港に現れた6騎目のサーヴァント。
つい昨晩、遠坂邸でアサシンを屠ったその黄金のサーヴァントはただその場に現れただけで周囲の空気を一変させた。
それを感じ取ったキャスターは内心で舌打ちする。
アレには口八丁は通用しない、と。
キャスターにとってサーヴァントが一堂に会するこの機会は同盟を結ぶ相手を探すには絶好の機会だった。
直接、最後にセイバーを斃す為にアインツベルンと一時的に組んで良さそうだと思った。
魔術師らしい魔術師だというエルメロイも良さそうだ。
ライダー陣営はダメだ、主導権がマスター側ではなくサーヴァント側にある。
相手がサーヴァントでも言葉で操るのは不可能だが、口八丁で丸め込む事は可能だと判断していた。
だが、あの黄金のサーヴァントはダメだ。
何かを言おうとしたところで、アレにその気配があると判断されただけで容赦なく襲い掛かってくると簡単に予想できる。
「と、言われてもだなぁ。
余は正真正銘、征服の名を冠する王であるのだが。」
「たわけ。
真の英雄は天上天下に我ただ独り。
あとは有象無象の雑種にすぎん。」
アーチャーに対して最初に口を開いたのはイスカンダルだ。
だが、そのイスカンダルの言葉に対してもアーチャーは正に傲岸不遜と言わんばかりの答えを返す。
「ほう、そこまで言うのなら貴様もさぞ名のある英雄に違いあるまい。
名乗りを上げたらどうだ?」
「問いを投げるか?
雑種風情が、王たるこの我に向けて?
……我が拝謁の栄に浴してなお、この面貌を見知らぬと申すなら、そんな蒙昧は生かしておく価値はない!」
アーチャーの後ろの空間に黄金の波紋が広がり、その中心から剣と槍が1本ずつ出て来る。
その両方から溢れんばかりの神秘が漏れ出ており、正しく宝具である事が見て取れる。
武器を向けられているのはイスカンダル1人だけであるが、その威圧感にサーヴァント全員が構え、その場にいるマスターだけでなく、遠くから使い魔越しに見ている男までにすら身を硬くさせられる。
だが、そこに更なる闖入者が現れる。
唐突に魔力の渦が現れ、その中心には黒いモヤの様なものを纏った黒鎧のサーヴァントが現れる。
言葉にならない雄叫びを上げるその様子から見て取れる狂気。
「バーサーカー!?」
セイバーが戸惑いと共に告げるこの聖杯戦争における最後の1クラス。
正気を無くした狂戦士、バーサーカーだ。
即座にその場にいるマスターはステータスを看破しようと目を向ける。
「バーサーカーか。
おい坊主、サーヴァントとしちゃあどの程度のモンだありゃあ。」
「分からない。」
ウェイバーの言うそれが全マスターの思考の代弁だった。
「ああ?
何も戦士としての力量を聞いてるわけでは無いのだぞ?
マスターなんだからサーヴァントのアレコレが色々と見えるものなんだろう?」
「違うんだ。
あの黒い奴、間違いなくサーヴァントの筈なのに何もスキルもステータスも何も見えてこないんだ。」
それを聞いたキャスターは隠蔽系のスキルないし宝具であると予想を立てる。
恐らくはモードレッドに与えた生前の作品、不貞隠しの兜と似た効力だろう、とあたりをつけた。
『マスター、そちらからも奴のステータスは?』
『ああ、確認できない。
しかし困ったな。
バーサーカーが突っ込んできたらそのままなし崩し的に乱戦状態になるだろう。
その時に真名を知られているセイバーとランサーがキャスターを狙う可能性が高い。
そうなったら即座に撤退しよう。
可能なら自力で撤退して欲しいが、危なくなったら令呪による即時転移でキャスターを逃がす。』
『了解しました。』
念話で男と確認を取り合いながら場の様子を伺う。
バーサーカーの目線は何故かずっとあのアーチャーに向いている。
「誰の許しを得て我を見ている、狂犬めが。」
それが気に障ったのかアーチャーはイスカンダルに向けていた武器をバーサーカーに向け直す。
「せめて散り様で我を興じさせよ、雑種。」
波紋から武器が放たれる。
着弾と共に爆発、バーサーカーの姿は煙で見えなくなるが。
「奴め、本当にバーサーカーか?」
最初に声を上げたのはランサーだ。
それに続く様にイスカンダルも言う。
「理性を無くしてるにしちゃあ、偉く芸達者な奴よのう。
ありゃあ、スキルないし宝具にまで昇華された生前の逸話か何かによるものか?」
あまりにも早すぎてその場にいるマスターの殆どが見極められなかっただろうが、サーヴァントは全員、その瞬間を目で捉えていた。
先に、ほんの僅か先に飛んできていた剣を避けたかと思えば、その剣を掴み、そして後から飛んできていた槍をその剣で打ち払った。
バーサーカーに違いない筈なのに、狂気など微塵も感じさせないその正確な武練に思わず舌を巻く。
「その汚らわしい手で我が宝物に触れるとは。
そこまで死に急ぐか、狗!!」
だが、アーチャーはそうではないらしい。
更に激昂すると10をゆうに超える波紋が浮き上がる。
先程同様、その1つ1つから武器が顔を出し、バーサーカーを狙う。
下手をすれば生前に見たカリバーンなどの宝剣よりも内蔵する神秘が濃い。
そこから恐らくは自身が生きた時代よりもずっと前、神代の英雄であると予想はできるが、余りにも数が多すぎて一切真名に繋がらない。
「その小癪な手癖の悪さを以って、どこまで凌ぎ切れるか。
さあ、見せてみよ!」
その武器が次々と発射される。
アーチャーも何も考えずにただ撃ち出すのではなく、タイミングを変えて緩急をつけたり、バーサーカーの移動する先に発射したりしているが、それでもなおバーサーカーは見事な迎撃を続ける。
遂にアーチャーからの攻撃を凌ぎ切ったバーサーカーは受け止めた武器を投げ返して、アーチャーの立っていた街灯を切った。
そうして漸くアーチャーが地上へと降りて来た。
「……痴れ者が。
天に仰ぎ見るべきこの我を!
同じ大地に立たせるか!
その不敬は万死に値する!!」
怒るポイントがズレてやいないか?と思わないでもない台詞に微妙な気分になりながら、更に数を増やす黄金の波紋に目を取られる。
あり得ない事にここまで一度も同じ武器が出て来て無いのだ。
贋作やコピー、その場で作り出しているなどの予想はその濃密な神秘が否定する。
ならば、あの波紋の奥に膨大な武器を保有していると考えるべきだ。
キャスターは幸いにも空間に関する魔術は得意な方である。
だから、あの波紋が何処かの空間とこの場所とを繋げている事は分かった。
だが、そこ止まりだ。
恐らくはありとあらゆる宝物を所持していた、という逸話か何かから来るものだろうが……その大半は誇張されており、アレ程大量の宝物が実際に納められていたとなると、やはり該当する英雄は思い浮かばない。
「そこな雑種よ。
もはや肉片1つも残さぬぞ!!」
またもその武器が放たれると誰もが思ったその瞬間、アーチャーから怒気が一瞬にして消える。
渋い表情をしながらではあるが、波紋が消えてそこらに転がっていた射出された武器もまた粒子となって無くなる。
「この我に意見とは、大きく出たな時臣。
……命拾いしたな狂犬。」
そしてバーサーカーから目を離すと背を向けて歩き出す。
「雑種共、次までに有象無象を間引いておけ。
我と見えるのは真の英雄のみで良い。」
それだけ言うとアーチャーは霊体化して去って行った。
「全くあやつめ、場を引っ掻き回せるだけ引っ掻き回して行きよった。
奴のマスターがアーチャー自身ほど剛気な質では無かったからこの程度で済んだがな。」
頭を掻きながら少し呆れた様子でライダーがそう言う。
他のサーヴァントも似たり寄ったりな感情だ。
そんな中、警戒を解けないでいたのがセイバーとキャスターだ。
襲い掛かったアーチャーがこの場から消えた以上、バーサーカーも消えるかと思っていたら敵意を叩き付けられた。
刻一刻と強くなっていく敵意に構える。
そして遂にバーサーカーが吠えた。
切れた街灯の鉄柱部分を持つと、セイバーに襲い掛かって来た。
そこらにある街灯程度ならセイバーの剣に切れぬ道理は無い。
その予想を覆し、鉄柱はしっかりとセイバーの剣を受け止めた。
「なにッ!?」
その一瞬の動揺の間にセイバーの剣を弾いて、その横を抜けた。
向かう先にいるのはキャスターだ。
「チィッ、白兵戦はそう得意ではないのだがな。」
先程のセイバーの一撃を受け止めた事から判断すれば、筋力ステータスは確実に自分より上だと判断したキャスター。
まともに打ち合えば勝ち目はないと踏んで、真上から振り下ろされた攻撃を横に避ける。
同時に持っていた杖が剣へと変わり、何もない所を斬りつける。
その斬撃をキャスターは転移させ、間接的にバーサーカーを斬りつけようとするがそれは難なく避けられ、更に距離を詰めてくる。
挟撃するつもりなのか背後に回って来たセイバーを感知し、セイバーとバーサーカーの攻撃が当たる直前に転移し回避。
再度セイバーとバーサーカーがぶつかり合ったのを確認して2人を囲む様に棘の様な物を配置、纏めて串刺しにしようとするがその得物で払われた。
「やはり、私では分が悪いか。
では帰らせて貰おう。」
「! 待てキャスター!
くぅっ……!」
今の攻防で即座に自分1人が最も分が悪いのを確信したキャスターは即座に撤退を判断した。
すぐそばにある海から水が出てきて、まるで姿見の様な形に纏まる。
セイバーがそれを止めようとするがバーサーカーに阻まれて動けない。
「なんだ、最後までやっていかんのか。」
「私はキャスターだ。
切った張ったは趣味ではない。」
ライダーの言葉に答えを返したキャスターはその『水鏡』で自身の魔術工房へと帰還した。
それを使い魔越しに確認した男も、危ないときは転移させる為に構えていた左手を下ろして、ふう、と一息ついた。
戦場に残った水鏡はキャスターが転移すると重力に負ける様にびしゃり、と地面を濡らした。
工房へ帰還したキャスターは杖を手放すと、椅子に座って戦場にいる使い魔と接続、同時に己のマスターへと念話を繋げる。
「マスター、帰還しました。」
『ああ、見てたぞ。
怪我は無いな?』
「見てたのでしょう?
ありませんよ。」
『魔力も平気だな?』
「ええ、工房からの供給で十分賄えました。」
男と確認を取り合いながら未だに続く戦闘を見る。
どうやらランサーが参戦した様だが、セイバーばかりを攻撃している。
苦悶の表情を浮かべていることから本意では無い事が見て取れる。
「マスター、決めましたよ。
私達が組む相手を。」
『少なくともあのアーチャーとライダーは無いことは分かるが……誰だ?』
薄らと笑みを浮かべながら愉しげに告げる。
「セイバーです。
今からどんな反応をするのか楽しみです。」
実はキャスターは先んじて張られていたエルメロイの結界を気付かれないように掌握、改変することであの場にいた衛宮切嗣と久宇舞弥の存在、そして2人の会話をしっかり認識していた。
ここから物語は大きく動き出す。
妖精騎士2人が当たらない……