を失った家族が幸せに笑う事など出来るわけが無いという当たり前の事実に気付けない。
それは間桐という特殊な家庭環境で育ったからか。
ある意味では雁夜もまた魔術師の家系生まれとして人とは異なる思考を持っていたのかもしれない。
ただ己に都合の良い夢を見て、雁夜はそれに突き進む。
夢に続く道など存在せず、その先は底無し沼である事など知るよしも無かった。
そしてその日の夜。
雁夜にとって待ち望んだ時間がやって来た。
『起きているかね?』
「ああ、起きてる。」
『では、これから時臣氏との会談を始める。
そのまま待っていたまえ。』
綺礼からの通信の後、少し経って違う男の声が聞こえて来た。
『久しいな間桐雁夜。』
「遠坂……時臣……!」
恋敵にして桜を間桐に渡した張本人。
その声を聞くだけで雁夜の怒りと憎悪は駆り立てられる。
『しかし君も思い切った事をするものだ。
監督役の教会と接触してまで、私との会談を行おうとはな。』
「そんな事はどうだって良い!
時臣!
お前なんで桜ちゃんを養子になんか出した!?」
『桜を?
そんな事を聞く為に態々聖杯戦争中に監督役と接触したのかね?』
「どうでも良いだろ!?
さっさと答えろ!」
答えをはぐらかすかの様に聞き返してくる時臣にイライラしながら雁夜は早く答えろと怒鳴りながら催促する。
『全く優雅さの欠片も無い。
まあ、だが良いだろう。
答えは我が娘である凛と桜、その両方が尋常ならざる才能を持って産まれたからだ。
希少価値と言い換えても良い。
娘たちは二人が二人とも、魔導の家門による加護を必要としていた。
いずれか一人の未来のために、もう一人が秘め持つ可能性を摘み取ってしまうなど……親として、そんな悲劇を望む者がいるものか。
姉妹双方の才能について望みを繋ぐには、養子に出すしか他にない。
だからこそ間桐の翁の申し出は天恵に等しかった。
聖杯の存在を知る一族であれば、それだけ『根源』に到る可能性も高くなる。
私が果たせなくても凛が、そして凛ですら到らなかったら桜が、遠坂の悲願を継いでくれることだろう。』
その言葉を聞いた雁夜は全くもってその真意を理解できなかった。
「そ……そんな理由で桜ちゃんをあんな場所へと落としたのか……?」
『あんな場所?』
「そうだ!
桜ちゃんはな!
間桐に来てから毎日毎日、蟲蔵に放り出されて蟲達にその体を貪られてたんだぞ!」
『…………聞くからにさぞ怖気の走る光景だったのだろうな。
だが、それが間桐の修練と言うのなら私はそれには干渉できない。
桜は辛い目に遭って来たのだろうが、魔術の修練なら耐えてもらわねばならない。』
「それだけじゃない!
臓硯は死んだ!
つい昨晩、サーヴァントに襲われてだ!」
『何だと!?
あのご老公がか!?
……いや失敬。
しかし……そうか。
なら、桜は一旦引き取ってまた新たな養子先を探さねばな。』
間桐が無くなって漸く家族の元へと帰れる桜をすぐ様別の家に養子に出すと言うその言葉に雁夜は激昂した。
「何を言ってるんだ!
やっと桜ちゃんは凛ちゃんと葵さんの元へ帰れるんだぞ!?
それをまたバラバラにするなんて!
お前には親としての自覚は無いのか!?」
『親どころか結婚すらした事のない君が言うな。
それに桜を養子に出すのは私が彼女の親故だ。
親だからこそ桜の才能が凡俗に染まり、手に入れられる筈だった栄光を見る事すら出来ないのが我慢ならんのだ。
どうやら君は間桐からの出奔で魔術師としての腕どころか価値観すらも捨ててしまった様だな。
君が家督を拒んだことで、間桐の魔術は桜の手に渡った。
むしろ感謝するべき筋合いとはいえ、それでも私は、君という男が赦せない。
血の責任から逃げた軟弱さ、そのことに何の負い目も懐かぬ卑劣さ。
覚悟しておくが良い。
戦場で会ったその日には魔導の恥たる間桐雁夜には私自ら誅を下す。
話は終わりだ。』
「待て!
まだ全然終わってなんていないぞ!」
だがその言葉を無視して通信を切られた。
後に残るのはシンとした無音の空間のみ。
その中心で間桐雁夜は決意を固める。
「遠坂時臣。
お前がいる限り桜ちゃんは幸せになんてなれない。
お前こそ覚悟しておけ!
桜ちゃんを助け出した後!
この命に換えてもお前は殺す!」
Tips
モルガンの適正クラスは4つ
キャスター、バーサーカー、アヴェンジャー、アルターエゴである
アルターエゴは同一視されているケルトの神霊モリガンと湖の妖精ヴィヴィアンの霊基を併せ持った状態
非常に相性が良いので知名度補正がマックスでかかるイギリスで召喚に成功した場合、数少ない天然のアルターエゴとして召喚出来るかもしれない
あり得ると思います
それはそうと投稿遅れてゴメンね!
後、総合評価15000ありがとうございます!
累計ランキング入りが本格的に見えて来て戦慄してます