ポケットモンスター 天 & 冥   作:アンギュラ

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今回もほぼ無口な方が再登場です。
宜しくお願いいたします。


根の島

◆◆◆

 

 

 氷の神フリーザー

 

 その名前はリンドウを辟易させるのには十分過ぎる名前だったが、カンナがその名前を呼んだ時に起こった現象に、彼は絶望するしか無かった。

 

 

 「っ!」

 

 

 リンドウは指先に刺す様な痛みを感じてカップから手を離した。慌て為にカップは倒れ、中身が外へぶちまけられる筈だったのたが....

 

 

 

「「......」」

 

 

 

 二人とも絶句していた。

 

 先程まで温かな湯気を上げていたコーヒーがカップごと"氷っていた"のである。勿論カンナのカップも。

 

 

 

「ど、どういうことなの?」

 

 

「『心の目』だ。いや、その上位補完系だろうか。貴女とフリーザーの縁に俺が少しだけ触れたんだろうな。向こうから牽制が飛んできたみたいだ。幸い、俺は島の関係者じゃないからこの程度なんだろうけど。一種の呪いみたいなものかな。心の目で覗き、そして対象を遠隔から氷殺する。非常に強力で呪いを解く暇すら与えない厄介な代物だよ」

 

 

 

「......」

 

 

「覚えがあるみたいだね。でもまぁ、そこら辺はプライベートな問題だ。無理に話す必要はない。」

 

 

 

 ━━━さて、とリンドウは一息付く。

 

 

「フリーザーの伝承は各地に残っている。時期も記述もさまざまだけど。氷の様に美しい見た目で残雪が溶けきらないまま冬を迎える山に住んでいるってのが共通している所だろうか」

 

 

 

「ええ。だけど.....」

 

 

「うむ。相手を氷殺するなんて記述は少ない」

 

 

 

「少ない?ではあると言うの?」

 

 

「確証は低いが、2種類あるそれは....」

 

 

 リンドウは物語を語るようにゆっくりと口を動かす。

 

 

 一つ目は

 

『雪山で 寒くて 死にそうな時 目の前に 現れると謂われる 伝説の冷凍ポケモン』

 

 

 

「これは、遭遇者の談が伝承として伝わったものだと推測される。冬山で遭難して亡くなった生き物から何かを奪う様な記述ではあるが、実際は殺害された訳じゃない」

 

 

「では二つ目の方は?」

 

 

 リンドウが険しい表情になり、空気がビリリと重くなるのをかんじる。

 

 

 

 二つ目は

 

『伝説の鳥ポケモンの一つ。長い尻尾がたなびいて 飛んで行く 姿は素晴らしい。しかし、その姿を見た者は死んでしまうと伝えられている』

 

 

 

 カンナは背筋にゾクリとするものを感じた。

 

 

「これは....」

 

 

「ああ、多分コレだろうな。この伝承には生存者がいないんだ。死んでしまうからね。しかし、その死因を目の当たりにした人々から伝わった。ポケモンによって凍り漬けにされていて、それが一つ目の伝承と重なった結果、氷殺した正体がフリーザー"なのではないか"と言う推測したことが窺える。それと貴女の反応から見て間違いはないだろうね」

 

 

「でも伝説にバラつきがあるのは何故なの?」

 

 

「伝説のポケモンと言っても、それぞれに成り立ちが違う。本当にこの世に一体しかいない存在もあれば、たんに希少個体だってのもいる。フリーザーは希少個体だ。だから色々な地方でそれぞれの伝承になっている訳だし」

 

 

 

しかしなぁ━━と、リンドウは眉に皺を寄せる。

 

 

 

「コレは特異個体の可能性がある。ポケモンにも俺のブッキーみたいな色違いかいるだろう?フリーザーの一族にも特に知能が高く、不思議な力を持った個体がいてもおかしくは無い」

 

 

 

「人間にも超能力者がいるみたいに?」

 

 

「そうだ。だが、これは難題だな。実際に現場で実物と対面しないと対処は難しそうだ。何せこの通りだからね」

 

 

 

 リンドウは氷漬けになったカップをプラプラと振って見せる。カンナは憂鬱な気持ちを抱えた。今日の疲れがまたぶり返して来た様な気がする。

 

 

 

「疲れていそうだね」

 

 

「え?」

 

 

「無理もないさ。色々あったからね。話は明日にして今日は休むといい。俺は出発の準備があるから森へ行ってくるよ。ベッドはそのまま使ってくれ」

 

 

「ちょ、ちょっと待って頂戴!そこまで迷惑は掛けられないわ!ベッドならあなたがっ!」

 

 

「ん?流石に病み上がりの女性を床で寝かせるほど腐っちゃいないさ。それに同部屋ってのもなんだか気を遣う。心配は要らない。呪いで逃げられないし、先生の家もあるからそこに泊めて貰うさ。細かい荷物は明日出発前に詰め込むとするよ。それじゃあお休みなさい」

 

 

「え?え?あっ....」

 

 

 

リンドウは立ち上がると外へ出ていってしまう。ドアが閉まる直前にブッキーが彼の後を付いて出ていった。

 

 部屋が一気に静かになった。彼を見張るつもりなのだろうか。いつの間にかジュペッタも姿を消している。

 

 

「な、なんなのよ....そんなに邪険にしなくたっていいじゃない」

 

 

 

 そうは言ったものの、本音を言うならば不安だった。一人は心を寒くさせる。それはカンナにとっては耐え難い苦痛なのであった。確かに、初対面の男性と狭い部屋で二人で寝るのは気が引ける。だが、今の彼女には途なりに居てくれる者が必要だったのだ。

 

 

「ねえ、寒い。寒いよ....」

 

 

 カンナはモンスターボールを抱き締めて震えていた。まるで子供の様に

 

 

◆◆◆

 

 

 リンドウは暗い森の中を進んでいた。

 

 

「さて、物資は集まった。そろそろ休もうかブッキー」

 

 

 キュッキュッと鼻を鳴らしてブッキーが答える。

 

 

「それじゃあ行こうか。おいで」

 

 

 彼がしゃがんで手を伸ばすとブッキーが鼻先を触れてくる。それと同時に彼らの姿が一瞬で闇の中へ消えた。

 

 

 影移動だ。

 

 シオンの霊能者の一部が使える秘術で、影や闇の中を移動できる。日中の場合は影のある場所にしか移動がでないのが欠点であるが、これは非常に高度な術でありリスクもある。

 

 影の中から出てこられなくなる可能性があるのだ。それは闇の中で道に迷う事。これは本人が移動先のイメージを確固とした上で、更にその場所に思い入れが強いと成功する。リンドウの場合は未熟なため、身近な影にのみしか入れないのだが、この島に関してだけは思い入れも強く、長い期間滞在しているため難なくこなす事が出来た。

 

 

 「着いたな」

 

 

 リンドウの周りには一面が花に囲まれた草原が広がっている。この中にポツリと小さな石作りの家があった。ドアと窓、そして煙突以外は一面が苔に覆われ、まるで大きなマリモの様な家だった。

 

 彼はドアをゆっくりと開けて中に入る。ホコリの溜まった家具が、長年この家が使われていなかった事を窺わせる。

 

 

「先生、お久しぶりですね。今日は一晩だけご厄介になります」

 

 

 返事は帰って来ない。しかし、リンドウは何か懐かしい誰かに話すように穏やかな顔で虚空を見つめる。

 

 

「あの、俺は明日この島を出るんです。婆さんと決着をつける為に。どうか...どうか見守っていてください」

 

 

 しばらく部屋の中の闇を見詰めたリンドウは静に今は主が居なくなってしまった古びたベッドへと横になるのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 これは夢ね。

 

 

 そう言う自覚がある。どうして四天王だった時代の過去夢なのだろうか。理由は解る。楽しかったのだ。勝負の時は真剣であっても飽くまで皆人間なのだ。沢山語り合いそして笑い合っていた。

 

 

 あの少年がポケモンリーグに訪れるまでは━━

 

 

 レッドと言われた知覚外のトレーナーは、チャンピオンである幼馴染みグリーンを撃破した後に逃亡を謀った。

 

 無論リーグ本部がそれを許す筈がない。

 

 グリーンと四天王は、未だ近くに居るであろうレッドの捜索を命じられ行方を追っていた。

 

 

「全く、こんな事は初めてだ。辞退には前例があるが逃走するとはな。もし世間に知られてしまえばポケモンリーグは良い笑い者だ」

 

 

 ワタルが苦々しく呟く。

 

 

 

「そんな事より彼を見つける手立てはあるの?」

 

 

「フェフェ!いまゲンガーに影を追わせている。見付けつけたら時期に知らせが来るさね」

 

 

「しかし解せん!俺と真っ向勝負を挑んだあの闘気、尋常ではなかった。その男がチャンピオンの座に怖じけづくとは思えんが....」

 

 

「私も同感よシバ。故に解らないわ。何故あの子は逃げたのかしら」

 

 

「逃げた訳じゃねぇよ」

 

 

 四天王の会話にレッドと幼馴染みであるグリーンが割り込む。

 

 

「俺も一瞬だがチャンピオンになったから解る。俺は昔からレッドにだけは負けたくなかった。アイツは天才だったからな。このポケモンリーグの場でアイツに勝って最強である事を示したかったんだ。だがその後は?奴に勝った俺は何を目指せばいいんだ?認めたくはねぇがレッドは俺の知っている中で最強のトレーナーだ。ソイツに勝ったら俺に残るのは虚無感だけだなって気付いちまった」

 

 

 グリーンの表情には以前の不遜な態度は鳴りを潜めていた。もしかしたらこれが彼の本当の表情かもしれないとその場の全員が思っていただろう。

 

 

「チャンピオンになった果ての虚無。アイツはそれを初めから知っていたんじゃねぇかと思ってる。ポケモンリーグにはチャンピオンになりたいから来たんじゃねぇ。アイツはただ、俺との決着とケジメとして付ける為だけに乗り込んで来ただけなのかもしれねぇな。不器用で無口だけど律儀な奴だからさ」

 

 

 彼らはライバルである前に友人なのだなと感じた。理解し合い、常人では考えられない努力を積んできた者同士なのだ。だからこそ許せないのだろう。なんの言葉も残さず姿を消した友人に。

 

 

 

 ビリリとゲートの壊れる音がして、赤い目をした少年が引き返して来る。

 

 

「今回は残念だったね。でもこれくらいで挫折しないでまた挑戦してくれよ」

 

 

「.....」

 

 フレンドィショップの店員がそう声を掛けるのも少年に反応はなく、ポケモンリーグの門を出て行く。

 

 それと同時にグリーンと四天王達が少し遅れて到着した。

 

「おいアンタ!ここを俺と同じくらいの奴が通らなかったか?」

 

 

「え?今そこを出たばかりだけど....」

 

 

「ちっ!」

 

 

 グリーン達は外へ飛び出した。彼の姿はもうない。

 

 

「クソ!アイツ空を飛ぶポケモンなんてもってたか!?」

 

「念を入れよう私とグリーンは空から、シバ キクコ カンナはチャンピオンロードを探してくれ!」

 

 

 二人はピジョットとカイリューで空へ舞い上がった。

 

 

「フェフェ!洞窟中は影だらけさ。いくら隠れても逃げられはしないよ!」

 

「行く手を遮る岩も多い。そう簡単には逃げられるとは思えんが.....」

 

 

 

 キクコとシバがチャンピオンロードの洞窟へ入って行くのをカンナも追った。洞窟の中は静まり帰っており、人気は感じられない。

 

 

「本当にここへ逃げ込んだのかしら?」

 

 

「フェフェ!焦るんじゃないよ。今ゲンガーに影を追わせてる」

 

「あの位のトレーナーなら、それなりの闘気がある筈だ。俺もそれを探ってみる。カンナ、お前はどうする?」

 

 

「索敵は得意じゃないけど、やってみるわ。来なさい!ルージュラ!ヤドラン!彼の居場所を探るのよ!」

 

 

 彼らはレッドの辿った軌跡を探る。真っ先に感知したのはキクコだった。

 

 

「掛かったねぇ」

 

「本当なのか!?」

 

「ルージュラ達の知覚にも検知されていないわ」

 

「間違いない。だが、ゲンガーはやられた様だね。一瞬しか見えなかったよ。ホントに化け物だねぇ」

 

 

 3人は洞窟を駆けて行こうとした時だった。

 

 

「あっ!」

 

 

「カンナ!」

 

 

 シバの叫びがこだます。どうやら足元に空いた穴へ落下してしまったらしい。彼女の意識が暗転していった。

 

 

「ん....」

 

 

 身体に感じる激痛がない。どうして?と疑問に思う前に、カンナの視界に深紅の瞳が飛び込んできた。

 

 

 

「......」

 

 

「あ、あなたはっ!」

 

 

 ポケモントレーナーのレッドだった。どうやら助けられたらしく、カンナは自分が抱えられている事に気付いた。慌てて足をバタつかせると、彼はゆっくりとカンナを下ろし、心配そうな顔で彼女の頬に手を当てて顔を近付けてくる。怪我をさせたのではと動揺しているらしい。

 

 

 心臓が高鳴るのを感じた。中性的で整った顔立ちと、バトルの時には決して見せない人間味のある表情。洞窟の天井から差し込む僅かな光が、彼の存在を神秘的なものに昇華させていた。

 

 

「あっ....ありがと。助かったわ」

 

 

 思わず見とれてしまった事に気付いて視線を外した。

 

 

「そ、それよりも、あなたどうしてリーグを抜け出したりしたの?」

 

 

 

「......」

 

 

 レッドは何も答えない。堪らず詰め寄ろうとして彼の空気があの時の様な重い空気を発している事に気付いた。彼の視線はカンナではなく、真上に向いている。

 

 

 

「「はかいこうせん!」」

 

 

 チャンピオンロードに轟音が鳴り響いた。ワタルのカイリューとグリーンのギャラドスが上空からはかいこうせんを放って天井を穿ったのだ。その驚異的な膂力がレッドに到達しようとした時、水と炎の螺旋が光線とぶつかって再び爆圧が生じる。

 

 レッドの手持ちであるカメックスとリザードンの放った攻撃だった。近くに居たカンナでさえも、いつ繰り出したのか解らない。

 

 爆圧は洞窟内部で暴れまわり、岩が大量に降り注ぐ。カンナにもその岩が降り注ごうかと言うタイミングで、巨大な唸り声が響いた。

 

 

 

「ウー!ハーッ!」

 

 

 シバと彼の相棒カイリキーの拳が岩を粉々に砕く。そのまま流れる様に身体を翻して、彼等はレッドへと向かって行った。

 

 しかし、

 

 

「のわっ!?」

 

 

 地面から突如現れたレッドのフシギバナの蔓に二人は叩き飛ばされる。

 

 

「フェフェ!良い囮じゃあないかシバ」

 

 

 キクコが所持する2匹目のゲンガーがレッドの影の中から現れ飛び掛かる。しかし、その更に背後から飛んでくる重い攻撃に反射的な回避をゲンガーが取った。

 

 カビゴンだ。ゲンガーはひるんで影の中へと沈んで行く。

 

 彼の相棒でもあるピカチュウが怒りの表情を浮かべ、不可視の攻撃をしようと構えたと同時にピタリと動きが止まる。

 

 

 「動くんじゃないよ!」

 

 

 レッドの背後にはキクコが立って杖を背中に押し当てていた。

 

 

「舐められたもんだねぇ。年寄りだからって油断しちゃあいけないよ。アンタの影はアタシが押さえた。動かそうったって眉ひとつ動かせやしないよ!」

 

 

 

「.......」

 

 

 

 キクコ叫びの残響が消える同時に、レッドの周りを四天王とグリーンが取り囲んだ。彼のポケモン達はジリジリと後退して行く。

 

 

 

「さて、尻尾を巻いて逃げ出した理由を聞こうじゃないか」

 

 

 ワタルがレッドに近づきながらグリーンや四天王達に目配せをし、カンナを含めた全員が手持ちのポケモンを繰り出してレッドを囲んだ。

 

 

 

「チャンピオンとはその地方の人々の模範であり指導者足らねばならない。それは、勝利した者の責務でもある。だが、それぞれに事情はあるさ。辞退はやむを得ないが、逃げるとは感心しないな」

 

 

「フェフェ!どこぞのジジイがポケモン図鑑なんて下らない事を吹き込んでいるせいさねぇ」

 

 

「待て!ワタル、キクコ!俺もこの男と真剣勝負をした。言いたい事は確かにある!だが、一番思う所がある者がいるのではないか?言わせてやれ」

 

 

 シバがグリーンの方を見やった。

 

 

「なぁレッド。どうしてだ?何故チャンピオンにならねぇんだ!俺はお前に勝つ為に技もコンビネーションも磨いてきた。それはこれからも変わらねぇ!絶対にお前を超えたいからだ!なのに何故だ!何で勝ち逃げみたいなナメた真似しやがる!答えろ!」

 

 

 

 

「......」

 

 

 

「またダンマリかよ....なぁレッド!お前は一体何を見てるんだ?答えてくれよ!」

 

 

 グリーンは悲痛とも言える叫びをレッドに投げ掛ける。レッドは深紅の瞳で真っ直ぐ見詰め......

 

 

『全テダヨ』

 

 

 

「!」

 

 

 

 レッドが声を発した。いや、違う。彼の声は年齢的にもそんなに高い筈はない。更に彼は口許を動かしてすらいないのだ。

 

 

 辺りを見渡すグリーンの足元にはレッドのピカチュウが彼を見上げていた。

 

 

 

「おい....まさか」

 

 

 

『我々ハ コノ者ト出会イ ソシテ獲得シタノダ』

 

 

 

 今度はとても低い声だった。一同の視線が向いた所にカメックスが立っていた。

 

 

 

『世界ト言ウ概念ヲ』

 

 

 リザードンの方向から勝ち気な青年の声が発せられた。

 

 

 

『最早我々ハ 止マル事ナド 出来ヌ』

 

 

『留マル事ハ 我等ノ本能ニハ 無イ』

 

 

 

 様々な方向から声が響いた。太い声 ゆっくりと話す口調など規則性は無かった。

 

 

 そして再び、グリーンの足元から高い声が響いた。

 

 

『コノ者ハ 我々ヲ連レテ行ッテクレル ダカラ行クノダ』

 

 

 グリーンは血の気がひいてる行くのを感じた。前触れ、そう前触れだ。殿堂入りの部屋での出来事の様な空気の重さが辺りを支配し始めた。

 

 

 いつしか声は何重にも重なって洞窟に響いていた。

 

 

『『共ニ行クノダ 我等ト行クノダ マダ見ヌ彼方ヘ!』』

 

 

 

 「な、に!!?」

 

 

 レッドがいつの間にかグリーンの目の前に立っていた。

 

 

 

「バカな!影は縛った筈だよ!何で動けるんだい!」

 

 

 キクコが喚くのも聞こえていないのか、レッドはグリーンを真っ直ぐ見詰め━━━

 

 

「レッド、お前.....」

 

 

 

彼は笑っていた。歳相応のあどけなく儚い笑顔を。その神秘的な光景にその場にいる誰もが時が止まったかの様に固まっている。

 

 

 初めに異変に気付いたのはカンナだ。

 

 

「唄?唄が聴こえる」

 

 

 チャンピオンロードの洞窟に唄が木霊していた。それは暗い洞窟の闇の中から聞こえおり、まるで子守唄の様な透き通る心地よさだ。

 

 

 「うっ、く、クソっ!こんな時に眠気がっ!レッ...ド...」

 

 

 グリーンがグラリと倒れ、四天王達も抗えずその場に倒れ伏す。それを見定めた様にレッドは踵を返して歩き出そうとした。

 

 

「ま、待って!」

 

 

「......!」

 

 

カンナだった。彼女だけは何故か眠りに落ちてはいなかった。レッドの深紅の瞳が見開かれ口元も少し開いている。驚いているようだった。

 

 

背筋が粟立ち、歯がカチカチと音を立ててのも構わず彼女は言った。

 

「あ、あなたは一体、何者なの!!?」

 

「.....」

 

 

 彼は答えず、再び踵を返してポケモン達と共に歩き出した。その姿が歌声の響く闇の中へ消えて行き、やがて足音も歌声も消えて行く。カンナはただ、呆然と立ち尽くして暗闇を見詰め続けるしかなかった。

 

 

 

「ふむ。面白い色の縁をお持ちですね」

 

 

「!!?」

 

 

 急に聞こえてきた声に飛び上がりそうになる。年老いてはいるが、どこか気品を感じさせる様な声。辺りを見回しても誰もいない。そこで彼女は違和感に気付いた。

 

 

 これは夢なのだ。

 

 自分の脳が再生した過去の情景。しかし、あの場面にこのような声は存在しなかった筈なのだ。

 

 そう自覚した瞬間、辺りの景色が一変した。道具の岩も倒れているグリーンや四天王達も、全てがハリボテの様にのっぺりとした質感に変わっていたのだ。

 

 

「おおっと失礼。夢の形が揺らいでしまった様ですね。でも良いでしょう。そろそろ目覚めの時間ですし」

 

 

 

 カンナは声の正体を問いただそうとするも声が出ない。それどころか指一本動かせなくなっていた。しかし、不思議と怖いとは感じなかった。   

 

 

「あの子も、そして貴女も、普通ではない"縁"によって、これからも困難が訪れるでしょう。しかしだからこそ咲く花の色は誰も見たことが無い美しく輝きを放つのです」

 

 

 辺りの闇が温かな光に覆われて行く。カンナはその眩さに目を閉じた。

 

 

「だから結ばれた自身の縁を信じなさい。そして、たまにあの子の背中を押してやって下さいね」

 

 

 

 目の前が光で真っ白になり、カンナの意識が再び遠退いた。

 

 

◆◆◆

 

 

 カンナは薄く目を開ける。朝の光が丸い小窓から差し込んでいるのだ。

 

 ガチャリと音がして誰かが外へと出て行こうとしているのが解り、急いで眼鏡を掛けてそちらを見やる。

 

 

 白い七分のシャツと、グレーのスラックスをはいた落ち着いた雰囲気の年老いた白髪男性の後ろ姿が一瞬見えた。顔はハッキリとは見えなかったが、丸い眼鏡を掛けていたように思える。

 

 

 当たりを見渡すと、荷物が全て片付けられていた。彼女が寝ている間にリンドウが支度を済ませたのだろうか。

 

 

「あれはもしかして彼の先生かしら?」

 

 

 彼女は急いで靴を履き、男性の後を追う。彼は島の頂上に続くであろう森の獣道へと消えて行った。

 

 

 

「あ、あのっ!」

 

 

 カンナの声が聞こえていないのか、男性は歩いて行ってしまう。小走りで追うが、何故だか距離が縮まらない。向こうはゆっくりと歩いているだけなのに。

 

 薄暗い森の向こうに光が見える。その光は強く、眩さに目が眩んだ隙に男性の姿が消え、代わり一面に花が咲いた丘に出た。近くには苔で覆われた石造りの家があり、島の頂上だと言うのに小川が流れ、その畔に蔓の絡まった東屋がある。永い年月放置されていたのか、東屋の下にはテーブルと椅子が朽ちて転がっていた。

 

 丘の頂上に人影を見つける。先程の男性ではなく見覚えのあるシルエットである。

 

 リンドウだ。彼は煙管から紫煙を漂わせながら近くに大きな鞄を置いて足下を見詰めているようだった。

 

 

「ここで何をしているの?」

 

 

「ん?ああ、起きたのかい。よく眠っているようだったから、起こさずにこっちに挨拶をしに来ていたのさ」

 

 

「挨拶?」

 

 

「ああ、先生に島を出る挨拶だよ」

 

 

 彼の足下には小さな墓石が立っていた。リンドウが彫ったのだろうか、お世辞にも上手いとは言い難いものの、それよりもカンナは刻まれた名前に驚愕する。

 

 

 

「ウラジロ・ヨウラク!!?あの"先代チャンピオン"の!!?そ、そんなっ!」

 

 

 カンナが四天王として君臨する数年前にチャンピオンを引退した人物だった。エキスパートタイプは『くさ』であり、フロンティアブレーンからチャンピオンになった経歴の持ち主だった。強さは勿論、人格者としても人々から尊敬を集めていたらしい。

 

 あの四天王ワタルもドラゴンタイプの強さに溺れていた時期があり、それをウラジロが諌めてからというもの、ワタルは心を入れ換えてポケモンと接し、更なる高みへと登って行ったのだと言う。

 

 妻や子供は無く、親戚筋も引退後の彼の足取りを誰も知らなかったが、このような名も無き離島でひっそりとその生涯に幕を下ろしていたなど、誰も知るよしもない。

 

 

 「先生は、自然の力の一端をまるで花を観察するかの様に見えるのだと言っていたよ。もっと色々な事を教えて欲しかった」

 

 

 彼は寂しそうに俯いた。

 

 

 その頭を大きな葉っぱが優しく撫でる。

 

 いつ現れたのだろうか、墓標を取り囲む様にポケモンが佇んでいた。

 

 ダーテング キレイハナ モジャンボ ルンパッパ そしてフシギバナ

 

 彼等は一様に穏やかな表情で威厳すらも感じられた。

 

 

 「みんな、俺は行くよ。先生をよろしく頼む」

 

 リンドウは彼等を撫でて行く。その瞳には涙が光っていた。

 

 「それじゃ、またいつか」

 

 

 一度も振り返らずに踵を返して歩いて行く彼をカンナが追う。薄紫の花畑から森へと入るその時にカンナが後ろを振り返ると、ポケモン達の姿は既に無く、丘の上にひっそりと佇む墓標の左右には4本の巨大な樹と、中央には墓標を雨風から守る様に大きな赤い花が咲いていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 二人はラプラスに乗って島を離れていた。

 

 

「不思議な島ね。こんな大きくて名も無い島が航路に無いなんて」

 

「実際、在るかどうかも怪しい島だからね」

 

「どういう事なの?」

 

「見てごらん」

 

 

 カンナが振り返ると、そこには何もない海が拡がっていた。島を離れて数分もしないと言うのに。

 

 

「『根の島』と言われている在ったり無かったり島だよ。その昔、この辺海域で酷い戦争があってね。愚かな行いを続ける人々やポケモンに神が『裁きの礫』を落とし、この辺の島々を丸ごと沈めてしまったと伝えられている」

 

 

 

━━勿論、海底火山での地殻変動ってのが一般的な説なんだがと前置きした上でリンドウは声のトーンを少し落とす。

 

 

  『この辺りの海では、頻繁に島が目撃される様になったそうだ。

 

 形も場所も様々で現れる場所にも規則性はない。大まかにこの海域って事以外はな。

 

 そして、この場所では座礁事故や行方不明者が続出した。海底火山もあるから事故が絶えないのは解る。でも行方不明の概要が、船だけを残して人だけが消える様な不可解なものばかりだった。

 

 ポケモンリーグ本部は、事態を重く見てこの海域を航路から外させた。

 

 元々ポケモン達も生息しておらず船で通る以外に使って居なかったから誰も異議を唱える者はおらず、この場所は忘れ去られて行ったんだ』

 

 

 カンナは背筋が少しだけ寒くなるような感覚を覚えた。

 

 

 事故は座礁だけではないだろう。カンナもそうであった様に嵐による遭難も有り得る。そして、死を覚悟する満身創痍の状態で島が現れたとしたら。藁をも掴む思いで上陸を試みるに違いない。例え本当は存在しない島だったとしても。

 

 

 助けも無く、そのまま島に閉じ込められる気持ちとはどんなものなのだろうか。彼女は、1人で島に取り残され気が狂って行く自分を想像して思考を止めた。そして一つの疑問に気が付く。

 

 

 

「あなた、もしかしてあの島に閉じ込められていたの?」 

 

 

「まぁ元々出て行くつもりなんて無かったけどね。島に来たのも先生に出会ったのも偶然だけど、探索くらいはしたくて森を出ようとしたことはあったよ。出られなかったけどね。貴女に逢うまでは...」

 

 

「それって」

 

「解らない。だけど、貴女の持っている不思議な縁があの島の怪異を無効にしてたんじゃないかな。だからこそ婆さんもジュペッタも縁を手繰り寄せる事が出来たと俺は考えてる」

 

 

 自分の持つ不思議な縁。故にフリーザーとの縁を結んでしまったのかと考えると憂鬱になる。狂ってしまいそうになるほどに。

 

 しかし、現状は正気を保てている。それは何故なのか?

 

 理由は解る。彼がいるからだ。もしかしたら誰でも良かったたのかもしれない。だが、これも縁なのだ。

 

 もしかしたら彼なら、長く続いた自身の苦悩を終わらせてくれるのではないなと、何故か確信できた。 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

「ん?まだなにか?」

 

 

 彼は昨日からの疲れなのか、ラプラスの背中で横になり目を閉じている。ブッキーはそこが定位置なのか彼のお腹の上で丸まっていた。

 

 

 

「あのね、その『貴女』って言うの止めない?他人行儀みたいで嫌なの」

 

 

「他人でしょ」

 

 

「そうかしら?言葉を借りるならこれも"縁"よ。もう他人じゃないわ。短い間になるかもしれないけれど、一緒に行動するんだもの。こう言うの何て言うのかしら。相棒?パートナー?とにかくお互い名前で呼び合いましょう。歳も近そうだし」

 

 

「貴女のポケモンリーグの公式プロフィールによると同い年だね」

 

「もう!だから貴女禁止!同い年なら尚更よ!」

 

「四天王とパートナーだなんて御免だね」

 

 

 彼女はたまらず横になっているリンドウの顔を覗き込む。

 

 

「ダーメ!とにかく禁止よ!解った?リンドウ」

 

 

 

 リンドウは驚いた顔をしている。その表情がチャンピオンロードでのレッドの表情と少し重なって思わずクスリと笑みが溢れた。彼は唖然とした表情を呆れたものに変える。

 

 

(婆さんといいカリン姉といい、何で四天王の女はこんなに強情なのかな.....)

 

 

どちらにせよ逃げられはしないのだ。リンドウは観念したような顔を間近のカンナへむけた。

 

 

「ああ、解ったよ。負けだよ負け。宜しく頼む.....カンナ」

 

 

「うん!よろしい!」

 

 

 ラプラスは二人の様子を微笑ましく思いながら、大海原をナナシマに向けて進んで行った。

 

 

 

 

序章 完

 




根の島のモデルは生態系保護の観点から立ち入りが制限されている南硫黄島にしました。


フリーザーの説明にある、長い尻尾がたなびいて飛んで行く姿は素晴らしいの続きで、姿を見たら死ぬって言うのは、実際に赤・緑発売当時に合わせて発売されてたコレクションカードに記載されてました。ゲームだと物騒だったのか、それとも要領の問題だったのかは解りませんが

ポケットモンスター 天


元チャンピオン  『ウラジロ・ヨウラク』

好きな花言葉 清らかな祈り

性格 穏やか 花壇の手入れが好き

戦闘開始の掛け声 「花開く瞬間を見せておくれ」

特性 リジェネレーションヒーリング

持ち物 ワダツミの杖

使用タイプ 草
H 65
A 70
B 40
C 120
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S 30

技 
いにしえの芽吹き
宿り木の種
にほんばれ
根を張る
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