翌日、警察内部は通常以上に騒がしく、そして忙しなく動いていた。理由は無論、氷室が会った“ブラックレジスター”と呼ばれる存在が警察内部にも知れ渡ったからだ。
「では氷室君、君が見たブラックレジスターという存在は君を助けたのだね?」
警視庁の捜査一課の中でも上層部の警察官の男性が氷室に尋ねる。太陽の光が彼のかけているメガネに当たり、眩しく光る。
「ええ、状況的にはそう思います。あたかも、仮面ライダーやウルトラマンのようなヒーローでした。外見的にはバットマンの方が近いかもしれませんが…。いえ、そんな事より容疑者の自供内容について報告があります。」
容疑者の名前は三島 雪子。にわかには信じ難いが、超能力者である。今回、上島 春樹を殺した事を認めてはいるものの八年前の真辺 咲夜を殺した事に関しては容疑を否認していた。
今回三島を逮捕できたのは氷室の目で目撃したから、という状況証拠ではなく彼が事前に作動しておいたボイスレコーダーのおかげである。
「空気中の酸素を奪って殺した…と言うのか。」
「ええ、そう供述していました。でも、これでは八年前の事件は迷宮入りですね…。」
三島はプレデターというものに関して黙秘していた。超能力を使える者をそう呼んでいるだけなのか、あるいは何らかの組織の呼称なのか。現段階では真相は定かではなかった。
「昨日の悪行は心優しい俺がギリギリ許すとしよう。今日はよく集まってくれた!」
翌日、朝から上機嫌な風太郎を見て一花と六華を除く四人は困惑していた。一花は四葉の太ももを枕にして寝ており、六華は風太郎のためにお茶を注いでいた。
「お茶です!」
「ああ、お気遣いどうも。じゃあ手短に話す。今からお前ら六人には昨日出来なかったテストをしてもらう。合格ラインを超えた奴には金輪際近づかないと約束しよう。」
六華が注いだお茶を一口飲んだ風太郎の言葉を聞き、五人は衝撃を受け風太郎の騒々しさによって一花が目を覚ます。しかし、彼女たちにとっては風太郎の提案がどうも気がかりであった。
「フータロー、ちょっと待って。六人って事はまさか…。」
「そう、六華にも小テストを受けてもらう。」
風太郎の口から飛び出た提案に風太郎と五つ子たちが凍りつく。そのコンマ数秒後、二乃が怒りを露わにした。
「ちょっと!アタシ達ならまだしも何で六華にまでそんな事を押し付けんのよ!!」
「俺は『娘たちに勉強を教える』という旨の話を受けた。そこに六華が入っていないとも限らないだろ?安心しろ。こいつにはそれなりのテストを作って来た。」
風太郎はそんな二乃に対して自らが受けた話を都合の良いように解釈して二乃に反論する。
「第一、六華は学校に行ってないのよ!詳しい事は言えないけれど…。でも…!」
「わかりました。俺、やります!」
風太郎は六華が学校に行っていない事を知りテストを自らのカバンに入れかけるが、六華自身がやると宣言した。
「六華!?アンタ…!」
「俺なら大丈夫だって。合格すれば良いんですよね?だったら今から五十分だけ時間をください。もちろんお姉ちゃん達にも。そしたら俺たち全員やります。合格ラインは何点ですか?」
「あ、ああ。そうだな。六十…。いや、五十点あればそれで良い。」
二乃を諭した六華の合理的な提案に風太郎はたじろぐも承諾した。この五人の姉よりも弟の方がしっかりしているという事態が彼にとっては信じ難い事であった。
五十分間、テストに向けての勉強をしたところで五つ子はリビングでテストを開始した。六華は少し離れた場所で同じようにテストを開始した。六華は特別扱いとなっており、五人よりも十分多く時間をとっている。
「採点終わったぞ!すげぇ百点だ!」
テストが終了した数分後、先に五つ子達の方の採点が終わり、結果が出た。その瞬間を境にそれまでの沈黙が一気に破られた。
「五人合わせてな!!」
結果として一花は十二点、二乃は二十点、三玖は最高点の三十二点、四葉は最低点の八点、五月は二十八点であった。
「上杉先生、俺の方はどうですか?」
「あ、ああ…。待っててくれ。六華は…。何?嘘だろ…。」
五人の実力を見て愕然としている風太郎を六華が急かす。ただ単純に結果が楽しみなだけであるが、別の視点から見れば姉達の実力よりも自身の実力に目を向けさせる行為であるとも言える。そして丁寧に採点を終えた風太郎は驚愕する。
「全部合ってる…。六華だけは百点だ。」
「本当ですか!?やったー!」
風太郎の口から六華が満点であった事を聞き、五人は驚愕する。五人合わせてやっと彼一人の点数と同点なのだから。
「待ってよ!たった五十分教科書読んだだけで百点とかあり得ないじゃない!!どうせ簡単な問題でも出してたんでしょ!」
二乃が六華の問題用紙を強奪し、中身を把握する。問題自体は高校一年生が学習するような内容なのだが、難易度は五つ子達が解いたものと同じレベルであり、問題用紙を見るや否や二乃はすぐさま顔を真っ青にした。
「そういえば、七年前に一花お姉ちゃんの部屋を掃除してた時に偶然教科書見つけて、読んだら面白かったから時々貸してもらってたなー。」
「だからたまに『教科書貸して』ってお願いしてたのね…。」
実は六華が勉強していたのはたった五十分ではなかった。五年という単位で小中高全ての教科書の内容を完全に理解した六華にとって、風太郎の作ったテストは敵ではなかった。風太郎はこれならおそらくあいつらが解いた問題でも百点は確実だろう、と推測する。
「お姉ちゃん達驚いた?記憶喪失でも百点は取れるんだよ!お姉ちゃん達でも頑張ればできるよ!」
五人にとっては六華のセリフが何故か嫌味ったらしく聞こえるが、彼より点数が低い五人には弁解の余地が無かった。
「ん?記憶喪失?どういう事だ?」
「あ、これ喋っちゃっていいのか知りませんけど言いますね。実は俺記憶喪失なんです。年齢も身分も家族も本当の名前も何も思い出せないんです。それは今もそうだし。」
六華の話によると、彼が覚えているのは五年前に海岸で漂流している時からであると言う。それ以前の記憶は何も思い出せなかった。彼が目覚めたのはこの五人が偶然発見したためである。その後、中野家に引き取られる事となり、本名が分からなかったため彼女らの父が中野 六華と名付けた。当然年齢も身分も何も分からずじまいであったために、学校に通わせる事はできなかった。ではそんな彼が何故この五人をお姉ちゃんと呼んでいるのか。理由は彼女達の方が大人に見えたから、とのことである。実際に彼が引き取られた時は本来の年齢こそわからなかったものの、小学生程度の年齢だと推定された。
「そうか。そんな記憶が…。っていうかお前ら五人。まさか…。」
六華の過去について知り即座に目の前の問題に向き合うことに切り替えた風太郎が五人に目を向けると、五人は即座に逃げ出した。この五つ子全員は赤点候補だった。
翌日の夕方、中野家の六人はそれぞれやりたい事をしていた。一花は外出、二乃は六華の手伝い、三玖はゲーム、四葉は学校でバスケ部の助っ人、五月は自室で勉強、六華は夕飯を作っていた。
「三玖お姉ちゃん、ちょっと手伝ってくれない?」
「うん。」
六華は三玖を呼び、手伝わせる。彼は三玖が料理をする事を苦手としていると認識した上で皿を並べる、テーブルを拭くなどの手伝いをさせていた。この家に来たばかりの自分がそうだったように。
「学校はどうだった?上杉先生と上手くやっていけそう?」
「フータローは全然ダメ。やっぱり教わる事なさそう。」
「そ、そっか…。」
風太郎の苦労を改めて実感した六華は気分転換にと思い、テレビに目をやる。テレビが映しているニュースは昨日今日で不可解な連続殺人事件が起きている事を報道していた。被害者は皆何かに叩きつけられた痕跡が身体に残っていた。この事件の不可解な要因もして人間では手の届かないような高い場所まで血痕が付着していた点があげられ、超能力者による殺人の可能性が示唆された。
「このニュースを見てると六華の事が心配。いつか六華が狙われそうなんじゃないかって。」
「あっははは!俺なら大丈夫だって三玖お姉ちゃん!それに、俺の方こそお姉ちゃん達が心配だよ。何かあった時は俺が守るから。」
六華がそう言うと、台所に立っていた二乃が腹を抱えて笑った。
「アンタが私達を守る?普通は逆でしょ!アハハハハッ…!」
二乃も理解していた。彼女も姉としての責務を全うする必要があるという事を。そのために六華を守る必要があると。
刹那、六華は何か怪しげな雰囲気を察知しエプロンを脱ぐと台所から飛び出した。
「ごめん二乃お姉ちゃん!今つけてる火見といて!!」
「え?ちょっと、六華!?」
六華の不可解な行動に二乃は困惑するも、手が離せない状況だったために六華の言う事を聞く他なかった。
六華は人目のつかない場所に移動すると、指を鳴らし黒ずくめの服装を身に纏った。黒い長袖に黒い長ズボン、頭にガスマスクを装着しているその者はブラックレジスターと呼ばれていた。都市伝説では返り血が付着しても目立たないようにするためあえて黒色を選んでいるのではないかと噂されている。装着が完了した瞬間、ブラックレジスターはすぐさま超能力の発現地の廃工場へと向かう。
「ブラックレジスターか…。」
廃工場にいた、超能力を持っていると思しき男は黒ずくめの六華の姿を見ると、一瞬のうちに能力を発動した。すると、電柱があり得ない速度で六華の頭上に落下した。六華はなんとか高速移動でかわしたものの、電柱は六華を追跡し出した。ここで冷静な判断を下した六華は超怪力で電柱を砕いた。
「面白いな。ならこれはどうだ。」
男は六華に対して超能力を発動した。すると六華は勢いよく男から離れてしまった。彼に近寄りたくても能力のせいで近寄れない。男と会ってから今までの経験から計算して、六華は男の能力の正体が磁力だと予測した。
その仮説を検証するため、六華はあえて自らの身体に火を灯して熱した。しばらく耐えていると身体から磁力が消え、自由に動けるようになった。確信を持った六華は男に重力をかけ、ある程度身動きを取れないようにした。
「ぐっ…!ここは退却すべきだな!」
男は磁力を利用し、近くの鉄パイプの磁力を強め自らの身体を引き離すことで脱出に成功した。六華はガスマスクの下で疲れきった表情をしてひと呼吸置いた。幸い、身に付けている服やマスクは全て耐熱性でまた燃えにくい素材で出来ていたため火で燃やしても服やマスクは燃えなかった。六華が落ち着いたところでマスクを外すと、近くに何者かの視線を感じた。そして目が合ってしまった。
「っ…!」
「あ…!」
先程から六華の戦いを見ていた人物は五月だった。六華は落胆し、肩を落とす。今やブラックレジスターは世間に広まっている存在である。自分の素性が知られた以上もう中野家にはいられない。そう思い、荷物をまとめて出て行くべく重たい足を引きずりながら家へと向かった。
「お帰り、遅かったじゃない!六華の分のご飯、ラップしてあるから食べなさい。」
「あ、うん…。ありがとう…。」
二乃に言われ、六華は不思議に思っていた。本来であれば真っ先に二乃が自らの能力について言及してくるはず。それがないという事は五月お姉ちゃんは先程の事を口外していないのではないか。
「どうしたの?やけに汐らしいわね。何かあった?」
「い、いや!何もそれより、五月お姉ちゃんは?」
「部屋に閉じこもってそれっきりよ。」
六華は悪い事をした、と思い五月の部屋の扉をノックする。しかし、五月は六華の反応には応答しようとしなかった。六華は諦めてとぼとぼ自室に戻った。すると、六華は自分のベッドで一花がほぼ全裸で寝ている光景を目撃した。
「一花お姉ちゃん!?何してんの…。風邪ひくよ。」
「別に。私が来たくて六華の部屋に来ただけなんだから。」
一花の返答に六華は呆れた表情をしながら布団を剥いで彼女に服を渡す。
「今私が言ったような感じ。『掃除しに来た』って言えば五月ちゃんも何も文句は言わないよ。」
「っ…!ありがとう一花お姉ちゃん!」
六華は一花に抱きつき、即座に五月の部屋へと向かった。そんな六華を見て一花は柔和な笑みを浮かべていた。
「ふんふんふふ〜ん♪」
「ちょっ、六華!?何をしているんですか!?」
「え?掃除しに来ただけなんだけど…。」
「一花じゃあるまいし、ちゃんと綺麗にしてますよ。」
二人は平静を装って接しているが、実際はそれぞれが相手に抱えている疑問を押し殺していた。だが、その沈黙を破り先手を打ったのは六華だった。
「あのさ、何で俺がブラックレジスターだって事を黙っててくれたの?」
「私もそこまで意地悪じゃありません。あなたを追い出すような気がして悪いですから…。でも、それは絶対に六華から打ち明けなければならない事ですからね。」
五月の優しさに救われた六華は感謝の思いが込み上がり、目頭が熱くなった。
「私からも、一つ質問です。何故あなたはこの事を黙っていたんですか?知りたい質問はいくつかあるのですが、今一番知りたい事はそれです。」
六華は床に体育座りで座り、五月の目を見て話した。緊張のあまり六華は服の袖を掴んでいたが、それでも彼は勇気を振り絞って口を開いた。
「いつこの力を使えたかはわからない。けれど、お姉ちゃん達がいない間にこっそり練習してたんだ。もしもの時のために力を使いこなせるように。でも、実際は人を傷つけるための力でしかなかった。この力のおかげで街の平和はなんとか守れてるけど、他の人から見たら危険でしかない。僕は…。お姉ちゃん達を失うのが、怖い…!」
六華が今まで超能力の事を黙っていたのは自分を助けてくれた五人の姉を戦いに巻き込む事を恐れていたからだと涙ながらに話すと、五月は口を開けたまま椅子に座っていた。
「何ですかそれ…。いい加減にしてください!私達を姉だと思って見ているのなら、何で私達を頼ってくれないんですか!!!あなたがブラックレジスターであろうと超能力者であろうと、私達の弟である事には変わりありません!!もっと姉を頼ってください……。」
五月は怒りながらも六華同様涙を流し、彼を優しく抱きしめた。この状態は一花が二人を揶揄う声が聞こえるまで続いた。
しばらくして、五月と六華は同じベッドに腰かけていた。
「六華…。あなたは何のために戦うのですか?」
「俺記憶喪失なんだけど…。これまで生活してる中で人っていう存在が良いものだと思い始めたんだ。人間には生まれてきたことに意味は無いのかもしれないけれど、生きてる事には意味があると思うんだよね。命って本当に素晴らしい…。だからこそ、人の命を平気で奪う奴らが許せない。相手がどんな人だろうと、人の命を奪っていい権利なんて無い!」
六華の話に耳を傾けていた五月は優しく微笑んでいた。彼の戦う理由を聞いた五月の安堵した表情を見た六華は五月が愛おしく見えた。
「私は武道を志しているわけではありませんから気の利いた事は言えませんが、ただ一つ言わせていただきます。これから何があっても、そのままのあなたでいてください。」
五月の言葉を聞いた六華は彼女を優しく抱きしめた。そんな六華の頭を五月は左手で優しく撫でる。
「俺が家に来たばかりの頃、五月お姉ちゃんはこうやってお母さんみたいな事してたっけか…。」
「ふふ、そう言ってくれると嬉しいですっ。」
二人は甘い雰囲気に包まれながら、そのまま就寝した。そんな二人の様子を一花と四葉は暖かく見守り、二乃と三玖は嫉妬心を露わにしながら見ていた。
「三玖お姉ちゃんおはよー。朝ご飯できてるよ。」
「うん…。ありがとう。」
四番目に早くに起きた三玖は朝食を済ませて六華の作った弁当をカバンに入れる。二乃、四葉、五月はすでに学校へ登校し、一花はまだ寝ている。
「ねぇ、昨日急に家を飛び出して行ったけど何かあったの?」
「い、いや!ちょっと切らしてた調味料あったから急いで買いに行ってたんだよね!でも近くのスーパーだと売り切れててあちこち回ってさぁ…。あはは…。」
なんともわかりやすい嘘ではあったものの、言いにくい事情があるという事を察した三玖は昨夜の件に関してそれ以上触れない事にした。
「六華はこのままでいいの?何か、やりたい事とか無いの?」
突然三玖がそう尋ねてきた。唐突な質問に六華は一瞬戸惑うも、すぐに答えた。
「うーん…。今は特に無いんだよね。でもそれでいいとも思ってる。やりたい事も、夢も希望も今は無くたっていい。人は生きてる事に価値があるから。」
「じゃあ…。今はやりたい事が無くてもいいの…?」
「そりゃそうだよ。」
三玖は六華に向かってありがとう、と告げるとそのまま玄関を出た。その後他の姉妹も同様に家を出て行き、家には六華ただ一人となった。
「そのままのあなたでいて、かぁ…。」
六華は昨夜の五月の言葉を反芻する。ここはもう自分の居場所であり、家でもある。五月のあの言葉はそれを踏まえた上での発言だったのかもしれない、と六華は思う。
すると、昨夜と同じような反応を感じ取り六華は家を飛び出した。昨日逃亡したあの男だろう、と六華は現場に向かう途中で予測をする。しかし、彼の超能力である磁力の攻略法を看破しなければとてもではないが倒せない。六華の超能力を持ってすれば殺傷能力は低いものの、男を倒すという意味では非常に厄介な力である。
「また現れたか。今日こそ確実に殺してやる。」
六華が現場である駐車場の三階に向かうとブラックレジスターとしての六華と男の再戦が遂に開始された。駐車場ではあるものの、辺りは車が一台も無く閑散としている。男は先手を打ち、六華に対して超能力を発動する。昨夜六華に発動したものと同様の技。しかし、六華には通じず蛍光灯が破損し火花を辺りに散らした。
「何…!?」
六華は男が超能力を発動する前に既に自身の超能力を発動していた。その能力はターゲットを自身から別の物に変更させる能力。男の力では六華の技量を超える事は到底不可能であった。
男は思考放棄し、自身の右手を磁石にする事で周辺に散らばっていたゴミや鉄の欠片を集中させ巨大な腕を作り上げた。それに対して六華はまた別の能力を発動し、男の背後に回った。六華は男の背後に回ると強烈な蹴りを喰らわせ、彼を倒した。それと同時に力が弱まりそれまで腕だったものが一気に音を立てて散らばる。
「殺せ…。俺は負けた。」
六華はそんな男の願いを聞き入れずに先日と同じ波動を放出した。この波動は対象者の超能力を二度と使えないようにする波動であり、三島 雪子と対決した際にもこの波動を使用した。
「何故殺さない…。」
男の意向を無視した六華は終始口を開かずにその場を早急に去った。その翌日、男は港の周辺で死体となって発見された。
六華が事件を解決した日の翌日、土曜日の昼下りに警察の留置場に一人の男が現れた。
「面会希望の方ですね。こちらにお名前をお書きください。」
男は氏名の記入欄に真田 大と記入し、受付をしていた女性に渡した。真田 大の目的は何か、一体誰と面会をするのか。この時は彼自身と彼と会う者以外は誰も知らなかった。
時を遡る事数時間前、土曜日の午前中に風太郎は中野姉妹とその弟のいるビルに現れたが、何故か入る事ができなかった。
「何だこれ!センサー反応しろ!くっそぉ…。あの五人だけでなくお前も俺の邪魔をするのか!」
すると風太郎は監視カメラを発見した。このカメラを見ている者に説明すれば開けてもらえるかもしれない。そう思っていた。
「あのー、三十階の中野さんの家庭教師をしている上杉と申します。そこのドア壊れてますよ?」
「何やってるんですか?」
「うぇぁ!!何だ六華か…。」
風太郎の背後から声をかけてきたのは六華だった。姉達から頼まれていた分の買い物を終え、六華は今ちょうどビルに到着した頃だったのだ。
「あれ?もしかして上杉先生、オートロックの開け方も知らないんですか?やっぱり甘いなー。俺の読み当たり!何せ上杉先生無骨そうだからなぁ…。」
「あ…?」
六華に無骨そうだと言われ、自身のプライドに傷が付いた風太郎は六華を突き飛ばしオートロックを開けようとする。
「何してるんですか!触った事もない人が開けようだなんて無理ですよ!」
「誰が無骨だって!?俺がやる!いいからどけ!!」
十分以上にもわたる揉めあいの末、結局風太郎は六華に開けてもらう事になった。二人はエレベーターに乗り三十階へと向かう。とその時、六華が急に口を開いた。
「そういえば、上杉先生って妹さんいます?」
「あ、ああ。それがどうかしたのか?」
「やっぱり!さっきスーパーで会ったんですよ。らいはちゃんと!」
「あ!?」
六華の話に風太郎が驚く。六華の会ったらいはという少女は風太郎の実の妹である。そして風太郎は六華に負けず劣らずのシスコンでもある。
「あ、着きましたよー。」
六華と風太郎はエレベーターを降り、家に到着する。靴を脱いで玄関を歩く二人を一花、三玖、四葉、五月が迎え入れる。正確には一花と三玖と四葉は風太郎を、そして五月を含めた四人は六華を迎え入れた。風太郎と五月の間には何かしらのわだかまりがあるようだ。
「随分遅かったけど何かあった?」
三玖が六華の荷物を代わりに持ち、台所へと運ぶ。次の瞬間、六華が口にした言葉は風太郎が言ってほしくなかった言葉であった。
「いやー、上杉先生がオートロックの開け方知らないせいで時間かかっちゃったんだよ。オートロックの開け方なんて誰でもできますよ上杉先生。猿でもできます。」
六華のこの何気ない発言により、彼は風太郎の怒りを買った。それも彼の人生史上最高のものだった。
「何だと!?オートロックの開け方を知らなかったから俺は猿以下だと言うのか!?」
「別にそんなにムキにならなくてもいいじゃないですか…。」
六華に怒る風太郎を見て六華本人は呆れている。そんな風太郎の怒号が聞こえてきたのか、部屋から二乃が出て来た。
「ちょっと上杉!アンタ何六華をいじめてんのよ!今日のところはお情けで見逃してあげるけど今度六華をいじめたらパパに言いつけてクビにするから覚悟しておきなさい!!六華、大丈夫?」
「うん、ありがとう二乃お姉ちゃん。」
戦闘の際には知的な策略を練る六華だが、そんな彼も笑うと非常に幼く見える。六華のその笑顔は二乃の母性本能を容易にくすぐった。
「六華ぁ…。」
「二乃お姉ちゃん、苦しいよ…。」
六華を愛おしく思った二乃は彼を力強く抱きしめる。二乃や五月をはじめとする五姉妹もまた、六華の事が大好きなブラコンなのである。
すると、風太郎の携帯から電話の通知音が流れてきた。彼に電話してきた相手の名前は表示されていなかった。無論、連絡先を登録していないので当然である。
「はい…。」
『娘達の様子はどうかね。』
「あの、あなたは…。」
『ああ、紹介が遅れたね。私はあの子達の父親だ。』
風太郎が恐る恐る通話に応じる。その電話の相手は中野 マルオ。中野家の五つ子の父親であった。
「おっ、お義父さん!娘さん達と息子さんがいつもお世話になっております!!」
『君にお義父さんと呼ばれる筋合いは無い。今回は君だけでなく娘達にも話したい事がある。スピーカーをオンにしてもらえるかな?』
風太郎は携帯のスピーカーをオンにして、その場にいる全員に聞こえるようにする。
『もしもし。実は君達の更なる学力向上のためにもう一人家庭教師を呼んだ。その先生は東大合格率百パーセントのエリート教師だ。上杉君だけではかなり負担がかかるだろうからね。給料は上杉君と変わらないが、条件付きで雇わせた。後はよろしく頼むよ。』
マルオはそう言うと勝手に通話を切った。彼の話した内容にその場にいた全員が驚いたのは言うまでもない。