ハヤテのごとく!~another combat butler~ 作:バロックス(駄犬
誰もが寝静まり、時計の秒針だけが刻む一室に一つの打撲音が響き渡った。 チビハネの拳がテルの腹部にめり込んでいたのである。
「ぐふぅ!」
強烈な痛みと共に膝から崩れ落ちたテル。 相手がチビハネだと理解した時、彼女のパンチ力にテルは絶句した。このパワーはまるで戦闘時の、敵として戦っていた時の黒羽舞夜並であると。
「ちょ、チビ・・・・・話を聞け――――」
「テメェ、何者です!」
一瞬の刹那、チビハネの強烈な張り手がテルの顔面を捉えた。 同時に、そのまま顔面を掴まれてテルは後頭部から机に叩きつけられてしまい、こちらの話を聞いてもらえない。
「なんかアイツそっくりな野郎ですが怪しいのでデリートするデス! オラオラオラオラァァァ!!」
それどころか、即座にテルの腹部に跨ってマウントを取るとダメージで動けないテルに対して容赦ない拳の連打を浴びせる。 一発一発がとにかく強烈かつ的確で気を抜くと一瞬で魂を刈り取られそうである。
「コヒュー、コヒュー・・・・」
マウント取られ、ボクサーの前のサンドバッグの如くチビハネに殴打されたテルは既にボロ雑巾に等しい状態であった。 顔が腫れて、瞼が塞がりかけているのか見上げるチビハネの姿が霞んで見える。
「ん?」
ふと、振り上げていた右腕が止まる。 今その一撃をかまされたら間違いなく昇天されることが予測できたから、テルにとっては一時的なものであれど、助かったと言えるだろう。
直後、チビハネの両腕がテルの顔面に伸びると、殴打で膨らんだ頬を鷲掴みしてまるで餅でも捏ねるかのように引っ張り始めた。
「なんかどっかで見たような・・・・」
何を迷う必要があるのか、目の前にいるのは”どっかで見たような”なんて既視感を得るどころか、紛う事なき本人なのだ。 チビハネは今更ながら気づいたように眉をひそめて、
「まさか、お前テルです?」
「今更気づいたのか! あんだけサンドバッグのように人の顔殴打しといてもっと分かりづらくなってるのに!」
「おお、このツッコミ力、まさしくテルです! いや、待てよ。 もしかしたら同化されたシリコン生命体が化けてるかもしれないデス」
「俺を突っ込み力で判断するな。 あと、別に俺は珪素系男子でもなんでもない」
あちゃー、とバツが悪そうにチビハネは視線を逸らしている。 白々しい、どうせなら開き直って罵倒してほしいくらいだと思っていた。 素直に反省をしている事だし、このまま寛大な精神で水に流してあげるべきではないか。
「で、でも顔が変形したテルが悪いんです! 判りやすく、胸のあたりに『てる』って名前のカードでもぶら下げておけば良かったんです!」
「人が良心でお前の罪を許してやろうとした矢先に開き直りやがった! 確かに、俺も俺自身の姿をいまだに疑っている訳だがな!」
普通に考えてみれば、人が小さくなるなんて、青い耳ナシのネコ型ロボットの世界に出てきそうなものだ。 ガリバートンネルとかスモールライトとか。 非現実的、つまり夢の可能性が高いのである。
「いや・・・・」
独り言のようにそう呟いて、テルは冷静に考える。 これまで体験してきた事は全て通常の人にとっては信じられない、非現実に溢れた現象だった。繰り返されてきたその非現実は最早テルにとっては現実と同じものである。ならば、今目の前に自身に起きている現象から目を背けずに見つめ、解決策を思考するのが大切なのではないか。
「そうと決まればチビハネ、これまでの状況を的確に推理しようと思うんだが協力してくれ――――」
そうやってチビハネに提案しようとしたテルの眼の前には頭に三角巾を巻いてビニール袋を手に持っているチビハネの姿があった。
「お前は一体何をしようとしているんだ」
「掃除です!」
無い胸を張るように、チビハネはエッヘンと腰に手を当てている。 そんな事を唐突に言われても意図は全く理解できないわけなのだが。
「その脳ミソが理解出来てなさそうなので説明させてもらうんですが・・・・・お前の部屋、汚いです」
テルは辺りをぐるりと見渡してキョトン、さながら漫画のキャラクターのように頭上にクエスチョンマークを浮かべるかのごとく首を傾げた。
「何言ってんだよチビ。 俺はこう見えても綺麗好きだ。 白皇学院で俺ほど清潔感に満ち溢れた男はいないと断言してもいい。 特に自分の部屋は仕事以上に大事にしてる。週に一度は部屋が綺麗になるように祈ってるしな」
「なんで祈る必要があるです。 ちなみに誰に祈ってるです?」
「掃除の神だ」
「スゲー馬鹿な答え方してるって気付いてるですか。 とにかくそこまで綺麗好きならば、掃除のマエストロと自称するならば、いつも菓子の袋とか、脱ぎ捨てた執事服とか消しカスとかが散乱してるのはなんでです?」
何故それを知っているのかと問われて視線を逸らしたテルだが、このチビハネはテルの部屋に居座り続けている同居人、そんな惨状を見ていても不思議はない。
「たしかにお前がこれまで見てきた物は真実だろうなチビ。 だけど、実際俺の祈りは通じている・・・・次の日になれば散らかっていた部屋はとっても綺麗に元通りになっている事も見ている筈だ」
一時期、白皇学院の勉強と三千院家の仕事の両立が難しくなり、疲労からミイラ男になったテルは自身の部屋を掃除する暇がなく、ゴミが散乱していた時期があった。ハードなスケジュール故、致し方ない犠牲。 だが常人ならば確実に片づけなきゃいけないだろ思うレベルの問題であったのは間違いない。
だが、いつからだろうか。次第にゴミが減っていく現象は発生し、10日辺り過ぎた辺りには綺麗さっぱりとなっていたのである。 神の思し召しか、とさえテルは考えている。
「・・・・・」
対してのチビハネだが、反応が薄い。 どれくらい薄いのかというと完全ならジト目で、”コイツマジで終わってンナ”と思わせる見下しっぷりである。 あとは呆れたため息をついた。
「もういいです。 基本テルは妄言の塊なのですから、実際実際この部屋凄いまだ汚いですから、今から掃除するです」
「え、いいじゃんよ。 一日経てば掃除の女神による元通り現象が・・・・」
「たまに女神とやらに休んでもらうです。 これを機に、テルも自分の部屋を掃除することを覚えやがれです」
チビハネはそう言うと、手に持っていたビニール袋を翻して机の端から勢いよく飛び出す。重力でチビハネの身が落下していく過程で持っていたビニール袋が広がって膨らみ落下の速度は減少し、パラシュートの役目を果たしたのだった。
「さっさと手伝えバカヤロー!」
緩やかな着地を決めてそう叫ぶチビハネ。 テルとしては何故そこまでしてこの部屋の掃除をさせたがるのかが不明だ。確かにだらしなく、身の回りの整理整頓が出来ない姿を見ていれば、もっとしっかりしろ、と言いたくなるもの普通なのだが。
「やれやれ」
仕方なく、しょうがない、と思ってテルも掃除を手伝うことにしたのだ。
「ふぬぬ・・・・」
と、掃除を始めた数分後。
テルはゴミ箱の下敷きになっていた。もう何が起きたのか、その経緯を簡単に説明しなければならない。
始まった掃除は至極簡単なものである。散らばったゴミ屑をチビハネが用意していたビニール袋に入れて、溜まってはそれをゴミ箱に入れていくというものである。 いつもよりはゴミの数が少ないとチビハネが言っていたので早く終わったのは良いが、今度はそのゴミ箱を動かして元の位置に戻さなくてはならなかった。
机の横に置いてあったのがベッドの場所まで移動していたのでそこまでの移動だ。ここでテルが一人でゴミ箱を持つのだが、いつもの、人間大のテルの大きさなら小指でも持つことはできる。 ここに大きな誤算があった。体が小さくなったことで力そのものが小さくなったテルは自分より遥かに大きいゴミ箱を持つことが出来なかったのである。 結果、箱に入れいていたビニール袋たちは再び床に散乱し、テルはゴミはこの下敷きになってしまったのだ。
「インガオーホー」
「う、うるせぇ・・・・」
下敷きになり動けないことをいいことにチビハネはテルの失態にご満悦の様子。体が小さくなった途端に今までできていたことが出来なくなるという老後の悲しみを若くして知ってしまったテルであった。動かそうにも、ゴミ箱は意外に重く、こちらが潰れるかもしれないギリギリの状態。
「助けてほしいデスか?」
そんな危機的状況を知って尚、この悪魔はニヒルな笑みを浮かべてやって来るのだ。チビハネは。
「お、俺は屈しないぞ! 悪魔の囁きなんて・・・・」
「今潰れて果てるか、媚を売ってでも生き残るか選べです」
「俺は借りを作るわけには・・・・」
コイツに、チビハネに借りを作るわけにはいかない。 この場所で借りを作ったら、後で何を請求されるか分かったものではないからだ。最悪ビスケット一年分とか、ハーゲンダッツチョコクッキー―味を一年分とかテルの財布にダイレクトに破壊しかねない要求をしてくるに違いない。そう考えた時、要求を呑むわけにはいかないのだ。
「・・・・頑固デス。そこまで借りを作られたくないデスか」
呆れたようにしゃがみながらこちらを見おろしていたチビハネは立ち上がるとゴミ箱の一部を掴むと、
「ひょい」
言葉の通りに、今までテルがどかすことも出来ていなかったゴミ箱を軽々と持ち上げたのである。特にキツイといった表情も浮かべる事もなく、そのゴミ箱を地面へと置くと小さくため息をついただけであった。
「実力の差はここまで出るのデス。 お前のルガーランスがチマチマ敵を刺して倒すのに対して、私のはメガ粒子砲レベルで敵を消し飛ばせるくらいの性能の差があるのデス」
「そのルガーランスの使い方は間違っているとだけ言っておこう!!」
最近のルガーランスはマジカルステッキにもなるらしいですね。
閑話休題。
「また散らばっちまったか」
「また片づけるまでです・・・・と、その前に」
辺りを見渡し、何かに気付いたチビハネが床に落ちていた何かを拾い上げた。 なんの変哲もない赤ペンだ。今のテルたちから見たら身の丈以上の長さを持つものであるのだが。
「あれ、コレどっかで見たことあるぞ」
テルはこの赤ペンに見覚えがあった。 そう、これは数日前に無くして探す事すらも諦めていた赤ペンだ。 インクの出と使いやすさから無くした時は相当ショックだったのを覚えている。
「なんと面妖な・・・・てっきり学校で落としたのだと」
「実際ここにあるんだからお前の管理不足だろと、私は突っ込んでみるのデスが・・・・これ、たしかいつも机の白いペン立に置いてたデス」
「お、おう」
なぜ知ってる。 と戸惑いを感じるテルを余所に、チビハネは机の上に存在するであろうペン立目がけてその赤ペンをワインドアップで投げ放った。 あくまで適当に投げているのでペン立に直接収まるはずはないのだが、投げた直後、とても聞きなれていたペン立に何かが入る音が聞こえたので恐らく命中したのだろう。
だが、チビハネの行動はこれで終わりではなかった。
「このティッシュ箱はベッドの枕隣・・・・昆虫大図鑑は本棚の一番下の右から三列目、文房具関連は机の右手にある引き出し・・・・あと世界史の資料とか」
「なんて奴だ・・・・」
善立テルという部屋の主よりも部屋の内情に詳しく、てきぱきと掃除、整理整頓に励む姿にいつもの天然の姿は感じられない。 この時だけはまるで別人のように、年上のような頼りがいのある存在であった。
「どうすりゃ居候のお前がこんなに覚えられるんだよ」
思わず、感嘆の意味の言葉にチビハネが作業を辞めた。丁度手に持っていたオセロの一枚を両の手で持ってはそれを見つめて、言うのだ。
「そりゃ毎日同じ部屋に居ますからねェ。 見たくもない物を見せられているというか・・・・あと、私の周りが汚いと居心地が悪いデスから」
え? と思わず出たチビハネの言葉に、テルは疑いながらも、驚きながらも聞くのだ。
「・・・・お前がやってたのか!? 俺の部屋の掃除!?」
「・・・・・ふん」
ぷいっ、とジト目でこちらを一瞬見てから顔を逸らしたチビハネにテルは頭を掻く。自分の日頃の行いを反省しながら、綺麗になりつつある部屋を見渡しながら。
「すまん」
掃除の女神など、得体の知れない物体の存在を信じていたが実際はこんな小さな、自分よりも小さな存在が身の回りの世話を焼いてくれていたことに罪悪感を持たずにはいられないテルだった。しかもチビハネは何も頼まれたのではなく、自分自身の意志で行っている。頼まれていない他人の部屋を掃除する事は極めて掃除が好きな人間でなければ出来ない事なのに。
「ありがとう・・・お前、スゲェじゃんよ」
感謝しなければならない。この場所を綺麗に保っていてくれた事に対して。もちろん、全力でだ。この先ハーゲンダッツでもビスケットでも分割ながら、一年分は出してもいい覚悟ではある。
「い、一応・・・・居候、デスから」
オセロを抱きかかえると照れくさそうにチビハネは言った。 その後で、彼女は言う。
「もし、本当に申し訳ないと思っているなら・・・・・お願いがあるデス」
「なんだ」
そら来た、とテルは身構えた。 言え、こちらはもとより一年分の褒美を保証する覚悟だ。 何が来ても怖くない。そう思っていたのだが。
「お前、私に助けてほしい事って・・・・ねーですか」
亀更新する情けない作者ですまない・・・・・。
これは次でラストです。