その日の雨生龍之介は朝から絶好調だった。
警察の捜査をかわすために、自身のルーツたる姉の死体がある実家へと帰って来た龍之介はそこである物を見つけた。
それは彼の家系が魔術師として紡いできた魔術について書かれた本。
実家の隠し部屋にあったそれを手に入れて読み込んでみれば中々に面白い事が書いてあった。
そして、新しいおもちゃを手に入れれば試してみたくなるのが人の常。
書いてあることの半分も理解できてはいなかったし、信じてもいなかったが、物は試しと描いてみたのは召喚陣。
ついでに本物の悪魔が出てきた時に挨拶がわりに差し出そうと考えて連れて来たのは子供だった。
だが、召喚は不成功に終わる。
彼が手にするはずだったマスター権は既に他の者に授けられた。
信じてはいなくても、何も起こらなかった事にガッカリしながらも彼は連れて来た子供を殺した。
その後自分の寝ぐらに帰って一休みし、一晩が明けた。
逃亡者としての勘だろうか。
龍之介は唐突に目を覚ますと寝ぐらの灯りを消して、仕事道具たるナイフを手に取った。
物陰に隠れて気配を消しながら待つ。
暫くすると自身のアートが飾られている下水道の一角に1人の男が入って来るのが見えた。
恐らく外国人だろうか。
金の短髪に蒼目、顔立ちは整っている。
スポーツでもしているのだろうか、体格はかなりガッシリしているように見える。
ここでふと龍之介は思い立った。
そう言えば外国人はアートにした事ないな、と。
そう考えると、これは絶好のチャンスではなかろうか。
思い立ったが吉日。
どんなアートにするのがいいかを考えながらゆっくりと背後から忍び寄る。
男はアートの前で佇んでいる。
ブツブツと何かを呟いているようだが、龍之介に気付いている様子はない。
いける。
そう確信した龍之介は残りわずかな間合いを一気に縮めてナイフを振り上げる。
「では、この様な愚物を見せた無礼は貴様の命で贖って貰おうか。」
その瞬間、女の声と共に龍之介の体は宙で静止した。
不思議に思って自分の体を見下ろせば、胸から黒い刃物が突き出ている。
背中から串刺しにされていたのだ。
「キャスター、そいつを弄ぶのも結構だが血飛沫がこっちに来ない様に頼むぞ。
一張羅なんだからな。」
「ああ、済まぬな。」
男と女の会話は耳に入らない。
後ろを振り向けば絶世の美人が槍の様な物で自分を貫いているのが確認できた。
「何だよアンタ、せっかく……」
「黙れ痴れ者が。
貴様は疾く死ね。」
女がそう言い放った瞬間、自身の体が燃え始めた。
そして女が槍を振るって龍之介は燃えたまま床に落ちる。
あまりの熱さに転げ回る。
しかし、下水道の床は僅かとはいえ水で濡れているにも関わらず火の勢いは衰えない。
それを見下す女を見て龍之介は思った。
なぁんだ悪魔はいるじゃん。
それもこんな美人な悪魔さんが。
生きたまま燃える激痛と本物の悪魔と会えた興奮の中、龍之介は死んでいった。
残った死体を全て燃やした後、モルガンは無言で付近一帯の下水道の工房化を始めた。
それを眺めながら男は先程からどこか不機嫌そうなモルガンを見ている。
「……キャスター、何がそんなにお前の逆鱗に触れた?」
「あの下郎だ。
事もあろうに私の事を見て興奮していたのだ。
まるで幼児が騎士を見るかの様にな。
とことんふざけた男だ、思い出すのも忌々しい。
マスター、今後あの男を思い出させる様な事はするなよ。」
そう吐き捨てる様に言うと、不機嫌そうな雰囲気はどこかへ行った。
どうやらモルガンなりに意識を切り替えたらしいと判断した男も意識を切り替えた。
「で、だ。
ウチの陣営は俺が元々参加するつもりが無かったため、情報量で圧倒的に劣っている。
多少、事前に調べては来たが分かってることは少ない。
まず御三家の1つ、アインツベルン。
ドイツの錬金術師が生み出したホムンクルスの家系だ。
魔術師の総本山とも言える時計塔との繋がりはほぼ皆無に等しく、秘匿主義もいいところでドイツから出てくるのはこの聖杯戦争時のみ。
事前調べでも殆ど分かることは無かった。
次は同じく御三家の遠坂。
元々はこの地に住んでいた特に変哲もない弱小魔術師の家系だったが、時計塔にいる魔法使いの1人、シュバインオーグと接点を持ったことで一気に成長した。
当主は魔術師としての誇りを持った魔術師らしい魔術師だそうだ。
そして御三家の最後、間桐。
500年前にロシアの魔術師だったマキリ・ゾォルケンがこの地に移住、その際に間桐臓硯と改名したそうだ。
厄介なのはその間桐臓硯が未だに生きていることだ。
そして時計塔からはケイネス・エルメロイ・アーチボルトが参戦。
どうやらこの聖杯戦争を魔術師同士の決闘か何かだと勘違いしてるらしい。
実力はあるが、その思い込みを突かれて脱落するだろうな。
その他2組については全くの不明だ。
質問はあるか?」
「……各陣が用意したと思われる触媒のアテはついているのですか?」
「エルメロイは用意した触媒を盗まれて代用品を急遽用意したとか聞いたな。
急遽用意しただけあって情報隠蔽がちょっと杜撰でな。
ケルトに縁のある触媒なのは分かった。
分かってるのはそれだけだ。」
「……本当に物見遊山気分だったのですか。」
呆れた様なジト目の視線を受け流して男は話を続ける。
「まあ、いいでしょう。
各陣営の拠点の場所は?」
モルガンに聞かれた男は持って来ていた冬木市とその周辺の地図を広げる。
「遠坂、間桐は恐らく自宅だろう。
場所はこことここ。
アインツベルンは冬木市郊外に城を持っている。
城の周囲にある森も奴らの土地だ。
侵入者用の結界とこれでもかと言うほどのトラップが待ってるだろうよ。」
「不明な情報が多い。
しばらくは使い魔越しでの情報収集にあたりましょう。
工房化を進めるのでマスターは使い魔用にカラスでも生け捕りにして来てください。」
そう言うとモルガンは地図から目を離して工房化に集中し始めた。
それを見た男は言われた通りに一旦地上に出て使い魔にするカラスを探し始めた。
それから数日後、そのわずか数日間でモルガンは下水道のあちこちに拠点を作った。
囮用、そして緊急時の予備工房としてだ。
「例え工房があるとしてもその守りは絶対とは言えません。
見つかりづらい場所とは言え、一箇所にとどまっていては物や人の流れから目星をつけられる可能性もあります。」
かつてキャメロットに敵対していた彼女は拠点が複数ある事の重要さをよく知っていた。
更には各拠点に自分とマスターしか使用できない転移用の鏡を設置。
地表に出た龍脈から魔力を回収しながら着々と開戦に向けての備えを作っていた。
モルガンにとって、もはや冬木市の下水道全体が巨大な魔術工房と言っても良いほどになっていた。
彼女の魔術は水と非常に相性がいい。
下水道全体に侵入者感知の結界を敷いた上でその残滓が地上や下水道の外に漏れ出ない様にすることなど容易かった。
ではその間、マスターである男は何もしなかったのか?
否である。
今更ながら聖杯戦争参加者の情報を本格的に集め始めた。
下水道の工房化に忙しかったモルガンの代わりに使い魔化したカラスを各陣営の拠点へと飛ばした。
それと並行して馴染みの情報屋から情報を買い漁った。
どうやら男の状況を察した様だが、長い付き合いなのが幸いして足元を見られての法外な値上げをされる事は無かった。
その結果、エルメロイの教室において問題児とされているウェイバー・ベルベットがエルメロイより先に冬木に来ていた事が分かった。
エルメロイから元の触媒が盗まれたと言う事実と合わせると、この学生が犯人ないし共犯者であると推測できる。
これで6組目の目星が立った。
すぐに使い魔でウェイバーの捜索を開始、大した対策もしていないウェイバーを発見した。
見たところ、民間人の老人夫婦の家に身を寄せている様だった。
取り敢えず監視用のカラスを1羽配置して放置する事にした。
一先ず作業が終わったところでモルガンとカイは地上に出た。
使い魔越しでは分かりづらい場の空気を見に来たのと、気分転換である。
モルガンは男が用意した現代の服、デニムパンツに白と青のシャツ、その上から黒いロングコートを着て2人で街を散策していた。
絶世の美人、王族としてのカリスマ、人ならざるサーヴァントの気配などが作用しあってモルガンに人目が集まる。
彼女だけなら命知らずにもナンパをしようとする者達が声をかけただろう。
だが、その隣にはこれまた顔の整った体格のいい外国人がいるのだ。
人目が集まるが、声をかける事は叶わず、ただただ道を譲っていく。
それに気を良くしたのかモルガンの機嫌は良さげだ。
2人は無言で街を歩いていく。
昼時になったので適当な店に入り、注文をした後、話している内容を聞かれない様に魔術を仕掛ける。
「開戦が近いな。」
先にそう言ったのは男の方だった。
「そうですね。」
モルガンもそれに同意する。
2人は街の平穏さとは裏腹にあちこちで浮き足立つ様な空気を感じていた。
野生動物や人間の野生的な本能が何かが起こる事を感じ取っており、無意識的に警戒しているのだ。
「どう思う?」
「早ければ今夜にでも動きがあるでしょう。
使い魔の方は?」
「少なくとも今朝の時点では異常はない。
気付かれているかも知れないが手は出してこない様だな。」
「なら開戦までは様子見で行きましょう。」
「聖杯戦争は神秘の秘匿という点から基本的に夜に行われる。
昼の間は他の陣営に尾けられる事だけ警戒しておけばいい。」
互いにある程度意見を出し合った所で魔術を解く。
あまり長い時間魔術を使っていれば他の陣営に怪しまれる確率が高くなると判断して重要な会話だけをさっさと済ましただけなのだ。
念話でも良かったが、口に出して言う事で自分でもしっかり確認ができる。
それに内容は別として会話をしない方がおかしい為、この様な方法をとったのだ。
魔術を解いた後はただの雑談に移る。
モルガンにとっては聖杯から最低限の知識を与えられているとは言え、自身の生きていた時代より遥か未来の異国である。
散策の途中で気になった点を男に質問し、理解を深める。
暫くすると注文していたものが届いた。
日本は世界有数の美食国家。
食料が足りず、料理技術も未熟だったかつてのブリテンのそれと比べれば、モルガンが王族だった事を加味しても天と地ほどの差がある。
その結果、モルガンは夢中になって食べ進めた。
綺麗に、しかし目を輝かせながら次々に食事を口に運んでいく。
幸いなのは腹違いの妹と違って、モルガンは竜の心臓を持たず、男からの魔力供給も十分な事も相まって常人と同じ量程度しか食べない事だろう。
ただ、美味い食事に心を奪われるのは妹と同じ様だったが。
食料に魅了されるのはウーサーの血筋なのだろうか。
モルガンは食事を終えると、こんな美味しい食事を毎日食べられるのなら本気で受肉するのもアリかもしれないと考え始めるのであった。
スキル
陣地作成 A
キャメロットからの追跡をかわしつつ、自身の魔術工房を作成するために素早く、なおかつ高水準の魔術工房を作る技術を獲得した。
そこがどんな環境であろうが、彼女の手にかかれば長くても数日あれば一定の水準の魔術工房となる
道具作成 EX
彼女はモードレッドに与えた姿隠しの兜を始めとして様々な道具を作成して来た。
モードレッドすら彼女の作品であり、後に英霊として認められるホムンクルスを作り上げたその才はまさしく規格外である
対魔力 A
ブリテンのかつての王たるウーサーの血を引き、ヴァーディガーンとは別の意味でブリテンの意思たる彼女には並の魔術は通用しない
妖精眼 A+
妖精としての側面を持つ彼女は嘘を見破るだけでなく、僅かな心の動きをその目で捉える事が可能である
この妖精眼があったからこそ、彼女は様々な人物の心の隙間に潜り込み、自身の駒とする事が出来たのである
渇望のカリスマ B
心の底から望んだブリテンの支配が叶わなかった彼女は本来持つカリスマを別の方向で使用した
すなわち、自身の傀儡を増やす事である
恐怖を鞭とし、快楽を飴とする
正に魔女としてのカリスマ
異聞帯のモルガンの持つスキルと名は同じだが、方向性が全く違う
湖の加護 EX
湖の妖精たちによる加護
彼女もまた湖の妖精としての一面を持つが故の規格外である
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現在参照不可
ランクだったら説明だったりが違うのは異聞帯と汎人類史の違いです
最後のスキルはネタバレになるのでまだ伏せておきます