六等分の生き方   作:スターフルーツくん

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五月中に更新できなかったのは痛手ですなぁ…。
それはさておき本編の方をどうぞ。


第10話「異変の手がかり」

 

 

 翌朝、先程の風太郎と一花のやりとりを断片的に見ていた五月は再度扉を開け、室内を見渡す。すると室内では全員がまだ寝ている状態であり、一瞬錯覚を疑った五月だったが、その後に自身の見間違いではないことを悟る。

 

「中野!ここで何やってるんだ!」

 

 突然苗字を呼ばれ、驚いた五月は声のした方を一瞥する。そこには風太郎達の学校の男性教員達がいた。

 

「えっ、先生…?」

 

 朝食を済ませた後、風太郎達は学校の手配したバスに乗り、ようやくクラスメイト達と合流する事に成功した。

 

「まさかあいつらも同じ旅館に泊まってたなんてな。よく会わなかったもんだ。」

 

 急遽風太郎達が泊まることになった旅館で入った団体の客人達、それが彼らだったのだ。

 

「どうした?」

「い、いえ!」

 

 先程の光景を見ていた五月は心ここに在らずという状態であった。きちんと確認をしなかったがために風太郎に近づいたのが誰なのか、それを把握する事ができなかった。

 

「そーいや、六華はどうした?」

「え?そういえば、いませんね。一体どこに行ったのでしょうか…?」

 

 風太郎の一言で五月は六華の存在を見失った事に気づいた。五月は今朝の記憶を思い出し、振り返り始めた。

 六華の姿を見失ったのは朝食の時からであり、この時六華はトイレに行くと言ってそのまま姿を消した。それ以降五月はおろか誰も六華の姿を見ていない。

 

「まぁ、そのうち見つかりそうだな。」

「えぇ、彼は万が一無人島に置き去りにされても難なく戻ってきそうなイメージがありますし…。」

 

 六華が超能力を持っていることを知らない風太郎でさえも彼が底知れないポテンシャルを持っていると予想していた。それは五月以外の他の姉妹四人もそうであり、五月は何の躊躇もなく六華の秘密を口外してしまいそうになりそうだという危うさすらも感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ私達でカレー作るから男子は飯盒炊爨よろしくね。」

「うーい。」

 

 時刻は夕方となり、学年全体でのカレー作りが始まった。自宅でも六華と同じく料理を頻繁に作っている二乃は自身の所属する班の監督をしつつ、調理をこなしていた。

 

「わっ、二乃野菜切るの速っ。」

「家事やってるだけの事はあるね。」

「これくらい楽勝よ。」

 

 二乃の両側から同じ班の女子が彼女を称賛する。それでも二乃は驕ることなく野菜を切る手を止めない。

 一方、一花の班では何事も無くスムーズに調理が進んでいた。

 

「これもう使った?片付けておくね。」

「は、はい!」

 

 計量カップを手に取り、一花が男子に声をかけた。女優を志している身である一花のその美貌にほとんどの男子は緊張する。

 過去に一花は同級生の男子生徒から恋愛感情からくる好意を抱かれていたこともある。しかし、その男子生徒の告白は一花に変装していた三玖が聞いたため、本人はその場にいなかった。

 

「中野さん、美人で気が利いて完璧超人かよ。」

「俺の部屋も片付けてほしいぜ。」

 

 何事もそつなくこなす一花を見ながら妄想を抱く男子達だったが、彼女の部屋が妹達よりも散乱している服や物に溢れている事を彼らは知る由もなかった。

 一方、四葉は火を燃やし続けるための薪を斧で幾つか割っていた。男顔負けの体力で大量の薪を割り続けた四葉であるが、額には汗一つ無い。

 

「あはは、楽しいですねこれ!」

「いやもう薪割らなくていいから!」

 

 五月の班では殆どの工程が終了しており、あとはカレーのルーを煮込むだけであった。

 

「そろそろ煮込めてきたかな。」

「待ってくださいあと三秒で十五分です。」

「細かすぎない…?」

 

 五月は携帯のタイマーを見ながら正確な時間を計測する。

 その頃、三玖は調理に参加し、カレーに調味料を入れていた。しかしそれを見かけたクラスメイトの女子二人は駆け寄り、三玖に声をかける。

 

「三玖ちゃん何入れようとしてるの!?」

「お味噌。隠し味。」

「自分のだけにして!」

 

 既に全ての調理を済ませ、後は煮込むだけで完成するはずのカレーに味噌を入れようとしていたが制止された。

 笑い声が聞こえる中、二乃の選んだ服を着ていた風太郎は一人の少年と見つけた。その少年は笑顔だが、周囲を気にしていた。まるで何かに怯えているかのように頻繁に辺りを見渡し、遂に風太郎と少年は目が合う。どこかで見たことがあるような、懐かしい雰囲気を感じた風太郎は遂にその正体に気づく。

 

「ろ、六華!?」

「あっ、見つかっちゃった。」

 

 六華は素早くその場を去る。風太郎は六華の後を追うが、いかんせん運動に関する才が彼には無いため、五秒もしない内に六華を見失った。

 

「どうしたんですか?」

「六華がいた。」

「あぁ、六華ですね。なるほど、六華が……。え!?六華が!?どこですか!?どこにいたんですか!?」

 

 風太郎と五月が六華を捜索している最中、身を隠していた六華は二乃の班の男子生徒と女子生徒が口論している光景を発見した。男子生徒二人と女子生徒二人が炊事の事で対立しているようであり、六華は端からその様子を見守る。

 

「何でご飯焦がしてんのよ!どーせほったらかしにして遊んでたんでしょ!」

「ち、ちげーよ!少し焦げたけど食えるだろ!」

「こっちは最高のカレー作ったのに!」

「やった事ねーんだから誰だってこうなるんだよ!」

 

 このままではいけないと判断した六華は揉めている四人の使っていた調理場に立つと、バッグから醤油や味醂など様々な調味料を取り出した。そこから先の出来事はほんの数秒であった。

 六華は慣れた手付きで焦げた白米を取り出し、いつの間にか混ぜ合わせていた調味料に白米を投入する。米の隅々まで調味料が染み渡った後に六華は米を握り、ガムの包紙で乾電池の両端を包んだ。乾電池は五秒程度で火が尽き、六華は握り飯の入った鉄の入れ物を吊るした棒を男子生徒に渡す。

 

「これ、持っててください。」

「お、おう…。」

 

 次に六華はボウルに米と水を入れ、丁寧に米を研ぎ始める。更に綺麗に研がれた米と透き通った輝きを放つ水を飯盒に入れた六華は下の釜戸で米を炊き始めた。

 

「見ててください。」

「は、はい……。」

 

 風太郎達に気づかれないうちに急いで洗い物を済ませた六華だったが、遂に姉の一人にバレてしまった。五人の姉の内の誰か一人が六華に彼の背後から声をかけた。

 

「六華、アンタ何やってるの?」

 

 長い間姉と共に過ごしてきたからこそ六華には声で瞬時にその正体を察知できた。二乃だった。二乃に気づかれてしまった六華は調理器具を片付け、その場から立ち去る。

 

「あは、あはははは…。俺はこれで失礼しまーす!」

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

 

 六華を追いかける二乃だったが、彼女もまた運動能力が皆無。到底追いつけるはずもなく、すぐ息を切らし、六華を見失った。

 

「美味しい!こんな美味しい焼きおにぎり初めて食べた…!」

「あぁ、もはやプロの腕前だ…!」

 

 一方、先程まで喧嘩をしていた四人は六華の焼きおにぎりの美味さに驚愕する。感動のあまり、一人は涙すら流していた。

 

「ちょっと、一体何があったの?」

「あぁ、さっき気の利いた子が焦がしたご飯で焼きおにぎり作ってくれたの!この丁度いい焦げ具合がたまらない〜…!」

 

 二乃は仕方なく六華の作った焼きおにぎりを口に入れる。普段より六華の手料理を食べている二乃は他の四人のように驚きはしなかったが、美味である事実を認めたのか、微笑んだ。

 

「良い仕事したわね、六華……。」

 

 一方、風太郎は前田と共に白米の焼け具合を見ていた。そこに肝試し用の道具がぎっしりと詰められた段ボールを二つほど持った四葉が現れ、彼に声をかけた。

 

「上杉さん、肝試しの道具運んじゃいますね。」

「四葉…。お前確かキャンプファイヤーの係だったろ。」

「はい!でも上杉さん一人じゃ無理だと思ってクラスの友達にも声かけました。勉強星人の上杉さんがせっかく林間学校に来てくれたんです、私も全力でサポートします!」

 

 四葉の決意に応じ、風太郎は立ち上がる。

 

「よし前田、俺の班の飯の世話もしててくれ。」

「あ?命令してんじゃねーよ!つーか俺の話の続きは…!」

「肝試しは自由参加だ。クラスの女子でも誘って来てみろ。ただしこっちも本気でいくからビビんじゃねーぞ。」

 

 風太郎は四葉の持っていた段ボールを一つ持つと、不敵に微笑みながら宣言した。そしてこの肝試しは後の重大な出来事に関するきっかけを生み出す事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、超能力犯罪による新たな被害者が発見されたと聞いた氷室は現場へと向かっていた。そこは風太郎達が林間学校で滞在している場所だが、そんな情報を聞かされていない氷室は彼らがそこにいるとは知りもしなかった。

 本来であれば軽自動車で移動しても何ら差し支えは無かったが、万が一の場合に備えてGP-7を搭載したトレーラーで移動している。道路の雪も少しずつ溶け始め、道が開けてきた時だったので丁度良い、と思いながら氷室は窓を眺める。

 

「熱心だねぇ。氷室君も。普通だったら管轄外なのにわざわざ現場まで来ないよ?」

「現在GP-7の適合者は私しかいません。私が行かなくて誰が行くと言うんですか?」

 

 氷室の馬鹿が付くほどの真面目な発言に井伏の頬が緩む。井伏の視線は現在ノートパソコンの画面に向かっており、一時間以上も画面と睨めっこをしている状態が続いていた。にもかかわらず、井伏には氷室がどんな表情をしているのか、容易に想像がついていた。

 

「言ってくれると思ったよ。気をつけてね。敵はますます強力になってきてる。」

 

 井伏の言葉を聞き、氷室は首を縦に振る。しばらくして、事件に関する資料に目を通していた氷室は井伏に尋ねた。

 

「そういえば、先日殺害された男性を調べたところ、彼のSNSにこんなものが書かれていました。」

 

 氷室はコピーされた被害者のSNSの投稿を井伏に見せる。そこには超能力者の存在を否定、いるとしてもその存在はあってはならないものだという旨の内容が記されていた。

 

「なるほどね。道理で消したがるわけだ。」

「井伏さんはどう思いますか?超能力の存在に関して。」

 

 井伏は氷室にそう尋ねられるとしばらく考えこみ、数分してから氷室に資料を返却するついでに答えた。

 

「私はアリだと思うよ。超能力。現代の科学では証明されてない謎の力は間違いなく人類の進歩を切り拓くカギだからね。ただそれを間違った使い方して誇ってるのはいただけないけどね。」

 

 氷室は「そうですか」と呟くと再び資料に目を通す。

 

「ねぇ、氷室君はどう思うの?超能力のことについて。」

「私は…。井伏さんと同意見です。現に私は超能力者の存在を把握しているわけですが、『超能力者はいてはならない』なんて言ってはいけないと思うんです。そんな言葉、差別でしかありません。」

 

 氷室の言葉を聞いた井伏は唇を尖らせながら首を傾げる。

 

「悪意は悪意を連鎖させる。真に悪いのはどっちなんだろうね。」

「え?」

 

 井伏の言葉の意味が分からず、氷室は彼女に何度か尋ねた。しかし、彼女は「いずれわかる日が来るよ」と言うだけでまともに取り合ってはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

 その日の夜、風太郎達の学校は近くの森で肝試しを行っていた。肝試しで仮装し、仕掛け人となっていた風太郎は先程会話していた前田という男とその近くにいる女を驚かせる。

 風太郎に驚き、恐怖した二人は悲鳴を上げながら走り去っていく。その快感に満ちた風太郎は仮面の下で静かに笑う。

 

「くくく…。」

「絶好調ですね!ジャケットどうぞ!私嬉しいです。いつも死んだ眼をした上杉さんの眼に生気を感じます。」

「そうか、蘇れて何よりだよ。」

 

 風太郎と共に仕掛け人の側に回っていた四葉は彼にジャケットを差し出す。金髪のウィッグにピエロを彷彿とさせる格好と仮面をしていた風太郎とは違い、四葉は包帯を巻いたミイラのような格好をしている。

 しばらくして、二人は草むらに隠れて次の生徒を待ち構えていた。すると、四葉が人差し指で砂に絵を描きながら口を開いた。

 

「もしかしたら来てくれないと思っちゃったから、後悔の無い林間学校にしましょうね。ししし。」

 

 四葉が白く輝く歯を見せて笑うと、足音が聞こえてきた。懐中電灯の光が徐々に風太郎達に近づき、その輝きと大きさを増す。

 

「あっ、次の人が来ましたよ!」

「や、やってやらぁ!」

「食べちゃうぞー!!」

 

 風太郎と四葉は草むらの陰から飛び出し、生徒を驚かせようとする。しかし、そこに居たのは二人をよく知っている人物であった。

 

「フータロー。」

「四葉もいるじゃん。」

「一花に三玖!」

 

 既に二人が肝試しの実行委員として待ち構えている事を知っていた一花と三玖は驚くどころか平然とした佇まいで声をかけた。その事にショックを受けたのか、風太郎と四葉は分かりやすく落ち込んだ。

 

「なんだ。ネタがバレてる二人か。脅かして損したぜ。」

「あっ、ごめ…。」

「わぁ、びっくり予想外だ!」

「お気遣いどうも。」

 

 風太郎に気を遣い、忖度した二人だったが彼には効果が無かった。

 

「本当だよー。」

「嘘つけ。」

 

 風太郎と一花が話している姿を見て、三玖はどこかもどかしさを感じていた。そのもどかしさの正体が何なのかは三玖自身も気づいていたが、それは彼女のみ知る事実であった。

 

「三玖、聞いてるか?」

「えっ、何?」

「看板が出てるからわかると思うがこの先は崖で危ない。ルート通り進めよ。」

「わかってる。行こう、一花。」

 

 一花は事務的な対応をする三玖に戸惑いながらもついていく。三玖に対して違和感を感じていたのは一花だけでなく風太郎もそうであった。

 

「なんだ?やけに素っ気無いな。」

「三玖はいつもあんな感じですよ?それより上杉さん、脅かし方に迷いがあります。もっと凝った登場しないと!」

 

 四葉達はそう言って次の生徒を脅かそうとする。しかし、その次の生徒というのは二乃と五月だった。この二人はオカルトの類のものを苦手としており、一花と三玖とは違い、肝試しに恐怖心を抱いていた。

 

「うぅぅぅ……。やはり参加するんじゃありませんでした…。」

「ちょっと離れなさい!」

「クラスメイトが言っていたのですがこの森は出るらしいのです。森に入ったきり行方知れずになった人が何人もいるのだとか…。」

「デマに決まってるじゃない。伝説もそうだけど信憑性が無さすぎるわ。こんなチープなおもちゃで誰が喜ぶのよ。」

 

 二乃はぶら下がっている提灯の玩具を指差し、ため息をついた。

 

「はぁ…。林間学校ってもっと楽しいと思ってたんだけどなぁ…。」

「…?まだ始まったばかりじゃないですか。」

「始まりから躓いてたでしょ!昨日のこと、忘れたとは言わせないわよ。何も無かったから良かったものを……。」

 

 二乃の発言から五月は推測する。風太郎に近づこうとしたのは二乃以外の誰かである。だとしたらそれは誰なのか。そこまでは明らかではなかった。

 

「ということは二乃じゃないんですね。」

「え?何が?」

 

 次の瞬間、何かが軋む音が上方から聞こえ、二乃と五月は恐る恐る一瞥する。すると気に吊るされた風太郎が逆さまで飛び出した。驚きのあまり、五月は泣きながら何処かへ去っていった。

 

「わぁぁぁぁぁ!!!もう嫌ですぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「五月、待ちなさい!」

 

 逃げる五月を二乃が追いかける。そんな二人の様子を逆さまになっていた風太郎は見ている事しかできなかった。

 

「本当に苦手だったのか…。」

「あちゃ〜…。やりすぎちゃいましたね……。」

 

 四葉は自身の考えた演出の度が過ぎたことを反省する。そんな中、風太郎はある事に気づいた。

 

「あれ…?あいつら、どっちに行った?」

 

 二人が向かった先は矢印とは反対の方向であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁん…。二乃ぉ…。どこですかぁ…。」

 

 火事場の馬鹿力で二乃を上回る速度で逃げた五月はいつのまにか彼女とはぐれてしまっていた。日はすっかり落ち、辺りは黒一面に染まっている。懐中電灯を所持していなかった五月は携帯のライトで辺りを照らすが、充電をし忘れていたため、携帯の電源が切れるのも時間の問題であった。

 そんな時、草むらからガサガサと音が聞こえた。五月は恐る恐る草むらをかき分け、音の正体をライトで照らす。ライトが照らしたのは人の腕であり、それに気づいた陰は立ち上がる。

 

「あれ?五月ちゃんじゃん。何してんの?」

 

 五月はその声を聞いて、すぐ正体を理解した。昨日自身らを旅館まで送った、ドライバーの男であった。

 

「貴方、昨日の…。」

「そっそっそ。」

 

 男はドライバーの姿とは打って変わって黒い革ジャンを着用しており、髪はサイドが刈り上げられ、トップはパーマがかかっている。中でも男の目元が透けている金色のサングラスと銀色のイヤリングは五月の携帯から放たれる光によって輝いていた。

 自身の父に雇われている身にしては厳格な雰囲気は感じられず、それどころかチャラチャラしていると五月は印象づける。しかし、男とも女ともとれるほどの美しい顔立ちに高い鼻、厚い唇など、ただユルい雰囲気だけでなくどこか不思議な感覚に五月は襲われる。

 

「昨日はありがとうございました。」

「いいよ。こっちも仕事でやってんだし。じゃ。」

 

 男はそう言って奥へと去ろうとする。しかしある事に気づいた五月は慌てて彼を呼び止めた。

 

「待ってください!たしかこの先は崖ですよ?落ちたらどうなるか……。」

「あぁ、それね。それ嘘だよ。」

「え!?」

 

 男の発言を五月は信じられず、思わず素っ頓狂な声を出す。

 

「まぁ、嘘と言ってもそれが最適解になる方の嘘だけどね。世の中には知らない方が良い事ってのもあるもんだよ。」

「それはいけません。如何なる理由があれ、事実は正しくあるべきです。私はついていきます。」

「何で事実が正しくあるべきだと思ってるの?事実を知ったところで君に何ができるの?或いは、君は事実を知ってどうする気なの?」

 

 男の質問に五月はたじろぐ。そこまで考えた事が無かったためだ。しかし五月は男の問いに怯む事なく答えた。

 

「知りたいんです、正解を。事実が見えなければ正解なんてまず見えません。人生の出来事は試験のように正解が決められているわけではありませんし、あったとしてもそれを模索するのは難しいと思います。ですが、私は『難しいから』と言い訳をして逃げたくありません。それは何かを成さない理由にはなりませんから。」

 

 男は五月の答えを聞くと、しばらく考え込み、首を小さく縦に振った。

 

「うん、良い答えが聞けた。おっけ、ついてきな。」

 

 男は五月を連れて山奥へと進んだ。すると五月の視界に崖ではなく、別のものが映りこんだ。それは過去に研究ラボであった建物と思しき廃墟であった。

 

「これは…。」

「詳しい事は僕も知らない。このラボでは人類を高次の存在へと進化させるための実験が行われてた。これがその証拠。」

 

 男はバッグの中から紙切れを取り出し、五月に見せた。その紙に書かれてあったものは異形の怪物、ブルタルを作り出すための素材や工程であった。

 

「酷い…。」

「この森に入った人間はそれっきり姿を消すって噂、聞いたことない?それがこれ。この怪物を作り出すためのモルモットとして利用されたんだろうよ。たまたまこの森に入ってしまったから。」

 

 男は事務的な口調でそう語る。その声色には何の感情も込められておらず、人間の悲惨な歴史を淡々と語る教師のようにも思えた。

 

「そんな……。こんな事許されるはずがありません!明らかに非倫理的です!」

「僕もそう思うよ。」

「何でこんな非道なことを…?」

「おそらくは、超能力者への対抗手段なんだろうね。色々調べたけど、警察が超能力を使う犯罪者に対するまともな整備を完成させたのはつい最近らしいのよ。裏を返せばそれまでは普通の人間には手に負えない事態だったってことだけど。」

 

 男は事務的な声色を変えることなく話を続ける。

 

「これを見る限り、このバケモンは細胞レベルでの変化で常人を超える力を手にしたんだろうね。それでも“なれなかった者”としての運命ってのは背負わなきゃなんだろうけどさ。」

「じゃ、じゃあもうこの中に入ってしまったら私達は……。」

「それはないよ。だって研究するための施設が壊れてんだから。これはあくまで仮説だけど、おそらく既に実験は成功していた。けどその強力な力を制御できず、こうなった。そう考えた方が自然だと思うんだけど。誰が変身者なのかは僕にもさっぱりわからん。」

 

 五月が感じた恐怖は拉致され、人間ではなくなる実験を施されることではなかった。彼女が恐怖したのはは自身の信じる大義の為なら人命すらも奪って良いとする人間の残酷な考え方である。そんな時、男は何かを思い出したように「あぁ」と呟いた。

 

「君、迷子なんでしょ?二乃ちゃんを探すよ。」

「え、何故それを?」

「聞こえてたから。『うわぁぁぁん…。二乃ぉ…。どこですかぁ…。』って。」

「認めたくはありませんが、微妙に似ているのがまた腹立たしいです…。」

 

 五月は涙目になりながら頬を膨らませ、男を睨む。彼はそんな五月の様子を気にせずにイヤリングに手をかけた。

 

「三分間。それ以上は協力できないよ。」

「は、はい…。あの、一つ良いですか?」

「何?」

「貴方も超能力者なんですか?」

 

 五月の質問に男は「うーん」と唸り、考え込んだ。数秒後、男はようやく口を開いた。

 

「そうと言われればそうなのかもしれないし、そうじゃないと言われればそうじゃないのかもしれないし。何はともあれ世界のルールは僕には通じないってのが今言える答えかな。」

「あまり明確な答えではありませんね…。」

「だから昨日も言ったでしょ。何でもすぐに正解を求めようとするのは良くないって。いずれわかる日が来るよ。」

 

 男はそう言い、両耳のイヤリングを外す。それを目にした五月は首を傾げて男に尋ねる。

 

「それで、見つかるんですか?」

「これが一番確実。けどタイムリミットがあるからなるべく急ぎ足で見つけるよ。ついてきて。」

「は、はい!」

 

 五月は男の後についていき、二乃と合流することにした。し次第に沈黙が怖くなったのか、五月は男にいくつか質問をする事にした。

 

「好きな食べ物は何ですか?」

「嫌いなのじゃなければ何でも。」

「趣味は何ですか?」

「音楽、プラモ、バイク、ミニ四駆、その他諸々。」

 

 あまりにも五月とは縁のない回答ばかりで彼女は会話に困る。しかし男はそんな五月の様子を気にしている素振りは見せず、淡々と森の中を歩いていく。

 

「ん?ごめん、ちょっと寄り道していい?」

「あっ、はい。」

 

 何かに気づいた男は向かっていた方角とは反対に行き始め、たどり着く。そこにあったものは元は人間であったと推測される動物の肉片の塊の数々であった。

 

「うっ…!」

 

 想像以上に強烈な血生臭さと残酷な光景に五月は口を抑える。その様子を殺人犯である超能力者の男は一瞥し、彼女に手をかけようと動いた。しかし、それを邪魔したのは五月の隣にいた運転手の男であった。

 

「ねぇ、こいつぶっ潰していい?じゃないと五月ちゃん死ぬんだけど。」

「え?」

 

 運転手の男は誰に言うでもなく、突然口を開くなり、そう言い放った。誰かに許可を得たのか、男はイヤリングを両耳に付け直すと動き出し、超能力者との戦闘を開始した。超能力者は男に波動のようなものを浴びせたが、男には何故かそれが通じなかった。

 

「何、分解ができない!?何故だ!」

「当たり前っしょ、全世界において僕はただ一人だから。」

 

 男はそう言うと、下から繰り出される超能力者の右腕の手首を掴み、外側に捻る。あり得ない方向に無理矢理腕を曲げられた事により、骨が折れる無機質な音が鳴る。悲鳴など上げさせないかの如く男は続け様に腹部を殴り、目の前の敵を倒すと馬乗りになり、顔面を二発殴打する。

 

「次同じ事したらてめぇ、覚えてろよ。」

 

 男は超能力者を縄で木に縛りつけ、その場を去っていった。五月は彼が何か知っているのではないかと考え、男の後を追いかけた。

 

「あの…。あれが、先程おっしゃっていた超能力者の……。」

「多分ね。」

「何故彼らはあんなことをするのですか?そもそも、どうして彼らは超能力を使えるのですか?」

「質問一個にしてくれない?それに僕だってそれを知るためにここに来たんだよ。わかるわけないじゃん。」

 

 男は五月にそれだけ言うと、まともに取り合おうとはしなかった。しかし五月の呟いた一言によって彼はようやく口を開いた。

 

「やはり、超能力があるからいけないのでしょうか。力を得て、驕り高ぶった結果あのような非道な行動に…。」

「僕はこれまで多くの世界を旅してきた。そん中で常軌を逸する力の持ち主に出会うこともちょくちょくあったけど、真っ当に生きてる奴だっていたよ。人が道踏み外す言い訳に超能力を持ち出すんじゃねぇ。」

「ですが…!」

「力そのものに善悪は無い。罪を犯す人間が出てくるのは往々にしてそいつが元から腐ってるから。いつの世もそうだよ。それに、君のその言葉は中野 六華を否定する事に繋がる。」

 

 男の言葉に五月は衝撃を受け、口を噤む。先程の自身の言葉は義弟を悪だと決めつけているようなものであった。六華のことは姉と共に見てきたはずなのに。そう思っていた五月だったが、彼の放った言葉の違和感の正体に気づき、再度彼に問いかけた。

 

「待ってください!貴方、六華のことを知っているんですか!?それに私が六華の秘密を知っている事までどうして…?」

 

 五月には理解できなかった。現時点では六華が超能力者である事は風太郎はおろか、姉達も知らない事実である。言わずもがな五月だけがその秘密を理解していることも。それを何故彼が知っているのか、彼女には分からなかった。

 

「そんな事より、あれと絡んでたせいでさっきのが使えなくなった。まいったなぁ…。あ、ちょっと待って。」

 

 男は五月にそう言うと、目を閉じて動かなくなった。五月は彼が何をしているのか理解できず、彼の様子を見ている事しかできなかった。数秒後、男は五月の方へと向き直り、言い放った。

 

「いい?ここから北西にまっすぐ進めばすぐ二乃ちゃんと風太郎ちゃんに会える。わかったら一人で頑張って。僕はこれから用事があるから!」

「え?あっ、ちょっと!どこ行くんですか!?」

 

 男は五月を残して暗闇の中へと姿を消していった。しかし、ここで立ち往生していても何も始まらないと判断した五月は男に言われた通り、北西へと進んでいく。

 

「それにしてもあの方は一体…?」

 

 最初は恐怖を紛らわすために独り言を呟きながら進んでいった五月だったが、段々と一人であるという事実に寂しさを感じるようになった。

 

「わあぁあぁ…!二乃ぉ…。どこ行ったんですかぁ〜!」

「五月!あんた紛らわしいのよ!」

 

 五月を発見した二乃は彼女を呼び止め、合流した。

 

「一人でよく平気でしたね。」

「違うわ、私は…。あれ?」

「どうしました?」

「いや、なんでもないわ。」

 

 実は二乃は五月と合流する直前まで金髪のウィッグを被った風太郎と行動を共にしていた。しかし二乃は彼を風太郎ではなく、彼の親戚だと勘違いし、一目惚れした。更には金髪の風太郎をキャンプファイヤーのダンスに誘い、彼と結ばれようと考えていた。

 

「アンタこそよく一人で無事だったわね。」

「いえ、私はあのドライバーの方と一緒でしたから。」

「あの運転手と!?何であの人がここにいるのよ…?」

 

 五月はブルタル及び超能力者に関する事以外で自身がわかっていること、即ち男のことを全て話した。彼の事を聞いた二乃の表情はまさに最初に彼の話を聞いた時の五月のそれと酷似していた。

 

「相変わらず意味がわからないわね……。」

「同感です…。」

 

 二乃と五月はお互いに謎の存在に翻弄されながらも無事肝試しから生還する事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだな…。」

 

 数分後、風太郎達が修学旅行で訪れている地へと足を運んだ神成は先程運転手の男と五月が訪れていたラボだった場所へと足を運んでいた。神成の方が少々遅れてきたためか、彼が二人と遭遇する事はなかった。

 廃墟と化したラボを見るなり、神成は拉致された時を思い出した。彼は今日まで一度たりともあの日の出来事を忘れたことはない。人体実験に伴う苦痛、異業に姿を変えた自身の姿。この世のものとは思えない数々の体験に心を痛めてきた神成だったが、最も心を痛めた出来事ば自身が生き恥を晒したことであった。

 過去の罪を背負い、その贖罪として己の命を捨てること。それで全てが解決するわけではないが、自分自身に残された選択肢はもはやそれしかない。神成はそう考えていた。

 

「ん?あれは…。」

 

 暗闇の中で何かを察知した神成は咄嗟の判断で草むらに隠れた。予感は的中、彼の視線の先には懐中電灯を持ったGP-7がいた。

 

「何故奴が…?」

 

 仮に戦闘になった際にいつでも対応できるよう、神成は徐々にブルタルへと姿を変えていった。当初こそ変化に慣れず、苦しんだものの、今ではコントロール方法を特訓した事で自由な変化が可能となった。

 

「ここにはいない……。」

 

 GP-7が踵を返そうとした次の瞬間、同じくその場を立ち去ろうとしたブルタルの右足が枝に絡まり、音を立てた。当然、氷室はGP-7越しにその物音を聞き逃すわけもなく、即座に懐中電灯の光を自身の後方に向ける。

 

「見つけた…。」

 

 ブルタルを見つけたGP-7は懐中電灯を投げ捨て、躊躇うこともなく装備の銃口をブルタルに向けた。氷室は誰に命令されるでもなく、マスクの下から精悍な顔つきでその引き金を引いた。




次回、第1章終了
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