六等分の生き方   作:スターフルーツくん

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第3話「もう一人の家庭教師」

 

 

「え…?もう一人家庭教師が来る…?」

 

 一花、二乃、三玖、四葉、五月、六華、風太郎の七人は今にしてその事実を知った。教師の名前は未だに告げられてはいない。上杉 風太郎という家庭教師の存在がある以上家庭教師を増やす事は効率的ではないとも言える。

 六人がそんな考えを脳内で巡らせていると、インターホンが鳴った。六華が対応して、その人物を家に迎え入れる。

 

「皆さん、どうもこんにちは。今日からこの家の家庭教師を務めます、神成 遼駕です。よろしくお願いします。」

 

 家庭教師としてこの家にやって来た神成は七人に向かって頭を下げる。見た目は二十代から三十代と推定され、身長は170cmほどである。肌の艶も綺麗で、やや垂れ目が特徴な顔つきをしていた。

 

「お茶をどうぞ。」

「ありがとう。」

 

 神成は六華から受け取った緑茶を丁寧な作法で口に含む。一つ一つの所作に無駄が無く、彼の作法に七人は心の中で唖然としていた。

 そんな時、四葉が神成に恐る恐る尋ねた。

 

「あの、一ついいですか?条件付きで雇ったってお父さんから聞いたんですけど、一体どんな条件なんですか?」

「簡単な事だよ。俺のやり方に一切口出しと手出しをしない事。」

 

 五つ子達は納得した素振りを見せていたが、風太郎と六華は彼に怪しげな様子があると推測した。疾しい事が無ければ手出しと口出しを一切しないという条件は提示しないはずである。

 

「早速来てもらったところ悪いけど帰ってもらおうか。」

「嫌だなー、俺はあくまで君の手伝いに来たんだよ?それに契約書はここにある。」

 

 神成は風太郎に自身と中野 マルオの名前を記した契約書を見せた。風太郎自身はしっかりと契約をしていないので、彼とは対等の立場ではなかった。しかし、彼はあくまで補助員の役割を果たしている。その点では風太郎の方が優位にある事を本人がよく理解していた。

 

「そうか。じゃあ、二乃をなんとか勉強させる気にしてくれ。って二乃がいねぇ…。」

 

 二乃は風太郎が話し終える前に自身の部屋へと戻っていた。すると、四葉の携帯から通知音が流れた。

 

『四葉、今日はバスケ部の手伝いあったでしょ。行ってきなさい。』

 

 二乃からのメッセージに四葉は動揺を悟られないように返信する。

 

『え、今から!?』

 

 四葉がそう送ると間髪入れずに二乃が追加のメッセージを送ってきた。

 

『ほら、行ってあげないとバスケ部の人達大変かもよ。』

 

 二乃がトドメの一言をメッセージとして送ったところで、四葉はすぐに支度をした。

 

「おい四葉、どこに行くんだ?」

「バスケ部の助っ人です!どうしても今日じゃないとダメみたいで…。ごめんなさい!!」

 

 風太郎の静止を振り切り、四葉は家を飛び出した。そんな中、次に二乃が狙ったターゲットは一花である。二乃は先程同様、メッセージを送る。

 

『一花、今日二時からバイトだったわよね?もうすぐで二時になるから早めに行ってきたら?』

 

 二乃のメッセージを見た一花はすぐさまバイトの支度を済ませて家を出ようとする。しかし、そんな一花を風太郎は見逃してくれるはずもなかった。

 

「おい一花、どこへ行くんだ?」

「ごめんねー、今からバイトあるんだ。すぐ戻ってくるから!」

「あ、おい!」

 

 一花は風太郎を振り切り、バイトに行くために家を出た。そして二乃は現在の状況を我が物とするために更なる行動に打って出た。次に彼女が狙ったのは五月と六華である。二乃は二人同時に外出させるためにまず五月にメッセージを送った。

 

『五月もここじゃ集中できないから図書館で勉強した方がいいんじゃない?』

 

 二乃からのメッセージを読んだ五月は了承したという旨の返信をした。図書館で勉強する事自体、彼女にとってデメリットは無かった。むしろ、家にいる方がデメリットが大きいと考えたのだろう。それを見越して二乃は続け様に六華にメッセージを送った。

 

『五月は図書館に行くけど、心配だからアンタもついていきなさい。』

 

 メッセージを読んだ六華も五月と同じような内容の返信を送り、五月と一緒に図書館へ行こうとした。

 

「おい待て、お前らもどこへ行くんだ。」

 

 またしても風太郎が止めに入った。この二人を除けば生徒は三玖しかいない。二乃は当然勉強する気にならないはずである。これ以上人がいなくなれば風太郎が困るのだ。

 

「図書館へ勉強しに行きます。ここだと騒々しくて集中できません。」

「俺は付き添いで。じゃあ。」

 

 二人は風太郎の静止を軽くかわし、家から出た。そして二乃の最後のターゲットは三玖となった。先程までの手口同様、二乃は三玖にメッセージを送ろうとする。しかし、それを間一髪のところで神成に妨害された。

 

「なるほどなー、やっぱりこうして追い出してたってわけか。」

「ちょっ、返しなさいよ!」

 

 神成は二乃の携帯を奪い、返さない。二乃が携帯を取り返そうと足掻いている様子を見て神成の表情に笑みが浮かぶ。それは下級生を弄ぶ上級生のような笑みともとれたり、単なる優しい笑みともとれたり、何か良からぬ事を考えている恐ろしい笑みともとれたりできる。

 

「ねー、二乃ちゃん。俺とゲームしない?もし君が勉強する気になったら携帯は返してあげる。でもそうじゃなかったら…。わかるよね?」

「い、いいじゃない!望むところよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五月と六華はビルから出ると、とある一人の男を見かけた。その男は何やら通行人に声をかけているようだった。二人は足早に去ろうとしたが、その前に男が話しかけてきた。

 

「失礼します。私、警部補の氷室 晶という者ですが先日この周辺で起きた殺人事件について何かご存知ありませんか?」

「殺人事件?一体どんな事件なんですか?」

 

 六華は氷室にそう尋ねる。二人は早く図書館に行きたい気分であったが、相手は警察官。「すみません、今急いでいるので」と捜査協力に対して下手に抵抗すれば、殺人犯の容疑をかけられる可能性が高まってしまう。仮に容疑をかけられる可能性が高まらずとも、何か疾しい事があると勘違いされる可能性も否定できなかった。ここは穏便に無実である事を証明すべきだと判断した六華はとりあえず話だけを聞くことにした。

 氷室の話によると、被害者の名前は長谷部 慎太郎。東京の港の周辺で死体となって発見された。死因は絞殺。特に不審な点が見つからなかったことから超能力者だけではなく通常の人間の犯行も可能となったのだ。また、長谷部の背骨が折れていたことから一度殴り合いになった可能性も浮上した。氷室が見せた写真に六華は心の中で驚愕した。その長谷部という男は先日戦った磁力を操る超能力者であったからだ。

 

「この長谷部さんの事について何かご存知ありませんか?どんな些細な情報でも構いません。」

「いや、特に俺たちは何も知らないですよ。」

 

 六華は悪びれる事なく氷室にそう言う。長谷部とは戦闘の際に遭遇したが、逃亡した後の事の顛末は本当に知らなかった。五月は六華の服の袖を引っ張るが、大丈夫という合図を送った。相手が警察官である以上、どんな会話を聞き取られてもおかしくはない。下手に会話をすれば身に覚えのない罪を着せられるかもしれない。六華はそう考えたのだ。

 

「そうですか…。ご協力有難うございます。」

「いえいえ、じゃあ行こう五月お姉ちゃん。」

 

 六華は五月の手を繋いでリードする。六華の一生懸命な対応を終始見ていた五月は微笑ましい表情をしていた。

 

「六華、本当に何も知らないのですか?」

 

 突然、五月が氷室の話を聞いてから気になっていた質問を六華にする。六華は氷室が他の通行人と会話しているのを確認すると、小声で答えた。

 

「前に出た超能力者だって事はわかってるけど、殺された事は知らなかったよ。だってあの人途中で逃げたんだもん。」

「それを言わなくていいのですか?」

「超能力なんて普通の人には信じてもらえないでしょ。」

 

 五月と六華は誰にも気付かれないような声量で会話をする。その後、いつの間にか他愛のない話をするようになり、二人はようやく図書館に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、二乃は自室でファッション雑誌を読んでいた。携帯も没収されている今、二乃は誰とも連絡が取れない状態でいる。二乃は退屈しのぎとして仕方なく自室から出ようとする。すると、奇妙な出来事が起きた。扉が開かない。いつもやっているように手前に引いているが、ピクリとも動かない。おかしいと感じた二乃は窓を開ける。すると窓には無かったはずの鉄格子が設置されていた。

 

「なっ…!ちょっと!これどういう事よ!!」

 

 わかりやすく動揺している二乃は扉を強く叩く。すると外から声が聞こえてきた。声の正体は神成だった。

 

「あのさぁ、勉強させる気にすればそれでいいんだろ?部屋を自由に出入りする事ができるのはさすがにアンフェアだからさ、こうして鍵かけたんだよ。」

「何よそれ!!三玖と上杉は一体何してるのよ!?」

「あの二人は手出しできないよ。手出ししたら罰金払ってもらうから。」

 

 神成は二乃を嘲るような口調でそう言う。神成に携帯を奪われた今、彼女に助け舟を出す存在など到底いなかった。結果的に見れば今までの二乃の行動全てが裏目に出た瞬間だった。仮に神成が契約違反を口に出さなかったとしても、二人が二乃を助け出すことなど到底不可能であった。二乃の部屋の扉の外側には暗証番号付きの扉が設置されており、暗証番号を知っているのは神成しかいないからだ。

 

「最っ悪…。」

 

 二乃は膝から崩れ落ち、嘆く。すると、神成が唯一の救済のチャンスがある事を口にした。

 

「どうしても開けてほしいならいいよ。俺もそこまで鬼じゃないし。ただ一つだけ条件を言うなら、二乃が勉強するって言って本当に勉強してくれれば開けてあげるよ。」

「っ…!」

 

 神成は二乃をじわじわと追い詰めていく。ここで二乃が折れれば彼女は部屋から出れるが、それは同時に二乃が神成とのゲームに負けるという事を意味していた。強情な二乃は何とか部屋から脱出する方法を考え、ようやく答えを導き出した。

 

「え〜ん!足怪我しちゃった〜!痛いよ〜!助けてください神成先生ー!」

 

 二乃は故意にあざとい声を出す。自分が怪我をしたと伝えれば心配して部屋の扉を開けてくれるに違いない。そう考えたが、現実はそう簡単に上手くいかなかった。二乃の必死の演技に神成は無反応でやり過ごしていた。

 

「ちょっと!怪我したんですけど!絆創膏持ってきてくださ…!」

「今俺が聞きたいのはそんな言葉じゃない。」

 

 神成は扉の向こう側でそう答えた。神成の求めている言葉は勉強するという意思を感じる言葉であって、怪我の報告ではないのだ。

 

「さて、三玖。これをお前の父親に渡しといてくれ。」

 

 神成は三玖に一枚の紙切れを渡す。それは二乃の部屋の工事費の請求書だった。加えてその工事費の料金がとんでもない額になっていたのは三玖の表情からも容易に想像できる。

 

「こんなの、渡せません…。」

「将来への投資だと考えれば納得してくれるだろ。ほら。」

 

 三玖に無理矢理請求書を渡した神成は機会を待つ。二乃が折れるタイミングを期待しているのだ。もちろん彼女が簡単に折れるはずはないが、現状では神成がゲームに王手をかけている状態だった。

 

「あ、風太郎と三玖。お前らの携帯も回収しようか。ほら、携帯渡せよ。けぇ、い、たぁ、いっ!!!」

 

 外部に連絡を取れないようにするため、神成は二人の携帯を没収する。二人は渋々神成に携帯を渡し、顔を見合わせる。一体どうすればこの男の計画を崩壊させられるのだろうか。

 

「わ、わかったわよ!勉強する!勉強するから早く開けて!」

 

 神成はニヤリと不敵な笑みを浮かべると暗証番号を入力し、扉を開ける。二乃は部屋から出るや否やすぐトイレへと向かった。その様子を見ていた三玖は風太郎の背後に回りつつ、彼の服の袖を掴んでいた。

 

「あの人、容赦ない…。」

「ああ…。」

 

 あの風太郎を持ってしても勉強をする事がなかった二乃に勉強する気を起こさせた神成 遼駕という存在に二人は恐怖を感じる。

 

「ほら、さっさと勉強だぞ二乃。やるって言ったよな?」

 

 神成は扉を抑えながら二乃に対してそう言う。彼の右手には二乃の携帯があった。二乃が勉強に手をつけなければ携帯は返してもらえない。

 

「仕方ないわね。そのかわり、また扉閉めるんじゃないわよ。」

 

 二乃はリビングに戻り、勉強を開始する。この状態が続く事約七分、何も起こるはずもなく早速問題が起きる。

 

「二乃、お前まず得意な英語から伸ばした方いいんじゃないか?英語でさえもあまり良くないし。」

 

 そう発言したのは風太郎だった。彼の発言は部屋から出たばかりの二乃の逆鱗に触れる事となった。

 

「うるさいわね、私が何の勉強をしようが勝手じゃない!」

「風太郎は私達よりも成績が良い。まず何から手をつけるべきかは私達よりもわかってると思う。」

 

 そう言って二乃に反論してきたのは三玖だった。二乃はいつの間に上杉と親しくなったのか、と苛立ちを募らせる。

 

「へぇ、三玖こんな地味で冴えない奴の言うこと聞くんだ!そんなにこいつの事いいの?」

「二乃は面食いだから。大事なのは中身。」

 

 その後も勉強そっちのけで口論が続き、ある一つの提案が二乃の口から出た。

 

「そんなに中身が重要なら中身で勝負しようじゃない。どっちが美味しい料理を作れるか勝負よ!」

「応じるよ。」

 

 二乃の提案に三玖は袖を捲りながら答える。画して、二乃と三玖の料理対決の火蓋が切って落とされた。

 数分後、二乃と三玖の料理が完成した。薄々結果を予想していた神成は一旦足音を立てずに逃げ出した。これでリビングには風太郎ただ一人が取り残された。

 

「じゃーん!旬の野菜と生ハムのダッチベイビー!」

 

 二乃が作った料理はダッチベイビー。本来ならば甘いスイーツとして出されるが、二乃はこれを我流でアレンジし、おかずとして出している。相当の腕が無ければ成せない技である。

 

「オムライス…。」

 

 対する三玖が作った料理はオムライス。味こそまだわからないが、見た目は完全にオムライスとしての体を成しておらず、初見で見た者は本当にオムライスなのかという疑問を抱くほどである。

 

「いただきます。」

 

 陰で見守る神成を他所に風太郎はまず二乃の作ったダッチベイビーを口に入れ、咀嚼した。

 

「…上手い!」

 

 この風太郎の反応は二乃からしてみれば当然の反応だった。そんな状態で三玖はそれ以上の味の出来が要求されるという窮地に立たされていた。そして次に風太郎は三玖のオムライスを口に入れた。

 

「…上手い!」

 

 両者の料理を上手いという風太郎を見て神成は彼が貧しい境遇で生まれ育ったが故に味音痴なのではないかと推測した。

 

「何よ!意味わかんない!」

 

 二乃と三玖の料理対決は結果的には引き分けという形で終了した。二乃の策にまんまとハマった風太郎はしばらくすると大人しく帰って行った。それと同時に神成から携帯も返却された。

 

「まったく…。神成!アンタ私と三玖の携帯も返しなさいよね!」

「わかってるよ…。」

 

 神成は気怠げな表情をして二乃と三玖に携帯を返却する。そして自身も帰ろうとした瞬間、彼の身に異変が起きた。

 

「ぐっ…!うあぁぁぁぁぁっ…!!」

 

 突然神成は頭を抱えてうずくまり出した。二人は何が起きたかわからず混乱する。

 

「三玖、一緒に六華の部屋に運ぶわよ!部屋に運んだ後は濡れたタオルを持っていきなさい!」

 

 二乃の指示を受けた三玖は神成の片方の肩を担いで二乃と共に神成を運ぶ。部屋は二階にあるため、体力のない二人には少々厳しい部分があった。

 

「踏ん張るわよ三玖…!」

「うん…!」

 

 こうして数分かけて二人は神成を六華の部屋へと運ぶ事に成功した。その後、二乃はシャワーを浴びている最中に三玖が看病した。しかし神成は三玖が目を離した隙に消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を遡ること数分前、図書館での勉強を終えた五月と六華は帰宅しようとしている最中であった。

 

「五月お姉ちゃん、今日は勉強いっぱい頑張ったから上杉先生に内緒でこっそりパフェ食べに行かない?俺がお金出すからさ。」

「賛成です!特盛でもいいですか?」

「うん!」

 

 五月と六華が勉強を頑張った褒美の話題で盛り上がっていると、六華は近くに超能力の気配を感じた。

 

「ごめん五月お姉ちゃん!先にお店入ってて!」

「あ、え!?六華!?」

 

 六華は家とは別の方向に走り出し、人目のつかない場所に来たところでブラックレジスターの装備を纏う。現場である港付近に到着した六華は辺りを見渡す。しかし、辺りには人気が感じられなかった。すると、六華の右方向から人の拳が襲いかかり六華はそれを上手くかわす。六華の視界には人の腕が伸びている光景が映った。

 

「ブラックレジスターか…。」

 

 ガスマスクを付けた六華の前に男が現れ、右腕を戻す。先程の現象から察するに、男の能力が身体を自由自在に伸ばせる能力だと六華は推測する。それを確かめるべく、六華は近くにあった木の棒を手に取りそれを日本刀へと変化させる。

 

「聞いていた能力とは違うな…。貴様、やはりジョーカーか。」

 

 六華は日本刀を手に男に向かって刀を振り下ろす。しかし攻撃は全て外れ、逆に男から一撃を喰らう。その拍子に六華は十メートルほど吹き飛ばされる。

 

「所詮はこんなものか。」

 

 戦闘の最中に喋る事ができるほど余裕を持っている男に対し、六華は再び日本刀を握りしめる。

 男は左腕を伸ばし六華にジャブを与えようとしたが、六華はそれを上手くかわし男の左腕を刀で斬った。男が冷静な判断を下し左腕を素早く戻したことで左腕は斬り落とせなかったものの、斬撃を与えることができた。男の左腕の切り傷からは赤い血がドクドクと流れ出ている。

 

「ぐっ…!ここは一時撤退か…。」

 

 男は煙玉を撒いてその姿をくらました。逃亡した男を六華は追おうとしたが、腹部に喰らったパンチの影響でしばらくはまともに動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「六華、ご馳走様でした。」

「いいよいいよ。でもまた一緒に食べに行こうね。」

 

 それから数十分後、パフェを食べた五月と六華はビルに到着し、エレベーターに乗っている最中であった。辺りはすっかり日が落ちて暗くなっているため、天井の灯りの光がその存在を強く表す。

 

「ただいまー…。」

「ただいま帰りました。」

 

 五月と六華が玄関を通ると、何の人気もないという違和感が二人を襲った。家にいた二乃と三玖に何かあったのではないかと二人はリビングに向かう。すると二人の視界にバスタオルを身体に巻いた二乃を風太郎が押し倒している光景が映った。二人の周りには本が散らばっている。それを見た五月はすかさずその状況を携帯のカメラで撮影する。携帯のシャッター音が響き、二乃と風太郎は五月の方を見る。

 

「最低…。」

 

 風太郎は誤解を生んだと思い、五月の前に立ちはだかる。彼の顔は血の気が引いて青白くなっていた。

 

「五月!これは誤解だ!俺は二乃を…!」

 

 すると六華が風太郎のワイシャツの襟を掴み、般若の形相で彼を睨んだ。

 

「おいコラこのクソアホ毛…!てめぇよくも二乃お姉ちゃんを押し倒してくれたな…!!」

「え…?え?」

 

 六華なら唯一自身を信頼してくれるだろうと思っていた風太郎だったが、その六華にさえも敵意を向けられてしまい絶望した。

 

「ただいまー。って、あら?どうしたの?」

 

 バイトから帰ってきた一花はリビングで展開されていた情報量の多い光景を目にし、混乱する。

 

「あ、みんなもう帰ってたんだ。」

 

 すると今度は風呂から上がりバスタオルを巻いた三玖がリビングに現れ一花が見た光景と同じものを目撃した。

 数分後、この事態を受けて中野家で裁判が行われた。正確には裁判ごっこのようなものであるが。四葉はバスケ部の助っ人に出向いているため未だに帰って来ていなかった。

 

「裁判長、ご覧ください。被告は家庭教師という立場にありながらピチピチの女子高生を目の前に欲望を爆発させてしまった…。この写真は上杉被告で間違いありませんね。」

「え、冤罪だ…。」

 

 五月の言う裁判長とは一花の事である。風太郎以外はこの裁判を模した会合に積極的な様子である。

 

「大体何なんだこの茶番は!!よくもまぁこんなくだらない事やってられるな!!俺は冤罪だ!!そもそも裁判をする事自体間違ってるわけで…!」

「憲法第七六条三項。『すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される』。被告人がとやかく言う筋合いは無いですよ。」

 

 猛烈に抗議をする風太郎に対し、六華が反論する。理不尽な仕打ちを受けた気分になり、風太郎は肩を落として萎える。

 

「裁判長。」

「はい原告の二乃くん。」

「この男は一度マンションから出たと見せかけて私のお風呂上がりを待っていました。悪質極まりない犯行に我々はこいつの今後の出入り禁止を要求します。」

 

 二乃の要求を風太郎は慌てて取り下げようとする。実際に出入り禁止となれば、風太郎が家庭教師として働けなくなってしまう。風太郎にとって二乃の要求は何としても白紙に戻してもらいたいものであった。

 

「お、おい!いくらなんでもそれは…!」

「大変けしからんですなぁ〜。」

「一花!俺は単語帳を忘れて…!」

 

 一花は風太郎から裁判長と呼んでもらえない事を理由に拗ねた。風太郎は自身の弁解を聞いてもらうため、プライドを捨てた。

 

「さ…裁判長…。」

 

 風太郎が裁判長と言うと、先程の拗ねた表情から一転して満面の笑みを浮かべた。

 

「異議あり。」

 

 すると、一花に三玖が異議を申し立てた。一花は異議を認め、三玖に主張させる。

 

「フータローは悪人顔してるけどこれは無罪。」

 

 風太郎は今にでも三玖に悪人顔とは何だ、と言わんばかりの視線を送る。

 

「私がインターホンで通した。録音もある。これは不慮の事故。」

「あんた、まだそいつの味方でいる気…?こいつはハッキリ『撮りに来た』って言ったの!盗撮よ!」

「忘れ物を『撮りに来た』でしょ。」

「裁判長。三玖は被告への個人的感情で庇ってます。」

「ちっ、ちがっ…!」

 

 風太郎との出来事が不慮の事故か否かで二乃と三玖が再び口論になる。このやり取りを見かねた五月は何とか仲裁に入る。

 

「あ、あの…。二人とも今は喧嘩している場合じゃ…。」

「五月は黙ってて。」

 

 二乃と三玖、両者の高圧的な態度に五月は恐れをなし一花と六華に抱きつく。

 

「六華ー!!裁判長ー!!」

「五月お姉ちゃん泣かないで…。」

 

 一花と六華が五月を宥めた後、話は本題へと戻った。

 

「とは言え、二乃お姉ちゃんの言い分も三玖お姉ちゃんの言い分も憶測の域を出てないね。」

「確かにそうだね。五月の撮った写真も厳密に言えば状況証拠でしかないし、この事件には色々な疑問が残ってる…。よし、決めた!」

 

 一花は机を両方の手の平で叩き、その場にいた全員に向かって宣言した。

 

「職権を発動します!裁判所主導で捜査を行います!」

 

 某裁判ドラマでお馴染みのセリフを一花が言い、歩いて一分もかからない現場に向かう。現場はそのままの状態で放置されており、複数の本が辺りに散らばっている。すると六華は何かを見つけ、拾い上げた。六華が手に持っていたものは二乃の使用しているコンタクトレンズだった。

 

「もしかして…。二乃お姉ちゃんはコンタクトレンズを取ろうとして、それで本棚が落ちてきて上杉先生がそれを庇った…。って事かな?」

 

 六華が五月の写真、二乃のコンタクトレンズ、床に散乱している本を見て真実を導き出した。

 

「おお!その通りだ!ありがとうな六華!」

「いやでもこれあくまで可能性の一つなんでまだ上杉先生が無罪だと決まったわけじゃないですよ。ていうか二乃お姉ちゃんを襲ったのが本当ならどんな手を使ってでも捻り潰してますけどね。」

 

 六華の暴走癖が再び作動し、饒舌になる。いつもとは違う、冷徹な口調に風太郎は怯える。

 

「確かによく見たら本がたくさん落ちてますね。」

「やっぱりフータロー君にそんな度胸は無いよねー。」

 

 一花と五月は六華の提示した可能性を認め、これを事実と認めようとしたがただ一人は認めなかった。

 

「ちょっと待ってよ!何解決した感じ出してんの!?適当な事言わないでよ!」

「二乃、しつこい。」

 

 どうしても風太郎が自身を襲ったことにしたい二乃は三人に抗議するも三玖に諭された。

 

「まぁまぁ。私達、昔は仲良し五姉妹だったじゃん。」

「『昔は』って…!私は…!」

 

 二乃はこの空気に耐えきれず、家を出て行った。その後を六華が追いかけ、玄関の扉の音が虚しく響く。

 

「上杉くん。あなたも行くべきです。」

「なっ、何で俺まで行かなくちゃならないんだ!俺は濡れ衣を着せられ…!」

「とは言えあなたが撒いた種である事には変わりありません。その責めは負うべきです。」

 

 五月の言葉に風太郎は仕方なく、家を出る事にした。手には忘れ物である英語の単語帳があった。

 

「あれを取りに戻ってきたかったんだねー。真面目くんらしい。」

「認めたくはありませんが、そうですね…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、ビルの扉の前で体育座りをして落ち込んでいる二乃の隣に六華が座り込んだ。涙目になっている二乃とは対照的に六華は笑っていた。

 

「それにしても奇遇なものだね。昔は二乃お姉ちゃん、俺の事嫌いだったのに。二乃お姉ちゃんの気持ち、わかるよ。『昔は仲良し』ってね。昔も今も仲良しだよね。」

「…うん。」

 

 六華の言葉に二乃は素直に答える。六華はゆっくりと口を開いて言葉を紡いだ。

 

「昔はわからなかったよ。何で二乃お姉ちゃんは俺の事嫌いなんだろう、って。でも上杉先生とのやりとりを見てよくわかった。二乃お姉ちゃんは異分子の俺や上杉先生が気に入らなかっただけなんだもんね。五人の絆を壊そうとする存在が邪魔で仕方なかったんだもんね。」

 

 六華が二乃に語りかけ、二乃は六華の言う事に首を縦に振っていた。二乃のこれまでの行動は単に勉強が嫌いだからという訳ではなく、全て姉妹を思うが故の行動であった。

 

「俺が言いたかった事、六華に全部言われたな。」

「上杉!?何でアンタがいんのよ!」

「どうしても解けない問題があってな。それを解いてから帰らないとスッキリしないんだ。」

 

 風太郎はいつのまにか二乃と六華の向こう側で同じように体育座りをしている。風太郎自身は彼女の悩みについてあまり深く首を突っ込まないことを宣言しているかのような態度をとっている。

 

「そうよ!何で私がこんなに落ち込まなくちゃいけないの!馬鹿みたい!」

 

 二乃は立ち上がり、風太郎に向かってキッパリと言い切った。

 

「私はアンタを認めない!たとえそれであの子達に、六華に嫌われようとも!」

 

 二乃の言葉に風太郎は若干青ざめながら引いている。彼にとって前途多難な状況がこの先に待ち構えている事は明白であるからだ。六華は悩みが晴れた二乃の手を取り、ビルの屋内に入る。

 

「さ、帰ろ。」

「ええ。」

 

 二乃の迷いを振り切った顔を見て、六華はいつもの二乃が戻ってきたことを実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を遡ること数時間前、ここは警察署の面会室。警察官の視線を背にパイプ椅子に座っている三島 雪子の前に一人の男が現れた。

 

「あなたは…。」

「真田 大と呼んでくれ。」

 

 部屋に入り三島と視線を合わせ、真田 大と名乗った男はパイプ椅子に座った。

 

「用件は何でしょうか。」

「キングに会わせてもらおう。」

 

 真田の口から出たキングという単語に三島は背筋が凍り、慌てて周囲を確認した。真田は組織においてキングがいかに権力の高い存在であるかを三島を観察する事で認知した。

 

「あなたの目的は一体何でしょうか。」

「神の力を得る。」

「何のために。」

「人間を知りたい。いや、正確には人間の可能性を知りたい。」

 

 真田の言葉に三島は狼狽える事なく、会話を続ける。三島を縛っていたのは面会室に漂う緊張感ではなく、真田の思考そのものだった。

 

「理解できませんね。あなたは強欲です。ジョーカーを殺し、クイーンから不老不死の手術を施されたにもかかわらず今度は神の力を得る…。そこまでして人間を超える意味などあるのでしょうか。プレデターには超能力だけで十分です。超能力が備わっているという事実だけで人間を超えたも同然だと思いますが。」

「不老不死だけにとどまらず、人間の望む栄光や願いは時に自分自身の目的達成の妨げになる事もある。力に溺れただけの下級能力者には理解し難い感情かもしれないな。」

 

 ジョーカーの単語を聞いた真田は自責の念に襲われた。ジョーカーは彼の過去に深く影響している存在であるが、詳しい事を彼は語らなかった。

 

「あなたから見ればそうかもしれませんね。ですが、私がクイーンに言ってもいいのですよ。ジョーカーは死んでいなかった、と。私をこんな所にぶち込んだあの憎きジョーカーが…!」

 

 真田の煽りに動じる事がなかった三島が過去の屈辱を思い出す。その反動であるのか、三島の口調がやや乱暴になった。

 

「彼は、ジョーカーはたしか中野 六華を名乗っているそうだな。」

「…!そんな情報をどこで…!」

「それは答えられん。」

 

 三島の質問を真田は黙秘した。真田と六華の間に何かあるのか、真田はそれ以上六華の事について触れなかった。

 

「キングの居場所を教えればより有益な情報を君に提供する事も可能だが、どうだ?」

 

 真田の提案を聞いた三島は悪くない提案だと考え、彼の誘いに乗った。そして後日、この二人はまた同じ場所で会う事となった。


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