冬木の港にあるコンテナ置き場。
そこで行われる戦いは昨晩のアーチャーによる戦いと呼べない様な蹂躙を除けば正しく聖杯戦争における最初の戦いだろう。
使い魔越しであっても、その戦場の空気は正しく男に届いていた。
「凄まじいな。」
冷や汗を垂らしながらそう言う男にモルガンは反応する。
『この程度、小手調べにすぎません。
双方共にまだまだ余力を残しています。』
マジか、と男は呟く。
使い魔越しとは言え、もはや残像を捉えてまるで腕や足が何本かあるかの様に見えてしまう。
彼らが軽く踏み込むだけでアスファルトは容易く割れ、攻撃の余波だけで鋼鉄で出来ているはずのコンテナが割れる。
これで本気じゃない?
だとしたらサーヴァントが本気で戦えばその余波だけで都市が滅びそうだな、とまで考えてしまう。
戦いは少しずつヒートアップしていく。
『……マスター、アサシンです。
戦闘位置から最も近いクレーンの上。』
男が思わず戦闘に目を奪われている間にもどうやらモルガンは周囲の警戒をしていたらしく、戦闘の監視に現れたアサシンに気が付いた。
それを念話で聞いた男は、目を奪われていた事を反省しながら使い魔の視線を言われた方向に向けた。
「こちらでも確認した。
やはり脱落したわけではなかったか。」
『考えられる可能性としては、幻影、分身、命のストックなどの限定的不死、アサシンに化けた別のサーヴァントあたりでしょうか。』
「同意見だ、念の為気を付けておいてくれ。」
アサシンが実体化していたのは幸運だった。
霊体化していては不便が多いという判断だろうが、霊体化している間は感知は非常に難しい。
この時点でアサシンが生きていたという確証を得られたのは大きい。
今度こそは見逃しのない様に、もう一度使い魔で戦場の周りを確認する。
ランサーとセイバーの戦場を中心に、すぐそばにアインツベルンの女。
そこから手前側のコンテナの上に衛宮切嗣、銃を構えている。
離れて衛宮切嗣の右腕、久宇舞弥、同じく銃を構えている。
エルメロイは付近に潜伏していると思われるが姿は確認できず。
そして最も離れてクレーンの上にアサシンと思わしきサーヴァント。
あそこは戦場一帯を観るのに最も良い場所だ。
恐らくノコノコと現れたマスターを殺す為にいるのだろう。
視界共有を一時停止、別の使い魔へ接続。
ライダー陣営は橋の上で戦場を観ている様子、未だ動き無し。
アインツベルン城、動き無し。
遠坂邸、動き無し。
間桐邸、動き無し。
現状どの陣営も動きは見せない。
再度、視界を戦場の使い魔と共有する。
戦いは佳境へと移り変わっていた。
ランサーの持つ2振りの槍、その片方から槍の姿を隠すための呪布が無くなり、その真価を発揮していた。
槍と剣が打ち合う度に、セイバーの剣を覆う不可視の膜がほつれる。
それによりランサーを苦しめていた不明の間合いが暴かれ、ランサーが一気に攻勢に打って出る。
更には魔力で編まれたセイバーの鎧をも貫通し、ランサーの槍の穂先が遂にセイバーの体を捉えた。
傷はすぐにアインツベルンの女によって治され、ランサーの持つ赤い槍の効力が知れるが、先に痛手を喰らわせたランサーに精神的な優位がある。
鎧が無意味である事を悟ったセイバーは、その鎧を捨てて身を軽くする。
『……アルトリアめ、下手を打ったな。』
「もう1つの槍の方か。」
既に真名を看破しているため、ステータスもスキルも丸分かりである。
マスター権限を通してランサーの宝具を確認する。
「『
なるほど、セイバーはランサーの策にしっかり引っかかった訳だ。
……出るのか?」
『ああ、あれは私の獲物だ。
あの様な半端者風情にくれてやるものか。』
そう言うとモルガンとの念話が途切れた。
向こうに集中するつもりの様だ。
セイバーとランサーの戦いは佳境へと移り変わっていた。
ランサーはその手に持つ赤槍でセイバーの防具を解かせる事に成功し、もう1つの宝具である黄槍で痛手を与える為の準備が整った。
それを知らぬセイバーはただ目の前の敵に集中する。
このままであればセイバーは剣士として致命的な負傷を喰らい、それでもその技量を以って一撃を返すだろう。
そして2人はもう一度ぶつかり合おうと駆け出す。
獲物を振り上げ、正に相手にぶつけようとしたその時。
「モルゴース」
戦闘によって発生した雑音の中、呟かれたその言葉に反応する。
戦士の直感により、2人は攻撃を止めて後ろへと跳んだ。
その瞬間、2人がぶつかり合おうとした所に強大な魔力波が襲いかかって来た。
「今のは……!?」
「っ…………貴様、キャスターか!?
この俺とセイバーの尋常なる一騎討ちを邪魔するとはどういう了見だ!?」
横槍を入れられた事に激昂したランサーが姿の見えないキャスターに怒鳴る。
それに対してキャスターはわざと足音を響かせながら夜闇の中からその姿を現す。
「! 貴様は!」
「なにっ!?」
その姿を見たセイバーが真っ先に反応し、ランサーは眼前にいるキャスターと先程まで戦っていたセイバーが同じ顔をしている事に驚いた。
「どうした愚妹、死後にも姉と会えて嬉しいか?
私は嬉しいがな。」
「戯言を!」
自身に剣を向けてくるセイバーを無視した後にランサーに向き合う。
「そしてランサー、一騎討ちの邪魔をした事は詫びよう。
だが、生憎とアレは私の獲物でな。
貴様のその黄槍で不治の傷を与えられては獲物の価値が下がる故、止めさせて貰った。」
「! 貴様、俺の真名を……!?」
「如何にも。
姉妹の会話を邪魔するのであればうっかり、そう、ついうっかり真名で呼んでしまうかもしれんな?」
こちらを睨み、槍を向けながらも何もして来ないランサーから目を離して再度、セイバーへと向き合う。
「さて、久しいな愚妹。
まさか死後にも貴様と戦う羽目になるとはな。
どうやら我々は運命の糸とやらで繋がっているらしい。」
「何をしに来た!」
「貴様を救ってやったと言うのに随分な言いようだな?
なに、ただの挨拶だ。
戦闘の気配を感じたから見に来てみれば、貴様がいたからな。」
『キャスター、ライダーが動いた。
そちらに向かってる』
マスターからの念話を受けたキャスターはその様子を一切漏らす事なく話し続ける。
「ところで……そこの貴婦人がマスターか?」
「え、ええ、そうよ。」
そう答えたアイリスフィールだが、その答えを聞いてキャスターは笑みを深める。
「争いの場にもついてくるとは……随分豪胆な貴婦人だ。」
それだけ言うとキャスターはその場からゆっくりと歩き出す。
だが、セイバーの顔は苦々しいものだ。
セイバーはキャスターの持つ妖精眼を知っている。
だが、アイリスフィールが答えるのを止めた場合、セイバーの感情の揺れ動きから答えを察してしまうだろう。
アイリスフィールはマスターではない、と。
やはりモルガンに場の空気を支配させてはいけない、と再確認したセイバーは私が襲い掛かれば真名を知られた可能性のあるランサーもそれに乗るだろうという判断の下、駆け出そうとする。
だが、またも戦場へと乱入者が現れる。
キャスターが歩いて行った反対側。
キャスターに警戒するあまり、目を離していたその場所に雷が走る。
思わず駆け出そうとした足を止めて、乱入者の方へと目を向けてしまう。
ハッとしてキャスターの方を見てみれば、キャスターもまたセイバーの方を見て笑っていた。
やられた、と瞬時に理解した。
キャスターは接近してくるサーヴァントがいる事に気付いていた上でわざと隙を晒していたのだ。
これで完全に機を逃した。
「我が名は征服王イスカンダル!
此度の聖杯戦争においてライダーのクラスを得て現界した!」
思わず一瞬、気が抜けた。
まさか自ら己の真名を堂々と明かすとは思っていなかったのだ。
「……な、何を考えてやがりますかこのバカはぁ!!?」
どうやらそれはマスターと思われるライダーの戦車にのる青年も同じ様で慌てふためき、更にはデコピンを喰らって悶絶している様に顔には出さないが思わず憐憫の情を向けてしまう。
「ええい、こんな時ばかり騒ぎよって。
良いから黙って見ていろ。
遠方より観させてもらったが、セイバーとランサー、貴様らの一騎討ち、誠に見事であった。
そしてキャスター、貴様が乱入した時には眉を顰めたものだが……まあ生前からの因縁があるのなら仕方あるまいて。」
「それで何の用だ?
ここで4騎による乱戦でも始めるか?」
最初に答えたのはキャスターだ。
先んじて乱入を知っていた分、ライダーに流れかけた場の空気を取り戻しに動くのが早かった。
「それもやぶさかではないのだがな、その前に貴様らに1つ問うておく事がある。
1つ、我が軍門に下り、聖杯を余に譲る気は無いか!?
さすれば、余は貴様らを盟友として遇し、世界を制する悦楽をともに分かち合う所存である!」
「無理だな。」
即答したのはキャスターだ。
「ほう、嫌ではなく無理、か。
それも軍門に下る事が決してあり得ぬという意味での無理でも無いと見た。
その心は。」
「この聖杯戦争が魔術儀式だからだ。
詳しい理論は知らんが聖杯を使う為には召喚された7騎から勝者の1騎を除いた6騎が敗退する必要があるのだろう。
つまり、貴様の言った事は物理的に実現不可能だという事だ。
まあ、それは別としても貴様の軍門に下る事などあり得んがな。」
恐らく他のクラスのサーヴァントならば知る必要がなく、大して魔術を知らぬが故に知らなかったであろう事実を淡々と説明するキャスター。
心内には罷り間違っても手を組まれては困ると言う理由がある。
一時的に手を組まれる程度なら内部分裂させる事は容易いが、本気で永久的に手を組まれては外部から干渉するのは難しくなる。
「……そういうモンなのか?」
「そうだよ!
ていうかお前はそんな事も知らずに聖杯戦争に参加してたのか!?」
イスカンダルが隣でうめいていたウェイバーに確認を取れば、キャスターの言った事を肯定された。
「ぬう、そうか。
であれば致し方無し、先の余の言った事は忘れよ。
まあ、それとは別に余の軍門に下ると言うのであれば大歓迎だがな!
キャスター、感謝するぞ。
危うく嘘吐きの王になるところであった。
ランサー、セイバー。
貴様らの答えをまだ聞いてはおらんかったな。
我が軍門に下るか?」
キャスターは軽く肩をすくめ、セイバーとランサーはその問いに応える。
「俺が聖杯を捧げるのは今生にて誓いを交わした新たなる君主ただ1人だけだ。」
「私とて1人の王として一国を預かった身だ。
いかな大王だとしても貴様の軍門に下るわけにはいかぬ。」
セイバーとランサー、2人ともがイスカンダルの提言を拒絶した。
「ぬう、こりゃあ交渉決裂かぁ、残念だなぁ。
貴様らの様な英傑と共に世界を駆け巡る、想像しただけで最高だとは思わんか。」
「断られてるじゃんか!
お前、ホント何のために出て来たんだよぉ……」
「そりゃあ坊主。
古今東西の英雄が集う聖杯戦争。
こんな機会2度もあるまい、なればこそ全員纏めて征服したくもなるだろう。」
「はぁ?」
ウェイバーはイスカンダルの言葉の一部に疑問を持つ。
全員纏めて、と言ったか?
「分からんか。
余だけでなく、本来ならば穴熊を決め込むはずのキャスターまで出てきおった。
それ程までに心惹く清廉な決闘、これを無視できる英雄などおるまい。
そうとも、他にもおるだろうが!!
闇に紛れて覗き見してる連中は!!
己が胸に誇りを抱く英霊ならば!
今! ここに! その姿を現すが良い!!
なおも顔見せを怖じる様な臆病者は!
征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!!!」
イスカンダルの怒声が港に響き渡り、そして僅かな静寂が広がる。
「よもや、この我を差し置いて『王』を称する不埒者が一晩に2匹も湧くとはな。」
港の電柱の上に黄金を纏ったサーヴァントが現れた。
日刊ランキング2位ありがとうございます!
多分アルトリアと話してる時のモルガン様めっちゃ生き生きしてる