コミュ障TSロリの一日。   作:ドエフ・TSロリスキー

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一日目。どちらかといえば、幸運に振り切れた一日。

 

 

「うぅ…」

 

 じめじめとした洞窟の中を1人歩く。一昨日降った雨のせいか、地面がところどころがぬかるんでいて、頑張ってポイントを貯めて買ったブーツが泥に汚れていく。

 

「あぅっ!」

 

 足元を見ていたはずなのに、ぬかるみの深さを見誤ったようで、膝まで泥に浸かってしまった。

 

「う、ぐっ、ぐすっ」

 

 泣くな男だろう、と心の中で自分を激励してみても、どうやらポロポロと流れる涙は止まりそうにない。

 こっちに来て、体が少女に変わってからはどうにも涙腺が弱くなったようで、何につけても直ぐに涙が出てしまう。この調子では転んだだけでも大泣きだろう。

 

 さめざめ泣きながら、やっとのことで沼から抜け出すと、おしゃれだったブーツは泥に塗れて傷がつき、中にも泥が入り込み、見るも無残な姿になっていた。

 

「っ、っぐ、ひ、ひどい…」

 

 悲しくて仕方なくなって、私はゴツゴツとした洞窟の壁に体育座りになって背中を預けた。

 

 

 ◇

 

 

 死んだ。

 どうやら私は死んだらしい。

 死んだ時の記憶なんてなく、普通に日々を暮らしていた記憶しかないのだが、しかし、どうにも私は死んだらしい。

 

 というのも、一つの街が作れそうなほどの大勢の人間が、何もない空間に集められ、その中で一際目立つ、神と名乗る人物がここにいる者達は皆その生を終えたと言っていたのだ。

 

 仮にそれが等身大の人物で、神々しさもない、あるいはチンドン屋のような格好であったなら、何かの突発的な狂言、それに巻き込まれたと考えたのだろうが、なんと神を名乗る人物は、仏像の如く巨大で、背景と同化するほどの大きさなのだ。見渡す限りではその鎖骨から上しか見えず、それだけでも50mはあろう巨体だった。

 

 どう言うことだ、これは何だ、何を言っている、と声が飛び交うが、神様にはどうやら聞こえていないようで、その全部を無視して口を開いた。

 

 神様が仰るには、ここに集められた人間達は別の世界に移り住むことが決定した者たちで、しかし、それをいきなり行ったのでは皆が戸惑うだろうし、すぐに死んでしまうだろう、なので、力を蓄えるための期間を設けることにした、だそうだ。

 そして、人間たちが研鑽を積むために、それに最適化した場所を用意し、また、気兼ねなく力をつけられるようにと、ここに存在する限り何度でも蘇ることができるようにすると、仰られた。

 

 ふざけるな、と隣の男の人が叫んだ瞬間に、神様から目が開けられないほどの閃光が迸ったかと思うと、次の瞬間には目の前に海が広がっていた。

 

「えっ」

 

 常夏の海だ。

 太陽が空に燦々と輝き、風は潮の匂いを運んでくる。ヤドカリが私の足元に近づき、ヤシの木は揺れる。

 そんなイメージの中の南国の海が目の前にあった。

 

 周りを見渡しても誰もいない、私だけの海。理解が追いつかなかった。

 

「…んん?」

 

 自分を落ち着けようと、辺りをぐるぐると周りながら砂浜をしゃりしゃりと踏み潰していると、偶然映り込んで見えた海の水面には、へにょりと頼りなさげな顔をする少女が写っていた。

 

 

 ◇

 

 

 随分と座り込んでいたのだろう。

 俯いていた顔を上げると、私が動かなかったからか私の周りには色とりどりに光る蛍が無骨な洞窟の壁をステージに飛び回っていた。

 

「わぁ、きれい…」

 

 赤に、緑に、青に、黄に、縦横無尽に宙に浮かび、灯を灯してゆらゆらと私に落ちてくる。まるで星空みたいだ。

 

 何で蛍が洞窟にいるのだろう、とか、そんなことが思い浮かばないほどに綺麗な光景で、涙も忘れるほどに見惚れていた。

 

 私を励ましてくれているのだろうか。

 たくさんの蛍たちが私のために輝いてくれている。

 

 そうしてぼーっと眺めていると、のっし、のっしと地面が揺れ音が立つ。

 震源に目を向けると、そこには頭を夜行色に光らせたキノコが歩いていた。

 まずい、光りキノコだ。

 

 光りキノコはこの洞窟のボス的な立ち位置のモンスターで、人間に対して敵対している。

 頭の部分にキノコ特有の傘があり、傘には水泡のような膨らみが歪に並び、それぞれが違う色で光る。

 腕のように小さなキノコの傘が2本生えていて、根っこを足のように動かすため、遠目に見れば変な格好をした人に見えるかも知れない。

 

 しかし、その精神性は人とは程遠く、生きた人間を見つけると出来るだけ長く遊べるようにと、死なない程度に苦しめ続けようとするらしい。しかも、仮に殴り続けた人間が死んでも、その肉体が消えるその時までミンチにし続けるという、あまりに凄まじい残虐性の高さだ。そのため、血染めの赤キノコとも呼ばれている。

 

 光りキノコは、本来こんな浅いところに出没するようなやつじゃないはずなのに。

 こっちに来るな、こっちに来るなと光りキノコを睨みつけながら念仏を送る。

 

「ひっ」

 

 それがいけなかったのか、光りキノコは私の心情など無視して、地面を揺らしながらこっちに歩いてくる。

 

 もう目を合わせないようにと、顔を伏せて小さく震え続ける。たまたまこっちに来ているだけで、まだこちらの存在には気づいていないのだと、そんなありえない可能性を儚く祈りながら。

 

 しかし、まるで死へのカウントダウンのように、ゆっくりと、そして重い音で地面が揺れる。

 

 ああ、いやだ、嫌だ。痛いのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。

 恐怖が私の体を勝手に動かし、歯がカチカチと音を立てる。

 息を潜めようとしているのに、喉奥からひゅー、ひゅーという音が止まってくれない。

 

 ついに、光りキノコは私の前に立ち、私の視界が暗くなる。

 幻想的な景色を作っていた蛍たちのせいで、その影が、膝を抱えて蹲るわたしに、光りキノコが私の前に立っているのだと教えてくる。

 

 逃げ出すことは出来なかった。

 多分心が折れていたのだ。動くことすら出来なかった。

 

 光りキノコの腕の影が伸びていく。まるでそれを振り落とすかのように。

 

「…っあ、ひ、いや…いやぁッ!」

 

 し、死んじゃう。死んじゃう…! 

 死にたくない、死にたくないと、ガタガタ震えながら、でもどうしようもできなくて、せめて、目を閉じ俯きながらぎゅっと体を抱いてみたが、なぜかいっこうに光りキノコからの攻撃は来ない。

 

 何だろうと、涙でよく見えない視界のまま、恐る恐る光りキノコを見上げれば、まるでおどけているように腕をブンブンと振るっている。

 

「はえ…?」

 

 とぼけた顔をしていただろう私の表情が気に食わなかったのか、光りキノコは私に群がっていた蛍たちを引き連れ立ち上がると、何故か踊り出した。

 

 それは見事な踊りだった。何も状況が理解できてないわたしにも分かるくらいの素晴らしい踊りだった。

 スポットライトのように蛍たちを集めたり、全員の光を一気に消したりして、抑揚をつけ、断片的なモーションを見せる事でより、アーティスティックなエモーションを表現したり、根っこに蛍を集め、ブレイクダンスによって色とりどりに輝く木を表現したりと、なんというか、かなりテクい踊りだった。イルミネーションダンスと呼ぶべきだろうか。

 

「おぉ…」

 

 私が思わず拍手を送ると、歩きキノコはのっしのっしと近づいてきて私の頭を撫でるようにその腕で擦った後、蛍を引き連れどこかへ歩いていった。

 

 …? 

 どういう事? 

 

 よく分からないが、不思議な経験だった。撲殺キノコといったら残虐ファイト上等の極悪ヒールだと思っていたが、ダンスを見せてくれるような奴だったとは。

 

「…すぅー、ふぅ」

 

 大きく息を吸い込む。

 ああ、私は生き残ったのだ。夢見心地から覚め、肌寒いような生の感触が身に染みる。

 生きてる。生きている。私は生きている。

 

「…ぇへ、うへへ」

 

 変な声が私の喉から出る。

 体が弛緩していく。とろけていく。今の私はきっと焼きたてのお餅くらいとろとろだろう。

 そんな馬鹿な考えが浮かぶほど多幸感に包まれていた。

 

 しばらく、トリップしたまま溶けていたが、やがて我に返って、出口の方へ歩き出した。

 

 せっかく光りキノコから生き残ったのに、変な奴に襲われたんじゃ堪まったもんじゃない。

 

 ルンルン気分のままで、グチュグチュと気持ち悪い音を鳴らしがらブーツを踏み締め、蛍が居なくなったせいか随分と暗く感じる洞窟の中を歩いていく。

 

 

 木材で舗装された出口を抜けると、外はもう夕暮れ時のようで、赤く染まった街の景色は、不思議と哀愁を漂わせていた。

 

「あぁー! 可哀想に泥だらけじゃあないかぁ!」

 

 膝下を茶色く染める私の姿を見て、洞窟の見張りをしてくれている鈍色のジェルみたいな謎生物の人が近づいてくる。

 

 ジェルの人は警備隊に所属する人だ。

 警備隊というのは、転生者たちが無秩序に力をつけていくと、それを制御するための自制心があやふやになって、倫理観に欠ける者たちが暴れ出すのではないか、という考えを持った心ある有志が発足させた治安維持用の組織だ。端的に言えば自警団である。

 

 でもまあ、多分転生者たちが暴れ出しても、なんやかんや神様がなんとかすると思う。神様はアフターサービスが良いというか、足が軽いので、そういう事も解消してくれるだろうと言う信頼がある。

 

 けど、多分だけど、そういった無責任を積み上げいくのは知性ある人間としてどうなのだ、という一面もまた警備隊にはあるのだろう。

 

 ちなみに警備隊は無給だ。完全なボランティアなのだ。その見返りとして、色んな情報を扱うので、スキルや魔法を手に入れたい人にとっては人気があるらしい。

 

 私は絶対にやりたくない。コミュ障なのに、色んな人と話をする警備隊の相性は最悪だ。

 

 話が逸れたが、つまり言いたかったことは、ジェルの人は洞窟の警備を任されるくらいなのだから強くて倫理的な人だということだ。

 

「可哀想にねぇ、ほら、靴脱いで!」

「…え、と」

 

 脱ぐ? 脱…? ここで…? なんで…? 

 泥だらけの足が見たいとかか…? 

 でも、ジェルの人がそんなことを言う筈がないし…

 

 頭に大量のハテナマークを浮かべて訝しげな顔をする私をみて、ジェルの人が声を発する。

 

「ちょっと気持ち悪いかもしれないけど、僕の中に突っ込んでくれたら、綺麗にしてあげるよ!」

 

 良かった。ジェルの人は良い人だった。

 でも、それとこれとは別で、長時間履いたブーツを他人に預けたくはない。

 ありがたいが断ろう。

 

「…う、でも…」

「多分だけど、普通に洗うよりも僕の方が綺麗に仕上げられるよ!」

「…え、あ、うん。じゃあ、その、お願いします…」

 

 無理だった。いや、仕方がないのだ。だってコミュ障だから。

 それに、完全に善意100%で言ってくれているし、それに多分断ろうとしても最終的に流されていただろう。

 これは時間の浪費を防いだ、英断だ。うん、間違いない。

 

 最終抵抗として、恥ずかしいので嫌です、というオーラを満開にしながら、ドロドロになったブーツを脱いで見せたが、ジェルの人には効かなかったので、それをそっと沈めた。にゅぷんとジェルの人に吸い込まれていく。

 

「あ! 足もドロドロだね! 足も入れていいよ!」

「え、と、足はちょっと…」

「大丈夫、溶けたりしないから怖くないよ!」

「…うぅ」

 

 そういうことじゃないのだが…

 洞窟を歩いて汗とかかいてるし…

 

 本当に嫌だったのだが、大丈夫、大丈夫、と強い押しに負けて、靴下を脱いでジェルの人に足を沈める。悔しい。

 

 うぇえ…思ったよりも暖かかくて気持ち悪い…

 ひぃ…足の指の間でにゅるにゅるとジェルが動く。ちょっとこそばゆくて、腰が逃げてしまう。

 

「靴下も入れていいよ!」

「…え、う」

 

 彼? は良い人なのだが、完全に私のことを見た目相応の少女だと勘違いしているのだ。いや、年相応の少女だとしてもその対応はどうだとは思うが…

 

 ただ、そう、彼は変な性癖を持っているとかではなく、本当に良かれと思ってやっているのだ。じゃないと警備隊には入れないので。

 

 いや、これは寧ろ、何も思ってない相手に対して恥ずかしいと思う私の方が可笑しいのではないか? 

 

 うん、これは洗濯機だ。靴とかの泥を取ってくれる洗濯機。そうだろう。恥ずかしいことなんてないのだ。

 

 覚悟を決めて靴下もジェルの人に突っ込む。

 

 …大丈夫だよね? 臭くないよね? 

 

 ジェルの人にそれとなく視線を送るが、そもそも顔がないので、どんな表情しているのか分からなかった。

 

 しばらくの間ジェルの人が足に這っているのを無心で眺めていると、ジェルの人が綺麗になったよ、と声を上げる。

 

「わぁ、ありがとうございます…」

 

 返してもらったブーツは細かい傷がついたせいでちょっと曇ってしまったもののピカピカの状態になっていた。靴下も泥のシミみたいなのもなく綺麗な白色だった。

 

 余りに綺麗な仕上がりに頬が緩む。

 

 ちょっと恥ずかしい思いをしたが、結果的に凄い得をした。

 

「うんうん、やっぱり子供は笑顔が1番! 次からは泥んこにならないようにしようね!」

 

 ばいばーい! と手? を振ってくるので小さく振り返す。

 

 彼には何度も何度も私は大人だと訂正しているのだが、君は立派なレディだよ! とまともに取り合ってもらえたことはない。

 …そんなに私は不甲斐なく見えるだろうか。

 

 少し落ち込みながら商店街へ向かう。

 

 

 商店街は、奥の方のお店の客引をしている人たちの掛け声でも、遠くから聞こえてくるくらいに活気がある。

 

 商店街、というか、神様が作ったこの街は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したみたいな風貌をしている。

 

 転生者達は、次の転生先の世界に生息する生物の姿をしているので、必然的に、このモラトリアム的な世界はごっちゃ煮のようになってしまうのだ。

 

 だけど、それで行くと絶望的にへっぽこな私はどんな世界に行くんだろうか。

 萌え4コマ漫画的な平和な世界なのかも知れない。

 でも、それはそれで嫌だなあと思う。

 私はコミュ障なので、馴染めずにボッチになりそうだからだ。

 みんなが楽しそうにわいわい過ごしている世界で一人きりで過ごす自分、想像しただけで背筋が凍りそうだ。

 

 そんなことを考えながら往来を歩いていく。

 

 人、狸っぽい耳が生えた人、空飛ぶ三つ足イルカ、人、人、全身弦楽器のびっくり人間、空に浮かぶデロデロした液体、横と上にも足が生えてるでかい16本足の犬、人、妖精っぽい小人、10mくらいある八つ腕の巨人、人、チューブとかが飛び出ているメカメカしい亀。

 

 色々な種族の人達とすれ違う。

 ここで暮らしている人たちは、それぞれが食べるものも住む場所も環境も違うので、商店街には前世では見たことないような珍妙な作りの店や、商品がずらりと並んでいる。

 

 例えば食品店のコーナーに宝石屋があったりするし、そこの隣のコーナーにはオイルが並んでいたり、向かいには金属のインゴットが並んでいたりする。他にもヘドロの専門店とかもあるし、飲料水専門店とかもある。全部れっきとした食品コーナーのお店だ。

 

 そういうわけで、食品店のコーナーに行くたびにみんな食べる物が違うんだなあ、と毎度のことながら感心する。

 

 そんな店々を通り過ぎ、商店街の奥にある1番大きな建物の神様直営のスーパーマーケットにたどり着く。

 

 スーパーに入ると、人工的な空調のおかげか少し肌寒い。

 良くある謎の販促BGMが流され、夕暮れ時のせいか、人で賑わい、少し騒音が耳についた。

 

 私は買取のコーナーの前の行列に並んだ。

 

 ここは神様が経営──実際に店舗内にいるのはその眷属だが──しているだけあって、どの種族の者達も欲しいものが買えるようにと、店舗もでかいし、商品の数も物凄い、そして何よりとってきたアイテムを買い取ってポイントに変換してくれるのだ。

 なので、いつも狩りに成功した人たちが屯している。

 

 もちろん他の人たちの店でも物々交換はしてくれるし、掘り出し物があったりするのだが、私みたいなへっぽこが集められるアイテムでは、まともな物が交換できない。

 そのため専らスーパーを利用している。

 

 そんな私が今日集めてきたのは苔だ。

 洞窟に生えていた苔。ちょっぴり光る。洞窟内で見るとぼんやりと光っててちょっと綺麗で、特にレアでもなんでもない何処にでも生えている苔。

 

 でも仕方がないのだ。

 洞窟内にはモンスターだっているが、少なくとも私より強いのだから。

 顔ぐらいある大きさの鼠は群れで襲ってくるし、基本寝ているだけの2mはある謎デカ蝙蝠はひとたび起きれば尋常じゃない爆音で叫びだす。光りキノコは論外だ。

 

 私は見た目通りの力しかないのだ。

 魔法だってここには存在しているはずなのに、私には発現しないし、スキルとか言う俗に言うチートも私は持っていない。

 そう、まだまだ庇護を受けるべきだろう見た目の完全な違法ロリ、それが私なのだ。

 つまり、苔を採る以外に方法がないのだから、そう、仕方がないのだ。

 

「あ、ヒカリちゃん。今日も苔?」

 

 私が自分の境遇に嘆いている間に列は進んだようで、私はカウンターに苔を乗せていく。

 

 ヒカリちゃんとは、私の名前だ。光る苔ばっか売りにくるから、そうなった。悲しい。ついでに前世の名前は失くした。何故か思い出せないのだ。まあ、忘れるような物なので大した物じゃないのだろう。

 

「だって、私にはこれしかないので…」

 

 小さくそう呟きながら苔を取り出していく。

 ちょっとでも値段が上がるようにと丁寧に摘んで来た私の可愛い苔たちを、ずらーと並べる。なんだか感動的だ。

 うん、自分ごとながら、眺めても良し、食卓に並べても良しな見事な仕上がりの苔だ。香り高い苔。鞄に突っ込んだせいでちょっと崩れてもいるが。

 

「…うーん、でも、苔はあんまり高くないからね、石とかは無理なの?」

「石は重たいのであんまり持って行けないですし、ピッケルとかも力がないので振るえなくて…」

「落ちてる骨とか…」

「前に集めようとしたらネズミに襲われて、その時にナイフも落としちゃったりしたので、骨は…」

「ああ、あのボロボロで号泣してた時のやつね」

「恥ずかしいので、あんまり…」

「ああ、ごめんね。…はい、1260ポイントだよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 買い取り

 コケ 1260

 ゴウケイ 1260

 

 と書かれたレシートを受け取る。ポイントは自動で体の中に勝手に貯まるので、何も持ち歩く必要がなく買い物がすごい楽なのだ。言うなれば、私は全身ICカード人間だ。

 

 元気でね、という言葉に手を振り返し、食品コーナーへ向かう。

 

 今日は残念ながら1500ポイントに届かなかったので、野菜とお米は無しだ。

 無しだが、見るだけならタダなのでチラッと野菜のコーナーを見ると、前に買って美味しかった謎の野菜グガーランが3本で200ポイントと安くなっていた。

 甘くてお出汁が効いたお芋みたいな味がするきゅうりみたいな野菜だ。食感はナスっぽい。栄養はあんまりないらしい。美味しいだけの野菜。

 うう、食べたい。食べたいが将来のために貯金をするのだ。そう決めたのだから、我慢だ、私。

 

 チラチラと野菜コーナーを振り返りながら、いつもの冷凍うどん(5玉で100ポイント)と謎の肉(419gで213ポイント)を購入し、家へ帰ることに。

 

 

 私のお家は海の近くにある。

 南国っぽい海の近くだ。

 海の前に堤防があって、その前を通る道路のさらに前に私の家がある。

 真っ白で、まんまるな家だ。お餅みたいな見た目をしている。

 扉の部分がちょっと出っ張っているのでかまくらみたいに見えるかもしれない。

 

 そんな素敵なお餅ハウスにやっとのことで帰ってきて、いの1番最初に手を洗い、そのあとすぐに冷蔵庫の中に冷凍うどんを突っ込んだ。

 

「あっ」

 

 いつか買った冷凍うどんが冷蔵庫の中にはまだ残っていた。最悪だ。ちょっと贅沢してグガーランを買えばよかった。そしたら食卓に彩りが増えたのに。

 

 悲しみに暮れながら、自動調理器に謎肉と冷凍うどんをセットする。

 自動調理器はお家にセットでついていた物で、クソまずい物が出来上がると専らの評判だ。

 でも、私は貧乏舌、というか馬鹿舌なので、いうほど不味くないよなあと思っている。

 なので、私の家ではまだ現役なのだ。

 

 料理が出来上がるまでに、土で汚れた服を水で少し流してから、洗濯機に入れる。

 そのついでに、軽くお風呂を洗ってから湯船にお湯を溜めておく。

 

 湯船を洗い終わっても、自動調理器は動き続けている(調理時間が長いのも不評らしい)ようなので、ソファの上でゴロゴロと転がり休憩する。

 

 

 金欠の私がこんなに豪勢な生活を暮らせるのには訳がある。

 

 なんと、この家は神様が転生者諸君に配ってくれたものなので、家賃、光熱費、ガス代、水道代、電気代、魔力代、全部無料なのだ。すごい。

 しかも水も直で飲める。すごすぎる。

 が、食費だけは無料ではないので、最低限出稼ぎに出る必要はある。

 多分、ここでニートや引きこもりをするのは至難だろう。パソコンやケータイなんかの娯楽やコミュニケーションツールがないので。 

 

 ぐみょーん、と形容しがたい音が鳴る。

 調理の完成だ。

 調理器の中には肉うどんが鎮座していた。

 肉うどんというか、肉の分量が多すぎたせいで丼物みたいになっている。

 

 もそもそと口に運ぶ。

 うん、普通だ。美味しいかと言われると微妙な感じの肉うどん。

 

 部屋の中にうどんを啜る音が響く。

 

 この世界にはテレビとかがないので、私の咀嚼音だけが耳に入る。

 無音の空間だと、自分の咀嚼音がやけに大きく聴こえてくるので、こっちにきてからは食事の時間があんまり好きじゃない。

 

「熱っ!!」

 

 胸元に汁が跳ねた。服を脱いでいたせいで皮膚にダイレクトで飛んできた。

 うぅ…ちょっと赤くなっている。

 ポイントさえ有れば一張羅以外に部屋着とかも買えるのに。

 

 テンションを下げながらご飯を食べ切ると、ちょうどお風呂が沸いたと音声が鳴る。

 

 熱々の湯船に入るのが好きなので、さっさとお風呂に入りたいのだが、ちょっとお肉の量が多すぎたせいで吐き気がするので、少し休憩することにした。

 

 

 

「ふあ〜」

 

 お風呂に入るとやっと一日の終わりだと実感できる。

 

 体を洗ってから湯船に入るのがマナーだが、ここには私しか住んでいない、いわば私のキングダムなので、先に湯船に入る。ここでは私がマナーなのだ。

 

 気持ちいい。ちょっとお湯が冷めてしまっているが、逆にじんわりと温まっていく感じがして、これもたまには良いかもしれない。

 

 行儀悪く、バタバタと足を動かし波を起こす。

 

「んふふ」

 

 なんというか、解放的だ。マナーを守らなくても良い、行儀悪くしても良い、私だけの空間。リラックス出来る場所。ふふふ。

 

 ぷかぷかと全身を水面に浮かせる。

 

「えへへ、私はラッコだぁ」

 

 著しくIQが溶けていく。それがまた気持ちいい。

 

 …いや、駄目だ。

 私は知的で格好良い大人なのだから。何がラッコか、私は人間だ。

 

 危ないところだった。このままいけば私は完全に少女へと、それもアホの子の少女へと化していただろう。

 知的な思考をしなければ…

 

 ああ、そういえば、前に女性はお風呂で胸が浮くという話をされたが、私の胸は浮かばない。見事にぺったんこだからだ。多分お腹の方が浮く。

 でも、そう考えると逆説的に私はまだ男なのかもしれない。お腹が浮くのも中年男性っぽいし。

 ああ、そうだ、多分私は太り気味の知的な中年男性だったのだ。

 

「そうだろう?」

 

 しかし、鏡を覗けば、アホそうな顔をした少女がいた。残念。

 

 

 体と髪をピカピカに磨き上げ、シャワーで流す。

 シミ一つない、白い体。それが、温まったおかげでほのかに赤みがかっている。そこに混じり気の全くない真っ黒で輝く絹のような髪が流れている。

 

「うんうん、綺麗だぁ」

 

 密かに私の自慢だったりするのだ、この体は。プロポーションは良くないが、なんというか綺麗なのだ。いうなれば、カット前の宝石の原石のような。完全な自画自賛である。

 

 

 体から湯気をのぼらせたままお風呂から出る。

 タオルが備え付けで一つあって助かったなあと毎度思う。

 しかし、何故かドライヤーは付いて無かったので、体を拭いたタオルで髪の水気をしっかりと吸い取っていく。

 ドライヤーはかなり欲しい商品の一つなのだが、8000ポイントと高いのだ。なので諦めている。髪の毛が尋常じゃなく痛み始めたら、手を出してしまうかも知れないが。

 まあでも、部屋着よりも冬用布団とシーツを先に買ったような人間なので、多分その時は来ないだろう。別に誰も来ないのだから家の中では全裸でいいだろうという判断だ。

 

 風邪を引かないようにしっかりと水気を拭き取ったら、もう今日やるべきことは一つしか残っていない。

 

 そう…! 

 

 スキルチェックの時間だ! 

 

 神様が転生者に配ったお家や住みかには、神様を模したピカピカの像が一体着いていて、その像の手に持っている鏡に触れると、貯まったポイントや持っているスキル、魔法なんかのいわゆるステータスがそれに映るのだ。

 

 今日はちょっと珍しい経験をしたので、もしかすると、もしかするかも知れない、と期待を膨らませながら鏡に触れる。

 

 

 ヒカリ 女  11才

 

 13563ポイント保有

 

 力   致命的に弱い

 体力  致命的に弱い

 魔力  かなり弱い

 精神力 致命的に弱い

 

 スキル +

 

 魔法

 

 

 おお! 初めてスキルの欄が光っているのを見たぞ。すごいぞ、めでたいぞ、初スキル取得だ!! 

 これで私も明日からチート転生者の仲間入りだ! 

 臥薪嘗胆の日々が報われたのだなぁ、うへへ、とにやけ笑いが溢れる。

 どんなスキルかなあ、戦闘系のかっこいいやつがいいなぁ、えへへ。

 

 

 スキル -

 

 •じめじめ -

 じめじめしている。

 ──くだらないことを言っていないで、着実に一歩づつ進みなさい。近道などは無いのです。後、これはアドバイスですが、苔集めよりは森のフィールドで枝葉を集めるのをお勧めします。

 

 

 

 …。

 …こんなのスキルじゃないじゃん。

 メッセージカードみたいになってるし。

 

 上がったテンションを急激に下げられたせいか、急に無気力になってベッドに体を投げ出した。

 

「うぅ…ひどい…」

 

 枕が涙で染まっていく。

 

 神様には叱咤され、キノコには慰められる、そんな一日だった。

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