ロンドンにて
聖杯戦争が終わってから暫くの間、マッケンジー邸で過ごしていたウェイバー・ベルベットは憂鬱な気持ちと共にイギリスへと帰国した。
それもその筈、自身の師にして聖杯戦争では敵だったケイネス・エルメロイ・アーチボルトが先に帰国しているのだ。
普通に考えて命を狙われても可笑しくはない。
何度も時計塔に戻るのは止めようかと考えたウェイバーだったが、ライダー、イスカンダルの家臣として恥ずかしく無い自分になる為にと、腹を決めて戻ってきた。
そして案の定、空港から出た瞬間に黒服集団に拉致られた。
ほらー!
思った通りじゃん!
やっぱ止めときゃ良かったぁ!!
猿轡を噛まされ、手足を縛られ、目隠しをされて車で何処かに運ばれていくウェイバーは声にならない悲鳴を上げながら帰国した事を後悔していた。
これがエルメロイ教室を(勝手に)継いで、時計塔内での権力争いで精神的に成長した後ならば、ある程度の納得と共にこれからどうすべきかに思考を回せていたのだろうが、聖杯戦争から戻ってきたばかりのまだ軟弱メンタルなウェイバー君には無理な話であった。
脳内で後悔し続けているウェイバーは乗せられた車でドンドンと何処かへと連れて行かれる。
暫くして車が完全に止まり、ウェイバーは黒服の男に担ぎ上げられた。
そのまま担いで運ばれる事数分、漸く下されたウェイバーは椅子に座らされ、足と手を縛られ、猿轡と目隠しを外された。
唐突に明るくなった視界に目を細める。
光に目が慣れ、辺りを見回す。
強面の黒服の男が6人程いた、すぐに目を逸らした。
部屋はあちこちに高そうな装飾が施されている。
恐らくは貴族に連なる者の屋敷。
当たり前だがケイネス・エルメロイ・アーチボルト関連だろう。
そして目の前にはまだ小さな女の子と保護者なのであろう男が居た。
「はじめましてウェイバー・ベルベット様。
こちらはエルメロイ一族の傍流、アーチゾルテの正式な後継者であるライネス・エルメロイ・アーチゾルテ、私はその執事でございます。」
「あ、はい。
初めまして。」
予想とは裏腹な殺意どころか敵意も無いその挨拶に気を抜かれたウェイバーは普通に挨拶を返した。
「まずは手荒い招待になってしまった事にお詫びを。
ですが、これは必要な事だったのです。」
「はぁ……?」
「事情に関しては私から説明しよう。
簡単に言うとだね、君がエルメロイ一派の敵対者に囲い込まれると非常に厄介な事になるのだよ。」
それまでは黙りだった女の子、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテが口を開いた。
「君は叔父上、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトから触媒を盗み出し、聖杯戦争に参加。
結果として時計塔のロードとして自信満々に参戦した我が叔父上は最初に敗退。
冬木に情報を得る為に送り込まれていた諜報からの報告では、魔術使い相手に一方的にしてやられ、その上反抗しない様に呪いまで刻まれたという。
更には叔父上は我が叔母上になる筈だったソラウ・ヌァザレ・ソフィアリとの婚約を破棄された。
これ以上無いボロ負けの上に追撃まで喰らった訳だ。
対して君は時計塔内ではそこまででも無い実力の割には最終局面まで生き残り、他のサーヴァント、ブリテン最後の王アーサー王、その不倶戴天の敵にして神代の魔術師モルガン姫、世界最古の英雄王ギルガメッシュ王などの名だたる英雄を相手にして見劣りしない成果を上げてみせた。
それをまあ、エルメロイ一派の敵対している相手は過剰なまでに誇張して時計塔内に広めた訳だ。
結果として、我が叔父上はエルメロイ当主の座から転落、切り落とされたトカゲの尻尾となった。
更にはここぞとばかりに利権を食い荒らされてエルメロイ一族は借金まみれ。
エルメロイの傍流の内、下位も下位であるアーチゾルテの私が源流刻印の適合率が高いという理由だけで何とか外面を保ててるだけのエルメロイという一族の当主の座が回ってきた訳だ。」
幼い子供から出て来たとは思えない辛辣な言い草と自分のせいでとんでも無い事になっている今の状況に顔を引き攣らせながらも、ウェイバーは何とか状況を飲み込んだ。
「で、だ。
そんな折に君が帰国した。
だから他の家に囲まれて祭り上げられる前に確保する必要があったのさ。」
「僕を殺そうとは思わないのか?」
「殺しても意味がない、それどころか更に利用される可能性が高いと判断しました。
恐らくは『聖杯戦争で敵わなかったからとエルメロイはウェイバー・ベルベットを暗殺した!
負けを認めもせずに暴力に訴えたエルメロイは最早落伍者である!』とでも言われるのがオチかと。」
「だから先に囲い込む事にしたのさ。
『ウェイバー・ベルベットが聖杯戦争に参加したのは万が一の時を考えたエルメロイの策略である。
ウェイバー・ベルベットとケイネス・エルメロイ・アーチボルトの間の確執は全て演技であった。
万が一が起こってしまった事は参加した本人であり当主であるケイネス・エルメロイ・アーチボルト本人がエルメロイ当主の座を退く形で取った。』とそういうシナリオにするつもりでね。」
「……それを断ったら?」
興味本位での質問であったが、ウェイバーは即座にそれを後悔した。
「殺すのはマズいから君がイエスと言ってくれるまで拷問かなぁ。
なぁに、心配しなくても良い。
絶対に死なせてはあげないからね。
まあ、今のはただの確認、だよね?」
ライネスのその言葉と共に周りの男達、そして目の前の2人から濃厚な殺気をぶつけられる。
言葉すら出なくなったウェイバーは必死に頭を上下に振った。
その様子を無邪気な笑顔で見ているライネスは絶対に性格が悪いに違いないという確信も抱いた。
「よろしい。
まあ、君には今後定期的にエルメロイと付き合って貰う事と先程のシナリオを時計塔で肯定して貰う事の他は自由にして貰って構わないよ。
寧ろ、エルメロイという後ろ盾が出来た事に嬉しく思って貰いたいな。」
「わ、わーい、嬉しいな。」
震え声でヤケクソ気味にウェイバーがそう言うとライネスは満足そうに頷いた。
「その言葉が聞けてエルメロイ当主として嬉しく思うよウェイバー・ベルベット君。
ではまた近い内に会おう。」
縛り付けられていた椅子から解放されたウェイバーは来た時とは違い、今度は自分の足でエルメロイの屋敷を出た。
2度と来たくないとそう思いながら。
そのあと、時計塔に戻ったウェイバーを待ち構えていたのは生徒達や一部の講師からの賞賛の声だった。
欲しかったはずの言葉なのにライネスの話を聞いてからは、何処かそれらの言葉が薄っぺらく感じられた。
ライネスの言うカバーストーリーを話して野次馬を散らしながらウェイバーはかつて通っていた自分の教室に向かった。
エルメロイ教室だった、その部屋には聖杯戦争が終わり、講師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが帰って来ているにも関わらず、生徒も講師も誰1人として居なかった。
それを見たウェイバーは更に駆け出した。
向かう先はケイネスの時計塔内での私室。
そこに向かいながらもウェイバーは葛藤していた。
なんで僕が先生の心配をしなきゃならないんだ。
自分が先生と会ったところで何か変わるのか。
そんな事を考えながらも足は確実にケイネスの私室へと動いていた。
そして辿り着いた。
嘗てはケイネスの弟子として何度も出入りしていたその部屋の入り口がやけに重苦しく感じる。
ノックをしようとして止めてを繰り返し、何度目かで漸く腹を括ったのかドアをノックした。
「……誰だ?」
「う、ウェイバー・ベルベットです。」
「…………よろしい、入りなさい。」
「失礼します!」
ドアを開けた先は以前入った時と比べて内装は全く変わっていなかった。
唯一変わっていたのはその部屋の主だ。
眠れていないのか目の下にクマができ、少しやつれた印象を受けた。
「それでなんの用かね?
私の事を嘲笑いにでも来たのか?」
「いえ!
その……すみませんでした!
僕はただ見返してやりたかっただけなのにこんな事になって……」
勢いよく頭を下げた。
ケイネスの表情は分からないし、声も掛けてこない。
「……全く君はそんな事を言う為に態々来たのかね?
いいか?
君は勝者では無いが紛れもなく私よりも結果を出した。
ならば、大きく胸を張っていれば良い。
というよりもそれを私に言うという事は侮辱に値する。」
「で、でも僕のせいで先生はエルメロイ当主の座から……」
「それは君が原因の全てでは無く、ただのきっかけの1つに過ぎない。
それに当主から下ろされたとは言え、もう一度当主になれないと決まった訳では無い。
分かるかね?
認めたくはないが、私もまだ未熟だったということだ。
私は講師を辞めてもう一度、一からやり直す。」
思わず顔を上げた。
顔は不健康そのものだが、目だけはギラギラと燃えていた。
講師の時には一切見せる事のなかった真理を求める探究者としての目だ。
「分かったかね?
分かったのなら出ていきなさい。
私には君と違ってやるべき事が多いのだよ。」
言葉に嫌味が混ざるのは変わっていない様だが。
「……なら、僕に貴方の教室を継がせてくれませんか!?
貴方がいつか戻ってくるその日まで教室を維持……いや、発展させてみせます!!」
「君が……?
…………好きにすると良い。
どうせ捨てるはずだった教室だ。
さあ、今度こそ出ていきたまえ。」
「はい!
失礼しました!」
こうしてウェイバー・ベルベットは次の目標を定めた。
それはケイネス・エルメロイ・アーチボルトに対しての贖罪であったし、イスカンダルとの約束を果たす為の手段でもあった。
更に言えば何があったかは知らないが、自分よりもずっと酷い目に遭っていた筈なのに既に聖杯戦争から立ち直り、次の目的を決めて邁進を始めていたケイネスの情熱にあてられたり、対抗心を持ったなどの理由もあった。
講師資格を取った後、とある霊園での事件で2度と会うまいと考えていた相手と対面したり、そこで保護し弟子にしたある人物を巡って何とも言い難い事になったりはするがそれはまた別の話である。
デメテル戦をメモリアルにした奴絶対許さねぇ
はい、というわけで幕間その1
聖杯戦争後のロンドン勢の話でした
ケイネス先生は冷静にさえなれば有能だと思ってる
聖杯戦争中は冷静になった事無いんじゃないかなぁと思ってる