決戦は明日。
そう聞いた男は自身の礼装のチェックを行っていた。
銃器から弾丸1つ、ナイフや自身の着ている服すらも術式を付与した礼装だ。
その全てを念入りにチェックしていく。
服などは攻撃用ではなく、防御用の礼装で、モルガンによってアップグレードされている。
衝撃緩和、衝撃吸収、衝撃拡散、耐火、対魔、防刃、防弾などの効果が付与され、低級サーヴァント程度の攻撃なら問題なく防ぐ事が可能で、上位サーヴァント相手でさえも一撃程度なら致命傷は避けられるとお墨付きの逸品となった。
可能ならば銃器や弾丸もアップグレードして欲しかったのだが、時間が足りなかった。
ナイフだけは辛うじて間に合った。
効果は単純明快、耐久性と切れ味を底上げした。
それら全てをチェックしていく。
モルガンも今このタイミングで攻められる事は無いだろうと、工房内のあちこちに設置した魔力炉心のチェックを行いに行った。
魔力炉心からのバックアップがあればモルガンはガス欠を気にする必要は無いし、男自身もモルガンへの魔力供給による魔力不足を気にする必要は無くなる。
持ち込んでおいた礼装全てに異常が無いことを確認した男は、魔弾をマガジンに詰めていく。
その作業の途中でモルガンが帰って来た。
「全魔力炉心、正常に作動していました。
明日は万全の状態で戦えます。」
「そうか、こっちも礼装の確認は終わった。
今は戦闘の準備だな。」
「そうですか…………少し手を止められますか?」
「うん?
大丈夫だが、どうした?」
男が言われた通りに作業の手を止めると、モルガンは椅子に座った男の手を取り、立ち上がらせた。
そのまま抱き着いてくる。
「……心配か?」
「…………ええ、実を言うと少しだけ。
生前を通して私に真に大切なものができた事はこれが初めてなので。」
男もモルガンを抱きしめ返す。
「なあ、俺の名前の由来は知ってるか?」
「カイ……つまり勝利ですよね?」
「そうだ。」
男はモルガンを放してその場に跪く。
「モルガン・ル・フェイ。
騎士などに相応しくないこの身なれど、我が身、我が名、我が命を貴方に捧げる。
このカイが貴方に勝利を捧げよう。」
「ふふ、では私も。
カイ、貴方の主人として、
男が芝居がかった様子で、しかし大真面目にそう言えば、モルガンもそれに答える。
そして跪いたカイを立たせると、今度はモルガンがドレスの裾を摘んで頭を下げる。
謂わゆるカーテシーだ。
「それと同時にカイ、貴方のサーヴァントとして貴方にも勝利の栄光と我が身を捧げます。」
「ああ、モルガンのマスターとして受け取ろう。
少しは不安が晴れたか?」
「いいえ、寧ろ貴方を失いたくない、死にたくないという気持ちが強くなりました。
ですが、覚悟は決まりました。
例えどのような手段、どのような犠牲を払っても私は貴方を手に入れます。」
そう言ってモルガンは妖艶に、妖しげに笑う。
その顔を見て男は自分がモルガンにどうしようもなく惹かれているのを再確認した。
いつからだろうか。
一目惚れなのか、2人で飲んでモルガンが宣言した日か、それとも何気ない生活の積み重ねだろうか。
だが、分かるのはモルガン・ル・フェイという女が伝承通りの魔女だったという事だ。
人をたらし込むのが上手いのだ、それが意識的だろうが無意識的だろうが。
感情すら読める妖精眼を持つモルガンの事だ。
既に男の気持ちには気が付いている。
「カイ、今ここで私の愛、その欠片を受け取ってはくれませんか?」
「モルガンがそれを望むのなら幾らでも。」
男がそう答えればモルガンは男の頬に片手を当て、もう片方の手で男の肩を抱いて自身の顔を近づけていく。
男も何も言わずにモルガンの腰を抱いた。
2人の唇が合わさる。
ただ唇を合わせるだけの軽いキスを数秒続けて、放す。
男も右手をモルガンの顔に当てて、撫でる。
「参った、モルガンの宣言通り俺はモルガンに夢中になった。
させられた。」
「ふふ、当たり前でしょう?
私を誰と心得るのです?
好いた男の心の一つ、容易く手に入れられずして魔女などとは名乗れません。」
その自信満々なセリフとは裏腹にモルガンの顔は本当に嬉しそうな笑顔だった。
夜が明けた。
聖杯戦争の時間は止まり、日常の時間が進み始める。
それは、間桐桜にとっても同じな様で違った。
「……モルガンさん。」
「……分かってしまいますか。
サクラ、私達は今日の夜、戦います。
これまでとは比べ物にならない程に不利な戦いです。
生きて帰るつもりではいますが、万が一が無いとも限りません。
明日の朝、私達が戻って来なかったら貴方は生家、遠坂の家に戻りなさい。
……少なくとも邪険にされることは無いでしょう。」
遠坂の家が最早死にかけの葵と幼い遠坂凛しかいない事は伏せておく。
バーサーカーが襲ってきた日、モルガンはマスターである間桐雁夜を見つけ出し、バーサーカー撃破後に逃げた雁夜を追わせていた。
その先での凶行の話は同盟相手であるセイバーのマスターには伝えてある。
アーチャーのマスター、バーサーカーのマスター、聖杯戦争の監督役死亡。
アーチャーのマスターは遠坂時臣から言峰綺礼へと移った、と。
そして、今夜の決戦、相手がアルトリアなら一対一でも勝ち目は十分にある。
互いに互いが天敵なのだ、なら後はどれだけアルトリアの持ち味を消しつつダメージレースで優位に立つか。
正面切っての戦いなら不利かもしれないが、何でもアリとなればモルガンの方が上手だ。
だが、今回戦うのは最古の英雄、全ての英雄達の祖。
ありとあらゆる武具や宝物の原典を所持する英雄王ギルガメッシュ。
勝ち目がないとは言わない。
だが、不利が過ぎる。
イスカンダルとの戦闘時、イスカンダルの『
でなければ、あんな一瞬で固有結界がほつれ、破かれる訳がない。
そして固有結界、即ち1つの世界すら容易く破壊できる宝具となればカテゴライズは1種のみ。
対界宝具。
生前の状態で放てば星のテクスチャすら破壊できる、あらゆる宝具の中で威力的には頂点に立つであろう代物。
ロンゴミニアド、もしくはアヴァロンでもあれば話は別だが、どちらも私は持っておらず、本来の持ち主であるアルトリアが所持していれば今までの聖杯戦争の中で迷わず使っているだろう。
特にアヴァロンは鞘であり、盾である。
使わない手は無い。
だが事実、アヴァロンはアルトリアの手には無く、あの貴婦人の中にあった。
一度は自身で盗んだ代物だ。
その特徴的な神秘はよく覚えている。
アヴァロンもロンゴミニアドも時間さえあれば魔術による再現は可能だろう。
時間さえあれば、だが。
現物が無いままとなれば確実に年単位での開発が必要になる。
どう考えても間に合うはずもない。
勝ち目はある。
だが、現状の手札で考えうる限りでは1つだけなのだ。
1つしかない勝ち目など心許ないにも程がある。
そう考えを纏めていると、モルガンの言葉を聞いた桜の眼が揺れる。
「嫌なんですね?
ありがとう、そこまで私達を好きになってくれて。
ですが、これは避けられない事なんです。
もし貴方がこれからも私たちと暮らしたいと言うのなら、どうか私達の勝利と帰還を願っていて欲しい。」
幼い子供にまで情が移るとは。
どうやら人としての私は随分と絆されやすいらしい、と思考を逸らす。
モルガンの妖精眼から見える桜の感情は、恐怖、寂しさ、不安、葛藤。
それもそうだろう。
幼子に懐かれるような振る舞いをしてきたのだから、それなりにサクラの心は私たちを許している。
「分かりました。
まだモルガンさんとカイさんと一緒にいたいから…………帰って来て下さい。」
その言葉には何の打算も裏も無い。
妖精眼を持つ者が最も好む真実の言葉。
だから私もその言葉には真摯でいよう。
肯定も否定もせずに笑うのみ。
私にも明日生き残れているかが分からないからこそ、答えない。
どちらを言ってもそれは嘘となり得る。
サクラの額に指を当てて呪文を唱える。
眠りへと誘う。
これからサクラを間桐邸へと送る。
私達が帰って来れなかったなら、この巨大で入り組んだ下水道からは子供1人では出るのは難しいだろう。
それに、戦闘の余波や私の弱体化を狙っての攻撃が来ないとも限らない。
だからこそ、戦場となる公民館から離れ、自身の慣れ親しんだ家である間桐邸で待っててもらう。
既にあの屋敷は無人だが、この地下よりは遥かにマシだ。
私とマスターは大人だ、自分のやった事これからやる事の責任は自分で払う。
だがそこにはサクラは関係ない。
顔も名前も知らぬ第三者が幾らでも死のうが巻き込まれようが知った事ではない。
これはただの我儘だ、自分の気に入った人物を自分達のイザコザに巻き込みたくないというだけの話だ。
だからサクラ。
私が勝者となったならばまた会いましょう。
その時にこそ、この数日間で聞けなかった貴方がどうしたいのかという問いの答えを求めます。
覚悟しておきなさい、魔女の執着心ほど怖い物はありませんよ?
太陽は沈み、昼から夜へ。
街明かりも少しずつ少なくなり、人の気配が消える。
嵐に怯える小動物の様に、降り掛かる厄災が身に及ばぬ様にと息を殺している様だった。
聖杯戦争の時間が動き出す。
冬木市公民館の前には4人の人影。
「作戦通りだ。
僕とカイは言峰綺礼を。
サーヴァント2人はアーチャーを。」
答えはない。
モルガンとカイが一瞬視線を交わし、別れる。
サーヴァントは真正面の入り口から。
マスターは地下駐車場の入り口から。
それぞれ公民館の中へと入った。
トラップなど何も仕掛けられていない屋内を警戒しながら進んでいく。
そして辿り着いた。
サーヴァント2人が辿り着いたのは、公民館内部の劇場。
その先、壇上に黄金に輝く杯、聖杯が置かれていた。
「あれが……聖杯だと?」
モルガンが思わず声を発した。
超一流の魔術師であるモルガンには見ただけで分かった。
超高濃度の呪詛が詰まっている。
あの様な汚染された杯では願いなど到底願った通りの形では叶えられない。
どこか胡散臭いとは思っていたが、やはり詐欺だったか。
だが、聖杯自体の完成度は高い。
汚染さえされていなければ間違いなく万能の願望機と言うに相応しい代物だ。
面倒だが、使うにあたっては呪詛を取り除かねばなるまいか、と考えを纏めた。
対してアルトリア。
魔術師でない彼女に見ただけでは聖杯の異常は感じられない。
それもそのはず、ガワだけならば間違いなく聖杯である。
外側から中身まで見通したモルガンの方が異常なのだ。
だが、アルトリアの持つ直感スキル、それがあれば何処となく危険だということは分かった筈だ。
それが分からない理由は2つ。
1つはモルガンに対して、自身のマスターに対しての疑惑が頭を占めているから。
故に理性が本能を抑え込み、直感はその効力を減少させている。
もう1つは聖杯に眼が眩んでいるから。
飢餓状態の獣の目の前に毒入りのご馳走があるような物だ。
更に言えばその毒は外部に漏れ出ない様に巧妙に隠された状態。
気付けるはずが無かった。
「よくぞ来た。セイバー、そしてキャスターよ。」
そして、その聖杯の前にアーチャー、ギルガメッシュが現れた。
対するマスター2人。
壁伝いに移動し、素早くクリアリングを行っていく。
辿り着いたのは明かりのない、ただ開けた空間。
2人がその中に入ると、天井のライトがついた。
急に明かりがついた事で一瞬、眼が眩む。
明かりは一列ずつ奥へと進む様について行く。
そしてその先に立っていたのは言峰綺礼だった。
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