ハヤテのごとく!~another combat butler~ 作:バロックス(駄犬
「あ~ダルい……」
小さな商店街の道をゆく少年がいた。 買い物袋を手下げて少しばかり
重い足取りでいるのはテルだ。
「そんなこと言ってないで早く済ませましょうよ。 三千院家はなんか今日パーティとかあるって話なんですから」
その怠惰なセリフに答えるように隣の少年はテルに苦笑いで答えた。 ハヤテである。
「だって俺たちが参加するわけでもないだろそのパーチィ。 どうせお偉いさん方が顔見せ程度の気持ちでやってくるつまらないパーチィだろ?」
「テルさんパーチィじゃなくてパーチィです」
「いちいち突っ込むな馬鹿」
と二人はパーティで使う食材を買い込んでいく。
「しかし、こうまで労働して給料もらうっていうその繰り返しで俺たちの人生は満たされるのだろうか」
「どうしたんですか急に・・・」
テルがため息をつきながらの一言にハヤテも聞く。
「いや、ここらへんでなんか特別休暇とか欲しいなって」
「ただサボりたいだけではないんですか?」
「オイオイ、俺をそんな程度の低い人間と決めつるんじゃないよワトソン君」
「ワトソン君じゃないですよ・・・でもお嬢様のことですから気まぐれに『どこかの温泉にでも行くぞ!』とか言いかねませんね」
ナギの性格上、突発的に自宅の自家用ジェット機とかもちだしてハワイ諸島に行くとも言い出す可能性も十分あるのだ。 それだけの財力がある。 そう思ってのハヤテの発言だった。
「ま、そんなにわかの話があるわけないんだけどな」
「そうですね」
そんな簡単においしい話がある訳がないと思う二人であった。
「さて、じゃあさっさと返って色々と準備に入りますか」
と気持ちのネジを占め直して三千院家の屋敷を目指そうとした時だった。
「あれ?」
それはハヤテが少しばかり横の上のほうから気配を感じて目を向けた時だった。そこには誰しもが驚く奇っ怪な光景があった。
「あれおっかしいわね、こっからぐらいしか入れなさそうなのよね・・・」
ちょうど家のブロックに乗っかっている人物がハヤテの目の中に入る。 思わず立ち止まってテルの肩を叩いた。
「テルさん、モノっすごい怪しい人物がいるんですけど・・・」
「なんだァハヤテ、まさかこの平和な近辺で泥棒が居るなんて言うんじゃないんだろうな?」
「じつはそのまさか・・・」
とハヤテはそのブロック塀の上に乗っかている人物の方を指さす。
「マジかよ・・・俺こんな状況初めてかも、どうしたらいい?」
「取り敢えず警察に連絡するというのが常識でしょう。 怪しい人物を見たら即通報、これ常識です」
ハヤテがケータイを開こうとしたとき、その手をテルが止めた。
「おい待てよハヤテ。 ここで通報なんてしたらあいつのこの先の人生真っ暗だ。 前科ってのは内心書とかにはモノっすごい響くんだぞ」
「まさかテルさんは見逃すって言うんですか?」
「バカ、そう言ってねぇよ。 だってそうすればさぁ・・」
とニヤリと笑を浮かべて一言。
「通報しないことをいいことに恩を売りつけれるじゃん?」
「ゆするきだこの人! 主人公が言っちゃいけないセリフを簡単に言っちゃったよこの人!」
「綺麗事だけじゃこの世界やっていけないんだぜハヤテ」
「なんかすごい悟ってるように言ってますけど内容は至って最悪ですからね? そこんとこ理解してます?」
「ん? なに? 誰かいるのー?」
という二人の会話が聞こえたのか、ブロック塀に乗っかっていた人物がこちらの方に顔を向けた。
「・・・・アレ?」
「・・・先生?」
「ちょ、二人ともどうしてこんなところにいるの?」
ハヤテとテルが固まった表情で見た人物は、白皇学院の教師、桂 雪路その人だった。
「逆に聞こう、どうしてあんたはそんな所にいるのかと・・・」
「私は別に・・・」
「いや、言うまでもないですよ桂先生。 わかってます。 分かってますから・・・早まらないでください!」
何かを言おうとした手前、ハヤテの声によって遮られる。 しかしハヤテの表情はとても悲しそうな表情だった。
「いつかやると思ってたんだよ・・・いや、マジで」
「先生! 泥棒なんてやめてください!」
「ちょ! あんた達、私がそんなことにする人間だと思ってるの?」
「「思ってます!」」
二人が同時にシンクロした瞬間である。 この発言に雪路は面食らったかのようにガクっと肩を落とす。
いかに雪路が普段どんな感じで思われているかが分かった。
「今ならまだ間に合う。 会長の耳に入る前に俺たちがなんとか揉み消してやらァ」
「そうですよ。 さっさとそこから降りてください!」
と言うやいなや、ハヤテとテルは雪路が乗っかっているブロック塀に上り寄った。
「こらこら、勘違いしてるようだけど私はそんなことしないから。 間違ってもヒナにシメられるような愚行はしないわよ」
雪路の行動を何時もキツく制限させているのはヒナギクの監視の元によるものが大きい。 しかし、それでも雪路が無駄遣いをするため結局は意味がないという。
なんせひと月の給料を飲み代と麻雀で使い果たすという恐ろしい人間だ。
「麻雀なんてアレよ、もう少しで勝てそうだったの。 だけどついカアァーっと熱くなっちゃって・・・」
「聞きたかねぇんだよ! そんなアホの常套句! お前はどこのカ○ジだ!?」
「テルくん、取り敢えず二人ともちゃんと私の話を―――――――」
雪路が言いかけたとき、雪路の体が大きく傾く。 なんとバランスを崩してしまったのだ。
体を横へと傾けた雪路はことあろうに、近くにいた二人の服の袖を・・・
ガシッ。
「「は?」」
掴んだ。
―――ドズン。
と重々しい音と共に三人は見事に地面へと落ちてしまった。 しかも落ちたところが家の敷地内という最悪な状況でだ。
「いたたたた・・・」
「どうしていつも僕は巻き込まれてしまうんですか?」
「お前ら、いい加減俺の上から降りてくれ」
二人の下敷きとなっていたテルは苦痛の言葉を絞り出していた。
○
「・・・は? お届けもの?」
「そうよ、そう言ってるのにあなた達が変な勘違いをするから・・・」
その後、雪路から言われた一言にテルはまの抜けた言葉が出る。雪路が言うにはこの家の生徒に届けものをするために来というのだ。
「本当ならいつもの先生が届けてくれるんだけど、『もう無理です・・・雪路先生なら大丈夫です』ってもの凄い青ざめた表情で私にこの書類を任せてきたのよね」
雪路はめんどくさそうに手元の書類をパンっと叩く。 相当厚い書類のようだ。
「しかし・・・結構な広さだな。 伊澄の家くらいの広さはあるぞ?」
辺りを見渡しながらテルがつぶやく。 テル達が入り込んでしまった家の敷地はかなりの広かった。
伊澄の家が和式の日本庭園に対してこちらは生粋の洋式。 家はまるで某合衆国のプレジデントの白い家を少しだけ小さくした位だが、充分にブルジョアジー感を醸し出している。
「ここに住んでる奴はずいぶんと金持ちと見た。 結構ヤヴァイ臭いがするんだが・・・」
「ヤヴァイってどうしたんですテルさん?」
険しい表情のテルを見てハヤテが聞く。 辺りを先ほどとは違い辺りをきょろきょろとする動きが激しくなる。
「俺だって仮りにも三千院家っていうブルジョアジーの家で働いてんだ。 こんな金持ちが住む家に必要な存在があるはずなんだ・・・コーラを飲んだら確実にゲップをするくらいに確実にッ!」
そのテルの言葉にハヤテがハッと気づく。 そうだ。 自分の屋敷の方でも度々目撃されてるじゃないか。 なぜ気付かなかったのか。
「警備システムですか・・・」
「そうだ。 正門から入ってこなかった俺たちはどう考えても不審者。 疑われても文句は言えねぇ」
「なんで私を見るのよ」
といつの間にかジト目を向けられていた雪路は反論の声をあげるがテルは構わず続けた。
「早いとこここから離れたほうが良さそうだな。じゃないとオレらマジで前科食らっちま――」
―――ガリッ。
「アレ? なんだ今のオノマトペ・・・アレ? どうしたお前ら、なんでそんなこの世の終わりみたいな目で俺を見てんの?」
こころなしか、頭の方に何かすごい重みを感じる。 何かが乗っかっているかのように重いのだ。
そしてテルは次第に自身の視界が変わっていくことに気づいた。
「アレ? 俺の視界が真っ赤に・・・って血? どうして?」
その瞬間、雪路とハヤテが一斉にダッシュをしてテルから離れていく。 テルは驚きながらも二人を追いかけた。
「なんでお前ら逃げてんだよ! コラ! 振り向かないで全速力で走るな!!」
「テルさんんんん!! 後ろ! 後ろォォォオ!!」
「後ろって・・・」
テルが後ろを振り向いた瞬間、彼は絶句する。 彼の真後ろにいたものはいるはずのない存在だったからだ。
巨大な体躯をその太い四肢で支え、爪は捕まえたら決して離れないように食い込む。 そして雄雄しくも気高いその鬣が印象的だ。
ここまでいえばもう分からうだろう。 テルを追いかけているのは紛れも無く、百獣の王、ライオンだった。
「ガォオオオオッ!!」
犬とは違うその迫力、こんなの屋敷にいるタマとはまったく比べようがない。
「えええええええええっっ!?」
ようやく危険な状況を理解したテルは叫びながら走るスピードを上げる。 が、ライオンは獲物を見つけたかのように走るのをやめない。 むしろスピードを上げる。
「なんでこんな所にライオンがいるんだァァァ!! ここはサファリパークかなんかかァァァ!!」
「知りませんよ! こっちが知りたいくらいです!!」
走るハヤテとテルは何がなんだかわからない。 一つだけわかっていることは、足を止めれば死が待っているということだ。
「ガアッ!」
獲物を求める狩猟本能のままにライオンは叫び共に飛び上がった。
「ぎゃあああああ! 今まさに命の危機が! ハヤテくん! 俺の盾になって!100円やるから!」
「いやですよ! 100万積まれてもその手にはのらませんから!」
「私は構わないけど!」
迫り来るライオンを前に、三人はもうパニック状態だ。
今まさに三人の命がその生態系の頂点に食されようとしていた……その時だ。
「待て!」
急にライオンがその声の方へと向きを変えた。
ライオンは方向転換すると共に男の声の主へと猛然と駆け出す。
「ハァァァァ!!」
声の主はライオンを前にひるむどころか、声を上げながらそのライオンを受け止めた。 百キロなんて目じゃないライオンの体躯による突進でその人物の体は後ろへと倒れることはなくとも、その重量で押されていく。
「フンッ!」
と男は気合を入れた瞬間、ライオンの動きがピタリと止まった。 完全停止。 その男がライオンを完全に押さえつけたのだ。
「おお。 客人、無事だったか?」
ライオンはその男に手懐けられているようにその場へ体を伏せた。 その豪快なターザンもどきの視線はテルたちへと向けられる。
その男を見てテルたちは愕然とした。
「お前・・・王様?」
そのライオンを受け止め、なおかつひれ伏せさせた男は白皇でも名を轟かせている男。
乙葉 千里だった。
○
3LDkに住む。 それが僕の将来の夢だと言った少年が確か居た。
純粋なその少年の願いを、授業参観で聞かされた先生、生徒たち、保護者のみなさんは見事に泣いてしまったという。
ここだけの話。 私も実はその子と同じ夢を見ていて、3LDkに住むことが夢なんです。
リビングとダイニングとキッチンがあれば私は何も要らない。
だが、高望みをしてあえて言うならば、犬が欲しい。 庭で嫁、犬と戯れる息子の姿を見ることが私のささやかな夢だ。
「いや、だからってライオンはねぇだろ」
「なんだ、ヘラクロスのことか? 奴はお茶目な奴だ。 許してやってくれ」
頭のケガをタオルで覆いながら腕を組んでいる千里に向けてテルはむっとなる。 家の中へと案内されたテルたちはリビングにてくつろいでいた。
「ここが千里君の家だったのか・・・」
「なんかいかにもお金持ちって感じよねぇ・・・」
ハヤテと雪路もほぉーとその千里の家の立派さに驚かざるを得ない。
「フン。 こんなの、俺の実家ではない。 俺の実家の方がまだ大きいぞ」
「あ!? お前まだ家もってんの? つーかここ実家じゃないのかよ!?」
テルの言うことも最もである。 この広さ、リビングの広さは五十人は普通に入れるという無駄な広さを持っていて、これが実家ではないのだ。
「当然だ。 ここは俺が白皇を卒業するまでに与えられた家・・・いや、宿といったところだろうか」
「くっ、このでかくて豪華な家をそんな安っぽい言い方で片付けるなんて・・・冒頭で謳った作者の夢がさらに薄くなっていくわ・・・」
「え!? あの冒頭作者だったんですか!?」
マジな話をするとそうです。
そんな小さな人間の小さな夢をもはるかに凌駕、超越してると言ってもいい現実が三人の目の前にはあった。
庭はもの凄い広い、サ○エさんの家なんて全然目じゃない。 その家は家というには余りにも大きすぎた。
この男の家はアメリカ風に仕立てているのか、家の見た目は見事に大統領のホワイトハウス。
「オイオイ、これなんて高いんじゃないのか?」
「どれどれ・・・うわぁこのツボとかめっちゃ値段張りそう・・・」
「フン、そこにあるのは大したものではない。 せいぜい百万程度のものだ」
お金持ちの感覚ってやつはとんでもない。 彼らはおそらく、百円の価値なんてそこらへんにある十円ガムの価値もないのかもしれない。
いや、もしかしたら十円ガムも知らないかもしれない。
『グルルルルゥ・・・』
「む、ヘラクロス。 腹が減ったか、今出そう」
と真後ろから千里に先程のライオン、ヘラクロスが擦り寄ってきた。
「ねぇ、なんだろう。 俺たちって家でも一応タマっていうトラを飼ってるけどここまで違うのかな」
「僕も・・・普段見慣れているはずなんですけど、やっぱ百獣の王は違いますね」
とテルとハヤテの頭で、なかなか本編にすら出てきていない白いペットの存在を思い出す。
「そういえば最近、アイツもさらに出番を奪われつつあるな」
「最近はお嬢様もシラヌイに夢中ですから」
シラヌイというのは、最近やってきた黒猫である。 まぁそれは置いといて。
「それ、ヘラクロス」
ごと。と床に置いたのは巨大な皿。 しかしただの皿ではない。 皿の上にはライオンの主食である肉が山積みとなっていた。 ヘラクロスは嬉々としてその山積みのお肉に食いつく。
「やべぇよ。 なんでこの家、小規模なライオンの小屋になってんの? 信じられるかよ、こいつ、さっきまで俺を殺す気だったていうのに」
「ヘラクロスが人を襲う? バカを言うな、あれはちょっと珍しい客人が来たからジャレ付いただけだ」
「あれのどこがジャレ付きだ! ジャレつかれて殺されたんじゃたまったもんじゃねーよ!!」
あんなもの日常茶飯事だと済ます千里に対してテルが猛然と突っ込んだ。
「しかしなんでまたライオンなんて飼ってるんです?」
「ふむ。 そうか、少し興味があるか? 」
ハヤテの問いに千里が少し笑を浮かべる。
「王というのはな、民たちを従えるために絶大な権力をもち、振るわなければならないがそれは人間という人種に限ったことではない。 もちろん、動植物も制圧だ」
「すなわち、動物の頂点であるライオンを従えてることも入るわけですね?」
「まさしくその通り・・貴様、なかなか物わかりが早いな、俺様の家来になれ」
堂々と腕を広げて言い放つ千里は悪魔で上から目線でハヤテに自身の家来になれという。
「いや、僕には三千院家で自分の借金を返さないといけませんから・・・」
ときっぱりと断るハヤテ。 すると千里は感心したように
「ふむ。 その謙虚さが逆にいいな、気に入ったぞ。 マラソン大会のことは水に流そう」
「お前、まだ根にもってたのかよ」
「当たり前だ。 この俺様に敗北という名の泥を塗らせたのだ。 だが、こいつの人間としての品格に免じて許すとしよう。 王というのは寛大でなければならないからな」
「辞書引いて意味を調べてみよう王様、そしてお前のいままでの人生を振り返ってみろ。 そうすれば自分の言っていることの矛盾に気づくはずだ」
とテルの言葉に反応してか千里が睨みを利かせてテルとの距離を縮める。 どうやらこの二人はもの凄い仲が悪いらしい。
「二人とも、喧嘩なんてやめましょうよ」
「そうですぞ。 千里坊っちゃん」
争いをとめるかのごとく、その人物は現れた。 体は細く、少しばかり猫背で片目だけメガネをしている老人だ。
「ど、どなたですか?」
ハヤテが戸惑いながらも老人に聞く。 老人はくいッとメガネを持ち上げた。
「どうも、私は千里坊っちゃんに仕えている執事、加賀美でございます・・・」
「ど、どうも・・・」
とても丁寧な挨拶をする加賀美に対し、ハヤテも返す。 この男、加賀美は千里の専属の執事であるようだった。
「む、爺やか。 もう買出しからは帰ってきたのか?」
千里の加賀美の存在に気づいたのか、声をかける。 加賀美はゆっくりとおじぎをした。
「ええ。 本日の必要な食材を買ってまいりましたが・・・こちらの方々は?」
と、加賀美はハヤテたちの方に視線を移す。 千里は腕を組みながらテルとのにらみ合いなど放り出し、ソファにどかっと座る。
「・・・客人だ。 内ひとりは白皇の教師だ」
「ほう。 これはこれは、いつも坊っちゃんがお世話になっております」
「いやいや、こちらこそどうもご丁寧に・・・」
と雪路に挨拶する加賀美に雪路本人も丁寧に返した。
(((出来た執事だなぁ・・・・)))
この場にいる誰もが思ってしまうことだ。 普段、千里のような傍若無人の人物を見ているとこういった出来た人間は新鮮なのである。
「この馬鹿王子に見習わせたいな・・・」
「なんだと貴様ッ」
テルの一言に千里がすかさず反応する。 だがテルはひるむことなく続けた。
「しかもお前、いくらそのでかい図体で坊っちゃんはねぇだろ坊っちゃんは・・・」
「貴様ァ! もう許さんッ!!」
ついに千里がキレた。 どうやらテルの一言一言については彼の怒りの沸点は限りなく低くなるらしい。
すかさずテルに飛びかかるが、テルは急いでその場から離れる。
「逃げるなこの卑怯者ッ!」
とテルと千里はリビングを離れて家の中を走り回り始めた。 なんだろうかこの低レベルな喧嘩は。
「・・・・この絵、売れば相当な価値になるわね」
雪路は雪路で乙葉家の高そうな品物をいくらかくすねようと品定めをしている始末。
雪路を除いて、リビングにはハヤテと加賀美だけになった。
部屋の外から叫び声と騒音が鳴り響く中、先に加賀美が口を開く。
「坊っちゃんがいつも迷惑をかけております。 申し訳ありません」
「え?」
ハヤテは驚く、執事である加賀美の口から出た言葉は意外なことに謝罪の言葉だった。
「坊っちゃんの学院での噂は十分に聞いております・・・その被害にあったというのであればこの加賀美、土下座でもなんでもする所存ですが・・」
「いや、そんな・・・迷惑をかけているだなんて・・・」
このときハヤテは苦笑いながらも申し訳なさそうにする加賀美を咎める。 実際困って入るのだが・・・。
「坊っちゃんは物心ついた時から父上殿から『王として振る舞う』ことを叩き込まれてきました。 この時代の子供に帝王学など教えたことにより、坊っちゃんは『王』ということにこだわるようになりました」
「・・・・」
それは家系によるものなのか、家訓からなのか定かではないが、千里もまた特殊なケースの環境の中で育ってきたのだとハヤテは理解する。
「どうやら貴方は坊っちゃんの知り合いのようだ。 少なくとも、坊っちゃんをよほどのことがない限り蔑んだりはしない・・・優しい少年だ」
「そんな・・・照れますよ」
と頭を書きながらハヤテは答える。 そして言い忘れたのか、加賀美は付け加えるようにつぶやいた。
「そして・・・あの少年も」
「テルさんですか?」
「「言葉では上手く言えませぬが、心の中で坊っちゃんの胸のうちを感じ取っているかもしれませんな・・・」
○
「ったく、しつこい野郎だぜ」
三千院家に劣るものの、この家の廊下は長い。 そして部屋の数も多い。 テルは鬼の千里から逃げるために数々の部屋を転々としていた。 千里は扉を開けるときに「ここかぁ!」とわざわざ叫ぶので、なかに入ったのを確認すると、その部屋から出て移動するのだ。
「馬鹿正直というかなんというか・・・」
と部屋を転々とするうちにある一室に入った。 暗かったので手元にある電気を付ける。
「ここは・・・」
そこはどの部屋よりも広い一室だった。 書物このように本が置いてあるだけでなく、壁の方に立てかけられている絵画のその量に度肝を抜かれる。
「かつて、この世界に君臨していた名だたる王たちだ」
「うわっ! 脅かすなよ」
「拳が来なかっただけでもありがたく思え」
と前触れも無く入ってきた千里にテルは驚く。
「この壁に立てかけられている絵画全てが歴史に名を残した王たちだ」
ようは千里の偉大な王コレクションといったところか。 なかなかマニアックである。
「あれを見ろ」
「ん?」
と千里がひとつの絵画を指す。 その絵画は玉座に座った王らしき人物が、ライオンを膝に寝かせているという絵だった。
「あれはメソポタミアの王、ギルガメッシュ。 まだ大陸がひとつだった頃の偉大な王だ。 彼の宝物庫には各地で名を残す伝説の武器の原点が全て備えられていたという・・・」
なにやらいきなり語り始めた。 そして続けざまに。
「あれは伝説の騎士王、アーサー王だ。 剣を抜いたことにより王となって戦った王だ」
「エクスカリバーの話?」
「そうだ・・・俺は知りたい。 このひとりの人間が、ひとつの大国を引っ張るだけのその力を持つ、その王たる所以を」
そのまっすぐな眼差しは遥上にある一枚の絵画へと向けられていた。 面影がどことなく千里に似ている、おそらく千里の父親だろう。
「人を惹きつけるというのはなんだ。 人を従えるというのはなんだ。 なぜひとりの人間がそこまでの力をもつのか・・・俺は、俺自身がなりたい王とは・・・なんだ?」
それは確かかわからない、わからないが、少なくとも今のテルには千里が悩んでいるように見えたのだ。
「・・・・」
そんな千里をテルは黙って見ているしかできなかった。
○
「ホントのことを言うと、私は坊っちゃんには『王』だとかに固執して欲しくはないのです。 ただ、普通に学校生活を送ることができれば十分」
加賀美は千里という人物をよく知っている。 知っている人間だからこそ、千里に託す願いがある。
「しかし、坊っちゃんが変わるには邪魔な障害が一つあります。 ハヤテさん、なんだと思いますか?」
突然の質問にハヤテは迷う。 千里だからこそ、他人のことを考えることをしない人間である千里だからこそ、何不自由ない生活を送る人間というだけでハヤテは簡単に分かった。
「お金・・・ですか」
と、当たりだと言わんばかりに加賀美がにこりと笑う。
「お金は坊っちゃんが生きるための物であり、坊っちゃんを守っているものであります。 縛られることを知らない坊っちゃんが、人の上に立つことはまず難しいでしょう」
それに対してはハヤテももの凄い同意を得る。 実際に自分の主がそれに少しだけ近いものだからだ。
「ふふ・・・しかしそれも、しばらくすれば変わるかもしれません」
「どういうことですか加賀美さん?」
と意味深なセリフをつぶやく加賀美にハヤテが怪訝そうに聞いた。 そうすると加賀美はにこりと笑ってこう返した。
「それはあとひと月もしないうちに分かることですよ」
○
なんだか釈然としないまま、三人は千里の家を後にした。 雪路は千里宅から出ると、ふらりふらりと「今日は飲みっしょ」と姿を眩ませたのだった。
「テルさん」
「ん?」
帰宅の最中、ハヤテが呟いた。
「千里さんは自分のなりたい王になれるんでしょうか?」
「さぁな。 誰かを惹きつけるとか、従えるっていうのは、そんな簡単なモンじゃねぇし、色々とあるんだよ。 そいつのカリスマ性とか、人間性とか」
「今挙げたなかで千里さんに当てはまるものがありませんね・・・」
「だけど、あいつの中で何かが変われば、人を惹きつけることが出来るかもしれない」
少なくとも今はそんな姿が想像できないが、いつしか、彼が気づくときが来るかもしれない。 王とは本来、なんのためにあるのか。
「でもアイツ馬鹿だからなぁ・・・一生気づかないかも」
「果てしないですねぇ・・・」
「アイツ、俺が『アーサー王は実は女だ』って言ったらマジで信じやがった」
「元ネタを知らない人が聞いたら誰でも驚きますよテルさん・・・」
終わり。
後書き
王様を例にするならもっと相応しい王様がいるはずなのに・・・なんでかFateとかの知識しかない私です。