ハヤテのごとく!~another combat butler~ 作:バロックス(駄犬
―どうしてこうなった
前回のあらすじ。 誘拐するためのヤキソバパンをあげた所から。
その後のこと、テンションが一気に下がってしまった少年はただひたすら歩いていた。
「人間ってのはなんでかなぁ……ガキの涙はもう無理。最終兵器だよアレ」
少年はため息を交じらせながら自分の行動を悔やんでいた。
既に辺りは暗く、日は沈みかけている。
「どうしてこうなっちまったかなぁ……」
なんてことを言っていると、目先に自転車を停止させてうーんと唸らさせている女性がいた。
「どうしたんです─」
声に反応した女性を見た瞬間、少年は声を詰まらせた。
「えっと、自転車が動かなくなってしまって……」
気品溢れるその声と顔立ちはあのかの聖母マリアかもしれないと少年が思ったほどだ。
実際の聖母マリアがこんな姿だったかはさて置き。
一瞬の間を置き、女性の自転車を身をかがめて見る。 動かなくなった原因はチェーンが外れていたからだった。
「あらあら、この間買い直したばかりなのに…」
とチェーンに手を掛けようとした時、少年の手が女性の手を掴んだ。
「待ってください。素手なんかで触ったらあなたの手が汚いオイルで汚れてしまいます!!」
目をキリッとさせて少年は言う。 反対に女性は突然のことに顔を少し赤くしていた。
「ちょっと俺に任せてください」
と言うと少年はポケットから誘拐に使う筈だった軍手を取り出しチェーンを修理。
「これで良し……と」 (まさか誘拐に使う軍手が役立つとは)
少年はオイルによって真っ黒になった軍手を見て思った。
「ありがとうございます。 手を汚してまで……」
女性は申し訳なさそうに言うが少年はとんでもないていった表情で
「大丈夫ですよ、俺に修理させたら大したモンっすよ」
と目を輝かせて言った。
「親切にどうも、私マリアと言います」
一礼された後に向けられたのは輝かしい笑顔だった。
(こ、これは!?)
突如少年は雷に打たれたかのように硬直した。
(この痛みはなんだ? まさか恋? いや違う!)
少年はその一文字を全力で否定する。
(俺は今まで何をしようとしてた。そう誘拐だ。 俺のしようとした罪がこの人の笑顔が俺に悟っている! 懺悔せよと悔い改めなさいと)
「あのぅ……」
「ハッ!! 何でしょう?」
マリアが手を目の前で振っているのが見えるとすぐに我にかえる。
「私じつは人を探しているんですが」
「どんな人ですか? 記憶力に自信がありませんけど。 できれば髪型とか、身長とか色々と教えて欲しいんですけど・・・」
先程まで誘拐を考えていたとは思えないほど少年の目は輝いていた。 マリアは手でジェスチャーをしながら正確に伝える。
「女の子なんですけど、金髪ツインテールで背が低い我が儘な子なんですが……」
マリアは淡々と述べる。 少年はその特徴が完璧に一致する人物がすぐ浮かんだ。
(アイツだ…夕方会ったアイツだ絶対そうだ!)
「あー知ってます。見ました俺」
「本当ですか!? 買い物に行って迷子になったと聞いたので屋敷から出てきたんですが今頃迎えの人も行ってる筈です…どこでですか?」
しかし会ったというのも昼の話。 あれから数時間経っているから当然言っても意味がない。
「えーと、実はそれは―」
その時だった。 猛スピードで黒い車が側を通り過ぎて行く。
「ん?」
通り過ぎていく瞬間、後部座席にナギがガムテープされているのが見えた。
「今のですかね? と言うかアレですね? 迎えのにしてはガムテープされてましたね。 なにアレ、ドメスティックバイオレンス?」
その隣でマリアは
「いけない! またあの子誘拐されてます!」
すっかり慌ててしまっていた。 ってか一回だけじゃないんですねと少年は心の中でツッコンだ。
「ちょっと借りますよっと」
少年は自転車に跨りマリアに言う。
「無理です! 相手は車ですよ」
そう言えばそうだったな…と思ったが
「無理なんてしったこっちゃありません。 それに・・・」
少年は言い掛けたが心の中で続ける。 (俺は過ちを犯そうとしていた。 人の大事なモノを奪うということを……今からでも変わってやる!俺をチェンジ!!)
目を見開き一気にペダルに力を込め、一度ウィリー状態になるよう自転車を起こした。
「ライデ○ングデュエル! ア○セラレーション!!」
前輪を地面に叩きつけると雄叫びをあげて駆け出して言った。
「どうしましょうか……」
一人取り残されたマリアは唖然としていた。
猛スピードで走る車内の中、ナギの口に張られていたガムテープが強引に剥がされる。
「ふぎっ! 貴様ら、もっと丁重に扱わんか馬鹿ども!」
剥がされたガムテープの痛みに口の辺りがヒリヒリするが両腕が縛られているため口でしか反撃できない。
目の前にはマスクした運転手の男。 助手席にはベレー帽を被った男。
「なぁ、本当にコイツが三千院ナギなのか?」
と運転手が助手席の男に言う。
「間違いない。 金髪ツインテールで年がら年中不機嫌そうな顔……どれも三千院ナギの特徴と一致する」
「おいこら、何の話をしている? 遺産目当てか?」
自分の特徴を言われ腹を立てたナギが問いかける。
「少し勘違いされているなこのレディは…」
振り返って答えたのはベレー帽を被った男。顔はロシア系のような顔立ちだった。 帽子の男は続ける。
「私達はアナタを誘拐しろというのを頼まれただけですよ、前金を貰ってね」
男はフッと笑うが若干馬鹿にされたナギはすぐ睨み返す。
「貴様ら、私を誘拐して タダで済むと思うなよ! ハヤテが黙ってないからな!」
「ハヤテ?」という名前を聞いて男は笑い出した。
「面白い! 来れるならきてみろ。 返り討ちだ」
「あのさぁ」
と言うのは運転手の男。
「このお約束な展開な所悪いけどさぁ」
「なんだ」
帽子の男は不思議そうに聞く。
「オレちゃんとマスクしてんじゃん。 何でアンタベレー帽なの? 顔割れるよ? どこのオセロット気分ですか? 」
運転手に言われた帽子の男はふぅ、とため息をつき一言。
「オセロットじゃない、バルトだ!」
「本名名乗んなァァァァ!! 余計に顔割れるだろうがァァァ!! 何でちょいキャラに名前があるんだァァァ!!」
「うるさい奴だな。 お前には無いのか?」
バルトは男に聞き返す。 男は頷き、 「俺は―」と言おうとした時だ。
とその時、ドゴッと車の屋根から何かが乗っかる音がした。
「ほら、来たぞ」
ナギが不敵に笑う。男たちは顔を濁らせる。
するとフロントガラスからひょっこりと水色の髪をした少年が顔を出してきた。
「お嬢様! 綾崎ハヤテ、ただいま参上!!」
当然聞こえてはいないがナギが安心するには充分だった。
「どうだ! ハヤテが来てくれたからにはもう貴様らは逃げられんぞ! 大人しく観念しろ!」
既に勝ち誇っているナギだがバルトは運転手に静かに指示する。
「振り落とせ」
運転手は急激にハンドルを右左に切り始めた。 当然のごとくハヤテは振り落とされないために車にしがみつく。
「速度は100キロはでてるな…そんなんでハンドル切ったら危険だ!」
「私は狙った獲物は逃がさない」
バルトは不敵に笑いながら車の動きに揺らされる。
ナギは必死耐えながらバルトに怒鳴る。
「や、やめろ! ハヤテに何かあったらどうするつもりだ! 許さないぞ!」
しかし、バルトはひたたかに返した。
「フッフッフッ…… 身に降りかかる火の粉は振り払わなければならな…おえっ、ヤバい酔ってきた……」
「テメーはちゃんとセリフ言えェェェェェ!!!」
運転手がバルトに激しく突っ込む。
ナギはナギでこいつらバカなのかという視線を向けていた。
「お嬢様は絶対に助け出しますよ!」
執事として主を守ることはハヤテに課せられた最大の使命。 たとえそこに危険があってもあの日誓った約束はハヤテは守らなければならない。
―僕が君を守るよ
そう言ったからには有言実行。 しかし、しがみついていた手から握力が無くなっていくのを感じた。
それでもハヤテは諦めない。
「まだまだぁ!」
無理にでも手に力を込めしがみつく。 そして顔前方に見据えると見たこと無い人物が映った。
「エドワード?」
ナギは遠くからよく見えるわけではないが体格と髪で判断した。
「さ、さすがに車は無理だった……げ、原チャかバイクあればよ、よかったが… 法律破ったらまずいと思って、先回りさせてもらった…ぜ」
息を切らしながら言うのはまさしくあのエドワードと名乗った少年だった。
「エドワードなんて変な名前つけるんじゃねぇな。 名前なんざなくても、真っ直ぐ生きてれば本当の自分を見つけられるかもな」
自分に言い聞かせるように少年は呟く。
「エドワードは俺が罪を犯そうとした名。 これからはパピヨ―」
その名が名乗られることは無かった。
誘拐犯の車が少年を派手に跳ね飛ばしたのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!! ひいちまったよちょっとォォォ!! どーすんだよコレ!?」
運転手はパニックになるがバルトは冷静に返す。
「いいか、車は急に止まれない。 取りあえず落ち着いてタイムマシンを探せ」
「お前が落ち着けェェェェ!! なんでドア開けて逃げようとしてんだァァァァ!!」
「貴様ら、エドワードになんてことを!!」
車の中はかなりのパニック状態だった。
一方で少年は
(ヤバい、死にそう)
慣れない浮遊感を味わっていた。
(死ぬかコレ? 死ぬのか俺? )
数十メートル先にぶっ飛ばされながらもまだ考えごとをしている。
(名前無しのまま死ぬのか、まぁ、バチが当たったんだよな)
諦めたかのように瞳を閉じた時、頭の中に一つ映像が映画のように流れてきた。
―この子にはどんな名前を付けようか
(誰だ?)
―そうねぇ、マイケル、ルドルフとかは?
―待てよ。 さすがにセンスがない、学校じゃ呼びやすいけど社会に出た時の事を考えろ
頭の中に浮かんだのは一組の男女だ。 男の方は黒髪で女性の方は栗色の長髪をしていた。
そして少年の視点で言えること
(なんで顔が見えない)
二人の顔は墨で塗りつぶされたようになっていた。
(これが俺の親?)
―あなたのような男の子に育ってほしいわ…でも料理ダメよ。 あなたの料理はもう劇物だから
―お前なんで前半褒めて後半叩くのいっつも……お前のように心の芯がしっかり
してれば俺は文句は言わない
―あら? じゃあこんなのはどう?…………ってのは
―じゃあって、俺の言葉と関連性ゼロじゃん
―いいじゃない決まりね! 今日からこの子は……
「そんな……」
ハヤテは目を疑った。 車にひかれた少年が態勢を整えてフロントガラスにしがみついているのを見て
「ギャアアアアア!!!」
「………」
運転手は血がとめどなく流れている少年を見て絶叫している。 バルトは声に出さなくても顔は青ざめていた。
「逃がすと思ったかぁ?」
血を流しながら不敵に笑う姿はまさに恐怖の対象だった。 そして少年は大きく息を吸い、力一杯叫んだ。
「テメーらみてぇな子悪党はなぁ! この善立 テルがぁ! 成敗してやるぜコノヤロォォォォ!!」
―その少年の名を善立 テル(よしだて てる)。
―善の心を奮い立たせ、道を照らす者。
―猛スピードで走る車の上。 少年は悪魔のような笑みを浮かべて呟く。
「逃がすと思ったかぁ?」
―その男の名、善立 テル。
「テメーらみてぇな子悪党はなぁ! この善立 テルがぁ!
成敗してやるぜコノヤロォォォ!!」
―善の心を奮い立たせ、道を照らす者。
「あわばばばば……どうするんだ…ってオメーは何してんだァァァ!!」
運転手の男が目の前の悪魔から目を逸らすようにバルトを見るとバルトはドアを開けて逃げようとしていた。
「いやぁ、すまんがピザ食べたくなったから逃げるわ、冷ましたら勿体無い……あばよ!!」
バルトはそう言い残すと助手席の扉から身を丸めるように態勢をとり、車から飛び出した。
「コノヤロォォォ!! ふざけんなァァァ!! 一人でピザ食ってんじゃ―」
その一瞬、男は前方のテルに目をやる。 男はテルが右腕を振りかざしているのが見えた拳にはロープが拳を保護するように巻かれている。
「うらァァァァ!!」
気合いの掛け声と共にテルはフロントガラスに拳を叩き込んだ。
ものの見事にガラスは砕け、ガラスを貫通した拳は男の顔をも捉えた。
ガラスに穴が空いたのを確認したテルは拳で穴を広げ、フロントガラスの半分を空けると運転手の胸ぐらを掴む。
「オイ、早く車止めろよ誘拐犯……アレ? 止まってるのは運転手じゃねぇか」
運転手を少し乱暴に揺らすが運転手は白目をむいて失神していた。
「うぉい! なに運転手の息の根を止めているのだ!」
運転手が失神しているのを見てナギが猛然と叫ぶ。
「オイオイ、別に殺してねぇよジャ○アン」
「誰がジャ○アンだ馬鹿者! ナギだ!! 三千院ナギ!! いい加減覚えろ!!」
二回も名前を間違えられたナギはテルに突っ込む。
「ツッコミは生きが良くなきゃな」
「なんの話をしている!」
「あの~二人とも大丈夫ですか?」
「うぉ! ハヤテ!」
ナギが見ると助手席の開いたドアから首を出しているハヤテだった。
「よっと……」
ハヤテは軽々とドアから侵入し後部座席に移った。
ハヤテはそのままナギを抱える状態に入るがそれを見たテルが口笛を短く吹く。
「お前、大胆だなぁ…‥」
「そ、そうだぞハヤテ……いくら非常時だからといってもコレは……」
コレというのはハヤテがナギをお姫様抱っこをしていることだ。
「そんな事言っている場合ですか!? 早くアナタも!!」
二人の言葉を振り払い、ハヤテは後部座席のドアを開け、テルと脱出をしようとしたが、
「うん?」
突然の事であった。さっきから失神していた男はハンドルに手を掛けたままでテルが手を放した弾みで大きくハンドルが切られてしまった。
車は傾きになり重量を支えきれず横転する。
「くっ!……」
ハヤテはナギを守るため、さっきよりも力を強めて抱きかかえる。 来るべき衝撃から守るためだ。
─しかし
「あれ?」
一瞬の浮遊感。 なぜかハヤテとナギは車から放り出される形で脱出していた。
ハヤテは数メートル上から激しく横転して電柱に激突する車を確認した。
「っと……」
態勢を整え、コンクリートの道路の上に鮮やかに着地を決めた。
「大丈夫ですか? お嬢様」
ハヤテは真っ先にナギの安全を確認。
「う、うむ。 ハヤテのおかげでな」
「僕だけじゃ大変でした……あの人のお陰ですよ」
ハヤテはナギを降ろすと助けてくれた人物を探す。
「まさか、まだ車の中にいるのでは!?」
横転した車は危険だ。激突は以ての外、 この後のことから連想するものにハヤテは嫌な感じを覚えた。
「ま、まずい!!」
すぐさまハヤテは車の方を向くが
その瞬間、大気を奮わせるほどの爆発が起こった。
衝撃までもがこちらにも伝わる。 原因は横転した車がオイルを垂らしたことだった。
「お、おいハヤテ! この展開は一体なんだ!?」
「シリアス事故は死亡フラグですが…ってなに言ってるんですか! 早く助けないと!」
今は談義している暇ではない。 一刻も早く助けようと車に近づこうとした。
「私も行くぞ─」
ナギが車に行こうとしたとき、炎の中から一人の男の姿。
テルだった。 しかし一人ではなく大人一人を背中に乗せていた。 その足取りは軽い。
そして運転手を地面に降ろし、スタスタとナギに近付く。
「お……お前、平気なのか?」
ナギがこう聞くのも当然だ。 テルは顔面から血を止めどなく流し、車の爆発にも巻き込まれた。 心配しないほうがおかしい。
しかしテルは一方で右手で手刀を作り
「てい」
とチョップをナギの頭に振り下ろす。
「い、痛!」
パコッという軽い音がした。 テルとしては手加減したつもりなのだろうがそれでもって痛かったのかナギは頭を抑える。
「まったく、簡単に誘拐なんざされやがって」
「な、なに!?」
テルの言葉にナギは抑えていた手を外してテルに向き直るがテルは続ける。
「一度だけじゃなく何回もあるそうじゃねぇか、不用心だったんじゃねぇのか? 犯罪大国日本なめんなよ、ちっちぇの」
「ちっちゃいは余計だー!」
「お嬢様、どうどう」
ハヤテがナギを落ち着かせようとするがナギの怒りは収まらない。
「別に頼んでもいないのだ!」
「まぁ、そんな事を言わずに……お礼をしなくてはいけませんね」
ハヤテは改めてテルと向き直る。 テルは少し考えると口を開いた。
「そうだなぁ、だったら俺の新しい寝床と働き場所探してくれ、今一人身で悲しいことにも放浪の身だ」
(この人僕と同じことを……)
心の中でハヤテはあの日、クリスマスの日を思い出していた。
偶然な事に、テルが言ったのはクリスマスの日にハヤテがナギに言ったのことと同じだった。
「お嬢様……この人を三千院家で雇いませんか?」
「なんだと?」
ナギはハヤテの一言に驚かずにはいられない。
「この人にも何か理由が……僕と同じくらいで放浪してしまうほどの理由が」
「しかしハヤテ、全く知らない赤の他人を……」
ナギは少し戸惑うがハヤテはすかさず続ける。
「その赤の他人の僕を拾ってくれたのはお嬢様ですよね」
「うう……」
一瞬ナギはたじろいてしまう。 確かにナギは赤の他人であるハヤテを拾った。 しかしそれは恩人であるハヤテに好意を寄せている事からもきているが、今お願いをしているのはその恩人であるハヤテだ。
「わかった。 恩人に礼をしないのでは三千院家の名が泣くからな。 たが私が雇うからにはしっかり働いてもらうぞ! いいな!!」
腕を組ながら憤然と言い放ったナギだが
「返事がないな……」
ナギが不思議に思ったのかそれを見てハヤテがテルの顔を見たとき、慌てて声をあげた。
「お嬢様! この人、気絶してますよ!!」
ハヤテが驚くには理由がある。 それはテルの状態だ。 仁王立ちの状態で腕を組んで目を見開いたまま気絶していたのである。
「べ、弁慶だ! 弁慶がいるぞ!」
「そんな事より早く屋敷に行きましょう! 早く、この人が天国に行く前に!!」
その後、彼は三千院家の医療ヘリにより運ばれた。
─こうして、運命は動き出す
一方その頃マリアは
「あの~、私は歩いて帰らなければならないのでしょうか……」
自転車を無くしたため、徒歩で屋敷にむかっていた。
○
─アレ? なんだコレ、空が真っ赤だ
薄れていく意識の中、テルの瞳に映ったのは赤色に染まった空。
─アレ? 真っ赤なのは俺じゃねーか
─アレ? なんで俺こんなことになったんだっけ
─アレ? コレってなんかどっかで……
「………」
テルの視界に入った光景は天井だった。
「こりゃあいったい……」
身を起こしてみるとふかふかで高級そうなベッドの上にいることが分かった。
さらに驚くことは今いる部屋だ。装飾は西洋風、シャンデリア、ここ日本かよって言うツッコミをいれてもおかしくない状況だった。
「幻の大地って本当にあったんだなぁ」
「なにをバカなことを言っている、ちなみにお前の姿はちゃんと見えているぞ」
「うおっ!?」
いつの間にか居たナギにテルは驚き、そしてナギを目を細めてじっと見つめる。
「な、なんだよ……」
テルの視線が嫌だったのか、ナギは一歩下がる。
テルはうーんと考えると顎に手を当て口を開く。
「……誰だっけ?」
ゴスッとテルの顔面にナギの拳がめり込んだ。
怒りの鉄拳をくらわせたナギは顔は静かに……だが拳はプルプルと震えている。
「お前、仏の顔も三度までっていう言葉を知ってるか?」
「どこが仏だ? 天の邪鬼の間違いじゃねーのか?」
テルの一言にナギの怒りは最大値に達した。
「お嬢様、紅茶をお持ちしましたってどうしたんですか?」
しばらくしてハヤテがティーセットを持って部屋に入ってきた。 ハヤテが見たのはナギによってボロ雑巾と化したテルの姿があった。
「鉄拳制裁だ!!」
憤然と言い放つとナギは椅子にドカッと座り込んだ。 そしてハヤテの淹れてくれた紅茶を飲む。
「ふぅ……」
紅茶を飲んで少し落ち着いたのか、ナギの顔に笑顔が戻る。
ハヤテはボロ雑巾と化しているテルに話しかける。
「大丈夫ですか? すいません。 お嬢様はなにかと手加減を知りませんので……」
「な、何を言うかハヤテ! 私は手加減がちゃんとできるぞ!!」
「いや、あの…お嬢様、現にここに力尽きた人がいるんですけど」
「あ゛ー痛ェなオイ、つかお前誰?」
ベッドに突っ伏していたテルがムクりと顔を上げダルそうに喋る。
「いや、そんな死んだ魚のような目をしないでください。 答える気が無くなるっていうか……」
困った顔のハヤテだが切り替えて話すことに
「えーと、僕はこの三千院家で執事をやらしてもらっている綾崎 ハヤテです」
「えっ? なに? ヒツジのハヤオ?」
「いや、違います。 シツジのハヤテです」
「バカなのかコイツは……」
テルの変なボケにナギはもうツッコミを入れるのもめんどくさくなってきた。
もう一回殴るかと考えていると、樫の扉が静かに開かれ入ってくる人物がいた。 マリアである。
徒歩で帰っていたので少し遅れたのだ。
「すいません遅れました。 電話の人はしっかり生きてたんですね」
「あ、あなたは……」
テルはマリアを見るや否や慌てた反応を見せる。
「マリアさんですね、奇遇ですね 二度目ですね」
「ちょっと待て!
なんでマリアの時だけ態度がこうも違うのだ!!」
キリッとした目で言うテルだがナギはキャラの変わりように突っ込まずにはいられない。
しかしテル続ける。
「なる程。 このちっさいのがこの屋敷の主でお二人が使用人ということですね……ヤハリソウイウコトカ」
「ソウイウコトカってなんで説明してないのに分かるのだ? というより何故にオンドゥル?」
一人で納得しているテルに対してナギは再び殴ろうかと思ったが話が進まなさそうなので無視して自ら話を切り出す。
「まぁ、そんな事はもうどうでも良い……ところでお前、住み込みの仕事を探してるそうだな」
「まぁ、そうだけどよ」
頭を掻きながら呟くテル。 ナギは続ける。
「だったらここで私の執事をやらないか?」
「へ?」
一瞬間の抜けた声を出してしまうテル。
執事とはハヤテのように屋敷の使用人の長、主人に甘いものを供えたりする人達の事である。
「本来、この屋敷の使用人は少ない方が良いのだがハヤテがどうしてもと言うのでな、私は不 本 意なのだが」
最後を強調するナギだが、テルは別のこと考えていた。
(ここで暮らすという事はマリアさんと一つ屋根の下ということ……イヤ、待て! 俺は下衆な事をするためにこの人と会ったんじゃない! 今度はこの人のために恩返しを……)
何か決意したかのようにマリアを見たテルは呟いた。
「やってやろうじゃねぇか……」
フッと笑みを浮かべるテル。 そしてベッドの上で立ち上がり高々と拳を突き上げた。
「この善立 テル、今日からこの三千院家の執事として働いてやろうじゃねぇか!!」
「あ、テルさん! 急に激しく動くと……」
ハヤテが慌ててテルを止めようとしたがその瞬間
ズキン!
「ギャース!!」
「うーむ、バカにこの仕事は務まるのか?」とナギ。
「まぁ、面白そうだから良いんじゃないですか?」
とマリアは楽しげな顔をする。
すると顔を歪ませながらテルは身を起こした。
「ではまず面接からお願いしようか」
「そんなものあるわけ無いだろうが!!」
三千院家にナギのツッコミが木霊した。
こうして、異常で奇っ怪な執事が誕生したのである。
一方。
「ふむ……作戦が失敗してしまったか……」
どこか市街地の民家の屋根の上。立っているのはベレー帽でロシア系の男、バルトだ。 ピザを片手に
「いかんなぁ~これではまたボスにどやされるな……あっ、ヤベ、電話だ」
バルトは右手の携帯を開いた。
「あーボス? 失敗しました。んじゃ失礼」
「いや、あの、バルトさん、漠然としていてよく分からないのですが……」
中から聞こえるのは女性の声だ。 バルトはピザを食べながら
「あーピザうまい、ムシャ… ボスの所にも一枚送りますか?」
「人の話を聞きなさい!そしてなんと行儀の悪い……また情報が入り次第に連絡します。それまで待機を……」
「ハイハイ、んでボス、何がいいです? マルゲリータ? トマチョビーノ?」
その瞬間、何かが潰されたようにグシャっという音が聞こえ電話が途絶えた。
バルトはピザを食べながら一人呟く。
「またあの人電話壊したな。 素手で電話潰すとかどういう握力してんだ……」
携帯をしまうと最後のピザを口に運びニヤリと笑った。
「あの男、面白いな……」
頭に浮かべるのは勿論テルだ。 跳ねられても車にしがみつき、燃え盛る車から運転手を救助するあのタフさ。
いずれまた会う事になるだろう。 そんな事を考えていると下の窓が開いた音がし、大声が響いた。
「アンタァ! 泥棒よォォォ!!」
「泥棒じゃない、バルトだ!! 」
バルトはそう言うと屋根から下るように助走をつけ、他の屋根に飛び移った。
夜月に映えるその移動する姿はまさしく忍者のようだったという。
「忍者じゃない、バルトだ!!」
─こうして物語は始まるのだ。
─まだ見ぬ脅威が暗躍するなか
─過去と未来を巻き込んだ戦いが始まる。
「─ってお嬢様、こんな内容でしたっけ 『ハヤテのごとく!』は……」
「あるわけ無いだろ!? 誰だこんなのを書いた奴は!!」